ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

町で見つけたオモシロごはん119…横浜・杉田 『中華美香』の、サンマーメン

2008年07月26日 | ◆町で見つけたオモシロごはん



 自分が住んでいる横浜は、中華料理屋のレベルが比較的高いような気がする。やはり、横浜中華街の影響が、少なからずあるのだろう。
 市内で営業している中華料理店が、「本家」の味を意識して腕を磨くのはもちろん、近頃は中華街の店で修業の後に独立、中華街を離れて郊外で開業する料理人も多い。だから地元の商店街に中華街の有名店の支店があったり、住宅街のど真ん中にぽつんとある小さな中華料理屋が、近所の住人に評判がよかったり、と、地元の店もなかなか見逃せないところがある。

 自宅から中華街まで、クルマで20分ほどと近いため、普段は中華、と思い立ったら「本家」を目指すことがほとんどだ。そんな中、先日、家内と娘と3人で、横浜駅界隈で所用を済ませた後、早めの晩御飯をどうするか、という話になった際、「近所の方々の間で評判のお店が、近くの団地の1階にある」との話を思い出した。今日は息子が学校の林間合宿で不在と、フルメンバーでないので、家族のイベントである外食も構えず気軽に、自分の町内のお店に行ってみるか。
 という訳で、みなとみらいも中華街も本牧も通りすぎて、自宅から歩けば10分弱のところにある、その『中華美香』へとやってきた。4階建ての団地棟が建ち並ぶうちの1棟の1階にあるちょっとした商店街の1軒で、日曜の16時過ぎなのに行ってみると、店頭で並んで待つ客がいる。噂にたがわぬ人気店だな、と思って列の後ろにつくと、前は何と、自宅の斜め向かいのお宅の皆さんだ。お子さんを抱っこしたご主人によると、「今日は、野球の試合を終えたチームが団体で入っているようですよ」。

 店内を覗くと、野球のお父さんチームと、それを応援する家族の一行で、勝ったのか負けたのかは分からないが、座敷もテーブルも占拠してビール片手に大騒ぎの宴だ。応援団の家族連れがちょっと詰めてくれたので、ありがたく3人、席につくことができた。隣のテーブルは、さっきのご近所の家族の皆さんが、3世代勢ぞろいで食事会のよう。確かに中華街の店とは全然違う雰囲気、客層で、初めて来る店なのに、まるで常連のように居心地がいい。
 中華街などの本格的な中華料理屋と、町の中華の店では、メニューの構造が大きく異なる。前者は数千円単位のコースや、取り分けて食べるのが前提の1000円オーバーの単品料理が中心で、後者は1000円を切る値段の麺や丼や定食の品数が多い、といった具合か。
 それにしても、この店のメニューの品数豊富なことといったら。ざっと数えてその数60種、中華定番の麺・飯・定食のほか、カレー、カツ丼、エビフライなどもあるのは、子供連れの客を意識しているのだろう。一方で、鶏と銀杏の炒め物、豆腐とカニの甘煮といった、1000円オーバーの一品料理も充実。本格中華の店としての評判の高さも伺える。



座敷の壁面には、見事な竜の絵が描かれる


 家内はシンプルにチャーハン、娘はカニ玉にコロッケがついた、いかにも子供好みの定食に決め、自分は迷った上、いちど食べてみたかった「サンマーメン」を頼んでみることに。あわせて中生も頼んだが、この店、料理の品数に加えて酒も品揃えが充実していて、壁には「八海山」「高清水」「久保田」との短冊が貼られているのも気になる。日本酒の銘酒で昼酒も惹かれるが、肴がチンジャオロースやエビチリ、というのはどんなもんだろうか。
 座敷に面した壁に描かれた大きな竜の絵を眺め、店で売っている、チャイナドレスを模した小物入れを手にとって物色したりしているうち、それぞれの料理が運ばれてきた。手のひらぐらいの大きさのカニ玉に、厚手でゴロンとしたコロッケ2つ。そして大振りのお玉からバカッ、と盛ったようなチャーハンと、どれも結構な量だ。



娘の定食につくカニ玉。これにご飯とスープ、大きなコロッケ2つつき


 自分のだけちょっと時間がかかっているようなので、それぞれを味見させてもらうと、チャーハンは飯粒がパラリ、ダシの味がくっきり効いていて、これはモリモリと食欲をそそる味。カニ玉はあんの酸味と甘みのバランスがよく、何より表面はふっくら、中はトロリとした火の加え加減が絶妙。
 どちらも量が多いこともあって、遠慮なく頂いていると結構ビールが進んでしまう。つまり、全体的に味がちょっと濃い目で、「働く人のご飯って感じね」と家内が話すように、平日のお昼は周辺の事務所で働く人とか、幹線道路沿いなので営業のドライバーなどで賑わうという。夏一番の暑さの中、日中は汗をかいて動き回った後の空腹である今は、この量、この味付けがうれしい。

 全部は食べきれないという娘の、カニ玉とコロッケをお裾分け頂きながらビールが空いたところで、飲んだ締め、というタイミングでサンマーメンが運ばれてきた。見るからにあっさりした醤油ベースのスープに、縮れた細麺、そして名の通り、具には甘辛く煮付けたサンマの甘露煮がドン、と… ではなく、刻んだ野菜のあんかけがトロリとかけ回してある。
 この料理、漢字で書くともちろん「秋刀魚麺」ではなく「生碼麺」。「生」は鮮度のいい、「碼」は具の素材を意味し、モヤシやキャベツ、ニンジン、キクラゲといった野菜を、シャッキリ歯ごたえが残るぐらいに炒め、片栗粉でからめたあんが特徴の麺料理だ。スープはあっさりした醤油味か塩味、麺はあんがからみやすい細麺で、実は隠れた横浜の名物料理として、知る人ぞ知る麺なのである。
 発祥は伊勢佐木町の老舗料理店や、中華街の名店とされ、料理屋のまかない料理だったとか、港湾で働く労働者向けに提供した料理とか、諸説ある。ちなみにサンマーメンは、主に多摩川から南、神奈川県内の中華料理屋で出されており、都内や隣県になると似た料理でも「もやしそば」「あんかけ麺」になるとか。確かに、見た目はタンメンや五目そばに近く、むしろ本当に「秋刀魚麺」にした方が、名物料理としてオリジナリティがあるかも、と余計なことを考えてしまう。

 この店のサンマーメンは、定番のモヤシとキャベツに加え、彩り鮮やかなニンジン、ピーマン、ニラに豚肉入り。さっきまで食べていた料理が味が濃い目だったからか、スープはかなり薄味に感じる。そして、あんでからまった細麺をガバッ、といったところ「熱っ!」。あんでふたをされているため熱々、これはすするのに気をつけないと、火傷してしまいそうだ。
 確かに野菜の歯ごたえと味はよく、モヤシのしゃっきり感、ニラのツンとした香り、キャベツの甘み、ピーマンの苦味が、あんのおかげで渾然一体となっている。シンプルな料理だが、野菜の旨みを引き出す味付けや火の加え方が見事で、これまた店の評判が理解できるうまさである。

 サンマーメンは締めのつもりが、食べ終えるとカニ玉とコロッケがまだ残っており、こちらも手伝うとかなり満腹。自分のは野菜中心の軽い料理にしておいてよかった、と店を後にする。中華街の「本格中華」とはタイプが違うけれど、手軽に、安く、そしてしっかり食べたいときには、町の評判店の中華もいいかも知れない。
 再訪の際には、今度は本格的な一品料理と紹興酒で、「本格中華」の実力を測ってみるのも面白そうだ。その一方で、中華料理屋のカツ丼やカレー、そして「八海山」も気になるのだが。(2008年7月20日食記)


旅で出会ったローカルごはん100…新潟・石打 『ほんや旅館』の、自家製の米と野菜の夕ごはん

2008年07月20日 | ◆旅で出会ったローカルごはん

ようやく梅雨が明け、連日の真夏日。今夜も明日の晩も、熱帯夜になること必至なので、今週末のネタは涼しげに、スキーシーズンへと逆戻り。2月に前編を書き終えたっきり、そのまんまになっていた、家族で石打スキー場へ行った際の後編をここらで綴り、読んで涼しさを感じていただきましょうか-。




 家族でやってきた、石打丸山スキー場での
15年ぶりのスキーは、1日目はごく基本の反復練習で終了した。斜度のほとんどない初級者用ゲレンデで、とりあえず立って、進んで、止まって、と、最低限まわりに迷惑がかからない程度の動きは、思い出せたようだ。「自転車は一度乗れるようになれば、しばらく乗らなくても忘れない。スキーも同じようなもの」と誰か言っていたが、ゆるゆるとゲレンデを惰性で滑り落ちながら、確かに昔やってたときもこんなもんだったかな、という気はしてきた。
 もっとも、思い出したところでこの程度。自転車で言えば「何とか転ばず前に進む」ぐらいで、本格的な技術向上は明日以降のレッスンからだ。体力の回復は、悲しいかな15年前のように早くないだろうから、今夜はしっかり食べて、きっちり休んで、疲れをとらなければ。

 ゲレンデから送迎バスで、宿泊先である石打駅前の『ほんや旅館』へと戻り、靴のバックルをはずしたら思わず「は~っ」と声が出てしまう。ウェアを脱いで暖かい部屋へ入ると、リラックスしたとたん、節々や筋肉など体のあちこちが痛いこと。熱めの風呂でしっかりもみほぐし、翌日に残らないようにケアしたら、いざ、うまいものを食べて栄養補給、といきたいところだ。
 ところでスキー旅行の食事といえば、あまり期待できない、というのが定説のようだ。ゲレンデのレストランの、1000円オーバーの具無しレトルトカレーとか、夕方の早いうちから卓に並べられ、乾ききったスキー宿の夕食とか。やや誇張して言われるところもあるけれど、普通の旅行に比べれば「スポーツ合宿」的なカラーもある分、食事は質素でやむなし、とのイメージがあるのかもしれない。

 ツアーの案内人によると、この旅館は石打の宿で一番食事がいい、とのことで、前述の定説をくつがえしてくれることを期待して、17時半からの早めの夕食に向かうことに。一同、食堂に集合したら、案内人のお疲れ様、との挨拶とともに、さっそくいただきます。
 マヨネーズたっぷりのサケのホイル焼、チーズがトロリのマカロニグラタン、ナポリタンとハンバーグとポテトサラダのトレイ、さらにホウレンソウのおひたしに冷奴。ごく普通の家庭の夕ごはんといった感じの、シンプルだが品数が豊富な膳のなかで、ご飯が感動的においしいにはビックリ。米粒がキリッと立ち、見るからにツヤツヤと瑞々しく、口に運ぶとふっくら、ホクホクで、甘みがくっきり際立つ。これぞニッポンの米! という、素晴らしいご飯だ。
 言われてみれば、石打が位置するのは、新潟県南魚沼郡。超高級ブランド米、魚沼産コシヒカリの産地である。この宿、冬はスキー旅館だが農業も行っており、宿で提供する米や野菜は、すべて自家栽培のものを使っているという。米は地元、魚沼産塩沢米のコシヒカリだそうで、「10キロ6300円」と、販売の案内をする貼紙も、板場の窓口のところに貼られている。



これぞ魚沼産のコシヒカリのご飯。漬物も自家製


 そして、「石打は土と水がいいから、米も野菜も味が良くなる」とご主人が話す通り、野菜の味もまた、力強い。おひたしのホウレンソウはややえぐいが、歯ごたえがキュッ、としていて、青野菜のエネルギーが充満しているよう。けんちん汁の具もたっぷりで、ダイコン、ニンジン、ゴボウに皮をとったナス、キノコ。こちらはどっしりと濃厚な、根野菜の底力がみなぎっていて、土の香りが実に香しい。
 汁のおかわりを頂きに板場に声をかけたついでに、中に入っていた見慣れないキノコの名前をご主人に聞いたところ、「地元ではクズレ、と呼んでいます」。シメジの傘をそのまま大きくしたような、大振りのキノコで、味はシメジよりもちょっとあっさりした感じ。正式には何という名前か、さらに尋ねたら、「…まあ、食べられないもんじゃないから(笑)」。後に調べたらナラタケという、食味がいいことで評判の天然キノコで、壊れやすいのが名の由来とか。



野菜たっぷりのけんちん汁(左)。箸でつまんでいるのがナガレ。
右は翌日の夕食で出た、これも自家製野菜のかぼちゃのスープ


 米が良くて、水がいいとくれば、それらで仕込まれた優れた地酒を所望するのは、自然な流れ。魚沼といえば、八海醸造の銘酒「八海山」が挙がるが、まずは地元・塩沢にご挨拶ということで、青木酒造の「鶴齢」から一杯、頂く。受け皿を敷いたガラスのコップに、一升瓶からなみなみ注いで頂き、グラスの縁を口で迎えにいって、受け皿のこぼれ酒をクイッ。フルーティな甘みがあり、水がいいから切れ味がパッ、と鋭い酒だ。
 そしてアテには、さっきのおひたしに、野沢菜、たくあんと、野菜の一品がよく合う。野沢菜は寒い土地のものらしく、ややしょっぱ目に仕上がっていて、鷹の爪がピリッと辛いのがオリジナル。甘めの酒との風味が好対照だ。たくあんは何と、冬期は雪の中にいかって仕込んだ自家製で、発酵してキンキンに酸っぱいのをカリッ、とやって「鶴齢」をクッといくと、酒の甘みがより引き立ってくる。



鶴齢の冷や。写真は昼に、ゲレンデのレストランで飲んだもの


 外は今夜も豪雪のようで、明日のゲレンデのコンディションはバッチリだろうが、大型のストーブをガンガン炊いた食堂でも底冷えがしてくるほど、冷え込みがきつくなってきた。そんな寒冷地で進める冷酒はススッと入っていき、体の心からじわっと暖めてくれる。
 ちなみに、スキー旅行にまつわるもうひとつの定説、「スキー場で飲む酒は回らない」は、昼間ゲレンデで中ジョッキと「八海山」を空けても、きちんと(?)滑り降りてこれたことで立証されたが、今は不慣れなスキーの疲れと、風呂あがりのおかげで、「鶴齢」がグルグルと回ってきた。まだ19時前、夜はこれから、という時間だけれど、夜行のスキーバスと久々のスキーで寝不足、お疲れの今宵は、おかわりに「八海山」を頼むまでもなく爆睡突入、のようである。(2008年2月14日食記)


味本・旅本ライブラリー11…『土佐の一本釣り』 青柳裕介

2008年07月17日 | 味本・旅本ライブラリー
「土佐の一本釣り」は、1975年からビッグコミックに連載されたが、最近コンビニ向け漫画の「My First Wide」で初期の数巻が1~3集にまとめて復刊。カツオやマグロ、鯨など高知の遠洋漁業をベースにした、漁師たちの人間模様を描いた、青柳裕介氏の代表作です。

話は、駆け出しのカツオ漁師・純平と、幼馴染で恋人の八千代を中心に、純平が乗るカツオ船「福丸」の漁師仲間や、土佐久礼の町の人々が繰り広げる、漁師の厳しい男の世界と、漁師町の温かい人情が入り混じったストーリー。復刊した3冊は、15歳で見習い一本釣り漁師になりたての純平と、高校を出たばかりの17歳の八千代の、漁師としての成長と、ひたすら純な恋物語を中心に進んでいきます。

カツオやマグロなど遠洋漁業といえば、このところ、休漁問題がとりざたされるなどで元気がないけれど、このマンガの昭和40~50年代は、遠洋漁業の漁師は儲けが良かったいい時代でした。ひと航海して帰ってきたら、町で数少ない信号機がある交差点の角に、一戸建てがキャッシュで買えた、なんて話も。漁師は9ヶ月航海して、残りの3ヶ月は女房子供に文句言わせず好きに遊び暮らせたのは、稼ぎへのありがたみももちろん、板子一枚下は地獄、と呼ばれる危険な海での仕事、さらに昼も夜もない重労働に対する、リスペクトもあったのでしょう。「福丸」の漁師たちの、飲んで騒いで喧嘩して笑って仲直りして、といった豪快なやりとりの影には、ちょっと先の命や知れず、といった覚悟、哀愁が、ちらりと伝わってくるところがあります。

それにしても、この時代の男女の駆け引き、これが実に素朴で純情。長期の漁に出る前に逢う二人が、指輪代わりになんと、ちり紙のこよりで輪っかをつくって契りを交わすなんて、今日びの恋愛漫画のストレートな表現以上に、情感あふれるものがあります。そんな一方で、一度して(!)しまえば俺の女、的な、この時代の男の傲慢さ、そしてそれすら包み込もうとする寛大な女心の行き違いもまた、面白い。港々に女あり、が海の男の甲斐性だが、下田港で偶然会った八千代を前にした純平が、商売女を連れて「ほんとに愛しているのはお前だけだから、お前とする時には生でする。だから、この商売女とはつけてする」とのセリフといったら! しかもその後、泣き出す八千代をほったらかして商売女を連れ出し、「オレは男ぞ、決めるときはビシッと決める」って…。

と、下世話な話から軌道修正。実はマンガの舞台の土佐久礼に、以前行ったことがあります。高知から特急で小一時間ほどの漁師町で、町の中央にある、久礼大正町市場という市場を歩きました。カツオの品揃えは、一本釣り漁の拠点だけに、言うことなし。売り手もマンガに出てくるような、気風のいい女性が多かったです。もっとも、マンガの頃の八千代がそのまま、時の流れにあわせて年をとったような女性ばかりでしたが。市場のアーケードの屋根からは、純平と八千代のイラスト入りの大漁旗が提がっていたのが、印象的でした。

◎『土佐の一本釣り』My First Wide版 全3巻・小学館刊

町で見つけたオモシロごはん118…横浜・みなとみらい 『カザーナ』の、初めてのインド料理

2008年07月15日 | ◆町で見つけたオモシロごはん



 先日、息子が誕生日を迎えたので、仕事の帰りに立ち寄った書店で、プレゼントに本を買うことにした。選んだ一冊は、宮脇俊三の「最長片道切符の旅」。鉄道旅行作家である、氏の名著のひとつで、確か自分が初めてこの本を読んだのも、息子と同じぐらいの年だったような気がする。
 こうした紀行文を読むことで、親の志を学び、旅を生業とする仕事について、という願いを込めた訳ではないけれど、親の仕事のジャンルに子供が興味を示してくれることは、悪い気はしない。今のところは興味といっても、旅や紀行というより、これぐらいの年齢の男の子の多くが通る、「鉄の道」に対してではあるけれど。

 誕生日当日は平日だったため、改めて週末に、家族でお祝いをすることにして、出かけたのはみなとみらい21地区。ショッピングモールのクイーンズスクエアへと、足を向けてみた。「アット!」という愛称のついたゾーンのひとつ、みなとみらい駅へ直結する地下1階がレストラン街になっていて、この日の店の選択はもちろん、「主賓」に一任である。
 そばに焼肉、中華にとんかつと、バラエティに富む飲食店からどの店を選ぶのか、ジャンル予算とも戦々恐々と見守ることしばし。パーティー向けの無国籍レストラン「ガーリックJO'S」方向へ向かっていったのを見て、まあそんなところかな、とホッとしたところ、主賓が立ち止まったのはその隣の店。これは、本格派インド料理レストランだ。店頭のタンドリーチキンやナン、サモサを見て、興味が湧いたらしいが、確か、バーモントカレーの中辛にも悲鳴を上げるぐらい、辛いものは苦手だったのでは?



カザーナの店頭。ちなみに左の店はガーリックJO'S、右隣は焼肉の千山閣


 それでも主賓の意向とあって、この『カザーナ』を誕生日祝いの会場に決定。パーティー向けのレストランで賑やかにやるのもいいけれど、初体験のインド料理もインパクトがあり、誕生日の思い出として残るかもしれない。入口を入って右のコーナーでは、立派な髭をたくわえたインドの料理人が数名、タンドリーに向かっている。フロアでも、インドの衣装を着た女性が料理をサーブしているなど、子供たち二人は初体験のオリエンタルなレストランに、少々ビックリ気味である。
 メニューを開き、主賓にオーダーを伺うと、「ナン」との返事。辛いのが苦手なカレーよりも、ナンがお目当てでこの店を選んだようで、大振りのナンにカレー数種が付く、インド料理の定番定食メニューの、「ミールス」形式のセットに興味を示している。3種のカレーにタンドリーチキン、シーカカバブ、さらにデザートつきの「デラックスセット」がいい、とのことで、オーダーを取りに来たインド人のウェイターに、子供でも食べられる辛さか尋ねたところ、笑顔で「はい。すごく辛いということはないですよ」。

 どうも微妙なニュアンスの返答に加え、ナンに加えてサフランライスも付いているボリュームも心配だったので、主賓にはこれを頼み、かつ食べきれず救援を求められることも想定して、自分はセットではなく単品で頼むことにした。名前が食欲をそそるガーリックナン、そしてさっきと反対に「メニューの中で一番辛いカレーは?」と、先ほどのウェイターに尋ねて、チキンカレーミルチを勧めてもらった。ビールはもちろん、インドビールの「マハラジャ」。多彩なスパイスが効いた料理には、暑い国のローカルビールが合うこと間違いなしだ。 
 子供たちは、ヨーグルトドリンクのマンゴーラッシーにして、まずはおめでとう、の乾杯。カレーが出るまでの間、インド風せんべいの「パパード」をアテに、さらに娘が頼んだベジタブルサモサも分けてもらい、マハラジャをグイッ。パパードは、極薄の南部せんべいといった感じで、穀物の乾いた味に塩味のみのシンプルな味わい。インド風春巻きのサモサの中身は、ジャガイモとグリーンピースのカレー風味で、ケチャップの甘ったるい味付けが好対照である。辛口カレーのためにとっておかなければ、と気を使いつつ、マハラジャの瓶は早くも空に。

 香ばしい匂いのガーリックナンとともに、オレンジ色が鮮やかなチキンカレーミルチが出されたのに合わせ、もうひとつのインドビール「キングフィッシャー」をお代わりする。家内が頼んだ、チキンとマトンとベジタブルの3色カレーセットに、娘の「プローンマライカレー」というマイルドなエビカレー、そして主賓のセットも出てきて、卓上は彩りと具が様々なカレーと、焼きたての大きなナンで隙間がないほどである。
 ニンニクの香りプンプンのナンをちぎり、たっぷりのカレーと肉を少しのせてひと口。最初はマイルドだが、すぐに全身からバッ、と汗が噴出すほどの刺激が、じわじわと広がってくる。これはえらく辛い! 一撃必殺の、鋭利な辛さである。それが、ふた口、三口と進めていくと、痛い辛さの中にも、薫り高いもの、奥行きがあるもの、しびれるもの、さらにチキンの下味の辛味など、いろいろな種類が混じっているのが分かってくる。
 インドのカレーといえば、スパイスを複雑に調合した、立体的で深みのある辛味が特徴的で、この店も20種類ものスパイスをブレンドして、本場ならではの味と香りを組み立てている。だから、単なる「激辛」にも、色々な辛味の要素が含まれている、という訳だ。さらに店の能書きによると、「スパイスは漢方薬と同じ役割を持ち、美容と健康の源」とも。代謝がよくなり発汗する一方、アルコールの量も進んでしまうのが玉にキズかも。


(左)インドビールのマハラジャとパパード (右)激辛のチキンカレーミルチ


 追加のキングフィッシャーで、舌を休める横では、主賓がナンとサフランライスで、
3種のカレーを食べ進めている。それぞれ味見をさせてもらうと、確かにウェイターの言葉通り、ものすごく辛いということはないようである。チキンカレーと、ジャガイモにニンジン入りのオーソドックスな野菜カレー。そしてマトンの挽肉カレーは、マトンの独特のくせがあるのに、気にせず食べているのは大したものだ。
 もっとも、タンドリーチキンとシーカカバブは、スパイスが相当効いており、予想通り自分が救援、ビールのつまみの仲間入りとなった。タンドリーチキンは、香辛料とヨーグルトに漬けたチキンを、「タンドリー」というインド式オーブンであぶった料理で、ターメリックで鮮やかな紅色の外側がパリパリ、肉は余分な脂が落ちてサクサク。表面に染みた多彩なスパイスが、それぞれ同じ強さで主張してくる感じである。また、子羊の挽肉の串焼きのシーカカバブは、漢方風の薬効がありそうな香りが独特。激辛チキンカレーとともに、スパイスによる香りの組み立てが、それぞれ異なるのが面白い。

 するとサフランライスを眺めながら、「これってインディカ米でしょ?」と、どこで習ったのか質問してきた。親に似て食への好奇心旺盛なのは結構なことで、「…気になるなら、店の人に聞いてみれば?」と、誕生日を機に、ちょいと後継者育成の指導をしてみることに?
 
1993年頃の日本米が品薄になったとき、タイ米が注目されることで、「インディカ米」という言葉を耳にした人も、多いのではないだろうか。米は一般的に、日本で栽培されている「ジャポニカ米」と、インドやタイなど東南アジアで広く栽培されている、「インディカ米」に分類される。前者が、粒が楕円形でモチモチと粘りがあるのに対し、インディカ米は粒が細長く、水分が少なめでパサパサなのが特徴。そのため、カレーやチャーハンに向いており、エスニック料理の店ではこちらが使われていることが多い。ちなみに世界的に見た場合、主流はインディカ米で、ジャポニカ米は少数派なのだとか。

 
 がんばって声をかけてみた主賓に、店のお姉さんは親切に教えてくれたが、残念ながらサフランライスの米は、普通の日本米とのこと。ただし、インディカ米は普通のライスには使っているそうで、「サフランライスは、サフランの香りがよく染みる日本米を使っているんです。インディカ米は、そのまま食べるほうが、米独特の香りがよく分かりますからね」。でも、インディカ米を知っているなんて、すごいね、と、お姉さんにほめられた主賓、まんざらでもない様子である。
 
こんなやりとりがいい思い出となり、さらには食への興味も湧いてくれば、と期待してしまうけれど、店を後にして帰りの車では、誕生日のプレゼントにこの日買ってもらった、新幹線の車内アナウンスが鳴る目覚まし時計を、うれしそうに眺めている。とりあえず今は、興味ある「鉄」をきっかけに、さらに興味を持てるテーマが見つかれば、それでいいかも。インド料理の店で誕生日祝いをしたのも、何かの縁だし、プレゼントの「最長片道切符の旅」を読破したようなら、次は同著者の「インド鉄道紀行」を買い与えてみるか。(2008713日食記)


魚どころの特上ごはん78…小名浜 『いわきら・ら・ミュウ』の、メヒカリ

2008年07月09日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん



 
低気圧が、東日本の沿岸を通過した影響により、春の大嵐となった中、列車がいわき駅へと到着したのは、
15時過ぎ。上野から乗車した、常磐線の特急電車が、突風のおかげでかなり遅れてしまった。おかげで、小名浜港界隈で市場散策を楽しんでから、お昼ごはんを漁港近くの食堂で、との予定が、大幅に狂ってしまいそうだ。
 
この時間から、漁港や市場を巡ったら、日帰りの予定がどうなることやら。とりあえず、当初の予定通りに、小名浜港を目指してみることにして、駅前からバスに揺られて1時間。最寄りのバス停から、小名川に沿って海の方へと歩くと、かなり大規模な港湾風景が、次第に目に入ってきた。
 いわき市は、福島県の浜通り地方の、中心都市である一方、東日本の太平洋沿岸有数の、水産都市でもある。三陸沖南域と、黒潮と親潮が交差する常磐沖という、優良な漁場を控え、市域には8つの港が点在。小名浜港は、その中でも中心的存在だ。長大な水揚げ岸壁に立って、あたりを見渡すと、大型の漁船があちこちに停泊、スケールが大きい漁港風景が、周囲に広がっている。

 
この時期は、巻き網漁の最盛期のため、地元船籍の漁船に加え、他県の船も多く寄港している。船尾に大きな開口板を備えた、中~大型の底曳き網船を眺めてみると、艫には船名とともに、福島ほか茨城の波崎、青森、塩釜、さらに沼津や戸田の地名も。訪れた時間のせいなのか、この天候のためか、いずれの船も、出漁準備や水揚げではなく、網などのメンテナンスに忙しそうだ。
 
歩く先々で、岸壁に留まるカモメを飛び立たせながら、上屋がある魚市場らしき建物にも行ってみる。小名浜魚市場は、イワシ、サバ、サンマ、カツオ、マグロなど、回遊魚の水揚げ、取扱市場として賑わい、春と秋のカツオ、秋のサンマの水揚げ量は、日本でも指折りである。
 
冬の今頃は、ベニズワイガニやマダラ、ナメタガレイ、アンコウが主な漁獲だが、今は競り場にも選別場にも、人の気配はない。場内には船名入りの、青いコンテナや樽が積まれているだけで、あたりはガランとしている。

 相変わらずの鉛色の空の下、吹きつける冷たい強風に、もう降参。漁港周辺の散策は、適当に切り上げて、予定より数時間遅めの、昼ごはんといきたい。あたりには、定食屋風の小ぢんまりした食堂が数軒並び、魚市場の2階にはその名も、「市場食堂」という店も。ひかれるが、営業は昼までとあり、すでに閉店してしまっている。
 
列車の遅れがなければ、ここで食事できたかな、と魚市場を後にして、小名浜漁港1号埠頭にある、いわきら・ら・ミュウという、市の観光物産センターに移動する。漁港直送の魚介を販売する鮮魚店街と、飲食店街などからなる施設で、市場で働く人の普段使いの食堂から、買い物客に人気の海産物市場の食事処へと、目標を変更である。
 
横に長い、倉庫のような建物に入ると、中には鮮魚店や水産加工品の店が、6軒ほど並んでいる。同じユニフォームの兄さん姉さんが、ズラリ揃った威勢のいい店、おばちゃん数人で、のんびりやっている店など、どこも賑わっている様子。もう夕方というのに、買い物客の姿も多く、さっきまでいた寒々しい漁港風景とは、別世界のようだ。



茨城沿岸有数の漁業基地・小名浜港


 
店頭を眺めて歩いたところ、マダラやズワイガニ、毛ガニ、ボタンエビや、箱売りのサンマ、旬のアンコウといった、「小名浜もの」が、豊富に並んでいる。ほとんどが小名浜のほか、東北各県や茨城、千葉などで水揚げされた魚介ばかりで、さすがは漁港隣接の直売店だけある。
 
そして、あちこちで見かけるのが、メヒカリという、シシャモよりひと回り大きいぐらいの小魚だ。鮮魚でざるに盛られていたり、生干しを10数匹まとめて売っていたり、開きにされていたりと、いろいろな形で扱われている。「いわき市の魚」とのポスターもあり、いわきでは有名な地魚なのだろうか。
 
建物の中ほどにある、加藤商店の店頭では、ドンコやノドグロと一緒に、メヒカリを暖簾干ししていた。銀、紫、赤の、三色暖簾がカラフルで、眺めていると、「天日干しは、風に半日ほどあてたぐらいが、食べ頃。太いのはそのまま焼いて、細いのは唐揚げや天ぷらにすればいい」と、店のおばちゃんが教えてくれた。

 
大きな目が青く光ることで、名がついたという、そのまんまな名前のメヒカリ、正式名は「アオメエソ」という、常磐沖の深海に棲息する魚である。白身に非常に脂がのって、うまい魚だが、かつてはひと山いくら扱いの、商品価値の低い魚だったとか。それが、2001年に市の魚に制定されて以来、人気と知名度が高まり、価格も高騰。いまやいわきを代表する、ブランド魚のひとつとして、注目を浴びているという。
 
天日干しを10匹ほど詰めてもらいながら、おばちゃんに、小名浜のメヒカリ漁について聞いてみたところ、底曳き網船が、夕方から夜中にかけて出漁。未明に帰港して、水揚げした後、早朝5時半からの競りにかけられ、そのままこの店頭に並ぶという。
 
鮮度落ちが激しい魚なので、水揚げ港の直売店で買うのが一番、とおばちゃん。さらに質問しようとしたら、突然、「こらっ!」と叫んで、こちらへ飛び出してきた。何か悪いこと言ったかな、と。びっくりする自分の前を通り過ぎ、暖簾干しをくわえにきたカモメを、懸命に追っ払っている。



文字通り、暖簾のように干されるメヒカリ


 
とんだ珍客への対応に、思わず吹き出しながら、店を後にさらに場内をぶらぶら。買い物を済ますと、小腹が空いてきたらしく、ウニを貝殻に盛って焼いたウニ貝焼き、貝の串焼きなど、テイクアウトコーナーが気になり始めた。
 
奥にあった、浜焼きコーナーを覗いてみると、さっきメヒカリを買った、加藤商店がやっていう店だった。イカ、ホタテ、サザエ、タコ、地魚を、その場で焼いて頂ける仕組みで、メヒカリは調理済みの唐揚げが、売られている。
 
唐揚げを買い、ここで食べるから、と2本焼いてもらうと、「頭からどうぞ、味は軽く塩味だけです」と、お姉さんが皿にのせて、渡してくれた。シシャモよりも、白身の甘みはずっと濃く、乳製品的なフワリ、とした甘みの後で、頭のほろ苦さがひき締める感じ。例えれば、キスの味を力強くした、押しのある味わい、といった感じか。

 食べながらお姉さんに、今日は漁がなかったのか、と聞いてみると、昨晩は大しけで漁に出れず、今日は日曜で市場は休み、とのことだった。そのせいか、紹介してもらった1階にある食事処、めし処福助では、「今日は刺身用のメヒカリがないんです」。唐揚げに続いて、焼き物がおかずの「めひかり膳」に、刺身も追加したかったが仕方がない
 ところが、この開き干しの焼き物が絶品。小さいながらも、身がパンパンに膨れており、かじるとプチッと身がはじけ、ホックリと塩加減がいい。さっき買った唐揚げも、出してつまんでみると、こちらは身がホロリと崩れて淡白。ビールには唐揚げが、開き干しはごはんと、相性バツグンである。
 支払う際に、刺身がなくて残念、と伝えたところ、「あれは漁が続くときはできるけれど、漁がない日は出せないんです」と、レジの兄さんが、申し訳なさそうに答えてくれた。開き干しがうまかった、とほめると、自家製で、塩加減に気を使い、カラカラになるまで干したのを、軽くあぶってあります、と、今度はうれしそうに話す。

 
いわき駅へ戻るバスに乗る頃には、あたりは真っ暗になっており、今日は帰るのはやめて、駅前のホテルに泊まることにしよう。今宵は、駅の近くの魚料理屋で一杯やって、ついでに明日の朝は、市場食堂を再訪しようか。いわきの魚をさらに味わえるのは、荒天のおかげ、と思えば、春の嵐も案外、悪くないかも。(2月下旬食記)