老人党リアルグループ「護憲+」ブログ

現憲法の基本理念(国民主権、平和、人権)の視点で「世直し」を志す「護憲+」メンバーのメッセージ

神戸・東須磨小・教師間の暴行・暴言・いじめ事件

2019-10-17 15:50:52 | 社会問題
何ともおぞましい事件だ。元教師としては、ここまで教育委員会・学校・教師の倫理観が落ちてしまったのか、と慄然とする。

何はともあれ、具体的事実から、問題の本質を考察してみる。

【具体的事実】
・羽交い絞めにされ、激辛カレーを無理やり食べさせられたり、身体に塗られた
・車の上に乗られたり、車内にわざと飲み物をこぼしたりされた
・目や唇に激辛ラーメンの汁を塗りたくられた
・無料通信アプリで第三者に性的なメッセージを送るように強制された
・携帯電話にロックをかけて使えなくされた
・自宅までの送迎を何度もするように強制された
・「反抗しまっくって学級を潰してやれ」など子供の前で被害教員の悪口を言われた
・熱湯の入ったやかんを顔につけられる
・何十回もカバンに氷を入れられ、中の書類をびしょびしょにされた
・指導案に落書きをされた
等々。
・・・・・・・神戸市教委調べ

神戸新聞は、市教委・校長の記者会見から以下のように書いている。
・・「会見では、加害教員がたびたび職員間で問題を起こし、管理職から指導を受けていた実態が明らかになった。だが、市教委に具体的な報告はなく、管理職も厳しく追及することはなかった。
 市教委によると、2018年度には加害教員の一人に、女性教員へのセクハラや若手教員をやゆするあだ名で呼ぶなどの行為があった。19年2月にも、前校長に「職員室で若手教員へのいじりが度を過ぎている」という訴えがあった。
 
このため前校長は加害教員らを指導。ただ、暴行や暴言は収まらず、前校長は市教委に「詳しく聞き取っておらず、認識が甘かった」と釈明したという。一方、この前校長を巡ってもパワハラ相談があったことが明らかになったほか、後任の仁王校長は加害教員への指導について「前校長ときちんと共有できていなかった」と述べた。・・・・・・・・・・・・・・

実は、この仁王校長の話には多少疑念が残る。というのは、仁王校長は、2018年より東須磨小の教頭を務めており、前任の校長の部下だった。その彼女が、前任校長の学校経営について詳細を知らなかったというのは、おかしい。校長の学校経営を支え助力するのが教頭。知らなかったでは済ませられない。

わたしたちの時代、教頭が同じ学校で校長になる事はほとんどなかった。だから、当初は、赴任したばかりの学校だから、良く分からなかったのだろうと考えたが、同じ学校で昇任したのだったら、【よく共有できていなかった】では済まされない。同じ管理職として前校長と同等の責任があると言わざるを得ない。

【いじめの原因】

(1)教師の個人的資質

上記のいじめの具体的手口は、子供たちのいじめの手口とほぼ同じ。大人としての知恵も想像力もない。いじめをしている動画も残っているが、いじめを嫌がっている人間をいたぶる事に隠微な喜びを感じている卑劣な人間性がもろみえで、みていて気分が悪くなる。

教師が立派な人間などと言う話は、おとぎ話に近いが、それでも今回のようないじめ行為を喜んでするような人間は、滅多にいない。

今回のいじめの原因については、様々な要因が考えられるし、指摘もしたいと思う。しかし、今回の問題については、主犯とされる教師や付和雷同をした教師たちの個人的資質が大きいと言わざるを得ない。人間、ここまで劣化するのか、と、慄然とせざるを得ない。

(2)学校環境

学校は、きわめて「閉鎖的空間」であり、学校独自のメカニズムが働いている。そのため、学校内部での教員間の「いじめ行為」は昔より存在した。

それでも昔の学校は、校長・教頭・教諭という三段階の位階しか存在しなかったので、管理職VS平教諭という図式での対立はしばしば顕在化したが、教諭VS教諭という図式は比較的少なった。(ないわけではなかった)

ところが、近年は、学校内部にも会社と同様な位階制が導入され、学校内部の権力構造が大きく変化している。

具体的に書くと以下のようになる。

🔷学校のヒエラルヒー
・校長⇒・副校長⇒教頭⇒主幹教諭⇒指導教諭⇒教諭 ◎ここまでが教員採用試験合格者で正式教員  ⇒助教諭⇒講師(常勤と非常勤)
その他、養護教諭と栄養教諭と司書教諭

わたしたちの時代とは全く違うヒエラルヒーが形成されている。

今回のいじめ加害教師たちを仁王校長は、【中核教師】と呼んでいた。わたしたちの時代には全くなかった言葉である。主幹教諭や指導教諭を意味しているのだろう。

神戸新聞によれば、前校長の覚え愛でたかったのが、加害教師たちだと報じている。仁王校長は、【中核教師】と呼んでいる。つまり、加害教師たちは、意識の上でも実質でも、上級教師だったのだろう。

被害教師たちは、このヒエラルヒーの下部に存在していて、常日頃上部教師たちの指導と言う名目の支配下にあったという事である。

これが加害教師の「いじめ」に一種の心理的正当性を与えていたと考えるのが至当だと思う。神戸市教委や仁王校長の会見には、この発想は皆無。彼らが自らの「加害者意識」に目覚めない限り、問題の根本的解決には程遠いと思う。

🔷職員会議の権能の縮小の問題

わたしたちの時代は、職員会議の権能がかなり大きかった。多くの問題が職員会議で決定された。【荒れた学校】時代には、それこそ白熱した議論が行われたものである。

時代が進むにつれて校長の権限が拡大され、職員会議が【伝達機関】化されはじめ、様々な問題が噴出し始めた。文部省は、決定権者を校長に限定。職員会議は、その決定を周知徹底させるための会議に限定した。

それぞれの学校には、それぞれの学校なりの事情がある。子供の状況も地域によって大きく違う。都市部と農村部、漁村部では、保護者の気質も子供気質も地域性も全く違う。

都市部の学校で育った校長が漁村部の学校の校長になり、都市部の学校のやり方を強制しても、うまくいくはずがない。強引にやればやるほど失敗する。かっては、そういう場合、校長のやり方に待ったをかけ、その学校の地域性に合ったやり方を話し合い、決定していたのが、職員会議だった。

ところが、現在は、全ては校長が決定し、職員会議はその伝達機関。誰も校長の決定に異議を差しはさまない。
 
しかし、地域の特殊性を知らない校長の決定は失敗する場合が多い。だから、校長は有能な上級教師に頼る場合が多い。そうなると、有能な(校長がそう思っている)教師の影響力は拡大する。事実上、その上級教師は、学校を牛耳ってしまう場合も出てくる。そうなると、その上級教師の【万能感】は拡大する一途。その心理が下級教師に対する【蔑視感】や【差別感】を増幅する。

今回の東須磨小の「いじめ暴行」問題の背景には、現在の公立学校で進行している位階制の問題点が大きく横たわっている。

(4)人権意識の衰退

神戸市は、人権教育(同和教育)の先進地域だった。各学校で人権教育が積極的に行われ、わたしたちも何度か視察に出かけたものだった。今回の事件。かっての神戸市の教育体制なら考えられない酷い事件である。教育委員会・校長・加害教師たちは、本当の意味での人権を理解しているのだろうか。

神戸新聞等で報道されている前校長のパワハラ問題、前校長の就任期間で顕在化している今回の「いじめ問題」。どう考えても、前校長の学校経営に対する姿勢そのものから導き出された可能性が高い。そんな人材を校長にしている市教委の人事。これも鋭く問われなければならない。つまり、【人権に対する認識】が校長選任の条件になっていないのだろう。

見習い期間さんや名無しの探偵さんが指摘されている台東区の役人が行ったホームレスの排除問題も、行政の【人権意識の希薄】さの問題である。

(5)帝国主義の弱い環

教育現場で進行している事態は、これから何年か後、日本社会で顕在化する問題である。

レーニンが帝国主義論の中で指摘しているように、帝国主義の矛盾は、一番弱いところに最初に顕在化する。日本社会の矛盾は、その一番弱いところ、【教育現場】や【ホームレス保護などの福祉の現場】などに顕在化する。

神戸市東須磨小で起きた【いじめ暴行】問題は、形態は違え、全国の教育現場で起きている問題だと考えなければ本質は見えない。文部省によって主導されている教育改革なるものの実態は、教育現場の階級制・差別性の強化と教育の効率性の強化である。

教育を実質的に預かる教師連中が、今回のような【不自由】さと【差別】と【支配の暴力性】の中で生きざるを得ない実態があるとするなら、教育を受ける子供たちがその影響を受けないわけがない。日本が根本から根腐れするわけである。

これを機に教育問題を「国家国旗問題」や「靖国問題」などと離れて、純粋に【国家百年の計】として考え直さなければ、日本の未来はない。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
流水
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西欧中心史観からの脱却は難しい

2019-09-15 12:54:03 | 社会問題
流水さんが「愛国心雑感!」の中で引用したサミュエル・ジョンソンの言葉(「愛国心とはならず者の最後の拠り所」)に触発されたが、戦中・戦後をリサーチしてみると、歴史というものが隠れた思考パターンに囚われていることが往々にしてあるように思われてならない。

唐突であるが、歴史学の通念に疑念を持つ昨今である。第一次世界大戦、第二次世界大戦とは言うが、前者はヨーロッパの戦線であり、後者は主にヨーロッパ戦線が舞台で、日本とアメリカは後半に参戦した。日本は日中戦争(日本の侵略)に明け暮れていたにすぎない。「世界」大戦という呼称(通説)には注意が必要だろう。

そもそも「世界史」というオール・オーバー・ザ・ワールドが成立したのは19世紀になってからであり、それまでは、日本に関する限り、中国との朝貢関係に基づく冊封体制下にあったのである。

戦後史という時代区分もミスリーディングな用語である。特に8月15日の敗戦の日に戦争終結が一夜にして成ったというような歴史学の通念は俗説に近い。

実際上、ポツダム宣告(昭和20年7月)で戦争継続はできない様相を呈していたし、天皇主権という非公式の帝国概念により白旗を挙げられなかっただけなのである。(参考文献として、「オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史1」)

8月15日の神話に拘泥していては戦後史は表面的なものに終わる。(全体的な参考文献として、木畑洋一「二0世紀の歴史」を挙げる)

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
名無しの探偵
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愛国心雑感!

2019-09-13 15:23:24 | 社会問題
🔷愛国心とはならず者の最後の拠り所である -サミュエル・ジョンソン-

人口に膾炙した言葉である。

この言葉、一般の理解とは異なり、米国独立戦争時、独立を求める米国側に対して英国側の立場に立って、吐かれた言葉。いわば、一種のヘイトスピーチともいえる。

であるとしても、この言葉。正鵠を得ていて、現在でもきわめて有効である。

以前にも紹介したが、戦前、日本でも「愛国無罪」という言葉があった。「愛国」を叫べば、何をしても許される、という考え方。つまり、国家と自分を完全に一体化し、最後には自分の行動は国家の意志を体現していると考える思想である。

この種の人間と議論していると、必ず喧嘩になる。何故なら、彼らは、国家=「真であり、善であり、美」であると思い込んでいるわけだから、自分の議論が間違っているなどとは決して考えない。

自分を「真善美」の体現者であると信じ込んでいるのだから、相手が何を言おうと聞く耳を持たない。こういうトランス状態に入った人を「洗脳」された人という。こういう人は新興宗教の入信者に多いのだが、愛国心に燃えている人にも往々にして似た状態に陥る人がいる。

だから、彼らと違う考え方の持ち主や行動をする連中は、【国家の敵】であり、絶対許せない。【敵】に対しては、どんな攻撃をしても許される、と考える。

実は、愛国心を叫ぶ人間には二通りのタイプがある。国家と自分を一体化させて、トランス状態に陥る人間と、それを冷静に眺めながら、彼らをどう利用すれば支配がうまくいくかを考える人間だ。

そして、「愛国心」の虚偽を指摘し、政府の施策に反対する敵対勢力に対しては、「愛国心」を旗印にして理不尽な方法で排除する。戦前なら「赤」。現在なら「反日勢力」。この種のレッテル貼りで、理も非もなく排除する。そのためには手段を選ばない。「愛国無罪」である。

戦前の特高警察・ナチスのゲシュタボの冷酷非道の手口は、こういう思想に基づいて行われた。

ドイツの詩人 ハイネは、以下のように語る。

🔷「不思議なことだ、いつの時代においても悪人は自分の下劣な行為に、 宗教や道徳や愛国心のために奉仕したのだという仮面を着せようとつとめている」

洋の東西を問わず、「愛国心」を強調する連中の本性は、似たようなものだ。

もう一つ、二つ紹介しよう。皮肉屋で有名なバーナード・ショウは以下のように語る。

🔷人類から愛国心を叩き出してしまわないかぎり、あなたがたは決して平穏な世界を持たないだろう。
🔷愛国心とは、自分がそこに生まれたという理由で、その国が他より優っているとする信念のことだ。

日本の皮肉屋、勝海舟は以下のように語る。

🔷憂国の士という連中がいて、彼らが国を滅ぼすのだ。

洋の東西を問わず、時代を問わず、【愛国】という言葉には、呪術的魔力がある。だから、自民党は道徳教育で【愛国心】を叩きこもうとしている。戦後、自民党が、文部行政に介入し続け、日教組批判を続けてきたのも、【愛国心】という言葉の持つ呪術的魔力を国民に吹き込むためである。

文部族と呼ばれる族議員の大半は、岸信介の系譜を継ぐ、自民党右派の【清和会】。今回文部大臣になった萩生田は、【教育勅語】を額に入れて飾っているそうだ。筋金入りの国粋主義者。教育に最もふさわしくない人物だと思われる。

インパール作戦の中でも書いたが、現在の自衛隊の志願者不足は深刻。現在の安倍政権が取っている軍備増強策の行きつく先は、【徴兵制】復活につながらざるを得ない。

だからこそ、文部行政に介入。道徳教育の正式教科化。教育基本法を改悪。【愛国心教育の強制】を通じて、徴兵制復活を夢見ている。

愛国心の呪術的魔力を振り払うにはどうするか。それには、愛国心の考え方を広げる以外ない。

伝説のギタリストと呼ばれたジミー・ヘンドリックスは、こう喝破する。

🔷「愛国心を持つなら地球に持て。魂を国家に管理させるな!」

インド独立の父、マハトマ・ガンジーは、以下のように語る。

🔷愛国心は人類愛と同一である。

ヘンドリックスの言葉「魂を国家に管理させるな!」こそが、人間の自立の原点だろう。魂を国家に売り渡していないからこそ、国家の罠が良く見える。だからこそ、厳しい批判の声を上げる事ができる。

自分たちが属している国家だからこそ、厳しい批判の声で間違いを正さなければならない。「魂を国家に管理されない」人間だからこそ、本当の意味で国家を愛する事ができる。

自らの国家を外からの視点で客観的に検証する姿勢こそ、本当の意味での「愛国」的行為だと考えている。

この逆説的な発想にこそ、偏狭なナショナリズムや排他的愛国心を克服するヒントがある。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
流水
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日本は完全な後進国(政治も経済も学問研究もメディアも国民の知的・道徳的民度も)

2019-09-08 09:02:53 | 社会問題
ソフトバンク社長の孫正義氏の痛烈な日本批判が話題を呼んでいる。

・・・「日本はAI後進国」・「衰退産業にしがみついている」・「戦略は先輩が作ったものの焼き直しばかり」・・・・

実に痛烈な批判だが、おそらく日本の支配層(安倍官邸・財務省や経産省の官僚・経団連などの経済界・大手メディアなど)の連中には、孫社長の言葉は響かないだろう。響いたとしても、【それなら、どうする】という戦略性は皆無だろう。

だから、日本はものの見事に「後進国」へ転落したのである。

【1】 公文書・統計数値の改竄など、白昼公然と嘘がまかり通る社会

この政権の連中(官僚も含め)は、統計数値に込められた数値以上の【意味】を推察する想像力が決定的に欠落している。

数字は単なる数字ではない。「なぜ、このような数字が出たのか」を徹底的に議論し、その背景や要因を考察し、その結果に基づいて新たな政策を創出する。その意味で、「統計数値」というのは、国の政策の根幹を考える一番重要な「数値」。

これを改竄したり、誤魔化したり、統計数値の取り方を変えたり、時には取らなかったり、出しても黒塗りだったりする。誰が見ても裏に何かやましいことがあるのではないか、と疑われても仕方がない。

この「統計数値」に対する疑問や不信感が噴出している国家など、近代国家としての体をなしていない。とてもじゃないが、「先進国」などとは言えない。

昔の日本では、大人たちは、子供に、「嘘つきは泥棒の始まり」という諺を懸命に教えたものだ。これでは、現在の安倍政権や官僚たちは、みな泥棒になってしまう。こういう連中が、道徳教育の重要性を説くのだから、何をかいわんや。

2017年、内閣府が作成した公文書ガイドラインでは、重要な打ち合わせの記録が義務づけられたが、作成すべき「打ち合わせの定義」があいまいなため、職員が記録を作成しない恐れがあると各省庁が指摘していた。

ところが、内閣府は各省庁の指摘を聞き入れなかった。そのため、首相官邸を筆頭に各省庁で相次ぐ「打合せ」未記入という結果がもたらされた。

9月4日の毎日新聞(一面)は、内閣府が事実上記録を残さないで済む【抜け穴】を残したと疑わざるを得ない、と報じている。

政策決定がどのような人物が関り、どのような話し合いがなされ、どのような決定がなされたかを後世に知らせる最重要な文書である。

公文書の改竄とか記録していないとか破棄をしてしまうというのは、後世の検証をできなくする。「歴史に対する冒涜」と言って良い行為。安倍内閣になってこの種の行為が多すぎる。

安倍内閣が「歴史修正主義者」の内閣である事は良く知られている。こういう公文書の扱い方を見ていると、彼らの言う「歴史修正主義」は、自分の都合の良い事実だけを取り上げて歴史を解釈するきわめて恣意的な歴史観だと言う事が良く分かる。

こういう歴史観で全ての国内政策、外交政策を構築すれば、必ず失敗する。どんな不都合な真実でも正面から受け止めなければ、正しい政策は構築できない。

それと真逆の、「『不都合な事実・数値・真実』は、決して受け入れない。不都合な事実や数値・真実を語る奴は、排除する」、という姿勢で、正しい内政政策・外交政策ができるはずがない。

こういう為政者の姿勢を「ファシズム」とか「独裁政治」と呼ぶ。こういう国家が「先進国」だなど、恥ずかしくて言えるはずがない。

【2】 経済政策(アベノミクスの大失敗)

🔷数字が示す日本の惨憺たる実情

・日本の労働生産性、先進国最下位
・競争力、世界30位(1997年以降最低)
・平均賃金、OECD加盟35カ国中18位
・相対的貧困率、38カ国中27位
・教育に対する公的支出のGDP比、43カ国中40位
・年金の所得代替率、50カ国中41位
・障害者への公的支出のGDP費、37カ国中32位
・失業に対する公的支出のGDP比、34カ国中31位
 などなど
・・・・日本はすでに後進国か(ニューズウィーク)
https://www.newsweekjapan.jp/kaya/2019/08/post-78_3.php

近年、日本が急速に貧しくなっているのは、多くの人が実感しているはず。最も分かりやすい例は、「子ども食堂」。子供の貧困が拡大。子供が成長する環境が急速に劣悪になっている事が分かる。上記の数値を見ると、一目瞭然。

世界で最も読者数が多いとされる「ニューズウィーク」の記事の指摘である。政府やメディアはもう少し真剣にこの国の実情を憂いたほうが良い。

上記の統計でも指摘されているが、日本の平均賃金は、OECD諸国の中で18位。中位と言って良い。

ところが、日本の平均賃金の推移をみると、愕然とする。

🔷国税庁の「民間給与実態統計調査」

◎1990年の平均給与は425万2000円(1年勤続者、以下同)。⇒97年まで上昇。
⇒1997年 467万3千円 (ピーク)・・・・・・⇒下降傾向
●2017年 平均給与 432万2千円。

432万2千円-425万2000円=7万円 
※1990年~2017年の27年間で、平均給与上昇は、わずか7万円。27年間で7万円しか平均給与が上昇していない、と言う事は、27年間経済成長もほとんどしていない、と言う事を指す。

27年間、経済成長を殆どしていない国は、OECD各国にはいない。これ一事を以てしても、日本の地盤沈下は明白。これが日本の現実。

こういう不都合な真実を正面から直視し、原因を徹底的に究明し、問題を是正する政策を提示するのが政権与党の役目。その政策をチエックし、問題点を論議し、国民にとって最も有利な政策にブラッシュアップしていくのが、国会の役割。原則的にいうならば、これには、与党も野党もない。主人公は国民という原則を守るのが、国会議員の義務。

ところが現在の安倍政権、現在、6ケ月も国会を開いていない。日韓危機を初め、日米FTA交渉(日本の惨敗)、政務官の不祥事など多くの課題が山積している。ところが、安倍首相は素知らぬ顔で実りのない外遊三昧。

参議院選挙の前、安倍首相はどう言ったか。憲法論議をする政党か、審議に参加しない政党か選択する選挙だと言ったはず。どの面下げてそんな事を言えるのか。

本来なら、野党はじめメディア総がかりで国会審議をしろ、と声をそろえなければならない。その国会審議をあらゆる角度から吟味し、国民に真実を伝えるのが報道機関の役目。報道機関が独占的に政府与党や各省庁などに取材できるのは、報道機関が国民の「知る権利」の代役をしているという原理原則があるからだ。

しかし、その報道機関も韓国の悪口三昧。日本国内の問題を報じようともしない。こんな報道機関で「先進国」だなどとうぬぼれないでほしい。含羞を知る報道人なら、恥ずかしくて外を歩けないはず。報道機関や報道人は、もう一度自分たちに国民から託された使命を認識してほしいものだ。

🔷労働賃金が上がらない理由

経済ジャーナリスト岩崎博充は以下のようにまとめている。

①労働組合の弱体化
②非正規雇用者の増加
③少子高齢化の影響
④内部留保を貯め込んで賃金を上げない経営者
⑤規制緩和の遅れがもたらした賃金低迷
・・・「日本人の給料がほとんど上がらない5つの要因」

上記については、各方面の専門家によって、指摘されている。

🔷日本の世界における輸出の割合

・・・『2017年における世界輸出に占める日本のシェアは3.8%しかなく、1位の中国(10.6%)、2位の米国(10.2%)、3位のドイツ(7.7%)と比較するとかなり小さい。』・・・(8/27ニューズウィーク日本版)

・・驚くべきなのはドイツで、GDPの大きさが日本より2割小さいにもかかわらず、輸出の絶対量が日本の2倍以上もある。・・(8/27ニューズウィーク日本版)

つまり、ドイツには、売るべきものが日本の二倍以上ある、というわけだ。裏を返せば、日本には売るべきものがドイツの半分以下しかないと言う事を意味している。

今回、韓国のホワイト国除外時有名になったレジスト、フッ化ポリイミド、エッチングガスはドイツBASF社が韓国に提供するという話。同時に韓国はシャカリキになって国産化へ向けて努力している。

9月6日付の毎日新聞によると、韓国では「安倍首相ありがとう」というスローガンがあるそうだ。どういうことか。安倍首相の今回の措置で、韓国は、日本の属国的経済状況にあると言う事を知らせてくれた。だから、安倍首相に感謝するというわけ。だから、韓国は自立しなければならないというわけである。

まあ、韓国に一泡吹かせ、胸がスーとしたと快哉を叫んでいるネトウヨ思考の連中には理解できないだろうが、今の世界は高度な分業時代。現在の日本は半導体製造から完全に脱落。サムソンの足元にも及ばない。だから、その材料生産での高度な技術でサムソンに売っている。ところが、今回のバカげた措置で、その貴重な売るものすら売れなくなる羽目に陥る。

今や日本は「後進国」なのだから、上記のような貴重な技術が必要な製品は、どんなことがあっても守らなければならないが、その逆を経産省がしているのだから、本当に阿呆としか言いようがない。

世界の情勢と自国の「不都合な真実」を見る事が出来ない馬鹿が権力を握ると、本当に国が滅亡する。

【3】知的劣化と道徳的退廃

現在のTVを見ると、ほとんど見るに堪えない状況。コメンテーターと呼ばれる連中のあさはかなコメントを聞いていると、なぜ彼らが今の地位を勝ち得ているか理解に苦しむ。

リテラの記事を引用してみる。
・・・
先週8月27日放送のTBS系ワイドショー『ゴゴスマ〜GOGO!Smile!〜』(CBCテレビ)において飛び出した、武田邦彦・中部大学教授による「日本男子も韓国女性が入ってきたら暴行しなけりゃいかんからね」というヘイトクライム煽動発言。
・・・中略・・・
東国原の発言がいかにひどいものであったか。あらためて振り返っておこう。問題が起きたその日の放送では、東国原が「日本は法を遵守、あの方たちは正義があったら法律変えたらいいと思ってますからね」などと文政権批判や韓国ヘイトをまくし立てていた。東国原の発言が途切れたところで、金教授が「あの……」と意見を述べようとしたところ、突然、敵意をむき出しにして、乱暴な口調でこう怒鳴りつけたのだ。

「黙って、お前は! 黙っとけ!この野郎。喋りすぎだよ、お前!」

 さらに、金教授について東国原は「韓国では、親日家の右派なんですよ。でも日本に来ると、左派・反日系を装うじゃないですか。これ『ビジネス反日』と僕は言ってるんですけど」などと言い、対して金教授がいたって冷静に「私、親日保守なんだけど、そういう意味で私は東さんのことも大好きなんだけど、それと……」と述べるも、「嫌いだよ、俺は!」と吐き捨て、コーナーの最後にもこう発言した。

「大人の対応しているだけ、僕が! 日本ですよ、僕は! 大人の対応してるんですよ。(金教授のほうを指差しながら)でも、もうブチギレそうなんですよ!」・・・・

一応大学教授の肩書がある人間が、「日本男子は、韓国女性を暴行しなければならない」などという発言をTVの公共の電波で発言する。こんな発言を欧米のTVでしたらどうなるか、彼は考えたことがあるのだろうか。彼の社会的生命は、一瞬にして終わるだろう。

TV局もTV局で、一応司会のアナウンサーが30日に謝罪をしていたが、TV局としての品位を疑われても仕方がない。

それと同等かそれ以上に問題があるのが、東国原の発言。人の発言を妨げるどころか、イデオロギー的反感をむき出しにした感情的発言を繰り返している。彼も宮崎県知事を務めた人間らしいが、あまりにもお粗末な態度である。

女性蔑視をむき出し。彼の品性・人間性がむき出しになっていて、この程度の人間に偉そうにコメンテーターを名乗らせる現在のTV局の知的レベルの低さを象徴している。

この二人の発言と五十歩百歩のコメンテーターが大手を振って闊歩しているのが、現在のTV局の現状。知性もなければ、道徳的倫理観もない。ましてや、新たな知見もない。ひたすら政権よいしょ(強者に対するおもねり)と野党や政権反対派や少数意見(一言で言えば、弱者)に対する攻撃と蔑みと揶揄以外何かあるのだろうか。

知性の劣化、道徳的倫理観の欠如。このような連中に知的リーダーを名乗らせる日本の現状を、【後進国】と言わずしてなんと言えばよいのか。

【4】 法治国家(法の下の平等)が崩壊している社会

以前、ファッショ国家がファッショ国家である所以の一つに、【法の恣意的適用】を挙げた。戦前の法適用の原則を、【天皇との距離に反比例する】と書いた。

◆天皇との距離の近いもの(社会的地位の高いもの)の犯罪は、汲むべき事情をできるだけ斟酌する。(減刑を前提にした配慮の下で法適用を行う)
◆天皇との距離の遠いもの(社会的地位の低いもの;例 庶民や二等兵クラス)の罪は、汲むべき事情は配慮しない。(厳罰を前提にした法適用を行う)

このような法適用を行う社会では、【法に対する信頼】は、間違いなく損なわれる。

振り返って、日本の現状を見てみよう。安倍内閣発足以来、どれだけの閣僚の不祥事が報道されたか。小渕優子、甘利明等々。安倍晋三本人の森友学園や加計学園疑惑。それに伴う財務省の公文書改竄疑惑。誰一人、司直の手に落ちたものはいない。もはや司法に正義はないと言われても仕方がない。

それでいて、権力に歯向かう連中の間違いは、ほんの少しの瑕疵も許さない。籠池夫妻に対する司法の扱いは、【非道】の一言である。高齢の籠池夫妻を半年以上拘置所に留置。夫妻が安倍夫妻の関与を語るのを封じた。時の権力の走狗と化した司法権力の堕落・退廃が目に余る。

権力側の狙いは、権力に歯向かう事を諦めさせる。羊のように従順な国民を作る事であろう。

現在の大手メディアなどは、牙を抜かれた狼どころか、ご主人に腹を見せて媚を売る番犬そのもの。もはや、【無冠の帝王】と呼ばれたジャーナリズムの面影はない。報道の自由度が韓国以下に転落するのもむべなるかなである。

例えば、文大統領の側近と呼ばれた曺国(チョ・グク)氏。10時間になんなんとする記者会見を行っている。

わたしは彼の非違行為それ自体には興味がない。それは、韓国司法と韓国国民が判断すれば良いこと。われわれが騒ぐ問題ではない。興味があるのは、曺国氏の10時間に及ぶ記者会見をやってのけた気力と、ボロを出さずにやり切る能力。

一口に10時間というけれど、きちんと整合性を以て、ボロを出さずに、検察の追及を避けるように(一番関心を持ってみているのは検察)、しかも多くの国民が納得できるように誠意をもって、緊張感を途切らせないように語る、というのは至難の業。誰にでもできる技ではない。これだけでも、政治家の資質は十分以上にある。

翻って、日本の政治家連中を見てみれば、その差は一目瞭然。小渕、甘利をはじめ、丸山穂高や上野宏史などの政治家連中の情けないこと。記者会見を逃げ回り、全て病院に逃げ込んだ。「人の噂も75日」ととんずらをかまし、鎮静化したころを見計らって復権を果たす。まるで小狡い狐。人間としての信頼性が欠落している。

どちらが政治家としての素質があるか一目瞭然。彼らに10時間に及ぶ追及に耐えられる能力も気力もない。安倍晋三も同様。

この彼我の差をきちんと報道できない日本のメディアも同罪。TVで韓国人を馬鹿にし、差別する日本人こそ恥ずかしい。武田や東国原の韓国蔑視の視点が、いかに正常にものを判断する目を曇らせているかは一目瞭然。

さらに言えば、これだけ時の政権の希望の星である人物の非違行為を追求し続ける【韓国司法】の勇気も称賛に値する。日本の司法の腰抜けぶりに比べれば、はるかに評価できる。これでは日本は韓国にも劣る【後進国】と揶揄されても仕方がない。

以前から、わたしは、「覇権国家」が「覇権」を降りなければならない時が一番危険だ、と警鐘を鳴らしてきた。現在のトランプ政権のハチャメチャぶりを見れば、その事が証明されている。

同様に、日本が先進国から滑り落ち、後進国へと転落し始めているからこそ、今回の日韓危機が起きたと言える。

ネトウヨ・TVメディア・首相官邸・経産省・政治家連中の劣化がその事に拍車をかけている。彼らは、いつまでも「日本は先進国」という夢に生きており、「後進国」という現実を正面から見ようとしていない。

その事自体が、【後進国】の特徴だと言う事すら気が付かない。見事な劣化ぶりである。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
流水
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もっと議論を積み重ねたい

2019-09-04 10:17:36 | 社会問題
私たちは、情報を新聞、テレビ、ネットなどの媒体から手に入れる。新聞を読む人が徐々に減って、テレビとネットだけという人も増えていると聞く。

テレビのニュースやニュースショーを見ると、ほとんどが事件や事故で占められている。そして政治的なニュースは、海外の出来事か、韓国とのいざこざを煽り立てるようなものばかりが目に付く。

インターネットの情報は、国民の知る権利を広げた。新聞では得られないものがあるとの評価はその通りだと思う。しかしその一方、自分の興味のあるニュースだけ、気に入った意見だけを偏って読んでいる人が殆どだろう。

人は、自分と同意見に惹かれるものだ。そればかり追って仲間で自画自賛していれば、世界を狭め、自分と同意見の人は、こんなにも多いのだと錯覚する。

国内政治に関するメディアの情報そして議論の少なさは危険だ。

例えば保育費の無償化は、一見良いことのように見えるが、低所得者層はすでに無償か、ごく少ない金額と段階的に決められており、無償化は裕福な家ほど恩恵を受けることになる。

それよりも、待機児童の解消や、保育士の待遇改善の方が必要とされているのだが、議論がなされなければ、その実態を国民が知ることは少ない。

増税でもそうだ。キャッシュレスなら…というが、キャッシュカードを持たない高齢者や貧困層の方が重税となる。生活が厳しく、声すら挙げられない人ほど、生活が厳しくなっていく。

そして、もっと大きな問題も無視されていく。安倍政権下の議員の発言の数々は、憲法に抵触するものも多いし、暴言も多い。

「表現の不自由展・その後」が中止された時の、菅官房長官の発言は、憲法21条に保障された「表現の自由」に抵触する。

丸山穂高衆院議員は、北方領土に引き続き竹島についても「戦争で取り返すしかない」と憲法9条に抵触する発言。菅氏は、北方領土については「誰が見ても不適切」発言だったが、竹島については「発言は差し控えたい」であった。

そして自民党の改憲案の「9条への自衛隊明記」や「緊急事態条項創設」など、一見すると、「存在する自衛隊を書き加えるだけなら…」とか、「大災害の緊急事態なら、内閣がすぐに動くために必要」などと安易に思いかねない。

しかし、「自衛隊明記」は日本を軍隊を持つ国に変えることであり、「緊急事態条項」は、内閣が勝手に法を踏みにじって良いこととなり、独裁国家へのスタートとなりかねない。

2014年12月に施行された特定秘密保護法は、今はもう気にする人も少ないようだが、無くさない限り、国民の「知る権利」をいつ阻害するか、非常に不気味な存在だ。

こうしたことが国民的議論となるようにしなくてはならないと思うのだが、ゴシップネタばかりを追うテレビ、「忖度」して突っ込めない政治記者ばかりでは、日本の民主主義は死んでしまう。

民主主義国家なのに、一党独裁が続いて、官僚もメディアすら「忖度」しているうちに、なし崩しに憲法の中身が変えられ、国民が気付かない間に民主主義の腐食が始まっているのではないか。

メディアの膨大な情報は日々溢れるばかりだが、それこそ選択と思考が必要だ。重要な問題は流すのでなく、忘れ去るのでなく、何度でも議論の俎板に載せていきたい。

「護憲+コラム」より
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「真実」という名の映画

2019-09-02 15:43:54 | 社会問題
是枝裕和監督の『真実』という映画が今年のベネチア国際映画祭のオープニング作品として上映されたとのニュースがあった。まだ一般公開されていないし、内容もインターネット(下記URL)で配給元GAGAから簡単に紹介されて居るだけである。
https://gaga.ne.jp/shinjitsu/

ただ昨今の世情から、『真実』という映画の題名に注目させられた。何故ならいま世界の政治家の中には事実を無視し、フェイクニュースを自作自演し、堂々と嘘をついて憚らない政治家も見られるからである。これでは正義が衰退し偽善がはびこり、独裁政治が台頭し、民主主義は衰退する。

例えば米国では議会に事案を通さず、大統領令を頻繁に発令し事を実行し、日本では国会を開かず閣議決定で行政を進める傾向にある。

また森友・加計問題では、行政の資料隠しやデーター改ざんで一人の官僚が自殺に追い込まれたにも関わらず、事件の当事者は頬被り、行政の責任者は検察の訴追も免れている。行政の最高責任者が嘘をつけば全ての行政機関の正義も揺らぎ、引いては国民の倫理観も次第に薄れてくるであろう。

是枝監督はどのような動機で『真実』という映画を製作されたか分からないが、先ずは日本の映画監督が作ったことに意義がありそうである。

その映画は外国の家庭内の嘘が主題らしいが、嘘に家庭も政治世界も、日本も外国もない。必要なことは皆が嘘か真実かに敏感になり、真実を求める姿勢である。

そのようなことから、映画祭が終わったら極力多くの日米欧の映画館で上映され、観客の倫理観を呼び覚まし、引いては世界の政治家の嘘が及ぼす悪影響の大きさを想像し、政治家への観察眼が高まることを願いたい。後は映画祭の審査委員の眼に期待したい。

余談ながら、今や日本では首相が嘘をつくのだから、政治家も嘘をつき、官僚もデーターを改ざんして当たり前の風潮。終いには小学生から、「政治家も嘘をついてるやないか」と先生が詰問され、先生は文科省の官僚や教育委員会も嘘をついてることを噛み殺さざる得ない事態にならないことを願いたい。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
厚顔
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「人は学ぶことで真の自由を得られる。そして人は自由でなければ学べない!」

2019-08-20 17:10:01 | 社会問題
先週、鬼籍に入ったピーター・フォンダの言葉である。

ピーター・フォンダといえば、「イージー・ライダー」。1970年代前後の若者たちの気分を代表した映画。

若者二人(映画上ではワイアットとビリー・・・ワイアット・アープとビリー・ザ・キッドから取っている。これをピーター・フォンダとデニス・ホッパーが演じた)がただ大型バイクに乗って旅をする話である。

これが爆発的にヒットした。何でヒットしたのか。わたしには、「時代の空気」としか言えない。

先月、高校時代の友人と久しぶりに電話で長話をした。彼は、橋梁設計の専門家で、会社生活の大半を外国で過ごした。彼の代表的仕事は、イスタンブールのボスボラス海峡にかかる橋梁を作った事だと言っていた。

その彼が昨年一人で車を運転して、アメリカのルート66を走破したそうだ。どうしても、死ぬまでに走破したかったと言っていた。

わたしも彼も1970年代前後の若者世代。彼の気分は手に取るように分かる。年も年だから、バイクではなく、車だったというだけである。

「イージー・ライダー」「俺たちに明日はない」「明日に向かって撃て」や「バニシング・ポイント」などを総称して「アメリカン・ニューシネマ」と言うのだが、その代表作である。

「イージー・ライダー」「俺たちに明日はない」「バニシング・ポイント」に共通して言えるのは、衝撃のラストである。

「イージー・ライダー」の二人もただ旅をしてればよいのに、地方の共同体に入り込み、そこでトラブルを起こしてしまい、最後は銃で撃たれる。

「俺たちに明日はない」のラストは、ボニーとクライドが警官たちの待ち伏せに合い、車ごと蜂の巣のように撃たれてしまう。

「バニシング・ポイント」も同様。最後は警官が張ったバリケードに突っ込んで死ぬ。

三作に共通するのは、どう見ても無意味な死を招くのが分かっていても、破局に向かって突っ走らざるを得ない彼らの【抵抗の心情】を描いている点である。

どうやっても、既成の社会や秩序になじめず、NONを叫ばざるを得ない心情を描いていた。それでいて、彼らに次の時代の青写真があったわけではない。青写真はなけれど、どうしても既成の社会秩序は否定せざるを得ない。

「イージー・ライダー」などの「ニューシネマ」は、その切ない抵抗の心情を痛いほど描いていた。最初に「時代の空気」としか言えない、と書いたのは、その意味である。

その代表選手だったピーター・フォンダが死んだ。「ニューシネマ」のように、若死にをせず、天寿を全うし、家族に看取られた穏やかな最後だったと報道されている。

しかし、彼は最後まで「自由の戦士」だったようだ。昨今のアメリカの風潮を憂ったのだろうか、ウェブサイトで【人は学ぶことで真の自由を得られる。そして人は自由でなければ学べない】と言う言葉を残したと報道されている。現在の若者たちに聞いてもらいたい含蓄のある言葉である。

【自由】になるために学び、学ぶために【自由】を希求する。【自由】を決して【金】に換えてはならない。

ピーター・フォンダ世代の爺さん、婆さんたちは、そうやって生きてきたのだ、と言う事をもう一度考えてみてほしいと願う。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
流水
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「あいちトリエンナーレ2019企画展再開」申し入れ・第二次署名

2019-08-18 17:21:43 | 社会問題
「あいちトリエンナーレ2019企画展再開」申し入れ第二次署名について、醍醐聡さんから、以下の協力依頼がきました。

締め切りは8月26日。それに伴い署名用紙も変更されています。第一次署名が未だの方は、ご協力のほどよろしくお願いします。

※第一次署名についての報告は以下をご覧ください。
https://blog.goo.ne.jp/rojinto_goken/e/9a0c7bbca5a44df8a1bf7a78913e96c3

***
◆署名の第二次集約◆
呼びかけ人で相談した結果、次のように決まりました。

「表現の不自由展・その後」の再開を求める署名の第2次集約締切りは8月26日(月)到着分まで
  *用紙署名:署名用紙→ https://app.box.com/s/82vdwsp363s4gm9wa1vokkzrabmzism3
    締め切り日を書き改めただけです。従来の用紙でも構いません
  *ネット署名:署名(入力フォーマット)→ https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSc2KXgVVLejfp6EMP2x99rmWk3i2Pe26MMY8hzs5W-sYZNTKw/viewform

◆ご協力のお願い◆
再開といってもまた妨害されるのではないか、と心配される声もあります。
しかし、安全確保、妨害排除は主催者が法律&セキュリティ専門家の助言を得ながら、策を講じる問題です。
私たち市民は言論テロを煽った河村市長や大阪維新の会の幹部らの不当な介入、企画の内容をチェックすると公言した菅官房長官の発言を批判し、妨害を封じる世論、再開を望む世論を盛り上げていくことが役目だと思います。

それには、さまざまな方法がありますが、全国どこからも参加できる署名を大きく積み上げることが大きな力になります。
***

「護憲+BBS」「イベントの紹介」より
笹井明子
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「あいちトリエンナーレ2019企画展」再開申し入れ

2019-08-15 22:01:52 | 社会問題
先に署名協力をお願いした「あいちトリエンナーレ2019企画展」再開申し入れについて、呼び掛け人のお一人、醍醐聡さんから、概略以下のとおりの報告がきましたので、お知らせします。

***
呼び掛け人3人で、名古屋市役所、愛知県庁を訪ね、最後に県政記者クラブで記者会見しました。

応対者:
 名古屋市役所(約40分):文化振興室長 上田 剛 氏
 愛知県庁(約45分)  :文化芸術課 トリエンナーレ推進室主幹
                     朝日 真 氏

提出した署名数
 用紙署名: 3509筆
 ネット署名:3182筆
  合 計 :6691筆

報道
「不自由展、再開求め申し入れ 学者ら『屈してはならぬ』」
朝日新聞デジタル(8月15日18時27分)
 https://www.asahi.com/articles/ASM8H578QM8HOIPE012.html
***

なお、当面、明日以降も署名を受け付け、まとめて大村知事宛てに提出する予定とのことです。引き続きのご協力よろしくお願いします。

■署名用紙のダウンロード(プリントしてお使い下さい) → http://bit.ly/2Ynhc9H 
■ネット署名 → http://bit.ly/2YGYeu9 

■ネット署名に添えられたメッセージ一覧 → http://bit.ly/2LZz0RR

「護憲+BBS」「イベントの紹介」より
笹井明子
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「森友捜査終結 民主主義が問われる」(8/11朝日新聞・社説)

2019-08-12 09:57:34 | 社会問題
8月11日朝日新聞『(社説)森友捜査終結 民主主義が問われる』
https://www.asahi.com/articles/DA3S14136196.html?iref=editorial_backnumber

8月9日のNHKデジタルニュース『森友問題 財務省職員ら全員を再び不起訴 検察の捜査終結』
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190809/k10012029711000.html?utm_int=news-social_contents_list-items_058

これらの記事から、大阪地検特捜部の森友捜査終結判断の背景を推察すれば、告発していた弁護士は、「最初から結論ありきだったのではないかと疑問を感じる」と論評されているが、更に、「最初から結論ありき」に導く為に、第3次安倍内閣の3次内閣改造で衆議院議員3期目の山下貴司議員が法務大臣に大抜擢されたと観るのが妥当であろう。

それは、山下貴司法務大臣の経歴と、最高検察庁以下の検察庁組織が法務大臣傘下にあることを法務省組織図で見れば、一目瞭然であろう。

※山下貴司(ウィキペディア)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E4%B8%8B%E8%B2%B4%E5%8F%B8
山下 貴司(やました たかし、1965年9月8日 - )氏は、日本の政治家、検察官、法務官僚、弁護士(岡山弁護士会所属、登録番号43922)。自由民主党所属の衆議院議員(3期)、法務大臣(第100代)。任官同期には森本宏(東京地検特捜部長)がいる。

※法務省組織図URL(法務省資料)
http://www.moj.go.jp/content/001296193.pdf

2009年の村木厚子厚労省局長の不当な起訴に続く今回の不条理な大阪地検特捜部の決定に対する、関係識者のコメントを、NHKデジタルの記事から下記に抜粋転載しておきたい。

・市民団体の代表の醍醐聰東京大学名誉教授は「検察審査会の指摘について、再捜査でどのように解明したのか、説明もないままに再度の不起訴で幕引きを図ることは、到底容認できない」としたうえで、「今回の不起訴処分に厳重に抗議するとともに、これからも事件の真相を追及する」というコメントを出しました。

・グループの共同代表の阪口徳雄弁護士等は「国民の代表でもある審査会の議決を尊重しない検察庁は存在していてもしかたなく、解体すべきだと思う」と話しました。

と、いずれも厳しく酷評されている。

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
厚顔
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