瀬戸内から四国沿岸の漁港の町を巡る旅も、この日泊まる高知でいよいよおしまい。旅の締めくくりの宴に選んだのは、繁華街の廿代町にある郷土料理居酒屋『喰多郎』である。一品目の「カツオのユッケ」はキムチとニンニクが効いた、オリジナリティあふれる味わい。その日の土佐沖で水揚げされた魚介類を、刺身、寿司、焼き物など様々なスタイルで味わえるとあり、ほかに注文した料理いずれも期待がかかる。長旅の締めくくりに、土佐の味覚を味わいつつ、じっくりと腰を据えて飲むことにしよう。
カツオのユッケに続いて出てきたのは、「チャンバラ貝」という変わった名前の一品である。高知の太平洋側沿岸の浅瀬でとれる縦長の巻貝で、主に足摺岬周辺が産地。そして名の通り、海中でチャンバラをする面白い貝なのだ。具足の先が固い鍵状なっていて、これを振り回しながら泳ぐ様がチャンバラをしているように見えるため、その名がついたという訳。さっと塩ゆでしてそのまま食べるのがうまく、高知名物の皿鉢料理にも盛り付けられる、まさに地魚ならぬ地の貝なのだ。よさこい節の「坊さんかんざし…」の歌詞にような、赤い飾り球がついた串を貝に縦になるように差し込み、殻をしっかり持ってくるくる回すと身がツルリと出てくる。殻の口に近いほうはしゃっきり、奥のワタはこくがあり、これは酒が進む珍味だ。肝心の刀、ではなく具足の鍵の部分は、「固いので食べられませんよ」とお姉さん。殻の中のつゆもいいダシが出ており、しっかりと残らずすすって頂いた。
そしてもう一品は串カツ。特別に土佐の味覚でない、ありふれた居酒屋メニューに思えるかもしれないが、このカツのタネは鯨、昔なつかしの「鯨(げい)カツ」なのだ。そもそも高知は捕鯨が盛んな土地で、特に県の東南端に位置する室戸は、古くは捕鯨の拠点基地として栄えた。江戸期から明治期には船団を組んで網で鯨を捕らえる古式捕鯨、昭和に入ってからは綱付きの銛を銃で撃つ近代捕鯨、さらに南氷洋へ遠征する船団捕鯨にも人材供出で貢献するなど、古くから鯨とともに歩んできた町といえる。さらに明治・大正期には、高知市街にすぐ隣接する浦戸湾で捕鯨が行われていた記録も残っているとか。そんな土地柄、今でも県内には鯨食文化は残っており、調査捕鯨で捕獲したミンク鯨などを食材に刺身や鍋、たたき、ベーコンなどが、郷土料理店でも供されている。サックリと揚がった衣にたっぷりのソースをつけてガブリ、中は肉汁がたっぷりあふれジューシーで、トンカツやチキンカツにない、したたるような旨味あふれる食感に思わず脱帽。鯨は今では希少な高級食材となってしまったが、かつては庶民の食生活を支えた貴重な蛋白源だったという。そのせいか、どこか庶民的、どこか懐かしさを感じる味だ。
そんな懐かしい味のクジラの串カツでビールが進み、次はそろそろ焼酎に切り替えようか。メニューを見たところ、その名は聞いたことのある希少な焼酎「ダバダ火振」があるではないか。一般的に本格焼酎の素材は、米や麦、芋を原料とした「穀類焼酎」と、黒糖を原料とした「黒糖焼酎」が大半を占める中、主にその土地の特産品を使った「多様化焼酎」も近頃注目を浴びている。ジャガイモや山芋、かぼちゃなど、各地で個性あふれる素材が使われており、この「ダバダ火振」も栗を素材にした焼酎。原料の大半に、四万十川上流域で特産の栗を使い、低温でじっくり蒸留して仕上げた、まろやかな甘みが特徴だ。もともと生産量が少ないうえ、最近は注目を浴びて注文が殺到、入手困難な「幻の焼酎」の仲間入りとなってしまった。ちなみに銘柄名は、四万十川の名物鮎漁である「火振り漁」からとったもの。夜間に船を出し、船上で焚いたかがり火を水面で振り、驚いた鮎をあらかじめ川に仕掛けた網へと追い込む漁法で、四万十川の中流域に位置する、蔵元がある大正町の夏の風物詩である。
これもれっきとした地酒だから、酒の追加はもちろんこれに。そして土佐で本腰を入れて飲む際の肴といえば、もってこいの逸品がまだ残っている。お姉さんを呼び、「ダバダ」のロックと、肴に本場の酒盗をお願いした。酒盗とはいわば「カツオの塩辛」で、カツオの胃と腸を塩漬けにして時間を掛けて寝かせたもの。文字通り「酒が盗まれるがごとく進む」ため、その名がついたという、酒豪の多い当地ならではのエピソードが有名だろう。小鉢には鮮やかなピンク色をした酒盗に、ウズラの卵黄が落とされ、軽くライムが絞ってある。ちょっとなめては、「ダバダ」をスッ。酒盗は本場だけに一点の生臭さのかけらもなく、カツオの旨味がこの小さな鉢1杯に見事凝縮された味だ。ほんのひとかけらで、はるかな奥行きと広がりを持ち、もう酒飲みにはコメント不能の旨さである。一方、「ダバダ」の方は対照的に、まろやかな舌触りと澄み切った甘さが実に上品。チェイサーのジョッキをぐいっとやれば、焼酎というより、上出来のシングルモルトウイスキーのような趣か。酒盗との相性も悪くなく、ちびちびと進め、酒盗をなめ、土佐の海の恵みと山の恵みに誘われゆらりと沈んでいく感触が心地よい。
いつの間にか店内のBGMは、ビリージョエルの「N.Y STATE OF MINDS」が流れていて、こんな雰囲気でこんな酒を飲み進めていると、郷土料理居酒屋にいることを忘れてしまう。あまりに居心地がいいのでつい、腰が重くなるが、ここで沈みきってしまうにはまだ時間が早い。土佐の魚と酒をおしゃれに頂いてごちそうさま、と店を後にした。帯屋町の繁華街界隈へと足を向けると、アーケードを中心にいくつもの路地が伸び、沿道には坂本竜馬の看板が掲げられていたり、郷土の漫画家である横山隆一のフクちゃんの大幕が下がるのを見かける。土佐名物の味の店など、飲食店も数多く軒を連ねており、次の居場所はどこにしようか、目移りしてしまいそうだ。途中で通りかかった中央公園では、踊り子のパフォーマンスなどが行われ、イベントの準備中の様子。そういえば明日は、高知の夏を賑やかに彩る、よさこい祭りの初日である。(2006年8月7日食記)
カツオのユッケに続いて出てきたのは、「チャンバラ貝」という変わった名前の一品である。高知の太平洋側沿岸の浅瀬でとれる縦長の巻貝で、主に足摺岬周辺が産地。そして名の通り、海中でチャンバラをする面白い貝なのだ。具足の先が固い鍵状なっていて、これを振り回しながら泳ぐ様がチャンバラをしているように見えるため、その名がついたという訳。さっと塩ゆでしてそのまま食べるのがうまく、高知名物の皿鉢料理にも盛り付けられる、まさに地魚ならぬ地の貝なのだ。よさこい節の「坊さんかんざし…」の歌詞にような、赤い飾り球がついた串を貝に縦になるように差し込み、殻をしっかり持ってくるくる回すと身がツルリと出てくる。殻の口に近いほうはしゃっきり、奥のワタはこくがあり、これは酒が進む珍味だ。肝心の刀、ではなく具足の鍵の部分は、「固いので食べられませんよ」とお姉さん。殻の中のつゆもいいダシが出ており、しっかりと残らずすすって頂いた。
そしてもう一品は串カツ。特別に土佐の味覚でない、ありふれた居酒屋メニューに思えるかもしれないが、このカツのタネは鯨、昔なつかしの「鯨(げい)カツ」なのだ。そもそも高知は捕鯨が盛んな土地で、特に県の東南端に位置する室戸は、古くは捕鯨の拠点基地として栄えた。江戸期から明治期には船団を組んで網で鯨を捕らえる古式捕鯨、昭和に入ってからは綱付きの銛を銃で撃つ近代捕鯨、さらに南氷洋へ遠征する船団捕鯨にも人材供出で貢献するなど、古くから鯨とともに歩んできた町といえる。さらに明治・大正期には、高知市街にすぐ隣接する浦戸湾で捕鯨が行われていた記録も残っているとか。そんな土地柄、今でも県内には鯨食文化は残っており、調査捕鯨で捕獲したミンク鯨などを食材に刺身や鍋、たたき、ベーコンなどが、郷土料理店でも供されている。サックリと揚がった衣にたっぷりのソースをつけてガブリ、中は肉汁がたっぷりあふれジューシーで、トンカツやチキンカツにない、したたるような旨味あふれる食感に思わず脱帽。鯨は今では希少な高級食材となってしまったが、かつては庶民の食生活を支えた貴重な蛋白源だったという。そのせいか、どこか庶民的、どこか懐かしさを感じる味だ。
そんな懐かしい味のクジラの串カツでビールが進み、次はそろそろ焼酎に切り替えようか。メニューを見たところ、その名は聞いたことのある希少な焼酎「ダバダ火振」があるではないか。一般的に本格焼酎の素材は、米や麦、芋を原料とした「穀類焼酎」と、黒糖を原料とした「黒糖焼酎」が大半を占める中、主にその土地の特産品を使った「多様化焼酎」も近頃注目を浴びている。ジャガイモや山芋、かぼちゃなど、各地で個性あふれる素材が使われており、この「ダバダ火振」も栗を素材にした焼酎。原料の大半に、四万十川上流域で特産の栗を使い、低温でじっくり蒸留して仕上げた、まろやかな甘みが特徴だ。もともと生産量が少ないうえ、最近は注目を浴びて注文が殺到、入手困難な「幻の焼酎」の仲間入りとなってしまった。ちなみに銘柄名は、四万十川の名物鮎漁である「火振り漁」からとったもの。夜間に船を出し、船上で焚いたかがり火を水面で振り、驚いた鮎をあらかじめ川に仕掛けた網へと追い込む漁法で、四万十川の中流域に位置する、蔵元がある大正町の夏の風物詩である。
これもれっきとした地酒だから、酒の追加はもちろんこれに。そして土佐で本腰を入れて飲む際の肴といえば、もってこいの逸品がまだ残っている。お姉さんを呼び、「ダバダ」のロックと、肴に本場の酒盗をお願いした。酒盗とはいわば「カツオの塩辛」で、カツオの胃と腸を塩漬けにして時間を掛けて寝かせたもの。文字通り「酒が盗まれるがごとく進む」ため、その名がついたという、酒豪の多い当地ならではのエピソードが有名だろう。小鉢には鮮やかなピンク色をした酒盗に、ウズラの卵黄が落とされ、軽くライムが絞ってある。ちょっとなめては、「ダバダ」をスッ。酒盗は本場だけに一点の生臭さのかけらもなく、カツオの旨味がこの小さな鉢1杯に見事凝縮された味だ。ほんのひとかけらで、はるかな奥行きと広がりを持ち、もう酒飲みにはコメント不能の旨さである。一方、「ダバダ」の方は対照的に、まろやかな舌触りと澄み切った甘さが実に上品。チェイサーのジョッキをぐいっとやれば、焼酎というより、上出来のシングルモルトウイスキーのような趣か。酒盗との相性も悪くなく、ちびちびと進め、酒盗をなめ、土佐の海の恵みと山の恵みに誘われゆらりと沈んでいく感触が心地よい。
いつの間にか店内のBGMは、ビリージョエルの「N.Y STATE OF MINDS」が流れていて、こんな雰囲気でこんな酒を飲み進めていると、郷土料理居酒屋にいることを忘れてしまう。あまりに居心地がいいのでつい、腰が重くなるが、ここで沈みきってしまうにはまだ時間が早い。土佐の魚と酒をおしゃれに頂いてごちそうさま、と店を後にした。帯屋町の繁華街界隈へと足を向けると、アーケードを中心にいくつもの路地が伸び、沿道には坂本竜馬の看板が掲げられていたり、郷土の漫画家である横山隆一のフクちゃんの大幕が下がるのを見かける。土佐名物の味の店など、飲食店も数多く軒を連ねており、次の居場所はどこにしようか、目移りしてしまいそうだ。途中で通りかかった中央公園では、踊り子のパフォーマンスなどが行われ、イベントの準備中の様子。そういえば明日は、高知の夏を賑やかに彩る、よさこい祭りの初日である。(2006年8月7日食記)