blog Donbiki-Style

筆者:どんびき(地域によりカエルを意味する)
日々のあれこれをランダムに綴ります。
駄文雑文ご容赦ください。

夏休みへ

2018-08-10 22:42:28 | 日記
お盆前の一週間は、一日一日が本当に長く感じた。
付いているベテラン社員が、キリのいいところで仕事をやめるタイプではなく、とにかく時間いっぱいまで何かをしたがるタイプなので、チームのシマに帰って一息つく時間はない。
本当に始業から終業まで、昼の休憩を除いては、それほど緊急性のない仕事でもとにかくやりたがるから、任意で行っていいトイレ休憩も結局はなくなってしまうこともある。
私は付いている立場だから、指示に従ってやっていると、現場から出るのも終業5分前か3分前かという感じだ。

同じチームの中でも半分くらいは16時くらいにその日の仕事は終わらせ、何やら仕事とは関係のない旅行のパンフを広げるか、電話をいじるかして終業を待つが、もともと残業体質のベテラン氏が終業30分前にシマに帰ってくることはまずない。
アピール狙いで長く会社に残ろうとする泥棒のような振る舞いとも違い、氏の場合は時間いっぱいまで仕事をしていないとただただ気が済まないのだろう。
私の提案で打ち合わせをするようになってくれたのはいいが、いつの間にか打ち合わせ魔になってしまい、今日やること明日やること盆明けでもいいことをゴッチャにして伝えようとするので、夕方ごろには純粋な体力とは別なところで疲れてしまう。

それでも、5月の最終週から仕事に復帰して、氏のおかげで日々のリズムも取り戻し、仕事そのものにも慣れ、お互いに分担しながら残業が発生しない流れに持っていくことができている。
文字通り動き詰めなので、体重もついに80kgを切り、身長ー100の数値が近づいてきた。
ストレスなど不健康な減り方ではないので、あとは今くらいを維持できればいい。(日中のスタミナのためには軽くなりすぎてもダメ)
一時は自分では何も考えられずただただ指示に従うだけの毎日に死ぬほど退屈な思いもしたが、立場はどうあれ言うべきことは言って、復帰当初に比べて自分自身もやりやすくなっているから、会社に足が向かない気分にまではなっていない。

ただ、職場の人間関係は深刻で、私を除く7人の同じチームのメンバーのうち、復帰後の2ヶ月半で会話らしい会話があったのはわずか2人である。
以前も書いた通り、すぐそこにいる私がまるでいないかのような扱いも度々受けるし、仕事後の付き合いはおろか、日中の雑談に関しても私は完全に蚊帳の外である。
病気になる以前の私の振る舞いも決していいものではなかったとはいえ、ここまで徹底されるとやはり示し合わせての動きと思わざるを得ない。
今のところは証明できるネタがないが、人間の本音は口には出さずとも態度ではなかなか隠し切れない。
いずれ怪しい場面に巡り合うようならば、一人の人間として、泣き寝入りはせずそれなりの動きを取ろうと思う。

明日からは長い夏休みに入る。
前半は実家、後半は小旅行に最終日はライブ出演という流れである。
この夏休みを境に生活や境遇が変わるかもしれないし変わらないかもしれない。
しかし、この歳になって夏休みを境に何かが変わるかもという希望を持てる人間がどれほどいるか。
春先から走ってきた成果を存分に発揮して、残りの人生、好きなことに関わる時間を多くしていけるなら最高だ。

PC環境がないため、次回更新は20日以後に。

お盆前をしっかり

2018-08-05 21:57:45 | 休日
一時、異常な値を刻んだ本欄のアクセス数も通常運転に戻った。
だいたいは閲覧数200PV、訪問者数100IP前後が普通で、gooブログ全体では20,000位前後がいつもの本欄のポジションである。
毎日まめに更新しているから必ず上がるというわけでもないが、アクセスアップのコツや仕組みを知ろうとまでは思っていないから、数字はそれほど気にしていないということである。
それでも、11年半の積み重ねで700,000PVに達したのは、感謝の一言である。
有名な歌い手さんやタレントさんなら数週間で行ってしまう数字だろうが、無名の人間でもダラダラとやっていれば一つの節目には到達できるということである。

さて、猛暑は相変わらず続いているが、我が事業所のお盆休みは今年は長めで、11日から19日までである。
長いからと言って特別涼しいところに逃げ込むわけでもなく、前半は実家に厄介になり、後半は新潟県から南東北と北関東をノンビリ鉄道を使ってめぐり、最終日には東京に入って春先から取り組んできた活動の集大成としてのお披露目の場に出て長い夏休みを終える。

夏休みの最終日に大きな出来事が待っているので、それを終えて精神的な緊張が切れてしまわないか心配なくらい、春先から今までそれなりの投資もして東京や大阪にも何度も行き、その都度課題を克服しながら一歩一歩段階を踏んできた。
もともと本番には強いから、お披露目の場そのものについては心配はしていないが、東京での催しに、名古屋圏に住み出身は北陸という私がいくばくかでも人を呼べるのか、この点だけが心配である。
今まではいいが、今後はそういった動員力が問われる場面も多々あると思われるので、そこで印象を落としたくはないのだが…。

実家はありがたい存在ではあるが、過去にも書いたように長くいすぎることは実家にとっても私にとっても良くない。
何が良くないのかは、言葉では表現しづらく本欄では避ける。
他の家庭は知らないが、いくら家族といえども、今は私が実家に厄介になるのに適当な時間となると4日か5日が限界である。
かりそめにも9日間も厄介になろうなどとは最初から毛頭考えてなく、お盆後半の日程はけっこう早くから組んでいた。

40代後半になっている私が、「青春18きっぱー」として久々に移動に次ぐ移動の日程となる鉄道旅行を敢行する。
全都道府県はすでに踏破済みだが、まだ行っていない地域や都市を今回は盛り込んであるので、いくばくかでも新鮮で未知の楽しみが多い旅になるだろうと期待している。
体力的にはハードでも、およそこれ以上は考えづらい低コストの旅行に挑戦する気力が戻っていることは、桜の頃に一時疲労から倒れたことを考えれば幸せである。

5月の終わりから仕事にも復帰して、ここまでは休むことなく順調に来れた。
職場環境や人間関係は相変わらず良いとは言えないし、個人的にも悔しいばかりの出来事もあったが、とりあえず明日から金曜日までをしっかり終わらせて、あるいは人生の節目か転機になるかもしれない大切な夏休みに向かいたいと思う。

威圧だろ、それ。

2018-08-04 22:02:09 | 休日
この暑さは本当にいつまで続くか見当もつかない。
ただただ気温が高いことに加えて、夏らしい気候の一部である夕立のような一時的な強い降水もない。
明日5日は急で激しい雨に注意とあった。
涼しさは感じられなくてもいいから、とりあえず雨の一つも降ってはくれないものか。

それでも我が国の国旗は日の丸の名の通り、太陽の恵みをこれ以上ない形でシンプルに表現している。
四季の移ろいのある我が国ではやはり太陽は有り難い存在であるし、そうでなければ国旗には盛り込まない。
しかし、我が国以上に暑い中東諸国(トルコやパキスタンなど)の国旗が軒並み月や星のデザインなのは、暑すぎて太陽はあまり有り難くないものだからだと何かの記事にあった。
国の象徴たる国旗にはそこに住む人々の思いや気候風土までもが表現されていると思えばまた見方も変わってくるのかもしれない。

暑い寒いに関係なく、困った人間というのも世の中には多い。
先日、私と、仕事でコンビを組んでいる某氏は、過日の書類の中にサイン漏れがあったという指摘を受けた。
私たちが準備した箱やら説明書やらを機械に組み込んで、製品と一緒になって箱詰めされていくわけだが、箱詰め側に渡すにあたっては二人で確認したという痕跡を残す必要がある。
片方が抜けることはあるが、二人分がまるまる抜けていたことで「これはどうしたことか」と書類を管轄する部署では大いに問題視され、主担当の某氏が事情の説明に追われることになった。

さすがに両方のサインが漏れるというのはチェックをしたという証明に全くならないので、非は私たちにあるし、理由を問い詰められるのも仕方がない話ではある。
問題は、私にとっては上司としてはいちばん近い、つまりチョクウエの上司(以下、チョクウエ氏)で、普段は穏やかだが他部署から何か言われた時には顔から広いオデコまで真っ赤にしてゆでダコのような形相になって部下を責めようとする。
チョクウエ氏は、自分の部下が何か指摘を受けて、自分の部下の味方になるとか防波堤になるとかは100%ない。
上から何か言われた時は、その中身を噛み砕きもしないでそのまま投下して部下を責め立てるのが仕事だと思っている。
こちらが何か反論でもすれば「上は、上は」と言うだけで、要は自分の意見などなく、自分が怒られたからどうしてくれるという全くもって短絡的な思考回路の中で生きている。
「怒られ代」が給料の中に入っているにも関わらずだ。

今回の件については、初回ということもあり書類担当からは始末書等の作成などという指示が出るまでには至らなかった。
書類担当からは、再度同じことがあったら○○ですね的な話はあっただろう。
○○の中身は、正式に始末書なのか、別室で説教を食らうのか、日々監視が付いてしまうのか、考えられることは様々だ。
そのこと自体はいいとして、チョクウエ氏が狡猾なのは、そこの○○をあえて「・・・(無言)」にして部下に伝えることである。
言い方としては、「今度やったら・・・ってことで、気をつけてください」となる。
大切な部分を「・・・」にされると、言われたこちらは無限にその内容が想像できてしまい(担当を外されるなどの最悪に近い事態)、余計な圧力としてのしかかる。
根っからの体育会系、かつては人並み外れた体軀を存分に利用して、仕事上で対立した人に暴力をふるいケガをさせたという経歴を持つから、どういう言い方をすれば人が怖がるか嫌がるかくらいは重々承知ということである。
チョクウエ氏がチョクウエのまま(今の職位から上に行けない)である理由は、自分の部署の部下に関心がなく、何かあった時には守ろうという意識がないため部署内での人望を得られないためである。

今は過去の反省もあり暴力は影を潜めているようだが、潜在的にある冷酷で威圧的な側面はなかなか変わらないだろう。
私が病気から復帰して以来、チョクウエ氏はじめその周辺4名ほどとは一切会話一つなく過ぎているのも、あるいはチョクウエ氏が指示しているのかと勘ぐりたくもなるくらいだ。
私は、チョクウエ氏よりも上の職位の上司には一定の評価を受け、最近は、復帰したことである社員の残業が減ったと、恐れ多くも感謝の言葉までいただいている。
そんな状況では、私にあからさまなことをしたくてもできないから、無視といういちばんラクな方法で私に圧力をかけるという姑息な手段に出ているということであろう。

明日からは夏の甲子園である。
残念ながら、野球(ベースボールではないあくまで野球)というスポーツが我が国において、一般的には広い支持や関心を集めながらも他のスポーツと比較して時代遅れに見えるのは、ひとえに体育会系的思想そのものが皮肉にもあの場に凝縮されているように思えてならないからだ。
もう飛田穂洲はこの世にいない。
スポーツと教育を一体化してきたこと(体育という言葉の源泉)こそが、世にはびこる「体育会系」の元凶であって、すでに他の競技は概ねそこからは脱皮し、世界で再び顕著な成績をあげるようになってきているではないか。

部下や選手を威圧して動かそうなどという人間の出番など、平成も終わろうかとしている今の時代には全くないと断言してエントリーを閉じる。

40℃の世界

2018-08-03 20:40:56 | 日記
この夏の猛暑の主役は間違いなく当地・東海地区である。
日本最高気温の更新はすでに高温都市としておなじみの埼玉県熊谷市(41.1℃)ではあるが、猛暑日が長く長く続いていること、また名古屋市が観測史上初の40℃超え(40.3℃)ということでインパクトは絶大である。
昨日の名古屋市の予想最高気温が38℃で結果39.6℃、今日の予想が39℃で結果40.3℃だから、予想をもれなく上回ってきている。
NHKの夕方のニュースでも言っていたが、正直なところ40℃という予想はそれこそインパクトが強すぎて出しづらいところがあるとのことだった。
私の住む春日井市は名古屋市と隣接しているのでほぼ同じ場所と考えれば、春日井市も40℃は超えていたかもしれない。
新しい経験を積むというテーマでスタートした今年だが、こんな経験は別に積まなくても、とは思った。

さて、暑くなると頭が沸いてしまう人間もいるのか、今朝はどうでもいいようなくだらない振る舞いを見せられることになった。
私がルーティンワークの待機をしている時、ちょうどその作業スペースにたまっているゴミを一生懸命集めている某君もいた。
その場所に、わが事業所最大の嫌われ者である某氏がつかつかと歩み寄ってきて(いつも両手はポケットの中)、「がんばってね〜」「倒れないでね〜」とだけ言い残して去って行った。
もちろん、気持ちがこもった言い方では毛頭なく、氏の代名詞とも言える「上から目線」の一つにすぎない。
いちおう職位を持っているのであからさまには何も言わないが、事業所の中では「上に上げるべきではなかった人物」として揺るぎない定評を獲得している。

某君が汗をたらして集めているゴミは、氏が仕切る部署から出るゴミだが、某君は実はその部署の所属ではない。
他部署の人間に自らが仕切る部署のゴミ捨てをさせていること自体、私自身今まで見たことがないが、そこを突っ込めば氏はおそらく「話し合いでそう決まった」と言うであろう。
口を開けば人が足らない足らないの繰り返しで、本年の初頭より事業所全体から応援をかき集めることが当たり前になっている事情もあるのは分かるが、自部署のゴミすら他に頼むことが恥ずかしいと思わないどころか、人が足らないのは「自分のせい」だと全く自覚していないところに氏の致命的な欠陥が露呈している。
何しろ、私が常備薬をペットボトルのお茶で飲もうとしているのを目ざとく見つけ、「お茶で飲むっておかしくないですか」と今まで会話もしたこともない私にいきなり言い放つ人物であるから、仕事上で粗相があった時にどんな言い方をしているかは容易に想像がつく。

その勘違いぶりは事業所の中でも際立っており、某年正月にあった会社の飲み会の時には、一足早く出世を許した年下の社員に大声を出しながら呼び捨てで突っかかって行くという醜態を演じてもいる。
このような者が上にいて、人が定着などするわけがない。
所詮、猿山でもチンピラ程度の度量しかない人間が職位を振りかざしていばり散らしている現状は、暑い外とは裏腹にお寒い限りというところだ。
小さくはない組織なのでさすがに閉鎖になったりはしないだろうが、仮にそういうことが起きた時は、事業所をダメにした「戦犯」としていち早く名前が上がることになるだろう。

まだ外は30℃くらいあるかもしれない。
疲れすぎて出る気にもならなかった先週の今日とは違い、今から一週間の締めに冷たいビールでも飲みに出かけようかとも思う。
先週末のこともあり、腹の中にはいろんな感情が渦巻いており、どこかで吐き出さないと健康に悪いような気もするからだ。
飲み過ぎにだけは注意して楽しめたら言うことはない。

富山は花火か…。

2018-08-01 21:32:15 | 日記
8月1日といえば、富山市では恒例の花火大会の日である。
花火そのものは市内を流れる神通川の河川敷で上がるが、この花火は富山市の繁華街からもよく見える。
その中心街を一部歩行者天国にして、机や椅子も設置し、ビールを飲みながら時間にして1時間足らずではあるが花火を楽しめる。
そんな、すっかり市民には定着している花火大会も、もともとは1945年の富山大空襲の犠牲者を悼む催しとして1947年に始まり、一年とて途切れることなく今年で72回目を迎えたことになる。

富山大空襲は、民間人を含む死者約3,000人という大惨事となった。
原爆が投下された広島・長崎を除けば、地方都市への空襲としては死者の数は一番多い。
市街地の99.5%が焼失し、残ったのは石造りの富山県庁や富山電気ビルディングなど数えられる程度の建物だけだった。
現在は同盟国として、野望に燃える某国の侵略から我が国を守る役割を担っている米国も、敵国として戦っていた時代、当時の国際法でも禁止されていた民間人への無差別攻撃を日本中至るところで行なったことも記憶にとどめておいて損なことはない。
日本人など根絶やしになれとでも言わんばかりの無慈悲な攻撃は、特攻や沖縄戦など、およそ彼らには理解できない「捨て身」での抵抗を心底恐れた裏返しでもあった。
そんな時代の上に、今の我々の暮らしがあることに思いを致しつつ、来年も再来年も8月1日に花火は上がり続ける。

今年は残念ながら帰れないが、今週の土曜には故郷魚津市での海上花火大会がある。
市主催の夏祭りは、曜日を問わず長らく8月7日〜9日に固定されていたのだが、メインイベントの一つである「たてもん祭り」の担い手不足により、いわゆる「たてもん協力隊」を募る都合が出てきて、8月第1週の金曜〜日曜にずいぶん前に変更された。
300年に及ぶ伝統も人手不足には勝てないということか。

実家に帰るたびに市の広報に目を通すが、魚津市の人口は順調に減り続け、私が小さな時には5万人を超えていたものが、今では4万2千人程度まで落ちている。
それでも、かつての「新川(にいかわ)県」の県都であった名残か、富山市より東側の都市では依然として他の都市に比較して活気があるし、中心的な役割を担ってもいる。
県内各マスコミの支社も軒並み魚津にあるし、高等学校も4つあって若い人々の往来も多い。
東となりの黒部市には北陸新幹線の駅があるが、同じ黒部市の宇奈月温泉街の反対で、開業から3年を経た今も駅の近くにはビジネスホテル1軒とてできないため、夜には飲食店や宿泊施設が充実している魚津市に仕事関係の人も流れてくるのである。

今年は型通りお盆の時期に帰ることになりそうだが、先日の不快極まりない出来事の後だから、最近はずっとそうなのだが特に今年は地元の人間と交流しようとは思わないし、できることなら隠れていたいと思うくらいである。
スクールカーストで最底辺にいた人間は、どれだけ正しいことを主張したところで同級生の間では悪者扱いされるのが関の山だ。
わざわざ自分から、寄ってたかって責められるような場所に顔を出すくらいなら、実家でただただ日頃の疲れを癒していた方がいい。
もし地元で私に会いたいという奇特な人物がいるようなら、その時は喜んで出て行こうとは思っている。

7月を振り返って

2018-07-31 20:00:43 | 月末振り返り
毎月最終日はその月を振り返る。
7月にして酷暑に見舞われ、その後も平年以上の気温が続く当地、熱中症への対策はもちろん、逆に室内では冷やしすぎ、体の冷えすぎに注意が必要になる。
暑い季節は嫌いではないが、もう地球が変わろうとしている(多少は人間の活動の影響もあるだろうが)瞬間を目撃しているような様々な事象に出会うと、今年より来年、来年よりは再来年と、経験のない事柄が次々に起こる不安は感じている。

仕事は、病気から復帰してちょうど2ヶ月が経った。
新しい仕事そのものにはだいぶ慣れ、今はベテランの某社員と力を合わせて作業時間も短く済ませ、定時帰りを実現させている。
一人で判断して何かと前のめりになりがちなその社員に対しては、行動も読みにくいことから、こちらから朝イチと昼イチの時間は数分でも打ち合わせの時間を取るように提案し、以前よりは気分的にもスッキリした形で仕事に向かえるようになった。
提案そのものによって本人にはやや不快な思いもさせたと思うが、年下の社員が何か文句を言っているというふうにはとらえず、氏なりに解決策を真剣に考えて今の形に落ち着いているのはありがたい。
耳の痛いことを言い合って、その後疎遠になるとか反目しあうだけになるなら関係としてはそこまでのレベル、しかし氏とはそれ以後、仕事とは直接関係のない話も含めていろいろな話ができるようになった。
依然として私を除いたチーム7名のうち、私に話しかけるのは氏を含めてたったの2名だけであるが、ここ数日で会社に行くこと自体が嫌だなと思うことはなくなった。

仕事を離れたところでは、月の前半は春先から取り組んできた活動の総仕上げに向かう過程で西へ東へ忙しく動いた。
新しい経験を積み、周囲の多くの人々のそれなりの評価も受けて一つの作品が完成し、あとは8月中旬に催される披露の場を残すのみとなった。
その時点で活動が区切りとなっても、ここまでに私のために動いてくれた人の多さやその労力を思えば、経験としては十分なものだ。
もちろん、披露の場で大きくアピールができれば「その先」も見えてくる。
ただ、アピール重視でいくのではなく、これまでの周囲のサポートに感謝し、私自身がその場で心から楽しんでいる姿を見せることができればそれでよい。
「その先」があるかどうかは他人が決めることであり、自分ではどうにもならない。

月の終わりにかけては、ここ数回のエントリーで書いてきたが、地元の同級生の軽はずみな言動によって多大な迷惑を被った。
すでに関係が切れた人間とまでケンカして、事の真意を確かめようと、とにかく執念深くいった。
いずれにしろ今後は、私が他の誰とどうあろうと自らの判断で付き合いたいと言ってくれる人間ならば喜んで付き合う。
逆に、昔のように心ない人間たちから好き放題言われっぱなしでも泣き寝入りばかりしていた私が、ひとたび攻撃を食らえば倍返しや3倍返し、SNSで速攻全国拡散もいとわなくなったと知って離れていく人間がいるとするならそれは大歓迎、そんなものは今後の私の人生にはいらない。

2018年の7月という月の間に、今まで私にまとわりついていたペテンまがいのものが離れていく大きなきっかけができた。
8月以降は本当に私に必要なものが自然と集まってくるような展開を期待したいし、それを実現するのは自分の生き様も多分に影響することを肝に命じて7月のエントリーを終えたい。

※7月のベストショットは、名古屋市中心部、サンシャイン栄にある観覧車と月のコラボとした。


341?

2018-07-30 20:14:10 | 日記
PC版の本欄には、前日の閲覧ページ数と訪問者数がすぐ分かるところに書いてある。
昨日の訪問者数が341というのは11年やってきて記憶になく、2百万以上の登録があるgooブログの中でちょうど2,500位となっていた。
商売に使っているわけでもなく、まったくの無名の人間でSEO対策などはまったくしていない中でこの数字は自分でも驚いている。
しかも昨夜のエントリーの中身は単なる個人的な暴露話でお世辞にも褒められた内容ではない。
しかし、普段は訪問者数は100に届かない日がほとんど、しかもBingやGoogle、Twitterなどのbotによる閲覧が数字の大半を占める中(個人のログイン後ページで確認できる)、明らかに人間が見たと思われる数が多かった。
数字が上がって悪い気はしないが、数字が伸びる仕組みも分からない私は「なんでだろう?」と思うばかりだ。

さて、SNS上の幼稚で無防備な書き込みについて、あらためて字数を割く必要はない。
しかし、他人には「私に寄りかかられて疲れた」とこぼしておきながら、私がそこに突っ込むとなぜかガチギレで全力否定という、昨日のエントリーではC君で記載した人物についてはもう少し書いておく。

※本人はまず「私に疲れた」自体が事実誤認と言いたいようだが、それは自らの結婚式で友人代表としてスピーチに立ってくれた人物を疑うことになり、果たしてそんなことが道義的にできるのかという疑問は残るので、あくまで「私に疲れた」ことは事実だという前提で書き進める。

小学校で知り合ったが、私は付き合い始めの時期を頼りに学校が進んでも彼に依存しすぎ、彼からすればいつも「近すぎる」ところに私がいた。
彼が疲れた原因はそのあたり、時期的には毎日学校で顔を合わせていた頃であると思われるから、遠い昔、未熟な10代とはいえ彼には本当に悪いことをしたと今になって思う。
本当に互いに信頼して実のある付き合いができていたのは、長めに見積もってもせいぜい高校3年生の途中あたりまでではないか。
その後の30年は、進学などで地理的に遠く離れている時間がほとんど、会う回数も年に数回程度となっているし、かといって私が電話やメールでしつこく粘着した事実も記憶もない。

本当につい最近まで、具体的には昨年秋の某コンサートまで、私は本当に彼を信じていた。
しかし帰り際、ロクな挨拶もなく、こちらの目を見ることもなく、本当は打ち上げの飲みなんかしないで帰りたかったとでも言わんばかりに金山総合駅の改札に消えて行った姿を見て、一気に気持ちが冷めた。

30年間騙されたとは決して言わない。
しかし、高校を出てからの(出る前から?)30年の付き合いは実質は私の片思いだった。

その中でも思い出は数多くあり、一言では言い尽くせない。
なぜもう付き合いに疲れたはずの人間に対してそこまでできるのか逆に不思議なくらい、当地だけでも様々な思い出をもらった。
私のために貴重な時間を割いてくれたことには、ただただ「ありがとう」と言いたい。
もう会うことも連絡を取ることもないだろうが、決して私の記憶から消えることはない人物であることだけは確かである。

忘れないため

2018-07-29 12:36:31 | 休日
金曜夜は早々に寝落ちして、目が覚めてもいつものように飲みに出る気にならないほど疲れていた。
翌日の土曜、つまり昨日という日は、台風の接近もあり特に大きな動きのない静かなものにするはずであった。
たった一つのFacebook(以下FB)上の書き込みを見るまでは。

昨日は地元にいる同級生(以下A君)の誕生日だった。
多数のお祝いのメッセージの中に、先週私と時間をともにしてくれた当地在住のB君のものもあった。
私はFB上ではA君とは友達になっていなかったが、B君とは友達だったのでそのメッセージを見ることができた。
そのコメント欄には、A君の言葉で「私(筆者)との付き合いはほどほどに」とB君に指図するような内容があった。
何だと思って読み進めると、私が別の友達(以下C君)と仲違いした例を出してご丁寧な説明が加えられていた。

なぜアタマの回転もいいA君がタイムラインという誰でも見られる場所に私の悪口を投下したのかは分からない。
直接のFB友達ではないから私には見られないだろうとでも思ったか。
残念ながら、SNSの使い方としては今回に限っては脇が甘すぎたと言わざるを得ない。

スクールカーストという言葉は最近表に出るようになってきた気がする。
学校時代の力関係は卒業後も生き続け、同窓会や誰かの結婚式など同級生が多く集まる場所で微妙な影響力を発揮する。
A君は明るいキャラクターで友人も多く人望も発言力もあり、間違いなくスクールカーストでは上位の存在であった。
A君自身がそれを意識したかどうかは知らないし、単なる親切心で私には深入りするなとB君にアドバイスするつもりで書いたのかもしれない。
どちらにしろ、先週土曜夜から一緒に楽しみ日曜もフルに遊んだばかりのB君と私の関係を、遠い富山から制御しようなど思い上がりも甚だしい。
書き込みのやりとりからB君は結局A君に付くのかと勘違いして、危うくB君との関係までなくなりそうになったほどだから、文字通り余計なお世話ということになった。

なお、書き込みには、C君の言葉として、私に精神的に寄りかかられすぎて疲れたとあった。
それが事実なら、私の未熟さ、依存心が原因であり、全面的に私が悪い。
小学校からの長い付き合いがあったためか、私の方が「C君の一番の友達は自分なんだよ」的な雰囲気を出し、周囲もそこにやや遠慮していた感はある。
しかし、学校が進み環境が変われば、それまでよりもさらに気の合う友人に巡り合うのは自然なことだ。
私自身は彼以上と思える友達が学校が進んでもできず、ますます彼に依存する感じになったので、実はC君にとっては中学・高校あたりですでに私から寄りかかられている感覚はあったのではないだろうか。
C君がいつの時点でA君に「疲れた」とこぼしたのかは知らないし、C君本人にそこを突っ込むとなぜか激怒して、A君の書き込みがフェイクだとでも言わんばかりに取り乱すからそれ以上は踏み込めなかった。
それこそアタマも良く運動もできて羨ましさすら感じていた彼がめったに見せない様子になったので、もうこれ以上本人には聞けない。

C君の結婚式、友人代表でスピーチしたのは他ならぬA君だった。
そんな、彼にとって最も大事な存在と言えるA君とのやりとりさえ頑なに否定しようとするのは、私の推測が当たらずとも遠からじということなのか。
つまり、表面的には35年間続いてきた関係も、10歳で出会って20代を迎える前には実質終わっていたと。
C君がそれを認めることは、自らが壮大なウソの歴史を紡いだことと同義になるから、取り乱すほどに頑なになると。
ちなみに、私とA君、私とB君、A君とB君の三者間では個別に話は付き、私とB君はこれまで通り付き合っていける。
あとはA君がC君をどう収めるかだが、こればかりは新郎と友人代表というこれ以上ない深い関係に期待するよりない。

本来それこそこんなスペースに書くべきではない話題を書いたのは、昨日感じた辛さや虚しさ、屈辱感や悲しさを忘れたくなく、記録として残しておきたいからである。
今からさらに輪をかけて当事者たちに関わるつもりはないことを付言してエントリーを閉じたい。

トモダチって PART2

2018-07-27 23:04:10 | 日記
前回のエントリーでは、若い頃、私の周囲は私を利用しようとする人間ばかりであったと書いた。
都合のいい時だけ友達を騙り、私から奪うだけ奪って最後には捨てられる。
ただ、そんな目にばかり遭ったのは彼らが悪いのではなく、そういう接し方をされるような生き方をした私自身が悪いのである。
時を経て、そのような生き方から脱皮していくにつれ、ただただ私を使おうとする向きは自然と私から離れていった。
高校を出て30年近くにもなろうかという今年、小学校から付き合いのあった人間との関係までぶった切れるような性格にまで変わってしまった私にあえて会おうとする当時の「トモダチ」はいないだろう。
今度顔を合わせるとしたら、どちらかが先に死んでその亡き骸を拝む時かなという感じか。

わざわざ同じテーマでPART2を書こうと考えたのは、昔の人間ではなく、今現在付き合いのある人間についても書こうと思ったからだ。
先週一緒に遊んでくれた某君を除けば、当地はもちろん地元にもサシで酒を飲めるような存在はないに等しい。
友人が少ないから、今日のような日は街に出ていわゆる「お店の子」と話すことが多くなる。
話している時はお酒も入っていることもあるが、おそらく今まで経験したことがないような、何がきっかけでここまで仲良くなれたのか分からないと感じるくらいに会話が弾む相手もいるから、お店通いもまったくのムダであったとは思っていない。

ただ、そんな楽しい時間が過ごせるのもあくまで彼女たちの土俵であるお店の中だからである。
なじみのお店は、私にとっては不釣り合いなほどの魅力的な女性たちばかりだが、こちらから映画やコンサート、お店から徒歩1分の居酒屋に至るまで、とにかく「お店ではない」ところに誘っても絶対についてはこない。
かつて富山にいた時「ラーメン行こうぜー」と50回は口にしながら、4年間ついに1度として実現させることがなかった某氏について書いた記憶があるが、それと同様、彼女たちの「行ってみた〜い」とか「楽しそ〜」とか「今度行こ〜」などというのは100%「言っているだけ」である。
客はあくまで収入源であって、お金にならないところに時間を取られるようなマネは絶対にしない。

そうやって考えてみると、富山から通算して8年近く浮遊していた夢の世界から今まさに醒めようという瞬間が近づいているのかもしれない。
もちろんそう思ったからには、当地でのなじみのお店はもちろんのこと、地元に帰った時にもそのような類のお店に足を運ぶことはなくなるだろう。
自分は客だから、メールや電話一本であっさりバイバイしても責められる筋合いはない。
ただ、せめてせめて3年近くにもなった付き合いに感謝するなら、あいさつ程度に訪問し、その日で最後とは告げずに店を出て、事後に伝えるのが角が立たなくていいのか。などと考えたりもする。

トモダチなどいなくてもこの世は生きていける。
私自身が私という人間を信じることができる限りにおいて。

トモダチって

2018-07-25 22:37:05 | 日記
暑い日が続いている。
特に当地東海地方は伊吹山からの西風が吹き下ろしやすい(冬場はこの「伊吹おろし」のため気温以上に寒く感じる)状況になっていたため、全国の名だたる高温都市を差し置いて当地周辺が全国一の暑さになることもあった。
最高気温が33とか34と言われてホッとするのは38や39の世界に慣れてしまったためだろうが、引き続き熱中症対策が必要な気温であることには変わりはない。

さて、先の土日は旧友と会った。
土曜の夜はビアガーデンの予定もどこも満席、それならと、私自身は一昨年にも行っている「名古屋オクトーバーフェスト」に一緒に行った。
イベントの常、かんじんのビールは一杯(500ml)1,500円程度の高値横並びであるが、本場同様冷えすぎていない、しかも珍しい味わいのものが飲める。(本場のビールはややフルーティーな感じ)
酒の席ではお互いそれほど大食らいではないため、ひとりあたりはビアガーデンに行くのと大して変わらなかった。
二次会はお決まりのライブハウスに流れ、2ステージ楽しんで、その日は名古屋市内にある友人の住まいに厄介になった。

日曜は彼の新しい愛車で中京競馬場に朝早くから参戦、成績は散々だったが、夏の開催最終日はおもしろかった。
今度中京に馬が来るのは12月、最終レース終了後には芝コースのホームストレッチをしばらく開放してくれたので、コースを直接踏みしめて写真もたくさん撮って楽しんだ。
友人の方は半分熱中症ぎみで疲れていたか、はたまた話題が無軌道すぎる私と時間をともにするのがイヤになったのかは知らないが、そこには参加せず早々に駐車場に帰ってしまった。
土日を通じ多少は無理をしてもらった面もあり、あえてそこの場面でも無理を言うつもりはなかった。
土曜夜から日曜にかけて遊び倒し、金曜夜のいつもの飲みも合わせると、死ぬほどつまらない平日のウサを一気に晴らすかのような動き方になった。

今当地にいて休日を一緒に遊ぶことができるとすれば、彼くらいしかいない。
彼からは、地元の友達がこのブログのことをしきりに話題にしているという話をよく聞くので、素直に受け止めるならありがたいことだ。
ただ、人づてにそのような話を聞くのは悪い気はしないが、そう言っているという本人たちが私に面と向かって本欄のことをほめてくれるかといえばそうはならない。
高校の時の関係性を考えれば、私を直接ほめるなど彼らにとってはシャクにさわるの一言だからだ。
高校時代や、卒業後しばらくしてからの時期、私自身は「少し強く言えば動いてくれる」人間であったに過ぎず、しかし今は私はそういう人間ではなくなり彼らにとっては利用価値がなくなったから、今後私と直接会う機会が果たして死ぬまでにあるのかと思うくらいだ。
盆や正月、帰省しているのが見え見えの時期にも、こちらからも先方からも互いに連絡を取ることはない。
メール一本、電話一本で会える状況で互いにそれをしない(私はする気もない)のだから、この先死ぬまで会わないかもしれないというのもオーバーな話ではない。

嫌われないように生きて結局嫌われた若い時代の反省から、どうせ嫌われるのだから言いたいことを言って生きたいように生きればいいと開き直って、かえって私を利用するだけの存在とは考えない人々に恵まれ出した。
もう少しそこに早く気づいていれば、もう少しマシな人生になったのかと考える水曜の夜であった。