ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

町で見つけたオモシロごはん82…横浜・大船 『ちゃんこだるまや』の、釣り名人おすすめの刺身盛り合わせ

2007年03月03日 | ◆町で見つけたオモシロごはん
 「旅で出会ったローカルごはん」の本の刊行に際して、いろいろな方にお力添えをいただいた。本のテーマと関係してか、味にはそれぞれこだわりを持つ方ばかり。表紙や扉の写真をお願いしたカメラマンの管さんは、焼酎に関しては一家言お持ちだし、装丁のデザイナーは事務所のある神楽坂界隈に精通しているとか。だから打ち合わせの際には希少な島焼酎を試飲させてもらったり、近所の小粋な店でごちそうになったりと、ローカルごはんの著者である私とは立場が逆転しっぱなしだ。まあ、旅先では精力的に食べ歩くものの、普段は大した食生活を送っていないから、ありがたくご好意に甘えて鯨飲飽食… もとい、いい機会とばかり取材と情報収集に励んでいるのだが。

 そしてもうひとりが、私の執筆した原稿の内容を、現地に確認作業をしてもらうという、重要な役割をお願いした方。事情があり遅くなってしまったのだが、ようやく本の刊行お疲れ様、ということで食事をすることになった。場所は大船。鎌倉の手前というか、湘南の玄関口というか、いささか中途半端な場所のように思えるかもしれないけれど、実はこの町、地元横浜では知る人ぞ知る「飲み屋の町」。戦後すぐに周辺に多くの工場が立地、昭和30年代になると東京通勤圏としてベッドタウンが形成されたため、労働者やサラリーマンが気軽に立ち寄れるような店が、駅周辺に軒を連ねることとなった。加えて大船といえば、かつては松竹の撮影所があった、「映画の町」としても知られる。撮影スタッフをはじめ、女優名優がごひいきにしたお店も、市街には数多い。駅の周辺には庶民的なムードの商店街が錯綜し、路地を入ると間口の狭い飲み屋街などが形成されるなど、ごちゃごちゃした雰囲気はどこか昭和レトロのムード。町自体がまるで、昨年の話題の映画「3丁目の夕日」の世界のワンシーンのようにも思えてしまう。

 2月も終わりというのに、冷え込みがきつく凍てつくような風が吹き付けるこの日、駅で待ち合わせた我々が向かったのは『ちゃんこだるまや』という店。打ち上げをやろうと誘いながらも、店選びを任せてしまう身勝手な? 著者のリクエストに応じて、先方が探してくれた店である。仲通商店街を歩いていくと、通りに面してぼんやり灯る行灯の看板を見つけた。入口の階段を登ると、まず目に入ってくるのがびっしりと飾られた力士の手形色紙。店名からして、相撲取りの常連も多いのかな、と思いつつ店内に入ると、今度は壁一面にびっしりと掲げられた手書きの品書き。こちらは逆に、店名の「ちゃんこ」以外にも刺身や天ぷら、焼き物といった魚料理も、かなり充実しているようである。すでに店内は大盛況で、サラリーマンのグループにカップル、女性グループと客層は様々。みんな見るからに地元客、常連といった雰囲気で、卓上狭しと料理の皿を並べて談笑に盛り上がり、かなり賑やかだ。こちらも座敷のちんまりした卓に、隣の客と寄り合うように落ち着いて、てんてこまいで接客しているお姉さんを大声で呼び止めてまずはビールで乾杯。本の編集の労を互いにねぎらいつつ、視線は壁面の品書きへと泳いでいく。

 品書きのいくつかには、赤い文字でおススメが記されていて、中には「活」「釣り魚」「名人釣りたて」などの文字が気になる。この店のご主人は、有名な釣り名人とのことで、釣りマニアにはよく知られた店という。料理にももちろん「名人」が釣り上げた獲物が食材になったものもあり、奥の厨房を眺めるとご本人らしい方が包丁を振るっている様子。となれば、もちろん魚料理を頼まない手はない、と、刺身盛り合わせを注文した。ほか、タコわさとか白子ポン酢といった小鉢でまずはしのぎ、あとで追加を… と思っていたところ、運ばれてきた刺身の大皿にビックリ! 全部挙げるとマグロ中落ちてんこもりに、厚さ1センチ弱はありそうなブリ(ハマチ?)と鯛のつくり、丸1匹分ありそうなイカ刺し、これまたたっぷり盛られたボイルのホタルイカ、さらに頭とワタをとって開いただけの小イワシが積もるほど、あともう1、2種あっただろうか。ちょっとした料亭なら、舟盛りにして3~4人前で5000円以上しそうなものを、何とわずか2000円弱という値段にもさらにビックリ、である。

 量もさることながら、味のほうももちろん、抜群の鮮度のよさ。マグロはフワリと柔らかで筋が全くなく、ブリは脂ののりがちょうどいい自然な甘み、そしてシコシコと歯ごたえが楽しめる鯛と、それぞれの持ち味が出ているのはさすが、名人の腕といった感じである。魚の旨さもあって話も次第に弾み、ついでに酒もすすんでしまい、再び大声でお姉さんをつかまえて「いいちこ」をボトルでオーダー。地魚らしいコクのある身の味の小イワシを丸ごと口に放り込み、ワタがコッテリしたホタルイカをつまんでは、お湯割をぐっとやれば、気分はまるで水揚げ港のある町の料理屋か。まさにローカルごはんの本の打ち上げにピッタリ、ボトルもかなりのハイペースで減っていく。

 引き続き、壁にいっぱい掲げられた品を攻めたいところだけれど、この分だと料理はこの刺身「大」盛り合わせと、最初に頼んだ品々で充分もちそうな雰囲気。この店で色々な一品料理をジャンジャン食べまくるには、屈強な胃袋の持ち主でなければ大変そうだ。鍋日和の冷え込みだったので、店の自慢である「だるまやちゃんこ鍋」も、締めに頼むつもりだったがちょっとお腹が厳しそうか。スープは塩ベースの具だくさんなちゃんこ鍋で、客席を見渡すと多くのお客が、卓上のコンロでグツグツやっている。「いいちこ」も空になってしまうほど飲んだことだし、今日のところはこれで締め、例によってありがたく先方のご馳走になって(困った著者だ)店を後にする。酔った勢いで気勢が上がり、出てくる話題は「ローカルごはん」の本第2弾を出そうか、新たな魚紀行を企画しようかなど、景気のいいこと。その時にはまた力を貸してもらうことをお願い、今日の「取材」の成果を生かして、この店も取り上げることにしよう。打ち上げはもちろん、今度こそここのちゃんこ。で、たまには私の支払いで… 。(2007年2月23日食記)