ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

魚どころの特上ごはん77…塩竃 『塩竃水産物卸売市場』『すし哲』の、生鮮マグロなど

2008年05月25日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん


 本塩釜駅から歩いて
10分ほどの、マリンゲート塩釜からは、松島巡りの遊覧船が、発着している。あたりには、様々なスタイルの観光船が停泊しており、観光桟橋らしい華やかな雰囲気だ。
 そして、塩釜湾を挟んで対岸には、塩釜市魚市場の細長い上屋を望む。周囲には、大型の漁船が行き交っていたり、倉庫が立ち並んでいたりと、こちらは日本有数の水揚げを誇る漁港らしい、活気がある風景が、広がっている。
 ここから遊覧船に乗って、松島へ向かうつもりだったが、漁港を眺めているとつい、市場を覗いていきたくなる。駅に戻り、塩釜漁港へと向かう、バスの乗り場を尋ねたところ、「買い出しかい? なら、魚市場に隣接する、仲卸市場を覗いてみるといい」。仲卸市場だけど、一般のお客も買い物ができる、とのことで、先ほど見た、塩釜市魚市場のやや先にある、塩釜水産物仲卸市場を目指した。

 教えられた場所には、体育館のような古びた建物が建っており、いかにも昔ながらの市民市場、といった雰囲気。場内は薄暗く、店の軒先にぶら下がる、たくさんの裸電球が、煌々と灯っている。それにしても、場内の広いことといったら。およそ、5000平方メートルの売り場に、350軒以上もの店舗がひしめく様は、日本一の卸売市場、築地の場内を、思い起こさせるほどの、スケールである。
 もっとも、売り声がガンガン飛び交うと、いった感じはなく、歩いていると「はーい安いよお~」とか、「買ってってえ~」と、どこかのどかだ。駅の人の話の通り、地元の買い物客や、近隣地域からクルマでやってきた、買い出し客の姿も。これだけの規模の仲卸市場で、小売りもしているところは珍しく、プロ向けの、厳しい目利きにかなった品を、一般客でも買い物できるのが、ありがたい。

 場内は、マグロやカツオをはじめ、近海で漁獲される鮮魚、エビやカニなど北洋の冷凍物、さらに、塩干加工品に珍味など、エリアごとに、扱う魚種が分かれている。自分が入ったあたりは鮮魚店街で、三陸沖でとれる魚介を中心に、ローカル色が強い品揃えだ。サンマ、ホッケ、アジなど、大衆鮮魚はもちろん、ドンコ、キチジといった底魚。三陸産の殻つきカキ。捕鯨船の母港、女川の、クジラの赤身やベーコンも並んでいる。
 中でも目をひくのが、真っ白でプックリ真ん丸な腹を見せて、ドテッ、と横たわっている、4050センチほどの丸っこい魚だ。腹にのった品札には、「子持ちナメタ」の、文字。店のお姉さんに聞くと、ナメタガレイとのことだった。平べったい印象のカレイというより、大振りの中華まんのようにも見える。
 「三陸沿岸でとれる、ナメタガレイは、腹に子を持つ、この時期が旬。暮れが近づくと、結構な値段になるんだよ」と、話すお姉さんによると、ナメタガレイは地元では、正月の必需品という。切り身を煮つけにして、正月に食べるのが、当地の風習だそうで、賢い人は、安い今の時期に買って煮つけておき、正月まで冷凍しておくのだとか。正月の魚と聞くと、白い腹が何だか、鏡餅のようにも見える。


白い腹をさらすナメタガレイ。正月らしく餅に見える?


 塩釜名産の、鯛入りの笹かまぼこをかじりながら、場内をさらにぶらぶらしていると、南入口の近くで、マグロのさくが並ぶ店が、何軒も集まる一画に出くわした。歩いていく横を、丸のままのマグロが、台車で運ばれていき、店の奥で解体されていたり、ブロックからさく取りされていたり。日本有数のマグロ水揚げ港、塩釜らしい風景が、あたりの随所で見られる。
 全国に数ある、マグロの水揚げ港の中でも、生鮮マグロの水揚げ量は、塩釜が日本随一である。三陸沖や金華山沖の、近海ホンマグロやメジマグロをはじめ、メバチ、キハダ、ビンチョウ、カジキと、水揚げされるマグロの種類は、様々。あたりの店の店頭にも、ホンマグロ、メバチ、ビントロや、「中トロ」「赤身」「近海もの」など、種類も部位も色々な、マグロのさくのパックが、並んでいる。
 価格帯もかなり幅があり、表示に書かれた情報だけでは、上手な選び方が分からない。そこで店のおばちゃんに、アドバイスを頂くことに。冬場の今なら、値段はメバチの中トロが一番高く、次がビントロ、あとはメバチやビンチョウの赤身、カジキ、がおよその順、と、パックをひとつずつ指差しながら、ていねいに教えてくれる。

 肝心のホンマグロは、と尋ねたところ、「あれは夏の魚だから、この時期はあまり置いていないよ」。日本に水揚げされる、生鮮ホンマグロのうち、塩釜で扱われるのは実に、8割を占める。おばちゃんの話の通り、初夏から夏にかけてが漁期で、金華山沖に北上した、近海ホンマグロの群れを、船団で巻き網で漁獲するという。
 マグロの王様だけに、大物で重さ300400キロ、そして、値段のほうも、キロあたり1万円以上つくこともある、というから、さすがに高価である。「高いし、希少だから、この市場でホンマグロを扱っている店は、あまり多くない」と、おばちゃんが話すように、一般客にとっては少々、高値の花なのかもしれない。


小売りもやっている塩竃水産物卸売市場


 そこで、おばちゃんの一押しなのが、冬が旬のメバチマグロだ。こちらは大物で重さ150キロほどと、ホンマグロよりひと回り、小柄なマグロである。秋口から年末にかけてが漁期で、三陸東沖の漁場で、延縄により漁獲される。値段のほうも、ホンマグロよりは手頃だが、ホンマグロの価格の高騰により、評価が上がっているとか。
 その中でも、塩釜の仲買人に評価された、生鮮メバチマグロを、2007年から、「三陸塩竃東もの」と名づけて、塩釜のブランド魚として、PRしている。重さ40キロ以上、脂肪が10パーセント以上など、いくつかの項目をクリアすることが条件で、大間や戸井のマグロに続く、プレミアムマグロになっていくか、楽しみである。
 「ホンマグロやメバチマグロは、確かに味がいいけれど、取り扱いと鮮度が良かったら、種類にこだわらなくても、塩釜のマグロはどれもうまいよ」と、おばちゃんが勧める皿には、刺身が数切れのっている。カジキとビントロ、とのことで、試食してみると、ビントロはこってりと脂が強く、カジキは後味に、ほんのり甘い脂の香りが漂う。値段はビントロの方が高いが、比べると、安価なカジキのほうが、好みかも。

 試食して検討した結果、メバチとビントロのさくを、見繕ってもらい、塩釜のマグロについて教示頂いたお礼を、おばちゃんに伝えて、市場を後にする。松島遊覧船に乗り込む前に、腹ごしらえをしておきたいところで、生鮮マグロの本場とくれば、マグロの握りをぜひ、味わわなければならない。
 塩釜は、マグロ処であると同時に、日本有数の寿司処でもある。1平方キロあたりの寿司屋の軒数が、日本屈指、との説もあるほど。その中から、本塩釜駅近くにある、すし哲を選んで暖簾をくぐる。握りは、マグロをはじめ、塩釜市魚市場から仕入れたネタばかりで、有田焼の皿に、上品に並んで出された。
 マグロの握りは、赤身と中トロがあり、まずは中トロから頂くと、脂がかなり濃厚。トロリと舌の上で溶け、身震いしてしまうほどのうまさだ。一方、赤身は対照的に、歯ごたえがサクサク、舌触りはフワリ、と、絹のように柔らかい食感。使っているマグロは、生鮮ホンマグロか、「三陸塩竃東もの」の、メバチマグロとのことで、柔らかくスッキリした味わいなのは、水揚げ港で頂く生マグロならではの、味なのだろう。

 食後に乗船予定の松島遊覧船は、さっき訪れた塩釜漁港の、すぐ近くを航行するという。さらに、松島名産のカキの養殖棚も、船から眺められるそうである。生鮮マグロの握りを堪能したところで、塩釜に別れを告げて、追加はカキの軍艦巻きで、松島に御挨拶といこうか。(12月中旬食記)


魚どころの特上ごはん76…秋田 『秋田市民市場』で見つけた、ハタハタあれこれ

2008年05月17日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん

 

 地域の人々に、食材を供給する場である市場が、近頃は、観光施設としても機能するように、各地で相次いで、改装されている。秋田市民の、台所的存在だった、秋田市民市場がリニューアルされる、と聞いた時は、あの、古びた体育館のような、建物の中の、素朴な市場風景が、失われないだろうか、気になったものだ。
 後に、秋田を訪れた際、駅に着いたら真っ先に、新装後の市場の様子を伺おうと、足を向けてみた。すると、建物こそ小綺麗になったが、鮮魚、塩干、青果など、扱うジャンル別に店舗が並ぶ、場内の様子は、以前とほぼ、変わっていなかった。
 お客も、地元の常連客が中心らしく、「買ってげれ、買ってげれ…」と、のどかな売り声とともに、各所で難解な方言による商談が、のんびりと繰り広げられている。どうやら、雰囲気は、昔の生活市場のままのようで、まずはひと安心である。

 各通路の上には、通りに集まる店が扱う品の、種別を示した幕が、掲げられている。入ったところの、青果通りには、山菜どころの秋田らしく、由利、白神、比内、本荘など、品札に、周辺の地名が書かれた、山菜が種類豊富だ。
 そのひと筋隣の、塩干・乾物通りでは、タラコ、イクラ、筋子、明太子など、彩り鮮やかな魚卵を、並べる店が目をひく。食欲をそそられる色で、そろそろ昼ごはんが、気になる時間のようだ。
 この市場、リニューアルされた際に、面白い食事処が設置された。市場で買った食材を持ち込んで、自分で七輪で焼いたり、丼飯にのせて、食べたりできるのだ。タラコを数腹、丼飯にのっけたり、イクラ山盛りのイクラ丼も、魅力的だが、狙いはやはり、秋田のローカル魚。市場の東寄りの、お魚通りに移動すると、30軒あまり軒を連ねる鮮魚店の店頭には、秋田近海の地魚が、目白押しである。

 旬の時期なのか、カレイが多く、白い腹をさらしたナメタガレイや、特大のヤナギガレイほか、小振りのホンソッコウガレイ、「男鹿・船川」との品札が添えられたタイバガレイ、ソーコガレイなど。当地の呼び名なのか、聞いたことのない名のカレイも。
 そして、秋田の地魚といえば、何といってもハタハタだ。ほとんどの店で扱っており、「ひと山サービス」、「脂のってます」など、宣伝文句も様々。ひと皿10匹ぐらいで、1000円程度が相場らしく、「今とれてるよ」との、売り声も聞こえる。


秋田市民市場の鮮魚売り場。珍しい地魚が目白押し


 そんな中、お魚通りの中ほどにある、よねや商店では、「男鹿産」の札を添えて、地物であることを、アピールしている。卵入りの「子持ち」は分かるが、メスであることを言いたいらしい、「全部女」との札にはつい、吹き出してしまいそう。

 ここのハタハタは、よく見ると鮮魚ではなく、何かに漬け込んである。店の親父さんによると、「三五八漬」とのこと。塩と麹と蒸し米を、3対5対8で寒仕込みしたものに、ハタハタを漬け込んだ、地元ならではの加工法らしい。
 親父さんに、地物の鮮魚は置いていないのか、聞いたところ、「今は、どの店にもないよ。秋田のハタハタは、もう漁期が終わったからね」。かつて、乱獲の影響で、漁獲量が激減した反省から、秋田沿岸のハタハタは、厳しい資源管理がされていることで、知られる。11月末~12月中旬に、産卵のために、浅瀬に寄ってくるものを狙うため、漁期は12月の数週間程度と短い。この店では、漁期の終わりごろに漁獲した、卵を持ったメスを、三五八漬けにして売っているそうである。
 
だから、今、場内で売っている鮮魚のハタハタは。よそ物で卵は入っていない、と親父さん。うちの地物は卵入りだし、身の味も一味違う、との強いお勧めに、昼ごはんのおかず1号は、これに決定である。親父さんはにっこりしながら、「特大全部子持ち」のスチロール箱から、卵でお腹がポッコリしたのを、選んでくれた。

 袋をぶら下げて、店を後に、すぐ隣の鮮魚店、進藤商店でも、ハタハタを見つけた。こちらは鮮魚で、「脂がのっておいしいです」の、札を見ていると、奥から姉さんが出てきた。今は、山陰でとれたハタハタが旬で、身が太く、味がいいのだそう。ただし、オスばかり。メスは、産卵直後で、卵がないからね、と笑う。
 秋田は、全国一の、ハタハタの消費地だけに、漁期が終わった後も、山陰や北陸など、まだ漁を行っている地方から、ハタハタが鮮魚で入ってくる。だから、この時期の市場には、三五八漬の地物をはじめ、旬であるよそ物の鮮魚、さらに、冷凍物や韓国物など、様々な産地、状態のハタハタが、混在している、という訳だ。
 ならば、地物の三五八漬のメスと、食べ比べてみようと、山陰ものの鮮魚のオスを、1匹、この店で買うことに。すると、姉さんが、丸っこい大振りのを選んでくれた。


「全部女(メス?)」とある、よねや商店のハタハタの三五八漬け


 
昼飯のおかずが確保できたところで、ハタハタが入った袋をぶら下げて、食事処焼焼庵へ。市場から仕入れた食材でつくった料理を提供する、市場食堂だが、昼前から夕方までは、市場で買った食材を持ち込んで食べられることで、人気を呼んでいる。

 店のおばちゃんに、市場で買ったハタハタを、自分で焼くから七輪を借りたい、と伝えると、「ハタハタなら、店で焼いたほうが上手に焼けるし、安いよ」。確かに、腹に卵たっぷりの魚の焼き加減は難しそうで、ここは、ハタハタを扱い慣れた、プロの料理人に、お願いすることにした。
 合わせて、味噌汁とご飯も注文。ハタハタ2匹分の代金と、焼き代を含めても、1000円もしないで、「ハタハタ食べ比べ定食」が、頼めてしまった。浮いたお金は、もちろん、ランチビールへと回ることに。

 ピアノのジャズが流れる店内の、テーブル席で待っていると、大皿に、アジぐらいの大きさの、三五八漬のメスと、シシャモより、ひと回り大きいぐらいの、鮮魚のオスが、仲良く並んで出された。
 腹が、卵でボコボコの、メスからとりかかろうと、腹を割った途端、オレンジの小粒が、バラバラとこぼれ出てきた。箸でガバッ、と拾って口に運ぶと、バチッ、ビチッと固く、とんがった香ばしさのおかげで、ビールが進む。
 卵がうまい、三五八漬のメスに対して、鮮魚のオスは、純白の白身がいい味。脂が、じっとり染み出てきて、チーズのような風味が、魅惑的で後をひく。ワタのほろ苦さが、アクセントで、こちらはごはんが進んでしまう。
 そして身の味は、三五八漬のメスも負けていない。頭のつけ根や、背についた身が、シコシコと歯ごたえがあり、漬けて寝かせてあるからか、干物のように味が出てくる。

 卵がある上に、身の味もよかったため、ハタハタ食べ比べ対決は、地物の三五八漬けのメスに、軍配が上がった。とはいえ、どっちもそれぞれ良さがあり、さっき寄った両方の店で、それぞれをおみやげに、買うことにした。
 先に進藤商店で、山陰の鮮魚のオスを買うと、頭とワタを外してくれ、さっと水で流して、塩を振って焼くといい、と、調理法のメモまで入れてくれる。
 続いて、お隣のよねや商店では、再びいっぱい卵が入ったのを、選んでもらう。焼くときは、麹と唐辛子を払って、丸のまま焼くといい、とのこと。「三五八漬けを、肴に飲んだの? 顔がいい色してるね」と、選びながら笑う親父さんに、こっちのがうまかった、と伝えると、ニッと笑って、肩をポンポン。

 今夜は、秋田屈指の夜の繁華街、川反通りへと、繰り出す予定だ。秋田といえば、キリタンポも忘れてはならないし、比内地鶏も気になるし、と、今から酒のお供に、迷ってしまう。市場での、勉強の成果を復習するために、名残のハタハタを、しょっつる鍋で頂くのも、悪くないかもしれない。(3月下旬食記)


魚どころの特上ごはん75…酒田 『海鮮どんやとびしま』のヤナギノマイと、『魚一』の川マス

2008年05月11日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん

 酒田駅から、市街を自転車でこぎ進めていくと、木造の米穀倉庫群、山居倉庫の前に出た。倉庫前に流れる川沿いの道を、海の方へと目指し、酒田魚市場の建物を通り過ぎたら、最上川の河口にある、酒田港の水産岸壁へ。あたりには人気がなく、中~小型の漁船が数隻、岸壁に静かに停泊している。そういえば、駅からの道中でも、ほとんど人とすれ違うことがなかったのを、思い出す。
 山形県の、庄内地域の中心都市なのに、ひっそりさびしい街だな、との印象は、漁港の一画にある、さかた海鮮市場に入ると、一変した。2階の食事処、海鮮どんやとびしまは、お昼時ということもあり、ものすごい混雑。市街で人を見かけなかったのは、みんなここへお昼を食べに来たからなのでは、と思うほどだ。
 酒田は、日本海に臨む立地から、庄内浜で水揚げされる地魚に定評がある。季節ごとに主な魚を挙げると、春はマス、タイ、甘エビ。夏は岩ガキ、スルメイカ、クルマエビ。秋はハタハタ、カレイ、サケ。冬はタラ、アンコウ、ヒラメなど。酒田の沖合には、暖流と寒流がぶつかる潮目があるため、周辺の海域に棲息する、魚種はかなり豊富だ。特に白身の魚が多く、味もいいといわれている。

 この店では、さっき通った酒田魚市場のほか、北は秋田の金浦港から、南は新潟の山北漁港まで、沿岸で水揚げされた地魚を使った料理を中心に、手頃な価格で提供している。休日の昼には、行列ができることも珍しくなく、まだ13時過ぎなのに、すでに終了した料理もあるようだ。
 列を整理するおばちゃんに、焼き魚定食の魚は何か、聞いたところ、「ヤナギノマイ」。聞いたことがない分、ローカルさが感じられ、タラ汁と一緒にこれを注文した。酒田港を見下ろす、窓際の席で待っていると、岸壁に停泊している、電球をいっぱい提げたイカ釣り船が見える。
 すぐに、運ばれてきた盆には、小さな丼ほどの大きさの汁椀と、赤く細長い焼き魚がのった皿が並んでおり、いかにも漁港の地魚定食風だ。タラ汁は、白身がついたところや、皮やゼラチン質のところなど、様々なアラが入っており、ズッ、トロッ、ツルッとすすり、しゃぶり、と忙しい。
 タラ汁に夢中になり、焼き魚を食べるのを、少々忘れてしまっていたほど。ヤナギノマイは白身の魚で、身の味がかなり淡い。身に弾力がある上に小骨が多いため、つかんでかぶりつき、中骨ごとしゃぶって、と、こちらも忙しい。


大漁旗が飾られた海鮮どんやとびしまの店内


 
食事を終えた客の多くは、1階にある菅原鮮魚店で買い物をしていくらしく、焼き魚とタラ汁との格闘を終えて、足を運んでみた。大きな冷蔵ケースには、開いたり頭を落としたりして、パック詰めされた鮮魚がズラリ。ラベルには水揚げ地が記してあり、ほぼ「庄内産」とあるのはさすが。小振りのクチボソガレイ、キスに似た首長ガレイ、赤く細長いカナガシラなど。ヤナギノマイ同様に、聞きなれないものが多い。

 奥の売り場では、下氷の上に丸のままの鮮魚も並べられ、マソイに黒ソイ、真ん丸の赤目フグ、大柄のヤナギガレイなどが、箱売りされていた。その中で、サケに似たずんぐり紡錘型の魚が、1匹売りされているのを見かけて、足を止める。店の親父さんに聞いたところ、川マスという魚で、今の時期なら一番おすすめの、地魚なのだとか。

 酒田沖に浮かぶ、飛島名物の手作りイカの塩辛を、みやげに買って宿に引き揚げて、日が沈んでから、宿のご主人に教えてもらった料亭、魚一へと向かった。市街の地魚料理の店のなかではピカイチ、との強いお勧めで、カウンターの端へ座ると、手書き短冊の品書きにある、「酒田の」「酒田名物」の文句に、期待が高まる。
 まずは、地魚のつくりをお願いしたところ、マグロ赤身とトロ、ヒラメ、アマエビ、マダコに、ヤリイカ、フグ、マダイ、ソイ、キンメと、種々様々な刺身が、皿に大盛りで出された。マグロのトロもいいが、キンメの脂がこってり上品。皮つきの鯛は歯ごたえがいいけれど、ソイもプリプリとした、心地良い食感がいい。
 刺身に定番の魚介以上に、当地ならではの地魚が好評価な中、イカはなかなかの大健闘。イカソーメン風の細切りにしてあり、表はパキパキ、中はねっとりと甘い。酒田の地酒「菊勇」を、合間にキュッ、とやると、超辛口、沸騰させたような熱燗のおかげで、体の中からボッ、と熱くなってくる。

 つくりのイカは、今が旬のヤリイカで、そろそろスルメイカに漁の狙いが変わる、と話すおばちゃんによると、刺身でうまいのは、ヤリイカのほうという。昼食の際に窓から見えた、電灯をいっぱいつけた漁船がイカ漁の船だが、これらはイカを追って、日本海を北上しており、今後は北海道を目指していく。
 一方、酒田の地元の漁船は、小型の底曳き網船が中心、とおばちゃん。季節ごとに狙う魚種を変えており、今は甘エビ漁の最盛期らしい。確かに旬らしく、シャックリと激甘、緑の卵もいっぱい抱えている。主な漁獲はほかに、カレイが挙がり、カイバガレイ、口細ガレイ、首長ガレイなど。産卵後の4月下旬からが、味がよくなるそうである。

 昼間にさかた海鮮市場で、これらの魚を見た話をしたついでに、親父さんにつくりのフグも、昼間の赤目フグか尋ねたら、「ショウサイフグ。赤目は固いだけで、味がない」。厚めにひいてあるため、かみ締めなくてもフグの味が、じっとりと味わえる。
 さらに、タラ汁を食べた話をすると、「今はタラは産卵後で、痩せているから値段は二束三文」。ヤナギノマイについて聞くと、「あれはカサゴの仲間、この辺で一番安い魚で、100円程度かな」。まあ安くても時期外れでも、地物は地物だから、と、笑いながら慰めてくれる。

 そこで、親父さん一押しの、庄内浜の旬の地魚を頼むと、これまた昼間に見かけた、川マスの名が挙がった。マスと称するが、もとは川に棲息するヤマメで、海へ下った後に、産卵しに川へと戻ってきたものを、地元では川マスと呼ぶそうである。産卵を控えるため、身が肥えて味がいいことで知られ、サケよりも脂が甘く、品がいいとも。サクラマスとの別名もあるように、酒田を代表する、春の地魚なのだ。
 親父さんによると、川マスは山形から秋田にかけて、日本海へ流れ込む大河の、河口付近で漁獲されるという。特に、最上川の河口で刺し網で捕らえたものは、脂がのってうまい、と太鼓判を押す。煮物、焼き物、いずれもよしで、焼き物を注文すると、「これで、4キロぐらい」と、ボウルからはみ出すぐらい大きな、サケよりやや薄いオレンジ色をした、半身を見せてくれた。



脂がたっぷりのった川マス。サケよりも上品な味わい


 
焼き立てで、ジュクジュク音を立てている、大きな身を箸で割り、醤油をたっぷりかけると脂が出るよ、と教えられてかけ回したら、脂を身にまぶしてひと切れ。脂は、旨みが凝縮されたスープといった味わいで、サケよりも軽く、サラリ。これが、キュッとした歯ごたえの身にからみ、高貴な焼きザケ、といった感じだ。

 これは、ごはんのおかずにピッタリだろう、と、茶椀飯を追加して身をつまみ、飯をかっ込み。皮にへばりついた脂が絶品で、サラサラとごはんが進んでいく。空になった、「菊勇」より、茶椀飯のおかわりの方が、欲しくなってしまいそうだ。

 早めに飲み始めたので、はしご酒といこう、と思ったら、まだ22時前というのに、どこも店仕舞いしてしまっている。飲んだ締めに食べたかった、魚醤を使った酒田ラーメンの店も閉まってしまったし、今日は早寝して、明日は早起き。酒田魚市場を見物してから、海鮮どんやとびしまを再訪して、本日売り切れだった舟盛り膳で、豪華に庄内浜地魚の朝ごはん、といこうか。(3月下旬食記)