blog Donbiki-Style

筆者:どんびき(地域によりカエルの意)

7月を振り返って

2018-07-31 20:00:43 | 月末振り返り
毎月最終日はその月を振り返る。
7月にして酷暑に見舞われ、その後も平年以上の気温が続く当地、熱中症への対策はもちろん、逆に室内では冷やしすぎ、体の冷えすぎに注意が必要になる。
暑い季節は嫌いではないが、もう地球が変わろうとしている(多少は人間の活動の影響もあるだろうが)瞬間を目撃しているような様々な事象に出会うと、今年より来年、来年よりは再来年と、経験のない事柄が次々に起こる不安は感じている。

仕事は、病気から復帰してちょうど2ヶ月が経った。
新しい仕事そのものにはだいぶ慣れ、今はベテランの某社員と力を合わせて作業時間も短く済ませ、定時帰りを実現させている。
一人で判断して何かと前のめりになりがちなその社員に対しては、行動も読みにくいことから、こちらから朝イチと昼イチの時間は数分でも打ち合わせの時間を取るように提案し、以前よりは気分的にもスッキリした形で仕事に向かえるようになった。
提案そのものによって本人にはやや不快な思いもさせたと思うが、年下の社員が何か文句を言っているというふうにはとらえず、氏なりに解決策を真剣に考えて今の形に落ち着いているのはありがたい。
耳の痛いことを言い合って、その後疎遠になるとか反目しあうだけになるなら関係としてはそこまでのレベル、しかし氏とはそれ以後、仕事とは直接関係のない話も含めていろいろな話ができるようになった。
依然として私を除いたチーム7名のうち、私に話しかけるのは氏を含めてたったの2名だけであるが、ここ数日で会社に行くこと自体が嫌だなと思うことはなくなった。

仕事を離れたところでは、月の前半は春先から取り組んできた活動の総仕上げに向かう過程で西へ東へ忙しく動いた。
新しい経験を積み、周囲の多くの人々のそれなりの評価も受けて一つの作品が完成し、あとは8月中旬に催される披露の場を残すのみとなった。
その時点で活動が区切りとなっても、ここまでに私のために動いてくれた人の多さやその労力を思えば、経験としては十分なものだ。
もちろん、披露の場で大きくアピールができれば「その先」も見えてくる。
ただ、アピール重視でいくのではなく、これまでの周囲のサポートに感謝し、私自身がその場で心から楽しんでいる姿を見せることができればそれでよい。
「その先」があるかどうかは他人が決めることであり、自分ではどうにもならない。

月の終わりにかけては、ここ数回のエントリーで書いてきたが、地元の同級生の軽はずみな言動によって多大な迷惑を被った。
すでに関係が切れた人間とまでケンカして、事の真意を確かめようと、とにかく執念深くいった。
いずれにしろ今後は、私が他の誰とどうあろうと自らの判断で付き合いたいと言ってくれる人間ならば喜んで付き合う。
逆に、昔のように心ない人間たちから好き放題言われっぱなしでも泣き寝入りばかりしていた私が、ひとたび攻撃を食らえば倍返しや3倍返し、SNSで速攻全国拡散もいとわなくなったと知って離れていく人間がいるとするならそれは大歓迎、そんなものは今後の私の人生にはいらない。

2018年の7月という月の間に、今まで私にまとわりついていたペテンまがいのものが離れていく大きなきっかけができた。
8月以降は本当に私に必要なものが自然と集まってくるような展開を期待したいし、それを実現するのは自分の生き様も多分に影響することを肝に命じて7月のエントリーを終えたい。

※7月のベストショットは、名古屋市中心部、サンシャイン栄にある観覧車と月のコラボとした。


341?

2018-07-30 20:14:10 | 日記
PC版の本欄には、前日の閲覧ページ数と訪問者数がすぐ分かるところに書いてある。
昨日の訪問者数が341というのは11年やってきて記憶になく、2百万以上の登録があるgooブログの中でちょうど2,500位となっていた。
商売に使っているわけでもなく、まったくの無名の人間でSEO対策などはまったくしていない中でこの数字は自分でも驚いている。
しかも昨夜のエントリーの中身は単なる個人的な暴露話でお世辞にも褒められた内容ではない。
しかし、普段は訪問者数は100に届かない日がほとんど、しかもBingやGoogle、Twitterなどのbotによる閲覧が数字の大半を占める中(個人のログイン後ページで確認できる)、明らかに人間が見たと思われる数が多かった。
数字が上がって悪い気はしないが、数字が伸びる仕組みも分からない私は「なんでだろう?」と思うばかりだ。

さて、SNS上の幼稚で無防備な書き込みについて、あらためて字数を割く必要はない。
しかし、他人には「私に寄りかかられて疲れた」とこぼしておきながら、私がそこに突っ込むとなぜかガチギレで全力否定という、昨日のエントリーではC君で記載した人物についてはもう少し書いておく。

※本人はまず「私に疲れた」自体が事実誤認と言いたいようだが、それは自らの結婚式で友人代表としてスピーチに立ってくれた人物を疑うことになり、果たしてそんなことが道義的にできるのかという疑問は残るので、あくまで「私に疲れた」ことは事実だという前提で書き進める。

小学校で知り合ったが、私は付き合い始めの時期を頼りに学校が進んでも彼に依存しすぎ、彼からすればいつも「近すぎる」ところに私がいた。
彼が疲れた原因はそのあたり、時期的には毎日学校で顔を合わせていた頃であると思われるから、遠い昔、未熟な10代とはいえ彼には本当に悪いことをしたと今になって思う。
本当に互いに信頼して実のある付き合いができていたのは、長めに見積もってもせいぜい高校3年生の途中あたりまでではないか。
その後の30年は、進学などで地理的に遠く離れている時間がほとんど、会う回数も年に数回程度となっているし、かといって私が電話やメールでしつこく粘着した事実も記憶もない。

本当につい最近まで、具体的には昨年秋の某コンサートまで、私は本当に彼を信じていた。
しかし帰り際、ロクな挨拶もなく、こちらの目を見ることもなく、本当は打ち上げの飲みなんかしないで帰りたかったとでも言わんばかりに金山総合駅の改札に消えて行った姿を見て、一気に気持ちが冷めた。

30年間騙されたとは決して言わない。
しかし、高校を出てからの(出る前から?)30年の付き合いは実質は私の片思いだった。

その中でも思い出は数多くあり、一言では言い尽くせない。
なぜもう付き合いに疲れたはずの人間に対してそこまでできるのか逆に不思議なくらい、当地だけでも様々な思い出をもらった。
私のために貴重な時間を割いてくれたことには、ただただ「ありがとう」と言いたい。
もう会うことも連絡を取ることもないだろうが、決して私の記憶から消えることはない人物であることだけは確かである。

忘れないため

2018-07-29 12:36:31 | 休日
金曜夜は早々に寝落ちして、目が覚めてもいつものように飲みに出る気にならないほど疲れていた。
翌日の土曜、つまり昨日という日は、台風の接近もあり特に大きな動きのない静かなものにするはずであった。
たった一つのFacebook(以下FB)上の書き込みを見るまでは。

昨日は地元にいる同級生(以下A君)の誕生日だった。
多数のお祝いのメッセージの中に、先週私と時間をともにしてくれた当地在住のB君のものもあった。
私はFB上ではA君とは友達になっていなかったが、B君とは友達だったのでそのメッセージを見ることができた。
そのコメント欄には、A君の言葉で「私(筆者)との付き合いはほどほどに」とB君に指図するような内容があった。
何だと思って読み進めると、私が別の友達(以下C君)と仲違いした例を出してご丁寧な説明が加えられていた。

なぜアタマの回転もいいA君がタイムラインという誰でも見られる場所に私の悪口を投下したのかは分からない。
直接のFB友達ではないから私には見られないだろうとでも思ったか。
残念ながら、SNSの使い方としては今回に限っては脇が甘すぎたと言わざるを得ない。

スクールカーストという言葉は最近表に出るようになってきた気がする。
学校時代の力関係は卒業後も生き続け、同窓会や誰かの結婚式など同級生が多く集まる場所で微妙な影響力を発揮する。
A君は明るいキャラクターで友人も多く人望も発言力もあり、間違いなくスクールカーストでは上位の存在であった。
A君自身がそれを意識したかどうかは知らないし、単なる親切心で私には深入りするなとB君にアドバイスするつもりで書いたのかもしれない。
どちらにしろ、先週土曜夜から一緒に楽しみ日曜もフルに遊んだばかりのB君と私の関係を、遠い富山から制御しようなど思い上がりも甚だしい。
書き込みのやりとりからB君は結局A君に付くのかと勘違いして、危うくB君との関係までなくなりそうになったほどだから、文字通り余計なお世話ということになった。

なお、書き込みには、C君の言葉として、私に精神的に寄りかかられすぎて疲れたとあった。
それが事実なら、私の未熟さ、依存心が原因であり、全面的に私が悪い。
小学校からの長い付き合いがあったためか、私の方が「C君の一番の友達は自分なんだよ」的な雰囲気を出し、周囲もそこにやや遠慮していた感はある。
しかし、学校が進み環境が変われば、それまでよりもさらに気の合う友人に巡り合うのは自然なことだ。
私自身は彼以上と思える友達が学校が進んでもできず、ますます彼に依存する感じになったので、実はC君にとっては中学・高校あたりですでに私から寄りかかられている感覚はあったのではないだろうか。
C君がいつの時点でA君に「疲れた」とこぼしたのかは知らないし、C君本人にそこを突っ込むとなぜか激怒して、A君の書き込みがフェイクだとでも言わんばかりに取り乱すからそれ以上は踏み込めなかった。
それこそアタマも良く運動もできて羨ましさすら感じていた彼がめったに見せない様子になったので、もうこれ以上本人には聞けない。

C君の結婚式、友人代表でスピーチしたのは他ならぬA君だった。
そんな、彼にとって最も大事な存在と言えるA君とのやりとりさえ頑なに否定しようとするのは、私の推測が当たらずとも遠からじということなのか。
つまり、表面的には35年間続いてきた関係も、10歳で出会って20代を迎える前には実質終わっていたと。
C君がそれを認めることは、自らが壮大なウソの歴史を紡いだことと同義になるから、取り乱すほどに頑なになると。
ちなみに、私とA君、私とB君、A君とB君の三者間では個別に話は付き、私とB君はこれまで通り付き合っていける。
あとはA君がC君をどう収めるかだが、こればかりは新郎と友人代表というこれ以上ない深い関係に期待するよりない。

本来それこそこんなスペースに書くべきではない話題を書いたのは、昨日感じた辛さや虚しさ、屈辱感や悲しさを忘れたくなく、記録として残しておきたいからである。
今からさらに輪をかけて当事者たちに関わるつもりはないことを付言してエントリーを閉じたい。

トモダチって PART2

2018-07-27 23:04:10 | 日記
前回のエントリーでは、若い頃、私の周囲は私を利用しようとする人間ばかりであったと書いた。
都合のいい時だけ友達を騙り、私から奪うだけ奪って最後には捨てられる。
ただ、そんな目にばかり遭ったのは彼らが悪いのではなく、そういう接し方をされるような生き方をした私自身が悪いのである。
時を経て、そのような生き方から脱皮していくにつれ、ただただ私を使おうとする向きは自然と私から離れていった。
高校を出て30年近くにもなろうかという今年、小学校から付き合いのあった人間との関係までぶった切れるような性格にまで変わってしまった私にあえて会おうとする当時の「トモダチ」はいないだろう。
今度顔を合わせるとしたら、どちらかが先に死んでその亡き骸を拝む時かなという感じか。

わざわざ同じテーマでPART2を書こうと考えたのは、昔の人間ではなく、今現在付き合いのある人間についても書こうと思ったからだ。
先週一緒に遊んでくれた某君を除けば、当地はもちろん地元にもサシで酒を飲めるような存在はないに等しい。
友人が少ないから、今日のような日は街に出ていわゆる「お店の子」と話すことが多くなる。
話している時はお酒も入っていることもあるが、おそらく今まで経験したことがないような、何がきっかけでここまで仲良くなれたのか分からないと感じるくらいに会話が弾む相手もいるから、お店通いもまったくのムダであったとは思っていない。

ただ、そんな楽しい時間が過ごせるのもあくまで彼女たちの土俵であるお店の中だからである。
なじみのお店は、私にとっては不釣り合いなほどの魅力的な女性たちばかりだが、こちらから映画やコンサート、お店から徒歩1分の居酒屋に至るまで、とにかく「お店ではない」ところに誘っても絶対についてはこない。
かつて富山にいた時「ラーメン行こうぜー」と50回は口にしながら、4年間ついに1度として実現させることがなかった某氏について書いた記憶があるが、それと同様、彼女たちの「行ってみた〜い」とか「楽しそ〜」とか「今度行こ〜」などというのは100%「言っているだけ」である。
客はあくまで収入源であって、お金にならないところに時間を取られるようなマネは絶対にしない。

そうやって考えてみると、富山から通算して8年近く浮遊していた夢の世界から今まさに醒めようという瞬間が近づいているのかもしれない。
もちろんそう思ったからには、当地でのなじみのお店はもちろんのこと、地元に帰った時にもそのような類のお店に足を運ぶことはなくなるだろう。
自分は客だから、メールや電話一本であっさりバイバイしても責められる筋合いはない。
ただ、せめてせめて3年近くにもなった付き合いに感謝するなら、あいさつ程度に訪問し、その日で最後とは告げずに店を出て、事後に伝えるのが角が立たなくていいのか。などと考えたりもする。

トモダチなどいなくてもこの世は生きていける。
私自身が私という人間を信じることができる限りにおいて。

トモダチって

2018-07-25 22:37:05 | 日記
暑い日が続いている。
特に当地東海地方は伊吹山からの西風が吹き下ろしやすい(冬場はこの「伊吹おろし」のため気温以上に寒く感じる)状況になっていたため、全国の名だたる高温都市を差し置いて当地周辺が全国一の暑さになることもあった。
最高気温が33とか34と言われてホッとするのは38や39の世界に慣れてしまったためだろうが、引き続き熱中症対策が必要な気温であることには変わりはない。

さて、先の土日は旧友と会った。
土曜の夜はビアガーデンの予定もどこも満席、それならと、私自身は一昨年にも行っている「名古屋オクトーバーフェスト」に一緒に行った。
イベントの常、かんじんのビールは一杯(500ml)1,500円程度の高値横並びであるが、本場同様冷えすぎていない、しかも珍しい味わいのものが飲める。(本場のビールはややフルーティーな感じ)
酒の席ではお互いそれほど大食らいではないため、ひとりあたりはビアガーデンに行くのと大して変わらなかった。
二次会はお決まりのライブハウスに流れ、2ステージ楽しんで、その日は名古屋市内にある友人の住まいに厄介になった。

日曜は彼の新しい愛車で中京競馬場に朝早くから参戦、成績は散々だったが、夏の開催最終日はおもしろかった。
今度中京に馬が来るのは12月、最終レース終了後には芝コースのホームストレッチをしばらく開放してくれたので、コースを直接踏みしめて写真もたくさん撮って楽しんだ。
友人の方は半分熱中症ぎみで疲れていたか、はたまた話題が無軌道すぎる私と時間をともにするのがイヤになったのかは知らないが、そこには参加せず早々に駐車場に帰ってしまった。
土日を通じ多少は無理をしてもらった面もあり、あえてそこの場面でも無理を言うつもりはなかった。
土曜夜から日曜にかけて遊び倒し、金曜夜のいつもの飲みも合わせると、死ぬほどつまらない平日のウサを一気に晴らすかのような動き方になった。

今当地にいて休日を一緒に遊ぶことができるとすれば、彼くらいしかいない。
彼からは、地元の友達がこのブログのことをしきりに話題にしているという話をよく聞くので、素直に受け止めるならありがたいことだ。
ただ、人づてにそのような話を聞くのは悪い気はしないが、そう言っているという本人たちが私に面と向かって本欄のことをほめてくれるかといえばそうはならない。
高校の時の関係性を考えれば、私を直接ほめるなど彼らにとってはシャクにさわるの一言だからだ。
高校時代や、卒業後しばらくしてからの時期、私自身は「少し強く言えば動いてくれる」人間であったに過ぎず、しかし今は私はそういう人間ではなくなり彼らにとっては利用価値がなくなったから、今後私と直接会う機会が果たして死ぬまでにあるのかと思うくらいだ。
盆や正月、帰省しているのが見え見えの時期にも、こちらからも先方からも互いに連絡を取ることはない。
メール一本、電話一本で会える状況で互いにそれをしない(私はする気もない)のだから、この先死ぬまで会わないかもしれないというのもオーバーな話ではない。

嫌われないように生きて結局嫌われた若い時代の反省から、どうせ嫌われるのだから言いたいことを言って生きたいように生きればいいと開き直って、かえって私を利用するだけの存在とは考えない人々に恵まれ出した。
もう少しそこに早く気づいていれば、もう少しマシな人生になったのかと考える水曜の夜であった。

仲間は仲間だよ

2018-07-19 20:51:42 | 日記
いつもは6時半に起きて、8時少し前に自宅を出て会社に向かう。
自宅と会社は近いので、会社に着くのは始業まで20分以上余裕がある。
始業までは、事務所のPCを立ち上げたり、フォークリフトの鍵を付けたり、勤務状況を入力したりして、それでもそれらは始業10分前には終わる。
誰にやれと言われたわけでもないが、このリズムは当地に来てからずっと変わっていない。
始業よりずいぶん前から我が事業所のトラックヤードには車がズラッと並んでいることも多いので、8時半にはすぐに動き出せるようにしなくてはならないからだ。

しかし昨日の朝はそんな余裕はまったくなかった。
なぜか5時半くらいに目が覚めてしまい、仕方がないので朝食もとり出勤の準備を一通りして、しかしまだ相当時間があったためにあろうことかそこで二度寝してしまった。
目が覚めた時点で始業10分前という時刻、ほぼ絶望的な状況の中で自転車を飛ばし、タイムカード上では絶対に遅刻したくないと急いだら、始業1分前の時刻に間に合った。
そこで間に合ったところで、体は始業には間に合わない。
始業5分くらい過ぎたところで息を切らして事務所に入ったが、周囲の人間の反応は特になかった。
荷物が来てなく8時半に即動く必要がない状況だったのはツイていたが、体が間に合わなかったのだから多少のおとがめもあるかと思った。
しかし、いややはりと言うべきか、特別におとがめもなければ、逆に「珍しいね、ギリギリなんて」などの反応も一切なく、私などいないかのごとくに雑談にいそしむ周囲の姿があるだけだった。

もう気にしても仕方がない話だが、少なくとも私の所属するシマの人間は私に対する関心は皆無である。
もはや人間としての役割は期待されておらず、話題に乗って行っても無視されるばかりである。
仮に富山の話題になったなら、私に聞けば5秒で答えが出るかもしれないところ、わざわざ遠回りして分からない者と知らない者どうしの無意味な会話に終始する。
それにしても、病気による長期離脱があったとはいえ、あまりにも扱いが冷たすぎはしないか。
私自身も、以前は違う会社だった組織ならではの内輪ノリ的な雰囲気には辟易しており、無理をして馴染む必要は感じてはいないのだが。

いちおう私が復帰したことで、残業が常態化していた某ベテラン社員はほぼ毎日定時で帰ることができるようになった。
少なくとも一定の役割は果たしている人間を、私自身の気性の荒さもあるとはいえ、まるで仲間ではないかのごとくに扱うなど、極めて恣意的な何かを感じざるを得ない。
無視に代表される「人間関係からの切り離し」も当然ハラスメント事例に含まれる。
精神を患った人間には深入りしないでおこうとか、下手に関わってまた悪くさせたら俺のせいにされるとか、某日大のアメフト部監督同様、保身に走っているとのそしりは免れないのではないかと思う。

9年ぶりなんだね

2018-07-16 20:04:10 | 休日
この週末は、猛暑の中ながらけっこう動いた。
金曜の深夜に当地を夜行バスで出て東京に向かい、大事な用件を一つクリアーして、終わったら即新宿のバスターミナルから当地に取って返すという0泊2日の強行軍があった。
わざわざ書いているくらいだから本当に大事な用件であり大変緊張もしたが、全体としては楽しい時間となった。

前々から書いているように、これで一つの作品ができる下地が整った。
大げさに言えば「生きた証し」と呼べるものだと思う。
生きた証しなら保育園の時に書いた下手くそな絵も、若い時に撮った写真も、通信簿の果てに至るまですべてそうだといえばそうなのだが、本当に自分の意思で「ホンモノ」と呼ばれるに値するものを作るために動いてきて、それが今週末で一つの節目を迎えた。
残されているのは、それを披露する機会のみとなり、もう半分以上は目的は達成された。

昨日はその疲労感というのか脱力感もあり一日中自宅でゆっくりするばかりであった。
23時まで起きていたのに、0時からのW杯決勝を見ることもなく寝落ちしてしまい、目が覚めたら時計は6時を回っていた。

しかし今日は10時から豊橋市で写真の大会があるため、そそくさと準備をして車を出した。





この大会には一般と高校の部があって、今日は各部門の準決勝と決勝の日であった。
男女合わせて16チームもいるから、ゲームは2セット先取制、会場の4つのコートを全部使って同時進行で行われる。
一般男子にはVプレミアリーグ勢の参加がなかったのに対して、一般女子は秋に始まる新しいVリーグ1部に所属する4チームが順当に4強に駒を進めて来ていた。

準決勝の第一試合はトヨタ車体(以下車体)×PFU、第二試合はデンソー×KUROBEアクアフェアリーズ(以下アクア)で、大方の予想では決勝は車体×デンソーだろうとされていた。
第一試合は苦しみながらも車体が勝ち上がり、第二試合はなんとアクアが格上のデンソーを下して決勝に上がって来たから、私にとっては最高の組み合わせとなった。







車体は愛知に来てから応援してきたチームであり、アクアは富山県、しかも私の出身である魚津市のとなり黒部市が本拠だから地元中の地元のチームであった。
チームの選手そのものや特長は車体の方が回数も多く見ており予備知識が多かったし、昨シーズンのVプレミアリーグで3位になった格上であるから、正直車体には負けてほしくない気持ちが強かった。

控え組中心とは言え格上のデンソーを破って上がってきたアクアには勢いがあり、同じく控え組中心ながら、車体は内容としてはかなりアクアに手こずった。
目立ったのはセッターとアタッカーのコンビミス、特にセンター線の攻撃ではアタッカーとのタイミングがほとんど合わず、決められる場面で決められず相手にチャンスをあげてしまうことが多かった。
たまらずスターターのセッター山上選手を下げ、正セッターの比金選手を投入後は競り合いの展開の中でも決して流れを相手に完全には渡さなかった。
2セット連取ではあったが、スコアは25-22、31-29だから、ずいぶん苦しみながらのタイトル獲得となった。

強いとされるチームがこの時期の大会で低迷するのは、やはり控え選手の育成ひいては選手層の底上げを主眼として戦うからで、挑戦者としてほぼベストメンバーで臨んでくる格下の相手に足をすくわれることも多く、車体としても9年ぶりという意外なほど久しぶりの中部日本大会のタイトルとなった。

今回富山県勢として準優勝という結果を出したアクアも、もちろん今後注目である。
高さも含め攻撃力は旧Vプレミア勢にもそうは劣らないから、あとはディフェンスと粘りが今後の課題だろう。
それにしても、過日中津川市で観戦した旧Vチャレンジリーグ(2部に相当)の時より格段にチーム力は上がっている。
Vサマーリーグでの2位など、結果を残してきたことでチーム全体が自信をつけているように感じた。

秋に始まる新しいシーズンが楽しみになる一日であった。
選手の皆様、また関係者の皆様には感謝申し上げたい。

ホウレンソウのオヒタシ、だってさ。

2018-07-12 23:14:57 | 日記
最近、仕事上で必須とされるホウレンソウにオヒタシを加えた題名のような呼び方があることを、回って来た書類で知った。
もちろん一つ一つの文字は頭文字で、順番に並べると、怒らない、否定しない、助ける、指導する、ということだそうだ。

本欄も長々と続けているが、閲覧数の多いべスト10(と言っても5PVもあれば入る)からほとんど99%落ちない記事があって、2010年に書いている「指導と指摘」というエントリーである。
言葉の意味をそれぞれまず辞書でひも解いた上で、その違いを私なりに考察し、最後は「指摘しかできないタイプって体育会系に多いよね」という偏見に満ち満ちた結論で終わっている。

私は病気や転職など本当にいろいろあったから、今の会社は年数も浅く肩書きらしいものもないし、たぶん最後の最後までないだろう。
だから部下を持ってそれこそ指導するような大げさな場面に出会う確率は低い。
対して、学校を出て入った会社にそのまま生え抜きとしている同級生は、ほぼ何らかの肩書きを持ち、多くは一つの事業所や営業所の長を担っている人物も多い。
部下への接し方についてリアルタイムで悩んでいる人間が多いのは間違いない。

指摘するだけならサルでもクマでもできるのだが、指導となると、事後の精神的なフォローに加えて正しい方向性を示す必要はある。
「今度ミスしたら…分かっとるよな」などというのは指導でも何でもなく、ただの脅迫であって、パワハラ事例そのものである。

近年は、そのようなハラスメントに相当うるさい世の中になったからオヒタシのような話が出て来たのかと思えば、どこかの会社で発案されたものでもないようで、個人として心がけている旨の一つのツイートが反響を呼んだものらしい。
ついでに言えば、ホウレンソウも部下の上司に対する義務という意味合いでは全くなく、むしろ上司がホウレンソウしやすい雰囲気を作りなさいという、これも上司向けの言葉なのだ。

いずれにしろ、わが社が発案したものではないということは分かった。
P××A経営やら、勤務評価たるM×Oやら、アルファベットの頭文字を並べた書類にしても、ほぼ全ては当地を代表する自動車メーカーのサル真似かその時々のブレーンの入れ知恵そのものに過ぎず、果てしない規模拡大路線の陰ではそういったものは形骸化してしまっているのが実情だ。
中には、過労自殺という悲しい出来事にくっつけて語られた「電通鬼十則」を、臆面もなく何の加工もしないまま自社の社訓にしてしまっている不動産営業会社もあるというから、形だけでも続いている分マシなのかもしれないのだが。

わが事業所は、怒る、否定する、助けない、指導しない、のオヒタシ様が残念ながら多いようだから、災害と同じく自分の身は自分で守ることが必要なのだろう。

ぼくのセンセイは〜♫

2018-07-05 22:26:07 | 日記
題名で内容が分かる人は間違いなく中年以上である。
某大御所俳優の若き頃、話し方は妙だが熱いハートを持った先生役が大当たりして文字通りのフィーバーとなった。
私が小学校5年生となる時、新任でやってきた若い男の先生が、最初のあいさつで役柄をそのままパクったようなしゃべりを披露し大ウケ、しかもこの数分後にクラス担任になることが知らされ、無邪気な小学生は他のクラスの人間に気を使うこともなく大喜びした覚えがある。
私にとって学校というところは必ずしも楽しくはなかったが、その先生のおかげもあり小学校高学年の2年間は比較的楽しいことが多かった。
ゲームセンターにこっそり行っていたことがバレて、今でいう体罰も食ったが、愛情は感じられた。
後々には中学の校長まで出世をされたそうだが、教師として初めて受け持ったクラスのことを今も覚えてくれているだろうか。

時が経ち、今も私には先生がいる。
5月末に職場に復帰して以来、部署は変わらないが新しいパートで仕事をするのにベテランの社員に付いていることは何度も書いている。
基本的にはその指示に従い進めていればよいが、人が良すぎるところがあり、どこかから頼まれごとがあるとそちらを優先してしまう。
午前中は主に製造部門が作ってくれたものを市場に出荷できるように段取りをするが、その場になかなか姿を現さないことも多く、後で聞けば製造現場で何があったのかしばらく言い合いになっていたという日もあった。
理由はいろいろあっていいが、その間、空調はあっても満足に効かずカビ臭い空間で黙々と一人で作業に当たるのは私である。
くだらない事情で、とりあえずの子分をほったらかしにしないでほしい。

ほったらかしと言えば、復帰してその社員に付いて1ヶ月余り、当初とは微妙に役割が変わってきている。
私自身が仕事に慣れたこともあるが、本来業務であるところの、製造現場に渡す箱やら説明書やらの準備は最近はあらかた私がやっていて、本人は私から離れてひたすら翌日以降に必要な物の受け入れやその整理に時間を使う。
どちらかというと力仕事寄りで面倒なことをあえて自分で選んでやってくれていることは有難いが、せっかく自由に使える人間がいるのにわざわざシンドイ方を選ぶのも不思議といえば不思議である。

箱やら説明書やらの準備は、正解が分かっているパズルを完成させるようなものだからそれほど難しくはないが、製造に渡す前には二人で確認するのが大原則だ。
しかし、最近は勝手に本人が一人でチェックして私にサインだけ求めてくることも増えた。
私が準備したもので、数間違いなどで現場からクレームが来たことは一度たりともないのだが、私だって人間だし間違うこともあるだろう。
どんなに忙しくてもダブルチェックを省いていいということにはならないから、その意識が薄いのは問題だし、私もそこをついつい言ってしまうから嫌われてしまうのだろうが…。

話し相手すらおらず、死ぬほど面白くない毎日であっても、やるべきことはきちんとやりたい。
少なくともまだ組織に属しているのだから。