ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

魚どころの特上ごはん58…高知 『喰多郎』の、鯨カツにチャンバラ貝に酒盗など

2007年01月31日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 瀬戸内から四国沿岸の漁港の町を巡る旅も、この日泊まる高知でいよいよおしまい。旅の締めくくりの宴に選んだのは、繁華街の廿代町にある郷土料理居酒屋『喰多郎』である。一品目の「カツオのユッケ」はキムチとニンニクが効いた、オリジナリティあふれる味わい。その日の土佐沖で水揚げされた魚介類を、刺身、寿司、焼き物など様々なスタイルで味わえるとあり、ほかに注文した料理いずれも期待がかかる。長旅の締めくくりに、土佐の味覚を味わいつつ、じっくりと腰を据えて飲むことにしよう。

 カツオのユッケに続いて出てきたのは、「チャンバラ貝」という変わった名前の一品である。高知の太平洋側沿岸の浅瀬でとれる縦長の巻貝で、主に足摺岬周辺が産地。そして名の通り、海中でチャンバラをする面白い貝なのだ。具足の先が固い鍵状なっていて、これを振り回しながら泳ぐ様がチャンバラをしているように見えるため、その名がついたという訳。さっと塩ゆでしてそのまま食べるのがうまく、高知名物の皿鉢料理にも盛り付けられる、まさに地魚ならぬ地の貝なのだ。よさこい節の「坊さんかんざし…」の歌詞にような、赤い飾り球がついた串を貝に縦になるように差し込み、殻をしっかり持ってくるくる回すと身がツルリと出てくる。殻の口に近いほうはしゃっきり、奥のワタはこくがあり、これは酒が進む珍味だ。肝心の刀、ではなく具足の鍵の部分は、「固いので食べられませんよ」とお姉さん。殻の中のつゆもいいダシが出ており、しっかりと残らずすすって頂いた。

 そしてもう一品は串カツ。特別に土佐の味覚でない、ありふれた居酒屋メニューに思えるかもしれないが、このカツのタネは鯨、昔なつかしの「鯨(げい)カツ」なのだ。そもそも高知は捕鯨が盛んな土地で、特に県の東南端に位置する室戸は、古くは捕鯨の拠点基地として栄えた。江戸期から明治期には船団を組んで網で鯨を捕らえる古式捕鯨、昭和に入ってからは綱付きの銛を銃で撃つ近代捕鯨、さらに南氷洋へ遠征する船団捕鯨にも人材供出で貢献するなど、古くから鯨とともに歩んできた町といえる。さらに明治・大正期には、高知市街にすぐ隣接する浦戸湾で捕鯨が行われていた記録も残っているとか。そんな土地柄、今でも県内には鯨食文化は残っており、調査捕鯨で捕獲したミンク鯨などを食材に刺身や鍋、たたき、ベーコンなどが、郷土料理店でも供されている。サックリと揚がった衣にたっぷりのソースをつけてガブリ、中は肉汁がたっぷりあふれジューシーで、トンカツやチキンカツにない、したたるような旨味あふれる食感に思わず脱帽。鯨は今では希少な高級食材となってしまったが、かつては庶民の食生活を支えた貴重な蛋白源だったという。そのせいか、どこか庶民的、どこか懐かしさを感じる味だ。

 そんな懐かしい味のクジラの串カツでビールが進み、次はそろそろ焼酎に切り替えようか。メニューを見たところ、その名は聞いたことのある希少な焼酎「ダバダ火振」があるではないか。一般的に本格焼酎の素材は、米や麦、芋を原料とした「穀類焼酎」と、黒糖を原料とした「黒糖焼酎」が大半を占める中、主にその土地の特産品を使った「多様化焼酎」も近頃注目を浴びている。ジャガイモや山芋、かぼちゃなど、各地で個性あふれる素材が使われており、この「ダバダ火振」も栗を素材にした焼酎。原料の大半に、四万十川上流域で特産の栗を使い、低温でじっくり蒸留して仕上げた、まろやかな甘みが特徴だ。もともと生産量が少ないうえ、最近は注目を浴びて注文が殺到、入手困難な「幻の焼酎」の仲間入りとなってしまった。ちなみに銘柄名は、四万十川の名物鮎漁である「火振り漁」からとったもの。夜間に船を出し、船上で焚いたかがり火を水面で振り、驚いた鮎をあらかじめ川に仕掛けた網へと追い込む漁法で、四万十川の中流域に位置する、蔵元がある大正町の夏の風物詩である。

 これもれっきとした地酒だから、酒の追加はもちろんこれに。そして土佐で本腰を入れて飲む際の肴といえば、もってこいの逸品がまだ残っている。お姉さんを呼び、「ダバダ」のロックと、肴に本場の酒盗をお願いした。酒盗とはいわば「カツオの塩辛」で、カツオの胃と腸を塩漬けにして時間を掛けて寝かせたもの。文字通り「酒が盗まれるがごとく進む」ため、その名がついたという、酒豪の多い当地ならではのエピソードが有名だろう。小鉢には鮮やかなピンク色をした酒盗に、ウズラの卵黄が落とされ、軽くライムが絞ってある。ちょっとなめては、「ダバダ」をスッ。酒盗は本場だけに一点の生臭さのかけらもなく、カツオの旨味がこの小さな鉢1杯に見事凝縮された味だ。ほんのひとかけらで、はるかな奥行きと広がりを持ち、もう酒飲みにはコメント不能の旨さである。一方、「ダバダ」の方は対照的に、まろやかな舌触りと澄み切った甘さが実に上品。チェイサーのジョッキをぐいっとやれば、焼酎というより、上出来のシングルモルトウイスキーのような趣か。酒盗との相性も悪くなく、ちびちびと進め、酒盗をなめ、土佐の海の恵みと山の恵みに誘われゆらりと沈んでいく感触が心地よい。

 いつの間にか店内のBGMは、ビリージョエルの「N.Y STATE OF MINDS」が流れていて、こんな雰囲気でこんな酒を飲み進めていると、郷土料理居酒屋にいることを忘れてしまう。あまりに居心地がいいのでつい、腰が重くなるが、ここで沈みきってしまうにはまだ時間が早い。土佐の魚と酒をおしゃれに頂いてごちそうさま、と店を後にした。帯屋町の繁華街界隈へと足を向けると、アーケードを中心にいくつもの路地が伸び、沿道には坂本竜馬の看板が掲げられていたり、郷土の漫画家である横山隆一のフクちゃんの大幕が下がるのを見かける。土佐名物の味の店など、飲食店も数多く軒を連ねており、次の居場所はどこにしようか、目移りしてしまいそうだ。途中で通りかかった中央公園では、踊り子のパフォーマンスなどが行われ、イベントの準備中の様子。そういえば明日は、高知の夏を賑やかに彩る、よさこい祭りの初日である。(2006年8月7日食記)

魚どころの特上ごはん57…高知 『喰多郎』の、カツオのユッケ

2007年01月29日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 カツオ一本釣り漁の盛んな、土佐湾に面した漁業の町・土佐久礼の「久礼大正町市場」を巡り、カツオにまつわる本場ならではの様々な話を伺った。お昼過ぎの列車で土佐久礼を後に、旅の最後は南国土佐の中心としてある、高知の街で、思う存分に土佐の味覚を満喫するつもりだ。駅へ降り立つとまだ15時過ぎ、気温は軽く35度に達している上、土佐湾に間近に面しているため湿度もものすごいこと。今日もそうだが、連日早起きして朝から暑い中を歩き回っているせいで、旅の終盤となりさすがにバテてきた。駅から歩いて10分ちょっとのところに、この日泊まるホテルがあるのだが、この炎天下の下を歩く元気はなくタクシー乗り場へ直行。早めにチェックインしたとたん、ベッドの上でバタンキューと眠り込んでしまった。

 クーラーの効いた部屋で2、3時間熟睡したおかげで、日が傾く頃にはかなり体力が回復。さあ今行くぞ、待ってろよ高知の夜、とばかりホテルを出ると、まだ日中36度の暑さの名残でむっと重たい空気が襲ってくる。土佐電鉄の路面電車が走る駅前から延びる通りを渡り越し、日曜日には名物の「日曜市」が行われる追手筋を進み、目指すは夜の繁華街である廿代町界隈だ。居酒屋や郷土料理屋、バーにスナックなど、種類や大小さまざまな飲食店がひしめく小路を覗きながら歩いていくと、通りの一角に大きな看板が目を引くビルに出くわした。候補の1軒だった『喰多郎』で、まだ18時前と早いがやっていそうなので、高知の夜最初の1軒とした。入口をくぐると「どうぞ、奥が空いてますよ」と、5人がけカウンターの一角へ。今日は暑いですね、とすぐにおしぼりを持ってきたお姉さんは元気でシャキシャキした感じ、男勝りで快活な土佐の女性気質を指す、「はちきん」という言葉がピッタリ、といった感じである。

 高知屈指の繁華街である廿代町の飲み屋街の中で、ひときわ大きな店を構えるこの店、その日の土佐沖で水揚げされた魚介類を、刺身、寿司、焼き物など様々なスタイルで味わえる。こじゃれた感じのメニューを開くと、土佐のトラディショナルな一品料理に加えて、オリジナルの創作料理も確かに数多い。日本各地の日本酒や焼酎も豊富に揃っているが、この暑さではまずはやはり、ビール。そして肴もやはり、カツオといきたい。オーソドックスにたたきから、といきたいけれど、四国に入ってからあちこちで「普通の」タタキは頂いたことを思い出す。そんな様子を見越してか、「カツオなら、ちょっと珍しいメニューがありますが、どうですか?」。お姉さんが勧めてくれたのは、カツオのユッケ。これとクジラの串カツ、そしてチャンバラ貝の刺身、酒盗と、カツオ料理を中心にすべて土佐名物の味覚で脇を固めることに。ついでにおまけ、と、ニンニクの丸揚げも頼んで、今宵の飲み歩きのスタミナ補給といこう。

 今日は漁港めぐりの長旅の最後の夜となるため、ビールが出てきたらまずは、無事に旅程をこなせたことに乾杯。そしてお昼の土佐久礼のかつおどんぶりに続いて、まずはカツオから頂くことに。メニューには「にんにく薫るカツオユッケ」とあるこの品、喰多郎の名物創作料理のひとつで、鮮度抜群の生のカツオを、たっぷりの野菜とともにユッケに仕立てたもの。カツオは小振りで角切りにされ、付け合せはレタスとたっぷりのタマネギ、ネギにキムチとニンニクチップと、本来漁師料理であるタタキが、ずいぶんと洗練された感じだ。ビールをグイッ、そしてユッケを野菜ごとガバッとひと口。カツオは甘味とさわやかな酸味があり、身が柔らか。中村と土佐久礼で頂いた時もそうだったが、さすが「鰹乃国」、血の香りはせず、筋などまったくない。今度はカツオの刺身だけで食べてみると、ニンニクの香りがガツンと強烈。普通のタタキでは、薬味におろしにんにくや生のにんにくのかけらを添えるが、それよりもインパクトがある。さらに、ニンニクチップとキムチを添えて食べるとエスニック風で、口の中がカッカしてくる。これは暑さバテが吹っ飛び、食欲が開いていく感じである。

 ニンニクとキムチの強力さにビールがあっという間に空になり、早々におかわりをお姉さんに注文する。ついでに、このカツオはどこの漁港で水揚げされたものか尋ねたところ、この日は須崎のを使っているとのこと。須崎は土佐久礼から高知へ来る際、特急で次の駅で、土佐久礼と同様に土佐湾に面した漁港の町である。須崎から高知まで売りに来るのを、量り売りで買ったそうで、「うちで使うカツオは生のものだけ、もちろん冷凍モノなんか使わないよ」各地の地物のいいものを、その時々で使い分けていると胸を張る。でも、カツオは割って(おろして)みないと、見た目だけじゃ結構分からないからね、と、お昼に訪れた土佐久礼・大正町市場の田中鮮魚店の親父と同じ言葉がでてきてビックリ。今日、土佐久礼に行ってきたことを話すと、あそこは一本釣りで有名ね、と笑っている。

 と、スタートの一品ですっかり元気、食欲も湧いてきて、ニンニクの丸揚げを頼まなくてもよかったかな、と思うぐらいである。引き続き、カツオの脇を固める土佐の味覚が続いていくが、珍しい逸品ばかりであれこれ語りたくなるため(?)、次回に分けて詳細に。(2006年8月7日食記)

魚どころの特上ごはん56…高知・土佐久礼 『田中鮮魚店』の、一本釣りのカツオにハガツオ

2007年01月27日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 カツオの一本釣り漁で日本屈指の水揚げを誇る、高知県の土佐久礼を訪れ、町の中ほどにある『久礼大正町市場』でおみやげにカツオを物色。通りの外れにある『田中鮮魚店』の店頭には、地物のカツオや小柄なハガツオをはじめ、丸一本のままや刺身用のさく、たたき用のわらやきのさく、さらに生節に角煮など、様々な品々が揃っている。生節を3本買ったところで、おばちゃんとあれこれカツオについての話をしていたのを聞いていたらしく、奥から店の親父さんが登場。「カツオのことなら俺に聞け」とばかり、店頭のベンチに腰掛けて久礼のカツオのレクチャーをして頂くこととなった。

 土佐久礼の漁業は、カツオ漁で成り立っているといっても過言ではない。土佐久礼の沿岸には、カツオが北上する黒潮が流れているため、漁場である土佐湾沖合までは船で1〜3時間ぐらいと近く、カツオ漁にうってつけの立地にある。「土佐久礼のカツオは、漁場が近いから鮮度がいい」と親父さんは胸を張る。カツオといえばフィリピン近海を皮切りに、沖縄沖から鹿児島・宮崎沿岸、さらに土佐沖から和歌山沖、静岡沖を経て、三陸沖へ至った後に南下する回遊魚。土地土地によって、旬の時期が様々なことで知られている。ちなみに土佐沖のカツオは、3月に入った頃に黒潮にのって北上してきて、4月上旬から7月にかけてが最盛期だ。この時期には小型〜中型船を中心とする船団が、夜中の3時ごろにカツオの群れに向かって出漁し、その日の夕方には帰港して水揚げするため港は大賑わい。また沖泊まりで漁を続けるのではなく日戻り漁のため、鮮度はさらによくなるのだという。

 そして土佐久礼のカツオといえば、俗に「一本釣り」と呼ばれる漁法が大きな特徴だろう。ひと言で言うと、竿で一尾一尾釣り上げる方法。船団が群れを見つけたら散水器で海面に水をまき、そのさざなみを小魚の群れと間違えて寄ってきたカツオを、疑似餌をつけた針でどんどん釣り上げていく。カツオはほか、巻き網漁で漁獲することも多いが、巻き網漁は群れごと囲い込んで網ごとひいてくるから、カツオ同士が押し合いへしあいで身がくずれてしまう。都会のスーパーなどで安く流通するカツオは、巻き網漁のがほとんどらしく、「あれは身がつぶれてグズグズ。土佐久礼のカツオはすべて一本釣りで、身がサクッとしている」のだとか。とはいえ親父さんによると、カツオは十人十色ならぬ「10本10色」で、同じ漁場でとっても群れの状態や、とったあとの処理(氷の効かせ方)によって、身の状態や味が全然違うという。いわば割ってみる(おろす)まで分からないが、「しっかりと見ればいいカツオを選ることができるはず。どのように選んで、お客に提供するかが大事」。日夜、選別方法を磨くことの繰り返しと、言葉にも力が入る。

 そんな訳で、8月のこの時期にはカツオは最盛期をやや過ぎ、またマグロの漁期にはやや早い。この時期盛んなのが、クロマグロの幼魚を狙った漁である。体長50センチほどの「マヨコ」ほか、それより若い20センチぐらいの「シンコ」、さらにカツオやスマソーダ(ヒラソーダガツオ)のシンコも狙うという。シンコは成魚に比べて独特の甘味があり、この時期はメジカ(マルソーダガツオ)のシンコが特に味がいいなど、漁師の間では珍重されている。夏の時期はカツオ漁の代わりに、シンコを専門に狙う漁師もいるほどとか。ただしシンコは傷みやすく足が早いため、釣ったその日にしか食べられない貴重品。だから一本釣りで釣り上げたらすぐに氷をあてるなど、傷まないように取り扱うことが肝心、と親父さん。カツオの旬が過ぎた後の、夏の土佐久礼の代表的な地魚、といったところだろうか。

 せっかくだからおすすめのシンコを頂いていこう、と、親父さんに話の礼を述べて再び店頭へ顔を出したが、この日は台風の影響で漁にはほとんど出ておらず、あいにく店頭にも並んでいない。少々がっかりしつつ、おばちゃんに勧められて店の向かいの休憩コーナーでお茶を頂いていると、気の毒に思ったのか何と、刺身の皿を持ってきてくれた。アジとハガツオとのことで、値段を聞いたら「サービスよ」。ハガツオは店の店頭にも並んでいて、カツオよりも魚体が細長く縞模様もちょっと異なる外観が印象的。歯が強いためにその名が付いたとされ、漢字では「歯鰹」と表すとか。これもシンコ同様、鮮度落ちが激しいため、刺身は水揚げ地でしか味わえない貴重な品だ。淡いピンク色をした身をひと切れ頂くと、カツオよりも身に水分が多いようで、フワフワ、トロリと柔らか。ほんのりと甘味があり、くせがなく瑞々しいからなかなか後をひく。

 そんなこんなで、この市場で買い物やら試食? やらでのんびりしているうちに、そろそろ高知へと向かう特急列車の出発時刻が迫ってきた。おばちゃんがさらにサービス、と差し入れてくれた文旦(夏みかんのような柑橘類)のアイスを慌しく平らげ、さっき買った生節の袋をバッグに詰め込んだら、再び自転車をこいで駅へと急ぐ。瀬戸内から四国の沿岸の漁港の町を巡る旅も、今夜の高知でいよいよおしまい。名残の酒は土佐の「酔鯨」に「司牡丹」、肴はカツオをはじめとする土佐の味覚の数々と、暑く熱い南国高知の夜を、存分に楽しむとしよう。(200年8月6日食記)

魚どころの特上ごはん55…高知・土佐久礼 『久礼大正町市場』で、本場のカツオをお買い物

2007年01月25日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 カツオの一本釣り漁で日本屈指の水揚げを誇る、高知県の土佐久礼は、土佐湾に面した漁港の町である。瀬戸内海から四国沿岸の漁港の町めぐりの旅の終盤に訪れ、漁港や漁師町を自転車で散策したあとに、町の中ほどにある『久礼大正町市場』でひと休み。市場の中ほどにある「市場のめし屋浜ちゃん」で腹ごしらえして、時計を見ると列車の時間までは2時間ほどあるようだ。真夏日の下を最も暑い時間帯に出回るのもしんどいから、自転車での町めぐりはもうおしまい。日差しを避けるべく、屋根つきアーケードの下でじっくり時間を掛けて、おみやげのカツオ選びを楽しむことにしよう。

 入口から出口までのんびり歩いても2、3分ほど、店の軒数も10軒程度というこぢんまりしたこの市場は、お昼を過ぎると様相は一変。店舗のほか、通りに沿って鮮魚や農産品を扱う露店も並び、午後から夕方に掛けて地元の買い物客を中心に賑わいを見せる。久礼の漁師たちは夜中から朝にかけて出航、昼前に帰港した後13時に競りが行われるため、競り落とされた魚介が昼過ぎぐらいからここの店頭に並ぶという仕組み。そもそもこの市場、明治時代の中ごろに、漁師の奥さん方が水揚げされた小魚を売っていたのが起源とされ、大正から昭和初期には魚と野菜を交換する闇市として活気があったという。

 そろそろその昼過ぎになるというのに、通りにはまだ露店が出店する様子がない。また平日だからか、買い物の時間帯には早いせいか、お客の姿も少ないよう。ちょっと閑散としたアーケードを歩いていると、通りの外れに1軒だけ、お客が集中して賑わっている鮮魚店を見かけた。『田中鮮魚店』は市場で一番大きな店舗で、店頭の大きな品台には大きさや種類様々な鮮魚や水産加工品がずらり。兄さんに姉さん、おばちゃんら、店の人も大勢が揃い、あたりには元気な売り声が飛び交っている。鮮魚を眺めたところ、天然ハマチに天然鯛などの大型高級魚をはじめ、豆アジやキビナゴなど、ひと皿単位、1尾単位で売る近海の雑魚があれこれ。さらに加工品は天日乾燥で添加物なしの塩サバやアジ、カマスの干物に「サービス品」とある鯛の干物、イカの一夜干しにかちりやちりめんの量り売りなど、いずれも久礼港でとれた魚介ばかりだ。宇和島名物・じゃこ天風のすり身の天ぷら「久礼天」も並んでいて、かつおどんぶりを平らげた直後なのについ、手が出てしまいそうだ。

 久礼大正市場に店を構えて100年以上の歴史を誇るというこの店は、久礼漁港で水揚げされた鮮度のいい魚介を、鮮魚ほか干物などの加工品にして扱っている。中でも「今日は台風で船が戻ってきたから、カツオが入っているよ」とおばちゃんが勧めるカツオは、一本釣りでとれた自慢の品だ。久礼漁港の比較的近海を黒潮が流れているため、漁場は船で1〜2時間、遠くても3時間ぐらいと近く、鮮度のよさは文句なし、とおばちゃんも胸を張る。店頭には「地物」との札が添えられた大きなカツオに、やや小型の「ハガツオ」とあるカツオが、ピカピカと光りながら並んでいて、1尾丸のままはもちろん、刺身用のさくやわら焼きに仕上げたたたきでも売っている。さらに生節、角煮、かつおめしのもとなど、水揚げ港だけにさすが、品揃えが豊富なようである。

 あれこれと迷いながら店頭で長居していると、「時間があるなら、あわてないでゆっくり見てってね」とおばちゃんが笑っている。今日は市場のお客さんが少ないようですね、と話すと、「町民の台所なんて呼ばれてたこともあったけど、近頃は郊外に大きなショッピングセンターができちゃっね」。今では露店も含めて店は全体で20軒ほど、うちやはり魚関係が中心でほとんどを占めているという。お客が少ない上、この日は露店も出ないようで、出店位置に店を出す人の名札がかかっているだけ。台風が近海に接近していたらしく、その影響で漁獲が少ないから店を出さないのか、思ったら「今日は暑いからじゃない?」。露店をやっているのはお年寄りが多いため、週休3日も珍しくないのだとか。それにしても暑いからお休み、とは、商売にしては大らかというか、気ままというか。

 結局おみやげには、久礼で水揚げしたカツオを店で加工したという生節を、3本買い求めることに。さらにおばちゃんとあれこれと立ち話をしていると、奥から見せの親父さんが現れた。あんまり長話しているから、営業妨害で怒られるのか? ということではなく、土佐久礼のカツオについて色々話を聞いているのを見て、「カツオのことなら俺に聞いてくれ」ということらしい。店頭のベンチ席に腰を下ろしての、親父さんとのカツオ談義については… 次回にて。(2006年8月6日食記)

魚どころの特上ごはん54…高知・土佐久礼 『市場のめし屋浜ちゃん』の、かつおどんぶり

2007年01月23日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 瀬戸内海を経て四国へ渡り、宇和海・太平洋の沿岸の漁港の町を巡る旅も、四国の西南端に位置する中村を過ぎて後半戦に突入である。お昼前に中村駅を出発した特急列車の車窓からは、蒼く広がる土佐湾が眺められ、いよいよ「鰹の国」にやってきたんだな、との期待感が高まってくる。そして空には、ギラギラと照りつける真夏の太陽。8月に入って間もないこの日も、30度は軽く越えそうな夏日で、漁港散歩にはなかなか厳しい1日になりそうだ。列車は土佐佐賀駅から内陸へ入り、しばらく里らしい風景の中を走った後、土佐久礼駅へと到着した。特急が停まる駅なのに、ひっそりとした無人駅で、1本だけのホームに下車した客は自分だけ。とたんに、ぶわっと蒸し上げられるような酷暑が、全身に襲ってきた。以前に同じ高知の須崎を訪れた際に経験した、強い日差しに高い湿度を思い出し、外洋に面した南国土佐特有のきつい夏日に、改めて圧倒されてしまう。

 土佐久礼、という地名を聞いて、「土佐の一本釣り」というマンガが思い浮かぶ方は、ちょっと年配の方だろうか。高知市から50キロほど西に位置し、眼前に黒潮を望む漁業の町で、カツオの一本釣り漁法による水揚げは日本でも有数の、まさにカツオの町である。前述のマンガはこの町を舞台に、16歳の駆け出しカツオ漁師の純平が一人前の漁師になっていく様と、年上の恋人・八千代との恋模様を綴った、地元高知出身の青柳裕介氏の代表作。映画化もされ、八千代役を田中好子が演じていた、と書くと、またピンときた年配の方もいるだろうか? 作品では土佐のカツオ漁師の生活風景がリアルに描かれていて、豪気で傲慢な一方で情にもろく御人好しな「いごっそう」の男衆に、一途で包容力があるが肝心なところではピシャリ、と強い「はちきん」の女衆の繰り広げるドラマが、笑いと涙を誘ってくれる。海岸には青柳氏の石像が建立され、市街にはマンガの原画を展示する商店があるなど、ゆかりの見どころも。駅前の消防署で無料の自転車を借りて、八幡町商店街から漁港へと流してみると、確かにマンガの舞台となった当時のままのようなレトロな風景が、ところどころに残っているのに驚いてしまう。

 市街を抜け、久礼川の河口にある漁港まで行ってみたところ、漁船がずらりと停泊していて水揚げ場に人気もない。すでにお昼を過ぎているので、もう帰港して水揚げ作業が終わったのだろうか。港のすぐ沖合いは外洋で、津波の危険にさらされているためか、漁港は強固な防波堤に守られている。防波堤には繰り返し、強い波が打ち付けられていて、そういえば土佐湾のはるか沖合を、台風が通過中なのを思い出す。漁港を後に、久礼川の河口から市街へと向けて川沿いに遡ると、沿道に続く民家の前には植木鉢が並んでいたり、洗濯物が干されていたりと、生活感あふれる漁師町の風景が展開。純平と八千代も、こんなところで暮らしていたな、などと思いつつ、人の気配のない町の中を大汗を流しながら、ペダルをこいでいく。

 川沿いの通りから古い民家の間の路地を抜けたところで、アーケードの商店街に出くわした。自転車を入口に停めて中を歩いてみると、入口のところに大きな鮮魚店、そのほかは野菜や果物、手作りの寿司など惣菜の店などの店が並び、小ぢんまりしているが町の市場のような雰囲気だ。ぶらぶらと歩くとすぐに反対側の出口となり、出たところにはカツオのオブジェを掲げた立派なゲートが。どうやらこちらが正面入口らしく、看板を見ると何と、土佐久礼散策でお目当てにしていた「久礼大正町市場」ではないか。その日に久礼漁港で水揚げされた鮮魚を中心に扱う名物市場で、店舗のほか鮮魚や農産品を扱う露店も並び、昼過ぎから夕方にかけて地元の買い物客を中心に、大変な賑わいを見せるという。自分もここで、カツオにまつわるおみやげを買うつもりでいて、沿道の店頭に並ぶ丸一本のカツオやさくどりされた刺身、さらに生節に角煮といった品々に、思わずそそられてしまう。

 とはいえ自転車で走り回った後で厳しい暑さもあり、買い物の前にまずは体力回復の腹ごしらえだ。アーケードの中ほどで見かけた食堂『市場のめし屋浜ちゃん』へと足を向けると、昼時のせいもあり店頭のオープン席まで客で埋まっている様子。久礼漁港で水揚げされたばかりのカツオが味わえるとあり、高知市街などから足を運んでくるドライブ客も多いようで、姉さん3人がてんてこまいで接客しており忙しそうである。何とかひとり分の席が空き、店内のテーブルの片隅へ。品書きによると、カツオを使った料理はかつおどんぶりと、刺身定食とたたき定食の3種。いずれも500円ちょっと、1000円もしない安さが、さすが本場ならではか。中でもカツオどんぶりは人気の品らしく、ほとんどのお客が頼んでいる様子だ。さっといただけそうなので自分もこれに決めて、壁に飾られた一本釣り漁の写真など、カツオにまつわる絵や写真、記事を眺めながら待つ。面白いのが、テーブルに置かれたようじが「かつ尾よーじ」、つまりカツオの尾を材料にしたもので、何度も使えます、と店で売っている案内もされている。

 しばらくして奥のカウンターから、自分のテーブルにかつおどんぶりの丼が4つ運ばれてきた。相席の客もみんなかつおどんぶりを注文したらしく、やはり人気の品のようだ。見た感じはべっこう色の薄めの身がご飯の上にのり、その上にとろろをかけてあり、まるでまぐろの山かけ丼風でもある。少々待ったため空腹がピークとなっており、出されるや否や、タレをかけまわしていただきます。土佐久礼のカツオ漁は、夜中の1時ごろ出航してお昼前後に帰港、水揚げして、それをこの市場に直送して扱っている。この店のカツオも、刺身でそのまま頂けるほど鮮度の良いものを、たたきや丼に調理しているという。カツオのたたきといえば、厚い身でもちもちした食感のイメージだが、これは鮮度がいいから身は薄めでもしゃっきりと、丼で頂くならこのほうが合うかも知れない。タレは程よく酸味が効いていて、これも暑いときには食が進んでありがたい限り。さらにとろろのおかげで、この暑さにはパワーがつくのもうれしい。

 まだ店頭に行列している客がいるせいもあり、さっと平らげたら早々に店を後にする。この日泊まる高知へ向かう列車が出るまでは、まだ2時間ほどあるよう。外はちょうど一番暑い時間帯だし、屋根つきアーケードの下で、時間を掛けていいカツオを物色するとしようか。再びアーケードの下を歩き出すと、さっきは気づかなかったが中ほどの天井から、彩り鮮やかな大漁旗が数枚ぶら下がっているのを発見。そのひとつをよく見ると、漁船をバックに大振りのカツオを手に提げて微笑み合う、純平と八千代の姿が描かれていた。(2006年8月6日食記)