ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

ローカルミートでスタミナごはん11…とちぎ和牛/栃木県那須町『れすとらん青柳』・日光市『明治の館』

2010年01月31日 | ◆ローカルミートでスタミナごはん

【とちぎ和牛】
■系統・掛け合わせ…黒毛和種
■肉質・等級など…A4~5・B4~5
■年間出荷頭数…4000頭
■生産出荷元…社団法人とちぎ農産物マーケティング協会

 「品川駅があるのは品川区ではなく…… 港区である」。JR山手線にまつわるトリビアを扱った本に、そんなことが書いてあった。鉄道の開通後に区制が施行されたため、駅がある場所を含まなかった。蒸気機関車の煙が嫌われて、市街から離れたところに駅が設けられた。など、その理由がいくつか記されていたが、駅名と下車した土地の名が異なるとは、本来なら利用する側からすれば驚きだろう。もっとも品川駅の例はトリビアとして扱われるほどで、実害はまったくといっていいほどないらしいが。
 魚や肉、野菜などの銘柄名も、捜してみると同様のケースがあるようだ。ごく限られた地域で生産されているものに、広く旧国名を冠したりとか、生産地から離れたところの有名な地名を名乗ってみたりとか。知名度が高く、イメージがいい地名をつけた銘柄名にしたい思惑は分かるが、「○○海の荒海にもまれた魚」「爽やかな××高原で飼育された牛」など、銘柄名にある地名は、その土地でとれることを連想させる。銘柄名自体が味や品質を左右することはなく、品川駅の例と同様、消費者側への実害はほとんどないのだろうけれど、何かの折に実際の産地を知った消費者は、少々混乱してしまうかも知れない。

 那須高原へドライブに行くことになった際、那須の銘柄肉をあたってみたら、「那須牛」という銘柄を見つけた。生産元である大黒屋総本家のホームページによると、専用の農場で水や飼料に気を配って飼育した、A5ランクでBMS値も高い高級和牛とある。なら生産元直営のレストランで味わってみようと、場所を調べたところ、直営レストランがあるのは那須高原ではなく、その南東の大田原市とある。
 直営店にこだわらず、那須高原で那須牛を扱う店を探してみても、ペンションやホテルの食事で供するところがちらほらある程度で、飲食店はほぼ見つけられなかった。ホームページをさらに読んだところ、那須牛は自社の登録商標で「産地をあらわすブランド名ではありません」とのくだりが。
 つまり那須牛とは那須高原産の銘柄牛肉ではなく、この生産者独自のブランド銘柄なのだが、知らずに出かけて那須高原で那須牛の店が見当たらなかった、なんてことになっていたら、少々面食らっていただろう。大黒屋総本家は、大田原の地名を冠した銘柄牛・大田原牛の生産元でもあり、最近、注目を浴びている超高級銘柄だけに、ご当地銘柄にこだわるならこちらを味わう手もある。

 しかしながら、このたび目指すのは那須高原。現地で地元ならではの銘柄肉が見つかるかもしれない、と大田原市はスルーして、那須インターから那須街道へと入り、高原へと登る道を進んでいった。沿道には高原リゾートらしく、しゃれた雰囲気のレストランが点在。メニューを掲げた洋食レストランやステーキハウス風の店も見られ、那須牛は見られないかわりに「とちぎ和牛」の文字が、ぽつぽつと目に入ってくる。
 那須で見つけ出した銘柄名が「とちぎ」とは、一足飛びに地名の範囲が広がったものだ。ご当地感には少々欠けるように感じるが、インターから10分ちょっと走っているし、そろそろ店を決めたい。インターと那須温泉のちょうど中間あたりで見かけた、木造の「ステーキ」の看板と、横目で誘う黒毛和牛君のイラストに導かれ、『れすとらん青柳』という洋食レストランを選ぶことに。

 

那須街道沿いにある立地のいい店。とちぎ和牛のキャラの牛君が、何とも寒そう

 街道に面して大きくとられた窓際の席に落ち着くと、いつの間にか雪がちらちらと降り始めており、道路にはすでにうっすらと白く積もっている。インターを降りた途端に急に冷え込んだのも道理で、メニューにある「特製ビーフシチュー」が何ともいえず暖かそうに見える。
 が、店の人によると、シチューに使っている和牛はあいにく、とちぎ和牛ではないとのこと。とちぎ和牛を使った料理は、サーロインとテンダーロインのステーキだそうなので、サーロインの100グラムをオーダーすることにした。銘柄肉の実力を計るには、塩とコショウでシンプルに味わうステーキが最適なのは分かるが、この日は窓の外に次第に降り積もる雪を見るにつれ、ビーフシチューに後ろ髪をひかれる思いがする。

  

写真では分かりづらいが、建物は三角屋根。街道に面した席は明るい雰囲気

 店の人がメニューについて補足してくれたついでに、とちぎ和牛は那須高原の銘柄牛なのか尋ねてみると、「那須高原ではなく、栃木県産和牛のブランド銘柄ですよ」との返事。系統は血統の明確な黒毛和牛で、県内の220名の指定生産農家により生産されたおよそ1万頭のうち、厳しい格付審査をパスした3000頭ほどが、とちぎ和牛の銘柄で流通するという。県内産の和牛全般を指す銘柄ではなく、一定の基準を満たしたもののみが称される高級銘柄のようだ。それにしても、限られた生産数の中からさらに合格率30%とは、なかなか狭き門。地元銘柄云々はともかくと、優良銘柄の和牛であることは間違いない。
 このようにとちぎ和牛は、生産量が限られていることもあり、取扱は栃木県内を中心とした指定販売店に限るなど、流通に対する管理もなされている。この店も、とちぎ和牛の提供店認定も受けており、「栃木県の誇る最高級のブランド」と高く評価しているそうである。店によると日本三大和牛で挙げられる、米沢牛や近江牛にもひけをとらないとも。

 運ばれてきた自慢のサーロインは、横長の二等辺三角形をした肉の各頂点が、鉄板の縁まで接するほど大きい。このボリュームならシチューでなくても、エネルギー補給ができて体が温まること間違いなしだ。ナイフを入れると厚さがさほどなく、広く薄めの肉はスッ、スッと、ソフトな抵抗で切れていく。
 ひと切れ口に入れると、いきなりヒタヒタとした感触、かみ締めると肉汁ととろけた脂がミックスされてあふれ出し、ただただひたすらにジューシー。ステーキの醍醐味は普通、かみしめた歯ごたえ、肉汁のうまみ、脂の甘みそれぞれが、順に主張してくるところだが、これはすべてが一斉にたたみかけてくるため、個々を表現できないほど。いわば牛肉の醍醐味がひと口に一丸となった、牛肉至福の味だ。マグロの最上級ネタである大トロ霜降りが、口の中の体温で渾然一体となってとろけるのに似ており、これも牛肉の大トロといった感じだろうか。

 

ガーリックバターとおろし風のタレが、肉の味を引き出す。右は人気メニューの和牛ハンバーグ(とちぎ和牛ではない)

 銘柄に対する評価基準がさぞかし厳しいのだろうと、一般的な指標である肉質と歩留まり等級を確認してみたのだが、とちぎ和牛はA4・B4以上と、一般的な銘柄牛肉と大きく変わらない。これほど魅惑的な肉質となる秘訣は、生育環境や飼育にかけた手間隙にもよるのだが、与えている飼料の影響も見逃せない。生育状況によって牧草に加えて稲わら、大麦などを使い分けて与えているのは、米沢牛や近江牛も同様で、赤身は柔らかできめ細かく、サシが緻密に入った霜降り肉に仕上がる秘訣なのかもしれない。2009年度の全国肉用牛枝肉共励会では、和牛去勢の部でとちぎ和牛が初めて第一位の名誉賞を受賞しており、次第にその評価が高まってきているようである。
 この店はとちぎ和牛の提供店認定を受けているのに加え、とちぎの地産地消推進店にも認定されている。なのでフルーツのように甘いニンジンや土の香りの強いジャガイモ、クキッと青臭いインゲンといった付け合わせ野菜と、ライスの米も那須高原産である。これで肉も那須高原産だったら言うことなし、と思ったら、うちで使っているのは那須高原産のとちぎ和牛ですよ、と店の人。
 とちぎ和牛は那須高原にも生産者がおり、この店は那須サファリパークに近い、横沢地区の生産農家と取引しているという。ちなみに那須町の特定の生産者が飼育したとちぎ和牛が、「那須黒毛和牛」という銘柄で扱われており、とちぎ和牛よりも評価基準は厳しいから、いわばとちぎ和牛のプレミアム版。れすとらん青柳のメニューにも「とちぎ和牛(那須黒毛和牛)」と記されており、結果としては那須のご当地銘柄牛にたどり着くことができたようだ。

 

東照宮の東寄りの森の中にある、明治の館。右はコースの中の一品、湯葉巻き

 別の機会だが、日光を訪れた際に立ち寄ったレストランで、那須で味わえなかったとちぎ和牛のビーフシチューをいただいたことがある。場所は日光山内にある『明治の館』という、初めて日本に蓄音機を輸入した、アメリカ人貿易商の別荘を利用したレストラン。明治末期に建築された洋館の中、エレガントな雰囲気で食事を楽しめるのが売りという。店ではステーキなど、とちぎ和牛を使ったメニューを扱っており、訪れたときは湯波料理にヤシオマスなど、地元食材の料理がそろったコースのメインディッシュが、とちぎ和牛のビーフシチューだった。
 シチューといっても、見掛けはスープ風ではなく煮込み肉料理といった感じで、ブラウンのドミグラスソースが香ばしい香りを漂わせている。ソースは3週間かけて仕込んでおり、これでほほ肉を1日半じっくりと煮込んで仕上げているという。それだけに柔らかく、ナイフを入れると繊維が1本1本ホロリとばらけるよう。中はほんのりピンク色でしっとりした肉はコクがあり、うまみが凝縮したこれぞ煮込み料理、といった深い味わいだ。ほんのりと酸味があるソースのおかげで、こちらも肉の実力がまとまって、力強く発揮されている。白い部分は脂ではなくコラーゲンの成分で、くどさがなく体に優しいのもうれしい。

 

じっくり煮込んだとちぎ和牛のビーフシチュー。ナイフをかけるとほろりと崩れるほど

 ちなみに日光でもご当地銘柄にこだわるなら、とちぎ霧降高原牛と日光高原牛という銘柄が存在する。これらは黒毛和牛ではなく乳用種との交雑種で、管轄はとちぎ和牛と同じとちぎ農産物マーケティング協会となっている。協会ではさらに、とちぎ和牛も含めた3銘柄を総称して、「栃木県産和牛」とも称するのだとか。

 それにしても、牛肉の銘柄名と産地、品質の関係は、単純とは限らないようだ。消費者が銘柄肉を選ぶ際、定義や等級とともに、生産地に関する情報もきちんと見定める必要がある。銘柄名はその土地の産品であることに加え、その土地のベストな銘柄である証。飲食店でその実力に満足することはもちろん、ご当地銘柄肉を味わいにはるばる出かける楽しみも、地名を冠する銘柄肉の魅力なのは間違いない。
 なので、冒頭で宿題となったままの大田原牛にも、依然として関心を持ち続けている。こちらは大田原のご当地銘柄云々よりも、口に入れたとたんに溶けるといわれる、BMS12というとんでもない脂肪交雑に興味深々だからなのだが。(2010年1月2日食記)

【参照サイト】
とちぎ和牛 
http://www.tochigi-wagyu.net/
とちぎ農産物マーケティング協会http://tochigipower.com/staticpages/index.php?page=c-401beef
鶏春(那須黒毛和牛) http://www.toriharu.jp/
JA全農とちぎ http://www.tc.zennoh.or.jp/html/tochigino/niku.html


ローカルミートでスタミナごはん10…伊予ポジョ/愛媛県松山市 『鳥料理 くし秀』

2010年01月24日 | ◆ローカルミートでスタミナごはん

 

【伊予ポジョ】
■種別…銘柄鶏
■系統・掛け合わせ…しゃも(在来種)×ロードアイランドレッド
■生産・出荷元…食の森くし秀
           ※食肉としての販売や卸は行わず、すべて自社製の加工品にして提供

 高知と松山は隣県の県庁所在地同士なのに、その風土や人間気質はかなり対照的だ。雄大な黒潮に相対する土地柄のおかげか、大らかで豪気な土佐っぽに対し、波穏やかな瀬戸内海に面した場所柄が由縁なのか、優しく感受性に富んだ松山人。かたや坂本龍馬、こなた正岡子規と、郷土を代表する偉人のキャラクターを比較してみても同様で、四国を周遊して両都市を訪れると、街の雰囲気や人の雰囲気がずいぶん異なるのに驚かされてしまう。
 両都市の間は、直線距離で60キロほどしかないのだが、そのど真ん中を石鎚山を擁する四国山脈が阻んでおり、これら峰々をぐるっと迂回して走る高速バスで2時間20分。高知駅バスターミナル発の最終便を利用したため、松山市街の中心である大街道でバスを降りた頃には、21時をすっかり回っていた。
 この時間なら、高知の繁華街だとまだ宵の口。アーケードの帯屋町や、飲み屋の集まる廿代町あたりは賑わいを見せているのだろうが、大街道の界隈は松山市街随一の繁華街である割に、すでに人通りが少ない。真面目で穏やかな人間気質の街だけに、ワイワイと酒を飲んだり夜更かしをしたりしないのか、と思ったが、考えてみれば今日は日曜日。飲食店は少々店じまいが早いようで、瀬戸内海や宇和海の魚介を肴に地酒で一杯、という店が、どこかやっているかどうか。

 

白壁土蔵風の外観がシックなくし秀。伊予ポジョの幟も立つ

 空腹を抱えて大街道のアーケードをしばらく歩き回ったところ、二番町の一角にまだ営業中らしい、小料理屋風の店を見つけた。白壁土蔵に虫籠窓のたたずまいは、近隣で古い町並みが人気の観光地、内子の商家を思わせる。まだいいですか、と声を掛けつつガラス戸を開けると、どうぞ、と迎えられてひと安心。板場をぐるりと囲むカウンターの奥へと落ち着き、焼き場で腕を振るっている板前さんと差し向かいうことに。
 ひと息ついたところで、まずはビール。卓の上にはキャベツを盛った皿が置かれていて、「うちのおすすめはキャベツ。まあ食べてみて」と、板前さんのちょっと不思議な勧めに従い、添えてある味噌をつけてシャリッとかじる。なるほど、えぐ味がなくすっきりした味で芯は甘い。一般のキャベツとは畑を分けて自家栽培しているとのことで、「無農薬だから、虫や鳥が食べに来て困っちゃう」と板前さんは笑う。
 キャベツがお通しとは珍しい店だと思ったら、これはお通しではなく鶏料理を食べる合間につまむもの、と板前さん。品書きをざっと眺め、板場の上にずらりと並んだ串焼きのメニューを見たところでようやく、ここは鳥料理専門店と理解した。『鳥料理くし秀』は松山で半世紀の歴史を持つ鳥料理の老舗で、地鶏「伊予ポジョ」を使った料理が評判という。

 

これだけでもビールが進むキャベツ。ポジョ料理は各種揃う

 遅めの晩飯はお目当ての地魚とはいかなかったが、前日の高知の夜もお魚尽くしだったので、松山では地鶏三昧もまたよしか。串焼きに手羽先、鳥刺し、唐揚げなど、伊予ポジョ料理のコースが3種あり、品数の多い「信長」コースを選んだ。他にもあったコース名はいずれも、戦国武将の名を冠したもので、ご当地の偉人にまつわる「子規」「漱石」「坊ちゃん」なるコースは、あいにく見当たらない。
 まずは中央に湯引きして刻んだ鳥皮がのった鳥ざくサラダと、鳥刺しの2品が出された。鳥刺しは2種の肉が使われていて、赤いほうはモモ、ピンクのほうはささみ。ささみはムッチリと艶かしい舌触りで、くせがなく甘いのに対し、モモはザクザクとした歯ごたえの後、ほのかに鉄っぽい香りが。野性味にあふれる味わいに、地鶏ならではの生気を感じられる。使っている醤油も伊予ポジョのダシを使っており、ささみは醤油をそのままつけて、モモはワサビも一緒にいただくと、くせが抑えられさっぱりといただける。
 鳥皮は足の部分の薄い皮を使っていて、湯引きで食べるのに適した部位という。薄くコリコリした食感が、コラーゲン満点の豚の耳のようでもある。皮は首や胸の部分も食用にするが、こちらは厚めでやわやわな食感なのだとか。

鳥刺しは2種類の部位を使用。左の紅色がモモ、右のピンクがささみ

 2品をいただいている間、目の前では串焼きが調理され、奥では揚げ物にとりかかって、と、板場はフル回転の様子だ。中継ぎにキャベツをつまみながら、板前さんに伊予ポジョの由緒を尋ねたところ、原種は在来種である闘鶏用のシャモとのことだった。松山は古くから、武士や旧華族たちの間で闘鶏が盛んな土地で、闘鶏用のシャモが食用にも注目されていた。しかし気性の激しい鳥のため、同じ篭で数匹を飼育すると闘っしまい、大量に飼育することが難しい。そこでこのシャモに、ロードアイランドレッドをかけあわせることで、飼育しやすくしたのが伊予ポジョである。
 「伊予ポジョは飼料に気を配ったり、自然の中でのびのび放し飼いにするなどして、大切に育てているから健康そのもの。味も折り紙付きです」と、相当の自信をもって勧めてくれる板前さん。というのもこの伊予ポジョ、くし秀が独自で飼育している、オリジナルの地鶏なのだ。およそ20年ほど前に生み出された銘柄鳥で、飼育方法や餌などに研究を重ねた上、特に餌と飼育期間に工夫をこらしている。
 飼料は白菜などの葉物野菜に、栄養価が高く肉の味が良くなるように米ぬか、カルシウムを補給するために貝殻の粉など、極力天然のものを与えることにこだわっている。また飼育期間はほかの銘柄地鶏と同様、ブロイラーよりは長く設けているのだが、150~180日は銘柄地鶏の中でも長い部類に入る。これによりボディがしっかりと強い、健康で安全な鶏に成長するのである。

 

左はコショウが効いてスパイシーな軟骨揚げ。右は鳥ソーセージと唐揚げ

 原種のままのシャモも、味がいいらしいけれどね、と話しながら、板前さんはカウンターに置かれた大皿に料理がどんどん並べ始め、こちらも熱いうちにどんどん手を出していく。スナズリ、手羽先、皮の3種串焼きの中でも特に、皮がムチムチと吸い付くような感触で、かみしめるといい味が出てくる。手羽先は、皮のパリパリした香ばしさがグンと食欲をそそる。さらにコショウが効いてスパイシーな軟骨唐揚げ、クイッと腰があり重厚な鳥ソーセージ、ジューシーでねっとりした味わいの唐揚げと、種々様々な料理が並んで飽きさせない。こうなると、合間にかじるキャベツがありがたい。鶏肉の脂っこさを押さえて消化を助ける働きがあり、鶏をおいしく食べるために添え物のキャベツにもこだわっているのだろう。
 これら焼き鳥屋の定番料理を頂いていると、日本酒が欲しくなったので、地元愛媛の重信町にある島田酒造の「小富士」を頼み、砥部焼の大徳利を傾けながらグッとやる。砥部焼は厚手なので中身が冷めにくく、燗酒にはもってこい。辛口で舌にどっしりくる味わいで、肉の風味をぴしゃりと流す切れの良い酒だ。

 

「若足」は骨付きのモモ肉。良質の脂がたっぷり染み出している

 料理が半分ぐらい進んだところで「うちの自慢はこれ。何よりこれを食べてもらえば」と、板前さんが力強く勧める自信の一品「若足」の登場である。名の通り鶏のモモ肉に衣を薄くつけて揚げた、この店の名物料理だ。ジュクジュクと油の音が板場に響いた後に、丸々とした大きな骨付きモモ肉が登場。かぶりついた途端、スープのような脂が口いっぱいにジュッとしみ出て、思わずにっこり。肉の火の通り方が絶妙で、脂がたれないように、逆に抜けてしまわないようにうまく仕上がっている。
 鳥刺や串焼きとは違う種類の鶏を使っているのかな、と感じるのも道理。料理によって、生育の度合が異なる鶏を使い分けるというから、技が細かい。例えば鳥刺には、ざっくりした歯応えと肉の香りを楽しめるように、やや肉が固めの生後180日ぐらいの鶏を使用している。また若足には生後80日の若鶏を使っており、ふわりと柔らかな歯応えとたっぷりの肉汁を楽しめるようにしているという。
 全体的には、ソフトな歯ごたえで程よい弾力があり、淡い味わいの中に芯が通ったほのかなうまみがあるのが、伊予ポジョの味の特徴のようだ。また長めの飼育期間のおかげで、ブロイラーの鶏特有の香りのない、いい味に仕上がっている。ちなみに「ポジョ」とは、スペイン語で「カシワ」「鶏肉」の意味とか。

透明感あふれる伊予ポジョのスープ。料理のダシにも使われる

 徳利も大きいが猪口も湯飲み茶碗ぐらいあるため、調子に乗って「小富士」の盃を重ねていると、酔いが回るのが普段の倍ぐらい早い。程良く酔い、そろそろ満腹になったところで、コースの最後は伊予ポジョスープのお茶漬けで締めくくりだ。スープは鶏と野菜から煮出し、塩味のみで味付けしたシンプルなものだが、店のご主人自ら「黄金の輝き」と称するほどの、自信の一品である。
 小ぶりの茶碗に軽く盛られたご飯が浸るほど、たっぷりのスープをひと口頂くと、鶏の旨みが凝縮した澄みきった香りが実に上品。突出した風味がない分、すっきりとよくまとまった味だ。食事の前や酒を飲む前にこのスープを飲んで、さらに締めくくりにまた飲むと、二日酔いの防止にも効果があるとのこと。確かに脂がのった鶏料理をたくさん食べて、少々飲み過ぎた胃にとって、とてもありがたい。
 さらにこのスープ、脂肪分がほとんどなくコラーゲンが豊富。コンドロイチンも含まれており、骨だけでなく血管の老化を防ぎ、血液をドロドロにする脂肪を抑える働きもある。美容によく、女性にも人気です、と板前さんの締めくくりの解説を聞きながら、さらさらとスープ茶漬けを流し込み、大振りの杯に3分の1ほど残った「小富士」をクイッ。

 昨日のちょうど今頃は、高知城の近くにある屋台村「ひろめ市場」で、土佐の味覚を肴に杯を重ねていたものだ。酒や肴がなくなったら屋台へ出向き、炭火であぶったカツオのたたきや、一升瓶から直に注いでもらう「酔鯨」を豪快に追加。それが所変わって松山の夜は、飼育方法を吟味した伊予ポジョを料理によって使い分けた、地鶏料理の数々に舌鼓を打った。
 その土地柄、そこの人柄は料理にも出るようで、繊細な料理に親切な店の方々と、松山人気質に浸りつつ、週末の大街道の夜はゆるりと更けていく。(2010年1月19日食記)

【参照サイト】
食の森くし秀 
http://www.shokunomori.co.jp/
伊予ポジョの生い立ち http://iyopojo.com/01_oitachi.php


ローカルミートでスタミナごはん9…スーパーゴールデンポーク・ダイヤモンドポーク

2010年01月18日 | ◆ローカルミートでスタミナごはん

 

【スーパーゴールデンポーク】
■系統・掛け合わせ…三元交雑種 (大ヨークシャー×バークシャー)×デュロック)
■年間出荷頭数…1万頭
■生産出荷元…㈱埼玉種畜牧場(サイボクハム)
【ダイヤモンドポーク】
■系統・掛け合わせ…純粋種の中ヨークシャー
■年間出荷頭数…500~600頭
■生産出荷元…千葉ヨーク振興協議会

 プレミアム、ゴージャス、エクストラ。スーパーの食品コーナーで、こんなキャッチのついた品物を見かけると、自分はつい手にとってしまう方だ。こうした形容は、消費者のちょっとした高級志向、俗に言う「プチ贅沢」志向をくすぐるらしく、頑張った日やいいことがあった日の、自分へのちょっとしたごほうびやお祝いに買ってみるお客も、結構いるのではないだろうか。
 そしてごほうびやお祝いの際の食事と聞けば、すき焼きや焼肉が真っ先に挙がる世代である。主役となるのは、銘柄牛肉。これらはきらびやかな形容詞を冠したものはなく、産地名を冠しただけのシンプルなものがほとんどだ。牛肉の場合は銘柄を確立する際、JAなど生産者が品質の基準を設け、銘柄ごとにA4やA5など、肉質等級や歩留まり等級の規定がある。すなわち、牛肉は銘柄がついていること自体がプレミアム。冠する地名に、生産地が誇る品質への自信が込められているのだろう。
 一方で豚肉の銘柄を眺めていると、こちらは「こだわり」とか「ロイヤル」とか「ハイ」とか、品質の良さをPRする形容を関した銘柄豚肉を、結構見かける。そんな中で特に目に留まったのは、何とも輝かしい2種の銘柄名。ひとつは埼玉県の「スーパーゴールデンポーク」、もうひとつは千葉県の「ダイヤモンドポーク」。両県とも首都圏では、古くから養豚業が盛んな地なのは知っていたが、金とダイヤたる豚肉とは大きく出たものだ。高級貴金属の最高峰を堂々と名に冠する豚肉とは、味にどんな輝きを放つのだろうか。

 金の豚肉の生産地がある埼玉県の日高市は、川越市と狭山市に接する県央部に位置する。西武新宿線の狭山市駅からバスに乗り換えると、広がる平野を縦断するように入間川を越え、田植え前の田園地帯を過ぎ、小さな木立の間を行き、と進んでいく。
 ゴールデンなきらびやかさよりも、水と緑の麗しさが印象深い武蔵野の風景の中を20分ほど走り、目指すバス停で下車してゲートをくぐると、広大な敷地には様々な施設が並んでいる。ソーセージやホットドックなどのテイクアウトを扱うカフェテリア。アスレチックやパターゴルフといったアクティビティ。隣接して日帰り温泉施設もあり、平日のお昼前なのに園内はかなりの数のお客で賑わっている様子だ。
 ミートショップやレストラン、ハムソーセージ工場の「ミートピア」、天然温泉まきばの湯を中心としたアミューズメントが揃う「サイボクガーデン&天然温泉」からなるこの施設、スーパーゴールデンポークの生産出荷元である、サイボクハムの本社でもある。遊んで食べて湯に浸って、一日遊べるミートテーマパークといった具合。源泉かけ流しの天然温泉はひかれるけれど、まずは「ゴールデン」の味の真価を確かめるのが先だ。

 

とんがり屋根のレストランサイボク。店内は焼肉と洋食でコーナーが分かれている

 『レストランサイボク』は、三角屋根のロッジのような外観のレストランで、入ってすぐのところには広々した焼肉用の客席が設けられている。この日は洋食の一品料理をいくつかいただくつもりだったので、奥のテーブル席へと落ち着いた。メニューに並ぶ肉料理の中で、「SGP」の文字が添えてあるのが、スーパーゴールデンポークを使ったもの、とある。トンカツ、ハンバーグ、ソーセージ、生姜焼きなど様々で、温泉とSGPを組み合わせたヘルシーなグルメプランの案内もされている。
 豚肉の真価を計る定番料理といえば、トンカツか生姜焼きが思い浮かぶが、ここの生姜焼きは人気の品らしく、「売り切れ御免」との文句が踊っているのに、どうにも魅かれる。プレミアムやゴージャス同様、「先着順」「個数限定」的な文句にも弱い方で、主菜はこのSGPポークジンジャーにすることにした。さらにもう一品、SGPスペアリブグリルも注文。おろし生姜に絡めてさっと焼いたシンプルな生姜焼きと、タレと焼き加減に手の込んだスペアリブとを、食べ比べてみることにしよう。

 先に運ばれてきたのはポークジンジャーで、続いて骨付きのあばら肉が2本のった皿も運ばれ、テーブルの上は肉料理で隙間なく埋まってしまった。まずはポークジンジャーのほうからいただきます。町の大衆食堂の生姜焼き定食は、豚のこま切れバラ肉をざっと炒めたイメージだが、これは厚さ5ミリほどと分厚い豚肉が2枚。上にはおろしソースのような濃茶の生姜ダレが、肉の表面を覆うようにたっぷりとかかり、見た目からして肉料理ならではのボリューム感がある。
 ナイフを入れるとザクザクと、詰んだ繊維の抵抗が意外に強く、素直にブツッと断ち切れるぐらいの弾力。バサバサと荒っぽいかみ応えで、肉汁と脂はほぼないが、豚肉の赤身のコクがどっしりと重厚だ。アメリカンスタイルのヒレステーキのような力強さがある一方、やや焦げたところが肉の味が濃く、タレとからめると生姜焼き定食のあのなじみの味がうれしい。タレの生姜の刺激が強烈で、豚肉の淡さの後で生姜糖のような甘みが広がり、後味はほろ苦く爽快。これは生姜焼きの王道を行く味だろう。

 

生姜のタレが効いたポークジンジャー。肉は繊維が詰んでいる

 絢爛豪華な銘柄名からして、何か画期的な交雑や生産システムを敷いているかと思われるかもしれないが、SGPの交雑と飼育方法は一般的な銘柄豚と、そう大きくは変わらない。交雑はいわゆる「三元交雑」で、大ヨークシャーとバークシャーを掛け合わせた雄に、デュロックの雌を掛け合わせている。イギリス系のバークシャーは一般的に「黒豚」と呼ばれる種で、肉質がきめが細かいことが特徴。これを独自に改良して大ヨークシャーと掛け合わせ、さらに質のいい霜降りが形成される大型のデュロックを掛け合わせることで、肉のきめが一層細かく、程よくサシが入った肉となっている。
 肥育は宮城県栗原市にある、サイボク東北牧場で行っていて、飼料には自社の配合飼料工場で製作の飼料のほか、肉質がきめ細かくなるようパン粉を与えたり、井戸水を特殊セラミックでろ過した波動水を与えるなどの工夫を加えている。種豚の改良と育成にも力を入れており、鳩山牧場と南アルプス牧場では、種豚となるランドレース種と大ヨークシャー種を飼育。このようにSGPは、自社で種豚生産から肥育、さらに加工・精肉、販売まで、すべて行う一貫体制をとることで、ブランドの品質を確立、保持しているのだ。
 
 スペアリブは肉がほんのりピンク色をしており、あばら肉のローストというよりは骨付きのハムかローストビーフのよう。普通のスペアリブがこんがりきつね色に焼きあがり、脂でしっとりしているのと、見た目からしてずいぶん違う。脂はこちらも少な目なので、骨を手づかみしても手にべとつかないのがありがたい。
 骨の端をもってかぶりつき、そのまま骨をひくと肉塊がビリビリと軽くほぐれていく。中はふっくらしていて肉汁がたっぷり、染み出ないぎりぎりのほとび感が心地よい。歯ごたえはサクサクと軽やかで、ガシガシと手ごわかったポークジンジャーと対照的。太目の繊維がハラリとほぐれ散ると、熟成した肉の凝縮した旨みがほどけていくように広がる。しっかり塩味が効いており、ドイツ料理のアイスバイン風でもある。

  

スペアリブはパンとコーヒーつき。柔らかくジューシーに仕上がっている

 店の人によると、タレは醤油ベースとのことで、あばら肉を1週間浸した後で燻しているという。そのため肉の中心部にほのかな赤みが残り、燻製肉のような芳醇な味わいに仕上がっている。週ごとに仕込んでいて、できあがりの週末の金~日曜を狙って店を訪れる常連客も多いらしい。
 ポークジンジャーもスペアリブも、脂はほんのり甘みがあり食感が軽く、肉も淡白でくせがなくしなやか。派手な名の割におとなし目の食味なのは、掛け合わせたそれぞれの種豚の長所が、うまく引き出されているからなのだろう。そういえば金の持つ特性といえば、品のいい光沢としなやかさ。SGPの「ゴールデン」も、この肉質をうまく表しているようでもある。また金はほかの金属と混ざり、「ホワイトゴールド」や「イエローゴールド」など、素材それぞれの長所を兼ね備えた合金にもなる。掛け合わせた種豚の長所が引き出されたSGPもまた、これに似ているような気もする。

 

ダイヤモンドポークを味わった休暇村館山。東京湾に面した露天風呂がある

 スーパーゴールデンポークをはじめ、日本のほとんどの銘柄豚が三元交雑種である中、千葉県の北総地区で生産されるダイヤモンドポークは、純粋種であることが大きな特徴だ。発育が早く大型の、ランドレース種やデュロック種の掛け合わせが主流の銘柄豚において、純粋の中ヨークシャー種の銘柄豚は他にあまり例を見ない。もともと千葉県の養豚は、主にこの中ヨークシャーを中心に飼育しており、昭和30年代には県内の農家で飼われていた11万頭の豚のほとんどが、中ヨークシャーだったほどという。
 千葉県産の中ヨークシャーは当時「千葉ヨーク」と呼ばれ、昭和36年の全国豚共進会では名誉賞を受賞するなど、肉質の良さには定評があった。が、次第に廃れていった大きな原因は、生産効率の悪さにある。中ヨークシャーは普通の豚と比べ、出荷できるまで2ヶ月ほど飼育期間が長くかかる上、成長しても中型程度の大きさにしかならない。そのため飼育農家に敬遠されるようになり、前述の大型で生産効率の良い豚へと、飼育する種が移っていったのだ。

 それが近年の銘柄肉ブームにより、千葉ヨークの肉質の良さが再評価されるようになり、復活させるための動きが出始める。平成16年ごろからJA全農千葉を事務局として、成田や富里など県内の7戸の養豚農家により「千葉ヨーク振興協議会」を組織。彼らの取組のおかげで、平成20年春に千葉ヨークが復活し、新たに「ダイヤモンドポーク」という銘柄がつけられた。長きに渡って埋蔵されていた宝石が、関係者の尽力により再発掘され、ちょっと小粒でもキラリと輝く銘柄ポークになったのだ。
 とはいえ、ダイヤモンドポークの生産者数は2008年現在で8戸と少なく、生産量は年間500頭程度しかない。ご当地の千葉県内でも、取扱は数軒の百貨店や飲食店に限られ、たまに売り出されても100グラムで600円ほどと、幻かつ高嶺のブランド豚。運よく味わう機会に出くわしたのは、館山市の『休暇村館山』に宿泊した際で、千葉県産の食材を使った趣向の夕食の中に、ダイヤモンドポークのしゃぶしゃぶの小鍋が添えられていた。

 

ゆでてもほぼアクが出ないのがダイヤモンドポークの特徴。脂身は幅広いが柔らかく上品

 ダイヤモンドポークは脂の甘さが味のポイントなので、しゃぶしゃぶかすき焼きが適した料理法です。軽く湯にくぐらせてどうぞ、との関係者の説明に従い、色がほのかに変わるぐらいでいただいてみる。肉は7~8割が脂というぐらい、白い部分がほとんどだが、湯にくぐらしてもアクがほとんど出ない。これほど純度の高い脂身なのに、口に入れるとベタベタせずすっきりした食感で、口の中で自然に溶けてゆく。香りも後味も、精白された砂糖っぽい清清しい甘みがある。
 中ヨークシャーは他の種に比べて、肉も脂も甘みが強いのが特徴である。ダイヤモンドポークはこれをさらに強調するために、飼料に千葉県産のサツマイモを加えている。でんぷんが吸収されることで甘みが増すことはもちろん、脂身が輝くように澄んだ白色になり、この色がブランド名の由縁とも。
 また不飽和脂肪酸の含有量が高い豚肉の脂において、ダイヤモンドポークは旨み成分でもあるオレイン酸が特に豊富で、コレステロールの減少や活性酸素の活動抑制にも効果があるとも。ダイヤのごとき脂の輝きは、体内でもその威光を放ち、食べるものを中から美しくしてくれる、とまで言うとオーバーだろうか。

 スーパーゴールデンポークにダイヤモンドポークとも、名乗るにふさわしい味はもちろん、ブランド価値を確立するための生産者や関係者の努力も見逃せない。華々しい銘柄名には、高品質であることの自信も込められているのだろう。いわばちょっといいことではなく、とてもいいことがあった際にいただきたい、特別な豚肉。料理の味に加えてその銘柄名も、祝いの席に華を添えること請け合いかも。
(スーパーゴールデンポーク:2009年3月5日食記 ダイヤモンドポーク:2008年10月26日食記)

【参照サイト・スーパーゴールデンポーク】
サイボクハム 
http://www.saiboku.co.jp/gp_sgp/gp_sgp.html
ごちそう埼玉 日高市(埼玉県市町村振興協会) http://www.smdc.or.jp/gochisou/seibu/hidaka.html

【参照サイト・ダイヤモンドポーク】

ダイヤモンドポーク http://www.pref.chiba.lg.jp/nourinsui/08seisan/09_events/08sassi/huyu/huyu05-06.pdf#search='ダイヤモンドポーク'
関東農政局 
http://www.maff.go.jp/kanto/to_jyo/jyouhou/senshin/suishin/tiiki0806/080611.html
MSNニュース・われらグルメ党 http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/chiba/090212/chb0902121705006-n1.htm
FEEL成田・成田FOOD記(成田市観光協会) http://www.nrtk.jp/contents/food02.html


魚どころの特上ごはん93…小笠原 『丸丈』 『チャーリーブラウン』の、島魚と島野菜

2010年01月10日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん

 

 小笠原諸島は、行政区では東京都でありながら、南へはるか1100キロのかなたに点在する島々である。北から順に聟島列島、父島列島、母島列島、火山列島と続き、大小およそ30の島々からなる。気候は亜熱帯に属し、年間を通じて温暖なのが特徴。地図で見るとすぐ南にはサイパンやグアムが控え、日本列島というよりも太平洋の諸島といった立地である。
 小笠原諸島の中心である父島へは、東京の竹芝桟橋から、「おがさわら丸」で所要25時間。午前10時に出航した船が、翌11時30分に父島の二見港へ入港するのだから、丸々一昼夜がかりの船旅だ。小笠原は空港のない離島のため、これが最速かつ唯一の交通手段である。
 2011年の世界自然遺産登録に向け、次第に注目を浴び始めたこの島へ、11月の終わりに訪れることになった。ホエールウォッチングのシーズンは終わり、イルカを見るには周囲の海が荒れがちと、観光にはあまり向かない時期なのだが、かえって人が少なくのどかな、離島ならではの風情を楽しみたい。

 
 

離島ならではの美しい海岸風景があちこちに。左上から時計回りに境浦、小港海岸、長崎展望台、初寝浦

 父島へ上陸したらさっそく、戦争の際の沈船が残る境浦、白砂のビーチの小港海岸、島を360度見渡す中央山展望台など、バイクで半日ぐるりと島をめぐってみた。夜は島ならではの名物料理を食べるべく、ひと風呂浴びたら夜の繁華街へと出かけた。繁華街といっても、二見港から延びるメインストリートの一本裏の「ボニン通り」という路地に、10軒ほどの飲食店がぽちぽち並ぶぐらいの、小ぢんまりしたものだ。
 その中から、通りの中ほどに位置する『丸丈』という店を選んで、暖簾をくぐる。小ぢんまりしたカウンターに小上がり、奥には個室がいくつか並ぶ、庶民的な居酒屋といったたたずまいで、島でとれた新鮮素材を使った小笠原の郷土料理が自慢という。カウンターに落ち着いて、親父さんにビールを注文。肴にする島魚の刺身の魚は何か聞くと、マグロ、タコ、ソデイカ、カンパチとのことだった。

 

ボニン通りの中ほどにある丸丈。小ぢんまりした庶民的な居酒屋

 まずはそれをお願いすると、どれも地魚らしく味がしっかり。タコは断面が500円玉ぐらい太く、シャキシャキに甘い。カンパチはぶつ切りで、脂がよくのってトロリ。イカはソデイカで、親父さんによると10~15キロ、大きいものだと20キロはある巨大イカだそう。食べごろでも12~13キロぐらいはあり、今が10キロほどの大きさでちょうど旬だという。親父さんが、釣れたときの写真を見せてもらったが、ぶら下げている人間の半身ほどの長さがあり、まるで魚雷のようにでかい。
 ソデイカは、釣れて3日たっても動いているほど生命力が強く、身が固いため一般的には薄切りでいただく。この店はやや寝かせたため厚めに切ってあり、皮目が軽くあぶってある。口に入れるとねっちゃりした食感で、それほど固くはなく口の中でとろけていく。身の粘りも味の特徴で、冷凍して寝かせるとさっくりした歯ごたえになるそうだ。

 小笠原は本土からはるか離れたところに位置するため、排他的経済水域の形成において、大変重要な役割を占めている。小笠原諸島だけで日本全体の26パーセント、伊豆諸島も合わせると実に45パーセントを占めているという。近海は強い潮流はなく、西へ向かって流れる黒潮の反流にのって、マグロ、カツオ、カジキといった回遊魚が近海にやってくる。
 島で食べられるマグロはほとんどが、この近海の生鮮マグロというから実に贅沢だ。といっても、王様のホンマグロはまず見かけず、比較的手頃な価格のカジキ、メバチ、キハダ、ビンナガあたりが中心である。店で出しているのも、島で水揚げされたメバチマグロ。赤身だが身がトロリと甘く、しっとりと柔らかい。
 マグロ類は、父島や母島から約15~20キロほどの沖合の、深さ1000メートルほどのところに生息しており、狙う漁法は「小笠原式深海縦縄漁」という延縄。長さが1~2キロの縄に、深さ600メートルほどの枝針をつけ、これらマグロ類を狙っているという。

 また、小笠原の漁業は船団を組むことはなく、ほとんどが単船での操業で、網も行わず縄か一本釣りに限られる。親父さんに理由を聞くと、「南の海はサメがいるから網はだめだ」。刺し網も巻き網も、サメに漁獲と道具ともやられてしまうらしい。
 島の近くの浅い海ではほか、中層部に生息するカンパチ、ヒラマサ、ハタ。水深50~100メートルの大陸棚には、ヒメダイ、ハマダイなどの底魚もおり、とれる魚種はなかなか幅広い。ハマダイはその姿からオナガダイとも呼ばれ、高級魚で漁獲金額はカジキ、マグロに次いで3位。これは底魚一本釣り漁で漁獲される。
 沿岸部の魚では、シュノーケリングで見られる熱帯魚風のカラフルのも、大概は食べられるそうである。兄島付近の海中公園で見られる、黒と白のしましまのロクセンスズメダイは、「空揚げにするとビールのつまみにいいね」と親父さん。

島野菜の天ぷら。どれも瑞々しく大振りでうまい

 親父さんのお勧めで、2品目にいただいたのは島野菜の天ぷら盛り合わせ。この日のタネは赤ピーマン、角ばったシカクマメ、太く長めでやや曲がったアマナガトウガラシ、茶色い葉っぱのハハタマ、白いパパイアなど。いずれも収穫量があまり多くなく、ほとんどが島内で消費されて本土には出回っていないという。
 シカクマメはもともと小笠原の夏の野菜不足を解消するため、導入・育成された野菜で、6月から11月まで収穫される。大きなサヤエンドウのようで、ややぬるりとした食感。豆のパツパツした香ばしさがあり、青い生気があふれてくるよう。
 赤ピーマンは瑞々しく、アマナガトウガラシは辛さはなくねっとりとほんのり甘い。ほか普通のアカトウガラシも出回っており、本土のよりやや小柄。硫黄島原産の種で、かなり刺激的な辛味があるという。ハハタマは俗に言う金時草で、粘りがあり青臭い葉っぱ。ゆがいておひたしにすると山菜の風味という。 珍しいのがパパイヤで、まだ青いのを揚げてある。沖縄や小笠原では果物でなく野菜扱いで、「待てないから青いうちに食べてしまう」とも。生っぽい芋のようでパキパキに固く、ほんのり甘みがある。
 小笠原は絶海の孤島だけに、食文化は魚介系のものが中心のイメージだが、こうした島野菜が量は少ないが栽培されている。もともと火山やサンゴ礁系の地盤のため、土地がやせている上、亜熱帯の気候なので本土とは植生が異なるが、それゆえに本土にはないこれらオリジナルの野菜が、人気があるという。

 

左はアカバのあんかけ。右はアカバの味噌汁

 小笠原の魚と野菜談義が盛り上がったところで、サービスに親父さんが出してくれた一品料理は、魚の空揚げのあんかけだ。たっぷりの白身魚で、軽く揚げた身がホクホクと香りがいい。旨みが揚げたことで、熱で引き出されている。 魚の正体はアカバという魚で、小笠原を代表するローカル魚。一般的にアカハタと呼ばれている魚で、水深5~10メートルから100メートルぐらいまでの根に生息するのを狙って、底魚一本釣り漁で漁獲される。赤い魚体の中型の魚で、白身の味の評判が高い。
 地元では味噌汁の具として知られ、うろことえらを外してぶつ切りにした身に、玉ねぎを入れて仕上げる。締めの椀でいただくと、白身がプリプリ、クイクイと弾力があり、かなり淡白。旨みはほぼ感じられないが、瑞々しく高貴な味がする。アラの部分がうまく、背びれのゼラチンがトロリ、皮と縁側のとろみもうまい。

 

しゃれたムードのチャーリーブラウン。右は20時頃のボニン通り

 アカバは最終日の夜に行ったレストラン『チャーリーブラウン』でも、アカバのソテーというメニューでいただいた。アメリカンスタイルの鉄板焼きレストランで、店内はウッディな内装。ピアノのジャズ生演奏もあり、離島の飲食店としてはずいぶんとしゃれた雰囲気だ。
 こちらでも先に注文したのは、島野菜を使った一品料理。島オクラはシカクマメと並ぶ小笠原の代表的な島野菜のひとつで、普通のオクラの倍ぐらいの長さがあり、断面が丸型なのが特徴。食感は普通のオクラよりも柔らかく粘りがあり、軽く湯がいて食べられるほど柔らかい。 ここではさっとゆでたのを氷で冷やし、マヨネーズと島唐辛子を混ぜた味噌につけていただく。島オクラはうぶ毛がなく、角もない丸っこい姿。全体的に粘りがあり、箸でとるとすでに糸をひくほど。みずみずしく青臭く、さっぱりと元気が出る食感。水っぽさと唐辛子味噌のピリッとした辛みがちょうどいい。
 もうひとつの島トマトは、夏が旬の普通のトマトと逆に、秋口から春先がシーズン。蜜のような甘みがあり、フルーツのような味わいがする。主に母島で栽培しており、これも名物島野菜のひとつだ。店でいただいたのは、シンプルなトマトスライス。食感は本土のトマトよりもやや固かったが、小笠原の海からとった天然塩でいただくと瑞々しく、確かにフルーツのような自然な甘さがあふれている。

 
 

上左から時計回りに、島オクラ、島トマト、マグロのソテー、地ダコのスモーク

 この日の魚料理は、島で水揚げされたメバチマグロのレアステーキに続き、大振りの皿に30センチほどの大きなアカバが、尾頭付きで丸一匹のって運ばれてきた。かなりのボリュームで、トマトのソースに玉ネギ、揚げニンニク、青ネギがたっぷりのり、添えてある島レモンを絞っていただく。
 白身はびっしりと厚くついているが、かなり弾力があり骨にぴったり張り付いている。身はグイグイ、ピチピチの生きのよさ、グイッ、ブツッと歯ごたえがよい。味は究極の淡白で、澄み切ったみずみずしさが舌に鮮烈。酸味があるソースに絡めても、白身がはじいて淡さを主張するほど。本土の魚にはない、強烈な生気を示す白身だ。

 こうした島ならではの料理に合わせて、滞在中にずっと飲んでいた酒が、母島でつくっているラム酒。サトウキビ栽培が盛んだった小笠原で、糖蜜を発酵・蒸留してつくって島の人が飲んでいたのがルーツで、いわば農家が自宅用に密造していた「糖酎」がはじまりともいわれる。収穫期になると農家から甘い匂いが漂ってきていたのだとか。
 糖蜜の搾りかすを材料にしており、糖度が高くよく発酵したため、アルコール度がかなり高い酒だった。返還後、これを後に島の名物にしようとしたのだが、サトウキビを材料とした焼酎は当時の酒造法の関係で認可されず、ならばラム酒にしようと小笠原ラム・リキュール株式会社が設立。小笠原の地酒としてのラム酒が誕生し、1992年より販売されるようになった。
 小笠原の地酒といわれるこのラム、つまり比較的新しい酒なのである。サトウキビが材料だから、甘い酒かと思いきや、飲んでみると芋焼酎らしい糖分の臭みが強烈。グラス一杯をストレートで飲んだら、後で頭がガンガンくるほどだった。だが不思議と翌日に残らなかったのは、沖縄の泡盛もそうだが南の島の強い酒ならではの特徴なのだろうか。

 

島ラムはいわば小笠原の地酒。度数が高いのでガツンとくる

 離島ならではの地魚料理はこれら刺身や焼き物のほか、島寿司やカメ料理など、独特の食文化に基づく料理もいくつかある。帰りの船が出港するまで、最短でも3日あるのが、小笠原の旅ならでは。季節はずれの島の旅には、小笠原の島魚料理三昧で楽しむことにしよう。(2009年11月26日食記)


ローカルミートでスタミナごはん8…熊肉・鹿肉・雉肉/栗山村 『加仁湯』・黒保根村『梨木館』

2010年01月03日 | ◆ローカルミートでスタミナごはん

 「秘境」という言葉を辞書で引くと、「外部の人が足を踏み入れたことがほとんどない地」とある。「辺境」という言葉も引いてみると、「中央から遠く離れた地」との解説が出てくる。交通事情や情報網が発達した日本国内を旅していて、秘境に出くわすことはそうないが、山間部の集落を訪れた際に「辺境」らしいたたずまいが、いくらか感じられる場所は存在する。大都市から遠く離れている上、地形的に外部と隔絶されがちな立地は、独特な風習や文化が生まれる要因にもなっているようだ。
 そんな「辺境」は、日本の山間部へと深く分け入った奥地のみならず、関東地方にだって存在する。浅草から東武鉄道の特急に約2時間半揺られ、終点の鬼怒川温泉駅から1日4本しかないバスでさらに1時間。栃木県日光市栗山村も、辺境との形容が大げさではない村である。鬼怒川の源流部に位置し、面積の9割以上が森林というこの村は、折り重なって連なる山々に囲まれた地形、寒冷な気候といった厳しい自然条件の中、鬼怒川と湯西川がつくり出す谷間のわずかな平地を利用して、集落が点在している。

 「札幌まで、飛行機で羽田から1時間半ぐらいで着くのだから、この村は同じ関東なのに北海道よりも遠いんですよ」と、鬼怒川に沿って村を東西に横切る県道を行くワゴン車の運転手が苦笑した。この日に泊まる奥鬼怒温泉郷『加仁湯』の方で、生まれも育ちも栗山村。道すがら、平家の隠れ里伝説の地だったこの村の様々な生活文化や風習を、色々聞かせてくださり、山中のドライブは飽きることがない。
 途中で名物のそばで昼食にして、川沿いをさらに西へ。川幅はどんどん細くなり、谷は深く、険しさを増していく。山里の日は短く、14時過ぎなのにもう日が陰りはじめ、村の最奥の一軒宿に到着したころには、黄昏の空に星が出ていた。鬼怒川に面した露天風呂でゆったり手足を伸ばし、部屋に戻るとビールとつまみがすでに卓の上にずらり。つまみの皿には何やら、赤い切り身と、赤い部分より白い部分がたっぷりの切り身が盛られていた。薬味にはおろしニンニクも添えられ、何かの刺身らしい。

山深い谷合に続く栗山村。熊や鹿は周囲の山に生息する

 こんな山の中で、いったい何の刺身かと思ったところ、刺身は刺身でも山の恵みの刺身。何と、熊肉と鹿肉の刺身で、鮮やかな紅色のほうが鹿肉、赤と白の2色の方が熊肉だ。「鹿刺しと熊刺しです。熊刺しは脂がたっぷりのって、ちょうど食べごろですよ」との勧めに従い、まずは赤白ツートンの熊刺しからひと切れ。口に入れたとたんに、白い部分がスッと消えるように溶けていく。ちょうど人の体温で脂肪が融解するようだが、ギトギトとした濃さはなく、舌にサラサラと軽やか。まるで調製したばかりの上質のバターのように甘く、滋養が豊かそうな風味である。
 鹿肉は対照的に、赤身だけで脂はほとんどついていない。ひと切れ口に運ぶとサラミのような風味で、穀類のような香ばしさを感じる。見た目ほど弾力はなく、自然にかみ切れるぐらいの柔らかさ。熊刺しに比べると野性味に乏しい分、品がよく食べやすい刺身である。赤身の旨みが際立っているため、日本酒よりもビールによく合う。

 こうした山峡の辺境では、家畜を飼える平坦で広い土地が乏しく、収穫される穀物が飼料に与えるほどの余裕がないせいもあり、たんぱく源を野生の動物に求めている。山がちな栗山村では、古くから動物性たんぱくを野鳥や川魚のほか、熊や鹿といった獣からも摂っていた。食用にすることを目的として、山中で仕留めた野性のもののほか、里に出て人や農作物に害をもたらす恐れがあるのを駆除したものも、食肉用に流通しているという。
 熊肉は元来、かなりくせの強い肉なのだが、栗山村の熊はドングリや木の実を餌とするため、比較的くせがなく柔らかいという。味がいいのはやはり、真っ白な脂肪の部分。熊は冬眠中、間食だけで栄養が足りるように、冬眠前に食べたもののほとんどが脂肪になる。冬眠前の10月頃から皮の下に脂がのりはじめ、厚さ1センチほどと貯えられる冬眠直前の12月は、まさに食べごろ。さらに絶品なのが「穴熊」と呼ばれる、冬眠をはじめてからまだ10日ほどの熊で、仕留めた後にマイナス20〜30度で数日間殺菌してから、食用にするという。
 一方、鹿肉は熊肉に比べて獣臭さがなく、風味が控えめで淡白なため、フレンチのメインなどでもポワレやローストで用いられる、比較的一般的な食肉だ。山里の獣肉料理というより「ジビエ料理」がしっくりくるかもしれないが、山間部の地域のたんぱく源としては、熊肉以上にポピュラーな存在。栗山村でも鹿肉は、昔から日常的に食べられていたもので、この日の鹿刺しの肉も、村内で仕留められた鹿の肉とのことだった。

 

奥鬼怒温泉郷の加仁湯。川沿いに露天風呂がある

 鹿刺しは見た目のとおり、低脂肪でコレステロール値が低く、ローカロリーでビタミンが豊富とヘルシー。また熊刺しも見た目からすると、脂をあまり食べ過ぎると体に悪そうだが、熊の脂肪は不飽和脂肪酸で燃焼率がよく、こちらもビタミン、ミネラルなど栄養価も高い。これらの獣肉は厳しい山峡の環境で暮らす人たちの健康を支えるのに、理にかなった食でもあったようだ。ちなみに熊肉は体を冷やし、鹿肉は体を暖める効果があるそうである。
 栗山村ではかつて、山での猟を生業とする「マタギ」が活躍しており、宿の方の親類には、栗山村最後のマタギといわれる人がいるという。村には何と、熊とげんこつで殴り合ったこともあるマタギもいる、という武勇伝を聞きながら、ビールを注いだり注がれたりを繰り返す。山に暮らす人のもてなしを受け、山村ならではの料理に囲まれて、山峡の辺境の長い夜はゆっくりと更けていく。

 栗山村が山峡の辺境なら、赤城山麓に位置する群馬県の桐生市黒保根村は、いわば「水源の辺境」。渡良瀬川の清冽な流れや、赤城山に袈裟丸山などの山々の裾野に広がる緑濃い山林など、渡良瀬川流域ならではの水と緑に囲まれた村である。黒保根村へは栗山村へと同じく、浅草から東武鉄道の特急で2時間。赤城駅からは、わたらせ渓谷鉄道のディーゼルカーで35分の、水沼駅が最寄りである。水源の村の呼称どおり、村域には渡良瀬川へと流れ込む支流の沢が数多く流れ、渡良瀬川の水源となっている。
 村内を流れる沢の名を記した碑が並ぶ、「水源村の碑」などの見どころを巡り、宿泊は『梨木館』という温泉宿。赤みがかった熱めの湯に時間をかけてゆっくりと浸かった後、夕食まで時間があるので、付近を散歩に出かけてみることにした。ロビーを通りかかると、宿の方がキジ養殖園を案内してくれるという。宿の自慢は飼育しているキジを使った料理で、養殖園の規模は東日本で最大とのことだった。

 

緑豊かな山峡の黒保根村。水源の村としても知られる

 敷地内に2列に並んだ縦長の小屋の中は、いくつかの区画に区切られている。そのひと区画には、10羽ほどのキジが放し飼いにされていた。鮮やかな朱色の雄に対して雌は茶色をしており、見ると朱色のキジは区画に1羽だけしかいない。あとは全部、茶色のキジだ。キジの雄は繁殖力が強いから、ひとつの区画に雄1匹に対して雌を6〜8羽ほど放すんです、と説明された。またひとつの檻に500~1000羽のキジを飼育するのだが、序列をつくる習性があるため常に喧嘩が絶えないとも。
 梨木館のキジは、もとは30年ほど前に観賞用でもらったものが繁殖し、料理として出すために直営の養殖園を設けて飼育するようになった。4〜7月のふ化期には、多いときで6000羽程度のキジが飼育されている。それが少ない時だと4000羽程度になり、「2列ある小屋にいっぱいだったキジが、今頃になると片方の列の小屋がちょうど空になる」とのこと。毎年この宿では、小屋ひとつ分のキジを食べている計算になる。

 

梨木館の建物。キジ鍋ほか、周囲でとれる山菜やキノコも名物

 夕食に出された料理の中で、キジ料理は刺身と鍋の2品だった。運ばれてきた生のキジ肉を見たところ、色はニワトリのモモ肉や胸肉よりも赤身がかなり強く、鮮やかな色をしている。キジの胸肉の刺身は、1羽のキジから2人前しかとれない貴重なもので、柔らかく、まるでマグロの赤身のいいところのような味わい。そしてキジ鍋は、キジ肉をネギやエノキ、春菊と一緒に土鍋で煮込んであり、肉を入れて軽く熱が通って、色が白くなった頃が食べ頃だ。
 熱々の肉を口に運ぶと、やや歯ごたえが固いが、かみしめるうちにじっくりといい味が出てくる。養殖方法がいいから肉には脂分がほとんどなく、ブロイラーで育った鳥肉特有の臭みは皆無。これだけさっぱりとしていたら、いくらでも食べられてしまいそうだ。
 キジは食用の鳥の中では筋肉質なほうで、肉質は鶏肉に比べてかなり弾力が強い。よって鍋でしっかり煮込んたほうが食べやすいようで、ほか鉄板焼きなどもいけるらしい。高タンパク低脂肪でカロリーは鶏肉より低いこと、ミネラルが豊富なことは熊肉鹿肉と同様、山の野生肉の特徴だ。ミネラルの中でも特に、リンやカリウムの含有量が多く、エネルギー代謝が円滑にする効果がある。人間の体に必要な9種の必須アミノ酸のうちの、ほとんどが含まれており、細胞の老化にも効果があるという。

 ちなみに女将さんによると、キジ肉はとても精力がつくらしく、雉小屋での男の権力闘争を勝ち抜いたり、美女に囲まれたハーレム状態でいることが、肉質に反映されているのかも。栗山村でも宿の方が、「熊肉鹿肉は『元気』の出る肉なんですよ」と意味ありげに話していた。野生動物の肉の生気で精をつけることも、山間部ならではの独自の地域性により生じた、辺境ならではの食文化。そこで暮らす人の健康と力の源となることをはじめ、「いろいろな意味」で重要だったのかもしれない。