ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

【被災地激励投稿】ローカル魚アーカイブス…新たなブランド魚として売り出し中 茨城・日立の口福アンコウ

2011年04月30日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん

 

 茨城県北の漁業の町、日立市にて催された、地元の魚介の「地産地消」をテーマにした視察に参加した。県内屈指の沖合底曳き網漁の拠点である、久慈漁港の魚市場を歩いていると、ヒラメやカレイ、ミズダコなど大小様々、色とりどりの魚介が並んでおり、とても賑やかである。

 そんな中、箱の中で白い腹を上にしてドテッ、と寝っ転がった魚を発見。この季節の茨城を代表する地魚といえば、何といってもアンコウだ。茨城のアンコウといえば福島との県境に近い平潟や、水戸に近い大洗が有名である。そんな中、日立市のアンコウの水揚げが、茨城県内の3割を占めるのは意外に知られていない。

 漁師によると、「昔は20キロを越える大物がとれたけど、今はすっかり小柄になっちゃったね」。箱に入っている重さを示した紙には、小さいのが1・2キロ、大きいのが6・5キロと書かれていた。いい値がつくのは5~8キロぐらい、10キロを超えると歩留まりが悪く、かえって値が下がるそうである。箱を覗き込むとほら、とぶらりと持ち上げてくれ、大口をあけたユニークな顔がこっちを向いた。

 

 アンコウとにらめっこしていると水揚げ作業が佳境に入ってきたようで、じゃまにならないようにこのあたりで視察は終了。日立駅前のホテルに入ってひと息ついたら、ちょうど懇親会の時間となった。この日眺めた様々な底曳き網の魚介を頂きながら、視察のおさらいという訳だ。

 会場である『割烹まんぼう』は、地元で水揚げされた魚介の料理が自慢で、特に冬場のアンコウ料理に定評があるという。板長によるとこの日は、「久慈浜の海の幸彩々」と題して、アンコウのほかサクラダコ、ボタンエビ、ツブ貝やドンコなど、久慈浜で水揚げされる日立沖の地魚を味わうこととなった。

 先付けと酒菜には、さっそくアンコウを使った小鉢がふたつ並んだ。あんこう友酢は、アンコウの皮などの煮こごりに蒸した白身が添えられ、肝と味噌を練って酢を加えたものにつけて頂く。白身から頂くと淡白な中、身の甘みがぐっとひき立つ。味噌は甘めで田楽味噌風。身は瑞々しく、ホロリとした食感が心地良い。

 一方、煮こごりのほうは口に入れるとジワッ、と、ゼリーの旨みが溶けていく。部位によって味が違い、味噌がうまくまとめているよう。「アラの煮こごり」なので、身よりも味が深い。蒸したアンキモにはポン酢が添えられ、チーズのように芳醇な味わい。早くもビールから地酒「まんぼう」に、手が出てしまう。

 

 

彩り鮮やかな先付け。あんこう友酢は酒の肴にぴったり

 

 そして料理に使われているのはもちろん、日立沖でとれ久慈浜漁港に水揚げされるアンコウだ。地元では、「口福あんこう」と称し、漁師と流通業者、旅館、飲食店、商工会議所などで2004年に組織された、「口福あんこうを広める会」でPR活動を展開している。同席した案内人の方によると、「アンコウは北海道から九州まで各地でとれるけど、やはり茨城沖、日立のが一番」と、胸を張る。

 アンコウは近頃、高級魚の扱いとなり、上物には結構な高値がつくようになった。茨城でも最近は、ほかの地域のもののほか、韓国など外国ものが安く流通しているが、身がやせていたりキモが小さかったりと、問題があるものも少なくない。「茨城のアンコウ」のイメージにも少なからず悪影響を与えているのだという。

 そこで県産のアンコウを普及させるために、「茨城アンコウ」のブランド化を推進。茨城沖でとれた2キロ以上のアンコウの下あごに、生産者や漁協名、水揚げ年月日を記したタグをつけることになった。タグといえば、ブランド魚の代表格である関サバや関アジが思い浮かび、効果がありそうに思える。

 

 もっともこのタグ作戦、アンコウならではの難点も多いそうである。例えばアンコウは仲買を通して流通するため、築地に並ぶのは早くて水揚げ3日後。タグに入れた日付が、かえってマイナスイメージになることも考えられるという。

 またアンコウはほとんどの場合、解体されて流通するため、せっかくつけたタグが外されてしまい、消費者の目に触れづらい。加えて上物は料理屋が漁師から直接買いつけることが多く、実際には東京の市場へはタグつきはあまり出回らないそうである。将来的には漁師や漁協が、直接販売することも検討されるなど、まだまだ改良の余地はありそうだ。

 と、茨城アンコウの将来の話が盛り上がったが、日立の地魚料理、そして口福アンコウの料理のほうは、まだまだ序盤戦だ。続くつくりの鮟鱇昆布〆めは何と、アンコウの白身のつくり。前日から仕込んであるから、白身に昆布の旨みが生きている、と板長ご自慢の一品で、透き通るような澄んだ味わいは、個性的な外見から想像できない品の良さである。

 

 

左は淡白なアンコウの造り。右は久慈漁港の主要漁獲・ボタンエビの踊り食い

 

 つくりで食べられるほどの鮮度のよさは、「茨城アンコウ」の自主管理基準のおかげでもある。特に鮮度保持に関しては気を遣っており、中でも漁獲後すぐ、船上で胃の内容物を除去することがポイント、と、同席する久慈漁港の底曳き網漁師が話す。他の漁師は胃の中を水で流すだけだが、うちはブラシを使ってしっかり洗う、という。胃を洗うためには上手に締めなければならないが、簡単に締める「企業秘密」があるとかで、それが分かるまではかみつかれたりもしたよ、と笑っている。

 板長の腕が冴え渡る創作地魚料理が数品続き、いよいよ本日の主役、アンコウ鍋の出番だ。大皿の上には、白菜、エノキ、春菊などの野菜とともに、正身、キモ、皮など、「アンコウの七つ道具」がどっさり盛ってある。中には黒っぽくヌメッとしていたり、とげのようなのが飛び出していたりと、食べるのに少々勇気がいりそうな部分も。

 アンコウ鍋はアンコウに商品価値がなかった時代、漁師が船の上で食べたまかない食「どぶ汁」がルーツで、汁を煮詰めるためかなり濃厚な味わいだった。現在では味噌とあぶった肝をダシ汁で伸ばし、たっぷりの野菜と一緒に煮込むスタイルで、漁師料理よりいく分上品になったようだ。

 

 地元の人の教えに従い、汁を沸騰させてまずアンコウを全部鍋へ入れ、ある程度煮込んでダシが出たところで野菜を追加。最後にアンキモを軽く煮たら食べ頃だ。白身は究極に淡白でホクホク、皮はゼラチン質がトロリ。中骨についた肉はシコシコと瑞々しく、キモはコクがありレバーのパテか濃厚なチーズのよう。部位によって様々な味が楽しめ、どんどん箸が延びていく。

 鍋の需要が高いように、アンコウの旬はやはり冬。寒さに備えてキモが大きくなり脂がのるため、味の方もなかなかのものである。アンコウは底曳き網漁が禁漁の7~8月を除き、通年漁獲されるが、冬以外にあまり漁獲しないのは味が落ちるからではなく、値が安いのが主な理由。とれても出荷せず冷凍して、値が上がる冬まで取り置くのだとか。

最近では冬以外のアンコウも評価が上がり、日立では、「フルシーズン食べられるアンコウの町」としてPRする案もあるという。中でもおすすめは春アンコウ。脂が少なく爽やかな味わいが女性向けで、安い分、同じ値段で料理に3倍使えるから、多彩な料理が手頃な値段で味わえるという。

  


味噌仕立てのアンコウ鍋。味がしっかりしみてうまい

板長による春アンコウの料理は、サラダや塩焼き、唐揚げ、キモステーキなど、鍋とはまた違った洗練された料理ばかり。鍋を平らげたばかりで「あんこう腹」なのにも関わらず、早くも春の再訪の気持ちが膨らんでくるのだった。(2005年11月下旬食記)


【被災地激励投稿】ローカル魚アーカイブス…日立・久慈浜の底引き網の漁獲と、会瀬の朝市

2011年04月23日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん

会瀬漁港の朝市。この日はイナダが豊漁

 

 上野から特急「スーパーひたち」で、わずか2時間。大甕駅は、茨城県日立市の南の玄関口にあたる。駅からクルマで移動すると、すぐ右手には日立製作所大甕工場の巨大な建物。そして左手には、穏やかな太平洋が広がっている。

 日立市は日立製作所の企業城下町として栄えただけに、「工業の町」のイメージが強い。一方で太平洋に面し、アンコウをはじめヒラメやタコなど、漁業の盛んな町でもある。地元では「地産地消」の一環として、地元水揚げの魚介の地元消費を推進しており、そのPRを目的とした現地視察に招待頂くこととなった。

 駅を後にまず立ち寄ったのは、直売所の日立おさかなセンター。ここで扱う魚介は、直近の久慈漁港から直送しており、館内は鮮魚店に卸売業者のほか、地元の漁師が経営する店もある。

組合長が経営する、住吉丸漁業直販店を訪れてみると、電灯に照らされてピカピカと輝く新鮮な魚が、店頭からあふれんばかり。自らの船でとった魚が中心で、地元で「赤次」と呼ばれる真っ赤で小型のキチジ、ツブ貝やボタンエビなど、ほとんどの魚介の品札に「地物」と書かれている。

 店頭をざっとみてみると、時節柄かヒラメやカレイが並ぶのが目につく。ヒラメは茨城県の魚で「本ヒラメ」と表示。カレイは高級魚であるヤナギガレイのほか、「沖ヤナギ」というのがあり、品札には地元の呼称「ヒレグロ」と記されている。店のお姉さんによると、久慈のほか県北の平潟でも漁獲され、「普通のヤナギガレイより沖でとれるの。値段もヤナギより安いからお得だよ」。

そしてその並びには、大柄のタコと小柄のが、ダラリと広がって休憩している。お姉さんによると、大きいのは水ダコ。小さくて白っぽい方がヤナギダコ、とのこと。ミズダコは過去30年の間、日立市が県内で水揚げトップである。「日立市の魚」に制定され、地元では「サクラダコ」との愛称がつけられているとか。

 

  

日立おさかなセンターにて。住吉丸の店頭には赤次、メヒカリなど常磐沖の底魚が並ぶ

 

 ところで全国的に見て、茨城県はどのぐらい漁業が盛んなのだろうか。漁業生産量は北海道と長崎に並び、全国で3本の指に入るという。茨城県沖は暖流の黒潮と、寒流の親潮が交わる海域のため、棲息する魚介は種類豊富。そのため日立市沿岸の5つの漁協では、いずれも漁法や漁獲する魚種が異なる。

中でも、日立おさかなセンターで扱う魚介を扱う久慈浜漁協は、県内屈指の沖合底曳き網漁の拠点で、5つの漁協の中でも随一の水揚量を誇る。漁港に到着すると、底曳き網船が着岸してまさに水揚げを始めるところ。魚倉から水色のバケツをつり上げ、岸壁に下ろしては台車にのせて、ダーッと運び、と忙しそうに往復している。

 底曳き網漁とは、袋状の網を船尾から海中に流して、海底近くを曳き回して獲物を漁獲する漁法を指す。主な狙いは底魚で、「常磐もの」と評価の高いヒラメやカレイ、アンコウやミズダコなど。とれる魚種は、網を曳く深さによって変わるという。

この久慈漁港は深さ250~300メートルを曳く、沖合の底曳き網漁を行っている。主な漁獲は、県内の水揚げの3割を占めるアンコウをはじめ、ここだけで水揚げされるボタンエビやキンキ、ヤナギガレイ、ツブ貝、ミズダコなど。さらにズワイガニや毛ガニも底曳き網漁の主要な漁獲だ。

 

 

底引き網漁が中心の久慈浜漁協

 

忙しい水揚げの合間に手を休めていた漁師によると、底曳き網の船は16時過ぎのこれからが、帰港のピークとのこと。着いた順に漁獲を水揚げして、競りにかけられていくという。競りは18時頃には終わり、20時頃からは水戸や築地へ向けて出荷される。だから水揚げされた日の夜半には、これら都市の卸売市場に入るため、鮮度の良さは折り紙つき。「常磐もの」の評価が高い由縁である。

水揚げ後、隣接した魚市場へと運ばれた魚介は、コンクリートのたたきにドサッ、と山積みにされたり、バッとぶちまけたりと、扱いが少々荒っぽい。パンパンにふくらんだ太いドンコや、スミだらけのイカ、大きな樽入りのツブ貝、さらに15キロもの巨大ミズダコも、のっぺりと広げられている。

さらに奥の方で、ボタンエビが入った箱を見つけた。覗いていると通りがかった漁師が、食ってみな、と、ビクビク動いているのを1匹、よこしてくれた。教えられた通りに頭をひねり、ミソをすすると激甘! たっぷりの卵をすすり、殻をむいてシャクシャク、トロリと頂く。醤油は不要で、海水の塩味がピッタリの味つけだ。

 

 

水揚げされたばかりのボタンエビ。アンコウはやや小振りだが立派な「常磐もの」

 

  その晩は、アンコウをはじめとする日立の地魚料理を、存分に堪能した。いい魚を食べ、うまい酒を楽しめば、翌朝の目覚めも心地良い。

早起きして向かったのは、日立駅からクルマで10分ほどのところにある会瀬漁港である。魚市場の脇でクルマを降りると、隣接した広場に行列が延びているのが目に入る。案内人によると、9時から行われる朝市の始まりを待つ列とのこと。

会瀬漁協は日立市の漁協の中で唯一、定置網漁を行っている。「底魚」が中心の、久慈漁港の底曳き網漁と違い、定置網漁の狙いは回遊魚だ。組合長に、季節ごとにとれる魚を尋ねたところ、「主にとれるのは、アジやサバ。春先はマダイやチダイ、7月からのメジマグロ、晩秋のブリなどが値が高いですね」。この季節は、ブリの成長前のイナダがよくとれるという。

ややすると漁船が戻ってきたらしく、魚市場の周辺に人が集まってきた。まず水揚げされたのが、大きなメジマグロ。体長2メートルぐらいはあり、ひきずられるようにして船倉から運ばれる様子は、なかなかの迫力だ。今日の水揚げは期待がもてそうだと思ったら、今日は不漁ですね、と苦笑する組合長。ほとんどが小柄のイナダやサバで、朝市に並ぶ列の分、足りるかどうかつい心配してしまう。

 

  

会瀬漁港の水揚げ風景。定置網漁のため水揚げされる魚種は様々

 

 その会瀬漁港の朝市、すでに、数十メートルの行列ができている。定置網から水揚げされた魚介を販売しており、日によっては、開場後わずか3040分で完売。漁獲が少ないときは、「ひとり○匹まで」と、購入制限が出るほどの、人気ぶりだ。

水揚げが終了後、魚が入った大きなコンテナが、フォークリフトで次々と、テントに運ばれていく。中を覗くと不漁とはいえ、イシダイにイナダ、ゴマサバなど、結構な量に見える。

白黒の縞模様のイシダイは「みそ漬けにするとうまいよ」と、おばちゃん、隣ではおじさんが、水揚げされた量を考慮しながら黙々と値をつけ、値段を書いた紙が張り出されたらいよいよ売り出し開始だ。丸のままの魚が2匹、3匹と、ビニール袋へ入れられ、行列の順に整然と売られていく。

 そんな中でお客が殺到、想定外の品に売り手も大忙しな一画がある。この日の目玉商品、メジマグロの売り場だ。普段でもあまり揚がることがなく、まして朝市で売られることは滅多にないそうで、「今日のお客は運がいいな」とおじさん。解体された赤身は何と、ひとさく1000円弱と破格! またたく間に売り切れ寸前の赤身の横では、カマも店頭に出され、こちらも飛ぶような売れ行きだ。

 
この日の目玉商品・メジマグロのさく(左)。朝食代わりには浜鍋が

   盛況の売り場の脇で、大鍋でグツグツとうまそうに煮えている鍋を発見した。おばちゃんに聞くと、「朝市名物の浜汁だよ」。ニンジン、ゴボウ、ネギ、白菜など、たっぷりの野菜とぶつ切りのイナダが、ゴロゴロ入っている。野菜はホクホク、イナダはアラが多いが、脂がびっしりでなかなかうまい。野趣あふれる漁師料理風の汁が、日立の地魚に触れる旅の締めくくりに似つかわしい。(2005年11月下旬食記)


廣翔記のフカヒレ姿煮@中華街

2011年04月22日 | 町で見つけた食メモ
このところ食関連の集まりや取材旅行が続き、少々予算がショート気味。加えて宮島でやってしまった足首がイマイチで、今週末はおとなしく自宅待機状態とした。締切の過ぎた原稿もやっていないし。

 そんな夕方、共同購入チケットで手配したフカヒレの「廣翔記」の期限が今日明日なのに気付き、クルマで関内へ。フカヒレの姿煮をはじめ、伊勢エビのウーロン茶煮、黒酢の酢豚など、割引でコースを堪能してきた。フカヒレは震災の影響で、日本一の産地である気仙沼での生産が、以前の1割程度となってしまった。この店のフカヒレも気仙沼産のヨシキリザメを使っており、細い繊維が濃厚な海鮮スープによくからむ。

 コラーゲンやコンドロイチンが豊富だから、足のケアに好影響が出るといいけれど、根本的問題は食べ過ぎによる体重増かも?

【被災地激励投稿】ローカル魚アーカイブス…相馬・松川浦の地魚、ドンコは、見た目はユニーク、味は上品

2011年04月17日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん

 相馬駅に到着してバス乗り場へ向かうと、松川浦へ向かうバスの発車まで1時間はある。すでにあたりは薄暗く、仕方なくこの日泊まる『旅館いさみや』へ遅くなる旨を電話で告げると、親父さんがクルマで迎えに来てくれることに。車中で、松川浦ではこの季節、どんな魚がおいしいのか尋ねたところ、「今の時期は何でもうまい。カレイはナメタにマコ、スズキや鯛もとれるしホッキ、シャコえびも。アンコウは旬だし…」。宿へ向かう道中、魚談義は延々と続いた。
 福島と宮城の県境近くに位置する相馬市・松川浦は、周囲30キロ弱の潟湖で、湖に隣接する原釜漁港は、県内随一の漁獲量を誇ることで名高い。ここは金華山沖の好漁場を控えているため、沖合底引網を中心とした沖合漁業をはじめ、船曳網漁業や刺網漁にかご漁業といった沿岸漁業、さらに松川浦での海苔養殖など漁業形態はかなり幅広い。だから親父さんの話の通り、水揚げされる魚種も多種多彩だ。6~12月のホッキ貝、9~10月のサンマとサケ、冬場のタラにカレイ、アンコウといったところが主要な漁獲だが、「網に掛かったら放るほど、天然物がたくさんいる」というカキや、日本有数の水揚げ量を誇り、何と本場の北陸にも送られて「越前ガニ」として売られているズワイガニなど、豊かで興味深い魚介の数々に驚くばかりである。

 
いさみやの料理は地魚盛りだくさん。右はユニークな魚体のドンコ

 そんな中、親父さんにあえておすすめの地魚を挙げてもらったら、返ってきた答えは「ドンコ」。水深100~300メートルの、深海の岩礁域に生息する30センチぐらいの魚で、主に底引網で漁獲されるという。飛び出た目に大きな口と少々不細工だが、上品な白身と濃厚なキモがとても旨く、鍋物や煮付けで頂くと最高、しかも安いと親父さん。鮮度落ちが早いためほとんど地元で消費される魚だから、まさにこの土地でしか食べられない味なのだろう。
 松川浦の潟湖に面した「いさみや」での夕食にも、こうした地魚料理を期待したところ、卓についてまず目に入ってきたのは毛ガニ。これはさすがに北海道のものでは、と思いきや、驚いたことに松川浦沖での底引網漁の主な漁獲という。今朝とれたのを、生きたまま塩だけでゆでました、との仲居さんの話を聞きつつ、ほぐした身を甲羅に入れてたっぷりの味噌と一緒に食べると、これがなかなか。身のツルリとした食感の後から、味噌の味がこってりと、淡白な身の味わいを引き立てる。
 ほかにも甘味が強いタコの頭のボイル、程良く脂がのった鯛に厚くシコシコした歯ごたえのホッキ貝といった造り、また松川浦特産の、磯の香りが香ばしい青海苔の天ぷらなど、多彩な地魚料理はさすが、どれも味が深い。そして仲居さんも、「ここまで食べに来る価値がある味です」と話すドンコの煮付けに箸をつけ、たっぷりついた白身をひと口。
 やや粘りがある舌触りが独特だが、味の方は見た目の奇抜さからは思いもよらず上品だ。
かなりあっさりしているから、煮汁をよくからめて頂く。一方、クリーム色をしたキモは対照的に、例えれば鳥のレバーのような滋味あふれる濃厚な味わい。毛ガニ同様、身と一緒にキモとほろ苦いワタも頂くと、豊かな風味がさらに広がり何ともいえずいい。身とキモを平らげ、尾の身やくちびる、頬、頭の身もつまんだらこちらは味がしっかりしていて、気が付くと中骨と頭の残骸以外、すべて食べてしまっていた。  

 
松川浦の湖口にある原釜漁港。鮮魚のセリはかなり大規模でにぎわう

  ドンコや今夜食べた魚は、朝7時頃漁港に行けば水揚げを見られる、と親父さんに聞き、翌朝は早起きして宿の自転車を借りて、原釜漁港を目指した。潟湖と海がつながるところに架かる、松川浦大橋のたもとにある漁港に着くと、場内はすでにたくさんの人と魚でごった返している。ひっきりなしに接岸する漁船から、水揚げされた魚を大樽で運ぶ人、それをセリ場の片隅で仕分けする人、真剣な目で買い付ける人など、早朝なのに大変な賑わいだ。女性の姿が目立ち、みんな薄化粧をしているよう。市場で働く女性のきりっとした表情は、とても清々しい。
 水揚げの手を休めたおばちゃんによると、中型船は主に刺網漁の漁船で、漁場は比較的近く毎日15時頃に出漁して沖に網を仕掛け、夕方から夜中にかけて網を上げに行くという。一方、大型船は主に底引網漁の漁船で、漁場はやや遠くズワイガニや毛ガニ、アンコウ、カレイ、ヒラメ、タラが主な獲物だそう。今が旬の魚を尋ねたらいさみやの親父さん同様、「何でもとれるよ。カレイ、ヒラメ、スズキ、タコ…」。中でも、おばちゃんおすすめのイシガレイとマコガレイは、11月下旬から1月にかけて、産卵のために卵が大きくなりおいしくなるとのこと。相馬では、年越しにカレイの煮付けを食べる風習があり、まさに年の瀬を感じさせる魚か。  

 
 

左上から時計回りにミズダコ、ズワイガニ、ドンコ、アンコウ。すべて冬が旬の地魚

 この原釜漁港の大きな特徴は、「常磐もの」と呼ばれる活魚の出荷割合が高いことである。漁港に隣接した積込所からは、トラックが夜のうちに出発し、築地や名古屋には早朝に届くため、鮮度の良さは文句無し。それだけに活魚のセリ場は充実していて、天井から空気ポンプの管がつながった、風呂桶のように大きな水槽がずらりと並び圧巻だ。あふれた水で一面水浸しの場内に一歩入ると、靴が中までびしょぬれになってしまった。そんな中で奮闘するおぱちゃんによると、活魚は主にセリで取引され、今はアンコウが特に高値とか。底引網が盛んな松川浦では、アンコウは夏場を除いて通年漁獲されるため、漁獲量も全国でトップクラスという。

 宿で自転車のほか長靴も借りれば良かったな、と思いつつ、今度は鮮魚のセリ場へと移動。手鈎で箱を引っ張る人や魚を運ぶ台車が忙しそうに往来しており、追い回されながら進むと、広い場内一面にずらりと並ぶスチロールの箱が目に入ってきた。中は大小のカレイやタラといった旬の魚が多く、ほかにもサバやイカ、スズキ、アンコウなど、箱ごとに魚種や数は様々。ちょうどこの日に解禁になったズワイガニも、小振りだが篭に詰められて並んでいる。さすが、沿岸漁業では日本有数の水揚げを誇る漁港だけある。
 大樽いっぱいに入ったドンコを眺めていると、潟湖付近の近海で延縄で釣ったヤツだから、漁場が遠い底引網でとったのより鮮度がいいよ、と下見中の仲買人が声をかけてきた。ちなみに鮮魚は活魚と違って入札が中心なので、仲買人が下見した後に金額を書いた緑や黄色の紙を、魚が入った箱に置いていく仕組みとか。

 
場内がさらに活気を帯びてきたので、邪魔にならぬようそろそろ退散。宿へ戻る途中、原釜漁港で水揚げされた魚を販売する「水産直売センター」に立ち寄ると、「相馬産」と表示されたタコにカレイ、キチジ、イシモチなど、ここにも地魚がずらり。毛ガニや、今日解禁のズワイガニもすでに並んでいる。店頭に掲げた「たま子ちゃん」と染め抜かれた暖簾につい、足を止めたら、この『松本魚店』でつかまってしまった。
 「味見てってごらん」と、どんどん差し出されるタコにツブ、筋子などを食べつつ、勧められる品々に生返事をしているとさっさと箱詰めされ、「はい2500円」。つい苦笑したが、ツブにイシモチ、甘エビなど、かなりおまけしてもらった様子だ。盛りだくさんの箱の中身はそのまま、松川浦の豊饒な漁獲を物語っているようだった。
  (2003年12月中旬食記) 
 

 
常磐ものを揃える活魚のセリ。右は松本魚店の店頭