松江の町は2度ほど訪れたことがあるのに、なぜか取材記録や写真が全くない。貧乏性なもので、旅先で店に入った際には取材であろうがなかろうが、品書きや感想をメモしたり、料理や店頭の写真を撮ったり、が当たり前。こんな風に、何時でもどこででも精力的、ある意味無節操に取材活動を展開しているのにもかかわらず、行ったことがある街で記録が何もないのは不思議だ。最初に松江を訪れたのは卒業旅行だったか。当時はまだ、食ライターを志すと決めてなかったからこれはやむなし。次に訪れた時はそういえば「ツレ」が居たような。それなりに気合の入った(?)旅行ゆえ、入った店でちょこまかメモったり、やにわに立ち上がってでっかい一眼レフでストロボをバシッと焚いたり(当時はカメラ付き携帯なんて気の利いたものはなかった)なんてことは、さすがにやらなかったんだろう。それが次第に平気の平左になってきて、そんな自分の無粋さが表面化してきたことが原因で…。
という訳で、松江の記録がない理由と、ついでに余計なことまで思い出したところで、境港を後にしたバスは定刻に松江駅前に到着した。ホテルへ直行して荷物を置いたら、レンタサイクルで市街へとこぎ出す。 千鳥が羽根を広げたような千鳥破風の屋根が威風堂々と構える 、町のシンボル・松江城。かつては松江藩主の中級武士の屋敷が軒をつらねていた、古い屋敷が集中する塩見縄手。松江藩18万6000石の城下町らしく、しっとりとした風情の町を進むにつれ、記録がないかわりに様々な「記憶」があれこれと甦ってきてどうもいけない。さらにペダルをこぎ進め、宍道湖大橋を渡り、橋の中ほどから宍道湖を眺めながらひと休み。周囲47キロ、水深平均4.8メートル。面積は日本国内で7番目という大きな湖が、市街にすぐ隣接して広がっているのは、日本のほかのどこにもない松江ならではの風景だろう。橋の上からはきらめく湖面、広い空には雲が流れ、広々した風景が気持ちいい。そういえばここで、日本屈指の夕景との呼び声が高い、嫁が島に没する宍道湖の夕日も眺めたような。
市街散策をしていると、どうも雑念に振り回されてしまうので、そろそろ本筋に立ち返って食い物屋巡りといくことにしよう。そういえばかつて、宍道湖大橋のたもとのウナギ屋で、飯を食ったことがあるのを思い出した。確か野郎3人で、ということは卒業旅行の記憶だからまあいいだろう。橋のたもとから大橋川沿いにややのぼったところだった、『いずも屋』の小ぢんまりした店構えは健在だった。自転車を店頭に置き、のれんをくぐって店内へ。窓際のテーブル席に腰を下ろすと、すぐ外には大橋川が流れ、左手に宍道湖大橋と宍道湖がちらりと見える。品書きによると、うな丼は蒲焼が2切れと3切れで値段が違う仕組みで、上中や松竹梅というランク分けとは違うようだ。注文はもちろん、3切れで。卒業旅行で訪れたとき、どっちを注文したのかは思い出せないが、学生の貧乏旅行だったから押して知るべしか。
このたび松江にやってきたのは、そんな昔訪れた際の郷愁の数々に浸るためではもちろんなく、俗に「宍道湖七珍」と称される、宍道湖の湖魚料理を味わうのが目的である。宍道湖は大橋川と中海で日本海とつながっているため、淡水と海水の混じった「汽水湖」。各水域で塩分が異なるため、様々な魚種が棲息している。七珍を全部挙げると、スズキ、モロゲエビ、ウナギ、アマサギ、シジミ、コイ、シラウオの7種で、頭文字をとってスモウアシコシ、つまり「相撲足腰」と覚えるそう。中でも相撲の「ウ」である宍道湖の天然ウナギは、足腰のみなならず全身が締まり歯ごたえがあるため、蒲焼に向いているのだとか。この店では直火でしっかりと焼いたウナギを、先代から引き継がれたタレで仕上げたうな丼が、地元の客を中心に評判が高いという。
そのうな丼、厚い身の蒲焼が3切れドンとのっており、ご飯が隠れて見えないぐらいのボリュームである。食べてみると厚さの割にはかなりあっさり、さらりと軽いタレも少なめなので、鰻丼特有の重さがなく食が進む。いわば淡白な白身魚丼といった感じか。蒲焼と一緒に、ご飯をばくばくと食べ進めていくと、底のほうからたっぷりのタレが現れた。まるで先に丼にタレを入れて、上から飯をよそったよう。蒲焼を先に食べ進めてしまっても、残ったご飯にこのタレで味がつくから効率的かも知れない。
さすがは宍道湖産のウナギ、と言いたいところだが、天然物のウナギはよそと同様、宍道湖でも漁獲量が少ない希少な品。数が少ないため市場に出回ることはほとんどなく、大きさや質も揃いづらいから料理屋で仕入れるのも至難の業。食べたいなら前もって店に予約をする必要がある上、値段は養殖の倍はするため、1000円ちょっとの予算で手軽に、という訳にはいかないのが実情である。七珍のひとつだけに松江でも名物にしており、市内でウナギを扱う店は数多いけれど、実際にはほとんどの店が浜名湖や鹿児島などの養殖ウナギを使っているとも言われている。女将さんにこの店のウナギは宍道湖産ですか、と聞いてみたところ、微妙な間の後に「…はい」との返事。
まあそのへんはあまり深く詮索せずに、 特盛り3切れの蒲焼で満腹満足、雑念からも開放されすっきり元気が出てきた。食後のセルフサービスのコーヒーを頂いて店を後に、今宵訪れる予定の宍道湖七珍の店が始まる時間まで、ホテルに戻ってひと休みしようか。ペダルをこぎ、ホテルがある繁華街の京店界隈まで戻ってくると、松江名産のめのう細工の店を見つけた。気まぐれで覗いてみると、深緑に輝くいい感じの指輪を発見、みやげに家内に買っていくのもいいかも。 …そういえばこの指輪、かつて別の誰かに買ったことがあるような気も…。 (2006年9月25日食記)
という訳で、松江の記録がない理由と、ついでに余計なことまで思い出したところで、境港を後にしたバスは定刻に松江駅前に到着した。ホテルへ直行して荷物を置いたら、レンタサイクルで市街へとこぎ出す。 千鳥が羽根を広げたような千鳥破風の屋根が威風堂々と構える 、町のシンボル・松江城。かつては松江藩主の中級武士の屋敷が軒をつらねていた、古い屋敷が集中する塩見縄手。松江藩18万6000石の城下町らしく、しっとりとした風情の町を進むにつれ、記録がないかわりに様々な「記憶」があれこれと甦ってきてどうもいけない。さらにペダルをこぎ進め、宍道湖大橋を渡り、橋の中ほどから宍道湖を眺めながらひと休み。周囲47キロ、水深平均4.8メートル。面積は日本国内で7番目という大きな湖が、市街にすぐ隣接して広がっているのは、日本のほかのどこにもない松江ならではの風景だろう。橋の上からはきらめく湖面、広い空には雲が流れ、広々した風景が気持ちいい。そういえばここで、日本屈指の夕景との呼び声が高い、嫁が島に没する宍道湖の夕日も眺めたような。
市街散策をしていると、どうも雑念に振り回されてしまうので、そろそろ本筋に立ち返って食い物屋巡りといくことにしよう。そういえばかつて、宍道湖大橋のたもとのウナギ屋で、飯を食ったことがあるのを思い出した。確か野郎3人で、ということは卒業旅行の記憶だからまあいいだろう。橋のたもとから大橋川沿いにややのぼったところだった、『いずも屋』の小ぢんまりした店構えは健在だった。自転車を店頭に置き、のれんをくぐって店内へ。窓際のテーブル席に腰を下ろすと、すぐ外には大橋川が流れ、左手に宍道湖大橋と宍道湖がちらりと見える。品書きによると、うな丼は蒲焼が2切れと3切れで値段が違う仕組みで、上中や松竹梅というランク分けとは違うようだ。注文はもちろん、3切れで。卒業旅行で訪れたとき、どっちを注文したのかは思い出せないが、学生の貧乏旅行だったから押して知るべしか。
このたび松江にやってきたのは、そんな昔訪れた際の郷愁の数々に浸るためではもちろんなく、俗に「宍道湖七珍」と称される、宍道湖の湖魚料理を味わうのが目的である。宍道湖は大橋川と中海で日本海とつながっているため、淡水と海水の混じった「汽水湖」。各水域で塩分が異なるため、様々な魚種が棲息している。七珍を全部挙げると、スズキ、モロゲエビ、ウナギ、アマサギ、シジミ、コイ、シラウオの7種で、頭文字をとってスモウアシコシ、つまり「相撲足腰」と覚えるそう。中でも相撲の「ウ」である宍道湖の天然ウナギは、足腰のみなならず全身が締まり歯ごたえがあるため、蒲焼に向いているのだとか。この店では直火でしっかりと焼いたウナギを、先代から引き継がれたタレで仕上げたうな丼が、地元の客を中心に評判が高いという。
そのうな丼、厚い身の蒲焼が3切れドンとのっており、ご飯が隠れて見えないぐらいのボリュームである。食べてみると厚さの割にはかなりあっさり、さらりと軽いタレも少なめなので、鰻丼特有の重さがなく食が進む。いわば淡白な白身魚丼といった感じか。蒲焼と一緒に、ご飯をばくばくと食べ進めていくと、底のほうからたっぷりのタレが現れた。まるで先に丼にタレを入れて、上から飯をよそったよう。蒲焼を先に食べ進めてしまっても、残ったご飯にこのタレで味がつくから効率的かも知れない。
さすがは宍道湖産のウナギ、と言いたいところだが、天然物のウナギはよそと同様、宍道湖でも漁獲量が少ない希少な品。数が少ないため市場に出回ることはほとんどなく、大きさや質も揃いづらいから料理屋で仕入れるのも至難の業。食べたいなら前もって店に予約をする必要がある上、値段は養殖の倍はするため、1000円ちょっとの予算で手軽に、という訳にはいかないのが実情である。七珍のひとつだけに松江でも名物にしており、市内でウナギを扱う店は数多いけれど、実際にはほとんどの店が浜名湖や鹿児島などの養殖ウナギを使っているとも言われている。女将さんにこの店のウナギは宍道湖産ですか、と聞いてみたところ、微妙な間の後に「…はい」との返事。
まあそのへんはあまり深く詮索せずに、 特盛り3切れの蒲焼で満腹満足、雑念からも開放されすっきり元気が出てきた。食後のセルフサービスのコーヒーを頂いて店を後に、今宵訪れる予定の宍道湖七珍の店が始まる時間まで、ホテルに戻ってひと休みしようか。ペダルをこぎ、ホテルがある繁華街の京店界隈まで戻ってくると、松江名産のめのう細工の店を見つけた。気まぐれで覗いてみると、深緑に輝くいい感じの指輪を発見、みやげに家内に買っていくのもいいかも。 …そういえばこの指輪、かつて別の誰かに買ったことがあるような気も…。 (2006年9月25日食記)
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