老人党リアルグループ「護憲+」ブログ

現憲法の基本理念(国民主権、平和、人権)の視点で「世直し」を志す「護憲+」メンバーのメッセージ

目が放せない「沖縄県議選」

2008-05-31 21:21:45 | 選挙
沖縄県議会議員選挙が5月30日公示・6月8日投票日でスタートした。
http://www.asahi.com/politics/update/0530/SEB200805300014.html

沖縄県の地方選挙は米軍基地の移転問題を避けて通れないだけに、常に国政選挙の色彩を帯びている。先の県知事選挙も米軍基地問題を巡って国政の与野党の総力戦であった。それだけに沖縄県議会は他府県とは違い無所属より政党所属議員が多いのも特長である。上記朝日ニュースでも党派別立候補者数を次のように分析し、現有議席は与党系が27で野党系は20と報じている。

「定数48に対し、74人が立候補を届け出た。政党別では、与党が自民22、公明3。野党が民主4、共産6、社民6、地域政党の沖縄社会大衆4、そうぞう1。無所属24、諸派4。県議会の現有議席は与党系が27で野党系は20(欠員1) 」

現在国会では年金問題・後期高齢者医療制度問題・道路特定問題財源の一般財源化内容が審議され、その一環として一時廃止されたガソリン税が復活し、更に6月1日から170円/リットル以上になる値上げがニュースになっている。これらの問題は沖縄県民にとっても、米軍基地移転問題同様に身近な生活関連問題に違いない。

野党は先の歴史教科書問題決起集会の熱気に乗じ国政絡みの選挙応援を展開し、逆に与党は国政の波及を避けたいようである。また政府与党系の仲井真知事は「選挙結果が今後の県政運営を大きく左右するとの認識を示した」と報じられ、選挙結果を気にしている様子である。果たして県民の反応は如何にである。

全国民にとっても次期衆議院選挙を占う上でも目が離せない選挙であり、山口2区の衆議員補欠選挙での勝利につづき、沖縄県議会の与野党逆転を期待したいものである。野党がんばれ!

「護憲+BBS」「次期衆議院選挙=政権交代に向けて!」より
厚顔の美少年
コメント   トラックバック (1)

船場吉兆に見る権威の危うさ

2008-05-29 11:51:13 | 社会問題
今日の毎日新聞余禄に面白い話が載っている。最近の漢字ブームにあやかったわけではないだろうが、船場吉兆の話を漢字から論じている。詳しくは、毎日新聞を読んでいただくとして、さわりの部分だけを引用してみよう。

・・人をみくびってバカにする「あなどる」という言葉には、さまざまな漢字があてられてきた。日本国語大辞典第2版には、同訓漢字として、今使われている「侮」のほか「弄」「狎」「欺」「傲」「「慢」が挙げられている。▲もともと弄は相手をもてあそぶ。狎はなれなれしくする、欺はだましていつわる、欺はおごりたかぶって相手を見下す、慢は自分だけいい気になって人を人とも思わないといった意味合いの文字である。なるほど他人をあなどる人間の心にひそむ傾きをよく表している・・・ 5/29付け 毎日新聞 (余禄)

料理の使いまわし、牛肉の産地偽装、賞味期限切れ商品の販売などなど、数々の不祥事で、ついに廃業に追い込まれた船場吉兆経営者の心の傾きをよく表している。

この船場吉兆経営者の心の傾きは、何も船場吉兆に限ったことではなくて、現在の日本のエスタブリッシュメント(政治家・公務員・経営者・マスコミ・学者・評論家などなど)に共通したものだと思う。同時に、それは、「オレオレ詐欺」などを働く犯罪者集団にも共通していると考えられる。

例えば、上記の漢字を使った熟語を書き記してみれば、最近の世相そのもののような気がする。【侮蔑】【詐欺】【傲慢】【居傲】【慢心】etc・・船場吉兆の創業者は偉かったが、二代目は駄目だというレベルの問題ではないような気がする。船場吉兆の転落は、現在の日本の象徴だと思う。

まだ、創業者が生きていた頃だから、相当前の話になるが、船場吉兆にかけられている掛け軸がTVで紹介されたことがある。佐竹藩に伝わる36歌仙の絵が、一枚ずつ切り分けられて、売られた。その行方を捜すTV番組だった。そして、その一枚が船場吉兆にあった。

現在の値段にして一枚優に一億を超えるような値がつく貴重なお宝らしい。それを平然と客の前に出す肝っ玉の太さに驚かされた。正確には覚えていないが、たしか、その時創業者は、「料理は文化だ。最高の文化を提供する場には、掛け軸なども最高でなければならない。」という意味の言葉を語っていた記憶がある。

この文化の考え方には、多少貴族趣味が感じられて、違和感があるが、それはさておき、創業者にはそれなりに【料理の伝道者】という自負があった。掛け軸の値段云々よりも、料理そのものが大切。そのためには、料理を供する雰囲気(もてなしの心)が大切。そのためには、最高のものを配するのは当然という考え方であろう。

実は、吉兆の料理は、ここで完結していたのだと思う。吉兆の料理は、創業者湯木禎一一人のもので、そこで完結していたのである。後を継いだ、船場吉兆の女将は、そのことが全く分かっていなかった。料理のような「文化」は、後を継げない。後継者は、そこから出発しなければ、文化の伝承はできない。

良く知られているように、歌舞伎は、当初は女性が出ていた、三条河原のような所で、むしろをかけた小屋で上演していた。当時は戦国末期のカオスの時代。人間の本能がはじけていた。当時の女性は、着物。下着などという野暮なものはつけていない。当然、観客は、着物の裾がはだけるたびに興奮したに違いない。簡単に言うと、一種のストリップ小屋だと考えればよい。しかし、女性たちは、これだけでは食っていけない。となると、舞台に出た後は、春をひさぐということになる。戦国の世が統一されると、これが風紀を乱すということになり、取締りが厳しくなる。これが女性が歌舞伎に出なくなった理由である。

つまり、伝統とか文化とかいうものは、最初は猥雑で、下品だが、何かに挑戦し、破壊する力があったものが、生き残っている。ジャズなどもそうだし、ロックもそうである。

実は、船場吉兆の難しさは、ここにあった。創業者湯木禎一は、「破壊と創造」の両方をしてしまったのである。これが創業者の偉さであろうが、後継者は難しい。後生大事に継承するか、それとも全く新しい分野に転進するか、の選択肢しか残されていない。

吉兆の料理を後生大事に継承するために、彼らは権威に寄りかかった。しかし、その「権威」は、創業者の「権威」であって、後継者の権威ではない、ということにきずかなかった。創業者は、生涯、【料理】そのものを追求し続けたが、継承者は、【権威】そのものに酔いしれた。それが最初に引用した「なるほど他人をあなどる人間の心にひそむ傾きをよく表している・・」(毎日新聞・余禄)になった。

歌舞伎は、【傾く】という言葉から来ている。歌舞伎者とは、「傾き者」=一種の秩序紊乱者というのが原義である。【権威】に挑戦することが、創造のエネルギーを生み出した。それを【権威】に安住し、人を【侮る】ようになっては、終りである。

船場吉兆の転落は、多くの二世議員たちは、「他山の石」とすべきだろう。同時に、【権威】に弱い日本人への警鐘でもある。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
流水
コメント (1)   トラックバック (4)

中国の自衛隊による震災支援要請について

2008-05-29 11:36:43 | 安全・外交
28日のニュースで町村官房長官が、中国から日本政府への支援要請は「自衛隊のテント、毛布などを自衛隊機で中国の空港まで運んでほしいという趣旨と理解している」と発表しているのを聞いて、驚いた人も多いと思う。

http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20080528AT3S2802528052008.html

驚きの内容は人様々であろうが、共通の驚きは中国が自衛隊機による支援を申し込んだことと、日本政府が自衛隊による支援を前向きに即検討すると発表したことではなかろうか。

今改めて胡錦濤国家主席来日時の日中共同声明を改めて読んで見ると、その共同声明の第1項は以下のとおり唱われていおり、中国の今回の支援要請はその内容に沿ったものであり、奇しくも大震災が共同声明の内容を後押し具体化したといえる。

『双方は、日中関係が両国のいずれにとっても最も重要な二国間関係の一つであり、今や日中両国が、アジア太平洋地一域及び世界の平和、安定、発展に対し大きな影響力を有し、厳粛な責任を負っているとの認識で一致した。また、双方は、長期にわたる平和及び友好のための協力が日中両国にとって唯一の選択であるとの認識で一致した。双方は、「戦略的互恵関係」を包括的に推進し、また、日中両国の「平和共存、世代友好、互恵協力、共同発展」という崇高な目標を実現していくことを決意した。』

一方、「自衛隊による支援」要請を日本政府はどのように応じられるのであろうか。実は、日本には既に国際緊急援助隊の派遣に関する法律(昭和六十二年九月十六日法律第九十三号)という法律が制定されいて、その第3条には、目的のために必要であれば外務大臣と防衛大臣が協議して自衛隊を海外派遣できるように規定されていようである。

====
第三条  外務大臣は、被災国政府等より国際緊急援助隊の派遣の要請があつた場合において、第一条の目的を達成するためその派遣が適当であると認めるときは、国際緊急援助隊の派遣につき協力を求めるため、被災国政府等からの当該要請の内容、災害の種類等を勘案して、別表に掲げる行政機関(次条において「関係行政機関」という。)の長及び国家公安委員会と協議を行う。
====

おそらく中国は日本にそのような法律があることを熟知していたのであろう。百戦錬磨の外交術には改めて驚かせられる。何れにしろ日中共同声明が一つ一つ実現できることに越したことはない。互いにこれまでの疑心暗鬼と猜疑心を捨てて共同声明の実現に取り組み、アジアの真の平和を確立して欲しいものである。

一方我々国民も今回の中国の支援要請で、日本には「国際緊急援助隊の派遣に関する法律」という法律が既にあり、それにより自衛隊を平和目的で海外に派遣できることを知ったが、この法の第1条(目的)・第2条(国際緊急援助隊の任務)は次の通りである。

====
(目的)
第一条  この法律は、海外の地域、特に開発途上にある海外の地域において大規模な災害が発生し、又は正に発生しようとしている場合に、当該災害を受け、若しくは受けるおそれのある国の政府又は国際機関(以下「被災国政府等」という。)の要請に応じ、国際緊急援助活動を行う人員を構成員とする国際緊急援助隊を派遣するために必要な措置を定め、もつて国際協力の推進に寄与することを目的とする。

(国際緊急援助隊の任務)
第二条  国際緊急援助隊は、前条に規定する災害に係る次に掲げる活動(以下「国際緊急援助活動」という。)を行うことを任務とする。
一  救助活動
二  医療活動(防疫活動を含む。)
三  前二号に掲げるもののほか、災害応急対策及び災害復旧のための活動
====

上記の目的と任務からすれば、自衛隊の海外派遣は当然非武装(丸腰)で行ける場所と任務のはずであり、これが憲法前文と第9条の解釈で可能な自衛隊の海外派遣の限界のはずである。

ところが防衛省・自衛隊HP「国際社会における自衛隊の活動状況2008年」を見れば分かるとおり、政府自民党は自衛隊の海外派遣を徐々に拡大し、「国際緊急援助隊の派遣に関する法律」の下でも自衛隊が武装しなくては行けないような場所へも派遣して自衛隊員を危険に晒し、更に憲法9条をすり抜けるためテロ特措法・イラク特措法迄制定して、外国軍隊の兵站(後方支援)までエスカレートさせ、更にこれを恒久法化しようとしているのである。

この機会に改めて確認したいことは、現行憲法の下で自衛隊を海外派遣できるのは「国際緊急援助隊の派遣に関する法律」に基づき、自衛隊員が非武装で行ける場所と任務に限定されるべきである、ということである。

「護憲+BBS」「行政ウォチング」より
厚顔の美少年
コメント (2)   トラックバック (2)

歯に衣なしの日銀総裁発言や良し

2008-05-28 16:15:22 | 政治
難産の白川日銀総裁であったが、国会では歯に衣を着せず発言しているようで頼もしい。当初の心配はご無用のようで、難産の子は良く育っているようである。
http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20080527AT2C2700V27052008.html

上記日経ニュースを読み解くと、政府自民党が財務省出身の日銀総裁にこだわる目算が透けて見える。

それは選挙前に金利低下の圧力を掛けられれば、業界の金利負担も軽減され票に結びつき、また金利が低下すれば業界がその分、政治献金を捻出しやすくなるからであろう。さらに国債の金利負担も押さえられれば、更に国債も発行しやすくなり、それだけ政官業の利権構造も潤い、構造維持にも有利になる。まさに政官業の利権構造の要の人事なのである。

一方低金利では庶民の貯蓄の利息は増えない。おまけに物価は高くなり、年金生活者のみならず現役勤労世帯の台所は青色吐息になる。この上原油高による物価高騰の追い打ちでは家庭は崩壊し自殺者は更に増えるのではないか。早く解散して民意を問えと言いたい。

「護憲+BBS」「行政ウォチング」より
厚顔の美少年
コメント

自衛隊海外派遣の恒久法に反対

2008-05-26 18:23:35 | 安全・外交
5月25日の読売新聞社説は5月12日の社説に続いて、また自衛隊の海外派遣の恒久法制定を唱えている。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20080524-OYT1T00715.htm

先般名古屋高裁でイラクへの自衛隊派遣は違憲との判旨が示され確定したばかりだというのに、裁判無視の2度目の社説であり、読売の裁判遵守のモラルの低さを疑わざるを得ない。それでも敢えて恒久法の制定を唱えるのであれば、先ず名古屋高裁のイラクへの自衛隊派遣違憲判決への反論も同時に載せて欲しいものである。

そもそも自衛隊の海外派遣は、イラクがクエートに侵攻した際の湾岸戦争で、日本は100億円超の資金援助をしたが、感謝も国際評価もされなかったことに自民党政治家が耐えれず、その後9・11米国同時多発テロ後の米国のアフガン報復戦争時には、米国高官に「ショウザフラッグ」と言われ、続くイラク攻撃に際しては「オンザブーツ」と言われた時に、小泉元首相は憲法9条を楯に米国の要求を拒否するのではなく、憲法9条をすり抜けるためテロ特措法・イラク派遣法の時限立法まで作って、米軍に協力したところに端を発している。まったく自民党の政治家は憲法9条の真の価値が分からず、然るに誇りも持てず、権力者(米国)に弱い、勇気のない者達である。

ところで5月22日の朝日夕刊に「平和度、日本は世界5位」との見出しで、英国の調査会社が世界140カ国の「世界平和指数」という調査をした国別順位が紹介されていた。

それによれば、日本は140か国中5位でG8の先進8カ国では唯一ベスト10に入り、1位はアイスランド、米国は97位、最下位は米軍が侵攻したイラクだそうである。この情報は朝日以外にも検索できたので調査方法も含めて紹介しておきたい。

http://kate713.exblog.jp/8913049/
http://plaza.rakuten.co.jp/hankura/diary/20080522/

たかが調査と馬鹿にするなかれ、政治の究極の目的は人類の平和と幸福のはずである。日本が5位に評価されているのも、憲法9条が戦争参加を防止してきたところに負うところが大きい。

それを今の政府与党は自衛隊の海外派遣を恒久法化し、自衛隊員を危険に晒し、また解釈改憲で集団的自衛権を認定し戦争に参加ができる様にし、最終的には国民投票で憲法9条の改正をして、自衛軍を創設し堂々と交戦権を持たせ、米国の軍事戦略の一翼を担おうとしているのである。その米国は現在世界平和指数97位で、またイラクを世界平和指数最下位の140位に落としめているのである。

果たして日本は米国の軍事戦略に組み込まれて、世界の人類の平和と幸福に貢献し、日本自身も世界平和指数5位の現状を維持できるであろうか。とんでもない錯覚である。

日本はあくまで侵略戦争と原爆被災の反省に立ち、憲法9条を堅持し、民生支援で世界の平和と幸福に貢献するとのフラッグを掲げてこそ、世界のリーダーの一員として政治的発言力も増し信頼される国になれるはずである。そうすれば敗戦国として国連常任理事国への道もみえてくるはずである。

「護憲+BBS」「マスコミ報道を批評する」より
厚顔の美少年
コメント   トラックバック (4)

政治議論の方向性

2008-05-25 21:58:54 | 政治
政治議論には、大きく分けて二つの方向性がある。一つは、、現状の制度を存続させながら、手直しすれば良いという議論。これを【A】とする。他の一つは、現状の制度それ自体を否定し、抜本的な改革を行おうという議論。これを【B】としよう。

戦後日本の政治は、おおむね【A】の議論が主流だった。たとえ、【B】の思想を持っていても、現実的選択(生き方)としては、【A】を選択してきた。少なくとも、政治家・官僚・学者・評論家・マスコミなど、いわゆるオピニオンリーダーたちは、【A】を選択してきた。

政治思想でいえば、資本主義を選択してきた。少なくとも、戦後日本で社会主義の到来を本気で信じた人間はきわめて少数であるといえる。戦後の一時期をのぞけば、おそらく、学生運動の指導者、労働運動の指導者でも、本気で社会主義の到来を信じた人間は、一握りだったと推測できる。

大雑把に概括すると、日本の体制・反体制の議論の大半は、資本主義の永続性を前提にしたものだった、と総括できる。

しかし、ソ連邦崩壊後の、グローバリズムの急速な進展は、資本主義のありように深刻な問題を提示している。資本のグローバル化は、地球を一つの国家としてしまった。かって、マルクスが夢想した国家消滅が、資本に限って言えば、ほとんど実現している、といっても過言ではない。

現在の世界の主要な問題の大半は、資本の暴力的な国際化(グローバル化)に起因している。戦争・貧困と格差の拡大・環境破壊・食糧問題・水問題・エネルギー問題・テロの拡散などの淵源を辿れば、そのほとんどが資本主義の問題に帰着する。新自由主義経済論の席巻が、その問題を増幅させた。これから以降、資本主義とは何か、資本主義の限界についての議論が、ますます大きくなるだろう。

物理学に【破断界】という概念がある。物質に力を加えて、その物質が抵抗弾性値を越える、ぎりぎりの限界点を【破断界】というそうである。

堺屋太一の説明では、以下のようになる。

「「厚さが2mmほどの板切れがあったとします。その板切れを両手で持ちまして、両方の手で、両方から力を加えます。すると、その板切れは上か下かの方にそねり、湾曲し、そして、曲がります。更に力を加えると、板切れは更に曲がります。更に力を加えると、板切れは悲鳴を上げて、ペキペキ音をたてます。ここで、力を抜くと、板切れは元へ戻ります。平らな板切れに戻ります。

ところが、板切れがペキペキ音をたてて悲鳴を上げているにもかかわらず、更に力を加えると、板切れはベキッと音をたてて、折れてしまいす。

手の中には二つに折れた板切れが残ります。しまったと思って、バンソウこや糊を使って直しても、もう二度と使えません。同じように、両手で両方から力を加えると、すぐに折れてしまいます。」「堺屋太一: (破断界)」

どうやら現在の「資本主義」は、【破断界」を超えつつあるようで、世界中がペキペキと音を立てている。地球温暖化、環境問題、食糧問題、エネルギー問題、世界中に広がった貧困と格差などなど、この悲鳴の表れである。

現在の日本の問題も、この「破断界」という概念を使えば、くっきりと見えてくる。
●日本の財政赤字は、修復可能か。
●年金制度は、修復可能か。
●医療制度は、修復可能か。
●日本の農業は、修復可能か
●日本の教育は、修復可能か
●日本の環境は、修復可能か
●少子高齢化は、修復可能か
●社会不安の解消は、修復可能か
etc.

わたしは、日本は【破断界】を超えていると考えている。日本の現状は、修復可能な限界を超えてしまっている。これを修復するには、新しい発想で、新しい制度を構築する以外にないと思う。つまり、【A】の発想のような【手直し】で修復できる現状ではない。

後期高齢者医療制度の例が一番分かりやすいが、この制度導入の動機は、「医療費抑制」以外の何者でもない。新自由主義的発想(効率化最優先)からすれば、医療費増加の最大要因は、高齢者の増加にある。ならば、そこの医療費増大をどのように抑制するか、を考えるのが自然。となると、一番効率的なのは、高齢者が早く死んでくれること。それはあまりにも露骨すぎるから、できるだけ医療を受けさせないようにするにはどうするかを考えたのが、【後期高齢者医療制度】というわけである。

いくら【手直し】しても、この制度創設の思想は変らない。制度の本質は変らない。これを抜本的に変えるには、思想そのものを変えなければならない。非人間的な効率性優先思考から、人間の本然の性に立ち戻った思考に変える以外にない。

わたしは、現在の日本は、後期高齢者医療に象徴されるように、もはや元には戻れない【破断界】を超えているのだと思う。小泉純一郎と竹中平蔵の五年間は、ペキペキと音を立てている板を容赦なく押し続け、板を折ってしまったのである。現在の福田政権は、折れてしまった板にガムテープを張ったり、ボンドを塗って修復しているが、もはや手遅れ。一見、元の板に戻ったようでも、少し力を加えれば、すぐ割れてしまう。

【破断界】を超えた日本を抜本的に改革できるのは、ただ一つ。新しい人の新しい発想による新たなシステム構築以外にない。新しい酒は、新しい袋に入れなければならない。この視点を欠いた政治談議は、もはや時代の要請にこたえることができないと思う。

「護憲+コラム」より
流水
コメント   トラックバック (3)

対北朝鮮政策:北風から太陽政策へ

2008-05-24 20:59:44 | 北朝鮮問題
5月22日の朝日ニュースで「対北朝鮮「北風」と「太陽」 2つの議連が同時発足」とのタイトルが目を引いた。

内容は北朝鮮に暖かい太陽政策をとる超党派訪朝団「日朝国交正常化推進議員連盟」と、冷たい北風強硬論を唱える自民党の「北朝鮮外交を慎重に進める会」が同時発足したとの報道である。
http://www.asahi.com/politics/update/0522/TKY200805220317.html

自民党は安倍内閣時代から北朝鮮に強硬策をとっており、それを支持する議員集団があり、今回の自民党議連は、それを幹とした枝葉にすぎず、何ら目新しいものではない。

これまでも北風集団は、経済封鎖や定期船の入港禁止などの強硬政策で拉致問題を解決すると主張してきたが、未だに何ら解決の糸口が掴めていない。安倍政権は拉致問題解決よりも、拉致問題を際立たせ、北朝鮮・中国に対する独断的な「自由と民主主義」の独自の価値観外交のツールに利用した様なところがあった。

その強硬策も、米国が香港の北朝鮮銀行口座を凍結解除したことにより梯子をはずされ、名実共に実効が半減してしまった。それのみか6カ国協議の当事国で陸続きの中国・ロシアは、裏では堂々と貿易を拡大しているのである。更に北朝鮮をテロ支援国家に指定している米国国務省は、核開発中止の条件が整えば、日本との約束を反故にしてそのテロ指定を解除すると言い、その上最近は食料を無償提供すると報じられている。

このような米国の変化からも、この先日本一国が経済封鎖を継続しても北朝鮮への圧力になり得ないことは明らかであり、安倍政権時代の強硬政策で拉致問題を解決することは限界である。この状況下で、太陽政策をとる超党派訪朝団「日朝国交正常化推進議員連盟」の発足は必然の成り行きであろう。

被害者のご家族も、現実の壁と厳しさを考えれば、太陽政策の中で拉致問題の解決を計る方向転換をせざるを得ないのではなかろうか。あとは福田首相が自民党の強硬派を押さえ「日朝国交正常化推進議員連盟」の行動をどこまで認知できるかである。

「護憲+BBS」「安倍自民党政権を検証する」より
厚顔の美少年
コメント   トラックバック (1)

拙速な防衛省改革には反対

2008-05-23 09:38:18 | 安全・外交
5月22日首相官邸で開かれた防衛省改革会議(座長=南直哉・東京電力顧問)に、石破防衛大臣から「防衛省改革案」が提示されたと、読売ニュースは報じている。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20080521-OYT1T00660.htm

そもそも防衛省改革は、イージス艦の漁船衝突事故・前事務次官の収賄事件・米戦艦への給油量のねつ造・給油艦航海日誌の破棄・イージス艦機密漏洩等の発生が原因で浮上した問題のはずである。ところが漁船衝突原因未だ不明であり、収賄事件も現在裁判中であり結論が出ていない。これでは的確な改革もできるはずがなく、改革の目的がねじ曲げられかねない。

事実「防衛省改革会議」でも出席者から、「不祥事と組織改革がどうつながるか分かりづらい、大きく組織を変えることで弊害や摩擦が生じる。慎重に進めるべきだ、内局と幕僚監部の関係を大きく変えるより、(今の枠組みの中で)役割や機能の配分を組み直すべきだ」との異論が出されたようであるが当然であろう。

これまでも述べてきたが、この組織改革案は不祥事に便乗した自民党の憲法改正草案に唱う「自衛軍」先取り改革案であり、看過できない。上記異論の通り、今の枠組みの中で意識改革を計ることこそ、不祥事再発防止策のはずである。

一方、自民党は来年の新テロ特措法の期限切れを想定して、自衛隊の海外派遣の恒久法も検討しているが、海外派遣の恒久法もこの「防衛省改革案」も憲法改正の国民の審判を経て憲法9条を改正してから着手すべきことである。

「護憲+BBS」「行政ウォチング」より
厚顔の美少年
コメント   トラックバック (6)

「とことん討論 憲法」 (小林節vs水島朝穂)報告

2008-05-21 10:02:09 | 憲法
最近護憲派の間でも評判の高い小林節さんのお話を一度聴いてみたいと思っていたので、5月18日に開催された「とことん討論 憲法」(小林節vs水島朝穂)を聴きに行ってきました。
http://kenpou-forum.jp/

お二人のディベート形式でしたが、議論は必ずしもかみ合っていないようで、両者の主張の一致点、相違点をきちんと把握できたかどうか、少々心もとないのですが、理解できた範囲でご報告します。

====
1.「国民投票法」成立後の政治の動きをどう見るか

小林:
安倍前首相退陣で、改憲が遠のいたかに見えるが、自民党内は分業が進んでおり「憲法マニア」たちというのがいて、2010年「国民投票法」凍結解除後には自分たちが作った「新憲法草案」をぽんと出そうと手ぐすねをひいている。この新憲法草案は愛国心とセットとなっており、これに改憲(改悪)するのはとんでもない。改憲が遠のいたと護憲派がホッとしているようでは非常にまずい。
水島:
昨年前首相の意向を受けて強引に可決成立させた「国民投票法」には、付帯決議が18項目もつけられ、いかに内容に問題があるかを示している。「各議院の総議員の三分の二以上の賛成で発議」を、「二分の一」にしようなど、9章(改正条項)そのものを勝手に変えようという動きもあり、憲法改正の手続きにおいて憲法違反をしている。「9章の会」を作りたいくらいだ。また、今の与野党の枠組みで三分の二と考えていても、政界再編により「三分の二の賛成」という枠組みが作られないとも限らないのが現状だ。

2.国際環境の中で憲法をどう考えるか

水島:
9条は国際協力の上で障害になるという議論があるが、国際環境の中で具体的危機は何か。中国四川省の地震やミャンマーのサイクロンという自然災害こそ最大の危機ではないのか。自然災害で日本ができる貢献はたくさんある。
「集団的自衛権の行使をしたい」というのが自民党改憲派の最大の動機だ。これは憲法の枠ではできない。
「国連の枠」と言うとき、常任理事国を見るのか総会を見るのかも問題。
小林:
国際協力というのはまやかしの言葉で、「国際協力」という言葉を使って改憲の後押しをしているのは、アメリカである。アメリカは最も信頼できる手下(2軍)として、日本がアジア地域でアメリカの肩代わりをしてくれることを望んでいる。
クエート駐留の自衛隊が運んでいるのはアメリカ突撃部隊という情報もあるし、インド洋上で米軍に油を供与しているし、米軍との一体化は進んでいる。護憲派が「9条があるからこの程度で済んでいる」というのは逃げ。
「自衛戦争の権利は留保する」「海外派兵の条件を明記する(国連決議のある場合に限ると)ことで縛りをかける」とすることによって、現状のような同盟国の要求で海外に出すことに歯止めをかけるべき。
水島:
内閣法務局の解釈で「自衛隊が海外で行っている活動は武力行使じゃない」というのは嘘。
名古屋高裁でも「9条1項で違憲」との判断がなされたが、このような議論が起きるのは変えないことによる規範力が効いているからだ。いま「ダメ」と書いてあっても守らない政治家が、しっかり縛りを入れた憲法に改正をすれば、守るようになるか?
憲法というのは「条件プログラム(国家と個人の関係において、国家につきつけた条件)」で、日本の憲法は条件が突き抜けている。それは①広島・長崎の被爆体験(核という手段が目的を破壊するという事実の体験)②アジアへの加害、この二つの現実によって作られているからで、規範に事実を近づけるべきだ。

3.日本では、憲法学者は与党ではないといわれているが、二人の立場は?

小林:
国際法上も認められている「自衛権」はある(べき)。同盟国の要求で海外に出すことをやめるべき。
国民が主権者として政府を監視し、憲法を政府から取り返すべき。
今の憲法を活用すべき。人質司法に対する31条、基地問題など地方自治への介入に対する92条、95条など、主権者として憲法を盾に闘うべきことは沢山ある。それをせずして「護憲」と唱えているだけでよしとするのは馬鹿げている。
水島:
憲法規範と憲法現実の乖離とどう向き合うか。ダルフール紛争など、これからも人道的介入の要請があるが、今の憲法でできることは何かを考えるべき。(国際援助隊のような形の提案。)
改憲論議を具体的に考えた時、自民党新憲法草案には「環境権、知的所有権」など新たな権利があるかのように見せているが、国家への縛りとしての権利を盛り込んでいないことに注意して欲しい。

4.「護憲」「改憲」の論議は、日本の骨格を変える・変えないの論議になるのか?

水島:
憲法は権力の歯止めを考えて作っている。その基本を変える必要はない。
小林:
主権者が政府を使うために憲法のモデルチェンジをすることは、あっても良い。

====
話の筋に追いつけない部分もありましたが、色々と考えさせられることの多い、刺激的なディベートでした。またお二人共通の主張「国民が主権者として主体的に判断し、憲法を活用する」という考えには強く共感しました。

ところで、このイベントは「むさしの憲法市民フォーラム」主催ですが、HPにもあるように、1997年から毎年憲法行事を実施。2005年の高橋哲也さん講演には500名の参加があったということです。今回も会場の350席は満席で、憲法への関心の高まりを喜ぶと共に、講演会で人を集めることの難しさを体験している目から見ると、少々羨ましさを感じる盛況ぶりでした。

シンポジウムの最初に市長の邑上守正さんの挨拶がありました。市長さんが「憲法」をテーマとしたイベントで挨拶というのは、私は初体験でとても興味深く感じました。ウィキペディアによれば、邑上市長は『2005年の武蔵野市長選挙に土屋正忠前市長の多選市政を批判する市民が立ち上げた「むさしの改革宣言2005」が擁立、生活者ネットワーク・民主・共産・社民・むさしのリニューアルが支持し、当選。』とのこと。武蔵野市民の意識の高さ、市民運動の根付き、市長がまだ初心を忘れていないことの表れなのかもしれません。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%82%91%E4%B8%8A%E5%AE%88%E6%AD%A3

「護憲+BBS」「イベントの紹介」より
笹井明子
コメント   トラックバック (5)

コラム「愛国心」を読んで

2008-05-20 10:58:34 | 民主主義・人権
今週のコラムを拝読して、アッとベルリンのオリンピックを思い出しました。恐らくベルリンオリンピックの映像を見ていた人々は今問題になっている後期高齢者だと思います。

私の頭の中に残っているのは、前畑秀子・孫基禎・村社講平選手です。その中で一番当時の軍国少年の悔しく思ったのは、1万メートル競走の村社選手。
http://www.tokbay.com/miya/berlin_23.jpg
先頭集団の三人の大きな選手の中に独り小さな村社選手の姿、その村社選手の頭上に手をあてチビがと小馬鹿にした様な外国選手(確か北欧系の選手)の態度が頭の中に未だに残っています。
 
ベルリンのオリンピックをご存知ない方に関係サイトをどうぞ。
http://www.tokbay.com/miya/berlin.html
http://www.audrey.co.jp/omoshiro/1936/1936.htm

千葉の菊さんの仰る様に、昔からオリンピックは平和を象徴するスポーツといいながら、「国威」「国家」を象徴する行事。そしてその中で「愛国心」と言うものを国民の中に植え付けている感じがします。本当の愛国心とは何でしようか。

北京オリンピックは後80日程。四川の震災をどう乗り越えるか。中国は国威に掛けても北京オリンピックをやり遂げるでしょうが、赤い旗がどのくらい開場を埋めるか興味が湧いて来ました。

最後に軍と言う組織は何でしょう。ミャンマー(私達の年代の人間にはビルマと言う国家が分かりやすいのですが)、軍と云う暴力集団が国家を治めるとどのような国になるかの見本を見せてくれていると思います。

「護憲+BBS」「コラムの感想」より
ごまめの翁
コメント   トラックバック (1)