ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

【メンタルヘルスクラブ】『ローカルごはん・食紀行が、知識と心に及ぼす効能は』

2011年05月26日 | おさんぽ講座・介護レクの記録

  

※2011.5.25に、六本木プラスワンショールーム・セミナールームで行われた、メンタルヘルスクラブ主催の勉強会にて、標題の講演を行いました。以下に要旨を披露させていただきます。

 【導入】
●ローカルごはんとは? 食紀行とは?
・「ローカルごはん」とはひと言で言えば「その土地で生まれて伝えられ、今でもしっかり根付いているごはん」。といっても格式は必要ないし、高級なものでなくてもかまわない。伝統ある郷土料理でも、庶民派のB級グルメでも、「おらが町のご自慢のご飯」と、地元の人が胸張って言える様なものなら何でもいい。
・全国あちこちを旅して、食べ歩いて感じるのは、「その土地のごはんは、その土地で食べるからこそうまい」ということ。食材は産地のほうが鮮度もモノもいいとか、料理方法が熟練しているとかもあるが、その土地の「空気」の中に身を置いて食べるからうまい。寒い土地の料理は鼻水すすりながら、南のほうの料理は汗だくでたべるからこそおいしい。
・それに加え、旅先での人とのふれあいもまた、味のうち。水揚げや収穫の現場で農家や漁師に話を聞き、料理人の親父のうんちくに耳傾けたり、店のおばちゃんに親切にしてもらったり、お客の世間話に混ぜてもらった。こうした、
食をテーマとする旅を「食紀行」と呼んでいる。

●ローカルごはんと食紀行の、メンタルヘルスへの効能
・料理が生まれた背景、料理法の秘訣、味や栄養など、食に関する諸情報は「知識への栄養、心への滋養」となる。「耳から、脳から効いてくる調味料」とも表現できる。

テレビの食関連番組で、料理の画像に加えて、食材の由縁や調理の技、レポーターの味の表現などを見ると、よりおいしそうに見え、食べたく、お店に行きたくなるのでは?

◎自身の提唱する調味料は、「旅で出会って得る」こと。本やネット、映像からではなく、場所、産地、店、料理人、生産者、客、すべて実際に出会い、ふれあって得た情報こそが、心と知識への真の調味料となると考える。

※食の知識を持つことが、いかに料理を食べる上でイマジネーションを与え、単に食べるよりいかに心豊かになるかを、いくつかのローカルごはんを例に、料理とそのご当地のスライドを見ながらバーチャル食紀行へ


【食紀行事例・根室のエスカロップ】
・日本最東端の町・根室へ。納沙布岬の先に北方領土を臨む最果ての町。そこの名物料理が「エスカロップ」名前からして、どんな食べ物を想像するか? 

写真によると、パッと見は「ピラフのトンカツのせ」。ちょっと解説すると、バターで炒めたライスの上にカツをのせて、その上にデミグラスソースをかけた洋風の料理。
※見た目の印象は、洋食屋で見かけそうな盛り合わせ程度では? なぜこれが日本最東端の街の名物なのか? しかも花咲ガニなどで知られる北海道屈指の水産都市の売りなのか? 何で「エスカロップ」という名前なのか?

◎それをひも解くと、料理がよりうまそうに見えるようになるだろうか? では「耳から、脳から効いてくる調味料」を加えていくことに。

 
 


 ●名称の所以…フランス語で薄切り肉「エスカローペ」が語源というのが有力。地元では短く縮めて「エスカ」と呼ばれる。でも料理自体はフランス料理とは何の関係もないし、根室とフランスの関わりによるものでもない。
・この料理は、根室にあった「モンブラン」という喫茶店のシェフが昭和 38年に考案したとされる料理。ここから広まって、今では市内のレストランや喫茶店では大抵出している。同じ北海道でも根室をちょっと離れるとほとんど見かけなくなる、根室限定といってもいいローカルごはん。
●土地の背景との所以…根室は古くからオホーツク海や太平洋を漁場とした漁業の町であり、また港湾で働く人も多いなど、いわゆる肉体労働者が多かったから、このボリュームメニューが人気だった。自分が食べたときは洋食屋らしい銀色の楕円の皿に、大盛りのバターライスにトンカツがドン、さらにポテトサラダもたっぷりと、相当なボリューム。
・ちなみに九州の長崎に、同じような洋食盛り合わせメニューで「トルコライス」というのがある。これもトルコ共和国とは何の関係もないが、造船が盛んだった長崎で、労働者のスタミナ食として人気だった。日本の最東端と、西端の町で、同じようなローカルごはんが根付いているのも面白い。
●味の感想…ひと言で言えば、「大人のお子様ランチ」。自分たち世代が子供の頃に大好きだったおかずが山盛りで、懐かしいようなうれしくなるような味。子供のころにうれしかった旗はないけれど、代わりにビール頼むとうれしくなるのがおとな。

◎最初に料理の写真だけ見た印象と、こうした話を聞いた後では、料理への関心や食欲は変わったか? 単なる洋食盛り合わせが、味わい深いご当地料理に感じられるようになったら、それは知識の調味料が効いてきた証。

 (ほか、豊橋カレーうどんで食紀行事例を披露したがここでは略)

◎スライドを見ながらのバーチャル食紀行にて、情報を加えた上での料理の味を想像してもらったが、次は実際に食べ物を試食した上で、単に食べるのと情報や知識を得た後で食欲、味への印象などが変化するか。「調味料効果」を試してみることに。

用意した焼き菓子を配布。まずは眺めていろいろ考えを巡らせてもらう。


【食紀行事例・高知県・須崎の鍋焼きラーメン】
・このローカルごはんの舞台は、高知から特急で 40分ほどの須崎。この町の名物は、「鍋焼きラーメン」 。なぜ土鍋でラーメンを?どうして土佐湾に面したカツオ漁の盛んな小さな港町でラーメンが?

●料理そのもののうんちく
…名前の通り、鍋焼きうどんのラーメン版で、土鍋で炊き込んだラーメンのこと。熱々の麺とスープを、土鍋からそのまま頂く、具もたくさんのラーメン。全国のご当地ラーメンの中でも、見た目のインパクトとオリジナリティではこの「土鍋で食べるラーメン」はナンバーワン。
●土地の背景との所以…そもそもは戦後すぐに開業した「谷口食堂」という店の看板メニュー。戦後の食材不足の中、鳥屋さんから分けてもらった肉やトリガラをベースに、ネギやちくわといった須崎で手に入りやすい食材を使って作られていた。そしてポイントの「鍋焼き仕立て」は、町の主要産業だった木材の加工場で出たおがくずを燃料にスープを炊いて、さらに出前のときにスープが冷めないようにホーローの鍋を使ったのがルーツとされる。
●味の感想…このラーメンの醍醐味は、何といっても沸騰して熱々のうちに食べること。ふたを開けると湯気がバッと上がり、中は泡を吹いているぐらいグツグツやっているのが、うまさの秘訣。しかも土鍋は保温力があるから、食べ終わるまで熱々なのがうれしい。 ※鍋焼きラーメンのスープは、親鳥のトリガラからとった醤油ベースで濃い目のあっさりスープ。具は親鳥の肉に、ネギ、生卵、ちくわを使うことが決まりとなっている。

ここで配った焼き菓子を、鍋焼きラーメンの定義を思い出して眺めてみたら…

 

・これは「鍋焼きタルト」という、鍋焼きラーメンの焼き菓子版。須崎の菓子店「一文字菓子舗」が、鍋焼きラーメンを模して作ったご当地名物で、先ほどの鍋焼きラーメンの定義に出てきた具材が、この菓子にものっている。ドライフルーツや砂糖を使って、ちくわやネギを模しており、それらしい仕上がりで面白い。

◎土鍋の鍋焼きラーメンの、様々なうんちくをイメージしつつ改めて味わってみると、遊び心があって楽しくなる? 味もひとしお深く感じられる?


【まとめ・心の健康・快適な仕事環境と食】
・食は労働力のエネルギーであることに加え、気持ちに作用する部分も大きい。味覚・視覚・嗅覚・聴覚・触覚の五感をフル活動するため、人間にとって、癒しにつながる。
・そもそも各地に根付いたローカルごはんこそ、その土地の「癒し食」。旅先での風土が、郷土料理を生む。寒いところでは寒さに負けないための料理、暑いところでは暑さに負けない料理。なのでその土地の人を心地よく調整するように、ローカルごはんはできているのではないだろうか。
・加えて、食紀行による旅先での出会いも「癒し」のひとつ。見知らぬ土地で、生産者や店の人、お客など、初めてあった人との親交はうれしいもの。その土地その空間に自分自身が受け入れられ、居場所となる安心感が心地よい。

いい食事をしていれば、仕事時のモチベーションを上げる効果も大きい。五感プラス、知識すなわち食紀行の「耳から、脳から効いてくる調味料」。食の知識が、さらなる心の豊かさにつながる。仕事で忙しい中の昼食や夜食に、こうした「食紀行」の精神をとりいれては?

・ファーストフードや立ち食いそば、コンビニ弁当をかき込んだり、仕事をしながら食べたところで、お腹は満たされても頭や心の「食事」にはつながらない。しっかり休んだところでたかだか小一時間、なら時間のロスと考えず、頭を切り替えて食時間を存分に楽しんで、リセットしたほうがより効果的。
そこで「食紀行」の精神を、日常の食にもとりいれては。毎度毎度の食事に興味を持って「この一食」を選び、料理や食材の由縁、料理法、栄養素などに考えを巡らせつつ食せば、仕事の中でのリフレッシュ、知識向上、癒しの一石二鳥三鳥に。
・仕事時の食を楽しみとすることで、仕事の効率が上がるしストレスにも強くなれる。食事を楽しみ(目標)として仕事を頑張る。昼休みに話題のラーメンを食べるために、少し頑張って仕事を終わらせよう、など、仕事や作業のストレスを楽しみ(目標)に置き換えることができ、仕事が楽しくなる。

※もちろん、出張で各地に出かけたら、ぜひリアルに「食紀行」を楽しんでほしい。食事の時ぐらいは営業や打ち合わせから切り替え、ご当地の食をめいっぱい楽しみたい。別に2万円の松葉ガニを食べようとか、 A5ランクの松阪牛を食べようというのではない。出張経費で落ちる(?)ローカルごはんはいっぱいあるので、出かけた先で楽しみながら探し、楽しみながら味わってみては。


ローカル魚でとれたてごはん95…大洗 『えんやどっと丸』の、戻りガツオのつくりにサワラの煮つけ

2011年05月22日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん

 

 水戸からのバスを下車して大洗港方面へ歩いていくと、大きな真っ赤な太陽が出迎えてくれた。といっても日の出や黄昏ではなく、港に停泊するフェリーの船腹に描かれたイラスト。苫小牧を結ぶフェリー「さんふらわあ」の大きな船体は、首都圏にあり交通や物流の拠点でもあるこの港のシンボルに見える。 

大洗の近海は、沖合を親潮と黒潮がぶつかる海域の南端にあたり、魚種も漁獲量も豊富な漁場である。潮の流れが複雑かつ、プランクトンが豊富な栄養価が高い海域のため、脂がのり身が締まった魚が揚がるのも特徴だ。フェリーが奥にそびえる漁港の岸壁には、小型の漁船がずらり。30トンほどの漁船による沿岸小型底引き網が主流で、シラスやシラウオを狙った船引き網、鹿島灘ハマグリを漁獲する貝桁網、ヒラメやカレイを狙う底引き網や刺し網など、漁獲や漁法は幅広い。

 

 

鹿島灘に面した大洗漁港。外海に面しているため風があると波が荒い

 

漁港に隣接する荷捌き場ではおばちゃんたちが数人、アジをおろす作業を続けていた。アジは旬で脂がのっているとのことで、巻き網ではなくシラス漁の網にかかるという。シラスをとらえる先端の布袋の手前あたりの、目のやや粗い部分にかかるそうで、朝から立ちっぱなしでさばき続けているのよ、と笑っている。

大洗の季節ごとの主な漁獲を挙げると、春先と秋口のシラス、4~6月の鹿島灘ハマグリ、9~10月の戻りガツオ、11~翌2月のアンコウ。特にシラスは3~5月が漁期の春シラス、8~10月に漁獲される秋シラスとも評判が高く、港に隣接する大洗漁協婦人部の食堂「かあちゃんの店」では、これらの時期に生シラス丼を求める客が行列をなす。北関東自動車道が全通してからは、クルマでやってくる群馬や栃木からのお客が増えたとも。

 

 

小アジはフライ用にさばかれる。右はかあちゃんの店で人気の生シラス丼

 

かあちゃんの店は海鮮かき揚げ丼、日替わりの刺身定食も定番メニューで、昼食をいただくつもりで行ってみたが、すでに行列が店をぐるりと囲んでいる。そこで港の東側の大洗マリンタワー方面へと移動。もうひとつの話題の食事処「えんやどっと丸」を訪れた。海外のデザイナーによるモダンな設計の店内は、カウンターを奥に配したスタイリッシュな雰囲気。

デザイナーズレストランといった感じのこの店、インテリアだけでなく、ご当地食材を極力使用しているのも大きな特徴だ。大洗魚市場の入札権を持っており、その日買い付けた魚を日替わりで焼き物、煮魚、刺身で提供している。この日の煮魚は大洗港水揚げのサワラ、刺身のカツオは大洗沖の戻りガツオ。天ぷらは天然のクルマエビほか、野菜や調味料も大洗や茨城県産を使用するこだわりようだ。

 

 

和ダイニングのようなえんやどっと丸の店内。サワラは肉厚でこれだけで満腹に

 

刺身のサンマは旬だけに、脂がビッチリのって舌の上でトロリ。カツオは刺身で、厚みがありもっちりとした食感。旬でとれて間もない鮮度の良さのおかげで、血の匂いや臭みがなく、スッキリクリアな味わいがいい。

常磐沖のカツオは、初ガツオから戻りガツオまで長い期間味わえ、脂ののった初秋の戻りガツオはたたきにせず、刺身で味わうのがおすすめという。また味噌汁のシジミも涸沼産で、エキスが染み出た滋養あふれる汁の香りにむせかえるほど。

そして煮物のサワラは大振りの切り身が分厚く、箸をかけると純白の身がほっくり身離れがいい。口の中でハラリと適度にほぐれ、しっとり瑞々しい。濃い甘さの煮汁にからめると旨みが立ち上がり、煮汁の濃さに負けない存在感。煮汁を多めにからめてご飯にのせてかっこむと、飯が進む進む。サワラはイワシの巻き網に入り、3~4キロから5キロオーバーの大物もとれるとも。

 

この日は大洗磯前神社に近い大洗シーサイドホテルに宿泊、夜も地魚の宴となった。薄造りのヒラメは口に吸い付くようにモチモチと柔らかく、淡麗さもあって優しい味わい。縁側の塩焼きはトロトロの脂がもったりと強い。茨城県のヒラメは晩秋から冬にかけてが旬で、常磐ものの天然ヒラメは築地でも評価が高い。

そして少々季節には早いが、走りのアンコウ鍋も出された。いわゆる「七つ道具」のうち四つほどの部位が入っており、正肉は白身魚の中でも極めて淡白で、コロリとした身がホクホク瑞々しい。骨がついた部位は弾力があり、プチっと勢い良く骨離れがする。アンキモはほんのりオレンジのを口にすると、もったりしたコクがチーズのような味わい。

 

 

 

大洗シーサイドホテルの地魚料理。左上から時計回りに、アンコウ鍋、

ヒラメのハラス焼き、ヒラメの薄造り、戻りガツオのたたき

 

 

大洗の底引き網漁は比較的浅い海域で操業しているため、深海に生息するアンコウの漁獲はそれほど多くないが、シーズンにはアンコウの町としてPRしており、町内にはアンコウ料理を提供する料理屋が数多い。お昼には旬の秋シラスをあいにく食べ損ね、夜のアンコウはやや早かったので、再訪の季節はアンコウの真冬かシラスの春先か、迷うところ?(2010年10月食記)

 

*   *   *

 

■大洗の、震災と原発事故の漁業への影響と現状

 

大洗町は2011年3月11日の東日本大震災の際、最大で4メートル20センチが観測された津波に襲われた。人的被害はなかったものの、大洗漁港をはじめとする漁業施設は大きな損害となった。

さらに東京電力福島第一原発の事故の影響で、茨城県沿岸で漁獲された水産物の放射性物質が問題となる。4月4日に北茨城市沖で漁獲されたコウナゴから、1キロあたり4080ベクレルの放射性ヨウ素131が検出。翌5日に県より、沿岸11漁協にコウナゴ漁自粛要請が出された。

これを受けて大洗町では、コウナゴを含むすべての漁を中止した。大洗漁港では3月から4月にかけて、コウナゴにシラスとシラウオ、漁が最盛期を迎える。大洗漁協のサンプル調査では基準値を超える放射性物質は検出されなかったものの、シラスとシラウオもコウナゴと同じ深度で網を引くため、漁が見合わされることになった。

こうした漁業者側の自粛に加え、「茨城の魚は危ない」という風評被害も追い討ちをかける。銚子魚市場で茨城県産の魚がすべて、取扱停止となった件はまだ記憶に新しい。

その後、水産庁や県内各漁協による主要漁獲の捕獲調査で、放射性物質が継続して規制値を下回っていることを受け、5月9日に大洗漁協は2ヶ月ぶりに漁の再開を決定。シラスやシラウオの船引き漁の操業開始により、漁港が賑わいを見せ始めている。


ローカル魚でとれたてごはん94…松山 『瀬戸内小魚料理二の丸』『道後麦酒館』の、ふたつの鯛めし食べ比べ

2011年05月15日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 
 松山はここ数年、年末に放送されるスペシャルドラマ「坂の上の雲」の舞台として注目されている。原作は司馬遼太郎による小説で、俳人正岡子規に、日本の騎兵の基礎を築いた弟・好古、海軍の作戦を指揮した兄・真之の秋山兄弟ら、松山出身の偉人が主役となっている。松山城の麓にある坂の上の雲ミュージアムでは、明治期に入ったばかりの近代日本の幕開け期に活躍する彼らの足跡を、パネルや映像を駆使して展示。ドラマに関心を持った観光客が、多数訪れている。
 ミュージアムは市街の中心部に位置し、松山屈指の繁華街である大街道までは歩いてすぐと近い。松山を代表する偉人に関する展示を見学した後には、当地を代表する郷土料理を味わってみたいものだ。ローカル魚を用いた、愛媛を代表する郷土料理といえば、鯛めしが思い浮かぶ。愛媛県は養殖物・天然物とも、日本で三本の指に入る真鯛の生産地でもある。
 
 
左が松山市のシンボル・松山城。その麓にある坂の上の雲ミュージアム

 
 大街道の商店街の中ほどをやや入ったところにある、『瀬戸内小魚料理 二の丸』の暖簾をくぐる。まずはビールに、合わせるつまみはご当地名物のじゃこ天。水揚げされた小魚を骨ごとすり鉢ですりつぶし、塩を加えて粘りを出して調味料で味を整えて油で揚げた、すり身の天ぷらである。この店のすり身はハランボを中心に独自の配合で、つなぎは入っていないため魚の味が濃く甘みがある。
 味の深い雑魚を使った肴でビールが進むが、お目当ての料理も忘れてはいけない。炊き込み鯛めしと品書きにあった品は、ご飯にほぐした鯛の白身が混ぜ込まれたものだった。具はこの鯛の身だけとシンプルだが、炊き込むことで鯛の味が活性化、濃くなった旨みが固めに炊いたご飯にしっかりと染みているのがうれしい。焦げの部分のダシがいっそう濃く、また絶品。
 
 
繁華街の大街道にある二の丸。右が宇和島名物のじゃこ天

 
 炊き込み鯛めしは、松山のある愛媛県東予地方から今治のある中予地方にかけての、瀬戸内側の沿岸地域の料理である。一尾丸ごと焼いた鯛を、醤油や塩で味付けして軽く炊いたご飯の上にのせ、さらに加熱して仕上げてある。土鍋で炊いて鯛を丸のままで供するところが多く、このように鯛の身をほぐしてご飯と混ぜ込んで出す地域もある。
 この店で使っている真鯛はもちろん、瀬戸内海でとれた天然物。付近の真鯛の漁場は、主に伊予北条から芸予諸島にかけてで、潮の干満差が大きく潮流が早いため、身が締まった真鯛が水揚げされるという。「今の時期は、漁師は真鯛に狙いを絞って操業している」と、店のおばちゃん。天然物と養殖物の、味の違いを聞いてみたところ、養殖の真鯛は脂が多いため、締めてから次第に味が落ちるが、天然物は締めてから2~3日の方が、脂がまわって味が良くなるという。
 ちなみにこの炊き込み鯛めし、合戦にそのゆかりがある。神功皇后が朝鮮出陣に際し、鹿島明神に戦勝祈願した折、漁師たちから献上された鯛を吉兆として喜び、その鯛を炊いて供えたあと料理したものが、起源という説がある。鯛の味一本で勝負しているところが、質実剛健な合戦食らしい。秋山兄弟が日清・日露戦争へ出征する際にも、このご当地名物料理で戦勝を祈願していたとしたら、面白いのだが。
 
鯛のほぐし身がたっぷりの鯛飯。炊き込みご飯風で酒の締めにも
 
  この鯛めし、同じ愛媛県内でも南寄りの南予地方では、まったく異なるスタイルで供されている。市街から路面電車で道後温泉へ。共同浴場の道後温泉本館でひと風呂浴びて、湯上がりのビールを頂こうと、隣接する「道後麦酒館」を訪れた。窓から道後温泉本館の堂々としたレトロな建物を眺めながら、伊予牛や伊予地鶏など、地元松山の味覚から肴を検討していると、ここでも見かけた鯛めしは、「宇和島風」とある。
 宇和島は南予地方の中心都市で、養殖真鯛の一大産地である宇和海にも近い。食べ比べるべく頼んでみると、昼の炊き込み鯛めしとは全然違う見かけの料理が運ばれてきた。ご飯の上に鯛の刺身が並べられ、中央には生卵の黄身が。一見、普通の海鮮丼のようでもある。炊き込み鯛めしが鯛の味一本勝負だったのに対し、こちらは薬味も種類豊富。のりとネギ、ゴマをのせ、だし醤油をざっとかけ回し、卵を豪快に崩してかきまぜると、鯛の白身がみるみるうちに黄色に。ご飯も染まり、まるで卵かけご飯のようだ。
 
 
道後麦酒館は道後温泉本館のすぐ隣。風呂上がりに駆け付けで道後ビールを1杯

 
 ざくざくとかきこむと刺身がむっちり、卵黄のおかげで甘みが引き出されている。こちらのご飯は柔らかめで、熱々の上にのった刺身に程良く熱が加わり、しっとりと甘くマイルドな味わい。だし醤油の甘さが強いが、ワサビを加えるときりっと鯛の気品が立ち上がる。ネギの香ばしさとのりの磯の香りも加わり、これはなかなか食が進む。
 宇和島風の鯛めしは、かつて宇和海に浮かぶ日振島を根拠にしていた海賊、伊予水軍が食べていたものとされている。舟の上で刺身を肴に茶碗酒で酒盛りをした後、茶碗にご飯を盛って、醤油に浸した刺身をのせて、ざっと混ぜ合わせて食べたという、海賊気質丸出しの実に豪快な料理だ。現在はやや洗練され、三枚におろした鯛の身を醤油、みりん、卵、ゴマ、だし汁で調味したタレに漬け込み、タレごと熱いご飯にかけて食べる仕組み。
 愛媛県以外でも鯛めしを供しているところがあるけれど、生の鯛を使うのは宇和島だけの独持な食べ方らしい。一説によると、炊き込み鯛めしは陸の人たちの、宇和島風鯛めしは海の人たちの食文化から生まれたものともいわれる。
 
  
鯛の切り身をのせたご飯に卵を落とし、かき混ぜていただく 
 
 炊き込んで鯛の味の深みを引き出した洗練さは海軍の兄・真之に、生の鯛をそのままいただく豪快さは陸軍の弟・好古に、イメージがそれぞれだぶるような。などと「坂の上の雲」とふたつの鯛めしを合わせ考えながら、スタウトの地ビール「漱石ビール」をもう一本おかわり。酒も進む海賊流鯛めしをさらにかき込んでいると、好古も騎兵の水筒に酒を入れていくほどの酒豪だった、とのミュージアムの展示も思い出した。(2010年1月食記)

島田ゆか展@そごう美術館

2011年05月13日 | てくてくさんぽ・取材紀行
横浜そごうのそごう美術館で開催された、「島田ゆか&ユリア・ヴォリ絵本原画展」を見てきた。島田さんは、子供がいる人なら必ず持っている絵本「バムとケロ」シリーズの作家で、今日はSIKAというブタがキャラの絵本の、フィンランドの作家ユリア・ヴォリとの共同原画展となっていた。

「バムとケロのにちようび」「同・そらのたび」「同・さむいあさ」「同・おかいもの」に加え、近刊の「もりのいえ」の主要シーンの原画が展示してあるのだから、親子連れは大盛り上がり。大人も引き込まれる絵の魅力は、緻密な書き込みに加え、いろいろな要素が同時進行する楽しいごちゃごちゃ感ではなかろうか。

 例えばバムケロの掛け合いの隅で、ネズミやら芋虫やらが全然別のからみをしているのが、お食事やお風呂のシーンになるとみんなでピタッと揃う。クレヨンや皿やタオルとった小道具も、一度出てくると最後まで絵のどこかに進行形で描かれており、物によっては続編にも引き続き出ていたり。この、賑やかな画風の中でちゃんと完結している「小さな世界」が、何とも言えない居心地の良さを醸し出している。

 ミュージアムショップでは家族それぞれ、好きなキャラや好きなシーンのグッズを買い求め、娘はバムでもケロでもなく、サブキャラのアヒルのカイちゃん(池に氷で連日閉じ込められる困ったキャラ)のぬいぐるみが気に入った様子。そして私は「かばん売りのガラゴ」のクリアファイルを買った。

 旅のかばん売りという設定に親近感?が持てるし、商売道具のカバンが実に欲しくなる。お茶を飲む時はキッチンに、本を読むときは書斎に、そして写真右上のように、寝るときはオールインワンのベッドにもなる。う~ん取材先にこれさえあれば、東横インもスーパーホテルも用なしだな。

ローカルミートでスタミナごはん15…馬肉/長野県松本市 『三河屋』

2011年05月08日 | ◆ローカルミートでスタミナごはん

 

 レストランのメニューにある「ヘルシー」の文字に、女性は敏感だ。低カロリー低脂肪、コラーゲンや食物繊維が豊富など、栄養学的なうんちくがあればあるほど、食事をする上の安心感が高まるらしい。それは一方で、「思いっきりしっかり、たっぷり食べたい」との欲求の裏返しのようにも。遠慮なく食べても「『ヘルシー』だから」と安心するための、一種のエクスキューズ、免罪符的な解釈もあるようだ。

焼肉やステーキといった肉料理はボリュームがありカロリーが高く、旨み要素が脂に集中するため食べれば身に付いてしまうことは宿命。牛肉より豚肉、さらに鶏肉が低脂肪低カロリー高タンパクだが、それ以上にヘルシーさを追求するなら、馬肉がおすすめだ。脂肪分の少ない赤身肉のため、リノール酸やリノレン酸など体に蓄積されない不飽和脂肪酸の含有量が多く、カロリーは鶏肉並み。さらに鉄分やミネラルが豊富、かつグリコーゲンが豊富でたんぱく質の消化が良く体温を上げる作用もあり、貧血、便秘、冷え性といった、女性を悩ませる3大要因にも効果がある。免罪符など意識せずに食べても、身に付きづらいどころか体質改善にも役立つ、肉食女性にとって優れものの食肉といえる。

 

  

松本はアルプスの麓に位置する山岳都市。左が松本城、右は中町通りの古い町並み

 

 

古くから馬肉食文化圏として代表的な地域のひとつが、信州の伊那谷から松本平にかけてである。郷土料理店はもちろん、肉屋の店先やスーパーの食肉売場には豚小間や牛ロースなどに混ざって馬肉が並び、地元の人たちが常食しているのが分かる。このエリアは北アルプスから中央アルプスにかけての山麓に位置し、冬の寒さが厳しいため、体を温める効果がある馬肉が求められたとも。低カロリーとかヘルシーとか以前に、山国の厳しい環境下で暮らす上の必要食材だったのだろう。

2月下旬の松本はまだ冬まっさかりで、夕暮れの駅に降り立って駅前通りを歩いていると、沿道のあちこちに雪が残っている。中町あたりの繁華街にたどりつく頃には日もすっかり暮れ、身が凍るほどに夜風が冷たい。体を芯から温めてくれる熱々の郷土料理といえば、松本名物のさくら鍋。寒さに背中を丸めながら足早に大橋通りを歩き、松本で馬肉料理の老舗として名高い『三河屋』の玄関をくぐった。

 店は源智の湧水の先、繁華街の外れにポツンと建っており、立派な土蔵造りの建物の店頭には、染め抜きの暖簾が下がり格子戸がはめられた、重厚で格式あるたたずまい。この店は明治16年創業と歴史は古く、今では松本を代表する郷土料理のさくら鍋と馬刺しを、創業当時から出し続けている。創業時は馬肉を扱う精肉店だったこともあり、いわば松本の馬肉料理店の先駆け的存在だ。

 

 

蔵造りの建物の三河屋。店内も創業当時の面影をとどめている

 

 重い扉をガラガラと開けると、かつては帳場だったような小上がりがあり、さらに扉をカラリと開けて小さな丸いコンロが置かれたテーブルが並んだ客席へ。これだけの冷え込みなので、店内は鍋をつつく客と湯気の熱気が湧き上がっていることかと思いきや、客の姿はまったくない。松本の人はこの程度の寒さは慣れっこで鍋で暖まるまでもないのか、それとも家で鍋をつついているのかは分からないが、ともあれ閑散とした店内最奥のテーブルへ腰を落ち着けたら、暖をとるべく酒と鍋だ。

客室には客のみならず、店の人の姿もなかったが、自分に気付いたお姉さんが板場から出てきたので、まずはさくら鍋を注文。鍋が来るまでの肴は馬刺しにして、地酒はお姉さんお勧めの善哉酒造の「善哉(よいかな)」を選んだ。松本城の近くの大手に蔵元があり、馬肉料理に合わせるならいいですよ、と注文が済むと、お姉さんは再び板場へ引っ込んでしまった。ガランとした無人の店内は、ストーブは炊かれているものの寒々しい空気が張り詰めており、店のお姉さんでも新規の客でもいいから人の出入りが恋しくなる。

なので、「善哉」の冷酒の瓶と馬刺しを運んできたお姉さんに、店で出している馬肉は信州産のものなのか、と話のきっかけに振ってみたけれど、「北海道生まれの信州育ちね」と並べながらひとこと返されただけで、すぐに板場に戻ってしまった。仕方なくひとり、「善哉」を盃に注いで、何だかしんみりとした中での酒宴の始まりとなった。

 

 

左は赤身が中心の馬刺し。馬鍋に使う馬肉は脂がたっぷりついている

 

馬刺しに使っている部位は特選道産子肉馬の背ロースとヒレで、箸でつまんでみると東京の居酒屋で出されるのとは違い、厚さがたっぷり5ミリぐらいはある。脂がまったくない、深い紅色をした赤身のみ。季節柄桜肉というよりは椿のような深みがある色だ。ショウガおろしをのせて巻くようにしていただくと舌にひんやり、厚さの割にはスッとほのかな抵抗でかみ切れるぐらい柔らかい。肉の重みがなく魚の刺身のような軽さで、例えるとマグロの上級の赤身のすがすがしさだろうか。

馬肉は一般の食肉の中で脂肪分が少ない半面、獣肉独特のややくせのある風味が、牛刺しや鳥わさといった他の生肉料理よりも強い。ショウガおろしを薬味に使うのはそのためであり、信州と並んで馬刺が名物の熊本では、薬味にニンニクとさらし玉ねぎを添えるのだとか。後味を「善哉」で口をすすぐと、ビシッと辛口の口当たりで肉の後味を包み込み、さっぱりと消える切れの良さ。まさに、料理との相性がぴったりの酒である。

 

馬食文化は信州や熊本のほか、福島県の会津地方や青森県の南部地方などでも残っており、これらの地域は古くから、役馬や軍馬の産地として知られていた。信州も平安時代から馬の飼育が盛んで、特に伊那谷は武田信玄の時代は軍用馬を、江戸期には「中馬」と呼ばれる、中仙道から足助へ抜ける三州街道で活躍した荷役馬を産出していたという。このように、これらの地域にとって馬は、生活していく上でのパートナーとして、家族の一員のように大切に扱われてきたのだ。

そして馬食文化のルーツは、老衰や怪我で働けなくなった馬を、山峡でたんぱく源が貴重な土地柄、処理して食用にしたことにある。最後のご奉公として飼い主の糧となったのかと思えば、涙なしでは味わえないかも。そんな背景からか馬肉の料理法は実に幅広く、馬刺しやさくら鍋をはじめ、乾燥させた桜節、腸のもつ煮である伊那名物の「おたぐり」など、残すところなく食べつくすといった感じだ。

 

おたぐりや鍋が家庭に根付いた郷土料理なのに対し、馬刺しはいわばよそ行きの馬肉料理といえる。馬肉が生食されるようになったのは、昭和30年代後半から40年代からと、比較的遅い部類に入る。きっかけは、昭和40年代の国鉄のキャンペーン「ディスカバージャパン」に端を発する観光ブームで、女性旅行者に馬刺しが注目されて評判が口コミで広がり、女性誌の旅特集でも取り上げられるようになった。馬刺し=ヘルシーの構図ができあがったのは、女性旅行者らによる評価が起源といえるのかもしれない。

馬刺をつまみに「善哉」を空けた頃に、ちょうど鍋の用意が整った。年季の入った薄い平鉄鍋には薄切りの肉が表面を覆うほど盛られ、中央にざく切りした根深ネギが山盛りに。この店の品書きにはさくら鍋ではなく「馬鍋」とあり、具は馬肉とネギの2種のみと、創業当時から変わらないシンプルなスタイルだ。甘めの味噌ダレで煮込んだ馬肉を、溶き卵にからめていただくのだから、要は馬肉のすき焼きである。

 

 

馬鍋は煮込んでも固くならない。卵にからめすき焼き風にいただく

 

馬鍋も道産子肉馬の赤身を使っており、鮮やかな紅色が食欲をそそる。ヘモグロビンの含有量が多い鮮やかな色から「さくら肉」と呼ばれるが、時期からして雪に咲く牡丹の花を思わせる。中央に味噌ダレを注いだら、いざコンロに点火。「煮立ってきたら、肉を外側からネギにかぶせるようにして混ぜてね」との指示に従い、湯気がもうもうと上がる中で調理する。汁が泡立ってきたところで肉をネギの山へとかぶせ、火を弱めると、淵から徐々に肉の色が変わり、味噌の甘いいい香りも漂ってきた。

お姉さんにレアでもいけるか確認すると、大丈夫だけど色が変わるまでしっかり煮込んだほうがおいしい、とのことだったが、中心がまだほんのり桜色ならぬ牡丹色のをひと切れつまんでみた。意外に厚くシャクシャクとかみ応えがあり、軽く熱が通った程度だから後味に獣肉独特のくせがやや強い。その分、レアな牛ヒレ肉のように肉汁がたっぷり含まれていて、ジューシーな味わいがうれしい。

半生肉を2、3切れつついているうち、鉄鍋の中身が煮立ってきた。馬肉は熱が通りやすく、ざっと煮えたのを固くなったかな、と思いつつつまんでみるとそうでもなく、ごわっとした舌触りだがすしなやかにほぐれていく。脂分が少ない分、ほかの食肉よりも旨みは濃厚に感じられ、力強い食べ応え。さらに煮続けても肉は固くならず、お姉さんの言うとおりに旨みがしっかりと出てくるようだ。赤黒い色をした味噌ダレとからめると、甘さのおかげでくせが押さえられて食べやすく、後から後から箸が伸びていく。

 

馬肉は名の通り、馬力がつくように食味が強い印象があるけれど、食べてみると素直に、自然に体に入っていく感じがする。わずかについている脂も甘さ控えめ、とろみも強くなく、こちらは身についてしまわなそうな軽さ。馬肉のルーツは荷役馬の肉だから、最初から食用に飼育された畜肉に比べれば、カロリーや脂肪が少ないのは当然かも。

なので摂取すればエネルギー補給以上に、体をつくり上げる良質なたんぱくの吸収になるのだろう。すなわち馬肉料理は贅沢料理ではなく、生活環境に合わせて働ける体を作るための、理にかなった肉料理だったといえる。世の女性方も体をひき締めたいのなら、食べ物のカロリー云々を気にする以上に、まずは労働ならぬ日頃の運動を心がけたほうがいいような気が、しなくもないのだが。

 

ちなみに信州では昭和初期から30年代は、馬肉のほうが牛肉や豚肉より入手しやすかったという。しかし現在では純国産の馬肉は希少で、国内で食肉用に流通する馬肉はほぼ、アメリカとカナダから輸入した冷凍物である。近代化により労役用の馬の需要がなくなったのも一因で、古くから馬食文化があった地域でさえ、輸入物の馬肉が主に出回っているのが現状だ。とはいえこれら馬肉消費地域では、様々な形で「国産」「ご当地産」の馬肉生産に取り組んでいる。

お姉さんの言う「北海道生まれの信州育ち」とは、素馬を北海道の牧場から取り寄せて信州で肥育、出荷したものを指す。また馬肉は一定期間国内で肥育すれば国産として出荷できるため、アメリカやカナダなどから素馬を輸入して、国内の牧場で肥育出荷したり、海外に生産拠点をもつ畜産会社も存在する。さらに生産量は少ないが、地元の牧場で一貫して生産された馬肉も流通しており、消費地であれば味わえる可能性がある。ローカルミートを味わうなら、生産地まで足を伸ばしていく価値があるということなのだろう。

 

仕上げのうどんは馬肉のダシとタレがからみ絶妙な味

 

 最後の締めは鍋に残った味噌ダレを使って作る、煮込みうどん。これも創業時から変わらない、締めの名物で、鍋にうどん玉を入れて味噌ダレを追加、さらに砂糖を足して数分間ことこと煮込む。すると白いうどんがドロドロの味噌ダレにたっぷりからんで、すっかり赤黒くなってしまった。まるで名古屋の味噌煮込みうどん風だ。味噌を吸ったネギが具の、甘辛いうどんを平らげたところで、すっかり満腹、ごちそうさま。

 支払う時に、おすすめの「善哉」がうまかったから酒屋で買っていくよ、とお姉さんに伝えると、「はい」のひとことにちょっとだけ笑顔を見せてくれた。秋田美人の由縁は雪深さによる色白さに奥ゆかしさ、という話を聞いたことがあるが、アルプス山麓の澄んだ空気にヘルシーな馬肉料理が松本美人の由縁かな、などと考えながら、お姉さんのはにかんだような笑顔を思い出してみる。雄大な山岳展望を楽しみ、郷土の馬肉料理に舌鼓を打つ松本の旅を、女性に注目してもらうには、昭和40年代の「アンノン族」的女子、今でいうなら「旅ガール」に期待したいところだ。(2010年2月食記)