我が家で毎年恒例となっている、お正月の修善寺旅行だが、今年は年明け早々に予定がいろいろ詰まっていることもあり、年末の3日間というスケジュールとなった。忙しい年末を旅先でゆったり過ごすというのも、それはそれで優雅で悪くない。
だがそれは逆に、年末のもろもろを前倒しで済まさなければいけない、ということ。仕事納めの後のわずか2日間で、ざっくり掃除をして、年賀やおせちなど年始用の買出しも済ませ、さらにいつもは大晦日までかかっている年賀状を、ものすごい勢いで書き終えて。何とか旅行に出られる体制となった12月29日のお昼過ぎに出発、帰省ラッシュの狭間で空いている東名高速をひた走り、沼津インターを経由して、修善寺郊外にある「ラフォーレ修善寺」へと、ほぼ1年ぶりにやってきた。
広大なホテルの敷地には、スポーツ施設やクラフトコーナーなど、さまざまな施設が用意されていて、ここに来るときはいつも、ほとんどホテルから出ることなく過ごしている。翌日は朝から、フィールドアスレチックや、パークゴルフなど、子供たちのリクエストに合わせてこなしていく。自分たちもその合間に、テニスを楽しんだり、レザークラフトや木のアクセサリー製作にチャレンジしたりと、気ままに楽しめるのがいい。
いつもはそれに加えて、ゲーム大会とか凧揚げ、こま回しといった遊び、ネイチャーゲーム的な催しなど、ホテル主催のイベントも豊富だが、この時期は年末のせいかちょっと少ないよう。そんな中でも年末らしく、お昼過ぎに餅つきが広場で催されるとあり、ちょっとお正月には早いけれど行ってみることにした。
会場の広場は、夏に来たときにバーベキューをやったことがある場所で、ビンゴゲームでクワガタムシが当たった、子供たちには思い出の場所だ。ちょっと谷間に位置するためかなり冷え込んでおり、無料配布されるおしるこに行列ができている。寒いせいか、何度か並びなおす人も。
そんな中、すでに子供たちが数人集まっている一角が、餅つき大会の会場らしい。おしるこを片手に行ってみると、奥には臼が据えられていて、ちょうど蒸しあがったもち米が運ばれてきた。臼に入れられたとたん、湯気がバッ。臼を覗くと薄乳白色のもち米の中に、黒い粒々がいっぱい混ざっているのが分かる。
係の人によると「今日のお餅は、体にいい黒米入りです」とのこと。黒米は最近、修善寺の名物として注目されている、中国産の古代米である。名のとおり真っ黒な色をしており、滋養強壮、胃腸強化に効能があるため、周辺の宿や料理屋では薬膳料理の材料に使われている。地元栽培の黒米が産直売店などでも販売されており、修善寺のおみやげとして人気が高いとも。もち米の一種で甘みがあるため、このように餅に混ぜて使われることもある。見た感じが赤飯のようで、ハレの正月にはもってこいなのかも。
見た感じはぼたもちのよう? 黒米餅は、さっぱり生ワサビと食べるのがおすすめ
係の人がもち米を杵でこねて粘りを出し、ある程度ついた後に子供たちに交代、かと思ったら、「もうちょっと大人の人にやっていただけますか?」。餅つきはこれまで、子供の幼稚園の行事で毎年やっていたので、ここは手を上げてやらせてもらうことに。
杵の重さに任せて振り落とせば、意外と力は使わない、と慣れてるつもりでつきはじめたが、5、6回振っていると結構筋力を使うようで、終わってみたらそれなりに全身運動になっていた。この後はテニスをやる予定だったから、いい準備運動になったかも?
ミニサイズの杵で子供たちもみんなでポン、ポンとついて、見事につきあがった餅は隣接の調理スペースへと運ばれ、どんどんと小分けに丸められていく。ついた後はお楽しみの試食、ということで、つきたての餅をひとり2つずついただくことになった。
餅は見た感じはあずき色に染まっていて、黒米の黒い粒々入りなため、まるでおはぎのように見える。薬味は定番のきなこのほか、ワサビ醤油が用意されているのが伊豆ならでは。つきたての餅はかなりの粘りで、グイグイと強烈な腰がある。
甘みの中には、黒米ならではの雑穀の香ばしさが漂い、これは確かに体によさそうだ。そしてワサビはもちろん、地元産の生ワサビを食べる直前におろしたもの。つきたての餅にワサビの鮮烈な辛味がプラスされ、大根おろし餅のような爽やかな味わいに食が進む。おしるこは行列に並び直しもありだったが、餅はあいにく人数分しかないのが残念。
子供たちのリクエストに応えた目白押しのプログラムのため、ほとんど昼食抜きだったところに餅を食べられたおかげで、この後もエネルギーが切れることなく、テニスにパークゴルフに、と遊びまわることができた。予定を終えてホッとひと息、温泉につかって一休みしたら、夕食は毎年恒例の『日本料理四方山』に集合。伊豆の山々や駿河湾の素材を生かした料理を、楽しむことにしよう。
つくりはマグロ、ウニ、サーモン、タラバガニといった、豪華定番ものに加え、エビはアカザエビという、定番の甘エビよりも大振りの地元のエビ。頭が大きく、透明な身がプリプリの歯ごたえの後、トロトロの甘みがたまらない。薬味はもちろん、地元産の生ワサビ。わさびおろしでまわしながらおろすと、ペパーミントグリーンのあわ立ちとともに、ツンと鼻につく刺激が漂ってくる。
アカザエビが漁獲される駿河湾は、富山湾や相模湾と並んで日本屈指の水深がある湾で、最深部は深さ2500メートルを超えるという。アカザエビのほか、キンメダイ、タカアシガニなど、西伊豆で水揚げされる名物魚介はいずれも、この湾の深部で漁獲される「深海魚」なのである。ちなみに同県の最高所は、いわずと知れた富士山で、山頂の標高は3776メートル。県内の最高所と最深部の高低差が、6000メートル以上あるという訳だ。
そして焼き物の伊勢エビも、駿河湾の名物魚介のひとつだ。修善寺の近くでは、西海岸の戸田で水揚げされ、主に刺し網で漁獲される。この日の料理は伊勢エビの「もと焼き」という、伊豆の名物伊勢海老料理のひとつである。ブチッとはじけるような伊勢海老の白身に、濃厚なソースがよくからみ、エビの力強い白身の甘みが倍増。これはなかなかうまい。
店の方によると、「もと」とは、和風マヨネーズソースのようなもので、この店では卵と魚のすり身を混ぜたものを、伊勢海老の白身に塗って焼き上げているとのこと。洋風のグリルのような味わいが、日本料理の店で意表をつく一品である。
大きな頭のアカザエビのつくり。サクラエビごはんと、締めの味噌汁は豪快な伊勢汁
仕上げのご飯に付く味噌汁も、伊勢エビの頭を使った「伊勢汁」。エビの味噌が味噌汁に溶け込んで、コクのある風味をかもしだしている。そしてご飯もエビ、しかも駿河湾の深海でとれる名物漁獲・サクラエビの炊き込みご飯だ。椀からは、香ばしい香りがプンプン漂い、ご飯をかっこんだとたんに、エビの芳しい旨みが口の中いっぱいにバッ、と広がってくる。ダシがしっかりしみていてとまらないうまさに、ついお替わりを2回。
サクラエビは意外にも、駿河湾でのみ漁獲されるエビで、しかも由比・蒲原・大井川の3つの漁協のみ操業を許可されている、結構希少なエビである。水深300メートルほどの深海に生息しているが、夜になるとエサを求めて50メートルぐらいまで浮上してくるところと、2艘ひと組で網をひく「あぐり網」という漁法で漁獲する。今は秋口から行われる秋漁が、そろそろ終わりになる頃。名残のエビの炊き込みご飯で、ことし最後の旅とローカルごはんの宴の、締めくくりとなった。
修善寺への旅は、いつもだと「本年もよろしくお願いします」の旅なのだが、今年は「一年お世話になりました」の旅。そういえば今年の正月は、この店で「よろしくお願いします」だった。いつもの雰囲気に、なんとなくもう正月気分になってしまった気もするが、明日帰ったらまだ大晦日が今年1日残っている。
2009年もまた、各地で楽しいローカルごはんに出会えるような、いい年を迎えられますように。(2008年12月30日食記)