ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

魚どころの特上ごはん42…姫路 『楽道』の、串揚げに播磨灘アナゴの天ぷら

2006年10月29日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 夕方の新幹線で新横浜を出発して、姫路駅へと降り立ったのが19時前。今年の酷暑は全国的なようで、列車を降りたとたんにむわっと迫ってくる猛烈な熱気に、思わずたじろいでしまう。ただ歩いているだけで汗ばんでしまうほどの、まとわりつくような湿度の中、駅のすぐ近くのホテルへ直行して、部屋へ入ったら即座に冷房を全開。シャワーを浴び、キンキンに冷えた部屋でゴロゴロしていると、暑さから逃れてリラックスしたおかげで、空きっ腹がグーと鳴っている。小ざっぱりしたあとに、日が沈んでも30度以上の暑さの中へ戻ることを思うと、今日のところは冷房が効いた部屋でルームサービスを頂くか、という気分にもなってしまう。そんな、少々重くなった腰を上げてホテルを後に、今来た道を引き返して駅前の繁華街へ。4日間にわたる、瀬戸内・四国の食紀行の初日だけに、しっかり土地の味覚に触れて景気づけをしておかなければならない。

 四国遍路にまつわる本を作ることになり、松山在住の著者に仕事の依頼をしにいくことになった。用件自体は松山で小一時間打ち合わせすれば済むが、瀬戸内に宇和海に黒潮流れる太平洋と、立ち寄れそうな「魚どころ」が道中あちこちにありそう。そこで仕事に便乗してこれ幸いと、漁港や市場、魚料理の店など、仕事のついで? にあちこち回れるように旅程を組んでみた。心配なのは8月上旬という暑い時期なのに加え、今年の異常な夏の暑さ。連日35度オーバーの気温に熱帯夜が続くなど、厳しさが半端ではない。まあ漁港や市場めぐりに食事処食べ歩きだから、早起き→涼しいうちに市場散歩→日中は移動の車内か早着のホテルでお昼寝→日が沈んで涼しくなってから料理屋・飲み屋めぐり、のサイクルでやっていけば何とかなるだろう。

 初日は翌日に、瀬戸内に面した岡山県・日生漁港の朝市を訪れる都合で、兵庫県の姫路に泊まることになった。姫路と聞いて思いつくのは国宝・姫路城に播磨灘ぐらいで、土地のうまいものといえば城下町の老舗、お膝もとの海の地魚あたりだろうか。駅から左手に伸びる南町栄通りのアーケードをぶらぶらと歩いていると、手作り餃子や串カツ、お好み焼き、大衆食堂、立ち飲みなど気さくな雰囲気の店が多く、こぢんまりした飲食店街、といった感じである。気ままにぶらりと入ってみたいところだがどの店も小さく、覗いてみると週末のせいか地元客でいっぱいと、ローカル色もかなり濃い様子。一見の旅行者が入るには、ちょっと場違いなようでもある。

 思ったような店が見つからず、同じ道を行ったり来たりとうろうろしているうちに、店頭に大きな黒板でメニューを掲げた店を見つけて足をとめる。土塀を生かした欧風の民家のようなつくりで、これまで見かけた店と比べるとずい分しゃれた雰囲気である。黒板のメニューによると一品料理は値段が手ごろ、しかも魚を素材に使った料理もいくらかありそうだ。あまり長々と歩き回ってまた汗だくになるのも困るので、この『楽道』の扉をくぐり、暗めの照明の店内をカウンター席の隅へと通される。お客は女性グループやカップルの姿が結構目立ち、常連らしい親父さんが中心のほかの店とは客層が異なるよう。みんな談笑しながら静かにグラスを傾けている、といった感じである。

 都内にもありそうなダイニングバーのようなたたずまいのこの店、姫路駅前のほかに2店を構え、小じゃれたムードとは対照的に串揚げや焼き鳥、おでん、煮込みといった気さくな一品料理の評判が高い。自分の席の正面は焼き鳥の焼き場らしく、林家こぶ平風の兄さんが忙しそうに串を返しては、相次ぐ注文を愛想よく受けて、と忙しそう。まずは暑気払いとばかり中ジョッキを頼み、品書きを開くと「串揚げ」のページが目をひく。エビ、タイラギ貝、イカ、キスなどの魚介のほか、肉や野菜、焼き鳥など、タネのレパートリーはかなり幅広い。「どうでしょう、適当に揚げましょうか?」とこぶ平氏に勧められ、2、3本頼もうと迷った結果、タマネギとレンコンの串揚げを注文。厨房の奥ではベテラン風の人が串揚げを担当していて、オーダーが伝わると串打ちをしては鍋へとポンポン放っているのが見える。

 先に出された中ジョッキをグッと半分ほど空けた頃、「どうぞ」と2本の串がソースを添えて出された。ビールの肴にありがたい、とばかりさっそくひとかじり。衣はバリッと固め、その中の野菜の分厚いこと。レンコンはほっこりほくほく、タマネギはふっくらしっとりと、酸味の効いたソースのおかげで野菜本来の味と甘みがぐっと染みるのがうれしい。ちょっとかじってはソースをつけてまたかじりと、本場・大阪では禁じ手だったソースの「2度づけ」をし放題で頂く。暑さのせいでいまひとつ食欲がなかったのが、この野菜串揚げのおかげですっかり調子が出てきた。

 調子に乗ってジョッキを1杯空けておかわり、ついでに串揚げも追加と、今度はキスとタイラギ貝の魚介を攻めてみる。キスは泳いでいるように串打ちされ、大葉の挟み揚げなのがユニーク。タルタルソースをつけてレモンをしぼってサックリ頂くと、野菜串揚げと対照的な、しっとりした味わいがうれしい。白身の甘味が爽快で、スッキリした食感がさらに食欲をそそる。一方、タイラギ貝はなかなか歯ごたえがあり、ぐいぐい、シコシコとやっているうちに味がじわっと出てくる。

 串揚げで魚介を堪能していると、せっかくだから地物を使った魚料理も頂いてみたくなる。こぶ平氏に頼み、「多分このあたりでとれたものでは?」と勧められたのが、アナゴの天ぷらだ。アナゴは播磨灘の小型底引き網漁の主な漁獲で、遠浅の砂泥地に棲息するため脂肪分が少なくあっさりしているので、夏バテ防止に最適なのだとか。アナゴの天ぷらと聞くと、料理屋の中には丸一本を揚げて出すところもあるが、この店では胴の部分と尾側に切り分けられている。ひとかじりしてびっくり、とにかく甘みが濃いのだ。厚手の身は瑞々しさがあふれ、スイートな香りと後味が途切れることなく後をひく。東京湾のアナゴに比べると土の香りが皆無で、この暑さの中揚げ物でもさっぱりと食べられる。比べると胴の部分の方が瑞々しく、尾側のほうは先へ行くほど甘味がきゅっとしているよう。よく動く部分だから、味がいいのだろうか。

 アナゴの天ぷらを頂いていると、またビールが欲しくなるが、旅の初日ということもあり今日のところは自粛、腹八分のところでお愛想して店を後にした。さっき何度か前を通った間口の狭い串カツ屋に空席ができているようで、ちょっとはしご酒にひかれてしまう。しかし明日からは連日、5時起き6時起きの漁港と市場めぐりの日々。寝不足にも暑さにも負けないように、しっかり栄養と睡眠と休息をとって、真夏の旅を乗り切るとしよう。でもたまたま開いていた酒販コンビニで、せめて姫路の地酒のワンカップぐらい、寝酒用に買っていくとしようか。(2006年8月6日食記)

魚どころの特上ごはん41…小田原・小田原漁港 『港の朝市』で、定置網の鮮魚を買い物

2006年10月26日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 小田原漁港に隣接する卸売市場2階の食堂で、市場見物の後に朝ごはんを頂いてひと息。時計を見るとまだ8時半前で、港の朝市にはちょっと早いかな、と思いつつ、港にそってぐるりと回った西側岸壁にある会場へと足を向けてみて驚いた。職員が数名、黙々と鮮魚を並べ仕分けしている前には、開場を待ちながらずらりと伸びるお客の列… ではなく、並んでいるのは場所とり用に置かれている、様々な大きさのクーラーボックス。仕分け作業をしているエリアの周囲にはしっかりと柵が設けられ、お客はその向こうで開場を待ちながら、並んでいる魚を遠巻きに眺めている。

 相模湾の定置網漁で未明に水揚げされた新鮮な魚が、その日の朝に直売されるとあって、この『港の朝市』は小田原や周辺の住民をはじめ、神奈川県内では広く知られた朝市である。魅力は何といっても、定置網ならではの豊富な魚種。アジ、サバ、イワシなど大衆魚はもちろんのこと、日によってはイナダに太刀魚、キンメダイといった高級魚が並ぶことも珍しくなく、こうした目玉商品を目当てにまだ暗いうちからお客が殺到する。販売は9時からだが、朝の6時に点呼して整理券を配布、番号順に好きなものを買える仕組みで、列のトップは何と、未明の3時ごろにやってくるとか。鮮度の良さに加えて値段の安さもあり、小田原周辺の住民ですら争奪戦は激しいようで、こんな時間にのこのこやってきた自分のような一見客にも、鮮魚は残っているのだろうか。

 開場まであと30分を切ったこの時間は、柵の向こうでは開店前の仕分けの真っ最中だ。サバ、アジなどがたくさん入った木箱や、カマスやイワシなど小魚を盛った箱が台の上に置かれ、袋に小分けされていく。ほかウマヅラなど大きい魚をドン、と並べた箱も置かれ、大柄のは計りにのせて値がつけられていく。さらにイシダイやホウボウといった珍しい魚、中には見ただけでは名前の分からないものもあり、定置網の漁獲は実に種々様々。台の上はまるで、おもちゃ箱をひっくり返したような様相である。開場までまだ30分以上あるのに結構な人だかりで、仕分けされているこの日の漁獲にみんな熱い視線? を注ぎ、熱心に品定め中といった感じである。

 そんな光景を眺めながら待つお客は、職員が通りがかると「今日はタコ揚がってる?アナゴはある?」など、狙いの魚の動向が気になるようで口々に質問している。職員の話によると、この日は前日の晩に低気圧が通過して海が荒れた影響で、全体に漁獲は少ないとのこと。マサバはあいにくなく、アジもマアジは少なめでメアジが中心、と説明が入る。並んでいる魚の料理法の話もしてくれ、早い時間から並んで待っているお客に対してなかなか親切だ。お刺身におすすめなのは、との客の問いに「今日はイサキやイシガキダイが刺身におすすめだよ。でもイシガキは1匹しかないけどね(笑)」。仕分けをしている片隅では、小イサキを刺身におろしており、並んでいる客に試食用、と配っている。ちゃっかり列の後ろについてご相伴にあずかると、小さいながらもシャキッとした身に、ほんのり甘みがなかなかいい。

 台の上に並べられた魚の山に品札が並びはじめると、売り場の周囲がにわかに慌しくなってきた。ビニール袋に詰められ山積みにされたイワシの前には、「定置朝どれのマイワシ15匹入り300円」と書かれた手書きの品札が。ほかにもムロアジ、トビウオ、平ソーダ、本カマスにミズカマスなど、置かれた札を見てなるほど、と分かった魚種もある。そして時計が9時を指すと同時にアナウンスと鐘がなり、いよいよ販売開始だ。それまで懐メロの歌謡曲やフォーク、ポップスだった場内のBGMが、高らかに響く「お魚天国」へと変わった。整理券の番号順に呼ばれた客が柵の内側へと入れられ、ある程度空くとまた新たに客が柵の内側へと入れられていく。「今日はカマスとイワシがお勧めだよ!」などと、呼び声が響き渡り売り場周辺は騒然。1匹限定の刺身向けイシガキダイに、さっき試食したイサキは、早々に買われていってしまったよう。柵の外で自分の番を待つ客は、お目当ての魚が買われてしまわないか、固唾を呑んで見守っているといった感じだ。

 果たして自分も鮮魚が買えるかどうか微妙なので、待つ間向かいに並んでいる露店も覗いてみることに。鮮魚を売るエリアに面して、水産加工品や農産品の店が5軒ほど並び、干物を売る店を覗いてみると1枚何と30円からと、鮮魚に負けずこちらも激安だ。隣には練り製品を売る店もあり、湘南シラス天やイワシ天といった地魚を材料にした天ぷらに、最近注目の新名物・小田原おでんダネの詰め合わせが目を引く。「朝市に来るお客はみんな鮮魚目当てだから、こちらは朝早くから店を開けて、朝市が終わってもしばらくは商売しているんだ」との、親父さんのおすすめはイワシ天。しかしあいにく好評につき売り切れのため、シラス天とニンニク天をひとつずつ頂いて、朝ごはんの続きとする。

 鮮魚売り場へと戻ってみると行列はほぼなくなっていて、柵も撤去され整理券がなくても自由に買い物ができるようになっていた。とはいえ販売開始からわずか15分ほどでほぼ売り切れ状態、残っている魚種は限られている。うまいことに、本日大漁のイワシとカマスの袋はまだあったので、それぞれひと袋ずつ購入。出足は遅かったが、何とか定置網の漁獲の恩恵にあずかることができたようだ。ほっと一息、ひと休みとばかり、船着場近くに腰掛けてさっき買った天ぷらをひとかじり。どちらも魚たっぷりで甘みがあり、揚げたての天ぷらといった感じで、市場散歩のおやつにぴったりだ。食べ終わる頃にはお客はすっかり引き上げ、市場にはすっかり静けさが戻ったよう。人気のなくなった場内に流れるBGMは、いつの間にか「人生いろいろ」に変わっていた。(2006年10月7日食記)

旅で出会ったローカルごはん67…新潟・上越 『バッカス街道』の、岩の原ワインに新井地ビール

2006年10月24日 | ◆旅で出会ったローカルごはん

 本筋の「バッカス街道」の旅は、まずは越後杜氏の里・三和村にある「米と酒の謎蔵」からスタートとなった。怪しい名前だが、ここはいわば日本酒の資料館である。稲作と酒造の歴史や技術を紹介した展示をざっと眺めたら、早々に勉強は切り上げて、県内外の224種の地酒が飲める、お目当ての試飲コーナーへと向かう。高価で普段あまり口にできない銘柄を中心に、新潟の地酒をどんどんいただく。中でも「越の寒梅」、「峰の白梅」と並び称される、新潟の銘酒「三梅」のひとつ「雪中梅」は、この三和村に蔵元がある地酒だ。試飲コーナーでも、一番の人気とか。

 鮎正宗酒造に続いて、ここでも結構な量の日本酒を頂いたら、次はワインの登場である。上越市にある「岩の原葡萄園」へはクルマで10分と、酔いの覚める間もない。ここは23ヘクタールの敷地にはブドウ畑と、醸造施設にワイン貯蔵用の石蔵、そして売店やレストランなどが点在する、広大なブドウ園だ。受付で頂いたパンフレットによれば、創設者の川上善兵衛氏は「日本のワイン葡萄の父」と呼ばれ、欧米からブドウの苗木を何種類も取り寄せて、かけ合わせて日本に合う種を作り出すなど、この地のワイン造りに並々ならぬ情熱を注いだ人物とある。このワイナリーは、ワインの自家栽培・自家醸造では山梨よりも歴史が古く、日本酒どころの新潟にあって、意外にも日本の本格的ワイン発祥の地なのである。

 ブドウ園の案内係に従って、まずワインを貯蔵する石蔵へと足を運ぶ。薄暗くひんやりした蔵の中には、熟成中のワインが入った木の樽が、いくつも並んでいるのが見える。中の温度は夏でも20度、冬は8度と、ブドウの発酵に適した低温に保たれているとのこと。機械による空調は一切使わず、室内に生息するカビが、温度と湿度を保持する仕組みになっている。かつては、冬の間に降った雪を雪室に貯えておいて、夏に取り出して蔵の冷却に使っていたという。この石蔵こそ、当時の技術でワインづくりに適した低温の環境を整えた、川上善兵衛氏の努力の賜物である。

 売店でいただいたのは「ペルレ」という、まだ発酵途中のワインで。炭酸がきつく、発泡ワインのようだが、まだ発酵の途中だからかブドウの味が強い。普通のワインよりも、フルーティーな味わいだ。白ワインに仕上げる場合、このペルレをさらに1ヶ月、赤ワインだとさらに2年寝かせるという。ブドウ園限定ラベルのワインを、おみやげに赤白それぞれ1本買って駐車場へと戻る。ここはワインの醸造所なのに、ドライブの客も結構多いようで、中には助手席に赤い顔の人が座っているクルマもちらほら。

 日本酒とワインをしこたま飲んだ挙げ句、バッカス街道最後の一杯は地ビールだから、しっかりチャンポンになってしまった。新井市へと引き返して、スキー場に隣接するレストラン「フォレストサイドヒル」へ。隣接する「新井ビール工場」で醸造した、地ビールの「新井ビール」を頂いた。ここのビールはベルギーテイストで、現地から直輸入したモルトとホップを原料に、仕込みには地元・新井の水を使っているのがポイントだ。焙煎麦芽を使った香ばしい味わいの「ダーク」、焙煎しないピルスナーモルトを使った「ブロンド」、発泡酒で、甘く苦みのない「ブロンシェ」と、三種三様の飲み口と味を楽しみながら、バッカス街道制覇の祝杯とした。

 街道を巡っていて出会ったいずれの酒も、仕込みに使う水に、米やブドウといった原料、そして雪国ならではの気候と、新潟の豊穣な風土に根付たものばかり。そう考えれば、バッカス街道も観光街道とはいえ、新潟の酒文化を結んだ立派な「食の街道」である。そういえば、ビールのつまみのピリッと辛いソーセージも、チョリソかと思ったら唐辛子を塩蔵した新井名物・かんずり入りのソーセージだ。つまみもしっかり、新潟の風土に根付いているという訳か。(10月上旬食記)

魚どころの特上ごはん40…小田原漁港 『魚市場食堂』の、地アジのたたきつき上さしみ定食

2006年10月23日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 早朝から行われている競りは終わり、競り落とされた品の積み出し作業も山を越えたらしく、小田原漁港に隣接する卸売市場は次第に落ち着きを取り戻しつつある。取引が佳境だった7時頃に比べて人の往来も減り、すでに片づけを始めている一角もあるよう。自分も市場散策をこのあたりで終了、とほっとした瞬間、朝食を食べずに歩き回っていたおかげで無性に腹が減ってきた。市場に来る際、周辺に「地魚料理」の看板を掲げた料理屋をいくつも見かけたのを思い出し、漁港のそばの魚料理屋で朝ごはんにしようか。市場を後にしようとしたところ、場内の大きな柱のそばに「魚市場食堂2階」との案内板を発見。市場で働く人向けの食堂かと思ったら一般の利用もできるらしく、「お気軽にどうぞ」の文字が誘ってくれる。

 案内板のすぐそばに2階に向かって伸びる小さな螺旋階段があり、薄暗い中を気をつけて登ると、場内を見下ろす回廊へと出た。まだスチロール箱が積まれた一角も見える場内を上から眺めつつ回廊を進んだところに、その名も『魚市場食堂』があった。回廊に面したガラス窓から中を伺ってみると、テーブルがずらり並ぶ店内には市場で働いているらしい客がちらほら、盆にのった料理に箸をのばしながら新聞を広げているのが見える。セルフサービス式らしく、料理を受け取るカウンターに数人の客が並び、できあがりを待っている様子。そして受け取り口の上や壁に手書きのメニュー、そして横の黒板には「本日のおすすめ品」と書かれた魚メニューがズラリ。相模湾アジたたき定食、カマスフライ、相模湾金目の煮魚定食、イナダ刺身…。市場の職員御用達の雰囲気に入るのをちょっと躊躇したが、品書きを読んでいるともうたまらず、ガラリと戸を開けて中へと飛び込むことに。

 小田原漁港は相模湾の定置網漁で揚がった漁獲の水揚げが中心なだけに、卸売市場にあるここの料理ももちろん、地魚料理のオンパレードだ。とれたて、新鮮な地魚料理が手軽な値段で味わえるとあり、この食堂は市場関係者以外にも結構知られており、平日の昼時は地元客で、休日になると伊豆や箱根へ向かう途中に立ち寄っていく観光客で賑わうという。刺身や焼魚、煮魚、フライなどの定食ほか、地魚の一品料理も種類豊富で、相模湾アジのたたき、キンメダイの煮つけ、ほか「地イカフライ」「地アジフライ」と頭に「地」とついた料理が食欲をそそる。そして卓上のメニューには大きく「朝からお刺身!」との文字、市場で頂くならやはり、鮮度抜群の刺身だ。メニューによると刺身丼や普通の刺身定食のほか、「上さしみ定食」なるものがあり、ちょっと値が張るけれど「地魚ほか」との添え書きにひかれてしまう。券売機で食券を買い、カウンターに出して引き換えに番号札をもらい、窓際のテーブル席へと落ち着いた。窓際、といっても漁港や海が見えるのではなく、景色は回廊越しの場内。時折、働く人の声も響いてくる。

 ややたってから手持ちの札の番号が呼ばれ、受け取り口にとりにいくと、4種の刺身が盛られた皿にご飯、味噌汁、小鉢がのった盆が手渡された。刺身はマグロ、ホタテ、イナダに、目玉は何といっても大盛りの地アジたたきだ。ワサビと別におろしショウガの小皿が添えられていて、醤油で溶いたらさっそくたたきを箸でガバッと漬けて、ご飯といっしょにバクッと豪快に頂く。朝とれの地アジだけあり、鮮度がいいからサクサクとした歯ごたえに舌ざわりがツルツル、雑味のない爽やかな甘みが後からジワリ。アジは相模湾の定置網漁の漁獲量ナンバーワンの、まさに相模湾を代表する地魚。たたきひと箸でご飯がザクザクとかき込める、飯のおかずに無敵の刺身だ。ほかにも脂がトロリとのったイナダ、ふわりと柔らかな食感のマグロと、赤身の刺身3種はそれぞれ対照的な味わいが楽しい。

 アジのたたきのおかげで飯が進み、すっかり平らげて店内のテレビを見ながらお茶を頂いてひと息。まわりにはいつの間にか、地元の人らしい家族連れやおばちゃんグループの姿もちらほら見られ、休日の朝にちょっと早起き、ちょっとぜいたくな朝ごはんを楽しんでいる、という感じだろうか。港の朝市が始まるまでには少々時間があるようだから、もう少しゆっくりしていくつもりだが、店内のあちこちで目に入る魅力的な品書きのに誘われて、つい朝酒に走ってしまうかも。(2006年10月7日食記)

魚どころの特上ごはん39…小田原 『小田原漁港』で、定置網でとれた相模湾の地魚を見物

2006年10月21日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 低気圧の接近で大荒れとなった小田原の夜から一夜明けると、朝から澄みきった青空が広がっている。昨晩、会食の席で地元の漁師の方が話していたように、この分なら普通に漁が行われ、市場も水揚げや競りで賑わっているのは間違いないだろう。釣船で沖合まで釣行に出かける一行のクルマに同乗して、小田原市街から城下町を抜けて海沿いの道へ。昨日、会食の会場である店へ行く際に通ったときは日が暮れていたので真っ暗闇だったが、今日はベタ凪の穏やかな海が、はるか水平線まで広がっている。西湘バイパスに沿ってしばらく走ると、沿道は次第にトラックやフォークリフトが行き交い賑やかに。魚料理の店や海産物の直売店、釣り船の船宿も並び、漁港らしい雰囲気が漂ってくる。

 小田原市街からクルマで15分ほどで到着した『小田原漁港』は、早川の河口右岸に位置する、相模湾西部の漁業の拠点だ。相模湾でもっとも盛んな定置網漁をはじめ、刺し網、一本釣りの漁船を中心に、県内外の漁船が水揚げにやってきて未明から賑わいを見せている。釣り船に乗るため船宿へ向かう一行と別れ、港を囲む臨港道路からスロープを降りていくと、製氷工場の先に漁船が接岸しているのが見える。定置網漁は夜中の2時に出漁・網揚げをして、未明の4時半ごろから小田原漁港に帰港して水揚げ、6時半からの競りに備えるため、7時前の今は接岸、水揚げをしている船は数えるほど。ちょうど漁から帰港した漁船が魚槽から魚が運び出しているのを見かけ、行ってみると船の周囲には魚が詰まったスチロール箱がいくつも並んでいた。通年漁獲される、腹に斑点があるゴマサバをはじめ、箱いっぱいにびっしり入ったイワシ、今が旬のカマスや緑ががった魚体に黄色いラインの小イサキあたりは、定置網でとれる魚種の中でも常に上位を占める漁獲だ。大柄で立派なカンパチも、2本仲良く並んで箱に収まっている。

 魚を眺めながら水揚げ岸壁をそのまま進んでいくと、漁港に隣接する卸売市場へと続いていく。相模湾など県内をはじめ県外でも水揚された生鮮魚介を中心に、1日の取扱量は50トン、取り扱い金額は3500万円。鮮魚のほか水産加工品や冷凍品も含め、流通する品々のほとんどが小田原市を中心とした周辺地域で消費される、地元に密着した生活市場なのである。場内は区域によって扱う品が決められており、その日に小田原漁港で水揚された魚介を扱う2番売り場では、水揚げ後に選別にかけられた漁獲が運び込まれ、入ってきた順に競りにかけられる。突然鐘が鳴り響き、放送で競りの開始が案内されたので岸壁そばの活魚の競りへと向かうと、ずらりと並ぶ水槽のへりに立った競り人を囲むように、仲買人が10名ほど集まっている。水槽の中にはカワハギ、イセエビ、ヒラメ、大きな黒鯛などが悠々と泳ぎ、買い手を待っている様子。遠巻きに様子を伺っていると、競り人のがなり声とともに分かりづらい符丁が飛び交うのではなく、魚種や漁場、量などを読み上げている。集中して聞いていれば、言っていることがちょっと分かるかも。

 この時間では競りはほぼ終わっていて、場内は荷分けや運搬の真っ最中である。あちこちにスチロール箱入りの魚が並べて積み上げられ、トラックで運び出される準備万端整った、といった感じだ。箱を覗いて歩いていると、先ほど水揚げの際に見かけた大衆魚以外にも、変わった容姿の魚や珍しい魚も見かけて面白い。深紅で大柄のキンメダイ、おでこがでっぱったシイラ、面長なウマヅラハギ、白黒の縦じまの小イシダイなど。そして最近話題になっている高級魚のヤガラも、真っ赤で細長~い顔を箱からグイッとはみだしている様子がユーモラスだ。

 それにしても、さっきから場内を走るフォークリフトや軽トラックの勢いのものすごいこと。中にはゴマサバを満載した大コンテナを持ち上げたフォークリフトが、えらいスピードで疾走していくなど、地方の魚市場と比べて勢いがあるというか、テンポが速いというか。小田原は首都圏に位置するからか、漁家の家業の世襲が比較的なされているらしく、この市場で働く人も漁師も若い人が多いような気がする。一方で、地方の漁港の持つ素朴でのどかな雰囲気があまり感じられず、少々ビジネスライクなムードでもある。だから見物者は少々お邪魔物らしく、真剣な様子で行き交う仲買人や漁師に向かって、魚についてあれこれ質問できる雰囲気でないのがちょっと残念か。

 小一時間歩き回ったらもう8時前、場内の取引はほぼ終わってしまった様子で、すでに片づけを始めている一角も見られる。こちらもそろそろ引き上げて遅めの朝ごはんといきたい… という訳で、市場食堂で朝ごはん編を次回にて。(2006年10月7日食記)