blog Donbiki-Style

筆者:どんびき(地域によりカエルの意)

2021年を振り返って

2021-12-31 18:22:00 | 月末振り返り
今日は大晦日なので2021年を振り返る。
全体としては残念というか情けないというか、一時はどうなることかと思った時期もあった。
今でこそ元気を取り戻し仕事も順調、このブログに手を付ける余裕もあるが、それすらできなくなる危険もあった。
2022年以降、動ける体がある有り難みを感じつつ、まずは年間通して体調を崩さないことが唯一にして最大の目標だ。

2021年のあれこれについては、12月初頭に投稿した「長かった半年」に書いているがあらためて振り返っておく。
前年秋から続けていたコンビニ夜勤の仕事が年明けを過ぎても順調であったため、本年2月に長らくパラサイトしていた実家を出て魚津市内に住居を求め入居することができたまではよかった。
しかし、もともと接客が得意ではないところに深夜帯の必ずしもいいとは言えない客層への対応に心身をすり減らして、3月の半ばにはあえなく電池切れとなり、それから半年以上はいよいよ世の中に対する恐怖感も出てなかなか社会復帰することができなかった。
時間が経つうちに経済的にも疲弊し不安ばかりの状態となったところに加え、10月には常用薬と市販サプリの飲み合わせによって思わぬ副作用が出て今まで経験のない身体的苦痛にも襲われ、人生で初めて入院することになった。
のちのち聞いてみたところ、下手をすればそのままあの世行きもしくは再起不能に陥るところだったという。
よかれの思いからとは言っても、自分で調べず、また医師に相談せず常用薬に加えて市販のサプリを服用するという「凡ミス」で命を落とすなどということになっていたら、それこそこれまで支えてくれた周囲の人々への裏切りそのものであり悔やんでも悔やみ切れないことになっていた。

入院生活当初は症状もなかなか落ち着かず「病院でもしものことがあったら」という考えも頭をよぎり生きた心地はしなかった。
親族にもさんざん迷惑をかけた手前、退院したらしたですぐにでも新しい仕事を求める必要もあった。
退院後わずか1週間の体で職安に赴き、そこで紹介を受けた職場に幸運にも採用となったが、最初の勤務日までに体が果たして戻るのか不安だった。
幸いにして、11月上旬から働き始めこの年末の締めまでの間を体調を崩すことなく乗り切ることができたのは、10月時点での苦しみを思うと奇跡としか言いようがない。

この一年というスパンで振り返るなら、全くと言っていいほど社会の役に立つことはできなかったし、一時は社会福祉の支援を受けることも考えるほど追い詰められた。
しかし、働き出してからは自分でも驚くくらいに順調に毎日を過ごし、規則正しいリズムで生活する中で体のほうも従来と同じレベルに戻ってきた。
動ける体があるという一見当たり前のことをこれほど有り難く感じられるのは、生きるか死ぬかという苦しみを経験したからこそである。
体さえ動くなら仕事をして日々の糧を得ることができるのだから、お金よりも体の方が大事なのは言うまでもない。
どれだけ財産を蓄えていたって、自由に動ける体がなければ、体があっても動かす気力がなければ、生きていても虚しいだけだろう。

この大晦日の段階で、2022年以降にとりわけ大きな不安を抱えることなく向かうことができる。
終わりよければ、とはよく言うが、2021年はまさに「終わりだけはよい」年となった。
2022年は初めから終わりまでよい年であることを心から願っているし、自らを今まで以上に律してそうなるようにしていきたい。

本年は長らく更新しない時期もありながら多数のご訪問をいただきありがとうございました。
またコンスタントに更新してまいりますので宜しくお願い致します。
2022年が皆様にとって素敵な年でありますように。

仕事納め

2021-12-29 19:19:37 | 日記
我が職場は今日29日が仕事納めであった。
と言っても、今日は年末の数合わせ・確認が済みしだい帰っていいことになっていて、午前中に全てが終わって管理職以外のほとんどのメンバーはお役御免となり私も12時のチャイムを待って家路についた。
昼を過ぎることも十分可能性はあったので弁当を用意してきていたが、自宅に戻ってあたためて食べることになった。

今日を余裕の半ドンで終えることができたのも、事前の準備がうまくいった上で当日を迎えることができたからだ。
事前に数合わせを何度も行うが先週までは原因が分からない差数が多数見つかり、現場を大がかりに整理して「何とか大丈夫」の状況ができたのは昨日の夜、しかも定時を過ぎてからであった。
私自身も久しぶりに残業なるものをして協力したかいがあって、当日の調査は超速で済むこととなりスッキリとして年明けを迎えることができる。

今の環境に入ってまだ短いながらも、いたずらにスピードを求められないことは私にとって大いに助けになったし、現場リーダー氏ほかとのコミュニケーションもとれてきて、ああだこうだ言いながら仕事ができるようになった。
ああだこうだが言えないまま黙々とやっていても仕事は成り立つが、日々少しずつストレスが堆積して気づいたときには電池切れという経験を多数してきている身には、今は大変いい環境が与えられているものだと思う。
半年、1年、2年、さらにそのずっと先までを見据えてやっていけそうに感じられることは何よりである。
年末の振り返りにも書くが、健康でいることがこれほどありがたく感じられた年もないので、来年は体に気を付け、職場を長く空けてしまうことだけはないようにしなければならない。

今の職場ではフォークリフトは必需品だ。
写真のミニカー(トミカはなぜか働く車系が多い)は一般的な着座式のものだが、私は室内が主戦場なので立ち乗り式のスリムなタイプに乗っている。
製品(=お金)を運ぶ大切な役割、しかし乗り物に頼る以上は常にミスや事故の危険もついて回る。
それでもやはり資格を生かして日々働けることは幸せだし、昔いた会社では他人から「リフトに乗っているときは楽しそうに見える」と言われたこともあるので、天職というものがあるとするならやはり今やっているような仕事がそうだということになるのだろう。

2021年全体となると全くほめられた年ではないどころか情けないの一言であったわけだが、それも含めての振り返りはまたあらためて投稿して「終わりだけよい」年の締め括りにしたいと思う。

2021-12-26 21:05:54 | 日記
昨シーズンのこともあってややアオリ気味の予報が外れ「降る降る詐欺」となることを願ったものの、今日の時点で40cmくらいの積雪があった。
買い物のため外出するのにクルマの雪を落とすなりフロントガラスなどの凍結を処理するなりして、出発までにはザッと20分以上かかってしまった。

明日からまた仕事だが、夜の間にどうなるかは分からないから準備のためいつもよりは早く起きなくてはならないだろう。
今回は雪の量よりは冷え込みがきつい印象で、出発前にはぬるま湯の用意もいる。
まずクルマのエンジンをかけて中を温めないと、ぬるま湯であってもかけたそばから凍り始めるから注意である。

雪の影響は仕事の段取りにも響いて来るだろう。
仕事納めの水曜まで体調には重々気をつけたい。
どんな流れになっても「やるしかない」仕事だからである。

本日は寒さのため通常のキーボード入力をあきらめ、布団をかぶってのスマホ入力なので字数は少なめである。
早起きに備えて今夜は早く寝ることにしたい。

ルールの意味

2021-12-22 20:46:18 | 日記
信号があるなしによらず、交通量がそれなりにある交差点には停止線が必ずある。
停止線をオーバーすることは教習所の卒業検定なら一発中止になるが、そうなるのにはれっきとした理由がある。
ある程度の広さがあれば融通が効くが、狭い交差点で停止線よりも前に止めてしまうと大型車が曲がろうとするのにジャマになってしまう。
曲がれない大型車ににらまれて慌ててバックしようにも、後続車が車間を詰めていればクラクションを鳴らされる。
そうこうしているうちに信号が変わりでもしようものなら周囲からは大ヒンシュクを買うことになる。

停止線が設けられているのは公道の交通を円滑に確保するという確固とした理由があるわけで、「前で止めないと怒られる(捕まる)」からなどという消極的な考えを持つドライバーは他の運転操作に関しても何となく想像ができる。
ウインカーは自らの進路を周囲のクルマに伝えるという重要な役割を持つが、これとて「ウインカーは出さないと怒られる(捕まる)」と考えているだけのドライバーであれば、例えば右折斜線に合図なしで入っていき、いざ曲がろうとするときになってようやく右ウインカーを出す。

ルール、ルールと上から目線でお堅い話をしたいのではないし、世の中にはおかしなルールもあるからそういう時は声を挙げればいいと思う。
ただ、交通法規のようなしっかりとした根拠があって定められているルールは、破っていいことはあまりない。
ルールということで言えば、働く上でもルールと無縁ではいられないし、その中身は各企業によっても違うだろう。
仕事を円滑に進める、間違いが起きないようにする、安全に作業が進むようにする、などルールが定められる背景も様々なのは言うまでもない。

世の中にはどうしてもこういったルールが「面倒くさい」と感じる人がいて、自分で勝手にアレンジしたオリジナルの進め方で仕事をした結果それがミスにつながり、全員の貴重な仕事時間がユウウツなミーティングに奪われることもしばしばである。
本人はミーティングの時はしおらしく、もっともらしい解決策まで発言したりもするが、気を使っているのはほんのしばらくの間だけでまた勝手な進め方をして同じミスを繰り返す。
わざわざ時間を取り全員の合意でいったん決めたルールや手順を平気で破って自分で後始末さえできない人間はいずれ居場所を失ってしまうことになる。
これは立場や地位や入社してから長いか短いかなどとは全く関係なく語られるべきことである。
生え抜きで20年30年同じ会社にいようとも、慣れとヤッツケだけで仕事をすればその成果は目に見えている。

私自身今の環境では、指導担当者が細かすぎるくらいにミッチリと叩き込んでくれたこともあり、決められた通りの手順(動きの順番)を狂わせることなくやり続けてきた結果、これまでのところは数量や種類などミスを起こさないままここまで来れている。
入社時期が私とほぼ同じの人が何人かいるが、残念ながらミスが多くて問題になっている人がいるらしい。
同じ時期にスタートして差が付いたと言えるのは、私が特別に優れているわけではなくて、私は単にルール通りに仕事をしてその人がルールを破って仕事をしたからで、言ってみれば単なる自滅である。
ただ、その人が改心してルールに定められた手順をしっかり守るならば明日にでも復活することができる。
私の仕事は作業だから、お客さん相手の営業さんとは違い、決められたことを決められた通りにできるならば皆同じ結果が出せる職種なのだ。

一個人としては、破っても何の得にもならないルールはしっかり守りながら、今世の中を薄気味悪く覆い尽くそうとしている奇妙なルール、世の中を一つの方向に無理矢理誘導しようとしているとも思える動きにはしっかりと目を光らせていなくてはならないのだろう。

よりよく

2021-12-19 19:21:21 | 日記
この土日は冷え込みがきつく天気も大雪まではいかないが雪模様で、遠出やドライブはせず自宅中心の時間となった。
平日は仕事があって夜はくたびれてすぐ寝てしまうから、貴重な週末は細かなことを改善して自室をより快適にしたり生活に必要なものを買い足したりした。

けっこう前から気になっていたのは、洗面所の水道が蛇口をしっかり閉めてもわずかに水が流れる状態だった。
下にある止水栓を閉めれば水は止まるが、いちいちそれをするのは面倒だった。
部品の掃除程度ではどうにもならず部品交換で対処することにし、近くのホームセンターに行った。
万全を期して店員さんに手順を聞いて帰ってさっそくやってみたら、思いのほか腐食がひどいのか引っ張り出しても出てこない。
力ずくで何とか引き抜いた部品は、写真の通り錆がこびりついていた。
それでも、小さな部品を新品に交換した後は通常通り使うことができるようになってひと安心である。

他にも、これまではなかなか気持ちに余裕がなくてできなかったが、破れたりゴムが緩んだりしていた靴下や下着を捨てて新たに買い足したり、生活習慣病の発見で体重を管理するための体重計を導入したりした。
週の最後、金曜日くらいはと浴槽に湯を張って疲れを取り、そのお湯は土曜日の洗濯に回すことも始めた。
使う水の総量はそれほど変わらないとは思うが、今まで洗濯機にすべてオマカセだったところに少しアレンジを加えたかった。

明日から雪は一服ということだが、北陸の冬だからハッキリしない天気が続く。
年末で慌ただしい中、体調を崩して抜ける人もポツポツ出てきてなおさら忙しさが増している。
自分の場合は、体調に気をつけて穴を開けてしまわないようにすることはこの年末に限らず大切で、身につけるもの一つ一つや睡眠時間、食事に至るまで、これまで以上に気を配っていかなくてはならない。
一年を通して健康でいるという簡単そうに見えることがここ4年ほどは達成できていないことを考えると、今の段階から2022年の唯一にして最大の目標は、年間通しての健康である。
健康でさえあれば、仕事ができて美味しいものも食べられ、時には遠出だってできる。
貯金がいくらあったって、動ける体がなければ、体があっても動く気力がなければ、生きていても空しいだけだ。

せっかく命があるのだから、生きている時間を実のあるものにするため、たとえ小さくてもできることはやっていきたい。
ただただ流されるように過ごしては、ここ2年のコロナ禍、あるいは事故や事件で無念にも亡くなられた方々に失礼というものである。

マスコミ話法

2021-12-16 20:20:03 | 日記
※写真は記事の内容と関係ありません。

12月に入り世間は慌ただしい。
残念ながら全国的に事故や事件も増えている。
事故に巻き込まれるなり被害者となるなりした方々にはお気の毒という他はないし、逆に不運にして加害者となった方々の人生も大きく狂ってしまうことになるから、事件や事故は当事者にとっては悲しい結果しか残らない。

例えば交通事故で人身事故の加害者となった人は大概は「容疑者」となって即刻逮捕される。
今日は四国某県で大型トレーラーが小学生を巻き込んで死亡させるという痛ましい事故が起きた。
ニュースでは当然、事故の内容や現場の状況、加害者(容疑者)の名前まで詳しく報道される。

さて今までのニュースでは、「○○容疑者は、容疑を認めているということです」と言うだけであった。
ところが最近のニュースでは、「○○容疑者は『大型トレーラーで小学生を巻き込んだことは間違いありません』と容疑を認めているということです」という伝え方に変わっている。
事故の中身はニュース原稿で触れられているのになぜ重複するような伝え方をするのか、また容疑者となってしまい動揺しているであろう人物がこのような判で押したような表現で容疑を認めるのか、何となくニュースとしてしっくりこない感じがする。
報道サイドでガイドラインの変更でもあったのだろうか。

我が富山県は、新型コロナの感染者数は今日現在で4,868人である。
ついでに言えば、重症者、自宅療養者、宿泊施設利用者、いずれもゼロである。
ここ1ヶ月あまりで感染者がたった1人増えただけで状況がまったくと言っていいほど変わらないことは本来は喜ばしいことであるが、ニュースでは「県内の感染者は4,868人の『ままです』」と言う。
まるで、もう少しがんばって5,000人くらいまで行ってくれないかなとでも言いたげである。

さらに、細かいことだが感染者に「新たな」という枕詞が付いているだけで受ける印象はけっこう違う。
まだまだ新型コロナなるものがとてもとても恐ろしいものであるという印象操作は局を問わず相変わらずだし、この2年近くでずいぶん儲かりコロナ禍が「終わってほしくない」業界や団体もあるようだから、この騒ぎは終わりそうで終わらない状況が続くのだろうと思う。

感染者が急増しているとされる英国では、ジョンソン首相が寝癖の付いた髪を振り乱して3回目のワクチンを打てと懸命に訴えている。
しかし、このオミクロン株なる新種?はなぜ国を選ぶような広がり方をしているのか。
地理的に近い韓国で感染者が急増しているのに我が国は特に数が増えることはないし、政府の対応も落ち着いたもので再びの行動制限が発動される気配は薄い。
満員電車ではおとなしく夜の8時以降に活発になるとか、国を選ぶように広がるとか、つくづく新型コロナなるものは珍妙な存在だと感じる。
仮にウイルスそのものが存在したとしても、それ自体に恐怖するほどの毒性はたぶんなく、実体以上に怖いものだと煽りまくってきたメディアをはじめ人為的に恐怖が増幅されてきたのがコロナ禍なるものの正体だと思う。

第4の権力とも言われて久しいメディアの影響力は、特に中高年層にはまだまだ大きい。
どの番組にも一定の「演出」がなされることは否定はしないが、許されてよいのは番組のジャンルによるだろう。
巷間ウワサされるように、報道番組で余計な演出や役者の起用などがなされているとしたら、もはや既存メディアは信ずるに値しない物として自ら滅びるより他はないのだと思う。

競馬三昧

2021-12-12 19:43:01 | 日記
月曜から金曜までドップリ忙しかったため、この週末は外出は必要最小限にとどめた。
土曜日はつかの間の晴れ間を利用して、富岩運河にある中島閘門を散策した後に、例によって「変態端末」探しに時間を使った。
すでに実用に十分足りる端末を揃え役割分担もしっかりさせて使用しているから、今からさらに新しい端末を求める理由はない。
それでもなお街に出て端末探しをするのは早いうちから格安SIMもしくはSIMフリー端末に親しんで来たからで、実際に買いはしないまでも見た目の変わったものや隠れた名機に出会うのが楽しいからである。
今のところは、我が国では数少ないSIM2枚+SDカードを装着可能な「g08」(いわゆるgooのスマホ)に加え、2014年発売にして有機EL+曲面ディスプレイを採用した「Galaxy Note Edge」、そしてバナナフォンの異名をとる「NOKIA 8110 4G」(我が国の法律の関係で通信端末としては使用せず)、そしてこれまた2014年発売ながら6000mAhという現在でもなかなかお目にかかれないバッテリーを備え、本欄更新にも役立てている「Xperia Z2 Tablet」を抱えている。
いち個人として、それぞれに変態度の高い端末を使い分ける生活は楽しいものだ。

さて、ステイホームで土日に時間があれば当然ながらやりたくなるのは競馬である。
土曜は中京で「中日新聞杯」が組まれ、日曜は阪神で2歳牝馬のG1、そして香港国際競走にも日本勢が多数参戦と、どれに重点を置いていいか迷うくらいの日であった。

結果から言えば、土曜の中日新聞杯はとても手が出せない組み合わせで決まるなど少々のマイナスで終わった。
日曜は、G1は勝ち馬(サークルオブライフ)は読みきったものの2着に人気薄が突っ込み外したが、中山メインのカペラSをゲットし、香港マイルと香港カップも首尾よく的中できて、2日間トータルでは何とかかんとかプラスに持っていけた。
香港カップを勝ったラヴズオンリーユーは引退を勝利で飾り、めでたしめでたしの結果になった。
一方、香港スプリントでアクシデントに巻き込まれ落馬した福永祐一騎手はじめ、関係者、また競走中止した馬のことは心配だ。

最近は、どのレースも選んだ軸馬がしっかり駆けてくれているので、相手を拾いきれなくて馬券が外れることはあっても予想としては半分は納得できる。
調子(カン?)が悪くなると軸馬が3コーナーあたりでいなくなることが続くので、今の流れをせめて年末の有馬記念や東京大賞典までは続けたいものだ。

明日からまた長い5日間が始まるが、荒れ気味の天候も予想されているので体調には十分気を付けたい。
私特有の課題としては、ひと息入れるべき時はしっかり休息を取りながら「やり込み過ぎない」ことも大事になってくる。
とりあえず「やる気はある」ことは周囲に伝わったとは思うので、むやみにアピールする時期は去ったと考え、仕事に向かいたい気持ちを多少抑えてでもノンビリとやることが必要だ。
がんばり過ぎて早期に燃え尽きては、かえって周囲に迷惑をかけることになるし、自分自身をまた追い詰めることにもなる。
マラソンを短距離走のペースで行くことは無理なのだから、努めて制御していい意味でダラダラとやっていきたい。

フォークリフトに乗りたい!PART4

2021-12-09 19:04:29 | 日記
※見出し写真は富山地方鉄道寺田駅付近より。(2020年12月撮影)

今日の主語は私ではない。
一緒に働く某氏の話である。

私がちょうど今の環境に来て1ヶ月が経過した。
その過程で各人の役割には微調整が入り、私は主にフォークリフトで現場を走って指定された製品を取ってくる「ピッキング」を任されることになった。
その影響で、私を当初から指導してくれている高齢の男性は、ピッキングの割合が減って梱包や仕上げといった手作業の割合が増えることになり先週からそうなっている。
組織の命令とはいえ、氏にしてみればこれまでの仕事のリズムが変わり、フォークリフトに乗る時間は自ずと減少する。
新たな体制について話があったとき、体力的にはありがたいと言ったのは本心だろう。
だが、高齢のためそろそろの覚悟はあったとはいえ、リフトに乗って長く作業をしてきた人間が急に「降りる」ことに気持ち的には抵抗はあるはずだ。
氏を観察していれば、乗れるタイミングがあれば乗りたいという気持ちが伝わってくる。
私が手すきの時に手伝いを申し出ても「俺がやるから」と言って譲らないこともあるのはその証だ。
体力的にありがたいというのは現場リーダー向けの「表の本心」であって、昨日今日入ってきた人間(=私)に簡単にリフト業務の主を任せてなるものかという「裏の本心」も透けて見える。

もちろん職業人として当然持つべきプライドを高齢になっても持ち続けていることは素晴らしいし、プライドばかりでなく仕事ぶりは丁寧そのものでミスらしいミスは見たことがない。
他部署からの頼まれ事にも快く応じるなど、前向きに、時には時間いっぱいまでリフトに乗る姿は尊敬に値する。
こういう人が指導担当者であることは幸せだし、リーダーも「他人に教える能力のある人」をしっかりと見極めている。
1ヶ月でずいぶん感覚が戻ったと書いたが、私ひとりの努力だけではなく教える人の力がなければそうはなっていない。

役割の変更はあったとはいえ、フォークリフトは一人に一台割り当てられているわけで、それぞれがよりよい現場にするために協力していけるのが理想である。
とはいえ理想は理想、頼み事はやってもらって当たり前、ドが付くほどヒマな日でも一人でピリピリして思い通りにならなければ他人に当たり散らすという厄介な人物は、わずか片手にも満たない人数の中にも存在する。
もちろん、他人に何かを教えるなり伝えるといった能力は皆無であるし、他人にあれこれ言えるほどの仕事の精度もない。
現場を見回れば、当人が運搬中にぶつけてつぶした製品が至るところで見つかる。
その言動はまさに病的であり、トラブルを何度も起こしては注意を受けているようだが直ってこないようなので、これは諦めるより他はないのだろうと思う。

毎日「何かはある」日々ではあるが、私自身は楽しんでやれているので、ちょっとした気の緩みには注意しながら事故やケガのないように過ごしていきたい。

フォークリフトに乗りたい!PART3

2021-12-08 19:43:15 | 日記
※見出し画像はデンカ青海工場(新潟県糸魚川市)。

このテーマでは過去に2回投稿している(はず)なので、今日の投稿はPART3とする。

フォークリフトに乗りたい!と言っても、今の職場では乗らないと成り立たないし、乗りたくなくても乗らなければいけない立ち位置にある。
ただ、乗りたいという気持ちがわずかでもなければ、日々はたぶん面白くないし、少しずつでも上手になっていくこともないだろうとは思う。

私が初めてフォークリフトに触れたのは、2010年の夏ごろであった。
その時はまだ免許は持っておらず、しかし社内で使うリフトは荷重1トン未満の立ち乗り式で、特に免許を必要としない規格のものだった。
当時の会社内での仕事としては成り立つから無理に免許を取らなくてもとも考えたのだが、数年後に免許を取得済みの当時20代の男性が入社してきた。
毎日のようにリフトに乗って仕事をこなしてはいたが、若い社員さんに形だけでも追い付いておこうかと思い講習を申し込んで、めでたく2014年の3月に技能講習修了証なるものをいただいた。
クルマのように更新手続きもないし、資格を所有していることでその会社を去った後も面接の武器にはなったので、取っておいてよかったということは確実に言える。

当然ながら着座式のリフトを動かせる前提で免許は与えられているものの、今の配属先はたまたま室内であったため、より慣れている立ち乗り式が与えられたことは、仕事に慣れていく上でも幸運であったと思う。
ただ、取り扱い商品が大ぶりなためか、一般的な110cm×110cmよりはかなり大きなパレットを扱うこと、またかなりの高さでの操作などは今までに経験がなかったため最初のうちは戸惑いや恐怖が先に立ったし、誰もが通る道とはいえ高所での操作を誤り製品を落下させるという憂き目にも遭った。

とりあえず今のところは一度失敗したことを繰り返すことはなく、通常の仕事も落ち着いて冷静にできるようになってきた。
大きなパレットも高い棚への出し入れも回数をこなすうちに徐々に慣れ、ブランク明け後ひと月にしてようやくリフトが自分の手足に近づいてきた。
冬の閑散期が過ぎ春先から業務量が増えるのに備えて、今のうちに現場にもっと慣れて、気づいたところは自分で直しに行けるくらいになると忙しくなっても大丈夫だろう。

閑散期と言っても世の中は師走だから、11月に比べると取り扱い量はかなり増えて、この月火水はかなり疲れた。
暇な時期だからと油断することなく、どんな状況でも同じような動きができるようにしなくてはならないし、すでに決められた手順もあることだから、それに忠実にやっていれば結果的には早く仕事を終えることができるだろう。
リフト乗りにありがちな、やたらとスピード感があってヤンチャな感じに見えるくらいの方がなぜかカッコイイと考える謎文化はこれまでイヤというほど経験してきたが、今の環境ではまず第一に間違わないことが優先で、スピードはそれほど要求されないのはありがたい。
その分、間違いが起きたときは本来の仕事の時間をつぶしても対策のための話し合いがミッチリ行われるわけだが…。

せっかく自分に使える技術があるのだから、少しでもそれを生かして世の役に立つことができるのなら、これ以上のことはないのだろうと思う。

今の話

2021-12-07 19:40:55 | 日記
本欄復帰早々、死ぬだ何だと物騒な話題になったので、今日は字のごとく現状を記したい。

まず今の労働条件は、いわゆる「カレンダー通り」というもので、土日はもちろん、全てではないが祝日も休みになるし盆や年末年始の休みもある。
そんなことは当たり前だと言われそうだが、世の中にはまだまだ劣悪な労働条件がまかり通っているところが多い。
私が経験した限りでは、求人広告には週休二日制をうたっていながら、入ってみたら週に休めるのは一日だけだったところがある。
その会社のいちばんの繁忙期は年末年始だったが、クリスマスイブあたりから二週間は原則休みなしという信じられないような状況があった。
もろもろ突き合わせると年間休日数は50日程度ということになり明らかに逸脱した運営にも思えるが、法的にはこれでもまだグレーなのだそうで、つくづく我が国の労働法というのは企業側に有利にできているように感じる。

昨春に、愛知県での生活に力尽き魚津に戻って仕事探しを始めてみたが、特に運送業では年間休日数が100日を切っている求人がまだまだ多かった記憶がある。
年間休日数が105とか108を切る企業はいろんな意味で「危ない」という記事もどこかで見たが、実情が法に追い付かないということか。
休日数が常識の範囲内に収まっている企業にあっても、所定の有給休暇年間5日を社員に与え切れていないところも多い。
現在人を求めている企業は人手が足らないところがほとんどとは思うが、なぜ人手が足らなくなるのかは各企業で事情は異なるだろう。

私が今いる企業も日々何かと「バタバタ」している雰囲気は感じるが、まだ入って日が浅いので何が原因でバタバタとするのかは分からない。
私の担当はいわゆる肉体労働であることから「なり手」の不足は一般的な見方では想像できるものの、我が社では本当に人が足らないのかは分からない。
見渡してみて、生え抜きの社員には当然若い人もいるが、それ以外で入っている人は軒並み年齢が高く、50年チョイ生きた私がかなり若い方に見えるので、人手不足よりも高齢化が課題なのかもしれない。

私自身は、過去に劣悪そのものと言っていい労働条件で働いた経験もあることから、祝日出勤は多めながら土日は休み、勤務時間は朝から夕方という「ごく普通」の条件がありがたく感じられる。
仕事の中身も、自らの資格を生かす形で、しかも大嫌いな接客もないので、うかつに手放すにはあまりにももったいなく、これまで周囲にかけてきた心配や迷惑を考えても、腰を据えて長く働きたいし、またそうでなければならない。

週の前半、特に月火はとりわけ仕事量が多いようで、ずいぶん体力も落ちている私にはかなりきつい2日間となっているが、水曜以降は落ち着いてきたのがこれまでなので、事故やケガのないよう、また体調を崩すことがないようにして週末までを何とか乗り切っていきたい。