このたびのソウル旅行の引率担当に、みやげに韓国食材を買うならどこがいいか聞いたところ、国鉄ソウル駅前にある「ロッテマート」を勧められた。行ってみると、入口にはでかいカートが用意され、店内には食材に加工品、菓子、調味料、酒に惣菜、ほか生活雑貨各種まで、何でも揃っている。
要はソウル一の大型スーパーマーケットで、これなら観光みやげ店よりも安い値段で、ソウル市民の普段使いの食材が手に入りそうである。
高麗ニンジン入りの韓国のりに、売り場のおばちゃんが勧める無添加のつけ味噌、さらに明太子にイカにチャンジャのキムチのパックと、韓国餅のトックの大袋も安さに誘われて購入。ついでに1本100円ちょっとと激安の梨マッコリもおまけすると、大型のカートもかなり満杯となった。
重いカートを押しながら店内をさらに見ていると、奥寄りに生鮮食品コーナーを発見。さすが地元客御用達のスーパー、といった感じで、今夜のおかずの買出しらしいおばちゃんや子連れの若いお母さんで、結構な混雑である。
精肉コーナーを覗いてみると、黒いスチロールトレイに見事な赤みのヒレ肉、ロース、ステーキ用など、見るからに高級感漂う品々が、一角を占めている。パッケージには「韓牛」とのシール。韓国語で「ハヌ」と呼ばれ、日本でいう黒毛和牛にあたる、国産牛であることを示すシールである。
韓牛は主に、韓国北部の京畿道や江原道で肥育されており、農協や生産者組合により各地でブランド化を推進。組織ごとに生産や流通方法を管理して、付加価値を高めている。その分高価で、物価が日本より安い韓国でも、値段は日本のブランド牛とそれほど変わらない。精肉コーナーでも、韓牛の売り場よりも、アメリカ産やオージービーフの売り場のほうが、お客は多いようでもある。
食品土産なら品揃え豊富なロッテマート。韓牛はシールで示されている
精肉コーナーの中には、激しい売り声が飛び交う一角があり、同じコスチュームでずらりと並んだ兄さん方が、大声で何やら売り込んでいる様子。日本だと鮮魚の店頭販売を思い出す光景である。こちらは主に、豚肉を扱っている一角で、冷蔵ケースの品物を眺めていくと、ヒレにバラ肉、ブロック、モモ、「コプチャン」と呼ばれるモツなど、日本と比べるとたくさんの種類が並んでいる。
行ってみると試食販売もやっていて、豚の三枚肉やタレに漬け込んだ豚カルビを、店頭の鉄板で焼いていた。大きなカートを転がしながら、行列にならぶおばちゃんもいて、牛肉の売り場よりもずいぶん活気がある。
日本で韓国風焼肉と聞けば、骨付きカルビにロースといった牛焼肉が思い浮かぶ人が多いだろうが、韓国では焼肉といえば、豚肉が主流。牛肉よりはるかに値段が安いこともあり、韓国庶民のパワーとエネルギーの源となっているらしい。
調味料コーナーで焼肉のタレを1本買い求め、買い物は無事、終了。この後は昼食なのだが、昨晩はポッサムという、ちょっと変わった焼肉を堪能したので、今度は韓国の一般的な焼肉屋にも行ってみたい。牛肉と豚肉の両方、味わってみたいし、さっき試食をやっていた、豚三枚肉にタレ漬けカルビも気になる。
ガイドブックを片手に選んだ「福清」という焼肉屋は、明洞の裏路地にあるやや大きめの店だった。赤地に青文字の看板と、店頭に肉盛り合わせの写真を添えた日本語のメニューが掲示されており、ガイドブックにも「日本語可」とあるのが心強い。
やや路地裏にある福清。日本語入りメニューでわかりやすい
さっそくテーブルについて、日本語表記が充実した品書きを見ると、うまいこと牛肉の人気部位の1人用盛り合わせの「ソコギモドゥム」があった。豚肉は、ロッテマートで試食販売をやっていた2種があったが、セットにはなっておらず、ひとりで両方頼むには量が多そうなのが気になる。
でも、「どれも少なめ、だいじょぶ、食べれる」との、お姉さんの堪能な? 日本語に勧められ、思い切って頼んでみることに。すぐに、木箱に載った牛肉2種と皿盛りの肉が3皿、加えて白菜にキュウリのキムチに、肉の付け合せ用の酢玉ネギに酢ダイコンに味噌、肉を包むサンチュにレタスサラダ、ナムル(豆もやし)の野菜群と、隣の空きテーブルにまで大小の皿が、10数枚ほどずらりと並んだ。
ずらりと並んだ付け合せの皿。野菜類が多いので肉がいっぱいでも安心
お姉さんはさっそく、ペラペラ薄く脂と赤みのボーダーがはっきりした肉を、パラパラと焼き網にのせはじめた。クルリと丸まるとトングで返し、表も裏も色が変わった頃が食べごろらしく、箸を伸ばすと姉さんに「まだ」ととめられてしまう。
初っ端の一品・チャドルバギは、牛のあばらに付いた貴重な部位の肉である。脂がたっぷりのため、このように薄っぺらにスライスして、さっとあぶっていただく。姉さんにやっと、「どぞ」と勧められて一枚つまみ、ずらりとある薬味や付け合わせから、どれを合わせるか聞いてみると、「塩だけね」。
見た目は脂の厚みがあったが、薄切りのおかげかこってりしておらず、むしろ赤身の部分がコクがあってうまい。焼き網は中央がせりあがった、ジンギスカン鍋風なので、流れ落ちる脂が網目から適度に落ちる仕組み。おかげで脂がちょうどよく赤身に絡むため、このコクが適度に楽しめる。
チャドルバギは薄い分、焼きあがるのが早く、テーブルに付きっきりで次の肉を焼きたがっている姉さんに急かされるように、一気に平らげる。続いて木箱に3、4切れ盛られた、ミニステーキのようにゴロゴロと厚みのある肉が2種、ポンポン、とトングで網に配された。表面を強く焼いた後は、網の縁の部分に移し、弱めの火力でじっくりと火を通す。焼き方もなんだかステーキ風だ。
姉さんが仕上げにトングでつまみあげ、ハサミでバチバチと切り分けて、「どぞ」。これも塩だけで食べるように、とのことで、まずはやや脂の網目が入っているほうから、ひときれ。トゥンシムと呼ばれる牛ロースで、忠清道直送の国産牛を使用している、れっきとした韓牛だ。歯ごたえはやわやわだが、肉汁と脂が意外になく、肉そのものの旨みが楽しめる。
左がチャドルバギ、中がトゥンシム。牛焼肉は塩だけでシンプルに味わう
もう一種、全体がほぼ赤身のほうは、牛のカルビサルである。カルビとは牛のあばら近くのばら肉のことで、カルビサルは骨なしの切り落としカルビのこと。韓国では単に「カルビ」と称する場合、骨付きカルビを指すそうである。食べ比べると、ロースよりグイグイと歯ごたえがあり、肉自体の味はこちらが強い。
それにしても、これだけの薬味が揃っているのに、牛焼肉はいずれも、塩だけで食べるように、との指示だった。韓流牛焼肉の味付けは、シンプルイズベスト。豚肉より高価なだけに、素材そのものの旨みを味わって、ということなんだろうか。
焼肉の中継ぎに、レタスサラダやナムルをかっこみながら、牛肉盛り合わせ小をクリアして、いよいよ韓国庶民の味方・豚肉へと進んでいく。えらい勢いで食べているのを見てなのか、テーブルに付いているお姉さんが、「焼くの、ゆっくり、しますか?」と気を遣ってくれるのがありがたい。
豚肉編の初っ端は、韓国流焼肉の人気部位のひとつ、三枚肉だ。これはさっきロッテマートで試食をやっていたやつで、韓国ではサムギョプサルと呼ばれる。この店では、済州島産の国産豚を使っているとのこと。姉さんがトングで、大振りで脂身ごってりの三枚肉をひき上げて並べると、3切れがど~んと網の上を占拠。途端にジャーッ、と焼く音が響き、次第に白い部分から脂がひたひたと染み出してくる。
姉さんがトングでクルリと返し、全体的に色が変わったら、バチバチ、とハサミを入れて焼きあがりだ。焼き上がって脂ジュクジュクのをひと切れ、サンチュにのせ、姉さんの指示に従って味噌、キムチ、ダイコンと玉ネギの酢漬け、さらに一緒に焼いたエリンギに焼きニンニクものっけて、クルリと巻いて、バクッ。
するととにかく、脂のうまいことといったら。脂身からスッキリ濃厚なエキスが、かまなくても染み出るほどで、ほぼ脂を食べている感じがするのに、まったくもたれない。注文前に姉さんに勧められ、冷凍物ではなく生の「センサムギョプサル」にしたおかげで、質のいい脂をじっくり堪能できる。
ボリューム満点のサムギョプサル。各種付けあわせとともにサンチュでくるんでいただく
脂がいいから、脂がからんだ赤身の部分もまた、絶品。肉の厚みがあるので、しっかりカリカリになるまで焼き上げると、肉の香ばしさと脂の濃厚さが渾然一体となり、これはうまい。
サンチュにくるんだいろいろな野菜、キムチの辛味と味噌の甘みも合わさり、脂ゴッテリの肉を食べている感じがしないのもいい。この食べ方が、韓流焼肉の基本的な食べ方で、姉さんの「少なめ、だいじょぶ」もごもっともかも。
そして最後もロッテマートで見かけたもので、豚カルビをタレに漬け込んだテジカルビだ。網の上でトングでかき回されながら、ジャージャーと威勢のいい音を立てながら焼き上げられていく。ジュクジュク泡を吹くタレの甘ったるい香りが、肉を4種平らげた後でも食欲をそそる。
一般的に日本の焼肉は、肉自体の味をシンプルに楽しむのに対し、韓国の焼肉はサンチュでさまざまな付け合わせを一緒に巻いて食べたり、肉を味わい深いタレにじっくり漬け込んだりするなど、立体的で複雑な味わいを楽しむのが特徴といえる。
このテジカルビもそのひとつで、店の自家製のタレに2日ほど漬け込んだという、人気トップ3の一品。テラテラ、やわやわの焼き上がりのを、サンチュにキムチや酢ダイコンなどと一緒にくるんでいただく。すると、肉にタレがじっくりとしみて柔らかく、ふかふかの歯ごたえが魅惑的。甘みの強いタレが、肉の味よりも前面に出ていて、これはご飯のおかずの味だ。
ジューシーで食欲が湧くテジカルビ。甘みのあるタレが肉にからむ
という訳で、韓流焼肉の牛・豚食べ比べは、どれもそれぞれの良さがある、という無難な結論にて終了となった。牛肉、豚肉ともに、地元韓国産の肉が味わえたこともあり、調理法も含めて韓国流の焼肉が堪能できた気がする。加えて、これだけ食べて5000円弱と、意外と値段もリーズナブルなのもうれしい。
これをいい機会に、今度日本で焼肉を食べる際には、定番の牛ロース・カルビ盛り合わせだけでなく、豚肉も含めたさまざまな部位にチャレンジしてみようか。もっとも物価の差をちゃんと考えてオーダーしないと、豚肉中心でも日本では結構な額になるので、気をつけないと。(2009年5月10日食記)