ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

町で見つけたオモシロごはん97…横浜 『L・A・S・T』の、バースデーパーティのファヒータス

2007年07月29日 | ◆町で見つけたオモシロごはん

 今年も再び、自分の誕生日がやってきた。家族のみんなで、前の自分の誕生祝いに横浜ワールドポーターズへ行ったのが、ついこないだだったようなのに、何とも早いものである。結婚して子供が成長して、仕事も多忙を極め、と日々生活のサイクルが早くなってきているおかげで、誕生日の間隔がここ数年、どんどん短くなっているような気がする。
 前述のように、我が家では家族の誕生日には、みなとみらい地区にあるショッピングモール、横浜ワールドポーターズへと出かけるのが通例となっている。ここでは「ハッピーエブリバースデー」と題して、誕生日の客にはショッピングや食事の際に、様々な特典を設けるイベントを行っている。割引やノベルティグッズの恩恵がある買い物を楽しみ、ケーキやドリンクのサービスがつく食事をして、最後に全員でゲームコーナーのプリクラで記念写真を撮って、といった具合。家族を持ってこの年になると、誕生日も自分のお祝いという感覚から、家族みんなのイベントのような色合いに、次第に変わってきたようだ。

 という訳で6月のとある週末、夕方早めにワールドポーターズへとやってきた。インフォメーションでハッピーエブリバースデーの申し込みをして、ちょっとしたプレゼントを頂き、ショッピングを楽しんだところで7階のレストランフロアへ。この日もいつもの『LAST』が、バースデーディナーの会場である。
 ここはアメリカンスタイルの豪快なボリュームに、メキシカンの辛さやエスニックテイストがミックスされた、いわゆるTEX-MEX料理の店。店内に入るとカウボーイスタイルのお姉さんが、元気よく迎えてくれる。店内もカラフルなネオン管を多用したアドサイン、コカコーラのホーロー製のアドボード、車や人形のアンティークトイなど、いたるところがオールドアメリカンなテイスト。ファミリーパーティーにはもってこいの、華のあるダイナーである。


みなとみらいの遊園地・コスモスクエアに隣接。窓の外はきれいなイルミネーションが

 窓の外に、みなとみらいの大きな観覧車が見える席に通されて、でっかいメニューを開いてみんなでメニューを検討。ステーキやハンバーグなど肉料理にポテトやオニオンのフライ、各種ピザにパスタ、ハンバーガーと、いつもながらどの料理もボリュームがすごい。この店には、夕食時で空腹のこの時間帯に来店することが多く、ついあれこれ頼んでしまうのだが、食べ切れずにテイクアウトをお願いしたことも。
 スピードくじ付きのバドワイザーに大盛りのポテトと前菜、そして大人のメインディッシュはメキシカンテイストの肉料理が、いつもの定番料理。子供たちは好みのピザを選んで注文は完了。バドワイザーとジュースで、まずは誕生日おめでとうの乾杯である。

 ドリンクが運ばれてきたすぐ後に、店のお兄さんが石臼と、材料がのった皿とともにテーブルについた。前菜の「テーブルサイドワカモーレ」は、ここで仕上げをするようで、まずは石臼に種を抜いたアボガドを入れてつぶし始めた。すっかりクリーム状になったら、刻んだトマトとタマネギを混ぜ込み、最後にチーズを加えてできあがり。
 このディップを、添えてあるタコスですくって頂く仕組みで、ねっとりしたアボガドにチーズのコクが加わり、さらにトマトの酸味が程良く、これは食前にもってこいである。メキシカンな前菜なら、ピリッと辛味があってもよさそうだ、と思ったら、好みでハラペーニョを入れるんですが、お子さんがいらっしゃるので辛くなく仕上げてます、とお兄さん。そのおかげか、子供たちの手がどんどん伸び、あっという間にタコスを使い切ってしまった。残ったディップだけスプーンですくいながらバドワイザーを飲んでいると、さっきのお兄さんが追加でどうぞ、とタコスを持ってきてくれた。

テーブルサイドワカモーレ。つぶしたアボガドにチーズがたっぷり

 子供たちが頼んだ、チーズがたっぷりのったダブルチーズピザに、ハムとパイナップルのトッピングが個性的なハワイアンピザを少しずつもらって、さらにビールを飲んでいると、先に家内が注文した肉料理「マルガリータチキン」が登場。これもテーブルで仕上げをするらしく、お兄さんが何か入った瓶を片手に持っている。瓶の中身はテキーラとのことで、それを料理にさっとかけたかと思ったら、「ファイヤー!」との掛け声とともに、鉄板にボッ、と炎が上がった。
 すぐに自分が頼んだ「ビーフファヒータス」も運ばれてきて、こちらはお兄さんが仕上げにソースをざっ、とかけまわしたとたん、ジャーッと煮えたぎる音があたりに響く。炎のビジュアルに煮える音と、食欲をそそる調理パフォーマンスが、アメリカンスタイルの店ならではのエンターテイメント性に富んでいる。

 ファヒータスとは肉や魚を辛目の味付けで調理して炭焼きにして、炒めた野菜と一緒にトルティーヤで巻いていただく料理で、TEX-MEX料理の代表的な一品である。熱々の鉄板の上からソースをかけて仕上げるのも特徴で、ジャッ、ジャッと音を立てながら肉をソースにしっかりからめていざ、いただきます。付け合せのタマネギやピーマン、そして青唐辛子を一片、一緒にトルティーヤにのせ、トマトを刻んだドレッシングもかけて、くるりと巻いてかぶりつく。
 しっとりしたトルティーアの中は、肉汁がジュッ、野菜がシャリッと野趣あふれる食感。メキシコの乾いた大地が思い浮かぶ、粗野な味だな… なんて余裕に思っていたら、突然強力な辛さがガツンときた。ハラペーニョのびりびりしびれる、というか痛いほどの辛さがまた、メキシカンテイストか。あわててバドワイザーを追加して、舌の大火事の消化にかかる。

マルガリータチキン(上)とビーフファヒータス


 対照的にやや甘めのソースのマルガリータチキンも少し頂き、程よくバドワイザーも回ったところで店の人が総員集結。賑やかなハッピーバースデーコールとともに、ろうそくが並んだデザートの登場だ。店内のお客全員の注目と拍手を浴び、ろうそくの火をフッ。これがこの店での、ハッピーエブリバースデーの特典。子供たちの誕生日のときはうれしいものだが、自身のときはいつもながら、この年だと結構気恥ずかしい。
 デザートはほかのみんなで分けてもらうことにしたら、イチゴクリームでかかれた名前はどっちがもらうとか、ケーキにのったホワイトクリームはどうするとか、子供たちがあれこれやっている。自分はデザートのかわりに頼んだカクテルを傾けながら、ピアノ&ソウルの生演奏をぼんやり聞いている。すると、「本日、お誕生日のお客さんがいらっしゃいます」。
 再び店中の注目と拍手を浴びて、今度は女性ソウルシンガーによる、ハッピーバースデーの熱唱を拝聴。加えてプレゼントソングとして、リチャード・マークスの「ナウ・アンド・フォーエバー」に、ミニー・リパートンの「ラヴィン・ユー」と続く。これは「ハッピー…」の特典ではなく、シンガーからの贈り物との事で、彼女と目が合い、こちらに向かって歌ってくれているのが何ともうれしい。

バースデーサービスのケーキ。チーズケーキがなかなかうまい

 LaLaLaLaLa, LaLaLaLaLa, …とのフレーズが特徴ある「ラヴィン・ユー」が終わり、目礼でお礼の意を伝えたら、彼女も微笑みで返し、再び通常の演奏へと戻っていった。子供たちもデザートを無事、平らげたようで、自分もグラスにのこったカクテルをグッ、と一気にあけて、そろそろパーティーもお開きである。
 気がつけばまた、この店で同じようにケーキのローソクを消して、祝福の唄を聞いて、と、年々1年間が過ぎる速度がスピードアップしていくのだろう。自分もどんどんと動き回って、何かを残して、と、その速さに負けないようにがんばっていかねばならない。
 決意を新たに? 最後はレストラン街の一角にあるゲームコーナーへ向かい、恒例の家族全員で記念のプリクラをとってお開き。そういえばこのプリクラも、もう何枚目になったかな。(2007年6月10日食記)


旅で出会ったローカルごはん93…軽井沢 『信州ハム軽井沢工房』で、低添加のホワイトソーセージ作り

2007年07月26日 | ◆旅で出会ったローカルごはん

 「ペットと過ごす休日」と、様々な体験をテーマとした、2日間にわたる軽井沢の視察会も、いよいよ最後の視察先へと向かうことになった。それはいいけれど、移動のバスの中でつい、ウトウト。眠気は心地よい揺れのせいだけではなく、お昼のバーベキューをちょっと食べすぎてしまい、加えてビールもちょっとおかわりが過ぎたのかも。
 最後の視察も体験モノで、『信州ハム軽井沢工房』が主催している、ソーセージの手作り体験だ。午前中にやった乗馬は初体験で、危ういながらも何とかこなせたが、ソーセージ作り体験ならこれまで2、3度やったことがあるから、少々腕に自信あり。もっとも、寝ぼけ眼では手順を間違えたり、変なものを入れないように、気をつけないと。

 信州ハム軽井沢工房は、軽井沢駅のすぐ近くにあり、デリカショップとレストランと体験施設が一緒になった施設である。エプロンをつけてキャップをかぶり、手を洗ったら、講師の方から手順の説明が始まった。
 この日作成するのは、燻製なしで仕上げるホワイトウインナーという種類。すでに作業テーブルの上には、挽肉がたっぷり入った大き目のボウルが置かれている。肉はカナダ産の黒豚で、腕肉の部分を4~6ミリぐらいの粗曳きにして、ひと晩寝かせたもの。味を調えるために少量の調味料と、香りを出すためにパセリを加えてあるという。量はおよそ1キロで、これで何本のウインナーができるか聞いたところ、およそ4045本分。作業するひとグループ3~4人で、完成後の試食とおみやげ分にちょうど、というぐらいだろう。

 まずは、ボウルの挽肉をこねることからはじまり。塩漬け剤を混ぜた肉の20%分にあたる水を加えて、ひたすら練る。グループのみんなで交互にやるのだが、以前体験した際に後の方でやるほど、肉に粘りが出てこねるのに力が要ることを思い出す。
 そこで、では最初は自分が、と真っ先に手を上げて、水を加えた肉をさらりと混ぜたところで、次の人に交代。これにてお役御免、とのんびりしていたら、一巡したのでもう一度どうぞ、と、こってり粘りが出た肉が入ったボウルを再び差し出された。そういえば以前やったときは、ひとグループ6~7人と、人数が今日の倍ぐらいだったっけか。


まずボウルで肉をこね、充填機で羊腸に肉詰め、半分に折って適当な長さでひねる

 塩漬け剤のリン酸がたんぱく質と反応して、しっかりと粘りが出てきたところで、ソーセージ作りのハイライト、充填機を使っての羊腸への肉詰め作業である。充填機とは茶筒よりひと回り太いぐらいの鉄の筒を横にしたような装置で、片側にハンドル、もう片側に細い口のあるノズルがついている。ハンドルをぐるぐる回すと筒の中の肉が圧迫され、反対側のノズルの先から押し出されて、ノズルの先にセットされた羊腸へと送り込まれていく仕組みだ。
 まずは間に空気が入らないように気をつけながら、粘る肉をしゃもじで充填機の筒部へと詰める。続いてノズルの口金に羊腸をセットするのだが、腸が薄いので口が見つからず、つるつるすべるからうまくとりつけられない。今まで体験した際も、不器用な自分はこの作業が一番苦手だったか。結局、別の器用そうな? 人に交代してもらい、長い羊腸をすべて、ノズルの口金にかぶせこんだら準備完了である。

 ここからは3人ひと組となって、息のあった作業が求められる。ひとりがハンドルを回し、もうひとりが肉の出具合に合わせて、口金にかぶせた羊腸をたぐり出していく。そしてもうひとりが、肉が詰まった部分を折れ曲がらないよう、順次送っていく。最初はおっかなびっくりだったが、次第に呼吸があってくると、一定のテンポでソーセージがどんどん伸びていく。タイミングが合うと、一気に1メートルほどバーッ、と勢いで進むことがあるから面白い。
 しばらくすると長大なソーセージが、作業テーブルの上に何本も並んだ。そこで充填作業はほかのみんなにまかせて、この長いソーセージをひねって小分けするのを担当することに。まずはちょうど真ん中をくるりとねじって半分に、そしてねじった箇所を指にひっかけてぶらさげて、上から順に仕上がりの長さに、2本ひと組でねじっていく。ただしこれだけだと、手を離すとねじった箇所がくるくる回ってほどけ、元どおりに戻ってしまう。そこで1箇所ねじるごとにひもに結び目をこさえる要領で、ソーセージの端を輪にくぐらせるのがポイント… と、このあたりは以前やったときに覚えたことの受け売りだけれど。
 ねじっては輪をくぐらせて、を繰り返し、1本分の小分けが終わったぞ、と持ち上げた途端、くるくるまわって元の長~いソーセージへと戻ってしまったではないか。すると、「ソーセージの端を輪にくぐらせるときは、かならず片方の端だけにしてくださいね。両端ともくぐらせちゃったら、とけちゃって結び目になりませんよ」と、隣のグループに小分けの方法を説明する、講師の方の声が聞こえてきた。

小分けし終わってできあがり。この後ゆでて、炒めて頂く

 充填もすべて完了、手が空いたほかの人も小分け作業にかかった結果、とりあえずすべての作業が終了した。最後にこれをゆでて仕上げだ。ゆでるのは調理ではなく殺菌が目的なので、7080度ぐらいの温度で15分ほど時間をかけるのがポイント。マメに火の具合を調節しないと、沸騰した湯でゆでたら、せっかくの豚肉の旨みがぬけてしまう。
 
代表者がゆでている間、デリカショップで生ハムやチョリソウインナー、ボロニアソーセージをおみやげ用に品定めしていると、しばらくしてできあがったソーセージをいっぱい盛った皿が運ばれてきた。一同、隣接のカフェレストランに集まり、さっそく1本ずつ試食だ。
 ゆでてから軽く炒めてあり、プツリと弾ける皮の下からは、肉汁があふれんばかりにジューシー。調味料を控えている分、タマネギなど野菜を多めに入れているので、味が複雑に仕上がっている。市販のソーセージのように、味付けが強すぎないから、肉の味がそのまま楽しめるのがいい。パセリの香りと苦味が相性よく、高原のソーセージらしくさわやかな味わいである。

ハムやソーセージ、ベーコン、サラミなど種類豊富。お土産にもぜひ

 講師の方によると、ここでつくるソーセージは見栄えをよくする発色剤や、肉のまとまりをよくする結着剤は使わず、添加物は極力抑えているという。添加物の使用量としては最少の極限で、これ以上へらすと肉がぱさついてしまうぐらいの、「低添加物」のソーセージなのだそうである。
 一般的に、大手メーカーの既製のソーセージには、コストの面や日持ちを考慮して、様々な種類の添加物が使用されている。一方で、ソーセージの手作り体験ではこのように、添加物をほとんど使用しないことが多い。食肉会社の偽装問題や、輸入食材の安全面などが近頃とりざたされる中、素材そのままの持ち味を生かし、かつ安全なソーセージも、軽井沢の本物志向につながっているようにも思えてくる。

 これにて軽井沢視察の全行程が終了、この後に移動で乗り継ぐ予定のバスの時刻が迫っているため、いつしか本降りになった中を、自分だけ先にクルマで軽井沢駅まで送ってもらう。ほかの参加者は軽井沢駅から新幹線で帰京の予定で、お昼のバーベキューに、おやつのソーセージ試食で満腹となったあとは、列車で東京まで熟睡なんだろう。
 自分はこれから前橋へと移動して、最近力を入れているという「豚肉で町おこし」をテーマにした食べ歩きが、晩飯として待っている。高崎までの新幹線代を節約して、バスで横川へ、さらに普通電車を乗り継いでの移動となるが、碓氷峠を走るバスやのんびり各駅停車の揺れの効果で、前橋到着までに少しでもバーベキューとソーセージが消化されるのを、祈るばかりである。(2007629日食記)


町で見つけたオモシロごはん96…銀座 『懐食みちば』の、鉄人・道場六三郎の懐石料理(その3)

2007年07月22日 | ◆町で見つけたオモシロごはん

 和の鉄人・道場六三郎氏の懐石料理の店『懐食みちば』にて催された、山中温泉の観光懇談会は、料理が進み宴もいよいよ佳境を迎えてきた。これまで供された料理はいずれも、素材の持ち味が素直に楽しめる品々ばかりで、氏の料理観がはっきりと提示されているのが、実に潔い。
 懐石でメインディッシュにあたる「強肴」、そしてご飯もの、デザートと、残るはあと数品。ちょっと名残惜しいが、自身が生まれ育った山中温泉を元気づける会、ということで道場氏も全力投球と気合が入っている。こちらも全身全霊で、一品一品を最後まで受けとめるとしよう。
 ここで締めのご飯ものの選択を、あらかじめフロアの方が伺いにやってきた。2種から選べるとのことで、帆立の貝柱の旨みあふれる「もろこし帆立炊き込みご飯」も魅力的だし、ワタを抜いたサバを米糠に漬け込んだ、北陸名産へしこの茶漬け「糠鯖茶漬け」も、締めにはもってこい。これは苦渋の選択だ。
 
ダメモトで両方とも頼んでみようか、と思った矢先、「…どっちも食べたいんですけど?」と、隣席の男性と意見が重なった。お気持ちは分かりますが、どちらかでお願いします、とフロアの方が苦笑、こちらも隣と顔を見合わせ、思わず苦笑い。

 結局糠鯖茶漬けを選択、ご飯が決まったところで、強肴の前にあっさりと軽いものが2品続く。まずは煮物。鮎素麺に加賀ナスとオクラを添えた、梅雨時には涼感あふれる一品だ。ゆるゆるとうねる素麺の上で、アユがまるで泳いでいるようにも見える。
 「アユは山中温泉を流れる大聖寺川の鮎を使いたかったのですが、あいにく数が揃わず、和歌山県の紀ノ川のアユです。いしるで炊いてあり、加賀ナスもちょうどいい炊き加減ですよ」
 地元産のアユでなくあいにく、と道場氏はおっしゃるが、なかなかどうして。紀ノ川といえば、日本屈指の良質の天然アユの産地として知られている。高圧で炊いてあるので、頭も骨も柔らかく丸ごといけますよ、との説明に従い、小振りのを頭からひと口。ホロリ、とほぐれた後から、アユの凝縮した甘みが、じわりじわりと染み出てくる。確かに炊き加減がちょうど良く、味が抜けないベストのタイミング。身の旨さももちろん、アユの真価はワタにあり、というように、ギリギリほど良い苦味が見事、というほかない。

アユがそうめんの上を泳いでいるようにも見える。汁を吸った加賀ナスもうまい

 そして、汁をしっかり吸った加賀ナスの、ツルツルシャブシャブとうまいこと。味の秘訣は、道場氏の説明にもあった、いしるである。いしるとは、魚介と塩を材料にして発酵させた調味料で、俗に「魚醤」と呼ばれるもの。秋田ではハタハタ、香川ではイカナゴなど、地方によって使う魚介は様々で、能登では主にイカの内臓を使っている。味のほうは魚独特のくせがあるけれど、これを煮物にちょっと加えると、素材の風味とコクがよりよく出るから不思議。伝統野菜の加賀ナスに、能登の伝統の調味料であるいしるの、異なる地域の食材と調味料が絶妙なマッチングとなっている。

 強肴の前の軽めの小鉢が出てくる前に、再び道場氏がフロアへと戻ってきたと思ったら、各テーブルを回りながら作業をしている。自分の卓へとつくと、ガリガリと懸命に何かをおろしがねで下ろしはじめた。その手にはオレンジ色の塊が。下ろした先の器には、ベーキングパウダーのような、粒子の細かいサラサラした白い粉が見える。
 「これはアンデスの岩塩。これから出す能登豆腐を、この塩で食べてみてください」
 見るからに聞くからに由縁ありげな塩に、豆腐も大豆とにがりともに能登産の素材を使った、地場産の本格的な豆腐。しっかりと締まり堅目のところが、田舎豆腐風である。
 豆腐の角に、器の塩をちょん、とつけてひと口。すると能登の大豆のほんのりした甘みが、ストレートにしょっぱいアンデスの岩塩でのおかげで、ふくらみのある優しい味になる。異なる地域食材と調味料の出会いが、国境をも越えた瞬間だ。強烈な個性の岩塩をつけずに、そのまま食べても大豆の味がしっかり楽しめ、これはこれでうまい。

アンデスの岩塩をテーブルごとにおろす道場氏


 品書きを読み返して数えてみたところ、前菜からここまで続いた料理の数は7品。かなりあれこれたくさん頂いた印象だが、お腹のほうはまだ、強肴の「能登牛の炙り焼き」を普通に平らげられるほどの塩梅である。
 皿が熱いので気をつけてください、とフロアの方が忠告するように、切り分けられた能登牛のステーキ肉は、皿の上の熱々に焼けた石の上にのせられている。早く食べないとせっかくミディアムの焼き加減が、どんどんウェルダンになってしまいそうだが、焼け石の熱は肉に過度に加わり過ぎない上、食べ終わるまで保温力がある優れもの。ステーキをベストのコンディションで最後まで頂くには、もってこいの加熱装置というわけだ。

 ステーキの薬味は2種類あり、おろしダイコンにワサビを混ぜたものと、豆腐ようを使ったソースが珍しい。まだ中心部にほんのり赤みの残った肉をひと切れ、まずはおろしダイコンの方をのせて、口へ。すると口の中で肉がとろけるよう、そしてかみしめなくても肉汁があふれ出るほどにジューシー。能登牛は脂身が少なくきめ細かい肉質が特徴で、主張の控え目なおろしダイコンのおかげか、その実力が舌に素直にたたきつけられたようである。
 もうひとつの薬味は、沖縄の島豆腐を米麹や泡盛と発酵させた珍味・豆腐ようをベースにしたソースで、例えればウニのようなコクとほのかな酸味がある。こちらは強い個性が、能登牛の旨みをグイグイ引っ張っている、といった感じである。素材の持ち味をそのまま楽しむダイコンおろしのと対照的で、こちらでは味付けの妙で持ち味をさらに膨らませて楽しむ、という食べ比べがご趣向なのかも知れない。
 ひと切れずつ変えながら頂いていると食がどんどん進み、満腹で食べきれないからどうぞ、と、同卓の女性が譲ってくれた分にも箸をのばす。途端、さっきご飯ものを2種頼もうとした隣席の男性からも、箸がのびてきた。

 サバのへしこの切り身がいっぱい入った糠鯖茶漬けは、お茶の熱で糠漬けの旨みが活性化され、さっぱりした中に時折漂う魅惑的な臭みが、左党にはたまらない。向かいの女性二人は、茶漬けと炊き込みご飯をそれぞれで頼み、半分ずつ分けている。その手があったか、と件の隣の男性に持ちかけようとしたところ、あいにく先方も茶漬け。締めに茶漬けを頼んでしまうのは、おたがい酒飲みの性なんだろうか。
 デザートに加賀西瓜ゼリーの糸瓜のせを頂いているバックでは、10年にひとりの山中節グランドチャンピオンによる、艶のある声の正調・山中節が披露されはじめた。唄が終わったところで、観光協会長が「先生、先生!」と厨房へ声をかけ、ややしてから道場氏が登場。宴たけなわとなり、ここでご挨拶と中締めか、と思いきや、何とご自身自らも山中節をご披露下さるという。

山中節で美声を披露する道場氏

 唄う前には「おーい、酒!」と、コップ酒をグイッと一気飲みして景気づけ、それではまだ足りない、とさらにもう一杯。勢いづいたところで、グランドチャンピオンに続き和の鉄人の名調子に、一同じっくりと聞き入った。唄い終わった途端、三味線の姉さんに向かって、昔この娘に惚れとったが手ぇ届かんかったなあ、と酒の勢いで舌も滑らかになったよう。飲んで唄って、酔客と冗談交わして。客と一緒に盛り上がる、飲み屋によくいる気さくな店の親父、といった感じの鉄人の姿が、また何ともいえずいい。美食の宴の最後を飾ったのは、山中温泉を愛してやまない道場氏の一芸披露、というのも、本会の趣旨にふさわしいような気もする。

 今更ではあるが、料理とはすなわち、素材の味を引き出す手助けをするものであり、素材を過度に飾り立てるべきものではない。加賀・能登の豊かな山海の自然が育んだ、多種多彩な食材の数々。その底力に技巧を加えすぎることなく、あるがままに供することが、この地で培われた道場氏の根本にある料理観であり、今日はその世界に存分に浸ることができたように思える。
 加えてこれまで「テレビに出ている有名人」という印象だった道場氏に対して、一料理人としての真摯な姿勢を、手に取るように感じられたのも印象深い。テレビに出まくり、名前を各所で売りまくる「有名」料理人に対しては、これまでは斜に構えていたけれど、これからはまず食べてみてからかな、という気にもなってきた。

 で、3度に分けて綴った「懐食みちば」の料理、結果は星、3つです… って、それはまた違う食番組だったか? (2007710日食記)


町で見つけたオモシロごはん95…銀座 『懐食みちば』の、鉄人・道場六三郎による懐石料理(その2)

2007年07月19日 | ◆町で見つけたオモシロごはん

2品目の前菜・ウニの姿盛り。文字通り、ウニが殻ごと供される

 和の鉄人・道場六三郎氏の懐石料理の店『懐食みちば』にて催された、山中温泉の観光懇談会は、前菜からして形式にとらわれない、氏の個性豊かな和食の世界に招待された、といった感じである。おすすめの新作、アボガドの艶焼きにチーズの黄生焼きの、食材の使い方や料理法に早くも感嘆。さらに木の芽寿司、ハモの湯びきと、こちらは懐石の先付けに定番の品を順に頂いて、ようやく前菜は終了となった。
 前菜の中でも、最初に食べた2品が鮮烈、濃厚な味わいだったため、あとの品の印象がやや薄くなってしまったよう。これは食べる順を考えればよかった、と残念に思っても、後の祭りである。空になった前菜の皿を前に、まだトコブシの肝の後味がのこる舌を、山中温泉の地酒「獅子の里」ですすぐと、最初のひと皿なのにもう酒が残り少ない。飲み物の品書きによると、日本酒以外にビールやワインも揃っているようで、アボガドとチーズはワインと味わってもよかったかな、などと、後の祭りがどうにも終わらない。

 品書きによると前菜はもう一品、ウニの姿盛りとある。ウニの贅沢な食べ方といえば、何といっても箱ウニだろう。鮮やかな山吹色をした身が、こんもりこぼれんばかりに箱に山ほど盛られて運ばれてくるのかな、と思いをめぐらせていたところ、登場した大皿に敷き詰めた氷の上には、紫のイガイガのがズラリ。殻ごと、これぞ文字通り、まんまの姿盛りで、ていねいな仕事を施した前菜の後は、素材の味そのままを楽しんで、という趣向なのだろうか。
 ひとりひとつずつ、トゲを恐る恐るつまんで自分の取り皿へもってこようとすると、トゲが数本ザワザワッ。アジの活け造りで、まだ身がビクビクッとやっているのはよくあるが、ウニの活け造りとは初めてだ。殻のてっぺんは丸く穴があけてあり、中にはオレンジ色の身が、整然と並んでいる。スプーンですくってツルリ、そしておかわりした「獅子の里」をクッ。前述の箱ウニよりも瑞々しく、サラリとした舌触りが気持ちいい。そして2片、3片と口に運ぶに従い、あのウニのふくよかな味が厚みを帯びてくる。
 様々な魚介が活け造りに料理される中、ウニもこのように殻ごと供してもよさそうだが、そうした店はほとんど見かけない。というのはウニは個体差が大変激しい上、外見では優劣の判断がほぼ不可能。殻を開けて味見しない限りは味の良し悪しを確認できず、ましてや何もせず殻のままお客に出すのは無謀、と築地を主題にしたマンガで読んだことがある。それをあえて殻のまま供する、ということは、ウニを選別する目利きに自信があり、かつ客に出す前に万全の策を施しているはず。ウニの姿盛りは素材の味そのままを楽しむ趣向だろうか、と前述してしまったが、この一品にも前菜とはまた違う意味での、ていねいな仕事が施されているのだろう。

 ウニは、青森県の大間でとれたものです。近頃、ホンマグロで有名だけど、ウニもなかなかいいのがとれるんですよ、と道場氏の説明は、次の椀物へと続いていく。夏なので、皆さんに元気を出してもらいましょう、と、スッポンの椀だ。ウニにはじまりスッポンときて、この後には伊勢エビも控えているなど、和食の高級食材御三家が、順次登場していくようだ。
 椀のなかには、スッポンをくるんだ白玉に、じゅんさい、フキと、具がそれぞれ上品にまとまっている。ぽっかり沈む白玉を箸で割ると、中からスッポンのほぐし身が出てくる仕掛けが楽しい。スッポンは多分、初めて食べる機会で、あの獰猛な姿を思い出しつつ、ちょっと恐る恐る口に。ほろり、と身がほぐれ、獣肉よりも鶏肉に近い食感と風味だが、脂肪分が少ない分、淡くはかない味わいで軽く食べやすい。つゆもキラキラと光っている割には、押しはひかえ目ですまし汁のように淡麗。「スッポン=濃厚でパワー充填」のイメージとは少々かけ離れた、品のいい中休めの椀である。

白玉を割ると、中からスッポンのほぐし身が。じゅんさいもツルリとうまい

 続くつくりは氷造りに仕立ててあり、愛媛県の八幡浜漁港で揚がったマコガレイにアジの2点盛り。カレイはポン酢で、アジは割り醤油で頂く仕組みで、シコシコとした食感を楽しむカレイに加えて、アジの旨さが特筆ものだ。茶色の脂がしっかり厚く、身はほっくり、口の中で甘みがほのかに広がっていく。アジというよりは、よくできた鯖寿司の身の部分のようなコクがあり、昆布を敷いてあるが、脂の甘みがその風味よりも勝っているかも。
 八幡浜は豊予海峡や瀬戸内、宇和海を主な魚場とする、西日本屈指の水揚げを誇る漁港である。平家アジとはこの、愛媛県と対岸の大分県との間を流れる豊予海峡でとれ、八幡浜に水揚げされたアジのこと。ちなみに同じ豊予海峡でとれ、対岸の大分・佐賀関で水揚げされたアジが、かの超高級ブランド魚の関アジだ。もちろん平家アジも、同じ漁場で揚がるだけに、身の締りと厚み、脂ののりと甘味は関アジ同様に、普通のアジとは別物。地元でもめったに入手できず、「幻のアジ」と評価が高いという。
 こっちで揚がると平家ですが、とれるところは関アジと同じなんです、と、双方のアジの由縁を説明する道場氏。関アジでなく、あえて全国的な知名度がさほどでもない平家アジを使うことで、ブランドや評判に惑わされず、自らがいいと思ったものを使う、という姿勢を打ち出しているのかもしれない。

脂ののった平家アジ。ブランド魚・関アジに負けないうまさだ

 このあたりからお腹にたまる料理が始まり、宴はいよいよ佳境へと入っていく。和食の高級食材御三家のトリを飾る伊勢エビが、蒸し物で登場である。鉢には伊勢エビにアイナメ、湯葉、シイタケ、青菜。上から半透明の薄いゼリー状のベールが覆っており、エビの赤、青菜の緑、湯葉の白が、それを通して霞がかったような色合いをかもし出している。
 ベールを箸で持ち上げて、まずは伊勢エビからひと切れ。蒸し物は一般的に、使っている食材の旨みが汁に出してしまい、食材自体はやや味が抜けていることがあるけれど、これは口に入れたとたん、エビの香りがプンプンと香ばしく立ち上がってきた。刺身やゆでたり揚げたりするよりも、エビの味が抜けていないどころか、むしろ強調、力強く仕上がっているよう。これはエビカニ好きにとって、涙ものの旨さだろう。
 不思議なことに、汁はほんのりと梅風味なのに、食材に酸味はまったくない。食材自体が持つ味を引き出す下支え、といった感じである。青菜の鮮烈な青臭さや、シイタケの薫り高さ。アイナメは磯魚らしく、土の香りもしっかりと残っているのがいい。上にかけられたベールが気になって道場氏に聞いたところ、吉野葛で食材を覆っています、とのこと。これにより、蒸して味が抜けるのを防いでいるのだろうか。吉野葛も食べてみると、ツルリ、ピタリと、口の中をくすぐってくれる。味はほとんどないけれど、この魅惑的な食感こそが味のうちなのかも。

吉野葛のベールを持ち上げると、中には伊勢エビ、アイナメ、湯葉、青菜などが

 ここまで氏の料理を頂いて感じるのは、いかに食材本来の良さを味わってもらうか、という理念が、根底にしっかりとあること。調理の技術や味付けの妙が先に立つことなく、あくまで食材の真価を引き出すためのもの、という意図が、どの料理からもしっかりと伝わってくる。仕事がきちんとなされている品でも、素材そのままで供される品でも、一貫した意図は食べるごとに感じられ、料理が進むにつれて、氏の料理観が作り出す世界の奥へ奥へ、と招き入れられていくのである。

 で、メインディッシュからデザートまで、残るあと5品は次回にて。鉄人の描き出す魅惑的な料理の世界、まだまだ終わらない。(2007年7月10日食記)


町で見つけたオモシロごはん94…銀座 『懐食みちば』の、鉄人道場六三郎の懐石料理

2007年07月16日 | ◆町で見つけたオモシロごはん


コース「懐」の前菜。手前右から反時計回りにハモの湯びき山椒、
アボガド艶焼、加賀太キュウリ昆布〆め、木の芽寿司、
チーズ
黄生焼、トコブシ磯焼、中央が豚足生姜

 料理人対決をコンセプトに、一世を風靡した異色の料理番組、「料理の鉄人」。和食・中華・フレンチの3鉄人といえば、番組が終了してかなりたった今でも、忘れられてはいまい。
 番組のおかげで料理人としての知名度が跳ね上がり、当時鉄人の店はひと月ふた月先まで予約でいっぱい、といった状況。本職のみならず、中には食品会社と協力してフードコーディネートに精を出したり、レストランのプロデュースに関わってみたりと、本職以外のジャンルにも積極的に進出する方も。現在ではよく耳にする、「○○料理の第一人者、○○シェフ」といったくだり、いわゆる有名料理人ブームを巻き起こした番組であり、彼らはその先駆者的料理人だった、といっても過言ではないだろう。
 自分が今まで遭遇した鉄人の味といえば、数千円で腹いっぱいになるバイキング主体のレストランに、コンビニの企画ものの鉄人弁当ぐらい。テレビのキッチンスタジアムで鉄人が描き出していた、繊細かつ優美な味の世界とはちょっとかけ離れているか。
 だがこのたび正真正銘の鉄人の居城の本丸にて、食事をする機会に恵まれた。銀座に店を構える、和の鉄人・道場六三郎氏の『懐食みちば』にて催される、北陸は山中温泉の観光懇親会に、ご招待いただくこととなったのである。ローカルごはん向け対応の舌が、鉄人の料理をいかに迎え撃つか、いざアレ!キュイジーヌ!

 店は和光から銀座通りに折れてすぐ、マツザカヤの向かいあたりにある。あまり目立たないビルの8階にあり、看板もよく探さないと見つからないほど。道場氏のあとを引き継いだ二代目・和の鉄人の店では、看板に自身の名前のロゴをあしらい、店内には自身の鉄人時代の写真を飾っているのとは、好対照である。迷わなかったのは、山中温泉協会の人が入り口で、派手なハッピを着て出迎えてくれたおかげかも。
 本格的な和食の店だけに、この日も座敷で膳が供される形かと思っていたら、エレベーターを降りて案内されたところは、モダンな雰囲気のダイニングスペースが広がっている。中央には華道、草月流家元だった勅使河原宏氏の意匠を汲んだ、山中温泉の自然をイメージした大きな生け花が鎮座。そのまわりにテーブル席が配され、暖かい中間照明が和みの空間を演出している。そして奥にはキッチンスタジアムならぬ、オープンキッチンが据えられ、若い料理人たちの動きがきびきびと気持ちいい。
 続々と招待客が席に着き、三味線奏者の本條秀太郎氏による俚奏楽「雪の山中」の艶っぽい唄が奏でられると、いよいよ開宴の時間。観光協会長の挨拶が半ばとなったところで、氏がおもむろに呼びかけた先の厨房を見てビックリ。


和懐石の店とは思えない、モダンな店内。
品書きや箸の留めにも「みちば」の銘が。

 おおむねこういった有名料理人の店は、主は「料理以外のことで多忙」なのが常であるため、今日も道場氏にお目にかかれるとは期待していなかった。ところが、オープンキッチンの空気がさっきと一変、ピンと張り詰めたと思ったら、何と、奥から道場六三郎氏が現れたではないか。若手にてきぱきと指示を出しながら、自身も厨房に立ち、一体となって調理に邁進している。テレビで見たまんま、ではなく、もっと着実、ていねいな仕事をしているような印象を受けるのは、テレビは時間制限(演出で実際は怪しいが)つきの対決だったからなのだろうか。
 そもそも山中温泉の観光懇親会を、この店で行うことには訳がある。道場氏が生まれ、幼少期から少年期を過ごしたのが、この山中温泉なのである。山中温泉は大聖寺川の渓谷である鶴仙峡沿いに宿が立ち並ぶ山間部の温泉で、山里の食材はもちろん、近隣の橋立漁港で水揚げされる日本海の魚介など、豊かな食材に恵まれている。そんな中で磨かれた感性が、「素材の持ち味を引き出す」という、氏の料理に対する姿勢として、ずっと息づいているという。
 道場氏は温泉協会長も古くからの友人とのことで、開会時の挨拶で披露された、能登沖地震の際のエピソードも興味深い。山中温泉は、能登沖地震の震源や被災地とはかなり距離があり、実際はほぼ被害はなかった。にもかかわらず、道場氏は地震発生から間をおかずに協会長へ様子伺いの連絡を入れ、義援金の寄付まで行ったというから、郷土への思いは半端ではない。この会が、氏の店で行われるのも、氏のたっての希望、ということもあるのだろう。

 会の主題である「山中温泉を思って下さる方々の集い」は、まさにそんな氏の心意気を表した言葉なんです、との紹介とともに、道場氏も厨房から壇上へとやってきた。長々とかしこまった挨拶や、無駄な雑話は一切なし。「今日の料理はね、加賀や能登の食材を使え使えと、協会の連中がもうウルサイんですよ」と、苦笑しつついきなり食材の話から切り込んでくるところが、料理人らしい挨拶だ。
 テレビ出演時には「日本料理界の異端児」と称され、伝統や形式にとらわれない独自の料理観を持つ道場氏だけに、この店のコンセプトもまた、個性的だ。懐石を基軸におきつつも、料理が一部選択できるプリフィクススタイルを取り入れたり、食材も和のテイストにこだわることなく柔軟に対応するなど、今までにないスタイルの斬新な和食処である。会の趣旨や、挨拶の言葉の力強さから、道場氏も今日は気合充分といった感じ。これは楽しみである。

 この日供される「懐」コースは月替わりで、メインディッシュとご飯ものが選べる仕組み。テーブルにくるりと巻かれた品書きの、銘入りの朱印が押された留めをとくと、和紙に「文月の料理」とのお題で品々が書き記されている。テレビ番組で、氏が料理を仕上げた後で、和紙にサラサラと達筆で品書きをしたためていたパフォーマンスを思い出す。
 冒頭に書かれた前菜は、アボガドの艶焼き、チーズの黄生焼き、トコブシの磯焼き、木の芽寿司、加賀太キュウリの昆布締め、ハモの湯びき山椒、豚足生姜の7種盛りである。今日のための新作がいくつかあるとのことで、アボガド、チーズ、トコブシに、旬の加賀太キュウリが特におすすめ、と道場氏。
 そのおすすめであるアボガドからして、いきなり絶句。果物の味ではなく、ねっとり、こってりと、例えるならカニミソとかウニといった感じか。アボガドは、マグロのトロの味がするともいわれるが、それとは異なる海産珍味系の味わいである。チーズも同様に、奥行きと厚みがある多層的な風味。ともになんとか焼きとか品書きにはあるけれど、ただ焼いただけではとてもこんな味にはならない。
 加賀太キュウリは対照的にあふれるほど瑞々しく、生気あふれる青臭さこそ加賀野菜の真髄。そして磯にあるまんまの味にも思えるほど、全体が貝柱の旨みとやわらかさのトコブシ。濃厚な2品のあとにさっぱり、ふっくらものの2品で、緩急を楽しむ組み立てなのだろうか。新ショウガに漬けてあるから、酒が進むよ、と道場氏が話していた豚足は、ちょっと豚独特の香りに好き嫌いが分かれるよう。

 それにしてもアボガドにチーズと、のっけから形式にとらわれない、創作和食の妙味だな、と、山中温泉に蔵元がある地酒「獅子の里」で口を漱ぎながら、磯の香芳醇なトコブシの肝の余韻を楽しむ。すると、席のすぐ横を道場氏が料理の皿を手に横切っていった。厨房で調理、指示を出し、合間にはフロアの隅で調理の仕上げを自らやっていたり、招待客のテーブルまで料理を供したり。あれもこれも自ら手を下さないと気がすまない、という感じで精力的に動き回っているようだ。
 最初のうちは、あの和の鉄人直々に供してもらうとは、と多少恐縮したけれど、慣れてくると次第に、ごく普通の料理屋の親父が奮闘している、という風にも見えてきた。そこで次に通りかかった際に、
 「前菜のアボガドとチーズ、ただ焼いただけじゃないですよね。どんな下ごしらえをしたら、あんな味になるんですか?」
 呼び止めて声をかけたところ、道場氏、足を止めて我々のテーブルにだけ(?)、アボガドの味の秘訣を懇切丁寧に解説してくれた。味の決め手は、西京味噌。アボガドを5日間味噌の中に漬けて焼くと、あの濃厚で複雑な味わいになるとの事で、チーズも同様、酒かすに漬けて焼くのがポイントという。なるほどアボガドの西京漬けに、チーズの粕漬けか、とメモしてみたはいいけれど、こう書くと鉄人渾身の新作料理も、なんだか一杯飲み屋の肴みたいだ。

 その後も何度か、通りかかるところを呼び止めて料理の質問をしてみたら、聞くほどに氏もああだこうだと、ていねいに教えてくれる。そこには有名料理人様といった高慢さは、みじんもない。テレビでは神々しさこそ漂っていた和の鉄人だが、料理を介して直接接してみたら、ああこの人、普通に料理が好きな生粋の料理人なんだな、と親しみがわいてきた。これうまいですね、と感想を述べたときのリアクションがまたよく、「料理の鉄人」で審査員の試食の際に、岸朝子に好評価された時よりいい感じかも(笑)。

 …で、前菜の段階で紙面が尽きてしまいました。私の記憶が正しければ、次回はいよいよ、鉄人の本格的な技へと迫ることとなります。(2007年7月10日食記)