ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

旅で出会ったローカルごはん27…名古屋のウナギ料理「ひつまぶし」は、1杯で3度おいしいすぐれもの

2005年12月31日 | ◆旅で出会ったローカルごはん
 初めて訪れた名古屋の町の印象は、極めてコンパクトであること。東京のいろいろな町がぎゅっと凝縮している上、それぞれを徒歩で回れてしまうから楽しい。名古屋駅のJRセントラルタワーズにある「山本屋総本店」で、昼食に味噌煮込みうどんを食べてから地下鉄で移動。ショッピングビルやブティックが集まる渋谷のような町・栄を散策して、浅草とそっくりな観音様の門前町・大須をぶらり。緑あふれる大通公園を経由して名古屋テレビ塔、さらに名古屋の象徴である名古屋城と巡ったところで時計を見ると、そろそろ17時を回ろうとしていた。

 いったん栄にある宿へ戻ることにして、錦3丁目の繁華街を突っ切って進む。ここは庶民的な飲食店や飲み屋に、高級なバーやクラブがごちゃごちゃに集まった、新宿の歌舞伎町と銀座をまぜごぜにした感じのエリアだ。そんな中、まるで時間の流れに取り残されたような古い建物の店を通りかかり足を止める。店頭の品書きによると老舗のウナギ屋らしく、早めの夕食をすませてもいいと思っていたので扉をくぐってみることに。外観同様、店内も落ち着いたたたずまい。入口付近はテーブル席、奥には坪庭をかこむように座敷が設けられ、文字通り「ウナギの寝床」のような間取りだ。品書きによるとうな重などに混じり、名古屋名物の「ひつまぶし」の文字が。思わぬところで名古屋の味に出会えたな、とありがたく注文すると「ウナギはこれから焼きますので、少々お時間を頂きます」とのこと。15~20分ほど待つそうだが、かえって期待がもてる。

 おひつに盛ったご飯に、刻んだウナギの蒲焼きをのせたひつまぶしも、名古屋の伝統的な料理のひとつである。蒲焼きを熱々のご飯の上にドン、とのせた鰻丼や鰻重を食べ慣れている人は、なぜウナギをわざわざ細かく刻んで… と思うかも知れないが、ご飯に混ぜ込むことでウナギやタレの味がよく染みたり、固い皮が刻むことで食べやすくなったりと、普通の鰻丼などとは違った旨さや食感が楽しめるのが身上だ。この店も明治42年から続く、市内屈指のウナギ料理の老舗。もちろんひつまぶしも人気で、宮崎や鹿児島産の養殖ウナギを備長炭でじっくり焼き、細かく刻んでからご飯に混ぜ込む。味の決め手は、ウナギにかける秘伝のタレ。甘さひかえ目の奥行きのある味付けで、ウナギの香ばしさを引き立てている。一説によるとひつまぶしは、この店の3代目が考案したともいわれているとか。

 そんな訳で待つことしばし、ようやく登場した盆には中ぐらいのおひつと薬味の皿、そしてタレが入った小瓶がのり、後からお茶が入った急須も運ばれてきた。味噌煮込みうどんと同様、ひつまぶしにも食べ方に流儀があり、食べ方を変えることで何と、3通りの味わいが楽しめるのだ。お店の人に教わったとおりに、まずは1杯目。うなぎとご飯をそのまま頂くと、ほっこりした身にかなりパリッと香ばしい皮と、ウナギ自身のうまさが際立って味わえる。身を細かく刻んでいる分、蒲焼で食べるよりウナギの味が膨らんでいるようだ。タレはやや甘酸っぱく、自分の好みでかけられるので味を少々濃くしてみる。

 続いて2杯目は、薬味のネギ、ワサビ、海苔などをそえて食べてみる。するとネギをのせるだけで味わいが一変、かなりさっぱりした風味になる。薬味がやや重いタレの味をすっきりさせるため食が進み、2つめの味わい方にしてすっかり気に入ってしまった。そして最後は薬味をのせてからお茶をたっぷりかけ回して、「うな茶漬け」で締めるのが決め手だ。細切れのウナギがたっぷり入っているので、見た目はお茶漬けというよりはウナギ雑炊風。ウナギはしっとり、ご飯にタレと茶のつゆがしみてあっさりと食べやすい。2杯目の食べ方よりさらにさっぱりしているため、タレが多めの方が茶の苦みと合うよう。小瓶のタレを多めに加えると、だし汁で頂く雑炊のようでどんどん進む。

 食べる側がひと手間かけることで、思わぬ味が楽しめる。これが普通の鰻丼・鰻重にない、ひつまぶしの魅力であり楽しさなのだろう。それにしても、一見では鍋焼きうどんや鰻重と大差ないような味噌煮込みうどんにひつまぶしだが、伝統の調理方法やこの地ならではの味付け、さらに食べ方など、名古屋の文化や流儀に触れることができるのも面白い。ひととおりの食べ方を試したが、ご飯は3つの食べ方をもう1巡できそうなぐらい残っている。「流儀はありますが、好みでお好きなのをお召し上がり一番です」と笑うご主人に従い、残りはお気に入りの薬味だけバージョンを3連続で頂くとするか。(2003年11月28日食記)

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 …という訳で、ことしの8月から始めたこのブログ。おかげさまで毎日ご覧頂く方もだんだん増えてきたようで、大変感謝しております。来年も東京や横浜周辺から全国各地まで、ニッポンのおもしろいごはんを様々とりあげていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。なお当ブログ、年頭は元旦から営業開始予定ですが、筆者の正月気分の盛り上がり方次第で若干遅れる可能性もありますのでご了承ください(笑)。

 それでは皆様、どうぞよいお年を。

旅で出会ったローカルごはん26…2005年の元気な町 名古屋・山本屋の味噌煮込みうどんを高層ビルで

2005年12月30日 | ◆旅で出会ったローカルごはん
 2005年も残すところあと1日。ことし全国各地の中で最も話題になったのは、何といっても名古屋でしょう。愛知万博は大盛況、トヨタを業績好調と地域経済は元気いっぱい、さらにみそかつやきしめんといった名古屋フード、巻き髪にブランド服の「名古屋嬢」といった名古屋文化が全国に話題を提供するなど、不況からいまひとつ抜け出せず元気のない日本に、明るい話題と活力を与えてくれたのではないでしょうか。そんな名古屋に敬意を表し、今日明日と名古屋ごはんを2連続で今年を締めくくることにします。

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 2005年の春から行われる一大イベント・愛知万博に合わせて、名古屋のガイドブックをつくることになった。とはいえ実はほとんど名古屋の町を歩いたことがなく、思い浮かぶのは、名古屋城にエビフライ、中日ドラゴンズにあとは… という程度と頼りない。万博を見に来た人向けの情報誌なら、ポイントは万博見学後の「食べ歩き」だ。東京と大阪の中間に位置するため、両方の特徴をとりいれた独特の食文化は、遠方から名古屋を訪れる人にとってインパクトがあること間違いなし。さらに味噌をふんだんに使った濃厚な味付けや型破りの奇抜な調理法、またゆで卵やサラダほかたくさんのおまけを競う「名古屋モーニング」など、名古屋の味はどこかエンターテイメント性も兼ね備えているよう。予備知識はイマイチな分、滞在中は精力的に食べ歩くことで、せいぜい名古屋への理解を深めることにしよう。

 新幹線で名古屋駅に到着して、駅に隣接するJRセントラルタワーズの51階にある「パノラマハウス」から市街の展望を楽しんだら、最初に頂く名古屋の味「味噌煮込みうどん」の店を目指してエレベーターで13階へ。「タワーズプラザ」という飲食店街の一角に、目指す「山本屋総本店」の暖簾を見つけた。創業は大正14年、名古屋屈指の味噌煮込みうどんの老舗で、名古屋や岐阜を中心に10数軒の店を構えている。ここタワーズ店は高層ビルのしゃれた雰囲気のフードコートにありながら、店頭には白の文字で屋号が染め抜かれた緑の暖簾がひる返り、栄の本店を彷彿とさせるたたずまいだ。

 まだ開店して間もないため、空いた店内のテーブル席について品書きを見ると、基本となるのは3種とシンプルだ。普通煮込みに玉子入り、鶏肉と玉子が入った親子煮込みと、順に具がグレードアップするようで、人気はネギ、ごぼう、油揚げ、かまぼこの具に卵と鳥肉入りの「親子煮込み」。1人前と1.5人前があり、1人前を注文すると「ご飯はどうしましょうか?」と店の人に勧められる。別料金だが、煮込みうどんをおかずにしてご飯を食べるのが地元のスタイルらしく、ものは試しと頼んでみることにした。

 今や名古屋の味の知名度ベスト3にランキングされる味噌煮込みうどんはそもそも、尾張地方の郷土料理がルーツとされている。野菜やうどんをみそ汁に入れて煮込んだもので、その名もズバリ「ごった煮」。入れるうどんはゆでたものでなく、生の状態から煮込むのが特徴で、そのため粉と水だけを使って固めに仕上げ、さらに太めに切るなど、普通のうどんに比べてかなり頑丈に仕上がっている。この店の麺も厳選された小麦粉と水で手打ちしており、腰の強さが強烈。ガンガン煮込んでも伸びたり煮くずれたりしないから、運ばれてきた信楽焼の土鍋はまだグツグツ、ボコボコやっているほどだ。

 備え付けの紙エプロンをつけながら食べ方を教わったところ、ふたを取り皿がわりにして頂くとのこと。味噌煮込みうどんはふたをしないで煮込むため、ふたに空気の穴がないのでそうできるのだが、ならなぜふたがいるのだろう? 少々悩みながら、太い麺をとりやすいよう角がしっかりした箸で数本の麺を皿、でなくふたにするりととってからひとすすり。えらく固く、パキパキしないギリギリの腰の強さという感じで、「アルデンテ」という客がいたが芯だけでなく全体が固く、食べ進めていると少々あごがしんどくなってくる。

 そして味の決め手はやはり、名古屋の食文化を支える味噌だ。これをカツオなどからとったダシをベースにした澄んだ汁に加えるのだが、味の秘訣は2種類の味噌をバランス良く調合しているところにある。3年間天然熟成した岡崎特産の八丁味噌に加え、名古屋産の白味噌を合わせており、その割合は創業以来受け継ぐ秘伝中の秘伝。もちろん化学調味料や添加物は全く使っていない。味噌のおかげで見た目は真っ茶色に近いが、食べてみると色ほど辛くなく渋みがほんのり、八丁味噌の辛さと白味噌の甘さが程良い加減で食欲をそそる。

 しばらく食べ進めると熱さが落ち着いたので、途中からは鍋からそのまま頂く。麺は食べ進めてものびずに固いままで、後半は味噌がやや甘酸っぱくなってきた。味覚を変えようと、ここで薬味をパッ。店の名物でもある、60センチもある竹筒の巨大薬味入れには七味、一味が半々入っていて、比べると一味の方が味が締まるよう。ご飯も地元の流儀に倣い、上に半熟卵をのせてつゆをかけるとこれもなかなか、通は何とご飯もふたに盛って、その上から味噌のつゆをかけて頂くのだとか。

 店を出る頃には昼時になっていて、店頭には行列ができている。このビルは今や名古屋屈指のデートスポットで、フロアには無国籍やエスニックなど若者好みの店が結構あるにもかかわらず、行列にカップルの姿もちらほら。大阪ではナンパの決まり文句で「うどん食べにいかへん?」というとか言わないとか。名古屋ではデートのランチに味噌煮込み、がスタンダードなのだろうか。(2003年11月28日食記)

町で見つけたオモシロごはん22…ラーメン&焼き鳥のコラボ 杉田「卯月」のラーメンは強烈魚ダシが決め手

2005年12月28日 | ◆町で見つけたオモシロごはん
 記録的大雪の北陸や東北地方ほどではないにせよ、今年は関東地方も寒波に襲われ厳しい寒さの日々が続く。そのせいかこのところ外食する時はどうしても、うどんとかそばとかラーメンとか温かいものに偏りがちだ。この日もまるで雪が降りそうなどんよりした空、そしてきつい底冷えにたまらず、仕事で出かける前に最寄りの京急杉田駅でラーメンをすすっていくことに。いつもの「満州軒」(←町で見つけたオモシロごはん11を参照)で、激辛ドラゴンラーメンをいつもより辛目で行くか、などと思いながら駅ビルの2階へ足を運んだところ、食事時なのになぜかシャッターが閉まっている。

 この店、気まぐれなのか仕込み中なのか、たまに日中に店が閉まっていることがあるのは気付いていたが、さてどうしたものか。新杉田の駅近くには、横浜の家系ラーメンの総本山・吉村家の前身として有名な「杉田家」があるが、この寒い中を10分少々歩くのも億劫だ。そういえば先日見たタウン情報誌に、秋口に杉田駅近くに開店したラーメン屋の評判がいい、という記事があったのを思い出し、線路に沿って2、3分引き返してみると確かにあった。今まで何度もここの前は通っていたのに気がつかなかったのは、もとは焼鳥屋だった店の外観がほとんど変わっていなかったから。何にせよありがたく扉をくぐり、こぢんまりした店の奥へと落ち着くことに。

 店の外観は黒板が特徴の木造の小屋風で、店内もどことなく焼鳥屋の面影が残っている。すぐ裏は線路だから、荒っぽい運転の京急電車が通るたびにガタガタガタ… と結構な音、店も何だか揺れているようだ。テーブルの隅にはミカンが盛られた籠が置かれ、「ご自由にどうぞ」とあるのがユニーク。ミカンもいいが、とにかく寒いのでまずはラーメンで暖をとろうと品書きを見ると、醤油と塩の2種類のメニューが中心のあっさり系のようだが少々腹も減っているので、ややこってりの「背脂醤油ラーメン」を選んだ。店のお兄さんに頼むついでに煮玉子ものせてもらおうとすると「こちらのセットがお得ですよ」。見ると品書きの上にマルトクセットとあり、プラス200円で味玉にチャーシューとのり各3枚がつく。さらにチャーシュー飯も加えて、ちょっぴり豪華なラーメンセットとなった。

 「麺酒房 卯月」と店名にあるように、ここは昼はラーメン、夜はそれに加えて居酒屋もやっている店である。ずっとラーメン屋をやりたかったというご主人が一念発起して、焼鳥屋から今年の9月にラーメン屋になったという。「だから本格ラーメンと本格焼酎、本格焼鳥の店です」と笑っているが、備長炭を使って焼き上げた10種類ほどの焼鳥もご自慢の様子。また店名からか満月の日はサービスデーで、塩ラーメンと醤油ラーメンが500円というのも太っ腹だ。こんど来るときは満月の日を調べていこうと思ったら、ご親切に「12月の満月は16日です」との貼り紙がされているのが何だか面白い。

 運ばれてきたラーメンは脂がたっぷり浮き、表面がギラギラと輝いている。ちょっと前に流行った背脂こってり風でちょっとくどそうだが、ひと口飲むと印象は一変。魚のダシが強烈に立ち上がり、煮干しのような香りがプンプン突き上げてくる。これは日本人が大好きな、グルタミン酸のあふれる味だ。背脂のくどさを羽交い締めにして押さえ込むような? 剛腕な勢いの味わいに、スープをすする手がとまらなくなってしまう。品書きの上に「和風魚介だしダブルスープ」とあり、2種のスープを別々に煮出してからかけ合わせることで、深みのある風味を出しているようである。これがやや縮れた麺にばっちり絡むから、麺もどんどん進むこと。チャーシューはよく煮たトロトロのタイプだが、背脂入りスープよりむしろこっちの方が味が濃く濃厚で、食べ進めていくと脂の部分が少々きついか。味の染みたチャーシューの縁を刻みご飯に混ぜ込んだ「チャーシュー飯」の方が、大盛りとネギと薬味の味噌のおかげでさっぱりと食べやすい。
 
 ひと通り平らげたら、サービスのミカンをデザート替わりにひとつ頂く。店主によるとこの店、夜中の1時までやっているとのことで、今度は仕事帰りにちょっと一杯、締めはラーメン、なんてのもいいかも知れない。すっかり暖まりミカンを食べているとどうにも腰が重くなってしまうので、この辺で店を出ることに。すると厚い雲の切れ間から薄日が差し込む中、何と小雪がちらちらと舞い始めた。(2005年12月13日食記)

旅で出会ったローカルごはん25…弘前で食べた「けの汁」は、優雅なねぷたに似た優しい味 

2005年12月27日 | ◆旅で出会ったローカルごはん
 五所川原に泊まった後は2日かけて、バスで津軽半島をぐるりと1周。小泊のイカや十三湖のシジミ(←後日「続・魚どころの特上ごはん」で紹介予定)など、日本海や津軽海峡の海の幸を存分に堪能した。再び五所川原へ戻った後は、五能線のローカル列車で津軽藩の城下町である弘前へ。一説によると、青森と五所川原、弘前のねぶたは「青森3大ねぶた」と言われ、弘前城を中心に武家屋敷や洋館が点在するこの町も「弘前ねぷた」が催されることで知られる。駅に着いたらさっそく、灯籠が展示されている「津軽藩ねぷた村」へ。規模では屈指の青森、高さ自慢の人形灯籠の五所川原に対して、ここのねぷた祭はどんなスタイルなのだろうか。

 入り口を入ってすぐの「ねぷたの館」と称されたホールに入ると、暗い館内にぼんやり灯りが灯った数台の灯籠が目に入る。高さ10メートルほどの扇形の行灯にはそれぞれ、三国志や水滸伝ゆかりの武者絵などが描かれている。大型で凝った造形の青森や五所川原のと比べると、ずいぶん簡素でシンプルな印象だ。この控え目でやや上品なところが、弘前のねぷたの大きな特徴だ。灯籠の姿だけでなく、祭の賑わいも対照的。「ラッセーラー」と賑やかなかけ声ではね回る青森に対し、弘前は「ヤーヤドー」と穏やかな調子に合わせてゆっくりと練り歩くという。ちなみに3大ねぶたはそれぞれ、青森は「凱旋ねぶた」、五所川原は「喧嘩ねぷた」、弘前は「出陣ねぷた」と形容されるとか。弘前のねぷたは勇壮で賑やかな青森のと対照的なため、両方とも訪れる観光客も多いという。

 ねぷたの囃子に使う大太鼓を叩いてみたり、津軽三味線の生演奏を聴いたりしていると、どうにも腹が減ってきた。この日は朝から駆け足で弘前まで移動したため、昼食がまだなのを思い出す。中途半端な時間なので開いている店があるか心配だったが、飲食店が集中する土手町付近の繁華街を歩いていると「菊冨士」という店が暖簾を出しているのを見つけてひと安心。建物は民芸風の作りで、広い店内も木調を生かした内装で落ち着ける。通されたテーブルも大きくゆったり。地元客ほか、見回すと結構旅行客の姿も多いようだ。品書きによると地元の食材を使った創作郷土料理がメインで、近海の魚介を使った一品料理も値段は手頃。しかも地酒も豊富とくれば、ゆっくり昼酒といきたいところだ。パンチの効いた辛みがくせになり、この旅行の間毎晩飲んでいる「じょっぱり」を頼んで、魚介を肴にじっくり一杯といくことにする。

 最初の1品・ホヤ刺しは殻に盛られて出され、ゴツゴツした殻と鮮やかなオレンジ色の身が対照的だ。ツルリといくとシャクシャクした歯ごたえ、くせがなくトロリとした甘みがたっぷりで、「じょっぱり」でぐっと流すとほんのり酸味と苦みが残る。粗野な中に隠れたさりげない上品さが魅力的で、酒飲みにはうれしい肴だ。続いてはハタハタの塩焼き。秋田の有名な地魚だが日本海沿岸で広く水揚げされ、この店のも地元青森の深浦や鰺ヶ沢で揚がったものという。20センチほどと大振りのに箸をつけると、ホロホロと身離れがよい白身からふっとわき上がる甘みに魅了され、これはとまらなくなる。頭からどんどんかじり、ヒレ塩をなめながら白身を味わう。別添えにされた肝のむわっとした濃厚さ、卵のブツブツとした歯ごたえにねっとりした後味がまた酒を誘い、おかげで「じょっぱり」がすっかり空になってしまった。

 追加の酒を頼もうとしたがまだ日が高く、この後もう少し市街を散策するのに酔っぱらってしまっては、と自粛。酔い覚ましを兼ねて汁物を頼もうと品書きを見ると、郷土料理の「けの汁」というのがあったので注文してみた。運ばれてきたスープカップには細かく刻んだ野菜など様々な具がいっぱいで、見たところスープというよりも雑炊のようでもある。「かゆの汁」が語源といわれるこの料理、大根や様々な山菜、凍り豆腐、油揚げなどを細かく刻んで煮て、味噌で味をつけたもの。1月16日の小正月に作って、1年の無病息災を祈りつつ少しずつ食べるのが習わしになっているという。この店のはミツバにワラビ、高野豆腐、ニンジン、大根、ゴボウなどに加え、汁にすりつぶした枝豆がたっぷり。味噌は薄味な分、豆の香ばしい甘みにあふれたほっとする味だ。

 締めくくりのサンマの焼きおにぎりは、ご飯に焼いたサンマが混ぜ込んで握られたものと思ったら、何と焼いたサンマの身でご飯をぐるりと巻き込んである。皮がパリッ、醤油の香りがパッと広がり、焼いたご飯がカリッ、さらに身の厚いサンマのびっしりのった脂がトロリと、様々な味覚が渾然一体となって口の中でほぐれとにかくうまい。程良く「じょっぱり」が回り、お腹も落ち着いたところで店を後に、帰りの夜行列車の出発時間まで弘前城や武家屋敷を巡るか、郊外の大鰐温泉でひとっ風呂浴びるか。それにしても、強烈にしょっぱいホタテ貝焼き味噌に対して、ほんのり優しい甘さのけの汁。五所川原と弘前それぞれで食べた津軽の味は、巨大な「喧嘩ねぷた」と優雅な「出陣ねぷた」とそれぞれイメージが似ているようにも思えてきた。(2004年9月28日食記)

旅で出会ったローカルごはん24…津軽のねぶたを見た後は、貝焼き味噌で地酒が進む

2005年12月26日 | ◆旅で出会ったローカルごはん
 色とりどりの巨大な灯籠(ねぶた)が、「ラッセーラー」のかけ声ととも巡行する「ねぶた祭り」は、夏の青森を代表する風物詩だ。8月第1週の期間中、青森市街には60万人が訪れ、20台以上のねぶたが市街を練り回る。この祭、実は青森市街のほかにも津軽地方の各地で行われており、一度は生で見てみたいがこの時期はいつも、秋のレジャーシーズン向けの仕事で忙殺されてしまう。今年も仕事が一段落したのは、食の取材シーズンとなった9月。そこで津軽の郷土料理の食べ歩きと一緒に、それぞれの町の「ねぶた(または『ねぷた』)」ゆかりの見どころも巡ってみることにした。

 朝一番の東北新幹線で八戸へ、特急に乗り換えて最初に訪れたのはねぶた祭りの本場・青森駅… では下車せずに通過。弘前の手前でローカル線の五能線に乗り換えて30分。リンゴ畑の向こうに岩木山を眺め揺られているうちに、列車は五所川原駅へと到着した。ここのねぷたは「立ちねぷた」と呼ばれる、武者のひとり立ちの人形灯籠なのが特徴。派手な装飾で横に広い青森ねぶたに対して縦方向、つまり高さを誇っている。駅から徒歩10分ほどのところの、灯籠を展示する「立佞武多の館」を訪れてみると、中には3体の巨大な立佞武多がそびえ立ち圧巻だ。いずれも高さは、何と20メートル以上。エレベーターでまず顔の高さの4階へ行き、そこから螺旋状の順路を下りながら、細部の造りを観察したり、祭りの映像を見たりしていく仕組みなのが面白い。

 この日は五所川原に宿をとり、荷物を置いてひと休みしたらさっそく、津軽の郷土の味で地酒を一杯といきたい。飲食店が集中する川端地区にはこぢんまりしたスナックや小料理が密集しており、どこも地元の馴染み客が静かに飲んでいるという感じ。津軽の玄関口らしく、北の外れでややうら寂しい町といった印象通りの雰囲気だが、寡黙で頑なそうな津軽人(?)に囲まれて飲むのも少々重苦しい。付近をぐるりと一周した結果、商店街にあった「居酒屋北斎」という店が、賑わっていて入りやすそうだ。暖簾をくぐり、店の人の気さくな対応にもホッとしてカウンターに落ち着くと、まずは品書きを検討。日本海や津軽海峡の魚介を始め、この地方の郷土の料理など、一品料理はどれも手ごろな値段なのがありがたい。酒も青森など地元の銘酒を中心に、品揃えがかなり豊富である。

 最初の一杯はこの地方を代表する、弘前・六花酒造の「じょっぱり」を冷やで。そして近くの鯵ヶ沢や津軽半島の小泊で朝とれた、真イカの刺身を合わせてみる。以下は量が多く、歯応えが柔らかだがねっとりした甘みがある。付け合わせが大根の千切りやワカメ、海草などたっぷりなのがうれしい。しっかりした辛口の「じょっぱり」はメリハリのある味わい。イカを肴にとんがった辛みの酒がどんどん進んだ頃、「ホタテ貝焼味噌」が運ばれてきた。中身は熱々で、ホタテの切り身がまだくつくつと煮えている。

 津軽の代表的な郷土料理のひとつであるこの料理は、魚介をネギなどと一緒に味噌で煮たもの、と書くとありがちに聞こえるかも知れないが、面白いのはホタテの貝殻を器がわりに使うところだ。大きめのホタテの貝殻をダシを入れて味噌を溶いて火にかけ、さらに玉子を溶き入れてからホタテやカレイなど魚介、ネギを入れて煮込んだらできあがり。体が温まる上に具だくさんなため、昔は病人や風邪をひいたときの栄養食だったという。使う魚介は様々で、ここのはホタテのぶつ切りがゴロゴロと入っていて豪快だ。ほっこりとした甘みが熱が加わって際立ち、皿が貝殻のせいか貝の風味が増して感じる。ホタテの貝殻は使い込むほど貝から味が出るそうで、器代わりだけでなく味付けにも一役買っているようである。味噌とのからみもなかなかいいが、寒い地方だからか味噌は塩分が多めで、つゆだけ頂くと相当しょっぱい。おかげでのどが渇くから酒がすすみ、こんどは青森の西田酒造店の「田酒」を追加。「田んぼの恵みを磨いた酒」と注釈があるだけに、米の旨みが引き出された酒で、薄緑色でまろやかに甘く、後口がすっとすっきり心地よい。

 辛目の味噌のおかげでかなり「田酒」が進んでしまったので、後はナメタガレイの煮つけでおにぎりを頂いて締めくくりとなった。宿へ向かって商店街を歩きながら、昼間に見た立ちねぷたの大きさを思い出してみる。祭のシーズンには間に合わなかったが、地酒が進む熱々の貝焼き味噌に出会えたのは、9月というのに夜はもう肌寒いこの土地の旅ならでは。そのせいで酔いが回ったからか、頭に浮かんだねぷたの姿は、狭い通りの正面に山のごとく立ちはだかる大迫力…。(2004年9月26日食記)