夕方の新幹線で新横浜を出発して、姫路駅へと降り立ったのが19時前。今年の酷暑は全国的なようで、列車を降りたとたんにむわっと迫ってくる猛烈な熱気に、思わずたじろいでしまう。ただ歩いているだけで汗ばんでしまうほどの、まとわりつくような湿度の中、駅のすぐ近くのホテルへ直行して、部屋へ入ったら即座に冷房を全開。シャワーを浴び、キンキンに冷えた部屋でゴロゴロしていると、暑さから逃れてリラックスしたおかげで、空きっ腹がグーと鳴っている。小ざっぱりしたあとに、日が沈んでも30度以上の暑さの中へ戻ることを思うと、今日のところは冷房が効いた部屋でルームサービスを頂くか、という気分にもなってしまう。そんな、少々重くなった腰を上げてホテルを後に、今来た道を引き返して駅前の繁華街へ。4日間にわたる、瀬戸内・四国の食紀行の初日だけに、しっかり土地の味覚に触れて景気づけをしておかなければならない。
四国遍路にまつわる本を作ることになり、松山在住の著者に仕事の依頼をしにいくことになった。用件自体は松山で小一時間打ち合わせすれば済むが、瀬戸内に宇和海に黒潮流れる太平洋と、立ち寄れそうな「魚どころ」が道中あちこちにありそう。そこで仕事に便乗してこれ幸いと、漁港や市場、魚料理の店など、仕事のついで? にあちこち回れるように旅程を組んでみた。心配なのは8月上旬という暑い時期なのに加え、今年の異常な夏の暑さ。連日35度オーバーの気温に熱帯夜が続くなど、厳しさが半端ではない。まあ漁港や市場めぐりに食事処食べ歩きだから、早起き→涼しいうちに市場散歩→日中は移動の車内か早着のホテルでお昼寝→日が沈んで涼しくなってから料理屋・飲み屋めぐり、のサイクルでやっていけば何とかなるだろう。
初日は翌日に、瀬戸内に面した岡山県・日生漁港の朝市を訪れる都合で、兵庫県の姫路に泊まることになった。姫路と聞いて思いつくのは国宝・姫路城に播磨灘ぐらいで、土地のうまいものといえば城下町の老舗、お膝もとの海の地魚あたりだろうか。駅から左手に伸びる南町栄通りのアーケードをぶらぶらと歩いていると、手作り餃子や串カツ、お好み焼き、大衆食堂、立ち飲みなど気さくな雰囲気の店が多く、こぢんまりした飲食店街、といった感じである。気ままにぶらりと入ってみたいところだがどの店も小さく、覗いてみると週末のせいか地元客でいっぱいと、ローカル色もかなり濃い様子。一見の旅行者が入るには、ちょっと場違いなようでもある。
思ったような店が見つからず、同じ道を行ったり来たりとうろうろしているうちに、店頭に大きな黒板でメニューを掲げた店を見つけて足をとめる。土塀を生かした欧風の民家のようなつくりで、これまで見かけた店と比べるとずい分しゃれた雰囲気である。黒板のメニューによると一品料理は値段が手ごろ、しかも魚を素材に使った料理もいくらかありそうだ。あまり長々と歩き回ってまた汗だくになるのも困るので、この『楽道』の扉をくぐり、暗めの照明の店内をカウンター席の隅へと通される。お客は女性グループやカップルの姿が結構目立ち、常連らしい親父さんが中心のほかの店とは客層が異なるよう。みんな談笑しながら静かにグラスを傾けている、といった感じである。
都内にもありそうなダイニングバーのようなたたずまいのこの店、姫路駅前のほかに2店を構え、小じゃれたムードとは対照的に串揚げや焼き鳥、おでん、煮込みといった気さくな一品料理の評判が高い。自分の席の正面は焼き鳥の焼き場らしく、林家こぶ平風の兄さんが忙しそうに串を返しては、相次ぐ注文を愛想よく受けて、と忙しそう。まずは暑気払いとばかり中ジョッキを頼み、品書きを開くと「串揚げ」のページが目をひく。エビ、タイラギ貝、イカ、キスなどの魚介のほか、肉や野菜、焼き鳥など、タネのレパートリーはかなり幅広い。「どうでしょう、適当に揚げましょうか?」とこぶ平氏に勧められ、2、3本頼もうと迷った結果、タマネギとレンコンの串揚げを注文。厨房の奥ではベテラン風の人が串揚げを担当していて、オーダーが伝わると串打ちをしては鍋へとポンポン放っているのが見える。
先に出された中ジョッキをグッと半分ほど空けた頃、「どうぞ」と2本の串がソースを添えて出された。ビールの肴にありがたい、とばかりさっそくひとかじり。衣はバリッと固め、その中の野菜の分厚いこと。レンコンはほっこりほくほく、タマネギはふっくらしっとりと、酸味の効いたソースのおかげで野菜本来の味と甘みがぐっと染みるのがうれしい。ちょっとかじってはソースをつけてまたかじりと、本場・大阪では禁じ手だったソースの「2度づけ」をし放題で頂く。暑さのせいでいまひとつ食欲がなかったのが、この野菜串揚げのおかげですっかり調子が出てきた。
調子に乗ってジョッキを1杯空けておかわり、ついでに串揚げも追加と、今度はキスとタイラギ貝の魚介を攻めてみる。キスは泳いでいるように串打ちされ、大葉の挟み揚げなのがユニーク。タルタルソースをつけてレモンをしぼってサックリ頂くと、野菜串揚げと対照的な、しっとりした味わいがうれしい。白身の甘味が爽快で、スッキリした食感がさらに食欲をそそる。一方、タイラギ貝はなかなか歯ごたえがあり、ぐいぐい、シコシコとやっているうちに味がじわっと出てくる。
串揚げで魚介を堪能していると、せっかくだから地物を使った魚料理も頂いてみたくなる。こぶ平氏に頼み、「多分このあたりでとれたものでは?」と勧められたのが、アナゴの天ぷらだ。アナゴは播磨灘の小型底引き網漁の主な漁獲で、遠浅の砂泥地に棲息するため脂肪分が少なくあっさりしているので、夏バテ防止に最適なのだとか。アナゴの天ぷらと聞くと、料理屋の中には丸一本を揚げて出すところもあるが、この店では胴の部分と尾側に切り分けられている。ひとかじりしてびっくり、とにかく甘みが濃いのだ。厚手の身は瑞々しさがあふれ、スイートな香りと後味が途切れることなく後をひく。東京湾のアナゴに比べると土の香りが皆無で、この暑さの中揚げ物でもさっぱりと食べられる。比べると胴の部分の方が瑞々しく、尾側のほうは先へ行くほど甘味がきゅっとしているよう。よく動く部分だから、味がいいのだろうか。
アナゴの天ぷらを頂いていると、またビールが欲しくなるが、旅の初日ということもあり今日のところは自粛、腹八分のところでお愛想して店を後にした。さっき何度か前を通った間口の狭い串カツ屋に空席ができているようで、ちょっとはしご酒にひかれてしまう。しかし明日からは連日、5時起き6時起きの漁港と市場めぐりの日々。寝不足にも暑さにも負けないように、しっかり栄養と睡眠と休息をとって、真夏の旅を乗り切るとしよう。でもたまたま開いていた酒販コンビニで、せめて姫路の地酒のワンカップぐらい、寝酒用に買っていくとしようか。(2006年8月6日食記)
四国遍路にまつわる本を作ることになり、松山在住の著者に仕事の依頼をしにいくことになった。用件自体は松山で小一時間打ち合わせすれば済むが、瀬戸内に宇和海に黒潮流れる太平洋と、立ち寄れそうな「魚どころ」が道中あちこちにありそう。そこで仕事に便乗してこれ幸いと、漁港や市場、魚料理の店など、仕事のついで? にあちこち回れるように旅程を組んでみた。心配なのは8月上旬という暑い時期なのに加え、今年の異常な夏の暑さ。連日35度オーバーの気温に熱帯夜が続くなど、厳しさが半端ではない。まあ漁港や市場めぐりに食事処食べ歩きだから、早起き→涼しいうちに市場散歩→日中は移動の車内か早着のホテルでお昼寝→日が沈んで涼しくなってから料理屋・飲み屋めぐり、のサイクルでやっていけば何とかなるだろう。
初日は翌日に、瀬戸内に面した岡山県・日生漁港の朝市を訪れる都合で、兵庫県の姫路に泊まることになった。姫路と聞いて思いつくのは国宝・姫路城に播磨灘ぐらいで、土地のうまいものといえば城下町の老舗、お膝もとの海の地魚あたりだろうか。駅から左手に伸びる南町栄通りのアーケードをぶらぶらと歩いていると、手作り餃子や串カツ、お好み焼き、大衆食堂、立ち飲みなど気さくな雰囲気の店が多く、こぢんまりした飲食店街、といった感じである。気ままにぶらりと入ってみたいところだがどの店も小さく、覗いてみると週末のせいか地元客でいっぱいと、ローカル色もかなり濃い様子。一見の旅行者が入るには、ちょっと場違いなようでもある。
思ったような店が見つからず、同じ道を行ったり来たりとうろうろしているうちに、店頭に大きな黒板でメニューを掲げた店を見つけて足をとめる。土塀を生かした欧風の民家のようなつくりで、これまで見かけた店と比べるとずい分しゃれた雰囲気である。黒板のメニューによると一品料理は値段が手ごろ、しかも魚を素材に使った料理もいくらかありそうだ。あまり長々と歩き回ってまた汗だくになるのも困るので、この『楽道』の扉をくぐり、暗めの照明の店内をカウンター席の隅へと通される。お客は女性グループやカップルの姿が結構目立ち、常連らしい親父さんが中心のほかの店とは客層が異なるよう。みんな談笑しながら静かにグラスを傾けている、といった感じである。
都内にもありそうなダイニングバーのようなたたずまいのこの店、姫路駅前のほかに2店を構え、小じゃれたムードとは対照的に串揚げや焼き鳥、おでん、煮込みといった気さくな一品料理の評判が高い。自分の席の正面は焼き鳥の焼き場らしく、林家こぶ平風の兄さんが忙しそうに串を返しては、相次ぐ注文を愛想よく受けて、と忙しそう。まずは暑気払いとばかり中ジョッキを頼み、品書きを開くと「串揚げ」のページが目をひく。エビ、タイラギ貝、イカ、キスなどの魚介のほか、肉や野菜、焼き鳥など、タネのレパートリーはかなり幅広い。「どうでしょう、適当に揚げましょうか?」とこぶ平氏に勧められ、2、3本頼もうと迷った結果、タマネギとレンコンの串揚げを注文。厨房の奥ではベテラン風の人が串揚げを担当していて、オーダーが伝わると串打ちをしては鍋へとポンポン放っているのが見える。
先に出された中ジョッキをグッと半分ほど空けた頃、「どうぞ」と2本の串がソースを添えて出された。ビールの肴にありがたい、とばかりさっそくひとかじり。衣はバリッと固め、その中の野菜の分厚いこと。レンコンはほっこりほくほく、タマネギはふっくらしっとりと、酸味の効いたソースのおかげで野菜本来の味と甘みがぐっと染みるのがうれしい。ちょっとかじってはソースをつけてまたかじりと、本場・大阪では禁じ手だったソースの「2度づけ」をし放題で頂く。暑さのせいでいまひとつ食欲がなかったのが、この野菜串揚げのおかげですっかり調子が出てきた。
調子に乗ってジョッキを1杯空けておかわり、ついでに串揚げも追加と、今度はキスとタイラギ貝の魚介を攻めてみる。キスは泳いでいるように串打ちされ、大葉の挟み揚げなのがユニーク。タルタルソースをつけてレモンをしぼってサックリ頂くと、野菜串揚げと対照的な、しっとりした味わいがうれしい。白身の甘味が爽快で、スッキリした食感がさらに食欲をそそる。一方、タイラギ貝はなかなか歯ごたえがあり、ぐいぐい、シコシコとやっているうちに味がじわっと出てくる。
串揚げで魚介を堪能していると、せっかくだから地物を使った魚料理も頂いてみたくなる。こぶ平氏に頼み、「多分このあたりでとれたものでは?」と勧められたのが、アナゴの天ぷらだ。アナゴは播磨灘の小型底引き網漁の主な漁獲で、遠浅の砂泥地に棲息するため脂肪分が少なくあっさりしているので、夏バテ防止に最適なのだとか。アナゴの天ぷらと聞くと、料理屋の中には丸一本を揚げて出すところもあるが、この店では胴の部分と尾側に切り分けられている。ひとかじりしてびっくり、とにかく甘みが濃いのだ。厚手の身は瑞々しさがあふれ、スイートな香りと後味が途切れることなく後をひく。東京湾のアナゴに比べると土の香りが皆無で、この暑さの中揚げ物でもさっぱりと食べられる。比べると胴の部分の方が瑞々しく、尾側のほうは先へ行くほど甘味がきゅっとしているよう。よく動く部分だから、味がいいのだろうか。
アナゴの天ぷらを頂いていると、またビールが欲しくなるが、旅の初日ということもあり今日のところは自粛、腹八分のところでお愛想して店を後にした。さっき何度か前を通った間口の狭い串カツ屋に空席ができているようで、ちょっとはしご酒にひかれてしまう。しかし明日からは連日、5時起き6時起きの漁港と市場めぐりの日々。寝不足にも暑さにも負けないように、しっかり栄養と睡眠と休息をとって、真夏の旅を乗り切るとしよう。でもたまたま開いていた酒販コンビニで、せめて姫路の地酒のワンカップぐらい、寝酒用に買っていくとしようか。(2006年8月6日食記)