自分が住んでいる横浜は、中華料理屋のレベルが比較的高いような気がする。やはり、横浜中華街の影響が、少なからずあるのだろう。
自宅から中華街まで、クルマで20分ほどと近いため、普段は中華、と思い立ったら「本家」を目指すことがほとんどだ。そんな中、先日、家内と娘と3人で、横浜駅界隈で所用を済ませた後、早めの晩御飯をどうするか、という話になった際、「近所の方々の間で評判のお店が、近くの団地の1階にある」との話を思い出した。今日は息子が学校の林間合宿で不在と、フルメンバーでないので、家族のイベントである外食も構えず気軽に、自分の町内のお店に行ってみるか。
という訳で、みなとみらいも中華街も本牧も通りすぎて、自宅から歩けば10分弱のところにある、その『中華美香』へとやってきた。4階建ての団地棟が建ち並ぶうちの1棟の1階にあるちょっとした商店街の1軒で、日曜の16時過ぎなのに行ってみると、店頭で並んで待つ客がいる。噂にたがわぬ人気店だな、と思って列の後ろにつくと、前は何と、自宅の斜め向かいのお宅の皆さんだ。お子さんを抱っこしたご主人によると、「今日は、野球の試合を終えたチームが団体で入っているようですよ」。
店内を覗くと、野球のお父さんチームと、それを応援する家族の一行で、勝ったのか負けたのかは分からないが、座敷もテーブルも占拠してビール片手に大騒ぎの宴だ。応援団の家族連れがちょっと詰めてくれたので、ありがたく3人、席につくことができた。隣のテーブルは、さっきのご近所の家族の皆さんが、3世代勢ぞろいで食事会のよう。確かに中華街の店とは全然違う雰囲気、客層で、初めて来る店なのに、まるで常連のように居心地がいい。
中華街などの本格的な中華料理屋と、町の中華の店では、メニューの構造が大きく異なる。前者は数千円単位のコースや、取り分けて食べるのが前提の1000円オーバーの単品料理が中心で、後者は1000円を切る値段の麺や丼や定食の品数が多い、といった具合か。
それにしても、この店のメニューの品数豊富なことといったら。ざっと数えてその数60種、中華定番の麺・飯・定食のほか、カレー、カツ丼、エビフライなどもあるのは、子供連れの客を意識しているのだろう。一方で、鶏と銀杏の炒め物、豆腐とカニの甘煮といった、1000円オーバーの一品料理も充実。本格中華の店としての評判の高さも伺える。
座敷の壁面には、見事な竜の絵が描かれる
座敷に面した壁に描かれた大きな竜の絵を眺め、店で売っている、チャイナドレスを模した小物入れを手にとって物色したりしているうち、それぞれの料理が運ばれてきた。手のひらぐらいの大きさのカニ玉に、厚手でゴロンとしたコロッケ2つ。そして大振りのお玉からバカッ、と盛ったようなチャーハンと、どれも結構な量だ。
娘の定食につくカニ玉。これにご飯とスープ、大きなコロッケ2つつき
どちらも量が多いこともあって、遠慮なく頂いていると結構ビールが進んでしまう。つまり、全体的に味がちょっと濃い目で、「働く人のご飯って感じね」と家内が話すように、平日のお昼は周辺の事務所で働く人とか、幹線道路沿いなので営業のドライバーなどで賑わうという。夏一番の暑さの中、日中は汗をかいて動き回った後の空腹である今は、この量、この味付けがうれしい。
全部は食べきれないという娘の、カニ玉とコロッケをお裾分け頂きながらビールが空いたところで、飲んだ締め、というタイミングでサンマーメンが運ばれてきた。見るからにあっさりした醤油ベースのスープに、縮れた細麺、そして名の通り、具には甘辛く煮付けたサンマの甘露煮がドン、と… ではなく、刻んだ野菜のあんかけがトロリとかけ回してある。
この料理、漢字で書くともちろん「秋刀魚麺」ではなく「生碼麺」。「生」は鮮度のいい、「碼」は具の素材を意味し、モヤシやキャベツ、ニンジン、キクラゲといった野菜を、シャッキリ歯ごたえが残るぐらいに炒め、片栗粉でからめたあんが特徴の麺料理だ。スープはあっさりした醤油味か塩味、麺はあんがからみやすい細麺で、実は隠れた横浜の名物料理として、知る人ぞ知る麺なのである。
発祥は伊勢佐木町の老舗料理店や、中華街の名店とされ、料理屋のまかない料理だったとか、港湾で働く労働者向けに提供した料理とか、諸説ある。ちなみにサンマーメンは、主に多摩川から南、神奈川県内の中華料理屋で出されており、都内や隣県になると似た料理でも「もやしそば」「あんかけ麺」になるとか。確かに、見た目はタンメンや五目そばに近く、むしろ本当に「秋刀魚麺」にした方が、名物料理としてオリジナリティがあるかも、と余計なことを考えてしまう。
この店のサンマーメンは、定番のモヤシとキャベツに加え、彩り鮮やかなニンジン、ピーマン、ニラに豚肉入り。さっきまで食べていた料理が味が濃い目だったからか、スープはかなり薄味に感じる。そして、あんでからまった細麺をガバッ、といったところ「熱っ!」。あんでふたをされているため熱々、これはすするのに気をつけないと、火傷してしまいそうだ。
確かに野菜の歯ごたえと味はよく、モヤシのしゃっきり感、ニラのツンとした香り、キャベツの甘み、ピーマンの苦味が、あんのおかげで渾然一体となっている。シンプルな料理だが、野菜の旨みを引き出す味付けや火の加え方が見事で、これまた店の評判が理解できるうまさである。
サンマーメンは締めのつもりが、食べ終えるとカニ玉とコロッケがまだ残っており、こちらも手伝うとかなり満腹。自分のは野菜中心の軽い料理にしておいてよかった、と店を後にする。中華街の「本格中華」とはタイプが違うけれど、手軽に、安く、そしてしっかり食べたいときには、町の評判店の中華もいいかも知れない。
再訪の際には、今度は本格的な一品料理と紹興酒で、「本格中華」の実力を測ってみるのも面白そうだ。その一方で、中華料理屋のカツ丼やカレー、そして「八海山」も気になるのだが。(2008年7月20日食記)