老人党リアルグループ「護憲+」ブログ

現憲法の基本理念(国民主権、平和、人権)の視点で「世直し」を志す「護憲+」メンバーのメッセージ

なかにし礼 死す!(昭和という時代への愛と恨みの歌の表現者)

2020-12-30 10:08:14 | 社会問題
作詞家なかにし礼が死んだ。82歳だった。

わたしは、なかにし礼は作詞家では、阿久悠と双璧だと高く評価している。

なかにし礼と阿久悠の違いは、二人の戦争体験の違いにある。この違いから、阿久悠は「瀬戸内少年団」を書き、なかにし礼は「赤い月」を書いた。

なかにし礼の出世作は、【恋のハレルヤ】。黛ジュンが歌いヒットした。

ハレルヤ 花が散っても 
ハレルヤ 風のせいじゃない
ハレルヤ 沈む夕陽は 止められない
・・・ https://www.youtube.com/watch?v=cBF7v8lfsg0

なかにしが「ハレルヤ」と書いた時、彼の脳裏にあったのは、大連の青い空と海だった。なかにしによれば、「僕の歌は戦争体験の記録だ」そうだ。

そういえば、「沈む夕陽は止められない」と書いている。満州経験のある人に聞くと、誰しもが「赤い夕陽」が忘れられないと言う。なかにし礼が満州に住んでいたのは8歳まで。子供心に地平線に沈む赤い夕陽の景色が心に刻み込まれたのだろう。

この歌が出たのは1967年。戦後すぐの貧しさからようやく脱し、高度成長経済のとば口に差し掛かったころである。

わたしは黛ジュンという歌手をよく覚えている。ボーイッシュな髪と小太りの身体。スカートはミニ。見るからに健康そうな足でリズムに乗った軽快な歌を歌っていた。

彼女は、間違いなく戦後が表現した世界の明るさを体現していた。おそらくなかにし礼は、意図して戦後世界が具現化してほしい「希望」の松明を黛ジュンに託したのだと思う。これが、なかにしが8歳まで住んでいた満州の日本人世界が持っていた一種の明るさにつながっていたのだろう。

なかにし礼は引揚者。敗戦以降の満州の荒野をさまよいながら、人間世界の地獄絵図を見てきた。引揚者にとって、日本と朝鮮・満州を隔てる対馬海峡は、絶望的に遠かった。

日本の戦後も地獄だったが、植民地が崩壊した朝鮮や満州の開拓民や移住者の地獄とは比較にならない。彼らは、一夜にして自分自身の存在やアイデンティティが根こそぎ崩壊したのである。

しかも、自分たちを守ってくれるはずの役人も軍隊も見事に消え失せ、身一つの裸のままで放り出されたのである。文字通りの棄民になったのである。

彼らは、国がなくなる悲哀と地獄を自らの体で味合わざるを得なかった。満州や朝鮮の人々が一夜にして豹変し、全てが、植民地に入植した日本人の【敵】に変貌したのである。

この恐怖は、本土の日本人には想像もできないものだったろう。朝鮮や満州の引揚者たちは、カフカの【城】の世界を現実に体験したのである。
 
対馬海峡を隔てた満州や朝鮮と日本の人々の間には、その人間観においても、越すに越されぬ隔たりが生まれたのである。

この体験が人間を変えないわけがない。小説家五木寛之などもその一人である。わたしは、五木寛之などの引揚者たちの複眼的思考を【海峡の思想】となずけている。なかにし礼もその体現者だったと言わざるを得ない。

なかにしによれば、弘田三枝子の「人形の家」も満州経験から書いたそうだ。
https://www.youtube.com/watch?v=rEEax0Nd4L8

“顔をみたくないほど/あなたに嫌われるなんて/信じられない・・・・(中略)・・・
愛されて捨てられて/わたしは あなたに 命を預けた“

なかにしは、この歌詞は国に見捨てられた旧満州の日本人の絶望を詠んだものだと言う。

それに比べれば、阿久悠の戦後は違う。「瀬戸内少年野球団」の若い女教師や少年たちの野球に打ち込む姿は、明らかに戦後という新しい時代をもっと明るく表現していた。

★六三制 野球ばかりが強くなり!
そう揶揄された戦後の子供たちの姿が見事に表現されていた。かく言うわたしも、野球以外の競技はスポーツでないくらい野球が好きだった。

この違いがなかにし礼と阿久悠の歌の世界の違いだろう。

なかにし礼の歌が、【昭和という時代への愛と恨みの歌】とすれば、阿久悠の歌は【昭和という時代への愛と喜びの歌】なのかもしれない。

コロナに明け暮れたこの一年。この国の本質は、旧満州の地獄絵図を招いた戦前の国の姿と、さほど変わっていないのかもしれない。

“わたしは あなたに 命を預けた”のは良いが、“愛されて 捨てられて”の結果を招きかねないのが、この国の本質だろう。

こういう国の本質をズバリ切り捨ててくれる詩人がまた一人鬼籍に入った。心から冥福を祈りたいと思う。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
流水
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忘れられない一年

2020-12-21 10:26:20 | 社会問題
このコラムで一年の最初から最後まで同じ話題を繰り返す羽目になるとは思いもよらなかった。そして、現在こそがこれまでで最も状況が悪化しているのだ。

日本では今日に至るまで自覚症状がない市民への検査が十分に行き届かず、政府が唯一の出口戦略として想定しているはずの予防接種は、自国での開発と国外からの調達の両面で、日本は先進国の中でも大きく後れを取っている。

本来であればすでに終了していたオリンピックも、開催するのかすらまだ先行きが見えないままである。

日用品の買い物も必要最低限にとどめているが、時折立ち寄る店舗では今ではマスクも潤沢に揃い、消毒液や除菌シートなどの衛生用品も大量に入荷している。そのため現在では個数制限などが設けられておらず、買い占めようとする人もいなくなったことが、春先と比較して唯一改善された点であろう。

もっとも、市民が求めている生産や調達にむけて尽力したのは個々の民間企業などであり、感染拡大防止のために最低限必要なものは手続きなしに与えられる公的な支援制度は今でも存在しない。

検査にしても、行政検査が症状を有する者の病理診断の確定とごく限られた範囲のコンタクトトレーシングにのみ用いられているため、症状がない人たちは自分が感染しているか判断がつかない状態である。

国としては無症状者を野放しにしている間に、民間企業が無症状の人を対象とした検査を提供するようになった。申し込みも殺到しており、個人レベルでは知らない間に周囲に感染を広めてしまうのではないかと心配し、気遣うことができる人が多いのだろう。パンデミックを自助のみで生き抜く中での数少ない救いともいえる。

こうした個々の生活者による感染症から身を守るための行動と対照させると、私たちの代表者がしてきたことは、感染症を防ぐどころか縦横無尽に拡散する行為としかいいようがない。

さらに昨今では、総理大臣自らが五人以上での会食を行っていたこと、また連日のように会食をしていたことがマスメディアで報じられている。国民に対しては会食自体をハイリスク行為であると伝え、大人数で長時間にわたる会食や飲酒を伴う会合は控えるように呼びかけていたにもかかわらず、当の首相がその回避すべき行為を連日実践していたことになってしまう。

これまで感染症の拡大を防ごうと、それこそ命がけで行動してきた一般の人々からすれば到底許されない行為であり、世界的な公衆衛生上の危機にあるという意識を欠いているようにしか見えない。

日本は島国なのだから水際作戦などのオーソドックスな防疫策をとっていれば、大陸からウィルスをそもそも持ち込まないこともできた。しかしながら、目先のインバウンド需要に気を取られて海外から人が流入してもおかまいなしという態度を取り続けていた。

初動の明らかな誤りと今日に至るまで継続している公助なしの市民に丸投げモデルがもはや機能していないことは誰の目にも明らかである。

さらには政府から国民にお願いしていることを国のトップである総理大臣が守っていないということ、それを強く肯定もしないが内部から非難することもなく、ましてや非を認めて謝罪することもない側近たちの態度を見ると、私たちももうこれからは政府のお願いに従う必要はないのでは、と感じてしまう。

今後は政府の公式見解として何かを依頼したにせよ、従ってくれない人が市民の多数派になってしまう可能性すらある。

これまでもこの国の政府は国民との間に信頼関係を築けていたのかと考えてみると、必ずしもそうとは言えなかった。しかし、首相自ら感染が拡大する中でハイリスク行為を犯したという今回の失策は、年を越えたからといって忘れてもらえるものではない。信頼関係を恒久的に破壊する行為である。

この一年、ウィルスと政府と三つ巴で戦ってきた日々を忘れたいが、感染におびえる市民は例年のように楽しい宴も開けず、今年一年の国に放置され見放された記憶を保持したまま、新しい年を迎えるのだろう。

「護憲+コラム」より
見習い期間
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巨人の大惨敗に学ぶ

2020-12-06 13:22:46 | 社会問題
(1)日本シリーズの教訓

日本シリーズが終わった。巨人は二年連続4戦連敗。見事な惨敗である。
それにひきかえソフトバンクは、4年連続日本一。シリーズ連勝記録を12に伸ばした。

巨人の敗因について、張本氏は、①DH制を認めた②球場(後楽園で都市対抗野球が行われていて、出来なかった)と分析。

それに対して、桑田真澄氏は、①フロント②選手の2点の弱点を指摘していた。

シカゴ・カブスのダルビッシュ投手は、ソフトバンクの選手と巨人の選手のフィットネスの決定的な落差が要因と分析。技術ではどうしても打ち破れない【力の差】があると指摘していた。

三人の分析は、それぞれ根拠があるが、張本氏の分析は、巨人に忖度したものと思われる。

(理由)DH制採用については、多少パリーグに有利に働くかもしれないが、もう何年もセパ交流戦で慣れているはず。理由にならない。
球場の問題はたしかにあるかもしれないが、敵の球場で力が発揮できないとすれば、そもそも日本一を名乗る資格などない。そんな事を言い訳にするようでは、プロとは言えない。

桑田真澄氏の指摘は、巨人の弱点をピシツと指摘しており、流石だと思う。

① フロントの問題として、桑田氏は、チーム強化のグランドデザインの不足を指摘していた。目先の勝利に拘泥するあまり、巨額のお金を投じて、有名選手をかき集め、若手選手の育成を怠っている。
それに引き換え、ソフトバンクは、3軍制をひき、多くの育成選手を計画的に育て、彼らがチームの中心選手になっている。(例 投手の千賀など)

② わたしは①に加えてソフトバンクの情報収集能力(相手チームの分析能力、スポーツ科学の最新の知見を応用した選手のフィットネスの向上。ソフトバンクの工藤監督は、スポーツ科学を学ぶため、筑波大大学院で研究している)を挙げたい。

現在のスポーツ界は、従前のような非科学的なスポ根指導では全く歯が立たない。スポーツ医学、スポーツ生理学などの最新の研究成果に基づいた科学的指導が世界の主流である。ソフトバンクと巨人の差の一番大きいのは、この点であろう。

わたしには、巨人の惨敗の主因は、「4番を集めれば勝てる」と言わんばかりに各チームから主力を引き抜いてチームを構成する昔ながらの発想にあるように見える。典型的新自由主義の発想。

対して、ソフトバンクは、三軍制を敷き、無名の育成選手を集め、一から育てている。多くの選手を入団させているので、一見お金の無駄遣いに見える。しかし、多くの選手の競争の中で生き延びた選手は力がある。
【裾野が広いほど 山は高い】という格言通りである。

(2)菅政権の発想

東京や大阪、北海道などを中心にコロナ感染に歯止めがかからない。菅首相は相変わらず「GO TO トラベル」が要因だというエビデンスはない、と主張しているが、誰がどう見ても、「人が動けば感染が広がる」というコロナ感染症の本質に反している。

「マスク、手洗い、換気、三密を避ける」などというお題目だけを唱えていれば、感染がおさまるなどという思考停止した発想では、何も解決しない。

わたしは「GO TO トラベル」が計画された時点から、こういう「二律背反的」政策を実行するためには、【弁証法的思考】が重要だと主張してきた。

つまり、相反する目的を持つ政策を実践するためには、どちらが最重要な政策であるか、という判断を間違ってはならない。そこから、螺旋型に上昇する発想を取るべきであると主張した。

電気自動車やハイブリット車の開発には、地球環境を守る(排気ガスを減らす)という視点を最重要だと考える発想が重要。その視点から、エンジン性能や燃料それ自体の変更など多様な視点が生まれる。これが新しい技術を創造できる原動力になる。

過去の自動車技術を守る事が重要だという視点からは、新たな技術は生まれない。

「GO TO トラベル」も同じ。まず、人の命が最重要。そのためには、医療組織、医療従事者を何が何でも守る。その為の財政的手当、医療資源の確保などありとあらゆる政策を総動員する。同時に、その政策は、あらゆる利害関係を排除して、純粋な科学的知見のみに基づいて構築しなければならない。

何度も紹介したが、東大先端研の児玉教授の議論から紹介する。

(1) 感染動向の分布を調査しデータベース化する
(2) PCR検査などを通じて、コロナのエピセンター(発生源)がどのような分布で発生しているかの基礎データを取る
(3) それが出来たらエピセンターを中心に集中的に検査⇒隔離⇒療養を行う

児玉教授の主張は分かりやすい。現在の東京のように、コロナ感染が拡大すると、東京中どこへ行ってもコロナ感染するのではないか、という不安が拭いきれない。この不安こそが、経済の最大の敵。

児玉教授は、国民が抱く不安の根源は、コロナという敵の正体を明確にしないところにあると考えている。ここを明確にすれば、国民の不安を拭えると言っているのである。

その為には、まず感染動向の分布を明確にし、エピセンター(感染源)の所在を明確にし、そこを集中的に検査⇒隔離⇒療養すれば、敵が明確になり、国民の安心感が得られる。それを行うためには、現在の科学的知見を最大限に利用しなさいと主張している。
一言で言えば、【敵を知り、己を知れば、百戦危うからず】と言っている。

ところが、菅政権は、【GO TO トラベル】に執着している。だから、【GO TO トラベル】の政策変更も小出しにならざるを得ない。煮えたか沸いたか分からない中途半端な政策にならざるを得ない。

一時期、北九州市では、クラスターを中心とした感染爆発が起きた。ところが、現在の第三波ではかなり抑え込んでいる。その理由は、検査拡大だと言う。ソフトバンクの子会社が利益度外視して、一回2000円程度で検査を提供している。東京の世田谷区でも、同じように介護施設員などを中心として検査を行っている。

ここでもソフトバンクの科学的知見に基づいた対処方針が際立って見える。

それに対して、小池知事や菅首相の訳の分からない会談などを見ていれば、日本の指導層の劣化が良く見える。

巨人軍の惨敗の構図と相似形である。

「護憲+コラム」より
流水
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東京五輪開催について

2020-11-18 14:01:48 | 社会問題
『菅首相は16日午前、来日中のIOCのバッハ会長と首相官邸で会談した。来年夏に延期された東京五輪・パラリンピックについて、観客を入れた形での開催実現に向け、緊密に連携していくことで一致。バッハ会長は「東京大会を必ず実現し、成功させる」と述べた。
 首相は会談で「人類がウイルスに打ち勝った証しとして、また東日本大震災から復興しつつある姿を世界に発信する復興五輪・パラリンピックとして東京大会の開催を実現する決意だ」と表明。・・・
バッハ会長は「今回開かれる大会はコロナ後の世界で人類の連帯と結束力を表すシンボルとなるものだ」と指摘。・・・
 首相は「東京大会では観客の参加を想定したさまざまな検討を進めている」と説明。バッハ会長は記者団に「スタジアムに観客を入れることに関して確信を持つことができた」と述べた。』
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020111600088&g=pol
JIJI.COM 11月16日 

『16日東京都内で行われた「五輪功労章」授章式では、バッハ会長から安倍前首相に最高位の金章が授与され、安倍氏は「東京2020を待ち望み、成功させようと勇んでやまない全ての日本人になりかわる思いで頂戴する」と謝辞を述べた。』
https://mainichi.jp/articles/20201116/k00/00m/050/210000c
毎日新聞11月16日

(※ちなみに、安倍晋三氏の下記ツイッターコメントもどうぞ。)
https://twitter.com/AbeShinzo/status/1328231786883608576

正直、「はあ?」という感想しかない。

ヨーロッパを中心に世界中でコロナ禍が猛威を振るい続け、多くの国々が再びロックダウンに入っている只中で、ワクチン開発成功の話もで始めたとはいえ、安全性、有効性の検証は始まったばかりで、感染終息の具体的見通しが全くない中で、この人たちは、何を根拠に成功の夢物語を語り合い、互いを称え合っているのだろうか。

肝心の日本国内に於いても、北海道を始め、全国各地で、感染の第三波が訪れていると言われている。にも関わらず、「非常事態宣言」を回避し、GoToキャンペーンに突き進み続けているのは、バッハ会長も言及した「横浜スタジアムでの『入場制限緩和』実証実験」同様、日本政府による「オリンピック開催の決意」に依拠した「前進あるのみ」のロードマップと考えれば、納得がいく。

オリンピックという「華やかな祭典」が大好きな彼らは、「フクシマは完全にコントロールされている」とウソをついて招致したように、今また「コロナ感染は完全にコントロールされている」ように取り繕い、バッハ会長はそれを承知で騙されて見せているのだろう。

国内では、コロナ禍に絡んで職を失う人が急増し、就業率の落ち込みが、自殺者数や生活保護利用者数に影響を与えている、という厳粛な分析結果も出ているようだ。
https://twitter.com/ohnishiren/status/1328600055067062273

「日刊ゲンダイ」によれば、先週末実施のANNの世論調査では、五輪開催について「さらに延期」(28%)と「中止」(31%)が計約6割。「来夏開催が良い」(33%)を上回った、という。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/281512/3

最近タイムラインで見かけた「ひらり」さんのコメント、
「今、多くの国民が願っているのは非日常的な祭典よりも、当たり前の日常だと思います。」
https://twitter.com/HiKaRi22222222/status/1328374255185063936

これこそが、私を含む多くの人が共有する、心からの思いではないだろうか。

「護憲+コラム」より
笹井明子
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嘘・デマを拡散させないために

2020-10-20 22:06:36 | 社会問題
「米国や英国は学者団体に税金は投入されていない」という橋下徹氏の発言がネットで騒がれましたが、これは嘘です(その後本人も訂正しました)。

米国の「全米科学アカデミー」の運営費315億円のうち8割は公的資金。英国王立協会は65億円が公的資金として支出されているとのこと(10月20日東京新聞夕刊)。
それに対し日本学術会議には、10億円(比べてみるとケチな額)が支出されています。

フジテレビの解説員平井文夫氏が学術会議の学者が「6年働いたら学士院会員になれる」という発言も嘘。

学士院会員で、日本学術会議を経ない人は結構いますし(私も直に1人知っています)、6年いたからと言って学士院会員になれるわけでもありません、別組織です。

こうしたインチキな発言や、いい加減な根拠のない情報に惑わされ、デマを拡散しないためには、まずは自分で調べてみる必要もあるし、こうしたところでチェックするのも良いでしょう。

ファクトチェック・イニシアティブ https://fij.info/
国費の学者団体投入についての記事は、https://fij.info/archives/8121

ここ、上記の問題から、クッキーのサイズ、コロナ禍まで、いろんな嘘、デマを扱って検証しているので、面白くもあります。

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
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歴史と歌と(4)(民衆運動と歌-2)

2020-10-03 11:17:31 | 社会問題
🔶添田唖蝉坊

壮士節も、川上音二郎のオッペケケ節も、憲法が制定され、自由民権運動が下火になるにつれ、一時の勢いを失っていた。その後を継いだのが、添田唖蝉坊。自由民権運動の活動家が歌う壮士節やオッペケケ節に影響を受け、この世界に入った。

唖蝉坊は、演歌から政治的主張を排除した純粋な演歌の道を目指して、自分自身で演歌の歌詞を書き、演奏した。いわば、明治の「シンガーソングライター」。彼が日本の「シンガーソングライター」のはしりと言われる所以である。

彼は、1905年(明38年)に知り合いの演歌師から依頼され、「ラッパ節」を作った。これが大流行。一躍有名人になった。ここから唖蝉坊の変身がはじまる。思想的には、平民社の堺利彦と知り合ったことが大きかった。唖蝉坊の歌は堺から大きな影響を受けた。

※ラッパ節
https://www.youtube.com/watch?v=wDRuiCn19HY&list=RDwDRuiCn19HY&start_radio=1&t=49
※社会党ラッパ節
https://www.youtube.com/watch?v=UxNNYxo6Lok
※足尾銅山ラッパ節
https://www.youtube.com/watch?v=FsNEr92rBD4&list=RDwDRuiCn19HY&index=6
※富の鎖 平民社社会主義の歌
https://www.youtube.com/watch?v=BwGZPjoLdqU&list=RDwDRuiCn19HY&index=14
※嗚呼革命は近づけり・・・添田唖蝉坊が一高寮歌(嗚呼玉杯に花受けて)の節で歌い有名になる
https://www.youtube.com/watch?v=tpGGbqjWWRk
※幸徳秋水を弔う革命家⇒この歌は添田唖蝉坊に直接関係ないが、上の歌をなぞっている。
https://www.youtube.com/watch?v=5xPiNLXp0Mc&list=RDtpGGbqjWWRk&index=2
※大杉栄追悼歌⇒この歌も上の歌と同じ。唖蝉坊と関係ないが、強く影響を受けている。
https://www.youtube.com/watch?v=SrqINqKsULg


🔶唖蝉坊の書いた労働歌

※あきらめ節 1906年 明治39年
https://www.youtube.com/watch?v=q7GsHYOZB7w
※ああ踏切番
https://www.youtube.com/watch?v=wxrBvU9D-8s
※解放節
https://www.youtube.com/watch?v=jmOsY6PIeY4&list=RDwxrBvU9D-8s&index=9
※貧乏小唄(船頭小唄の節で)
https://www.youtube.com/watch?v=aBmJzbpmg60&list=RDwxrBvU9D-8s&index=12
※労働問題の歌 この歌に掲載されている写真が見もの。堺利彦、竹久夢二、中里介山などが写っている。
https://www.youtube.com/watch?v=yC8UHtH1YuU&list=RDwxrBvU9D-8s&index=21
※新トンヤレ節
https://www.youtube.com/watch?v=XLf6eAxAZw8&list=RDwxrBvU9D-8s&index=15
※浮草
https://www.youtube.com/watch?v=4WEWiAprRa8&list=RDwxrBvU9D-8s&index=28
※四季の歌
https://www.youtube.com/watch?v=dRr-jW80Xj0
※地震小唄(船頭小唄の替え歌)
https://www.youtube.com/watch?v=EYESAQNsxuM&list=RDwxrBvU9D-8s&index=30
※デカンショ節
https://www.youtube.com/watch?v=SwtX8baSvag&list=RDwxrBvU9D-8s&index=38
※新ノーエ節
https://www.youtube.com/watch?v=qc8khSe_gyo

彼の関係した歌の一部を紹介したが、ファッショ体制下の厳しい思想統制時代(特に労働運動、社会主義運動)をきわめて洒脱に、時には笑い飛ばし、時には真正面から、時には斜めから洒落のめし、批判しながら、生き抜いてきた。1930年に引退するまで、唖蝉坊は、183の曲を残したと言われている。

彼の後は、息子添田知道が継いだが、添田唖蝉坊の碑は、浅草、浅草寺の鐘楼下に添田知道筆塚と共にある。

わたしは巨大な権力との戦いには、がっぷり4つに組んでは駄目。土俵一杯走り回り、飛び回って、スキを見つけてはけたぐりをしたり、足を取ったり、引き技をしたりと相手の力を利用した戦いをしなければ生き残れないと思っている。

レーニンの言葉に、「一歩前進、二歩後退」というのがある。戦前の日本のような巨大なファッショ的国家体制に戦いを挑むには、はた目には“後退”と見えても、最優先課題は生き残る事、という柔軟な戦術がいる。

添田亜蝉坊の戦いは、文字通り、歌を武器に攻めたり、引いたりの頭脳的な戦いだった。彼の一生は、見事なまでの強権的権力との戦いの一生だった、と思う。歌を武器に最後まで一歩も引かずに戦い抜いた一生だった。

🔶歴史と歌の結語

以前にも指摘したが、“歌は世につれ 世は歌につれ”というものはない。“歌は世につれ”以外ない。しかし、フォークゲリラが全共闘運動に共鳴する若者を育てたように、世の中を主導する歌を生み出した反体制運動は強い。

幕末の“ええじゃないか運動”のように、大衆を狂奔させるエネルギーを生み出す場合もある。明治維新を成功させた薩長軍は、“宮さん、宮さん”の歌とともに、江戸へ進撃した。これもまた明治維新成立の大きな要因の一つになった。

ちなみに“宮さん、宮さん”は、長州藩の品川弥二郎が作詞、大村益次郎作曲とされている。
https://www.youtube.com/watch?v=DVc-UNU48g0
 ※品川弥二郎 https://www.ndl.go.jp/portrait/datas/100.html?c=0
 ※大村益次郎 https://sites.google.com/site/hagijinbutsu/list/6
 ※司馬遼太郎の「花神」は、大村益次郎を描いた小説である。
  ※花神 https://bookmeter.com/books/7110552


つまり、時代の“歌”を制すると言う事は、時代の気分を制する事につながる。“ええじゃないか、ええじゃないか”の気分が時代を制するのである。

一強他弱と呼ばれた安倍政権時代、野党は時代の“気分”を制する事ができなかった。しかし、政権側も時代の気分を制するような“歌”を生み出していない。

野党が菅政権に注意しなくてはならないのは、菅政権の中枢は電通だ、という事である。“電通”が中枢に位置すると言う事は、“時代の気分”を制される可能性が高い。“野党”は意図的に“時代の気分”を制する歌などを積極的に創造する事に力を傾注する必要がある。

民主党が政権を握った時には、“コンクリートから人へ”とか“国民の生活が第一”などという時代の気分を捉えた“キャッチコピー”があった。選挙もそうだし、大衆運動もそうだが、自分たちが主導権を握った“歌”や“キャッチコピー”をどう生み出すかが、成功するかどうかの大きな鍵を握っている。ただただ真面目にスローガンを掲げ、真面目に訴えれば良し、とする選挙や運動は成功しない。

時代を捉えた“理論”と“気分”の双方を持たなければ運動は成功しない。歴史と歌の関係を考察してきたわたしの結論である。

「護憲+BBS」「明日へのビタミン!ちょっといい映画・本・音楽・美術」より
流水
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歴史と歌と(3)(民衆運動と歌)

2020-10-02 16:19:04 | 社会問題
(1)60年安保闘争から全共闘運動へ

1969年(昭和48年)全共闘運動がピークを迎えていた頃、新宿駅西口広場を多数の若者たちが占拠し、フォークソングを歌っていた。通称、フォークゲリラ。

戦後の学生運動で全共闘運動ほど、歌と闘争が分かちがたく一体化した運動はなかった。彼らが歌う歌は、古い政治体制や既成の価値観などに対する【抵抗】精神の発露でもあったし、同時に仲間たちの【連帯】の証でもあった。時にはくじけそうになるもろい自分自身に対する鼓舞の歌でもあった。

下にいくつか新宿フォークゲリラの映像と音声、東大安田講堂攻防戦の映像と「友よ!」の歌声を紹介しておく。

昨年ごろ、繰り返し流された「香港民主化運動」の映像と何がどう違うのかを見てほしい。日本警察と香港警察がダブって見えるのは私だけではないだろう。

※中日新聞ビデオ
https://www.bing.com/videos/search?q=%e3%83%95%e3%82%a9%e3%83%bc%e3%82%af%e3%82%b2%e3%83%aa%e3%83%a9+%e6%96%b0%e5%ae%bf&docid=608055309317574134&mid=936062E2D22A27528392936062E2D22A27528392&view=detail&FORM=VIRE
※機動隊ブルース
https://www.bing.com/videos/search?q=%e3%83%95%e3%82%a9%e3%83%bc%e3%82%af%e3%82%b2%e3%83%aa%e3%83%a9+%e6%96%b0%e5%ae%bf&&view=detail&mid=53DC6D7797F657D9AE8F53DC6D7797F657D9AE8F&rvsmid=936062E2D22A27528392936062E2D22A27528392&FORM=VDRVRV
1969年10月21日 国際反戦デ―
https://www.bing.com/videos/search?q=%e3%83%95%e3%82%a9%e3%83%bc%e3%82%af%e3%82%b2%e3%83%aa%e3%83%a9+%e6%96%b0%e5%ae%bf&&view=detail&mid=7C5811EBDE68D019055B7C5811EBDE68D019055B&&FORM=VDRVSR
東大闘争安田講堂(友よ!)
https://www.bing.com/videos/search?q=%e3%83%95%e3%82%a9%e3%83%bc%e3%82%af%e3%82%b2%e3%83%aa%e3%83%a9+%e6%96%b0%e5%ae%bf&&view=detail&mid=145285D31A417A51C0FF145285D31A417A51C0FF&&FORM=VDRVSR

その10年前、戦後日本で最大の大衆運動が起きた。安保闘争である。全学連主流派が主導して国会突入を図り、機動隊との衝突の中で東大生樺美智子さんが死亡した。これで闘争に火が付き、全国各地でデモが頻発した。

しかし、運動もむなしく、強行採決された安保条約が自然承認されてしまった。その夜、国会を包囲した人々の間から自然発生的に【赤とんぼ】の歌が歌われた、と吉本隆明が書いている。(筑摩書房 戦後日本思想体系 ナショナリズム 解説)

10年後、新宿に集まった若者たちフォークゲリラたちが歌った歌との落差が、10年間の日本の大衆運動の深化を物語っている。新宿に集まった若者たちは、自ら作り出した手作りの歌を武器に自らの闘争を戦っていた。

このように、大衆運動と歌は切っても切れない。同時に、大衆運動で歌われる歌を見れば、当時の大衆の心理が垣間見える。

60年安保闘争の記録は、以下でどうぞ。
NHK放送史
https://www2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009030036_00000

(2)江戸~明治~大正時代の大衆運動と歌

🔶江戸(ええじゃないか騒動)

江戸時代にも大衆運動はあった。その大半は農村の「百姓一揆」とか都市部の「打ちこわし」という形を取り、広範な大衆運動的形態を取る事はなかった。

大衆運動的形態と歌が絡み合ったものは、幕末の「ええじゃないか騒動」に尽きる。百姓一揆や打ちこわしのように飢饉が原因ではなく、豊作なのに、その分け前がもらえないで取り残された使用人や若い衆が災厄払いの「勝手正月」と称して踊り狂った。金持ちたちの貪欲さに対する見事なしっぺ返しだった。これが東海道から全国に広がり、ついには幕府を倒す大きな要因になった。当時の世相(気分)と歌と踊りが合体した見事な大衆運動だった。

大会社はしこたま儲け、余剰金を積み立てているのに、非正規労働者や下請けなどはほとんどその恩恵に預からない。平成の世の労働者と瓜二つ。幕末の若者たちは、踊り狂い、歌い狂って、幕藩体制の屋台骨を揺さぶった。平成の若者たちは、ハロウィンで踊り狂うのだろうか。

🔶明治時代の大衆運動と歌

▼地租改正反対一揆
明治時代の大衆運動は、「地租改正反対一揆」に始まる。明治新政府が全国一律の税率(地価の3%)を制定。これが江戸時代より高い税率になることが知られ、全国的に地租改正反対一揆がおきる。特に伊勢暴動(いせぼうどう)は、三重県、愛知県、岐阜県,堺県まで広がった一大騒擾事件。逮捕され投獄された人数は、5万人を超えた。この騒動で地租は、地価の3%から地価の2.5%に下がる。(竹槍でどんと突き出す二分五厘)

▼不平士族の反乱 (佐賀の乱~西南戦争)
明治政府の廃藩置県(1871)と徴兵令(1873)により、ほとんどの武士は失業した。金禄公債証書によりいくばくかの失業手当が出たというものの、武士と言う身分が消滅した衝撃は大きかった。
不平士族の扱いをどうするか、は新政府の大きな政治課題にならざるを得なかった。

そんな中で沸き起こったのが、【征韓論】。西郷隆盛などの主張は、不平士族の不満解消のため(働く場所を与えるため)韓国を征伐すべし、という内政的事情に基づくものだった。大久保などの主張は、日本の近代化が先で、今戦争などする余裕はないと言う主張だった。この二つの主張がぶつかり合い、西郷たちの主張が敗れ、下野した。いわゆる【明治6年の政変】である。

かれら征韓論者は、一斉に下野し、それぞれの地方に帰った。この時、下野した征韓論者を中心として、いくつかの士族の反乱がおきた。佐賀の乱(江藤新平)、神風連の乱、秋月の乱、萩の乱である。そして最後に起きたのが、西南戦争である。日本国内で起きた武力による最後の内乱事件。

▼自由民権運動
西南戦争で西郷が敗れたことにより、不平士族たちは、武力闘争から言論闘争へと舵を切った。いわゆる【自由民権運動】である。この自由民権運動は多くの抵抗歌を生み出し、日本の演歌の始まりとなった。少し、演歌の歴史を追ってみる。

★演歌のはじまり
◎書生節⇒明治初期、書生(現在で言う大学生)が歌った流行歌⇒「書生、書生と軽蔑するな、末は太政官のお役人」など。
※「よさこい・書生節」http://www.youtube.com/watch?v=nVKdr5KfN1I

◎書生節が政治・社会に対する批判を強め、街頭で歌われ始める。(1883/明16年ごろ)⇒自由民権運動と結びつきを深める。⇒歌を演説に変える⇒「壮士自由演歌」「壮士節」⇒演歌のはじまり。

川上音二郎 「オッペケペ節」が代表。日本のラップのはじまりとかヒップホップの始まりともいわれる。
日本最古の音源 川上音二郎一座
https://search.yahoo.co.jp/video/search?p=%E3%82%AA%E3%83%83%E3%83%9A%E3%82%B1%E3%83%9A%E3%83%BC%E7%AF%80&tid=2d05b3fa1e1b42aa98c6f8042e72c5d7&ei=UTF-8&rkf=2&dd=1

壮士節の代表曲 
◎ダイナマイト節
https://www.youtube.com/watch?v=AmegfQjtB8k&list=RD8TuMWzJd6RM&index=2
◎植木枝盛の「人権数え歌」
https://www.youtube.com/watch?v=sA_Ym-nx6_U&list=RD8TuMWzJd6RM&index=9

◎明治初期の流行歌 (梅ケ枝 裁量節 等)
http://www.youtube.com/watch?v=kusg349IcMg&list=RD8TuMWzJd6RM&index=11

しかし、明治20年代後半になると、新しく普及し始めた唱歌や軍歌に押され、衰退した。

◆西欧音楽の導入

“ざんぎり頭を叩いてみれば 文明開化の音がする”。明治新政府は、社会のあらゆる分野に西欧文明の導入を図った。音楽分野も例外ではなかった。

宮廷の雅楽家⇒国際儀礼のために洋楽を学ぶ。
陸海軍の軍楽隊⇒規律訓練や士気高揚のため、洋楽を導入
文部省⇒国民意識涵養のため、唱歌を積極的に教育。⇒洋楽の積極的導入

明治初年、日本に洋楽を導入したのは、キリスト教教会をのぞけば、全て国家機関。
⇒洋楽導入は、国策。
目的⇒江戸時代の民衆は、「藩意識」はあっても「国家意識」はなかった。明治新政府の狙いは、中央集権国家建設のため、国民意識を「藩意識」から「国家意識」へと転換させることにあった。洋楽導入は、その大きなツールの一つだった。

その一つの成果が、海軍軍楽隊と宮廷の雅楽家が協力して作った【君が代】である。明治新政府の近代化方針が具現化されたもので、成立当初より政治的性質を帯びていたのも無理はない。

◆唱歌

その中で最も成功したのが、【唱歌】であろう。国民意識醸成(日本人としてのアイデンティティ醸成)のための装置としての学校教育の中で、最も成功した学科が音楽であろう。小学唱歌は国民の意識の中に深く根ざし、国民が日本人として自分を意識できる共通の財産になった。

この唱歌は非常によくできており、行事・季節・テーマ別など多岐にわたっており、歌を通して日本人としての自覚や誇りを身につけるように工夫されている。

一例をあげよう。正月の歌を見てみよう。「春の海」「お正月」(もういくつねるとお正月)1900年。「1月1日」(年のはじめのためしとて)1894年。「雪」(雪やこんこん)「早春賦」(春はなのみの)その他「越天楽」「高砂」なども入っている。小さいときからこの種の歌を歌っていれば、正月はどう過ごすべきか、などと説教しなくても、自然と身に付く。

唱歌にはこの種の工夫が無数になされており、洋楽を通じた日本人としての「メンタリティ」や「アイデンティティ」を涵養するという狙いが見事に貫徹されている。

最初に紹介した60年安保闘争で安保条約が自然成立した時、国会を取り巻いた民衆の中から自然発生的に歌われたのが、「赤とんぼ」。小学唱歌である。この挿話一つでも、如何に小学唱歌が成功したか想像できる。

※唱歌の歴史 明治・大正・昭和
http://www.worldfolksong.com/songbook/japan/shoka-history.html

◆軍歌

もう一つ忘れてならないのが軍歌。明治政府は、徴兵令を敷き、国民皆兵制度を創設した。軍隊こそ、「国民意識の涵養」が最も必要な組織。同時に、戦闘意欲を掻き立てなければならない組織。本当の意味での戦闘意欲は、恐怖支配だけでは生まれない。本人の心からの意欲が必要。天皇中心の「愛国心教育」を強化。その一助として「軍歌」は、重要な役割を果たした。

※明治時代の軍歌
軍歌で振り返る明治の日本 前篇 黒船来航~陸海軍省設立
https://www.nicovideo.jp/watch/sm24493043
日本陸軍分列行進 歩兵の本領
https://www.nicovideo.jp/watch/sm737645
戦友
https://www.nicovideo.jp/watch/sm24522381
橘中佐
https://www.nicovideo.jp/watch/sm24484685
広瀬中佐
https://www.nicovideo.jp/watch/sm18617678
出征兵士を送る歌
https://www.nicovideo.jp/watch/sm714942
軍艦マーチ
https://www.nicovideo.jp/watch/sm4413922
愛国行進曲
https://www.nicovideo.jp/watch/sm4413512
雪の進軍
https://www.youtube.com/watch?v=LWdPpq2lNZs
敵は幾万
https://www.youtube.com/watch?v=2fomHmRf2-A

この中で【戦友】だけは、ある種独特な地位を保っている。この歌は、戦場で倒れた戦友と突貫(突撃)命令を受けた自分の心の葛藤を主軸に描かれており、戦争や戦場の惨さを浮き彫りにしている。

戦友の(2番)        (3)番
思えばかなし 昨日まで    ああ 戦いの最中に 
真っ先かけて 突進し     隣に居りし わが友の
敵を散々懲らしたる      俄かに はたと倒れしを
勇士はここに眠れるか     我は思わず 駆け寄って

(4番)            (5)番
軍律厳しき中なれど       折から起こる 突貫に
これが見捨てて 置かりょうか  友はようよう顔上げて
「しっかりせよ」と抱き起し   「お国のためだ 構わずに遅れてくれな」
仮包帯も弾のなか        と目に涙

(6)番            (7)番
あとに心は残れども       戦いすんで  日が暮れて
残しちゃならない この身体   さがしに戻る 心では
それじゃいくよと 別れたが   どうぞ生きていてくれよ
永の別れと なったのか     ものなど言えと 思うたに

(8)番
虚しく冷えて魂は
国へ帰ったポケットに
時計ばかりがコチコチと
動いているのも情けなや

後に心は残れども/残しちゃならないこの身体/ と私情と兵隊としての自分との引き裂かれた心情を切々と歌っている。

ここで歌われている戦場は、おそらく203高地の地獄のような攻防戦が想定されている。日本陸軍の「突撃攻撃」の悪しき伝統は、203高地の攻防戦から始まった、というのが定説。大将乃木希典は、自分の子供もこの戦いで失っている。日本陸軍の精神主義のはじまりの戦いであろう。

どんなに精神主義を高揚しようと、突撃させられる兵士たちは生身の人間。どの戦場でも、隣に居りし わが友の/ 俄かにはたと倒れしを/ という実例は山ほどあった。その中で人が死ぬ事に慣れてしまった兵の精神の荒廃が、多くの戦場での蛮行につながっていることを忘れてはならない。

その意味で、【戦友】と言う曲は、戦場でも人間性を失わない兵士を描くことで、ある種の反戦歌的要素を漂わせてくれる稀有な「軍歌」と言わねばならない。

「護憲+BBS」「明日へのビタミン!ちょっといい映画・本・音楽・美術」より
流水
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映画2本「コリーニ事件」、「13th -憲法修正第13条-」

2020-06-19 10:41:22 | 社会問題
上映中の「コリーニ事件」は、「恩人を殺した犯人の動機は何?」という謎を弁護士が追及していくと、ナチの暴虐にたどりつく。「なるほど、よくある戦争犯罪の話ね」と納得していると、法廷は逆転。そこからがこの映画の本領発揮。なんと戦後ドイツの国家の法制度にまで辿り着くのです。

法廷サスペンスと銘打っているように、謎を追及する新米弁護士のドジ(だって、もっと早く犯人の過去をさぐるべきだよね)な展開もありますが、彼自身の出自や家庭環境、恩人とのかかわり、彼を助ける父親との出会いや生きのよい女性など、脇も面白く、とてもお勧めです。
https://collini-movie.com/


「13th -憲法修正第13条-」は、ネットフリックスが今、無料で配信している2016年のドキュメンタリー、お家のPCで観ることができます。

こちらは、アメリカの黒人問題。アフリカから誘拐されてきた黒人奴隷の時代から今まで、アメリカの法律でいかに黒人たちが虐げられてきたが、次々と明らかにされていきます。ことに刑務所の運営で儲ける民間会社には驚き。奴隷制度が無くなると、黒人を犯罪者として刑務所に入れて、労働力として便利に使う。

荒れ狂い、店を壊す暴動には呆れてしまいますが、そうなる背景がしっかり理解できます。「黒人のため」じゃない「人間のため」。

「あともう少しの我慢」という歌が流れて4年、変わらない警官の暴力を見せつけられていることに、怒りを覚えます。

こちらもぜひご覧ください。ここで見ることができます。(期限があるのかもしれませんが)
https://www.youtube.com/watch?v=krfcq5pF8u8

「護憲+BBS」「明日へのビタミン!ちょっといい映画・本・音楽・美術」より
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「PCR検査」がなぜ増えないのか!

2020-04-23 20:47:47 | 社会問題
●現状認識

WHOも言っているように、感染症対策は、【検査】【調査】と【隔離】に尽きる。

アジア型と呼ばれる対策(中国・韓国・台湾)は、それを徹底的に行い、感染集積地(最も感染者の多いところ)に医療資源を投入。感染拡大を抑え込み、ある程度の成功を収めている。

(※スペイン風邪のように、第三次くらいまでの感染拡大は覚悟しなければならないので、現時点で完全な成功とまでは言えない。)

ところが、日本の実情は、世界でも突出して「PCR検査」数が少なく、米国大使館が「日本の感染の本当の実態は分からず、日本の医療機関がそれに対応した医療が提供できるかどうか不明なので、できるだけ早く帰国しなさい」と勧告しているあり様である。

当初、米国と英国と日本が検査数が少なく、世界の劣等生と言われていたが、米国と英国は「PCR検査」を行う事に方針転化。日本だけが世界の趨勢に後れを取っている。

●なぜ、日本は「PCR検査」を行わないのか。

WHO上級顧問渋谷健司氏は以下のように述べている。渋谷氏は、初期北海道などの感染拡大時期のクラスター重視の方針に対しては、一定の評価をしているが、「PCR検査拡大が医療崩壊を招くなどという」議論に対しては、完全否定をしている。世界基準にはない議論であると断定している。

・・・「――日本では当初から「検査を抑えて医療態勢を守る」という考えがありました。そもそも、世界の専門家の間でこのような手法はどう評価されているのでしょうか。

検査を抑えるという議論など、世界では全くなされていません。検査を抑えないと患者が増えて医療崩壊するというのは、指定感染症に指定したので陽性の人たちを全員入院させなければならなくなったからであり、検査が理由ではありません。

むしろ、検査をしなかったことで市中感染と院内感染が広がり、そこから医療崩壊が起こっているのが現状です。

――政府の専門家会議は、機能していると考えていますか。

科学が政治から独立していないように見受けられ、これは大きな問題だと感じています。

先ほど指摘しましたが、4月1日時点で「東京は感染爆発の初期である」と会議メンバーは知っていたはずです。それならばそこで、緊急事態宣言をすべしという提案を出すべきでした。」・・・
WHO上級顧問・渋谷健司さんが警鐘 「手遅れに近い」状態を招いた専門家会議の問題点
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200417-00000078-sasahi-soci
 AERAオンライン限定記事

実は小池東京都知事がオリンピック延期が決まった後、コロナ危機をTVで叫んだ時、専門家として紹介された大曲医師が、PCR検査を積極的に行うと「医療崩壊」を起こすと語り、「PCR検査」抑制論を述べていた。

これに対し、メディア側でも「検査抑制論」を唱えるコメンテーターが何人もでた。

当初から、徹底的な「PCR検査」促進論を主張していたのは、TV朝日の「羽鳥のモーニングショー」の岡田教授と玉川キャスターだった。

実は大曲医師の主張は、政府(厚労省)と専門家委員会の方針通りであり、安倍首相が世論に押されて、PCR検査の保険適用を発表した時も、PCR検査を受ける条件(37.5度以上が4日間続いた場合など)をつけて実質的に「PCR検査」を受けにくくするようにした。

この条件を考え出したのが、厚労省の医系技官・技監。つまり、厚労省挙げて、PCR検査促進を阻害していたと言って良い。

●犯罪的ともいえる「PCR検査」促進阻害

この問題性については、東京大学先端技術研究所教授の児玉龍彦氏の所論が最も信頼できる。金子勝教授の経済政策批判と共に、以下で見る事ができる。

検査妨害をしてきた「専門会議」と「厚労省医系技官・技監」の問題性も明確に語られている。

「自粛で東京を救えるか」https://www.youtube.com/watch?v=7EtDPtKd4L0
「自分で考え、いのちを守れ!」 https://www.youtube.com/watch?v=RUrC57UZjYk 
「東京はニューヨークになるか」https://www.youtube.com/watch?v=r-3QyWfSsCQ 
「検査、検査、検査そして隔離」https://www.youtube.com/watch?v=ApAbkrsa7ZU 

●国家の衰亡を招く官僚たちの【不作為】

クルーズ船(ダイヤモンドプリンセス)の時にも書いたが、有事と言う言葉を乱発してきた安倍政権とその仲間たちには、本当の国家有事(緊急事態)に対応できる準備も能力も胆力もない。

何故なら、【有事】に対応するためには、平穏な日常性の中で「最悪」の事態を想定して、その対処のための準備を怠らない「注意力」と「想像力」が必須の条件になる。

これを実践するためには、「事なかれ主義」の周囲との軋轢は避けては通れない。上司や周囲に対する忖度だけで実現できるような問題ではない。時には、周囲から「変人奇人」扱いを受ける事を覚悟しなければならない。

しかし、現在の厚生官僚たちには、そんな度胸はない。例えば、韓国や台湾は、SARSやMARSなどの教訓を、今回の新型コロナ・ウイルスの対応に生かしている。中国もそうである。(詳しくは、上に紹介した児玉教授の話を聞いてほしい。)

ところが日本はその逆である。以前にも紹介したが、感染症対策の予算をどんどん削減してきた。同時に、自民党政権は、日本の医療体制を新自由主義的思想に基づいて、どんどん削減してきた。

医療費は値上げする、その一方で、効率化の名のもとに地方の病院はどんどん削減され、地方の医療体制は瀕死の状況に陥っている。また、保健所もどんどん削減。人員も削減してきたのである。

そこに新型コロナ・ウイルスの検査やクラスターの追跡などの仕事を全部押し付けてれば、PCR検査が十分できないのは当たり前である。

今、橋下徹がメディアに出て、大声でわめいているが、大阪で全国以上に保健所をどんどん削減し、弱体化した体制にしたのは、彼である。「PCR検査」がなかなか伸びないのは、保健所の削減が大きな要因になっている。

そんな状況を百も承知で保健所に面倒な仕事を全部丸投げし、PCR検査ができない責任を保健所職員に擦り付けようとする厚生官僚や専門家委員の無責任ぶりにはあきれ果てる。

彼らには、「国民の為に」という想いなど感じられない。「ミスなく」「大過なく」という事なかれ主義しか感じられない。とにかく、前例にない手段を行って失敗したらどうしようという【減点主義】の発想しか感じられない。

だから、何もしない。何もしなければ、失敗しない。有事において、この【不作為】の罪は許しがたい。

児玉氏に言わせれば、同じ罪を文部科学省も犯している。東大でも東京医科歯科大でも理化学研究所でも、全国の医学部を持っている大学は、みな【PCR検査】ができる。現在の検査数程度の検査は簡単にできる。ところが、文部科学省は、それを奨励しない。それどころか、大学を休ませる方向で指導している。

現在のような国家的危機では、【PCR検査】も積極的に行い、ワクチン開発や特効薬開発などに大学の医学部は積極的に参加すべきはずだが、文科省はそれを奨励しない。奨励しないばかりか、新型コロナ研究は止めろ、という姿勢だそうだ。

この国家的危機に際してこの「不作為の姿勢」は、犯罪的と言っても過言ではない。

今回のコロナ危機を見る視点として、安倍政権の統治能力の無さ、危機に際しての無作為と無能力も大問題だが、官僚たちの【不作為】の罪は、決して見逃してはならない。

「護憲+BBS」「 メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
流水
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国難はウイルスだけではないだろう

2020-04-21 15:47:24 | 社会問題
前回このコラムを書いた時には、次回の執筆時は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は完全にではなくともすでに流行の第一波は収まり、少しずつ日常を取り戻しつつあるのではないかと、今思えば非常に楽観的な見方をしていた。

しかし、このコラムも一か月以上新型コロナウイルスに関連する話題が続き、日本に関して言えば、今年の二月末から状況は日に日に悪化しているとしか言いようがない。いつまで続くのか。まさに見通しが持てない状況である。

世界全体でみれば、大流行した地域でも強固な移動制限の成果が少しづつ現れ、現在ではすでに流行のピークを過ぎた国や地域が目立つ。初動の水際作戦を怠らず、さらに流行の兆しがみられるや否や検査と隔離を徹底した国と地域では、封じ込めに成功するケースまでもが報告されている。

世界の中でも比較的に早期に感染者が発見されたはずの日本は、今もなおウイルスの蔓延を食い止めることができず、むしろ感染を広げる一方だ。

まさに人類の危機ともいえる状況であり、世界全体でこの疫病との戦いが続いていることは間違いないだろう。だが、日本の場合にはウイルスだけではなく、市民をまったく顧みない政府とも戦わなくてはいけない状況にある。

この国を襲う国難はコロナウイルスだけではない。バカ殿を筆頭に、後手後手で「やってる感」を演出しているだけの感染拡大防止策がことごとく失敗しても、感染拡大を食い止められず救急医療現場を崩壊させても、一切責任を取ろうともしない人たちの神経には、ある意味で感心してしまう。

経済はおろか、何をおいても最重要である国民の命をも守ることができていない。それなのに、「何事も責任を取ればいいというわけではない」と国のトップが記者会見の場で堂々と発言するというありさまだ。公衆衛生政策でもなければ経済政策でもない、まさに棄民政策を遂行しているというのが適切であろう。

安倍政権のこれまで七年の働きぶりを見ていれば、有事の時に国民に寄り添った策を打ってくれないことなど、わかりきったことだった。昨年、日本列島に相次いで台風が上陸し甚大な被害をもたらした際にも、まともな対策や補償らしきことはほとんどしてこなかった。

手柄は何としてでも自分のものにしたいが失敗は国民のせいにしたいという魂胆は常に見えている。公の場で謝罪の辞を述べたとしても、自分たちの対応に問題があったことを認めているようには到底見えず、およそ空虚なものでしかない。一人一人の市民たちがこの騒動で失われた時間と生活基盤を取り戻せるような支援も補償も一切伴わない、あくまで上っ面だけの言葉にすぎない。

先週あたりからは、内閣も専門家会議も自分たちは「ただのおじさん」に過ぎないからたいしたことはできない、だから国民のみなさんの行動変容が求められるというようなメッセージを日々発している。

感染拡大が刻々と進行してしまっている中で、それは自分たちの作戦が失敗したからではなく、あくまでも日本に住む人たちが外出自粛などの「お願い」に応じなかったからということにしたいのだろう。

仮にこのままの「自粛」を中心とした感染拡大防止策で第一波を食い止めることができたら、自分たちが「先手を打った」対策をしてきたからだと胸を張って言い切る姿は容易に想像できる。

人間が行動変容をするまでもなく、新型コロナウイルスに限らずウイルスは休日と平日夜間だけ活動するわけではないことは既知の事実である。

公衆衛生学のセオリーである病原菌流入前の徹底した入国制限と厳格な検疫という水際作戦を取らず、国内での感染例確認後も検査と隔離を行わなかったことがそもそもの発端であることを忘れてもらいたい、という意図も透けて見える。

初動の時点で失敗というよりも、もはや何もしていなかったのだから、こうなることは今年の一月の時点ですでに見えていたことなのかもしれない。

次回のコラム執筆時こそ、流行の第一波は終息していてほしいところだ。そして、志を同じくしている者同士で外に出て集まって、怒りをしかるべきところに直接届けられるようになっていてほしい。

「護憲+コラム」より
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