ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

旅で出会ったローカルごはん113…ソウル・明洞 『福清』の、サムギョプサルなど焼肉いろいろ

2009年05月27日 | ◆旅で出会ったローカルごはん

 このたびのソウル旅行の引率担当に、みやげに韓国食材を買うならどこがいいか聞いたところ、国鉄ソウル駅前にある「ロッテマート」を勧められた。行ってみると、入口にはでかいカートが用意され、店内には食材に加工品、菓子、調味料、酒に惣菜、ほか生活雑貨各種まで、何でも揃っている。
 要はソウル一の大型スーパーマーケットで、これなら観光みやげ店よりも安い値段で、ソウル市民の普段使いの食材が手に入りそうである。

 高麗ニンジン入りの韓国のりに、売り場のおばちゃんが勧める無添加のつけ味噌、さらに明太子にイカにチャンジャのキムチのパックと、韓国餅のトックの大袋も安さに誘われて購入。ついでに1本100円ちょっとと激安の梨マッコリもおまけすると、大型のカートもかなり満杯となった。
 重いカートを押しながら店内をさらに見ていると、奥寄りに生鮮食品コーナーを発見。さすが地元客御用達のスーパー、といった感じで、今夜のおかずの買出しらしいおばちゃんや子連れの若いお母さんで、結構な混雑である。

 精肉コーナーを覗いてみると、黒いスチロールトレイに見事な赤みのヒレ肉、ロース、ステーキ用など、見るからに高級感漂う品々が、一角を占めている。パッケージには「韓牛」とのシール。韓国語で「ハヌ」と呼ばれ、日本でいう黒毛和牛にあたる、国産牛であることを示すシールである。
 韓牛は主に、韓国北部の京畿道や江原道で肥育されており、農協や生産者組合により各地でブランド化を推進。組織ごとに生産や流通方法を管理して、付加価値を高めている。その分高価で、物価が日本より安い韓国でも、値段は日本のブランド牛とそれほど変わらない。精肉コーナーでも、韓牛の売り場よりも、アメリカ産やオージービーフの売り場のほうが、お客は多いようでもある。

 

食品土産なら品揃え豊富なロッテマート。韓牛はシールで示されている

 精肉コーナーの中には、激しい売り声が飛び交う一角があり、同じコスチュームでずらりと並んだ兄さん方が、大声で何やら売り込んでいる様子。日本だと鮮魚の店頭販売を思い出す光景である。こちらは主に、豚肉を扱っている一角で、冷蔵ケースの品物を眺めていくと、ヒレにバラ肉、ブロック、モモ、「コプチャン」と呼ばれるモツなど、日本と比べるとたくさんの種類が並んでいる。
 行ってみると試食販売もやっていて、豚の三枚肉やタレに漬け込んだ豚カルビを、店頭の鉄板で焼いていた。大きなカートを転がしながら、行列にならぶおばちゃんもいて、牛肉の売り場よりもずいぶん活気がある。
 日本で韓国風焼肉と聞けば、骨付きカルビにロースといった牛焼肉が思い浮かぶ人が多いだろうが、韓国では焼肉といえば、豚肉が主流。牛肉よりはるかに値段が安いこともあり、韓国庶民のパワーとエネルギーの源となっているらしい。

 調味料コーナーで焼肉のタレを1本買い求め、買い物は無事、終了。この後は昼食なのだが、昨晩はポッサムという、ちょっと変わった焼肉を堪能したので、今度は韓国の一般的な焼肉屋にも行ってみたい。牛肉と豚肉の両方、味わってみたいし、さっき試食をやっていた、豚三枚肉にタレ漬けカルビも気になる。
 ガイドブックを片手に選んだ「福清」という焼肉屋は、明洞の裏路地にあるやや大きめの店だった。赤地に青文字の看板と、店頭に肉盛り合わせの写真を添えた日本語のメニューが掲示されており、ガイドブックにも「日本語可」とあるのが心強い。

 

やや路地裏にある福清。日本語入りメニューでわかりやすい

 さっそくテーブルについて、日本語表記が充実した品書きを見ると、うまいこと牛肉の人気部位の1人用盛り合わせの「ソコギモドゥム」があった。豚肉は、ロッテマートで試食販売をやっていた2種があったが、セットにはなっておらず、ひとりで両方頼むには量が多そうなのが気になる。
 でも、「どれも少なめ、だいじょぶ、食べれる」との、お姉さんの堪能な? 日本語に勧められ、思い切って頼んでみることに。すぐに、木箱に載った牛肉2種と皿盛りの肉が3皿、加えて白菜にキュウリのキムチに、肉の付け合せ用の酢玉ネギに酢ダイコンに味噌、肉を包むサンチュにレタスサラダ、ナムル(豆もやし)の野菜群と、隣の空きテーブルにまで大小の皿が、10数枚ほどずらりと並んだ。

ずらりと並んだ付け合せの皿。野菜類が多いので肉がいっぱいでも安心

 お姉さんはさっそく、ペラペラ薄く脂と赤みのボーダーがはっきりした肉を、パラパラと焼き網にのせはじめた。クルリと丸まるとトングで返し、表も裏も色が変わった頃が食べごろらしく、箸を伸ばすと姉さんに「まだ」ととめられてしまう。
 初っ端の一品・チャドルバギは、牛のあばらに付いた貴重な部位の肉である。脂がたっぷりのため、このように薄っぺらにスライスして、さっとあぶっていただく。姉さんにやっと、「どぞ」と勧められて一枚つまみ、ずらりとある薬味や付け合わせから、どれを合わせるか聞いてみると、「塩だけね」。
 見た目は脂の厚みがあったが、薄切りのおかげかこってりしておらず、むしろ赤身の部分がコクがあってうまい。焼き網は中央がせりあがった、ジンギスカン鍋風なので、流れ落ちる脂が網目から適度に落ちる仕組み。おかげで脂がちょうどよく赤身に絡むため、このコクが適度に楽しめる。

 チャドルバギは薄い分、焼きあがるのが早く、テーブルに付きっきりで次の肉を焼きたがっている姉さんに急かされるように、一気に平らげる。続いて木箱に3、4切れ盛られた、ミニステーキのようにゴロゴロと厚みのある肉が2種、ポンポン、とトングで網に配された。表面を強く焼いた後は、網の縁の部分に移し、弱めの火力でじっくりと火を通す。焼き方もなんだかステーキ風だ。
 姉さんが仕上げにトングでつまみあげ、ハサミでバチバチと切り分けて、「どぞ」。これも塩だけで食べるように、とのことで、まずはやや脂の網目が入っているほうから、ひときれ。トゥンシムと呼ばれる牛ロースで、忠清道直送の国産牛を使用している、れっきとした韓牛だ。歯ごたえはやわやわだが、肉汁と脂が意外になく、肉そのものの旨みが楽しめる。

  

左がチャドルバギ、中がトゥンシム。牛焼肉は塩だけでシンプルに味わう

 もう一種、全体がほぼ赤身のほうは、牛のカルビサルである。カルビとは牛のあばら近くのばら肉のことで、カルビサルは骨なしの切り落としカルビのこと。韓国では単に「カルビ」と称する場合、骨付きカルビを指すそうである。食べ比べると、ロースよりグイグイと歯ごたえがあり、肉自体の味はこちらが強い。
 それにしても、これだけの薬味が揃っているのに、牛焼肉はいずれも、塩だけで食べるように、との指示だった。韓流牛焼肉の味付けは、シンプルイズベスト。豚肉より高価なだけに、素材そのものの旨みを味わって、ということなんだろうか。

 焼肉の中継ぎに、レタスサラダやナムルをかっこみながら、牛肉盛り合わせ小をクリアして、いよいよ韓国庶民の味方・豚肉へと進んでいく。えらい勢いで食べているのを見てなのか、テーブルに付いているお姉さんが、「焼くの、ゆっくり、しますか?」と気を遣ってくれるのがありがたい。
 豚肉編の初っ端は、韓国流焼肉の人気部位のひとつ、三枚肉だ。これはさっきロッテマートで試食をやっていたやつで、韓国ではサムギョプサルと呼ばれる。この店では、済州島産の国産豚を使っているとのこと。姉さんがトングで、大振りで脂身ごってりの三枚肉をひき上げて並べると、3切れがど~んと網の上を占拠。途端にジャーッ、と焼く音が響き、次第に白い部分から脂がひたひたと染み出してくる。

 姉さんがトングでクルリと返し、全体的に色が変わったら、バチバチ、とハサミを入れて焼きあがりだ。焼き上がって脂ジュクジュクのをひと切れ、サンチュにのせ、姉さんの指示に従って味噌、キムチ、ダイコンと玉ネギの酢漬け、さらに一緒に焼いたエリンギに焼きニンニクものっけて、クルリと巻いて、バクッ。
 するととにかく、脂のうまいことといったら。脂身からスッキリ濃厚なエキスが、かまなくても染み出るほどで、ほぼ脂を食べている感じがするのに、まったくもたれない。注文前に姉さんに勧められ、冷凍物ではなく生の「センサムギョプサル」にしたおかげで、質のいい脂をじっくり堪能できる。

  

ボリューム満点のサムギョプサル。各種付けあわせとともにサンチュでくるんでいただく

 脂がいいから、脂がからんだ赤身の部分もまた、絶品。肉の厚みがあるので、しっかりカリカリになるまで焼き上げると、肉の香ばしさと脂の濃厚さが渾然一体となり、これはうまい。
 サンチュにくるんだいろいろな野菜、キムチの辛味と味噌の甘みも合わさり、脂ゴッテリの肉を食べている感じがしないのもいい。この食べ方が、韓流焼肉の基本的な食べ方で、姉さんの「少なめ、だいじょぶ」もごもっともかも。

 そして最後もロッテマートで見かけたもので、豚カルビをタレに漬け込んだテジカルビだ。網の上でトングでかき回されながら、ジャージャーと威勢のいい音を立てながら焼き上げられていく。ジュクジュク泡を吹くタレの甘ったるい香りが、肉を4種平らげた後でも食欲をそそる。
 一般的に日本の焼肉は、肉自体の味をシンプルに楽しむのに対し、韓国の焼肉はサンチュでさまざまな付け合わせを一緒に巻いて食べたり、肉を味わい深いタレにじっくり漬け込んだりするなど、立体的で複雑な味わいを楽しむのが特徴といえる。
 このテジカルビもそのひとつで、店の自家製のタレに2日ほど漬け込んだという、人気トップ3の一品。テラテラ、やわやわの焼き上がりのを、サンチュにキムチや酢ダイコンなどと一緒にくるんでいただく。すると、肉にタレがじっくりとしみて柔らかく、ふかふかの歯ごたえが魅惑的。甘みの強いタレが、肉の味よりも前面に出ていて、これはご飯のおかずの味だ。

 

ジューシーで食欲が湧くテジカルビ。甘みのあるタレが肉にからむ

 という訳で、韓流焼肉の牛・豚食べ比べは、どれもそれぞれの良さがある、という無難な結論にて終了となった。牛肉、豚肉ともに、地元韓国産の肉が味わえたこともあり、調理法も含めて韓国流の焼肉が堪能できた気がする。加えて、これだけ食べて5000円弱と、意外と値段もリーズナブルなのもうれしい。
 これをいい機会に、今度日本で焼肉を食べる際には、定番の牛ロース・カルビ盛り合わせだけでなく、豚肉も含めたさまざまな部位にチャレンジしてみようか。もっとも物価の差をちゃんと考えてオーダーしないと、豚肉中心でも日本では結構な額になるので、気をつけないと。(2009年5月10日食記)


魚どころの特上ごはん88…ソウル 『ノリャンジン水産市場』の、市場食堂へ持込で朝ごはん

2009年05月24日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん

 ソウルの台所、ノリャンジン水産市場で出会った魚は、ほとんどが日本の市場で見かけるものばかりだった。海を挟んでお向かいの国だけに、普段食べている魚介の漁場も、似通っているからなのだろう。
 朝5時起きで市場をめぐった締めくくりは、市場食堂で朝ごはんといきたいのは、日本だろうが韓国だろうが同じこと。店で購入した魚介を、調理代を支払えば料理してくれる食堂があると聞いており、散策していて気になった店や魚介をいくつかチェックしておいた。言葉がちゃんと通じるかどうかが気になるが、希望のお魚をうまく朝ごはんにできるだろうか。

 とりあえず、最初に散策した、貝類やタコ、活魚の店が並ぶ通りに戻り、いくつかの店を物色する。こちらが何か買うつもりであることが分かったとたん、鯛やヒラメやアワビといった高級魚介を強く勧める店が多い中、やや奥寄りの店では愛想のいいおばちゃんが、店頭の魚介を好きに見せてくれたので、ここで腰を据えておかず選びといくことに。
 市場を訪れる前は、韓国ならではのローカル魚介を期待していたが、場内を一巡してみると日本でもなじみの魚介がほとんどだったため、逆に何を選べばいいか迷ってしまう。強いて食べ慣れない魚介を挙げると、「ホンオ」と呼ばれるガンギエイ。ホンオフェという刺身が定番料理なのだけれど、エイ特有の涙が出るほど強烈なアンモニア臭が、味の特徴なのだとか。

 店のおばちゃんに、日本にはない韓国ならではの地魚はありますか、と、片言の韓国語で何とか聞いてみたところ、ひとつの水槽を指差した。中には太目のミミズのような、チューブ状の生き物がうようよやっているではないか。
 何と、これもれっきとした韓国のローカル魚介。「ケブル」と呼ばれるこの生き物、刺身にして食べるとナマコのようなコリコリした食感で人気なのだという。日本では魚釣りの餌に使うユムシのことで、危なっかしい韓国語が「韓国でよく使う釣り餌はありますか」と間違って伝わったのではないだろうが。
 韓国ローカル魚は、どれも少々インパクトが強すぎるようなので、「韓国で人気のある魚は何ですか」と、質問を変更。するとチュクミ(イイダコ)、キジョゲ(タイラギ)、そしてチョギ(イシモチ)が挙がった。このあたりなら知っているものばかりで、インパクトも予算も想定内だ。

  

朝食の材料一式。左の写真の大きな貝がタイラギで、ほかイイダコ、ハマグリ。中央のチョギは1匹で意外な値段が…

 イイダコとタイラギは店頭の水槽から、イシモチは店で扱っていないらしく、近所の店から1尾とりよせてくれ、さらにハマグリを4つばかりおまけしてくれた。が、いざ値段を聞くと4万ウォン。プラス調理代は別途2万ウォンとのことで、朝飯に日本円で5000円弱とはあまりに高い。
 イシモチとタイラギが高く、特にイシモチだけで1万ウォン以上になるからこの値段、と、おばちゃんはしきりに言うが、どちらも日本の鮮魚店ではひとつ数百円程度で売っており、ちょっと高いなあ、と思わず交渉が日本語になってしまう。込み込みで3万ウォン(2500円弱)ぐらいにならないか頼んでみても、う~ん、と了解できない様子。

 なら、料理屋で調理代もあわせて交渉してみよう、との、おばちゃんの提案に従ってお勧めの食堂へと移動することに。すると市場の裏の奥へ奥へと進み、人気があまりなくなったところで、寂れた感じの食堂へと到着した。店内にはがっしりした体格の二人連れの男性しかおらず、その横の空いているテーブル席へ着くように、と指示された。
 微妙な雰囲気に心配になってきたところに出てきたのは、韓国ドラマに出てくる世話好きおばちゃん風の女性で、鮮魚店のおばちゃんと二言三言話した後、込み込み4万ウォンでどうか、と提案された。隣の二人組はこちらをじっと見ており、場の雰囲気もあったのでそれで了解。鮮魚店のおばちゃんに2万ウォン、料理屋のおばちゃんにも先払いで2万ウォン支払い、ようやく朝ごはんにありつける。

 

人の気配のない店内に珍客が。猫クンが自分のおこぼれを早くも狙っている?

 値段交渉で頭がいっぱいで、どんな料理にしてもらうかを考えていなかったが、材料を調理場に持っていったおばちゃんは、しばらくしてコンロと鍋を運んできた。鍋の中の澄んだ汁には、イチョウ切りのダイコンと筒切りのネギが入っており、食材の皿にはさばいたイイダコの足と胴、ハマグリが並んでいる。どうやら、韓国の鍋料理「チム」に調理されるようである。
 チムとは蒸す、煮る、煮込むといった意味で、一般的には薄味のだし汁で肉や魚介、野菜を煮込む料理を指す。鍋を火にかけたおばちゃんは、ハマグリを入れ、タコの足をハサミでバチバチと切り、火の加減をして、煮えたタコやダイコンをよそってくれ、と、値切ってしまったにもかかわらず、つきっきりでお世話してくれる。
 勧められて、まだ半煮えのタコの足からいただくと、程よい弾力でムチッ、クイッとかみ切れるのが心地よい。熱の加え方が絶妙なため、タコの香りが強くコクがあり、卵がパンパンに詰まった胴はご飯の甘みがふわり。半煮えのハマグリも、貝のうまみが一番強いタイミングで、ホクホク、汁がジワッと、思わず顔がほころんでしまう。

 続いておばちゃんが運んできた皿には、解体されたタイラギがのっていた。貝柱とヒモ、ワタをそれぞれつくりにしてあり、醤油と一緒に添えられた薬味は、コチュジャンでもごま油でもなくワサビだ。おばちゃんが、刺身は醤油とワサビね、といった感じで、ワサビをたっぷり? よそってくれた。貝柱をひときれいってみると、歯ごたえはサクサク、甘みはホタテより控えめな分、潮の香りが鮮烈で、鮮度の良さが良く分かる。
 すると、唐突に隣の二人組から声をかけられ、びっくりして振り向くと鍋に何かを入れろ、と、手振りで示している。さらにひとりが日本語で「しゃぶしゃぶ、しゃぶしゃぶ!」。タイラギの貝柱を、チムの汁にくぐらして食べてみろ、とのことらしく、軽く汁をくぐらして食べてみると、刺身よりも潮の香りが引く分、甘みが突出してきてこれはうまい。

  
 

4万ウォン(約3000円ちょっと)でこの料理は、なかなか豪華。上左がタイラギの刺身、
上右が「チム」のイイダコとタイラギ、ハマグリ。下左がチョギの塩焼き。下右は隣の親父のおごりのつぶ貝

 そうした様子からするとどうやら、店のおばちゃんも隣の二人組も、市場の奥まったこんなところに日本人がやってきたのが、単に気になっていただけのようだ。それが、「しゃぶしゃぶ」のやりとりをきっかけに、双方ともにあれこれと話しかけてくるようになった。料理代の件で少々緊張していた自分も、おかげですっかりリラックス。「メッチュジュセヨ、アジェンマ(おばちゃん、ビール!)」といってしまえば、あとは二人組との魚談義が盛り上がる。
 日本のチャムチ(マグロ)は高い、でもパンオ(シラス)は安くてうまいね。チュンオ(ニシン?)とチョンモ(つぶ貝?)の刺身を頼んだから、こっち来て食べないかい、酢味噌でいくとうまいよ、などなど。英語と身振り手振りをメインにしつつ、酔っ払っているから通じるかどうかお構いなしの日本語、韓国語もとりまぜながら、会話が成り立っているのが不思議といえば不思議かも。

 こんな早朝から飲んでいるのだから、市場で働いている人なのかと思ったら、聞くとソウル市街のフライドチキンの店のオーナーとのことだった。こちらも自己紹介をして、お互いに素性が分かってひと安心。卓には18度という韓国のウイスキーも追加され、先に酌をすると、韓国で目上の人の前で酒を飲む際のマナーを教えてもらった。
 体をそむけて口を手のひらで覆い、杯をグイッ。最初にビールを飲んでいたから、ちゃんぽん飲みは「ポカン」といって悪酔いするぞ、なんてことまで教えてくれる。50過ぎだが若く見えるだろう、とか、子供が兵役で2年ほど海軍に行っててね、とか、だんだん飲み屋の普通の世間話になってきた。

 

親父さんを記念に1枚。ソウルで人気のチキンのチェーン・TWOTWO CHIKINのオーナーで、
ヨンムンドとヨンサンドの店をお持ちとか

 残りの一品が運ばれてくる頃には、結構な酔いだったけれど、ディスカウント交渉してまでオーダーした料理だから、すべて平らげなくてはもったいない。「センソングイ」とお隣が教えてくれたイシモチの塩焼きは、皮目がこんがり香ばしく、もっちりした白身はトロリとした甘みが魅惑的。ハタハタにちょっと似た、クリーミーな味わいで、小振りながらも品のいい味わいが後をひく。
 思いがけず酒量が多くなったせいもあり、朝食にしては満腹になってきたが、チョギもキジョゲも高いから、残すともったいないよ、と話すお隣。聞いたところによると、実はイシモチもタイラギも、韓国では結構高い魚介なのだそうである。
 タイラギは貝類の中では最も高価で、イシモチも中型のもので一尾1万ウォンぐらいが相場。さらに塩を振ったイシモチを天日に干した、「クルビ」という加工品になると、5万ウォンぐらいするのだとか。考えてみれば、鍋1人前に刺身ひと皿、焼き魚の3品で3000円ちょっとなのだから、日本でもまあ値段相応。地元の相場を理解していなかったため、鮮魚店のおばちゃんに悪いことをしたかもしれない。

 お隣はさらにビールを追加してくれようとしたけれど、そろそろ出ないとこの後訪れる予定の、王宮見学に間に合わない。これ以上赤ら顔になって王宮に入れないと大変なので、ここらで引き上げることに。ご馳走になった分を払おうとしたら、いいから財布をしまえ、と身振りで伝えるお隣さん。感謝の言葉がうまくつたわらないのがもどかしく、握手をして店を後にした。
 帰りにさっきの鮮魚店の前を通ったら、おばちゃんが相変わらず店番をしているのが目に入る。やや気まずい気分で挨拶をしていくと、にっこり笑って「また来たら寄ってね」と店の名刺をいただき、少しばかりホッとした気分で、足早に駅へと向かう。
 言葉があまり通じないながらも、市場の人情味は万国共通だったのに感激。一方で、知っているつもりで知らなかった高級魚介のおかげで、後味がちょっとほろ苦い。そんなソウルの市場の朝ごはんだった。(2009年5月10日食記)


魚どころの特上ごはん87…ソウル 『ノリャンジン水産市場』の、韓流ローカル魚いろいろ

2009年05月21日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん

 食べ歩きが趣味の知人が、とある漁港の町で入った寿司屋で、出された握りのネタの水揚げ地をあれこれ聞いていたところ、しまいに親父さんに「全部、海!」と返された、という笑い話がある。日本海も太平洋も、東シナ海だってベーリング海だって、たどればつながっているから正しい答えだね、と苦笑していたが、その見方からすれば、この魚介はどこの漁港の名物でどの国産なのか、と厳密に問われると、線引きは意外と難しいのかも知れない。
 近隣の韓国は文字通り、日本列島が接する海域を共有しており、ほぼ同じ漁場を有している。韓国を訪れることになったので、いい機会とばかりソウルの水産市場を散策してみることにした。日本海を挟んですぐお向かいの国の市場には、見慣れたおなじみの魚が並んでいるのか、それとも未知なる地魚が顔を見せるのか、楽しみである。

 ソウルの築地市場とも称される、ノリャンジン水産市場までは、ソウルの中心街・明洞から地下鉄1号線に乗って10分ちょっと。市街を横切る大河の漢江を越えたノリャンジン駅が最寄りである。繁華街から地下鉄で数駅、さらに大河に近い立地が、銀座の外れにあり隅田川の河口に位置する築地市場にどこか似た、大都市型の水産市場らしい。
 改札を出て、市場棟の屋上に直結する跨線橋を歩いていると、次第に魚介の香りが漂ってくる。そして屋上から階段を下り、場内を見下ろす2階の回廊へと出て驚いた。広大な場内には、煌々と照る裸電球の下に、様々な魚介を並べた間口の狭い店舗が軒を連ねている。横長の建物には、ざっと3列ほどの店舗街が形成されており、屋号の看板がハングルなこと以外は、まるで日本の水産市場とそっくり。これまた築地の場内の仲卸店舗街に、よく似たたたずまいである。

  
 

市場は地下鉄ノリャンジン駅に隣接している。看板がハングルなこと以外は、
築地市場と雰囲気も扱っている魚種もそっくり

 回廊からは軒を連ねる店の店頭を見下ろして眺められ、見たところタコやカニ、エビ、貝類など、日本でも見覚えのある種類のが多いよう。朝6時をやや回ったところだが、買い付けの客はまだまばらで、店の奥でお茶を飲んで一服しているアジェンマ(おばちゃん)や、店頭で貝をむいたり鮮魚を刺身におろしているアジョッシ(親父さん)の姿も、上から丸見えで分かる。
 店を巡るなら仕事の邪魔にならないよう、市場が込み始める前に、と、さっそく階段を下りてまずは1列目の店舗街へと向かった。せっかくだから店の人とコミュニケーションをとろうと、日本で市場を巡るときにする質問を、韓国語に訳してメモ書きにしてきたが、果たしてちゃんと通じるだろうか。
 入ってすぐのあたりには、貝類やエビを扱う店舗が並んでいて、水槽に活けでキロ単位で売られている。元気に水を噴くハマグリにアサリ、螺旋状の殻が整然と並ぶツブ貝、水槽にびったりへばりついたトコブシ、水から跳ね回る大正エビなど、なかなか活きがいい。ホヤやナマコまで、韓国の市場で見られるとは驚きだ。

 片言の韓国語で「サジン、チゴト、トエヨ?(写真を撮ってもいいですか?)」と、店頭のおばちゃんに許可をもらうと、ニコニコと愛想よくうなづいてくれた。うまく通じたのに気をよくして、店頭に並ぶ日本でおなじみの魚介の、韓国での呼び方を尋ねてみることに。
 日本のより厚く大振りのハマグリは「ベカ」。キロ2万ウォンだから30尾ほどで1500円ちょっとと、激安の大正エビは「セウ」で、別名高麗エビとも言うらしい。ムール貝を巨大にしたタイラギ「キジョゲ」は、でっかい貝柱だけでも売っている。赤と青がいるナマコを指したところ、おばちゃんの返事は「ナマコ」と笑っていたが、これはうまく伝わったか自信がない(後で調べたら「ヘサム」)。

 このあたりの店舗には貝類のほか、タコも大きさや種類豊富に扱っており、水槽に活けで売られる小振りのイイダコ(チュクミ)、長い足が特徴で箱から脱走を企てているのもいるテナガダコ(ナッチ)、さらに巨大なミズダコ(ムノ)は、足をグンとのばして品台に目いっぱい広げられて売られている。
 タコは一般的に、日本以外の国ではあまり食用にしないといわれるが、韓国では常食されるローカル魚介だ。中でも特に人気なのが、手長ダコ。木浦や釜山といった、半島西南部の全羅南道から南部沿岸で、主に揚げされる。3種の中では中ぐらいの大きさで、滋養あふれる食材として珍重されるという。
 料理法は、コチュジャンで炒める「ナクチボックン」や、海鮮鍋の「ナクチチョンゴル」といった辛い料理のほか、手長ダコを生きたままぶつ切りにして生で食べる、「サンナクチ」が有名。いわばタコの活きづくりで、元気にウネウネやっているのをごま油でいただくのだという。魚介の生食や踊り食いといった魚食文化は、韓国にも存在するらしい。

  
  

上段は左から右へ、キジョゲ(タイラギ)、ヘサム(ナマコ)、ケジャン(ワタリガニ)。
下段左は様々な種類のタコ、中のケブルは巨大ミミズ風で刺身で食べる。
下右のアジェンマ(おばちゃん)に、魚種の韓国語での読みを教えていただいた
  

 韓国語魚種名口座のお礼を、おばちゃんに「カサハムニダ」と伝え、1列目の通りをさらにぶらぶら。足を進めていくと、次第に活魚の水槽が目立つようになってきた。大きな鯛にヒラメ、カレイなど、日本でも高級な魚がまる1匹で売られており、買い手が付いて店頭で活け締めにされているのも。
 そろそろ買い付けや買出しのお客が増え、歩いているとあちこちから呼び声がかかるようになってきた。日本人と分かるのか、「はいお兄さん!」と日本語で呼びかけられ、以下は韓国語で鯛やヒラメを売り込んできているようだが、言葉がよく分からないのをいいことに、笑顔で返して先へ、先へ。

 通りの中ほどで、活けのカニを各種扱っている店を見かけたので、温厚そうな親父さんに写真撮影のお願いをして、水槽を観察させてもらう。タラバガニ、ズワイガニに、独特な楕円の甲羅をしたワタリガニもいる。発酵醤油に漬ける韓国の有名な海鮮料理、カンジャンケジャン(カニのキムチ)の材料で、これだけは韓国語で「ケジャン」と呼ぶのは知っている。
 ズワイガニは「テゲ」、タラバガニは「キンクレ」と、ほかのカニの韓国語での呼称を教わり、さらにケジャンの水揚げ地を何とか尋ねてみたら、「ソサン」との返事。ソウルの南西160キロほどに位置する、瑞山という漁業の盛んな街で、ここで水揚げされるワタリガニは、カンジャンケジャンの材料としては韓国で屈指の質の良さなのだという。
 ついでにズワイガニとタラバガニの水揚げ地を尋ねたら、にっこりと「ロシア」。料理法はチム、とのことで、蒸しガニが主流らしく、タコと違って日本のような生食はあまりしないらしい。

 行きかう人も増えて売り声がさらに激しくなり、バイクに自転車、築地のよりひとまわり大型のターレトラック(場内用の荷物運搬車)が頻繁に往来と、次第にあたりが騒然としてきた。逃げるように一本裏の通りへ外れると、こちらは人通りは少なく、お客が店の人と淡々と商談している様子が、ぽつぽつと見かけられる程度。常連が中心なのか、歩いていても売り声もほとんどかかってこない。
 2列目の店舗街は鮮魚を扱う店舗が中心で、氷を敷いた店頭には様々な魚が並べられている。数匹売りのサンマやサバは日本のより太く、箱売りのカタクチイワシ、ほかざる盛りのホッケやムツといった、日本でおなじみの大衆魚がほとんどのようだ。中型の鯛に舌ビラメやマナガツオを、整然と並べて売る店も。アンコウは肝の大きさが分かるように、腹を開いて並べてある。

 

鮮魚店街の店頭。日本でも見覚えのある魚が結構ある

 中でも目立つのは、太く長い立派なタチウオだ。店頭には太刀ならぬ、縁起物の韓国刀のような銀の輝き鮮やかなのが、何本もそろえられている。韓国では「カルチ」と呼ばれ、ダイコンと一緒に辛く煮た「カルチジョリム」が代表的な料理。高級魚だが最近は漁獲量が減少傾向のため、日本で漁獲したタチウオが韓国で流通しているという。
 もうひとつ、見覚えのある胴が狭く細長い魚体の魚は、サワラ。日本では岡山で最近話題の魚だが、こちらは日本で水揚げされる上物が少ないため、逆に韓国から輸入しているという。
 タチウオもサワラも、上物が水揚げされる主な漁場は、対馬暖流が流れる対馬海峡付近である。日本も韓国もほぼ同じ海域で、タチウオは日本でいえば対馬近海、韓国でいえば済州島近海のものが、それぞれの国で「ブランド魚」になっているのだとか。

 
 

上左から時計回りに、カルチ(太刀魚)、泣き顔のホンオ(エイ)、
意外に高級魚のチョギ(イシモチ)、マナガツオ

 さらに、あたりを歩いていてどうにも目をひくのが、日本ではあまり食用にしないエイ。菱形の魚体のが幾何学的に配列され、とんがり頭に泣き顔? が何ともユーモラスである。
 ユーモラスなのは見た目だけではなく、食べ方も同様だ。水揚げ地である、全羅南道沿岸での名物料理「ホンオフェ」は、「ホンオ」と呼ばれるガンギエイを、甕にしばらく漬けて発酵させたもので、強烈なアンモニア臭が味のポイント。突き刺すような刺激を楽しみつつ、涙なしでは食べられない珍味という。魚介を発酵させて保存性を高める点は、日本のなれずしに近い考え方かも知れない。
 場内を一巡し終わったところで、市場食堂で朝ごはん、といきたいのは、韓国の市場でもまた同様。場内で買った魚介を料理してもらえる食堂があるらしいが、片言の韓国語で果たして食材の買い付け、料理法のオーダーともに、希望どおり無事、できるのだろうか? 以下、次号にて。(2009年5月10日食記)


旅で出会ったローカルごはん112…韓国・ソウル 『晋州会館』の豆乳冷麺と、チャングムロケパーク

2009年05月16日 | ◆旅で出会ったローカルごはん

 久々の海外旅行に出かけることになった。前回海外を訪れたのは新婚旅行だから、実に10年ちょっとぶりである。パスポートをたんすの引き出しから取り出してみたら、大判の赤いやつでとっくに切れている。再申請のために、川崎駅の近くのパスポートセンターへと出向き、ついでに川崎で有名なコリアン街のセメント通りへと足を伸ばして、焼肉を食べてキムチを買ってと、しっかり前哨戦を済ませておいた。
 という訳で、行き先は韓国・ソウル。羽田から金浦空港はおよそ2時間半、時差もなく、国内旅行の延長のような距離感である。しかし空港からタクシーで市街に向かうと、車窓には滔滔と流れる漢江に、見慣れぬハングル文字の看板。ソウルの中心的繁華街の明洞に近づくにつれて、次第に気分が盛り上がってくる。

 盛り上がってくるのは気分だけでなく、異国での食欲もまた、同様。冷麺にビビンバ、トッポッキ、ソルロンタンといった定番韓国めしに始まり、本場の流儀にのっとった焼肉、さらに魚市場も郊外にあるとくれば、ローカルごはんにローカルミート、ローカル魚すべて「韓流」で満喫したいところである。
 ホテルに荷物を置いたら、初日のお昼は冷麺からいってみることに。やってきたのは地下鉄の市庁駅からやや歩いたところ、老舗の食事処が軒を連ねる西小門洞にある、『晋州会館』という店である。
 ハングルが四文字書かれた大きな横長看板、ガラス戸の奥にずらり並ぶ細長い卓と、見た感じは日本にもありそうな町の大衆食堂といった感じで、昼時とあって店内は地元客で大盛況。ビジネス街に近いため、平日の昼はサラリーマンで行列ができる人気店なのだという。だから観光客の姿はほぼ見られず、韓国庶民向けのディープな店へ、いきなり来てしまったようだ。

地下鉄市庁駅から2分ほど。店内は大衆食堂風の庶民的な雰囲気

 韓国の情報番組で紹介された旨を示すパネルや、日本の新聞で紹介された記事も飾られているのを眺めながら、個室風の客席へと案内される。壁にはハングルで書かれた品書きが掲示され、唯一読める値段の数字が6000とか8000とか、桁が多いのにちょっと驚く。韓国のウォンは、日本円に直すとざっと10分の1の8掛けなので、480円とか640円となる。計算すると今度は逆に、日本より安いのに驚いてしまう。
 冷麺といえば、日本では焼肉を食べた締めに出される、腰のある麺に澄んだ冷たいスープ、具はキュウリとサクランボで、添えてあるキムチを入れてつるりといただく、といったイメージだろう。オーダーはそんな定番ではなく、店の売りである豆乳冷麺(コングクス)。これとビールを注文すると、まず小皿が色々運ばれてきた。キムチにキュウリの漬物と味噌に、チャプチュもついている。
 さっそく、韓国上陸を祝して、地元のカスビールで乾杯だ。キムチとチャプチェを肴に、冷麺を待ちつつ杯を進めていく。チャプチュは春雨とニンジン、青菜を甘辛く煮てごま和えで仕上げたもので、ビールの突き出しというから気前がいい。太目の春雨はサツマイモの粉でつくられており、ホクホクと舌触りが瑞々しい。全体的にかなり甘めで、よく、ゆうべの残りのすき焼きと例えられる料理だけれど、砂糖をまぶしすぎのすき焼きといったほうが伝わりやすいかも。

 ややしてから運ばれてきた、大振りのボウルほどある金属製の器の中には、クリーム色の豆乳がたっぷり入っていた。これが豆乳冷麺のようだがほかに何も見えず、ただの豆乳スープのようである。スープをスプーンでひとさじすくうと、ドロリとかなり濃厚。大豆から極限まで汁を絞り出したようで、おからが出ないぐらいがっちり絞り切っているのでは、と思ってしまうほどだ。味は際立った甘みに穀物っぽいザラッとした舌触りが独特で、ちょっとジャガイモの冷製スープ・ヴィシッソワーズに近い味わいでもある。
 肝心の麺は、スープの中にすっかり沈んでおり、金箸でたぐるとごてっ、とまとまった手ごたえを感じる。まるでゆで上げをそのまま放り込んだようで、これをほぐしながら豆乳にたっぷりからめ、ズズッと豪快にすすってみる。腰がグイグイ強烈な冷麺らしい麺に、ひんやりとクリーミーな豆乳がしっかりとからみ、これは食が進みそうだ。
 麺は意外に量が多く、ほぐすのが手間な上に腰があるので、食べ進めるにつれて手首とあごがくたびれてくる。それでも、甘みを抑えた濃厚豆乳にどっしりした麺と、穀類の重厚さを楽しみながら、箸が進んでいく。


麺はスープに沈んでいるが、結構な量。豆乳スープは意外になめらかで飲みやすい。
下左が付け合せのキムチとキュウリの漬物。右がビールの突き出しのチャプチュ

 当地に店を構えて40年というこの店の豆乳冷麺は、春先から秋口までの期間限定メニューである。産地指定して契約栽培した国産大豆を、独自の技法で茹で上げて剥き、絞り上げた豆乳スープは、良質な植物性蛋白をたっぷり含み、滋養に効くと評判。真夏の猛暑期には、ソウルで働くサラリーマンの、さっぱりとしたパワーの源となっているという。この豆乳スープに、小麦粉をベースに様々な穀類の粉をブレンドして打った自家製麺が、しっかりとからむ。
 そんな完成度の高いスープと麺だからか、この冷麺には具はまったくないのが特徴である。味付けも豆乳の味一本勝負で、塩気が足りなかったら好みに合わせて、塩を加える仕組み。アジェンマ(おばちゃん)に頼むと、塩をもってきてくれるが、ここは添えられた皿のキムチをつまみながら、麺をすすってみる。
 壁のハングル書きの品書きには、「キムチ白菜・唐辛子とも国内産」とあり、箸でつまむと日本の白菜よりひときれの葉が大きく、辛味が丸くマイルドなので食べやすい。ちなみに日本の盛岡冷麺など、キムチを冷麺の中に入れることが多いが、韓国では冷麺のタイプによっては、入れずに別途いただくのだとか。

 豆乳冷麺は8000Wだからおよそ650円ぐらいと、初日の昼食は手軽な値段にてごちそうさま。引き続いて南大門の市場で屋台を巡るのもいいが、夕食は焼肉の予定なのを考慮。食べるのが中心の旅程だし、少しは観光して消費することも必要だ。
 で、食後はソウルの中心から地下鉄に揺られること1時間。「宮廷女官チャングムの誓い」の、ロケセットパークへとやってきた。 NHKの韓国ドラマの中でも、冬ソナに並んでヒットしたこの作品、宮廷の料理人である女官が様々な事件に出くわしては乗り越える、スリリングなサクセスストーリー。食べ歩きの合間の観光も、料理つながりという訳である。

 宮廷の門をくぐると、日記を持ち出して騒動になった王様の書庫、子供時代に修練した東屋など、見覚えのあるシーンがあちこちにある。亡くなった母親が残した甘酢を入れた瓶を埋めた木の下は人気スポットらしく、ちゃんと瓶が埋めてあった。
 セットの中でも、一番の見どころは宮廷の調理場・水刺間(スラッカン)。チャングムや師匠、友人やライバルが、王様の食膳を整えるのに奮闘していた場所である。井戸がある前庭や、様々な料理器具も並んでいて、ドラマのシーンそのまんま。ドラマでは伝統の宮廷料理が華々しく配膳され、王さまが実にうまそうに箸を進めていたが、セットにはロウ細工の食材しかないのがちょっと残念。

  
  

「チャングム」のドラマで見かけたロケシーンが、パーク内のあちこちで見られる。
右上が甘酢の瓶。
左下が調理場だったスラッカン。

 ならば自身が王様になってみるか、と、ドラマに出てきた衣装を着て記念写真が撮れるので、王様の真っ赤な衣装を着てみることに。庭を見下ろす回廊で写真を撮ってもらい、しばし王様気分であたりをぶらぶら。玉座を眺め、宴の会場を歩いていると、背筋が伸びてお腹もぐっと突き出て、姿勢まで王様のようになってきたような気も。
 チャングムの養父である酒屋のおじさんの実家のセットは、みやげもの屋になっていて、おばちゃんに誘われてトウモロコシ茶をいただき、菓子を味見させてもらった。ひとつは「薬食」といい、もち米に栗や干しぶどう、松の実、ピーナツ、黒ゴマ、赤米を混ぜて蒸し、ごま油で揚げたもの。黒砂糖が入っていて、甘くほっとする味だ。
 もうひとつは「龍のひげ」と呼ばれる、名のとおり白い糸が幾重にも重なったような、見た目も美しい菓子。ハチミツの塊にコーンスターチを混ぜて折って伸ばしてつくるそうで、14度折って引くと糸が1万6384本になるという。こちらは強烈に甘く、歯にがっちりつくほど粘りがあるが、絹糸のような舌触りが高貴な食感。王様のおやつ、との別名もあるそうで、王様のコスプレのあとにはぴったりかも?

 

龍のひげ(左)は綿菓子のようだが、かなり甘い。薬食は名のとおり、体にやさしい味

 日も傾き始めたところで、再びソウルの中心部へと引き返したら、いよいよソウル食べ歩きツアーの本格的スタートである。以下、次回にて。(2009年5月9日食記)