老人党リアルグループ「護憲+」ブログ

現憲法の基本理念(国民主権、平和、人権)の視点で「世直し」を志す「護憲+」メンバーのメッセージ

10年前の石原慎太郎

2017-04-08 09:07:22 | マスコミ報道
最近、東京新聞の重要な記事が多すぎて読む時間が取れず、切り抜いたスクラップが過去モノとともに仕事場を占領し始めました。

そこで一念発起、古いスクラップから重要なものを抽出してPDF保管することに。すると、2007~2009年あたりで石原元都知事に関するスクラップの束を発見しました。「反省しろよ慎太郎、だけどやっぱり慎太郎」という佐々淳行さんのキャッチコピーが功を奏して再選された石原さん。

都議会の百条委員会ではボケ老人のふりで誤魔化そうとした石原さんですが、当時は東京新聞が「石原都知事・会見ファイル」という小さなコラムをこまめに掲載していました。

これらを少し読むと、石原都知事は週に2~3日しか登庁せず、副知事に任命した浜渦さんが代行として恐怖政治をしいていたことが含まれています。問題視された浜渦さんの免職や公私混同。厚遇した四男の処理に際しては「余人をもって代え難い人材だった」と捨て台詞。自分はラクして好きな事できるわ、末っ子はカワイイわ、好き放題・勝手放題な振る舞いでした。

要するに当時、石原慎太郎さんは東京都が尖閣諸島を購入すること、芸術家・四男の重用、日本の最南端領土・沖ノ鳥島視察など好きな事には熱心で、豊洲移転などの重要なことは「これでいい、文句をいわせるな」「都合が悪い事は水面下でやれ」と一声で他人任せだったと推察されます。

そのワンマン体制のツケが今、石原慎太郎自身に回ってきたと言えます。「逃げも隠れもしない」と言いつつ逃げ回るんじゃないよ、みっともない男だ!

今後、2007~2009あたりの東京新聞の記事をアップしていきます。当時のリアルな報道が現在どのように影響しているか、深刻になっているか、とてもよくわかるので。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
猫家五六助

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