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筆者:どんびき(地域によりカエルの意)

12月、そして2017年を振り返って

2017-12-28 19:45:26 | 月末振り返り
毎月最終日はその月を振り返る。
と言っても、明日から実家に帰省するためPC環境がある今のうちに12月と年間の振り返りを書き留めておきたい。
そういえば、本欄も2月には開設から10年という節目を迎えることができた。
我ながらよくもまあダラダラと続いていると思うが、書くことが最低限苦ではない、一言これに尽きる。

まず12月。
日々の仕事量がやや落ち着いてしまい気分も上がらず、しかし仕事の密度のわりには家に帰ると疲れがドッと出てしまうことが多かった。
正直モチベーションを見失いかけた時期もあったが、年明けに人が動く影響で今までとは違う新しい役割を担うことになり、気分的にも前向きさが戻りつつある。
覚えていく過程ではやはり二度手間三度手間もあって、必ずしもすんなりとはいかないのは誰しも同じだと思う。
しかし、正月明けから本格的に独り立ちとなるし、少しずつでも慣れていってスピード感のある仕事を目指していきたい。

プライベートでは、11月に大きな旅行を2回もやったので遠出と呼べるものはせず近場で主に自然を楽しんだ。
秋の愛岐トンネル群公開には2回目の参加となって、初回よりは色付きの良い紅葉を楽しむことができた。
今まで行っていなかった庄内緑地にも行って、寒いながらも都会のオアシスをしばし満喫した。
友人と朝からびっしり競馬をやっておいしいお酒を飲んだ日もあった。
飲みは週に複数回は禁止にして、月々が大赤字にならないような生活に徐々に切り替えている。
某店のキャストさんが最近「卒業」していったため、足を運ぶ店もほぼ自動的に絞られてきたから、回数さえ気をつければ大丈夫だろう。

2017年全体としては、何かが大きく変わったという実感はない。
部署の異動があったわけでもなく、同じメンバーに囲まれて時には楽しく時には頭を抱えながらの日々であったが、10月初頭でもって当地では3年目の生活に突入することになった。
プライベートではとにかく旅行をたくさんできて得難い体験が多くできた。
公私ともども大きなマイナス要素がなかったのは、一年間ほぼ体調を崩すことなくいられたことが何より大きく、特に私の場合はここさえ大丈夫なら万々歳だと思わなくてはならない。
欲を言えば、ひとり遊びばかりでなく、たまにでいいから感動を分かち合う経験ができれば最高だ。

12月と2017年のベストショットを公開して2018年につなげたいと思うが、年間のほうは1枚に絞ることは不可能だったので3枚を紹介する。

12月のベストショットは、愛岐トンネル群の象徴的なスポットである大モミジ。(愛知県春日井市)



年間ベストショットの1枚目は、冬晴れの伊良湖岬。(2月、愛知県田原市)



2枚目は、明治の産業発展を今に伝える世界遺産・韮山反射炉。(7月、静岡県伊豆の国市)



3枚目は、札幌駅JRタワーから眺める北海道大学・札幌競馬場方面の景観。(9月、北海道札幌市)




2017年も本欄に多数訪問いただきありがとうございました。
来たる2018年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
次の更新は年明け3日以降に。

年の瀬迫り

2017-12-24 21:00:50 | 休日
年始から正式に担当する新しい仕事をおぼえるにあたって、今週の勤務は気持ち的な余裕はなく過ぎた。
基本的にはひとり担当のため、明日からの今年の残りあと4日間の勤務も非常に大事だ。
年明けに向けてはスケジュールも追い込みぎみとなるから、他の人の手伝いも多くなるだろう。
年末に気持ちよく帰るため、スッキリとした形で終われたらよい。

今日はクリスマスイブで、いよいよ年の瀬というにはまだ早いのかもしれないが、年末は特に総決算的なイベントや集まりが多くなる。
部署の忘年会は22日の金曜にあったようだが、もともとそこは、とあるライブのチケット当選を当て込んで行く予定にはしていなかった。
その前の週ならよかったが、その日は会場が取れずお流れになり、結局22日になった。
行けると○を付けた日が流れ、行けないと×を付けた日にこちらの当て込みが外れて体がガラ空きになるという皮肉なこととなった。

日付は前後して21日の木曜日には、ほんの数回ながら楽しく過ごした某店の仲良しさんが卒業ということで連絡を受けていて、金曜わざわざ混雑しているところに行くよりはマシだろうと思い足を運んだ。
卒業祝いにシャンパン一本というのはどこに行っても変わらないのかもしれないが、もう行かないお店だから安いものを入れ、後半は自分のペースで歌モードに切り替えた。
帰り際には「明日晴れるかな」(桑田佳祐)で締めるのがお約束で、最後の最後もそうした。
今後のことは詳しくは聞いていないが、だいたいの方向は決まっているようで、今後の人生も健康で明るく過ごしてくれることを祈るよりない。
ちなみに、シャンパンの度数がきつくなかったのか、あまり酔った気にもならず飲み足りない感じすらしたが、すでに節約モードに入っているためその日は早い時間に自宅に戻った。

スポーツの世界では個人的に注目の種目が多く、いつもの週末よりはテレビの前にいる時間が長かったかもしれない。
昔の私の本職であるバドミントンでは、スーパーシリーズファイナルで女子シングルスと同ダブルスのタイトルを日本勢が獲得、いずれもリオ五輪のメダリストとは違う選手であることは今の我が国の層の厚さを物語るものだ。

全国大学ラグビーは土曜が準々決勝、昨年度は母校の活躍に大いに喜んだものだが、今年度の母校は関西Aリーグで6位という惨敗を喫し全国大会に出てくることもできなかった。
せめてもの望みとして関西勢の活躍に期待したものの、結局天理大も京都産業大も昨日で姿を消し、正月2日の準決勝は関東勢に独占されることになった。

三競オートの世界は、中央競馬は有馬記念プラス中山大障害、ボートレースはグランプリシリーズを終え、実質今年終了。
年が変わるまでに個人的に参加するとしたら、29日の東京大賞典と30日のKEIRINグランプリくらいか。
参加費?はいずれも少額にとどめるとは思うが、11月の大井で、あるいは小倉で目にした選手が多く出てくるので、その思い出もかみしめつつ、できれば年の最後、気持ちよく当てて次の年を迎えたいものだ。

クリスマスムードもピークだったであろうこの土日だが、表立って大きな外出はしなかった。
イブが今日で、明日が月曜なら、クリスマス休暇の文化がない我が国ではクリスマスは実質今日で終わりだ。
本当に何もなく過ごしたクリスマスシーズンとはなったが、頭の中は2017年を気持ちよく締めくくることしかないので、それさえ実現できれば何も言うことはないのである。

おぼえる!

2017-12-20 06:34:02 | 日記
我が社も御多分にもれず、人の大きな動きは春と秋の2回である。
ただ、それ以外の時期でもいろんな都合によって小さく人が動く時がある。
わざわざ引越ししてやってくるような人はいなくても、同じ事業所の中で担当する部署が変わることもしょっちゅうある。
同じ部の中で人が回っているだけの場合もあるが。(玉突き人事などとも言う)

さて、2年少し前に私が当地に来てからは、我がチームはひとり若い社員が他部署に流れていった程度で、ほぼ不動のメンバーでやってきた。
それが今回、年始付けで男性がひとり他部署に流れることになったため、当人が担当する業務の一部を引き継ぐことになった。
先週の後半からほぼ毎日、午後の2時間ほどを使って当人に付いて新しい仕事を習っている。
当人は今の事業所から出て行くわけではないが、当人だって次の仕事を早く覚えたいだろうから、期限は年末いっぱいとは言っても私がなるべく早く段取りを覚えるのに越したことはない。

最近の数ヶ月はチームの某ベテラン氏との不毛な対立もあって結果的に日々がなんとなく間延びするようになり、気持ち的に上がらないことが多くあったが、事業所の中でもこれまで入ったことがなかった建物に入り、行ったことがない場所に行き、わずかではあるが今まで接点がなかった社員とも接点が持てる。
人の異動が原因とはいえ、これまでとは違う仕事を覚えることができるのは幸せだ。
かつては仕事そのものに恵まれない時期や、仕事場があっても体調を崩して仕事ができない時期も経験している身には、まずは体が元気でやるべき仕事があることが何よりなのである。

今までの仕事はもちろん、これからの仕事もしっかりやっていけば、当地での寿命も延びる。
特に地元に帰りたいとは思っていないため、できることなら最低でも富山の倉庫にいた時と同じくらいかそれ以上のキャリアを当地で積み重ねられたら言うことはない。
東京五輪の年(正確には五輪が終わった後の秋ごろ)まで今のまま当地にいたとするとちょうど5年となる。
5年となれば、私にとっては我が社の中でもいちばん長くいた部署ということになり、個人的にも当地が第二の故郷同然になってくる。
(ハタチに前後して京都には通算7年いたが、中身の薄い経験しかできていない)
もちろん第一の故郷である富山に帰った時の安堵感というのは終生変わることはないのだとは思うが、当地のことに少しでも詳しくなって損なことは何もない。
関東や関西のようなひどい混雑も名古屋市内のほんの一部の地域のこと、よく言われるところの「人が多い田舎」というのも私にとってはこれ以上ない条件だ。

一時は日々があまりに退屈で辛い時期もあったが、今年の最後に来てまた新しい気持ちで取り組めることに出会えるのだから、会社にはとりあえず真面目に出ておくものだと思う。

喜びも倍

2017-12-17 23:11:02 | 休日
今週は土曜日にもアラームをかけて早起きした。
週中に旧友から今年最終週となる中京競馬の本開催に誘われていた。
今秋、久しぶりに名古屋勤務となった本人は、久々の中央競馬観戦ということもあり「第1レースからやりたい」ということだったので、9時半に中京競馬場前駅で待ち合わせた。
私も長らく競馬をやっているが、土曜日の朝に第1レースに間に合うように行ったのはこれが初めてではなかろうか。

当日のメインレースが1000万条件という日でありながら当日発売の指定席は売り切れていて、さっそく一般席の空きを探したが2人分の席を見つけるのは容易だった。
吹きっさらしながらほぼゴール板前の位置は申し分のないもの、これまではG1当日など混雑時に行くことが多くて、ゴール板を過ぎた位置など中途半端な場所からの観戦が多かったのである。

お互いに第1レースから切れ目なく参加していき、私は的中はあるものの安いところしか取れず、友人に至っては午前中どころか9レースあたりまで全くのノーホーラという、かなり苦しい闘いを強いられた。
各場のメインレースが終わった段階で、二人ともかなり厳しい状況で迎えた中京第12レース、お互いに上位は堅い決着と予想した。
私は馬連をほぼ本線で的中させたが、すごいのは友人の方で、3着に私が目もくれていなかった馬をしっかり入れていて、3連単で万馬券の的中となった。
一日のほとんどを苦しみ、大負けの不安も抱えながら、最後の最後でお互いにごくごく少額のマイナスにとどめることができた。
直前まで相当やられていた友人が最後に大きく盛り返したのは我が事のように嬉しく、喜びも倍といったところだった。

もともと勝っても負けても名古屋に戻って飲む段取りにはなっていたが、一日中朝から遊んで1000円とか3000円あたりの負けで済み、お金をあらためておろしてまで飲む必要もなく、勝ってはいないが気分的には祝勝会に近かったから、思いのほか時間を忘れるくらいの楽しい飲みになった。
年明けにはまた3週間の本開催があるので、どれかにはまた一緒に楽しみに行けたら最高だ。
ちなみに、自宅近くに戻ってさらに飲み倒し、貯めておけばいいお金を結局溶かしたことはここだけの話としたい。

そんな欲まみれの土曜からは一転、寒いながら好天に恵まれた日曜、競馬場の喧騒と飲み疲れで午前中はゴロゴロで終わってしまったから、午後は近場でのんびり過ごせる場所を探してクルマを出した。
まだまだ見逃している場所も多い中、今日足を運んだのは庄内緑地(名古屋市西区)であった。
さすがにもう冬枯れの木々も目立ったとはいえ、季節を問わず市民の憩いの場、都会のオアシスとなっているように感じた。
画像をいくつか。
4枚目は、管理事務所の中にあったクリスマスの飾りつけ。









寒空の中を歩いて冷えた体を暖めたく遅めの昼食場所を探したが、ラーメン店などは15時あたりは案外準備中になっている店が多く、結局その時間にやっていた岐阜タンメン(小牧店)に入った。
ここはそれこそマトモな食事の時間帯に行くとなると並び覚悟になる人気店だけに、少しずれた時間帯に行くのがいいと思う。
今回は守山区の店舗で初めて食べた時より少しだけ背伸びして「1辛」を頼んだ。
撮影OKに加え、インスタ映えを意識してか、漫画の吹き出しのような紙(野菜増量!などセリフが書いてある)が付いた棒まで用意してあるというサービスぶりには恐れ入った。



もともと、どう過ごそうかな〜と考えていた週末だっただけに、土日とも中身のあるものにできてよかった。
今年の仕事もあとわずか、クリスマスも近づき胸の高鳴りもある中だが、仕事ではまた気持ちを切り替えて、かつ楽しく乗り切っていけたら言うことはない。

お休みの使い方

2017-12-15 20:18:20 | 日記
クリスマスにもならないうちに真冬並みの寒さが当地でも続いている。
雪こそ積もらないが、内陸と言っていい当地は朝晩と日中の気温差が激しい。
もう慣れてはきたものの、空気が乾燥するのも地元とは逆だし、乾燥を好むとされるいろいろなウイルスにはかかりやすいと言える。
加えてこの寒さ、今週の職場は我がチームのみならず多くの部署で風邪やインフルエンザによる欠席者が相次いだ。

我がチームでは火曜から一人がインフルエンザにかかって休んでいる。
会社の決まりでは、今日までか月曜日までが出勤禁止になるはずなので、お気の毒な話ではあるが感染者を増やさないためには仕方がない。
かく言う私も、水曜の午後あたりからやや体のダルさに悩まされた。
私の経験上、インフルエンザなら体温は39℃近くまで急に上がるので、37℃台でウロウロするという状態は単なる風邪ということであったろう。
水曜の夜は例によってことのほか厚着をして、布団もこんもりかぶって少しでも汗を出すことに集中した。
結果、何とか仕事を休むまでのことにはならず、今日金曜日の勤務まで終えられて正直ホッとしているところである。

誰しも風邪、ましてや感染症にかかりたいと思ってかかる人はいない。
思ってなくてもかかってしまうのが病気であるし、それは怪我も同様である。
各人にはあらかじめ決められた日数の有給休暇が与えられているが、もしもの時のため、やはり遊びですべて使い切ろうなどという考えはまったく賢明ではないことが分かる。

例えば、ごくごく一般的な有給休暇の例としては、会社にもよるだろうが次のような感じか。

・年度始めの有給付与日数 20日(前年度の有給は使い切って持ち越しゼロとした場合)
・会社が有給消化率向上を目的に各人の計画のもとで「取っていただく」(笑)休暇日数 5〜10日

となると、各人が年度の中で「本当に自由に」使える有給は10〜15日ということになる。
この日数の中で、仮に各種感染症にかかれば4日か5日は自動的に持って行かれてしまうことに全く備えていない人が今回インフルエンザにかかった。
何しろ昨年度、有給休暇をすべて遊びで「19.5日」取ったツワモノだ。
年度の終わりまであと3ヶ月半、3月末までの様々な計画の一部は修正か中止を余儀なくされているかもしれない。
月曜日は鼻水ダラダラでまるで仕事にならず、周囲も心配している中なのに、「風邪なんかひいとれへんよ」とか「みんなして体調悪いことにしとんだで」などとうそぶいて、その翌日にインフルエンザとは、お気の毒な反面、やはり極度にプライドの高い幼稚な人なのだと思わざるを得ない。
使える有給が減り、しかしやりたい遊びはやりたく、有給を使い果たした後でも休みを取りにくるのか、あと3ヶ月半、見ものではある。

お金に困っているという評判は聞いたことがないので本人にとっては痛くもかゆくもないだろうが、とりわけ我がチームのメンバーは頻繁に休むという悪しきイメージが定着していることにどう落とし前をつけるのか。
「使わなければ損」とばかりに万一のケースにも備えないで年間を見通すことはやはり避けなくてはならないし、そうできる精神的なゆとりも持ちたいと思うのである。

久々にクルマと

2017-12-09 19:34:49 | 休日
12月に入り、寒い日が続いている。
地元北陸では平野部でも積雪を記録しているようだ。
日本海側でも12月の上旬から真冬並みの寒さになることは毎年の話ではなく、暖冬ぎみで12月がわりあい穏やかに過ぎてしまうと冬全体はけっこう短く感じられる。
昔ほど平野ではドカ雪にならなくなったこともあるし、1月に入るとわずかずつでも日が長くなってくるので、人の気持ちもちょっとずつ春を待てる心境になる。
今シーズンは、まだ冬至にもならないうちにこの寒さだから、今回の冬は長そうだな〜という気持ちになってしまう。

当地ではこれまで雪はなく、ほんのわずかにミゾレのようなものが一度降ったか降らないかという状況だ。
いつもならもうとっくにクルマのタイヤは冬用に換えていて、毎年勤労感謝の日あたりを目安にしているところ、その時期は旅行に出ていて、次の週末はやや体に疲れがあり、結局まだ夏タイヤのままである。
通勤にクルマを使わないことと、実際に雪が降ってこないのをいいことに、例年よりはナマクラになってしまっている。
年末には型通りに帰省すると思うので、早めにやっておけば安心なのだが。

さて、今日は特に外出の予定はなく、午前中は掃除や洗濯で過ごした。
昼ごはんに、近くで話題の辛いラーメンが食べたくなりクルマを出した。
食べたらスーパーで買い物をして自宅に戻るつもりでいたが、よくよく考えると平日はもちろん休日もせっかくのクルマをほとんど使ってやれていないことに気がついた。
私のクルマはけっこう人間的なところがあって、あまり放っておくと、走りには影響はないが訳の分からないエラー表示などが出てしまい、しかし結局ある程度走らせるとそれも直るという不思議なヤツなのである。
不機嫌になられる前に、もののついでで小さくドライブをすることにした。

行き先は当地のおとなり、距離にして20kmの岐阜県多治見市である。
それより遠い恵那市やさらに遠い木曽方面には目的があって行ったことは多々あるが、多治見市は通り過ぎるだけで市街地を歩いたことはまだなかった。
短時間の街歩きが目的のため、まずはJR多治見駅近くの駐車場にクルマを置いた。
ちなみに、全国有数の高温都市らしく駅前には気温計があって、最高50℃まで目盛りが切られていた。
いくらなんでもそこまでは行かないだろうとは思うが、40.9℃という日本記録保持都市(?)としては話題にもなっていいのかもしれない。
いわゆる典型的な盆地なので、冬は冬で寒さも相当きついだろうとは思う。
雪は少ないが凍結が心配だろう。



駅の観光案内所の前には、市のキャラクターである「うながっぱ」が。



街歩きといっても、駅前からほんの数百メートルの陶都(とうと)大橋まで行って(多治見市は陶器=美濃焼の街でもある)、市内を流れる土岐川の写真を数枚撮っただけであった。
土岐川は、愛知県に入ると庄内川と名前を変え、最後は伊勢湾に到達する。



日の短い今の時期ながら暗くなるにはもう少し時間があったので、市内の高台にある虎渓(こけい)公園までクルマを持っていった。
どこに行ってもそこの景色を楽しみたいタイプなので、一箇所はどうしても少し高い場所に行ってみたくなるのである。
展望台から多治見市街を望む。



アリバイ程度の距離とはいえ、クルマを久々に、それなりの速度で流すことができた。
私自身も気持ちがいいし、クルマ自身も少しは機嫌を直してくれただろう。
虎渓公園までの急坂をクリアしてくれたことに感謝し、公園で写真を撮ってあげた。



やがて走行11万kmになろうかという老体ながら、お世話になっているショップのおかげで状態はかなりいい。
普段から少しずつでも動かしてあげて、少しでも長く付き合っていければと思う。

ナメてはいけない

2017-12-07 19:58:29 | 日記
今に始まったことではないが、我がチームの長は会議や打ち合わせから帰ってくるといつも機嫌が悪い。
会議などに参加する立場ではない私は中身までは分からない。
言うには、我がチームが何かと標的になることがイヤということらしい。

組織の中にいて、何となく部署やチーム間の序列のようなものは感じるが、決して高いレベルの中でそうなっているわけではない。
しかし大変残念なことだが、◯◯部門の言うことは聞いても××部門の言うことは聞かないなどと平気で口にする部署が存在する。
社内の某ベテラン氏が図らずも「勘違いエリート」という名言を吐いたように、規模こそそれなりにあるとはいえ、お世辞にも知名度では全国区とはいえない企業、さらにその中のたかが一事業所の中で、部署の格上も格下もあったものではない。
知識階級が労働者階級を見下ろすような構図がわずか100人程度の事業所で確認できてしまうのは何とも寂しい。

さて、何かと標的になってしまう我がチーム、周りにそうさせてしまう要素はないかといえばそうでもない。
ひとりひとり、一つ一つのことを詳しく書いていると夜が明けてしまうのでやめておくが、確実にこれのせいだろうと思えることは一つある。
毎朝あるラジオ体操に、我がチームの人間だけがなぜか参加しないのである。

我が事業所の事務方は始業5分前からラジオ体操をやっていて、人によって真剣味は違うかもしれないがパッと見では全員がしっかりとやっている。
我がチームで毎日朝礼に出ているのは全体の半分の人数しかいない(残りの人間で朝一番の入荷等に対応するため)が、ラジオ体操の音楽も終わろうかと言う段になってようやくオロオロとチームの部屋から出て朝礼の場に向かう。
朝礼そのものにさえ間に合えばそれでいいと思っているのかもしれないが、毎朝しっかり体操をやっている側からすると、体操の終わり頃に中年のオヤジどもがドヤドヤと朝礼の場に入ってくる光景を毎日見せられていることになる。

私は普段は朝礼に出ない側だが、数ヶ月に一度はメールで連絡が来て挨拶の発声練習などをお願いされる。
そういう時は、心の準備もしたいので早めに朝礼の場に行く。
早く行けば当然ラジオ体操には間に合うから、体操もしっかりやる。
そんな日でも我がチームの「常時参加組」は朝礼開始ギリギリになって入ってくる。
高校を出たばかり、あるいは出て数年の若い社員もいるというのに、示しが付かないとはまさにこういう態度だと思うし、「恥を知れ」とも言いたくなる。

彼らは特にそれでうるさく言われないから「許されている」と勘違いしているのかもしれないが、5分早く移動してラジオ体操に間に合うことがそんなに難しいものなのか。
宴会を拒む自由はあっても、ラジオ体操は仕事の一環であって拒む自由は本来はない。
ラジオ体操に間に合うという至って簡単なことすらマトモに実行できない人間たちだと思われれば、あらゆる場面で軽く扱われても仕方がないとは思う。
何かのはずみでまた悪者にされるようなことがあったとしても、それは文字通りの「日頃の行いが悪い」と言うやつであり、自業自得そのものである。

組織としての一定の制約には何かしら理由があるので、あからさまにバカにしていいものはない。
そんな中で、毎日「たかがラジオ体操」などと思って参加しないナメた人間が周囲にいる事実を、偉大なる反面教師として大いに活用させてもらおうと思う。

ダメじゃん!

2017-12-07 07:34:00 | 日記
私が一昨年の秋に当地に赴任した直後、一緒に作業をしていたある男性から私が結婚しているのかどうか聞かれた。
ウソをつくわけにもいかないので「していない」と答えたら、即刻「ダメじゃん!」という反応があった。
確かにこの時点で年齢としては45、不思議に思うのは無理もないが、ダメと言われる筋合いはない。

地域のつながりが薄れ、お節介なおじちゃんやおばちゃんがいなくなり、お見合い結婚なるものがほぼ絶滅した今、恋愛や結婚は完全なる自由競争の時代である。
現状その競争に敗れているからヒトリであることは認めなくてはならないが、だからと言って「ダメじゃん!」で一蹴されては気分が悪い。

もう付き合いも2年以上になったので分かることだが、その男性にとっては自分が経験していることを他人が「していない」となるとみんな「ダメ」で切って捨ててしまう。
ハワイに行ったことがないと言ってもそうだし、ビットコインに関心がないと言ってもそうである。

そこまでで終わるならまだマシだが、どうしても他人に何かをやらせようとしつこく食らいついてくるからたまらない。
私だったら、婚活バスツアーに行け行けと何度言われたことか。
私のようなタイプは婚活パーティーや合コンのような「短期決戦」には向かないと分かっているからなおさらである。
ああいう場はクルマのカタログを見るのと同じで、表面的なスペックに目が行くのは仕方がないことだからだ。

一方では私に対して「自由でいいですね」という人もいる。
確かに誰にも縛られず、入るお金は全部自分のために使えるから、自由と言われればその通りだ。
それならば聞きたい。
すでにダンナ様がいるというあなたは、独身時代に謳歌してきたであろう自由が相当に制約されることを分かってなぜ結婚を選んだのかと。

周りの友達がみんな結婚して行くから?
親がうるさかったから?
結婚している方が何かとお得だから?
ある程度のトシになって独身でいることが、それこそ「ダメ」だと思ったから?(←筆者はコレが最大の要因と思っているが)

結婚している人がひとりでいる人間の自由をうらやむだけというのは話としてややバランスを欠くように思うが、自慢やノロケに解釈されるのを嫌がってか、結婚している人は結婚していることでこんないい部分もあるんだよ、という話など滅多にしない。
「だまされた」などと言って逃げられるのが関の山だ。

ただ、いわゆる「つるむ」ことが嫌いな私でも分かることは、ひとりでいることで得られる自由だけでは人は本当に心豊かにはなれない。
たった一人の誰かを想い、その人のためなら今ある自由など、とまで思えたから、というのなら人が結婚していく理由としては納得できる。

そんなふうに好きな人がいたとして、しかしすぐには実現しないか実現する見込みがないのなら、いろいろな手段でもって自分を磨いて、今よりも少しはよいであろう未来を思い描いてそこに備えればよい。
今からでもこの自由競争の真っ只中に参入して遅すぎるということはないのである。

忘年会の季節

2017-12-05 07:56:03 | 日記
師走に入り、我が事業所でも忘年会の話がポツポツ出ている。
さすがに全員集合となると不可能に近いので、大きな枠でいう部署単位でやるのが通例だし、人数的にも妥当だ。
幹事の方から開催候補日と出られる日の調査が我がチームにも回って来た。
こういう話の時は回覧が回るのは速い。
ほとんどの人間はアタマから欠席を決め込んでいるためである。
私は2つの候補日のうち1つには×印を打ったが、1つの日には○印を打った。
当日は我がチームからは最悪私だけになるか、最高でももう一人加わるかということになった。

近年は会社の宴会といえども強制性が疑われるといろいろと厄介なことになる。
何ともこすっ辛い世の中とは思うが、時代の流れ、これは仕方がない。
予定がある人はあるでこれは当然仕方がない。
私だって1つの×印は実現するかどうかも分からない予定を当て込んでいるだけである。

ただ、社内でプライベートな有志連合を組織していない私は、せめて部の上司が仕切る会は節目の行事として出たいと思う。
小さな枠としてのチームではなく、大きな枠としての部ともなれば普段全く接点のない人だっている。
宴会一つくらいで一生モノの関係になれるわけでもないが、仕事中とは違った表情が見られてそれはそれで楽しいものだ。

こういう話の時に最初から欠席を打つような人はお酒の場が嫌いなのでは決してない。
むしろ飲みにかかれば夜中まで平気でいけそうな人もいるし、実際にプライベートな飲み会はしっかりと企画されて実施されている。
どういう集まりかといえば、我がチームの某氏が「オレたちの飲み会」と言い放つ有志連合などである。
つまりは、某氏にとっても上司である人が幹事であっても、そこは「会社の飲み会」だから出ず、何の気を使うこともない「仲良しメンバーの内輪ノリの会」のほうを優先するということである。
ここでは表現しづらい自虐的な名前を持つその会は、おそらくは部外者が近寄りがたいような空気に包まれていることだろう。

それにしても不思議なのは、その某氏が、会社の飲み会には出ないということをわざわざ直属の部長に宣言していることである。
それを聞いて部長は、笑いながら冗談めかして「お前の評価はマイナスね」(面と向かって本気で言ったらパワハラになるため)と言ったというが、腹の中では「もうコイツを上に引き上げることはないな」と思っているだろう。
今は基本、会社の飲み会に出る出ないは自由であり、有志でワイワイだけで十分だと思うのも自由だ。
その腹の中をわざわざ上の人に伝えて何の意味があるか。
あるいは、某氏自身、もう上には行きたくないという意思表示なのか。
行きたくなくても行かされればその職務に当たらなくてはならないのがサラリーマンだというのに。

早く目覚めたので一つエントリーを入れたが、時間の都合上、ここまででやめておく。

2回目

2017-12-03 19:56:31 | 休日
先週の楽しい旅行に続いては、月金の勤務が普通に5日間あった。
その日その日でキチンと休んでいるつもりでも、金曜あたりには口内炎ができるなど、疲れのサインが出てしまった。
この土日は好天に恵まれたが、土曜はまず何もしないことを自分に許し、最低限の雑事だけをこなして疲れを取ることに専念した。

まるまる一日の休養というのは大きなもので、今日は外に出たいという気力が戻った。
例年春と秋、それぞれわずかな期間だけ開放される「愛岐トンネル群」(旧国鉄中央本線の廃線跡)の今秋の開放が今日で最終日だったため、最寄りのJR定光寺駅に向かった。
駅近くの案内板。



当地に一昨年に来てすぐの秋の開放時に初めて来て、今日はそれ以来の2回目の訪問であった。
当地・春日井市の保存再生委員会の尽力により、大変な数の観光客にも訪れやすい状態に整備されていることには感謝の一語しかない。
かと言って完全な観光地にするのではなく、安全上必要な部分以外はなるべく手をつけないで残していこうという思いが感じられた。
「愛岐」という名前の通り、廃線跡は岐阜県の多治見市にも続いているが、多治見市側では発掘や整備が行われていないため散策は春日井市と多治見市の境目で行き止まりとなる。



行政の垣根を越えて多治見市側の整備もなされることにより、国内でも第一級の産業遺産を歩くフットパスが完成、と春日井市側は思い描いているが、現実はなかなか厳しいようである。

つべこべ解説にもならない駄文を綴るより、この先は画像をご覧いただきたい。
写真撮影にあたってはイヤな要素であるはずの逆光が思わぬ仕上がりを生んだものもあった。
私は撮影機器にはまったくこだわらないが、構図にはけっこう時間をかける。
自分なりに「いい写真」をなるべく他人が入らないように撮るのが、難しいながらも楽しい作業である。

















単調で平板な毎日を過ごしていると、知らず知らずに悪いことばかりが頭に浮かび、それほど現実が客観的に悪いとは思えない中でも必要以上に暗い気持ちになったりしてしまう。
そういう時は、自分のことなど誰も知らなかった赴任当初のことを考えるようにするのが第一、そして今日のように行きたいところに行って楽しみたいように楽しむ休日を作ることがもう一つの大切な心のリセット法である。
何とか明日からの一週間を乗り切るだけの気持ちの充電はできたようだが、決して油断することなく、自らのミスなどくだらないことでムダに消耗しないように心がけていきたい。