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気を感じながら暮らす

からだや自然について思うことなどを気ままに

暗い山道で考える

2018-01-05 11:32:53 | 
 年末から毎朝、山を歩いている(元旦は除く)。暗いうちに出て、日の出る前に帰ってくる。
 朝の散歩で何より嬉しいことは、よい「言葉が降りてくる」こと。と言っても、いきなり神のお告げや考えてもいないことが「降りて」来ることではなく、普段から思ったり考えたりしていることが、上手くまとまる感じである。まったく関係のない二つのことが一つになったり、気にも留めなかったことが大事なことだったと気づかされたり。
 例えば昨日は、太極拳の型(套路)と野球の素振りは同じなんだと思った。言うまでもなく素振りは、試合で打つための練習の一つであり、最終目的ではない。太極拳の型もそうである。しかし多くの太極拳愛好者は、型を覚えることで終わってしまう。実践(闘い)を勧めているのではなく(それを目的とすることは悪くはないが)、太極拳の型を最終目標としてしまい、その応用(先を考えること)をしないことを惜しんでいるのである。ちなみに私は太極拳をからだの使い方を身につける手段と位置付け、日常生活に活かすことを考えている。
 人はアタマだけでなく全身で物を考えている。今の私は、暗闇の山道を歩きながら考えることが、カフェや風呂よりもいいようだ。
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