ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

町で見つけたオモシロごはん81…熊本・人吉 『繊月酒造』の、「峰の露」常圧黒麹仕込み

2007年03月01日 | ◆町で見つけたオモシロごはん
 先週は火曜から金曜まで、4日連続で飲み会が続くことになった。連日連夜酒を飲む場合、翌日に残らないようにするには焼酎に限る。火曜は仕事関連の打ち合わせを兼ね、有楽町の鳥料理屋にて「二階堂」をお湯割りで。麦焼酎ブームの火付け役とされる大分・二階堂酒造の麦焼酎で、麦100%減圧蒸留のすっきりした焼酎。続く水曜は仕事仲間とともに、銀座界隈の寿司海鮮居酒屋にて「さつま司」をロックで。鹿児島に蔵元があるさつま司酒造の芋焼酎で、常圧と減圧それぞれで蒸留した酒をブレンドした、芋焼酎にしては控えめな香りと軽さの飲みやすい酒。さらに木曜は大学の後輩と、四谷の本格焼酎の店で芋焼酎「晴耕雨読」をロックプラスチェイサー。「世の流れに左右されない」「万人受けする酒ではありませんが」との文句に強い個性が感じられる、佐多宗二商店の主力の一品だ。そして金曜は別に記したとおり、「ローカルごはん」の本を手伝っていただいた方とともに、大船のちゃんこ&海鮮料理の店で焼酎ナンバーワンの知名度を誇る、下町のナポレオン「いいちこ」ボトルを空にした。

 途中極度の二日酔いになることなく4日間無事に「完走」して、ほぼ酒が残ることなく週末を迎えることができた。で、安心して、今宵も焼酎で一杯(笑)。「繊月酒造」という蔵からいただいたもので、以前「本格焼酎&泡盛プレスミーティング」という集まりで社長にご一緒した際に、試飲した感想をこのページでも紹介した。「ローカルごはん」の本でとりあげたり、このページで紹介した店から、たまに商品を送っていただくことがあるけれど(いえ掲載店の皆様別に催促しているわけではなく)、頂いた以上は感想をお知らせするのが礼儀というもの。今週はこだわりの本格焼酎から全国に知られた有名銘柄まで、幅広いタイプ・銘柄の焼酎を試したこともあり、比較も合わせてこの蔵の様々な銘柄を紹介してみよう。

 繊月酒造は球磨川が流れる人吉に位置する蔵元で、米を原料に球磨川の伏流水で仕込んだ「球磨焼酎」を製造している。製造方法を簡単にたどると、蒸した原料米に麹菌を加え「麹」をつくり、さらに仕込み水と酵母を加えて諸味とし、蒸留器で蒸留して仕上げ。蔵の名にもなっている主力銘柄「繊月」は、人吉城の別称「繊月城」からとったものである。実は球磨焼酎は法律で原産地保護をされており、人吉地方で製造されたもの以外は「球磨焼酎」を名乗ることができない厳しい保護指定がなされているという。ワインで言えばボルドーやシャンパーニュ(シャンペン)、ウイスキーのコニャックなどと同じレベルなのだとか。まさに世界基準で通用する銘柄、ということなのだろう。

 自身も「繊月」のラインナップは、かなりの銘柄を味わったことがある。定番の「繊月」25度に、低温仕込み熟成で米焼酎らしい爽やかな香り高さが突き抜ける「舞繊月」、さらに原酒を樫樽に移して低温熟成した、とろみのあるまろやかな舌触りとブランデーのようなコルク香の「たる繊月」。さらに、全国各地の自治体やJAと協力して、旨い米を素材として製造した「地域限定銘柄」のひとつである「川辺」、そして30年以上前に仕込まれた古酒をベースにした製品などなど。実は繊月酒造との出会いは、数十年前の昔に遡る。まだ学生だった自分が旅行で人吉を訪れた際、たまたま蔵の前を通りかかって遠巻きに覗いていると、蔵の方に招かれて中を案内してもらったことがある。最後に試飲させていただいた上、おみやげにワンカップも頂いてしまった。その時の蔵の名称「峰の露酒造」は、明治36年の創業時から2004年に改称するまでの蔵名で、現在でも蔵の、そして球磨焼酎の原点の酒として、その名は銘柄のひとつとして残っている。

 そして今回贈っていただいた焼酎は、その「峰の露」の新製品の「峰の露黒麹仕込み」。新製品といっても、球磨焼酎づくりの原点に立ち返った製法で仕上げた、創業当時の味わいの焼酎である。そのひとつの特徴は、麹に黒麹を使用していること。黒麹は主に、沖縄の泡盛や奄美大島の黒糖焼酎、さらに鹿児島の薩摩焼酎を製造する際に使われていた麹で、暑さに強いため南西諸島や南九州で用いられていた。厚みを帯びた風味と深いコクが出るため、すっきり鋭角的な風味が売りの米焼酎にはあまり使われることがない。加えてもうひとつの特徴は、常圧蒸留により製造されていることだ。焼酎の蒸留には常圧と減圧の2つの方法があり、常圧蒸留は原料の持つ香りや風味が豊富に出たくせのある焼酎に仕上がる、昔ながらの蒸留方法である。ちなみに減圧は、蒸留器内の気圧を下げて沸点を下げる方法で、雑実のないスッキリした、くせのない焼酎が仕上がる。繊月酒造では独自に開発した、減圧常圧両用の蒸留器を保有していて、これまで様々な飲み口の焼酎を製造してきた。そんな中でもこの焼酎は、あえて原点回帰にチャレンジした意欲作といえるだろう。

 …と、前説が長くなったが、肝心の味について。ひと言で言えばかなり丸みを帯びた、とろけるような味わい。口に含むと花の蜜のような爽やかな香りが広がり、滑らかな甘みが後から追いかけてくる。鋭角的な香りと風味が特徴の「繊月」とは対照的な、角の取れた風味で、米焼酎というより奄美大島の黒糖焼酎、もっと言えば洋酒のラム酒のようなまろみを感じる。白麹・減圧蒸留のすっきり、あっさりと仕上げた焼酎が主流の時代に、魅惑的な奥行きのある焼酎である。特徴がそのまま楽しめるオンザロックがいちばんのおすすめで、ふくよかな香りがより引き立ってくるお湯割りもなかなか。これまでは「たる繊月」をごひいきにしていたけれど、それに匹敵するほどのファンになってしまいそうだ。

 前述の「本格焼酎&泡盛プレスミーティング」の際には、社長の堤正博氏直々に色々な説明をしていただき、本格焼酎への理解を深めることができた。学生の頃、ぶらりと蔵を訪れたときに案内してくれたのが、この堤さん… かどうかは定かではないが。さらに後に知ったのだが、私の親しい友人の奥さんが、この蔵の娘さんだった、と、何だか不思議と人との縁があり、親近感を持つ蔵でもある。外で様々な焼酎を飲み歩くのもいいけれど、お気に入りの定番で自宅でじっくり飲むのも、またよし。今週はのんびり、毎晩「繊月」の夜を楽しむとしよう(先週はいささか飲み歩き過ぎだし…)。 (2006年2月27日食記)