夕刻の徳島駅からホテルへと歩いていく途中、響いてくる賑やかな囃子に思わず立ち止まる。囃子は沿道の公園からで、遠巻きに眺めてみるとどうやら、阿波踊りの練習をしている様子。昨日まで滞在していた高知はよさこい祭り、そして徳島では阿波踊りと、四国は夏のお祭りシーズンたけなわである。
ホテルに荷物を置くのもあわただしく、徳島駅付近の繁華街へと再び引き返す。細い路地には間口の狭い飲食店が軒を連ねており、居酒屋や定食屋に混じり、徳島ラーメンの文字も見られる。飲んだ締めにすすりたくなりそうだな、と締めの店を検討する前に、今宵の一杯の店を見つけるのが先決。ラーメン屋の数軒隣に、鉢巻をキリッと締めた親父さんのイラストの看板にひかれ、この『居酒屋とくさん』のカウンターへとふらりと吸い込まれていく。
卓上に置かれた箸袋や灰皿にも、看板と同じイラストが描かれており、カウンターの向こうに目をやると、イラストと同じ顔の頑固そうな風貌の親父さんが、板場で頑張っているのが伺える。板場に掲げられたホワイトボードには、この日お勧めの魚介いくつも板書されており、目で追うと鳴門の天然鯛やタコの刺身、徳島産岩ガキ、淡路近海が特産のハモの湯びき、徳島産とあるアユ塩焼きと、鳴門海峡や近海、周辺の魚介が目白押し。最近注目されている名物地鶏、「阿波尾鶏」の文字も見られる。
まずは鳴門産のサバの刺身に、阿波尾鶏の焼き鳥でビールを、と注文したところ、あいにくサバの刺身は終わりで、かわりに大トロしめサバを勧められた。サバの大トロとの名の通り、身には茶の脂がびっしりとついていて、子持ちコンブつきなのが独特だ。徳島名物のスダチを絞って頂くと、身はサクッ、脂は旨みがどっしり。スダチの酸味に負けないズッシリ重い味で、子持ちコンブのぷつぷつの歯ごたえが心地よい。
ツマにはワカメがたっぷりで、鳴門といえばワカメも地魚ならぬ地の「海草」だ。激しい潮流にさらされて歯ごたえがよくなり、草木灰を用いた「灰干乾燥」により、鮮やかな緑色と瑞々しい風味が保たれているのが特徴である。この手法は手間がかかる上、最近は灰の確保が難しくなったこともあり、次第に塩蔵加工が主流になってきているのだとか。
肉汁は少なめで肉のうまみが豊かな、阿波尾鶏の焼き鳥も合わせてつまみながら、あっという間にビールをグイッと空けてしまったら、おかわりは阿波の地酒「芳水」の吟醸「明快辛口」といきたいところ。
そして続いての鳴門の魚介はタコ。鳴門のタコといえば鳴門鯛と並ぶ、鳴門海峡で水揚げされるブランド魚介だろう。ともに海峡の激しい潮流にもまれて身が締まり、潮流に流されてきた小魚やエビ、カニといった豊富な餌に恵まれているおかげで、味がよくなるといわれている。
ちなみに、これらの魚介を育む鳴門の渦潮は、鳴門海峡の西側の瀬戸内海と東側の紀伊水道との間に、潮の干満によって高低差が生じ、高いほうから低いほうへと鳴門海峡を経て、潮流が流れることによって発生する。時速三十~六十キロにもなる速い潮流が、海峡部の凹凸の激しい海底にぶつかって上昇、その際に大きな渦を巻く仕組みで、大潮の頃には直径三十メートルもの大きさになるという。
追加したたこ天は、そんな環境に生息していたおかげか、身は簡単にはかみきれないほど、グッ、グッと弾力がある。あごがくたびれるけれど、かみ続けていると甘さがフワリと漂ってくる。パチパチとした歯ごたえの吸盤も香ばしく、酒の肴向きの天ぷらかも。辛さのバランスがとれた「芳水」が、タコの身の甘みをよりふくらませてくれる。
徳島では、秋に沿岸に集まってきたところを、底引き網で漁獲する。白身が多く煮物や焼き魚、ムニエルに向いているが、徳島県は魚の姿寿司がよく食べられる土地柄、マアジやアユなどの中で特に珍重されるのが、このボウゼなのだ。漁獲される時期が秋祭りのシーズンと重なるため、徳島ではボウゼの姿寿司を家庭で作り、秋祭りに食べる風習があるという。いわば、徳島に秋の到来を告げる魚なのである。
つくり方は、ボウゼを丸のまま背開きにして酢で締めて、身に寿司飯を詰めこんで、上から押して仕上げる。頭と尾がついているのが特徴で、出された皿にも丸一尾の押し寿司がのっており、身には徳島産のスダチのスライスがのっている。頭も尾も食べられるように、酢でしっかり締めて柔らかくしてあるので、豪快に頭からかぶりつくのが徳島流。目玉を抜いてエラも取ってあるので食べやすく、頭肉部分の味がなかなか深い。白身はしっかりと厚くついていて、やや脂が少なくかなり淡泊な味わいで。身にのったスダチと、酢飯の上のシソ、ゴマが爽やかで、南の国の寿司らしくすっきりと食べやすい。
イボダイは最近、日本近海ではあまり獲れなくなってきており、干物など加工品で出回っているものには、遠洋で獲ったものや、北米や南米の大西洋沿岸で漁獲した類似種の「バターフィッシュ」が流通しているという。今年に関しては徳島近海のボウゼは、九月の秋口から安定して水揚げされているとのことで、地元の人たちにとっては、秋祭りのシーズンを前にうれしい話である。
親父さんに見送られ、店頭では親父さんのイラストの看板に見送られて、店を後に。飲んだ締めに徳島ラーメンを頂くには、ボウゼの姿寿司を平らげた直後でお腹が少々苦しい。酔い覚ましと腹ごなしを兼ねてさっきの公園まで散歩して、ついでに本場の阿波踊りの練習を見物させてもらうことにしようか。(8月中旬食記)