肉じゃが、オムライス、チキンライス。大和ミュージアムで一躍、人気観光地となった呉が展開する「海軍グルメ」も、ご当地グルメとして定着した感がある。名のとおり、戦艦大和をはじめとする、軍港・呉ゆかりの料理のことで、海軍グルメマップを用意したり、これらを出す店の店頭にペナントを掲げたりと、PRに力を入れた成果だろう。
呉はもう5度目ぐらいで、気になる海軍グルメは概ね試食済み。今夜は軽く海軍さんのビールといこうとしたら、ビアレストランが新歓シーズンで満席だ。蔵本通りを歩きながら、呉名物の屋台街もひかれたが、かつて訪れてうまかった、中通の『磯亭』が近いのを思い出した。カウンターとちょっとした小上がりだけのこぢんまりした店で、1日の渇きをさっぱりと癒すべく、ビールで乾杯。
地魚メニューは瀬戸内の地物が豊富で、まずはタコ刺身と鯛のあら炊きを注文する。あら炊きは大鉢に、大型でいい型のマダイの頭がドン、と迫力もの。ヒレ元の白身や頬の肉、中骨にへばりついた部位など、身離れがよく食べ応えがある。エラやヒレの付け根など、動く部位はシコっと弾力があり、甘しょっぱい煮汁にたっぷり絡めたら、ご飯が欲しい味。
テレビでは地元・カープのナイター中継をやっており、チャンスには親父さんも姉さんもお客も、テレビに釘付け状態である。あら炊きの頭をほじっていれば、酒のアテには事欠かないからいいか。
カープの攻撃が一段落したところで、せっかくなので海軍グルメも一品アテに、と鯨カツを注文した。揚げたて、シュワシュワをつまんでみると、しっかり目に揚げてあり肉汁はほとんどない。その分クリスピーで、グイグイかめばクジラの肉旨さが染み出してくる。ワイルドな食味の鯨肉は、戦時を支えた栄養食ならではの、質実剛健な味がする。
この鯨カツ、海軍グルメマップによると「戦艦霧島の鯨肉カツレツ」と紹介されていた。戦艦霧島は、戦艦大和建造のベースとなった大型戦艦で、昭和初期に呉海軍工廠で改装工事を施した縁がある。その霧島をはじめ当時の軍の艦艇で、鯨肉は乗組員の食材として用いられていたという。
当時、鯨肉は国策で食べることが奨励されていたが、冷蔵技術や流通システムが未熟で粗悪品が多く、国民からは敬遠されていた。この頃に鯨肉を食べていた世代が、鯨肉にあまりいい印象を持たない由縁だろう。
そのため海軍用の食材として回ってきた鯨肉を、艦艇の料理人が工夫、レシピの出来を艦艇同士で競っていたという。戦艦霧島のこの料理は、鯨独特のくせがないので好評で、中には鯨肉と気づかずに食べていた乗組員もいたほどだったとか。
テレビでは引き続きナイターをやっており、カープのチャンスに店の皆さんはまた釘付けに。こちらも芋焼酎をおかわりしながら、観戦がてら味の染みた鯛の頭をほじり続ける。
ちなみにご主人、某上方の有名落語家によく似ていらっしゃる。話を振ると丸眼鏡越しに、「あの人」らしいにこやかに目線をくれる様子が、ますますそっくりで吹き出しそうになる。今宵の呉探訪は、硬派な海軍テイストというより、ほのぼの「家族に乾杯!」か?