ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

魚どころの特上ごはん66…鳥取 『境港水産物直売センター』の、ノドグロにアコウなど地魚あれこれ

2007年03月19日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 山陰屈指、いや日本でも有数の水揚げ量を誇る漁港だけあり、境港漁港の朝は実に早い。なのに前夜にお邪魔した料理屋で、地魚を肴に調子にのって飲みすぎてしまった挙句の朝寝坊。7時過ぎにあわてて出かけてみたものの、すでに水揚げも市場での取引もすっかり終盤になってしまっていた。漁港や市場を巡る物書きとしては何とも情けない限り、と小さくなっていたら、お目当てのベニズワイガニは、本日は水揚げも競りもなし、とのこと。この日は日曜日、加工場が休みだからで、寝過ごしたせいではない、とちょっとホッとしたか? 水揚げと競りはあいにく見られなかったが、そこはベニズワイガニの水揚げが日本一の漁港。本場まで足をわざわざはこんだのだから、せめてそのお姿ぐらい、どこかで拝んでいきたいところ。

 そこで漁港に隣接する、『境港水産物直売センター』へと足を伸ばしてみることに。境港に水揚げされる新鮮な魚介を揃える県営の仲卸店舗群で、仲買が競り落としたばかりの魚介を直売している。漁港に隣接する直売所といえば、近頃は観光客を意識した小綺麗なフィッシャーマンズ・ワーフのような施設が各地に増えているが、ここは体育館風というか倉庫風の、見た感じはずいぶんと年季の入った施設である。中へと入ると建物は細長く、中央の通路に沿って両側に鮮魚店がずらり。煌々と輝く裸電球の元、ピカピカの魚介類が店頭狭しとびっしりと並べられ壮観である。店の人の呼び声も賑やかに飛び交い、人通りがなく閑散とした外とは別世界の賑やかさに、つい圧倒されてしまう。

 圧倒されてしまうのは、客引きの激しさもまた同様。歩いているとかなり強引に呼び止められたり、カニの足を試食させて引き留めたり、中には通路に仁王立ちして通る客を待ち構えている店員の姿までも。「はい、お兄さん。カニあるよカニ。もう買った? うちはどこでも送れるよ。さあ」と、やはりカニを売る声が飛び交っていて、ベニズワイガニがどさっと山積みにされている様子もあちこちで見かける。よくよく考えてみると、今日は水揚げがないのに何故、ベニズワイガニが店頭に並んでいるのだろう。不思議に思っていくつかの店の呼び声にのって話し込んでみたが、「商談」ではないと勘付かれると答えははぐらかされたり、うやむやにされたりと要領を得ない。値段も前日に訪れた鳥取・賀露漁港に隣接する直売所「かろいち」よりもやや高いようで、これもなぜなのか聞いたが「モノがいいからよ。とにかく買ってくれ」と押しの一手である。

 激しい売り込み攻勢に押されながらどんどんと進み、気がつけば建物のやや奥の一角にある鮮魚店の前に至っていた。この店の店頭にはカニの姿は見かけないが、地物の魚の種類豊富なこと。シマエビ、鬼エビ、モサエビ、甘エビなど各種エビほか、白イカ、白黒半々のシマメイカ。さらにノドグロやアコウといった高級地魚まで、さっき見物した境港漁港の2~3号上屋で見た、底引き網や巻き網で水揚げされた地魚が勢ぞろい、といった感じである。店頭をぶらぶらしても、おばさんが商談をもちかけてくることもなく、愛想よく様子を見守ってくれているのがありがたい。急き立てられず、品定めが落ち着いてできるほうが、かえって購買意欲が湧くというもの。ベニズワイガニのお顔も拝んだことだし、この「板倉博商店」で地魚をみやげに、と腰をすえて買い物を楽しむことにした。

 おばちゃんにこの日のお勧めの品を尋ねたところ、「ノドグロかな。大物は結構な値段がするけれど、これぐらいの大きさのが値段も手ごろでうまい。ほか今の時期は赤ガレイもいいし、今日は高級魚のアコウもあるよ」。地方によっては「魚神」とも称するノドグロは、煮魚にすると比類なき味、と漁師たちも賞賛する魚である。料理屋で注文すると大抵値段は「時価」とあり、中ぐらいのを煮付けにすると2000~3000円程度が目安か。それがここではやや小柄とはいえひと皿5匹で500円と、確かに安い。ほか、市場のあちこちで見かける白ハタとは、この地方でハタハタのことを指す。秋田で珍重される魚だが、日本海沿岸の広い範囲で漁獲される魚で、山陰でも地元ではよく食べられている地魚のひとつだ。今年は、例の巨大なエチゼンクラゲのせいで不漁らしく、巻き網の漁獲10トン中6トンがクラゲだったこともあるとか。

 こんな具合にいろいろと教えてくれるおばちゃんに、気になっていたベニズワイガニについての質問をしてみることに。すると「今日店頭に並んでいるベニズワイガニは、昨日とれたものよ」。1日前に水揚げの品を並べるとは、鮮度落ちしているのではと心配したところ、ベニズワイガニは水揚げ後に浜ゆでしてから、いったん氷や冷蔵庫で冷やし、店頭に並ぶのは水揚げの翌日なのだという。「ゆでてから1日冷やして寝かせたほうが、身の水分がとんで甘みが出てうまいのよ。でも『水揚げしたて、ゆでたて』のほうがイメージがいいという人もいるし、そのへんは好みかな」とおばちゃんは笑う。ちなみにゆでる際のポイントは、生きたまま真水に入れて時間をかけて締めること。いきなり熱湯に入れると、危険を察知して足を自ら落とす「自切」をしてしまうのだ。このあたりの加工法はカニの王様・松葉ガニとほぼ同じで、値段にゼロがひとつ少なくても、かかる手間は同じということか。

 今日はベニズワイの水揚げがないけど、明日だったら3隻が漁港に入ってくるのに、残念ね、などとおばちゃんと話し込んでいる横では、お兄さんがお土産用の地魚の詰め合わせを着々と用意してくれている。予算を伝えてお任せにしたところ、さっきのひと皿500円のノドグロにアコウ、さらに甘エビにイカも加えて3000円也。ここの直売所で売っているベニズワイガニは、鳥取・賀露漁港のよりもやや高く1枚1500~2000円だから、ベニズワイ2枚ほどと思えば、かなりお得な内容だ。ベニズワイガニが今日店頭に並ぶ真相が分かった以上、こちらも気にはなったけれどあいにく予算オーバー。朝寝坊に始まった境港漁港散策では、どうもベニズワイガニ様とご縁がなかったようである。(2006年9月25日食記)