今年は秋口から、ラーメンのガイドブックで取材、執筆する予定がある。出版社から担当する店を10軒ほど割り当てられる予定で、 主に自宅の近くにある店になるよう。中には普段、よく食べに行くところも含まれるだろうから、取材をする上でフットワークがいい分、なじみの店に取材で訪れるのは、ちょっと気恥ずかしい気もするか。
最寄り駅である杉田駅周辺は、横浜家系ラーメン総本山である吉村家直系の「杉田家」をはじめとする、名だたるラーメンガイド常連店に加え、新興の注目株の店も相次いでオープンしている、ラーメン屋の激戦区である。杉田家のほか、以前に紹介した「満州軒」「卯月」など、気になる店はそれなりに巡っているつもりだけれど、全国各地のローカルごはんを主な守備範囲としている身としては地元の店、しかも専門性が強いラーメンは、いささか門外漢だ。とはいえ、名のあるラーメンライターの歴々と肩を並べて取材をするからには、せめて自分の縄張りの店ぐらい、秋までにしっかりと予習をしておかなければ。
そんな訳でとある日曜、かねて気になっていたラーメン店でお昼を頂こうと、やってきたのは何と、かの杉田家から産業道路を挟んですぐ向かいにあるお店だ。もとはどこにでもある感じのラーメン屋、といった感じだったが、2年ほど前にリニューアル。焼き板をあしらった看板と、外装に「自家製麺」の文字が目をひく、なかなかそれらしい雰囲気のラーメン屋に変貌した。店の名は『だて屋』。屋号につくのは家でなく「屋」だから家系ではないのだろうが、いつも昼時にはほぼ席が埋まっており、杉田家を向こうに回して、なかなか健闘しているようだ。
入り口をくぐると、「いらっしゃい!こちらへどうぞ」と、おばちゃんに愛想良く迎えられる。厨房には親父さんと兄さんの姿が見え、家族経営なのかアットホームな雰囲気。白Tシャツに白前掛けの強面の兄さん方が、威勢よく迎えてくれる杉田家とはまた、対照的な雰囲気である。通された席はガラス張りの製麺室の真横で、客席から製麺の様子が見える仕組みになっているよう。店頭の看板といい、自家製麺への自信とこだわりが感じられる。
その自信とこだわりからか、麺のメニューは醤油ラーメン、塩ラーメンのあっさり系2品に、つけめんの計3種のみ。別注のトッピングも、メンマ、チャーシュー、のり、味玉だけと、仕込みに手間がかかるものは絞り込んであり、シンプルな麺メニューで勝負、といった気概が伺える。これに小丼や餃子など、サイドメニューを組み合わせたセットが、数パターン用意されている。
小丼とのセットにある、「だてめし」「豚めし」の内容をおばちゃんに聞くと、「『だて』はチャーシューとメンマ、『豚』はチャーシューがのった小丼」とのこと。店名を冠していることに敬意を表して、だて飯と醤油ラーメンのセットを頼むことにした。厨房に向かってオーダーを繰り返すおばちゃんのTシャツの背には、「一麺入魂」の文字が染め抜かれている。
ちらっと見えてしまった(?)厨房のメモには、スープの素材らしいトリガラに野菜、昆布の文字。俗に言う動物+魚介+野菜の「トリプルスープ」のようで、ベースにはトンコツも使っているようだ。自分が注文したのは醤油ラーメンだから、流行のトンコツ醤油系の味かな、と、やや茶濁のスープからすする。すると、トンコツの香り以上に昆布の風味が際立っていて、和のテイストがかなり強い。魚介系といっても、煮干や鰹節、鯖節といった「魚」ではなく、海藻類の「介」の方が主張している、品のいいスープである。
スープだけすすると、かなり塩味が強めなのだが、これが自家製麺にからむとガッチリとスクラムを組んでいる、という印象。中細のちぢれ麺は固めのゆで加減で、ボソボソと感じないギリギリの水分量。細麺なのに微妙に芯がある、アルデンテの仕上がりだ。麺のうまさにスープの程よい塩っ気が加わり、これは食が進む。製麺機を眺めながら、自家製麺の麺をすすると、うまさも倍増… かどうかは分からないが、「一麺入魂」は一杯の麺からさらにこだわり、一本一本の麺に入魂なのだな、と、妙に納得してしまう。
だてめしはチャーシューとメンマが具の小丼。でもほとんどがメンマ
「チャーシューとメンマ」が具とあっただてめしは、実際には7割以上がメンマと、ほぼメンマ丼である。だからかなり甘めの味付けで、スープを汁がわりにかき込むと「甘辛のメビウスの輪」にはまり込んで、止まらなくなる。
近頃ラーメン屋のサイドメニューに、こうした丼をよく見かけるようになった。麺にのせるトッピングを丼の具にしたもので、多くがもともとは店で働く人用のまかない飯、裏メニューだったようだ。どこかB級、ちょっとお行儀悪なところが、逆に食欲をそそるところがある。チャーシュー丼とかネギ飯とか、常連客のリクエストで「表」に出るようになったものもあるけれど、まかない飯は元来、売り物にならない半端な食材を駆使してつくる、なんて話も。とあるラーメン屋では、スープのダシに使った煮干や鰹節を醤油煮にして、丼飯の上にのせて食べたりするそうで、この域に達するとさすがに「表」に出るのは難しいか。
麺と小丼のセットが、普通の空腹にちょうどいいぐらいの量で、軽く平らげたら「一麺入魂」Tシャツのおばちゃんに支払いを済ませて、店を後にする。ラーメンを食べ終えた直後のもたれがほとんどなく、お腹がスッキリしているのは、塩っぱ目のスープのおかげか、こだわりの自家製麺のおかげだろうか。これから暑くなると、もうひとつの麺メニュー「つけそば」を頼んでみるのもいいかも知れない。注文していた客のところには、かなり山盛りの麺が運ばれていたけれど、あのスープなら結構平らげられそうだ。
つけそばと聞いて思い出すのが、今はなき東池袋・大勝軒の人気メニュー「もりそば」。系列の店で食べたときに、店の人が「本当にうまい麺は、何もつけずそのまま手づかみで食べられるんですよ」と話していたのを思い出す。だて屋の自家製麺の実力を測るべく、今度来た際にはつけそばを頼み、麺だけそのままズルリとすすってみるか。(2007年6月3日食記)