blog Donbiki-Style

筆者:どんびき(地域によりカエルの意)

7月を振り返って

2008-07-31 20:31:06 | 月末振り返り
毎月最終日はその月を振り返る。
仕事の合間をぬって、公私ともどもよく動いた。
家族と一緒に過ごす時間もあり、気持ち的にも何とか持ちこたえた感じだ。

今の部屋に引っ越してから、まる1年が経過した。
見切り発車的な部分もあったが、よくがんばった。
家族の支援もあったし、大家さんはじめ周りの方にも恵まれた。
1人になったからとムダに羽根を伸ばしたり、生活が乱れたりはなかった。
もともとが安上がりな人間なのかもしれない。
生活は相変わらず楽ではないが、少しでも自分の足で歩きたい。

さらに生活を改善するため、いろいろ動いている。
多くの方面に声をかけてみるが、今月の前半はいやな経験もした。
身辺はまだ流動的だ。
しばらくはもどかしい日々が続く。
もちろん、今与えられている仕事にベストを尽くすのは言うまでもない。

8月には、新曲を披露できる予定だ。
幸いなことに、舞台を設定してくださる方に恵まれた。
去年と同じイベントではないが、行政やメディアがらみではないぶん気楽だ。
音楽活動に関しては、もう「権力側」からのアプローチは考えていない。
草の根というと語弊があるが、いちばん分かってくれるのは一般の方々だと信じているからである。

毎月書いているが、8月が実りの多い月になることを願っている。

接客は難しい?(2)

2008-07-30 23:01:47 | 日記
毎日店を開けているといろいろな人が来る。
お客の外見を言うのはどうかとも思うが、相当ヤンチャな格好をした人も多く見る。
少なくともセレブが来る店ではないので仕方ないが、時々「これは人間の種類が違う」と思えるものもある。
法律や規則で「ダメ」とは言っていないとはいえ、相当数の人間を「不快の渦」に巻き込むという点ではかなり罪深いと言えよう。

常連さんの中には、開店当時から使っていただいている方もいる。
夫婦と子供さん1人で来られるが、ダンナの格好がとにかくよくない。
後ろ髪は長く、ヒゲは伸び放題で「無人島帰り?」とも見えるようないでたちだ。
開店から3年近くが経ち、子供さんは今や店内を歩き回れる年齢になったが、このダンナの格好はずっと変わらない。
いったいどこで働いているのかと思う。

今日はまた、常連さんの1人で、私も顔を覚えていた女性が来た。
顔を覚えているのは、とにかくこの方、何か1つ文句を言ってからでないと帰っていかない。
今日はある食べ物のパッケージを見せて、「賞味期限が20日後くらいのものが売られていたので返品しようかと思った」などと言っていた。
わが店では、口に入るものについては、次月の末までの賞味期限のものは売り場から撤去するようにしているので、当方に撤去漏れがなければこの方の言っているようなことはありえない。
お客に「ありえない」とは言えないが、やんわりとそのことは伝え、あとはまともに答えなかった。
それ以上突っ込んでは来なかったので、やはりいつもの言いがかりだろうと思った。
最近は駅員や店員など弱い立場の人間を攻撃してストレスを解消する輩がいるが、あまり良いご趣味とは思われない。

ほかでは、今のハヤリかどうかは分からないが、真性のオバ○キャラのカップル。
ああいう人間でも生きていられるのだから、多少の失敗や挫折でゆめゆめ大切な命をムダにはできないと思ったりする。

貧乏人をバカにできないくらい私も貧乏だが、根性まで貧しくなっては終わりだ。
同じ店に来ていても、楽しそうに振る舞っている人も多くいて、心洗われる。
まさに、豊かさとはお金とは関係のないものなのであろう。

接客は難しい?

2008-07-29 22:41:18 | 日記
つい最近の新聞に、過剰に丁寧な接客についての記事があった。
店舗で働いているという立場もあるが、1人の消費者としての立場もあり、興味深く読んだ。
どうも近年のバカ丁寧とも言える接客方法は、一般のお客さんのためというよりは、巧妙化するクレーマー対策の意味合いが濃い。
この頃は、弱みを見せた者に対するマスコミの攻撃が激しいこともあって、企業側がピリピリして、現場に過剰な接客を強いているという図式があるようだ。
何ともイヤといえばイヤな世の中になったものだ。

コンビニやファーストフードで「いらっしゃいませ、こんにちは」と言うようになったのは果たしていつごろからだろう。
最近はどこに行ってもそうだからもう慣れたが、「こんにちは」の部分はやはり余計に感じる。
私は日本語の専門家ではないが、どうしても「二重あいさつ」の印象をぬぐいきれない。
アメリカのマネなのか?
アメリカでは何と言うのかは知らないのだが。

私の勤務先も、マニュアル通りならやはり「いらっしゃいませ、こんにちは」である。
面倒くさくて「こんにちは」は付けないことが多いが、とにかくそうである。
本当に忠実にやった場合は、朝の11時までは「おはようございます」で、暗くなったら「こんばんは」に変わる。
かつて3代目の店長には、11時ちょっと過ぎに「おはようございます」を付けたら、「11時を過ぎたら、こんにちは、です」と言われた。
明らかに揚げ足取りのような言動には気分が悪くなったのを覚えている。
金儲けばかりを教えるから、こういう社員が出来上がる。

マニュアル通りの接客は無難だが、気持ちは伝わらない。
「とっさの一言」が思いのほか相手を喜ばせることもある。
買い物の最後がよい瞬間となるように、日々いろいろ考えながら仕事をしたいと思う。

B型本(その2)

2008-07-26 22:21:20 | 日記
血液型本も、後追いのようなものが次々と出てきている。
魚津市内の書店にも、ワゴン積みで一緒にされていた。
その中で、B型を星座別に分析しているものを手にとって眺めてみた。
私はさそり座だから、さそり座のところだけを見た。
ほかの星座には興味がないからである。(笑)

その中で1つ「なるほど!」と思うものがあった。
「偉そうにしている人間を徹底的にへこませたくなる」という項目である。

誰でもそうかもしれないが、私は特に威張る人間が大嫌いだ。
立場や肩書きに寄りかかっている人間の中身などたかが知れている。
やがてその人間が死んだとき、いったい何人が心から悔やんでくれるだろうなどと考えたりする。

最近では、たかだか地方Ⅱ種の公務員や地元小メディアの尊大な態度に出会った。
仲間の中でも、自らを過信した許しがたい発言を聞いたりした。

私は、本当に納得できないときは、相手が誰でもお構いナシのところがある。
たぶん「攻撃モード」に入っているときは、後先は考えていないと思う。
そんな人間だから、いろいろと衝突も多いし、たぶんサラリーマンにはもう戻れないだろう。

幸か不幸か、同期の人間に比べていろいろな環境を経験してきたので、いろいろな人間を見てきた。
その結果、威張るほうの人間になっていないことは、生きてきた上での収穫かもしれない。
可能性は少ないが、たとえこれから偉くなっても威張らないほうの人間ではありたいと思う。

使えない英語

2008-07-23 22:30:55 | 日記
一昨日、金沢まで行く用事があってJRの特急に乗ったら、となりに外国人の男性が座った。
私は窓側に座っていたが、その男性は金沢では降りないようだったので、「Excuse me.」と言って、席をどいてもらった。
いきなり母国語で話しかけられて驚いた様子だったが、ダメ押しで「Thank you.」と言ったら笑っていた。
簡単な会話だが、通じるとうれしいものだ。

さて今日は、店に外国人の老夫婦が買い物にやってきた。
クレジットカードで買い物をしようとしたが、一括か分割かを聞こうとしたとき、まったく日本語が通じないことが分かった。
朝組のSさんがレジ係だったが、英語は使えない。
私のつたない英語で「お支払は1回、2回、3回など自由に選べますよ」と伝えたつもりだったが、けげんそうな顔をされて「現金のほうがいいのか?」と言ってきた。
金額が千円未満だったこともあり、半ば強引に(?)1回払いで支払を済ませてもらった。

あとで気づいたことだが、1回払いのことをどうやら「at once」と表現していたようで、これが相手を混乱させる原因となったようだ。
at onceは、「すぐ」というような意味なので、クレジット払いをこちらが嫌がっているようにとられた可能性がある。
伝わっていないと感じ「one time」などと言い直したが、何となく気まずい雰囲気となった。

このあとしばらくして、夫婦の娘さんとお父さんがやってきて忘れ物をしていないか聞きに来た。
娘さんには日本語が通じたのでその場は済んだかと思ったが、お父さんのほうが「You told me one,two,three・・・」などと私に言ってくるので、もしやこれは英語でクレームが来たのかと思った。
ほかのお客さんのレジをしているうちに娘さんと一緒に帰っていったが、「やってしまった!」という思いで少し落ちこんだ。

学生時代は英語の成績はよかったが、使える英語が身についているかというと心もとない。
今日のように、初歩的な表現のミスで相手に不快な思いをさせてしまったことは大いに反省したい。
伝えるということは本当に難しいものだ。
支払、返品、交換など、店舗で必要な英語くらいは勉強しておいて損はないのかもしれない。

いくらTOEICなどの点数が良くても、日常的に英語を使わなければ意味がない。
同じ人間なのだし「話せば分かる」というのは真実だろう。
今度チャンスがあったら、尻込みしないで大いにアタックしてみようと思う。

軽井沢旅行(2)

2008-07-21 21:20:34 | 旅行
家族と合流して、宿泊先の保養所に向かった。
街中からはずいぶん離れ、個人の別宅などが並ぶ道を進む。
道順は妹家族に任せていたが、4時すぎに着いた。

保養所は木々に囲まれた静かな環境だ。
6時の夕食までは時間があるので、事前に仕入れた食料を出して小宴会となった。
妹の上の子がじゃれてくるので、あまりゆっくりできなかったが、久しぶりにお酒も入り楽しい時間となった。

夕食は量も多く、味もよかった。
おつまみを食べ過ぎたので、おなかはいっぱいになった。
日頃食べられないものがたくさん出たので、ありがたくいただいた。

しばらく横になってから、風呂に入った。
湯船に入るのも久しぶりで、足を伸ばしてゆっくりできた。

風呂から上がると、芝生の広場で花火大会となった。
妹の子供はまだ4歳と2歳だから、親は付きっ切りだ。
下の子はまだおっかなびっくりだが、上の子は楽しそうだった。
こういった1つ1つが思い出となっていく。

終わるともう9時を過ぎており、2部屋に分かれて床についた。
親と一緒の部屋で寝るのは何年ぶりだろう。

翌朝は朝食をいただき、9時過ぎに保養所を出た。
碓氷軽井沢ICに向かったが、軽井沢の街中に向かう車で渋滞が起きていた。
家族が増えると車移動は仕方ないのだろうが、ここまでの混雑を見ると、メジャーな観光地に行くときはスムーズな方法を考えたほうがよいと思える。

本隊は3日間遊び疲れたのか、帰りは休憩しながらも一直線に富山に向かった。
私にしてみれば、合流している時間はほんのわずかで、観光らしいこともできなかった。
しかし、今回はあくまでも家族と会えればよかった。
妹の子供も成長し、特に上の女の子は私とずいぶん仲良くなった。
もうすぐダンナ様が転勤することで、そうそう頻繁には会えない距離に離れる。
そういう事情もあって企画された旅行だから、ひと時でも参加できただけでよかったと思う。

個人的にはつらいこともあった最近だが、家族に支えられていることを考えれば、落ち込んでばかりもいられない。
ヒトリモノとは言いながら、もはや1人で生きているのではない。
今は大したことはできないが、1日でも早く恩返しをしたいという気持ちはずっと持っていたい。

軽井沢旅行(1)

2008-07-20 20:50:15 | 旅行
昨日から軽井沢に旅行して、今帰ってきた。
妹家族と実家の両親は木曜日から出発してあちこち周ってきていたが、私は4連休は取れず2日間だけ合流することになっていた。

軽井沢までは1人なので、JRを使って行った。
かなり前は特急1本で行けたところだが、長野新幹線開通とともに富山からは不便な場所になった。
魚津から直江津までは特急に乗り、直江津から長野までは普通列車、長野から軽井沢は新幹線という「いびつ」な行程になった。
いずれ新幹線が長野から金沢に延伸になれば、また一転して1本で行けるようになるのだが。

さて、土曜日は3連休の初日でもあり、特急「はくたか」は満席状態。
前の席に小さな子供が座っていて、こちらを気にするのでこっそり相手をした。
こちらが笑ってあげれば子供さんは間違いなく喜んでくれる。
傷心(?)の我が身にはひと時の癒しとなった。

直江津からは、普通列車ながら特急型車両を使用していて快適だった。
鉄道ファンにはおなじみの、二本木駅でのスイッチバックも体験できた。
山間路線のため、やたら駅間が長いのもまたよしである。

長野駅で途中下車し、駅前のCDショップに立ち寄った。
意外や80年代パンクの品揃えが多いのに驚いた。
貴重盤の復刻とあって割高なのはしかたないが、こんなものまでCD化されているのかというものが多くあった。

駅ビルで昼食をとったが、となりの席に見るからに「オタク」然とした男性が座った。
チェックの襟付きシャツを綿パンに「イン」していて、リュックは「両かつぎ」である。
食べているときもリュックをかついだままというのは、間違いなくオタク様であった。
観光する時間もなく、滞在1時間で新幹線に乗り込んだ。

長野から軽井沢までは正味30分。
ほとんどがトンネル区間で、まさに「速く移動するためだけ」の路線だ。
車内や風景を楽しむ間もなく軽井沢に着いた。

軽井沢駅には、観光や買い物目的の方がたくさんいた。
どちらかというと今は買い物スポットとしての性格が濃いようで、駅の南側はまさしく人の波であった。
本来なら、自転車でも借りて旧軽銀座あたりを散策したほうが楽しいだろう。
わざわざ交通費を使って来るほど安いものがあふれていたとも思えなかった。

アウトレット街も見飽きた頃に、家族と合流。
妹のダンナ様が勤務する会社の保養所が近くにあり、この日はそこで泊まる。
今回はとにかく、妹の子供2人も含めて家族の交流が目的だ。
軽井沢を楽しめなくてもそれはそれでよかった。

(以下、明日付けへ)

気分転換

2008-07-18 22:34:22 | 日記
先週訪問した会社からは、あえなく不合格の返事が来た。
さんざん期待させておいて、なおかつさんざん待たせておいてこの結果とは、残念というより怒りすら覚える。
連絡を何度催促したか分からないくらいだが、最初からその気はなかったのかもしれない。
こんな会社なら、入ってもいいことはなかったと思うしかない。

11日付けの記事に書いた、以前スーパーのレジで働いていた女性とは一緒に働くことができなくなった。
「知っている人」と仲間として働けるのは心強いと思っていたが、もうそれもかなわなくなった。

別に大金持ちになりたいわけではなく、ただ「普通に暮らしたい」という思いさえままならない現状は正直つらい。
今の職場は人間関係には恵まれているが、稼ぎとなるとあまりに寂しい。
いつまでもこんな状態では、実家の親も安心させられない。

今日のショックからはすでに立ち直り、求人サイトにスカウトをくれていた会社に応募した。
とにかく、じっとしていないで動くことが必要だ。

明日とあさっては、すでに旅行中の妹家族と実家の両親に合流する。
短い時間だが、楽しく過ごしたい。
次の更新は、20日の夜以降に。

お別れはあっけなく

2008-07-17 23:59:59 | 日記
夜組でずっと活躍してきたSさんとは、今日で最後になった。
彼女は20日まで出勤するが、休日の関係から私が顔を合わせるのは最後であった。
この日は、同じように今日が最後になるメンバーからプレゼントが渡された。
私も、別個に心ばかりの贈り物をさせてもらった。
彼女も時間いっぱいまで、店の締めも兼ねて新人さんの指導をしていたから、あまりお別れを惜しんでいる時間はなかった。
仕事をしながらだから、これは仕方がない。

とにかく仕事には大変熱心な方で、空き時間を空き時間として適当に過ごすことができない性分であったようだ。
分からないことがあっても、誰かに聞くというよりは自分で調べて解決してしまうほうであった。
がんばりやさんといえば聞こえはいいが、裏では相当のストレスがあったものと思う。
こういう「甘え下手」の人は、皮肉なことに周りから甘えられてしまうからである。

周りをうまく使うと言うと表現が悪いけれど、いい意味でがんばらなくなれれば、もっと彼女の魅力が出てくるのにと思った。
私には、彼女の「裏のストレス」が見えすぎるくらい見えてしまっていた。
彼女自身、私たちに100%心を開いて接してはいなかったのだろうと思う。
最後まで彼女の「本心」は見えないままだった。

私自身、自分だけでいろんなものを抱え込むことの愚を経験上知っている。
知っているとエラそうに書いたが、そんなことをしても苦しいだけだということが分かったのは本当にここ2年か3年のことである。

本当に大切なのは、何もかもさらけ出してなお付き合える存在だ。
自分が壁の中に隠れて、相手と100%の付き合いをしようなどというのはムシが良すぎる。
バカだと思われるのが怖くなくなれば、壁に隠れることはない。

壁に隠れて、自分をひたすら守って、幸せになった人を私は知らない。
彼女にはこれから幸せになる資格はある。
目の前の壁は、思ったより薄いものである。

東海北陸道とJR

2008-07-16 22:57:13 | 日記
今月の5日に「東海北陸自動車道」が全線開通した。
旅行会社などでは日帰りツアーの企画など、また各交通機関の競争も激しくなっているようだ。

JR西日本では、富山駅発と高岡駅発の設定で「名古屋早特往復きっぷ」というものを売り出した。
期間限定だが、7日前までに購入すれば富山と名古屋の往復が12,000円である。
従来の「名古屋往復割引きっぷ」よりも、さらに2,600円安いことになる。

富山駅発の魅力は、高山本線経由の「ワイドビューひだ」が使えることだ。
ほとんどの区間がJR東海のエリアを走る特急だから、組み合わせができることには意外な感じがした。
JRも、会社の枠を超えてこういうことができるのかと感心した。
あるいは、JR全体としての危機感の現れかもしれない。
あまり急がない旅であれば、車窓風景は断然高山本線のほうが楽しい。
11月末までだから試すことができるかは分からないが、片道はぜひ「ワイドビューひだ」を使いたいと思う。

安い切符といっても、バスの料金にはやはりかなわない。
ただ、鉄道には確実性という大きな武器がある。
高速道路がつながったとはいえ、バスにはどうしても渋滞のリスクがつきまとう。
所要時間も、最速で3時間4分(米原=名古屋間新幹線利用の場合)なら、バスよりも1時間半くらいのアドバンテージがある。

鉄道に肩入れしがちな私だが、名古屋には何度かバスで行ったことがある。
東海北陸道の高速バスも、最近までは白川郷ICと荘川ICの間を一般道で結んでいた。
幅員の小さい国道を絶妙なテクニックですり抜けるドライバーに感心する一方、御母衣ダムの偉容や荘川桜など見どころも多かった。
今後はオール高速の行程となり、こういった楽しみはなくなったのも仕方がない。
もし自家用車で通ることがあったら、あえてこの区間はのんびりとドライブしたい気もする。

機会があれば、とりあえずは最後に開通した白川郷ICと飛騨清見ICの間を通ってみたい。
日本有数の長大トンネルもあり、交通オタク(?)にはこたえられないだろう。