ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

町で見つけたオモシロごはん91…横浜・新杉田 『だて屋』の、自家製麺の醤油ラーメンとだてめし

2007年06月19日 | ◆町で見つけたオモシロごはん

 今年は秋口から、ラーメンのガイドブックで取材、執筆する予定がある。出版社から担当する店を10軒ほど割り当てられる予定で、 主に自宅の近くにある店になるよう。中には普段、よく食べに行くところも含まれるだろうから、取材をする上でフットワークがいい分、なじみの店に取材で訪れるのは、ちょっと気恥ずかしい気もするか。
 最寄り駅である杉田駅周辺は、横浜家系ラーメン総本山である吉村家直系の「杉田家」をはじめとする、名だたるラーメンガイド常連店に加え、新興の注目株の店も相次いでオープンしている、ラーメン屋の激戦区である。杉田家のほか、以前に紹介した「満州軒」「卯月」など、気になる店はそれなりに巡っているつもりだけれど、全国各地のローカルごはんを主な守備範囲としている身としては地元の店、しかも専門性が強いラーメンは、いささか門外漢だ。とはいえ、名のあるラーメンライターの歴々と肩を並べて取材をするからには、せめて自分の縄張りの店ぐらい、秋までにしっかりと予習をしておかなければ。

 そんな訳でとある日曜、かねて気になっていたラーメン店でお昼を頂こうと、やってきたのは何と、かの杉田家から産業道路を挟んですぐ向かいにあるお店だ。もとはどこにでもある感じのラーメン屋、といった感じだったが、2年ほど前にリニューアル。焼き板をあしらった看板と、外装に「自家製麺」の文字が目をひく、なかなかそれらしい雰囲気のラーメン屋に変貌した。店の名は『だて屋』。屋号につくのは家でなく「屋」だから家系ではないのだろうが、いつも昼時にはほぼ席が埋まっており、杉田家を向こうに回して、なかなか健闘しているようだ。
 入り口をくぐると、「いらっしゃい!こちらへどうぞ」と、おばちゃんに愛想良く迎えられる。厨房には親父さんと兄さんの姿が見え、家族経営なのかアットホームな雰囲気。白Tシャツに白前掛けの強面の兄さん方が、威勢よく迎えてくれる杉田家とはまた、対照的な雰囲気である。通された席はガラス張りの製麺室の真横で、客席から製麺の様子が見える仕組みになっているよう。店頭の看板といい、自家製麺への自信とこだわりが感じられる。

 その自信とこだわりからか、麺のメニューは醤油ラーメン、塩ラーメンのあっさり系2品に、つけめんの計3種のみ。別注のトッピングも、メンマ、チャーシュー、のり、味玉だけと、仕込みに手間がかかるものは絞り込んであり、シンプルな麺メニューで勝負、といった気概が伺える。これに小丼や餃子など、サイドメニューを組み合わせたセットが、数パターン用意されている。
 小丼とのセットにある、「だてめし」「豚めし」の内容をおばちゃんに聞くと、「『だて』はチャーシューとメンマ、『豚』はチャーシューがのった小丼」とのこと。店名を冠していることに敬意を表して、だて飯と醤油ラーメンのセットを頼むことにした。厨房に向かってオーダーを繰り返すおばちゃんのTシャツの背には、「一麺入魂」の文字が染め抜かれている。

 ちらっと見えてしまった(?)厨房のメモには、スープの素材らしいトリガラに野菜、昆布の文字。俗に言う動物+魚介+野菜の「トリプルスープ」のようで、ベースにはトンコツも使っているようだ。自分が注文したのは醤油ラーメンだから、流行のトンコツ醤油系の味かな、と、やや茶濁のスープからすする。すると、トンコツの香り以上に昆布の風味が際立っていて、和のテイストがかなり強い。魚介系といっても、煮干や鰹節、鯖節といった「魚」ではなく、海藻類の「介」の方が主張している、品のいいスープである。
 スープだけすすると、かなり塩味が強めなのだが、これが自家製麺にからむとガッチリとスクラムを組んでいる、という印象。中細のちぢれ麺は固めのゆで加減で、ボソボソと感じないギリギリの水分量。細麺なのに微妙に芯がある、アルデンテの仕上がりだ。麺のうまさにスープの程よい塩っ気が加わり、これは食が進む。製麺機を眺めながら、自家製麺の麺をすすると、うまさも倍増… かどうかは分からないが、「一麺入魂」は一杯の麺からさらにこだわり、一本一本の麺に入魂なのだな、と、妙に納得してしまう。


だてめしはチャーシューとメンマが具の小丼。でもほとんどがメンマ

 「チャーシューとメンマ」が具とあっただてめしは、実際には7割以上がメンマと、ほぼメンマ丼である。だからかなり甘めの味付けで、スープを汁がわりにかき込むと「甘辛のメビウスの輪」にはまり込んで、止まらなくなる。
 近頃ラーメン屋のサイドメニューに、こうした丼をよく見かけるようになった。麺にのせるトッピングを丼の具にしたもので、多くがもともとは店で働く人用のまかない飯、裏メニューだったようだ。どこかB級、ちょっとお行儀悪なところが、逆に食欲をそそるところがある。チャーシュー丼とかネギ飯とか、常連客のリクエストで「表」に出るようになったものもあるけれど、まかない飯は元来、売り物にならない半端な食材を駆使してつくる、なんて話も。とあるラーメン屋では、スープのダシに使った煮干や鰹節を醤油煮にして、丼飯の上にのせて食べたりするそうで、この域に達するとさすがに「表」に出るのは難しいか。

 麺と小丼のセットが、普通の空腹にちょうどいいぐらいの量で、軽く平らげたら「一麺入魂」Tシャツのおばちゃんに支払いを済ませて、店を後にする。ラーメンを食べ終えた直後のもたれがほとんどなく、お腹がスッキリしているのは、塩っぱ目のスープのおかげか、こだわりの自家製麺のおかげだろうか。これから暑くなると、もうひとつの麺メニュー「つけそば」を頼んでみるのもいいかも知れない。注文していた客のところには、かなり山盛りの麺が運ばれていたけれど、あのスープなら結構平らげられそうだ。
 つけそばと聞いて思い出すのが、今はなき東池袋・大勝軒の人気メニュー「もりそば」。系列の店で食べたときに、店の人が「本当にうまい麺は、何もつけずそのまま手づかみで食べられるんですよ」と話していたのを思い出す。だて屋の自家製麺の実力を測るべく、今度来た際にはつけそばを頼み、麺だけそのままズルリとすすってみるか。(2007年6月3日食記)


町で見つけたオモシロごはん90…八丁堀 『長崎菜館』の、具が山盛りのちゃんぽん・皿うどん

2007年06月16日 | ◆町で見つけたオモシロごはん

 ちょっと古ぼけた感じの店、町並みに埋もれるようなちっぽけな店が、実は穴場的にうまい、という、食べ物屋にまつわる迷信がある。そりゃ、何十軒となくその手の店ばかり訪れれば、いくつかは当たりの店もあるだろうし、外観に対する意外性からしても、伝説となることも分からなくはない。とはいえそんな店のほとんどはやはり、活気がなく寂れた場末の店ばかり。実際、自分も何度か冒険をしたことはあるけれど、結果的に痛い目に合うことがほとんどだった。ダマされたつもりで入ってみたら、やっぱりダマされた、というオチばかりだ。
 八丁堀の事務所で仕事をしていた頃に、そんな冒険心をかきたてられるたたずまいの店があった。『長崎菜館』という中華料理屋風の店で、意外にも昼時にはいつも結構な行列ができていた。ランチタイムを過ぎても15時ぐらいまで店を開けていたので、遅い昼食をとろうと店探しをするときには、店頭を通りつつ気になっていた。なかなか入る機会、というか度胸がなかったけれど、たまたまガラガラだったことがあり、とある日に思い切って入ってみた。

 間口が狭い入り口をくぐると、中はウナギの寝床のように奥行きがある。細長い店内には4人がけのテーブルが4つ並ぶほか、ほんの小さなカウンターが3席のみ。確かにこれでは、昼時は店からあふれるほど満席必至である。壁に貼られた手書きのメニューによると、チャーハンや麻婆豆腐といった中華の一品料理が並ぶ中、店名らしくちゃんぽんがある。お昼時の人気メニューのようで、単品のほかに小丼を組み合わせたセットも用意されているのがうれしい。
 かなり遅めの昼食となったため、底抜けの空腹を埋めるべく、ちゃんぽんはセットで、さらに単品で麻婆豆腐と餃子も… と続けようとしたところで、店の人の制止にあうことに。「大丈夫ですか? 単品のちゃんぽんだけでも、すごい量ですよ」。
 今日の腹具合なら結構食えそうだが、初めて入る店なのでとりあえず様子見とし、サイドメニューはちゃんぽんのセットを頂いてから検討することにした。しばらくして運ばれてきたちゃんぽんを見て、店の人の忠告に心から感謝。丼の大きさに麺とスープの量は、普通の麺料理と大差ないが、その上にうず高く、山のように積み上げられた具の量ときたら。真横から見ると、丼の上にまるでかき氷のような、見事な三角形が描かれている。具だけでも、下手すると単品の野菜炒めよりも量があるほどで、底抜けの空腹も一瞬、怖気づいてしまうほどの度迫力だ。

 ちゃんぽんは初めて長崎に旅行した際、本場で食べてみたことがある。といっても、本場は本場でも本場の「リンガーハット」だったけど(笑)。ちゃんぽんはそもそも、お金のない中国からの留学生のために振舞った麺料理がルーツといわれ、地元長崎で手軽に入手できる野菜や魚介、海産加工品をいっぱい具に使い、安価かつたっぷりの量がウリ。リンガーハットで食べた時は学生時代の貧乏旅行だったため、チェーンながらもそのボリュームに救われたことを覚えている。後に再訪した時に、新地中華街の名店「江山楼」でも頂いた。この「特上ちゃんぽん」は何と、具の種類が20種。フカヒレやナマコまで入った豪華版で、満腹で苦しみつつもがんばって平らげたものだ。
 この店のちゃんぽんも、具はたっぷりのキャベツにモヤシ、キクラゲ、さらにイカ、タコ、豚肉、ピンク色のかまぼこ、薩摩揚げ風のすりみの天ぷらなどなど。加えて麺は長崎直送、本場ならではの極太ちゃんぽん麺だから、仕事が忙しいときにしっかり食べておきたい際には、比類のない食べ応えだろう。いざ、とりかかってみると、具はほとんどが野菜のため、見た目の割には意外にグイグイと食べられる。加えてたんぱく質は魚介類が中心と、多忙で食生活が乱れているときには栄養のバランスが良くて好都合。パワフル&ヘルシーな、働く人の昼ごはんである。

店頭に並ぶメニュー各種。実際はこの1.2~1.5倍ぐらい量があるものも

 6月に事務所が移転することになり、最後にあのちゃんぽんを食べておこう、と惜別の思いで店を訪れたこの日は、梅雨の谷間の蒸し暑さ。大盛りちゃんぽんを頂くと、午後の仕事中にしばらく汗がひかなそうなので、もうひとつの看板メニューである「皿うどん」を、惜別メニューとすることにした。皿うどんもちゃんぽんと同様、長崎の名物料理で、「うどん」といっても麺は固やきそば風のバリバリの揚げ麺。いわば中華風あんかけ焼きそばの、長崎版といったところだろうか。ちゃんぽんも、中国・福建省の「湯肉糸麺」という料理が基ともいわれており、かつて鎖国の時期に唯一、外国に開かれていた土地ならではの、外国の食文化と地元・長崎の食材が折衷した料理といえるかも。
 ちゃんぽんの迫力もすごいけれど、この皿うどんも負けていない。具はちゃんぽんと、種類も量もほぼ同じ。固やきそばの上には、キャベツやもやしなどの裾野が広い山が築かれている。たっぷりの酢をかけ、皿のふちに盛った辛子を時々つけながら、固い揚げ麺と具の山を、箸で豪快につかんでバクッ。麺は最初はバリバリと歯ごたえが楽しめ、トロリとした具のあんが行き渡るに連れて、だんだんしっとりと食感が変わっていくのが楽しい。

 いつも昼時を大きく外してやってきて、他に客の姿のない店内でテレビのワイドショーを見たり、朝買ったスポーツ紙を眺めたりしつつ、山盛りの具とのんびり格闘するのが、自分流のこの店の楽しみ方だった。普段はひとり飯ばかりだけれど、皿うどんを半分ほど平らげた頃に、これまた遅い昼食をとりに仕事の同僚がたまたまやってきた。彼はちゃんぽんを頼んだようで、二人して名残惜しみつつ、山を平らげていく。
 月に3、4回は訪れていたこの店、別に店の人と顔見知りという訳ではないが、支払いの際に「事務所が移転するので、今日が最後です」と、思わずお別れの挨拶(?)をご主人と交わした。すると、
 「近くに来たときは、またぜひ寄って下さい。サービスするから、声かけてくださいね」。
 移転先の事務所は銀座一丁目、歩いて10分ちょっとだから、たまには遠征してみてもいいかも。「サービス」の分も食べこなせるほど、底抜けの空腹となった時には、ぜひ。(2007年6月9日食記)


町で見つけたオモシロごはん89…八丁堀 『かつ繁』の、トンカツ屋ならではの本格カツカレー

2007年06月14日 | ◆町で見つけたオモシロごはん

  普段、仕事をしている八丁堀の仕事場が、このたび移転。銀座の果てのさらに外れから銀座一丁目へと、花の銀座のど真ん中へ仕事の拠点が変わることになった。そこは東京一、いや日本一の食の町。「町で見つけたオモシロごはん」も、今後は銀座情報を満載でいこう、といきたいところだが、なにぶん薄給の身の上。毎日毎日、銀座界隈で好き勝手にランチをエンジョイしていたら、ものの半月ほどで毎月のささやかな遊興費は尽きてしまう。
 そもそも八丁堀にいた頃も、お昼は弁当持参がほとんどだった。金銭的事情もあるが、この界隈はただでさえ飲食店が少ないうえ、多忙でランチの時間帯をうっかり過ぎてしまうと、ほとんどの店が夜の営業までの間の休憩時間に入ってしまう。弁当持参でない日には、いわゆる「昼食難民」になることも、珍しくなかった。

 仕事場が移ってしまうと、おそらくこの界隈に来ることはほとんどなくなってしまうだろう。そう思うと食事情が悪かった町ながらも、お世話になった店には最後に顔を出しておきたいのが人情だ。よく行った記憶のある店を挙げてみると、立ち食いそばの「小諸そば」に、喜多方ラーメンチェーンの「」、同じくラーメンチェーンの「むつみ屋」、ドトールのミラノサンドなどなど。何だか、惜別の気持ちであえて訪れるほどの店が、ほとんどない。
 結局、ここはぜひ最後に行っておこう、という店は、3軒。考えてみればどこも、14時を過ぎてもやっている店だ。という訳で、引越前の3日間はさよなら八丁堀・外食デーとして、弁当もたずで仕事に向かったのだった。まあ、荷物の運び出しで埃が舞いまくっている事務所で、弁当を広げるのも何だし。

 初日に訪れたのは、事務所の向かいにあるトンカツ屋『かつ繁』。ここはかつてお世話になった編集長の元で働いていた、10年前からよく訪れた店である。まだ駆け出しの頃、仕事に手間取ってお昼の時間を外してしまうことがよくあり、そんな際にひとりでぶらりと食べに来たものだ。
 店はどこかうらぶれた感じのビルの地下にあり、13時半を過ぎるといつも、昼の営業の店じまいを一部始めているため、客の姿も店に行く頃にはほとんどない。遅い昼食なのか、外回りの合間なのか、スーツを着た客がパラパラと着席している程度で、中には平日の昼間なのに、ビールを傾けている客も。久しぶりに訪れたが、この場末の午後らしい気だるい雰囲気は変わっていないようだ。

 ここのトンカツは、薄めの肉にサクサク感のある衣を軽くつけてカラッと揚げており、良質のラードの香りがいかにも、トンカツ専門店らしい味わい。定食はロース、ヒレほか各種フライなど数種揃っており、夜は割といい値段なのだが、昼時にはロースの定食がお得な値段でいただけるのがありがたい。
 昔はこの定食をいつも注文していたけれど、ここ最近はカツカレーが定番。カレーショップのカツカレーは、ルーのほうが主役だから、カツの衣はルーがかかってべっしょりになっていることがある。一方、トンカツ屋のカツカレーの主役はもちろん、カツ。ここのカツカレーは、ルーの上に揚げたてのカツをのっけているため、衣のサックリ感、ラードの香ばしさが楽しめるのがうれしい。

 銀座には井泉、とん喜などの名店がいくつもあるから、トンカツを食べたくなっても、八丁堀まで足を伸ばしてこの店に食べに来ることは、おそらくもうないだろう。広い店内の最奥の席でひとり、10年来のなじみのカツをかじっていると、駆け出し当時に仕事を要領よくこなせずに追われていた時の、ちょっと苦い思い出がよみがえってきた。(2007年6月6日食記)


極楽!築地で朝ごはん26食目…『東都グリル』の、メジマグロとカンパチのB定食

2007年06月10日 | 極楽!築地で朝ごはん
 一般的に「築地場外市場」と称されて賑わっているのは、築地4丁目交差点から新大橋通りの商店街あたりである。カウンターだけの小ぢんまりした丼や麺、定食の店が密集し、買い物客や観光客でいつもごったがえしている。このあたりからさらに東へ、築地6丁目あたりまで来ると、一般の客の姿はまばら。あたりも流通業者の事務所や食品会社の営業所などが目立ち、築地市場の取引のピークを過ぎてしまうと、業者が行き来する程度でちょっとひっそりした感じの一角である。

 場外の賑やかなエリアの飲食店はだいぶ食べ歩いたので、近頃はこのあたりまで店を探してやってくることも多くなったけれど、同じ築地市場周辺でも町の雰囲気は結構違う。飲食店はこのエリアにもいくらかあるけれど、路地裏で小ぢんまりと営業している穴場的な店か、業者御用達のいわゆる社員食堂的な店に分かれるよう。どちらにせよ、どこか玄人向けの感じがする店ばかりで、入り口に店の看板やメニューが出ていなかったり、ごく普通の大衆食堂や喫茶店風だったりと、入るのには少々思い切りがいる。

 この日選んだ店『東都グリル』は、穴場風ではなく業者向けのほうで、事務所が集まるビルの地下にある。築地の飲食店で、地下に店を構えているところは初めてで、雑居ビルの薄暗い会談を降りていくと、店内は意外に広い。雰囲気はひとことでいえば、コロラドとかマイアミなど大型喫茶店のチェーンに近く、4人がけのテーブルセットがフロアいっぱいに並んでいる。市場が動いている時間帯に近ければ、店内はひと仕事終えた仲買人や業者の人で賑わっているのだろうが、10時近いこの時間は、客の姿はまばら。中には帳簿をつけている人や、ひと仕事終えてチューハイをジョッキであおる人、作業着や割烹着の人などもおり、河岸で働く人の業務用食堂のようなムードも漂っている。

 そんな店の特徴に合わせてか、メニューは定食類が20種ほどと充実しており、フライ、コロッケ、カツなど、働く人向けのボリュームあるメニューが中心だ。もちろん魚河岸の食堂だから、魚メニューだってある。週変わりのB定食はこの日はメジマグロ、カンパチの刺身とある。こちらを注文、ややして運ばれてきた盆には、刺身の皿に多めに盛られたご飯、さらに味噌汁付き。820円という値段の割には、量も品数もまずまず、といったところだろうか。

 店内は地下だからか、それとも店の雰囲気もあってか、やや暗いため運ばれてきた刺身が今いち鮮度が良さそうに見えない。しかし親類の仲卸業者から仕入れるマグロが自慢なだけに、メジマグロの刺身はなかなかのもの。淡いピンク色をしており、本マグロよりは幾分水分が多めで柔らかい。脂は少なめな分、瑞々しく甘みがあり、上品な味わいだ。カンパチはやや薄くひいてあり、身がしっかり、しゃっきり。対照的な食感の刺身をつまみながら、思いのほかご飯が進む。ちょっと刺身が少なめで、あまったご飯は小鉢のひじきや漬物で平らげた。

 業者向けの食堂らしく、店の感じも料理の盛り付けも、飾りはなく見栄えは気にしないそっけないものだったけれど、それだけに質実剛健、味だけで勝負、といった感じもする。入るのにちょっと思い切りが必要だったが、一度入ってしまえばもう、築地でなじみの食堂の一軒。今度は「グリル」という店名に合わせて、ホタテのフライなどを頼んで、こちらの実力も見てみるとしよう。(6月食記)

町で見つけたオモシロごはん88…横浜・伊勢佐木町 『John John』の、ズブロッカにホットドッグ

2007年06月02日 | ◆町で見つけたオモシロごはん


 ことしの2月に、岡山と高松の食べ歩きをした際、帰りに神戸に寄って昔の友人と飲んだことがあった。お互い、無類のサッカーファンで、彼は神戸、私は今期1部に昇格した横浜FCの熱狂的サポーター。酔った勢いで、それぞれの直接対決は必ず見に行こうじゃないか、と約束、この5月6日には、まずはわれらが横浜FCが、ホームの横浜・三ツ沢球技場で、神戸を迎え撃つことになった。
 
試合当日、神戸から遠路やってきた友人と横浜駅前で待ち合わせて、いざ、対決の場であるスタジアムへ… はいいが、この日はあいにくの雨模様。遠征してきた友人に敬意を表し、アウェー側のゴール裏に席を取り(本当は金がないから、安い席を選んだ、ということだが)、雨煙の中のキックオフである。

 
で、試合終了。3対0と圧倒的な負けだけれど、2部から昇格したてでしかもベテランばかりのチーム故、まあこんなものか。友人は大喜びで、これまた遠征してきたらしい顔見知りのサポーターと、歓喜を分かち合いにとんでいってしまった。
 
ビッグクラブの横浜マリノスと対照的に、貧乏チームの横浜FCのホームスタジアムらしく、三ツ沢球技場は1万人ちょっとも入れば満員の、小ぢんまりした古い球技場である。それはそれで味があるけれど、屋根がないのがこんな日は難点。天気のいい五月晴れの下のゲームなら、この大敗もまあ半分ピクニック気分で、と笑い飛ばせるが、この雨の中ではちょっと疲れてしまったようだ。
 
三浦カズのシュートが唯一、惜しかったな、などと数少ないチャンスシーンを回想しながら、そろそろ席を立つ。雨の中熱狂的な応援を繰り広げたサポーターは、ほとんど帰ることなく、ずぶ濡れでヘトヘトの選手たちを待っている。見ているこちらも、2時間に渡り雨に打たれれば、ずぶ濡れのヘトヘト。反省会は濡れた服を着替えてから、みなとみらいあたりへ移動して、パッと飲みながら盛り上がりたいところだ。

 
自分は一度自宅に、友人はホテルへと引き上げて、17時に桜木町駅前で再び待ち合わせたところから仕切り直し。高層ビルや観覧車の明かりがきらめくみなとみらい地区、ではなく、足が向いたのは線路とその反対側に位置する野毛だ。こちらは居酒屋や一杯飲み屋、小料理屋など、間口の狭い飲食店が密集する、古くからの横浜の下町である。
 
とりあえず目に入った海鮮居酒屋に飛び込み、まずは一回戦のスタートだ。刺身盛り合わせや串盛り、イカ納豆、さつま揚げなどをつまみながらジョッキをあおっていると、ああ先ほどの惨敗の悔しさが、今になってよみがえってくる。チーム戦術に補強策といった、今後のわがチームの展望に始まり、酔いが回るに連れていつしか話題は二転三転。
 
芋焼酎の「黒薩摩」をボトルで頼んだ頃には、お互いが熱烈なファンである村上春樹の作品論やら、仕事にまつわる四方山話やら、自分でも何だかしゃべっていることが支離滅裂になってきたよう。2時間あまり雨に打たれたこともあり、冷えと疲れで普段より酒のまわりが、極端に早いようである。

※↑この時に、友人に「村上春樹の模倣をやってみる」と、酔った流れで宣言。前回の突飛な文体と内容は、今回の内容で「村上春樹の本歌取り」をやってみた結果です。あの自閉症的、自暴自棄な心理描写は、氏の登場人物のテイストをつくってみたもので、私の心理状態ではありませんので念のため(笑)。

 
愚痴で酒は絶対飲まない主義だが、そんな具合でなにやら仕事の話題が少々怪しくなってきた。遠路はるばるやってきた友人にも申し訳ないので、理性があるうちに(?)ここでいったんリセット。店を変えることにして、野毛から関内方面へと移動することにした。
 
雨はほぼ止んだようで、心地よい涼しさが酔い覚ましにちょうどいい。伊勢佐木町の入り口に到着する頃にはかなり落ち着いた… つもりだが、このビルの7階にカレーミュージアムがあって、10回以上は行ったぞ、と自慢してみたり、「ゆず」のストリートライブ会場はここだ、と松坂屋前で騒いだりと、まだ幾分酔いによるテンションの高さが残っているよう。
 
そんな調子であてもなく歩いている割には、次の店はすんなり見つかった。伊勢佐木町の本通りから、路地をやや入ったところにある小さなバー『John John』は、日曜の夜にもかかわらず看板のネオンに明かりが灯っていた。店内に入るといつものように、カウンターの上のモニターでライブが流されている。そしてカウンターの一角には、髪を後ろで束ねた小柄なご主人が。安藤さんは店名の通りジョン・レノンの大ファンで、愛称は「パパ・ジョン」。その人柄に誘われて集まる、音楽好きの常連客が数多い、伊勢佐木町の名物バーなのである。

 
今日は日曜のせいか、それともこの時間のせいか、店内には数人の客がまばらにテーブル席についていて、思い思いにモニターに流れるライブ映像を眺めながら、ひとりの時間をゆったりと過ごしている。10代後半の頃、それなりに流行の洋楽にハマり、バンド経験もある自分たちにとっても、どこか懐かしく居心地のいい空間である。
 
ご主人に、ズブロッカとミックスナッツを注文。猛牛・バイソンが好むというズブロッカ草の香りを添えた、ポーランド産のウォッカで、40度と強いがもちろん、オンザロックでやや青臭い香りを楽しむとする。乾杯をすませたらあとはまわりの客と同様、モニターのライブ映像を眺めながら、のんびりと酔いの余韻に身をゆだねる。最初に流れていた映像は、何と盲目のギタリストのライブ。ギターを横に置いて両手で弾いている様子は、何だかギターとは違う楽器の奏者にも思えてしまう。自分たちが高校のころ、学園祭で必ずといっていいほどコピーされていたバンド「ヴァン・ヘイレン」は、右手の指を弦ごとネックにたたきつける、ライトハンド奏法で一世を風靡していた。それを彷彿させる変則的な奏法に、ほかの客たちも視線が釘付けになっている様子。

 ズブロッカをもう一杯と、ミックスナッツをもう一皿追加すると、映像はニール・ヤングのライブにと変わっていた。彼なら知っている。高校のときにはじめて聞きに行った、この近くの横浜文化体育館でやっていた、洋楽の生ライブに出ていた人だ。
 
「エブリタイム・ユー・ゴー・アウェイが流れないかな」
 
「…お前、そりゃポール・ヤングだろう」
 
関西人ならではの見事な突っ込みに、思わず苦笑。まあ、もう20年以上前のことだし。ちなみにこの店、はじめてやってきたのは、みなとみらい地区にある某ホテルにて、私めが結婚式なぞ挙げた翌晩。式を挙げた翌日、慌しさから開放されてホッとしつつ家内と散歩している際、見つけてぶらりと入ったのを思い出した。こちらは、…あ、ちょうど11年前の、これを書いている今日のことだ。両方を思い返し、もうかなり昔のことになるんだなあ、と、思わず感慨深くなってしまう。

 その11年前と同様に、店を後にする前に忘れてはならない買い物がある。それは、ホットドッグ。昭和45年の開店当時以来の名物で、ソーセージと野菜がサンドされ、トマトの味が濃い目のケチャップで仕上げ、とシンプル。これがドリンクのサイドメニューにぴったりで、ホットドッグ片手にビールやカクテルをグッとやるのが、この店のスタイルだ。店頭のショーケースに並んでいるのを3本買い、1本は友人へ明日の朝食代わりに、もう1本は結婚式のことなぞを思い出したことで、家内におみやげにしよう。
 
伊勢佐木町の入り口のゲートのところで、桜木町に宿をとった友人と別れることに。秋には神戸で行われる試合での、再会とリベンジ? を祈念して、自分は関内駅へと向かった。自宅への「帰るメール」に、今日は伊勢佐木町で飲んだ、おみやげはホットドッグ、と入れてみたけれど、果たして11年前の店のこと、家内は覚えているだろうか。(2007年5月6日食記)