分別界品第一の最終頌(十八界の分類的考察・『倶舎論』巻第二を終わる。)
第四十七頌
「五外所識 常法界無為 法一分是根 並内界十二」
(五の外は二の所識なり。常は法界の無為なり。法の一分は是れ根なり、並びに内界の十二なり。)
所識門(第二十)
常非常門(第二十一) } を説明する。
根非根門(第二十二)
五外とは、五の外境をいう、色・声・香・味・触の五境のこと。この五境は、五識の所識ばかりではなく、意識の所識であるので、「二の所識」といわれる。五境は、各々色境は眼識によって知られ、声境は耳識によって知られる等々、すべては意識によって知られるものである。その他の、十八界中の五外を除いた十三界はすべて意識の所識であり、五識には関係がないとされる。(第四十七頌初句)
「常は法界の無為なり」は、法界中の無為は常であって、その他はすべて無常であることを明らかにしています。(第四十七頌第二句)
「法の一分は是れ根なり」は、法界の一部と七心界とが根であり、その他は根ではないことを説いています。
初めに五外ということで、五境を表していましたが、内界の十二は境に対してですね、六界(眼乃至意界)と六識(眼識乃至意識)を内界と説明されています。
『倶舎論』では法を、五位七十五法として分類していますが、色法が十一・心法が一・心所法が四十六・心不相応行が十四・無為法が三というわけです。これらを開いて五蘊・十二処・十八界という存在の分析をしています。(唯識では五位百法という分類を数えています)
五処に対して五界・意処に対して意界と眼識界乃至意識界です、外処の色処乃至触処にたいして各々色界乃至触界に分類されるわけですが、最後の法処の六十四に対して法界の六十四になり、こえは無為法に摂められ常であることを現わしているわけです。
根に、二十二根を説いていますが、これは次の第五節・分別界品第二・諸門分別(巻第三より巻第七)として説明がされていますので次回に譲ります。
七心界については、2013・2/10の項を参照してください。
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