老人党リアルグループ「護憲+」ブログ

現憲法の基本理念(国民主権、平和、人権)の視点で「世直し」を志す「護憲+」メンバーのメッセージ

2月上映お勧め映画のご紹介

2016-01-29 14:25:34 | イベント情報
☆「牡蠣工場」
想田和弘監督作品 観察映画第六弾
‘美しき瀬戸の海。過疎の町にグローバリズムがやってきた。
「歴史の歯車」が、いま静かに回りだす-!’(チラシより)
2月20日 渋谷シアター・イメージフォーラムにてロードショウ
http://kaki-kouba.com/

☆「増田進 患者さんと生きる」
都鳥伸也監督作品 ドキュメンタリー映画
‘医療、それは患者さんと共に生きること- 地域医療のパイオニア、増田進が体現する医療とは?’‘記録映画『いのちの作法』誕生から8年-沢内村とつながり続けてきた都鳥伸也監督、都鳥拓也カメラマンの贈る最新作!’(チラシより)
2月20日 渋谷アップリンクにてロードショウ
http://longrun.main.jp/masuda-film/

☆「袴田巖 夢の間の世の中」
金聖雄監督作品 ドキュメンタリー映画
‘2014年3月27日。冤罪でありながら死刑囚として、48年という途方もない時間を獄中で過ごした袴田巖さんの再審が決定し、即日釈放された。私たちは、その後の生活にカメラを向けた。・・・死の恐怖から逃れようと必死で生き抜いてきた巖さんは、今も私たちが想像できない深い闇を抱えている。しかし“平凡な日常”のつみ重ねが光となって、その闇を照らしはじめているように思う。’(金聖雄監督談・チラシより)
2月27日 ポレポレ東中野にてロードショウ 順次全国公開予定
http://hakamada-movie.com/

「護憲+BBS」「イベントの紹介」より
笹井明子
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ゲスの極み!安倍政権の「バケモノクス」

2016-01-25 16:39:01 | 安倍内閣
「スマ」だ、「ゲス」だと芸能界の揉め事はさておき、不祥事でスタートしたマイナンバーのPRで「私以外、私じゃない・・・マイナンバー!」と軽口をたたいた甘利大臣の汚職が発覚!? 私の脳裏を「ゲスの極み内閣」というフレーズがよぎりました。

さて、「もはやデフレではない」と元日の年頭所感で自賛した安倍首相。しかし、私は「アベノミクス」バブルがいつはじけるのか、その失敗を憂うばかりです。庶民として商売人として「景気が良くなった」感がまったくないのです。

これを明確に解説した記事を東京新聞1/20付「こちら特報部」記事がまとめていました。安倍首相が国会答弁等で「アベノミクスは成果を出した」と並べる数字は大企業を中心の経済指数、それも良いほうの数字だけとのこと。例えば、

①3年間で雇用が110万人以上増えた
②17年ぶりの高い賃上げを実現した
③日本は世界標準から見て裕福な国である
④完全失業率は低下傾向にある
⑤トリクルダウンしている(大企業の高収益が中小企業を潤している)

このように安倍首相は豪語と自慢を繰り返していますが、各々の実態は
 
 1)4)雇用増加・失業率の改善は非正規雇用者が増加した結果で「雇用の質」が低下している
 2)「高い賃上げ」とする調査対象は東証一部上場かつ従業員500名以上の約250社のみ。
 3)「裕福」の比較根拠とした数字は7年前のもの。貧困率は上昇傾向にある。
 5)現状は富裕層が富を増やしただけ。竹中平蔵氏がトリクルダウンを否定。

以上のように庶民はほとんどアベノミクスの恩恵を受けられず、むしろ貧富の格差が拡大しているとのこと。結局、安倍首相は「自分に都合の良い数字ばかり並べている。数字や論点のすり替えではプラスの議論は生まれない」と論破されています。

安倍政権の経済政策「アベノミクス」は金メッキの「バケモノクス」、しかもゴム風船に金メッキしてあるからパチン!とはじけるか、しぼんでいくかです。

おそらく、安倍首相は税金を使った政策で経団連や日本会議メンバーへ富をもたらす代わりに支持を取り付け、憲法改正や安保法案に基づく行動を進めるつもりなのではないか、と。

米国は「世界の警察」を名乗り、軍隊によって海外にいる自国民の生命や企業の利益・資産を守っています。安倍首相はその真似をして自分のオトモダチだけを守り、世界の中心で「どや顔」をしたいのです。一国民が事件に巻き込まれても「自己責任」と突き放すくせに・・・こんな特権階級中心で民主主義・立憲主義から大きく外れた国政には、私たち一人ひとりが「間違っている!」「No!」を突きつけなければなりません。

最近掲載される安倍首相のスナップ写真が岸信介元首相に酷似して見えるのは、私だけでしょうか。米国にすり寄り、首相の地位と国税で自分の野望を実現させようなど、まさしく・・・ゲスの極み!憲法改正と安倍首相の退場という「両成敗」には、させませ~ん、させませ~ん♪させません!!

「護憲コラム」より
猫家五六助


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転形期から争乱期に入った世界

2016-01-18 20:24:59 | 戦争・平和
イラク戦争前、わたしは、世界は転形期に入ったと書いた。転形期とは、旧来の価値と新しい価値が相克し、併存している時代を意味している。

しかし、ここ数年来、いよいよ旧来の価値観が時代にそぐわなくなり、その役割を終えつつある。歴史上、そういう時には、大きな戦争が起きる。戦争とは、価値観の大激変をもたらすものだから。

では、旧来の価値観(世界の支配的価値観)とは何か。一言でいえば、西欧近代の価値観を指す。資本主義的価値観であり、合理主義的、科学的思考であり、政治体制でいえば、民主主義的価値観に基づく政治体制を指す。

さらにこの民主主義的価値観は、『政教分離』の世俗主義を基盤にしている。宗教は政治に関与せず、その関与は、個人の内面に限定されるというのが、近代的価値観である。

しかし、テロリズムを包含したイスラム過激派の台頭は、この世俗主義的価値観を根底から揺さぶっている。世俗主義の代表格であるフランスのパリで起きたテロは、フランス革命以来の近代的価値観(世俗主義の伝統)に対するあからさまな挑戦である。シャルリエブド紙の風刺の論理は、西欧(フランス)近代精神の発露であるが、イスラム原理主義者から見れば、許しがたいものだろう。

しかし、この原理主義的思考は、何もイスラム原理主義のみを指すのではない。アメリカでも、キリスト教原理主義者は多く存在する。彼らの思考形態は、西欧近代の思考のみでは説明できない。日本でも日本会議を中心とした右派の思考は、きわめて原理主義的と言わざるを得ない。

同時に、第二次大戦後の世界を支配したのは、西欧近代主義の論理を基盤としているが、その内部に覇権国家の色彩を色濃く持っている米国流価値観である。

戦後、世界を支配した国連の常任理事会は、米国流価値観とソ連や中国流価値観の相克の場だった。ソ連邦消滅後は、米国の一極支配が顕著になり、その覇権主義的傾向が一層顕著になった。米国支配に逆らう国々を圧倒的な軍事力と経済力で崩壊させ、多くの人間の血を流した。崩壊させられた国々から見ると、米国はまさにタイラント(暴君)であり、怨念と復讐の対象だった。

戦後米国が支援した国々の政権を見ると、米国の狙いがよく分かる。南ベトナムのゴ・ジンジェム政権(どうしようもない独裁政権)、チリのピノチェト政権など、民主主義とは程遠いどうしようもない独裁政権を支援してきた。

イスラエルなど中東のこの種の独裁政権が生き延びるためには、どうしても米国の力が必要になる。その為には米国の利益を優先する。それが米国の利益につながる。この種の独裁政権と米国との蜜月関係は、戦後の米国支配の伝統的手法だと言ってよい。その意味で、日本の安倍政権は、時代遅れだが、米国流支配の典型だと言ってよい。

ここ数年、米国の支配力の衰えや、中国の台頭など、世界の覇権の帰趨に大きな変化が生まれている。しかし、中国の支配論理も、米国と大きく変わっていない。その覇権主義的傾向は、米国と同じかそれ以上だと言ってよい。

中国の論理は、10億人以上の人間と50以上の異民族を包摂する巨大国家統治の困難さに起因している。この困難さを理解できないと、本当の意味で中国を理解できない。反中国論者の言説は、この困難さを理解できていない人間の言説であり、あまり意味がない。

中国に欧米流民主主義的価値観を無原則に導入した場合、その国家的混乱は想像を絶するものであろう。このカオスから新たな価値観に基づく国家統治が生み出されるまでの時間と労力と費用は、天文学的なものになるのは必至だ。おそらく、現在の中華人民共和国という国家は雲散霧消するに違いない。この影響が近隣諸国に与える影響は甚大で、アジアの混乱は長く続くに違いない。中国で、欧米流民主主義が有効であるという言説を無邪気に信ずる事は難しい。

米中・米ロの争いは、これまでなら、力による覇権主義者の似た者同士の争いであり、当事者同士お互いの思考過程がかなり理解できる。その為、破局にいたる可能性はかなり低いと思われてきた。しかし、これまでのように米国の覇権力が強大な時代なら、破局回避も期待できたが、米国の覇権力が落ちている現在、何が起きるか予想できない。【金持ち喧嘩せず】の諺は、国家にも当てはまる。

さらに問題は、中東のように、米国の覇権力で何とか抑え込んできた諸矛盾が、米国の衰退とともに、表面に噴出し始めている地域である。

先に指摘したように、米国が力で支援してきたイスラエル・サウジ・エジプトの矛盾があからさまに表面に出始めている。さらに大義なきイラク戦争、アラブの春によるリビア・カダフイ政権の打倒など、民主主義の美名の下で行われた政権打倒による中東地域のカオス化、その結果としてのテロリズムの増殖は、もはや欧米の論理で解決の糸口すら見つけられない。

その延長線上で行われたシリアの内戦。それに伴う多量の難民は、EUの屋台骨を揺るがし始めている。さらに、禁輸措置解除に伴うイランの国際社会復帰は、新たな中東での地政学的波乱要因を生み出している。

EUでの極右勢力の台頭は、EUの戦後理念(近代的価値観)に対する挑戦である。さらに言えば、スペイン、ギリシャ、アイルランド、イギリスなどを中心に新たな反資本主義の動きが鮮明になっている。ピケティなどを中心にした『反新自由主義』のうねりは、今年あたりから世界の主流になり始める可能性がある。EUの価値観は、左右両派による挑戦を受けている。

この動きは米国も無縁ではない。たとえば、米国大統領選挙における民主党のサンダース候補の健闘は、新自由主義者であるヒラリー・クリントンを脅かしている。きわもの扱いをされている共和党のトランプ候補も、サンダースとは逆の意味での既成権威に対する挑戦を行っている。

昨年、ローマ法王が、「すでに第3次世界大戦は始まっている」と述べたのも、これら世界の動きに対する危機感の表れであろう。

安倍政権の動きは、これらの世界の潮流と無縁ではない。好むと好まざるとに関わらず、世界は争乱の時代に向かいつつある。

わたしたちは、この危機感を共有して、新たな価値観を強固に構築して、安倍ファッショ政権に対峙しなければならない。

「護憲+コラム」より
流水


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1月~2月各種イベント

2016-01-17 21:21:22 | イベント情報
去年起きた不条理な出来事を決して忘れず、今年を事態打開、状況変革に向けた大きな一歩を進める年にしようとの趣旨で、1月~2月に予定されている各種集会、アクションをご紹介します。

ご都合や体調と相談の上、可能であれば是非参加しましょう。(私もできる限り参加したいと思っています。)動けばきっと何かが変わります。

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☆『私たちはあきらめない!戦争法を廃止へ!安倍内閣は退陣を1・19総がかり行動』
1月19日(火)18時半~
場所:衆議院第2議員会館前を中心に。
詳細は→ http://sogakari.com/?p=1400

☆市民連合シンポジウム「2016年をどう戦い抜くか」
1月23日(土)14時~16時半
場所:北とぴあ さくらホール(南北線王子駅5番出口直結)
登壇者:金子兜太/柄谷行人/山口二郎/青井美帆/三浦まり/森達也/諏訪原健
市民連合ツイッター→https://twitter.com/shiminrengo

☆『憎しみの連鎖を断ち切ろう!後藤健二さんの死を忘れない2・1サイレントアクション』 
2月1日(月)18時半~19時半 
場所:四ツ谷駅赤坂口 
詳細は→ http://kyujokowasuna.com/?p=1913

☆『止めよう!辺野古埋立て2・21首都圏アクション国会大包囲』
オール沖縄の声に呼応して、全国で立ち上がろう!
2月21日(日)14時~15時半
場所: 国会周辺
詳細は→ http://sogakari.com/?p=1356

「護憲+BBS」「イベントの紹介」より
笹井明子
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自衛隊:「普通の軍隊化」と「軍隊らしくなさ」の潮流の狭間で

2016-01-14 16:53:52 | 集団的自衛権
1月11日の公開シンポジウム「自衛隊って『戦場』に行くの?」のレジュメの中に、当日コーディネーターを勤めた瀧野隆浩さんの『「軍隊らしくなさ」と死を意識する組織 知ってほしい相反する自衛隊のリアル』というタイトルの、非常に示唆に富んだ論考がありました。

論考の中で、瀧野さんは、『自衛隊には①いわゆる「普通の軍隊」になろうとする新しい流れと②60年かけて培ってきた「軍隊らしくない」「利他性組織」としての本流』があるとし、『相反する二つの流れをよく理解しなんとか生かしていけば、安倍首相がいうのとは別の「積極的平和主義」の道が築いていける』と言います。

瀧野さんによれば・・・
自衛隊は今世紀に入って、組織として「死」を意識し始めた。特に、イラク復興支援活動以降、その流れは顕著になった。組織としての「死」の受容は、「殺される」事態への対応であるが、同時に「殺す」スキルの習熟も図られた。
創設以来、一発の弾も撃っていない、<殺していない/殺されていない>自衛隊が、銃を人に向けて撃てるようになるためには、「敵を人間だと思わないように教育して罪悪感を取り除き、なるだけ反射的に射撃をさせる訓練を繰り返す」ことだといわれるが、それはすなわち「60年遅れ」で米軍の背中を追うことに他ならない。
・・・
一方、自衛隊は発足以来「違憲の存在」と国民から厳しい批判にさらされてきた結果、国民に「愛され、受け入れられる自衛隊」でありたいとの思いが隊員たちのDNAに刻まれた。北日本の部隊は農繁期の作業を進んで手伝い、災害派遣では身を投げ出すように活動した。2011年の東日本大震災では、泥にまみれたアルバムを回収したり、福島第一原発周辺の住居に積ったがれきをかき出し、床を拭き、箪笥に服をしまい直し、仏壇を整えた。

こうして、自分達の意思を押し通すのではなく、相手の立場を最大限尊重する自衛隊の行動様式は海外でも発露され、国際緊急援助隊で出た災害現場では高い評価を受けたし、「戦地」イラクでも派遣部隊は地元の部族長を訪問して地元ニーズを聞き、道路や学校をつくり、給水し、医療をもたらし感謝された。その結果、MOOTW(軍事以外の軍事作戦」「軍隊の非軍隊的機能」として、「軍隊らしくない」自衛隊の存在が米軍内でも注目されている。
・・・
とのことです。

瀧野さんは、『多極化し価値観が交錯する国際社会の中で、自衛隊の律儀さと「軍隊らしくなさ」が注目されているのは間違いない』と言い、『安倍政権が昨年9月に、集団的自衛権の行使容認を柱とする新しい安保法制を「国民の合意が得られぬまま」成立させた』ために、『一見相反しているようで、いまは内部でうまく均衡している二つの潮流の均衡が崩れ、将来的には「②軍隊らしくなさ」が衰退し消失するのではないか』との、強い危惧を語っています。

この論考を読んで私は、利他性組織として行動し続けてきた自衛隊に敬意を感じると共に、「9条」は自衛隊の自制を促してきたという意味でも「平和」に貢献してきたと、その価値を再認識しました。そして、日本の自衛隊は、やはり「9条」を持つ国の組織として、今後も「利他性組織」の特性を生かし、困難でも本当の積極的平和主義に貢献していってもらいたいとの思いを新たにしました。

「護憲+BBS」「イベントの紹介」より
笹井明子
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労働者・国民に求められる自覚

2016-01-14 10:59:30 | 社会問題
名無しの探偵さんのコラム「労働法の現在」を拝読。中曽根内閣の時代から現在に至る政権の勤労者への「権利破壊的政策」の巧みさを分かりやすく紐解いて頂き、勉強になりました。

それにしても労働界はずーっと押しきられるばかりで、このまま行ったら今の政府は一般勤労者を益々不安定な雇用と低待遇に貶めるばかりではないでしょうか。

私達中高年は自分達の雇用が安定していたから後は年金を貰ってのんびり温泉にでも……なんて言っている場合じゃないですね。年金だって株という博打のようなものでどんどん損失を出しているのですから。

押しきられっぱなしだった労働界も含めて、これからはそれぞれの覚悟を試される時代が来るのですね。

「護憲+BBS」「コラムの感想」より
パンドラ

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パンドラさんの仰るように、この20年あまり労働者側は企業側に立つ政府に押し切られてきた観があります。憲法(労働法は憲法を受けて勤労の権利や団結権を規定してきた)は政府に労働の権利や労働者の団結権を保障せよという命令ができる(立憲主義)のに、政府はこれを怠ってきたわけです。団結権も労働組合が行使してこなかった。

企業の要請(とアメリカの意向)ばかり聞き入れて非正規雇用を拡大し、格差社会を招く不平等政策を法律で決めてきた小泉政権、安倍政権は反憲法的であり、国民主権も踏みにじりました。まだ、憲法の改悪が実現しているわけではないのに。

こうした違法な権力に票を投じてきたのも多数の労働者である国民ですが、憲法に対する認識も疎いのでしょうか。まだ、啓蒙段階にある社会(政治的には近代以前の状態にある)なのでしょうか。政治経済学などの教養を偏差値的な知識に改変する公教育にも問題があるのでしょうか。

まともな選挙も成立せず、労働者としての自覚に欠ける国民に変質してしまったとも思えます。なんとか啓蒙段階から脱出する方途を探っています。

「護憲+BBS」「コラムの感想」より
名無しの探偵

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1/11公開シンポジウム「自衛隊って『戦場』に行くの?」参加報告

2016-01-13 21:45:23 | 集団的自衛権
1月11日に行われた‘第29回毎日新聞社編集綱領(*)制定記念のつどい-公開シンポジウム「自衛隊って『戦場』に行くの?」に参加しました。

パネリストは、元陸上幕僚長の冨澤暉さん、前海上自衛隊呉地方総監の伊藤俊幸さん、元国連PKO職員で東京外国語大大学院教授の伊勢崎賢治さん、東京大大学院教授(法哲学)の井上達夫さんの4名。コーディネーターは防衛大卒業後毎日新聞に入社、現在毎日新聞東京社会部編集委員をしている瀧野隆浩さんと、シンポジウムの趣旨「これからの自衛隊の役割や安保政策の行方、憲法の捉え方を議論する」に相応しい陣容です。

議論は、タイトルの「自衛隊って『戦場』に行くの?」の問いから始まりましたが、どのパネリストの答えも「イエス」「既に行っているし、訓練死を含めた戦死者が出ている」というものでした。

その上で、冨沢さん、伊藤さんは、今回の新安保法制を歓迎。冨沢さんは、「課題は残るものの‘一国平和主義’を排し‘積極的平和主義’を具現化した」と国際貢献の拡大を評価。また、駆けけ警護などによる自衛隊のリスクについては、「できないことは『やらない』と現地の自衛官が判断し返上できる」との見解を示しました。

一方、伊藤さんは、「新安保法制は、その具体的内容から、憲法解釈の範囲を逸脱していない」と強調しつつ、「アメリカとの連携強化は平和と独立の抑止力を強める」「後方支援が『国際平和支援法』という恒久法になることで、他国との作戦に最初から加われる」と、他国(特にアメリカ)との協調伸展に期待を示しました。

これに対し、伊勢崎さんは、「戦場の現場で『できないことはやらない』と言って戻ることなどできない。大変な不名誉の烙印を押される。国際情勢の変化により、自衛隊が殺し殺される可能性はどんどん高まっている。軍隊として海外に送るなら国民の合意に基づく改憲が必要だし、そうでなければ安保法制を廃案にして、自衛隊は危険な地域から引き揚げさせるべき」と主張。

井上さんは、今の世界の政情不安はアメリカの身勝手が齎したものとして、アメリカとの協調への過度の期待を歴史的視野から批判。その上で、戦争の正義論として「積極的正戦論」「無差別的戦争観」「絶対平和主義」「消極的正戦論」の四つの類型を提示。国民の自衛権行使を限定付きで認める「消極的正戦論」の立場を語りました。

また、議論の終わり近くに、コーディネーターの判断で急遽伊藤真さんが登壇し、12月18日の公開討論会と同様、「現憲法は有効」「軍隊は持たない」「自衛隊は国際災害援助などの貢献に専念すべき」などと主張、その上で、自衛隊の役割については「国民的議論と合意が必要」との見解を示しました。

「集団的自衛権行使容認の閣議決定」という掟破りの手法が取られて以来、安保法制論議は「違憲か合憲か」の議論に終始し、総理大臣や防衛大臣らの不誠実な答弁や、与党議員らのトンデモ発言が飛び出すなどして、国会内で真っ当な安全保障や国際貢献の議論がされず、結果、マスコミも国民もその問題に正面から向き合うことができなかったという認識の下、そうした反省に立って今回のシンポジウムは企画されたようです。

安倍首相は、今年の参院選で「憲法改正」を争点にすると明言しました。いよいよ私たちも、「平和憲法を護る」という希望をいっているだけでなく、日本の安全保障や国際貢献について、具体的にどうあるべきかについて、自分の問題として深く真剣に考えていくべき時を迎えています。そういう意味からも、今回のシンポジウムは聴き応えがあるだけでなく、時宜を得た有意義なものだったとの感想を持ちました。

(*)『毎日新聞社編集綱領』
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われわれは、憲法が国民に保障する表現の自由の意義を深く認識し、真実、公正な報道、評論によって国民の知る権利に応え、社会の公器としての氏名を果たす。このため、あらゆる権力から独立し、いかなる不当な干渉も排除する。
われわれは開かれた新聞を志向する。新聞のよって立つ基盤が広範な読者国民の信頼と協力にあることを自覚し、積極的にその参加を求めていく。
(以下略)
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「護憲+BBS」「イベントの紹介」より
笹井明子

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2016年1月に思う

2016-01-13 09:59:00 | 政治
現政権は、ブレーキの無い乗用車だと言われている。国防、大企業優遇等において。私などは、国民の社会福祉に関する予算や女性の地位向上(選択制夫婦別姓問題についても)、働く人達を保護する政策については、ブレーキだらけだと思うのだが。

さて、2016年はどのような年になるのだろう。先ず夏には参議院選挙がある。一部ではW選挙になるのではないかと言われているが、私はこの選挙が日本のこれからを決める一つの分岐点になるのではないかと思う。

選挙とは直接関係ないけれど1月10日の毎日新聞、日曜くらぶの「ちょっと違和感」というコラムで、松尾貴史が書いている。

「アンフェアな集団とフェアな集団がいた時に、ジャーナリズムがその真ん中に立ってどうするのだ。どんな事柄でも、権力を持っている側を厳しく批判してこそ本来の公平さを保てるのではないか」(「ちょっと違和感」松尾貴史 より)

また、「現政権を正面から解説して来た二つの番組の名物キャスターが相次いで降板する」件にも触れて、「これはただの偶然だろうか?」と疑問を投げかけている。そして、「一見ばらばらに見える、世の中に散らばっている小さな現象を繋いでいくと、とてつもない操作や圧力が加えられている事が2016年は見えて来る年になるのではないか」と危惧している。

参議院選挙まで後数ヶ月、このままでは改憲したい人々に数の力で押し切られてしまう。私達は今度の選挙でも「何処の政党に入れても同じ」とか「投票なんて面倒だから行かない」「誰に入れたら良いか分からない」という言葉や思いに押し流されてしまうのだろうか。それは、このまま投票しなくても、世の中は変わらない、という根拠のない楽観主義に裏打ちされているのだろう。

「後何回日本は平和なお正月を迎える事が出来るだろうか」と松尾貴史は言っている。彼を、「ただのタレントではないか」と揶揄する人もいるだろう。しかし今の時代は、ただの主婦が学生がフリーターが黙っていたら、とんでもない社会が来るのではないかと思う。

既に現政権は国民を選別し、権力者にとって有用な味方である人間は優遇し、敵であったり役に立たない人間はどんどん切り捨てているのではないか。私達は時の政権によって選別されようとしている。高齢者は少しの年金で生かさず殺さずの世界である。大変なのは若者達。年金支給も70歳を超えるかも知れないし、支給額も減額されるだろう。

それよりも危機感を持って欲しいのは野党政党である。今は野党政党から繋がって欲しい。「安保法制反対」の立場の政党は細かい立ち位置はともかく、お互いに繋がらなければ今度こそ自分達が消滅するかも知れないという覚悟を持って欲しい。

BSのテレビ番組に出演した想田和弘監督が言っていたように2016年は1人1人が覚悟を問われる年になるかも知れない。この私自身の覚悟もまた問われるのだろう。

「護憲+コラム」より
パンドラ
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労働法の現在

2016-01-07 20:38:44 | 民主主義・人権
労働法(特に労働基準法)は、自民党長期政権(独裁政権)によって徐々に潜脱(法は残されたが形骸化)されて現在に至っている。最初は新自由主義の開始とされる中曽根民営化路線と言われる改革であった。国鉄の民営化で国労がつぶされたことは記憶に新しい。

次に、小泉内閣のときの派遣労働に対する規制撤廃(規制緩和というのが普通であるが徐々に撤廃されていくのでこう呼ぶことにする)があり、非正規社員が徐々に増加していく端緒となった。現在では非正規社員が全労働者の4割近くなっている。

こうしてそれまでの日本の労働慣行としての①長期雇用(終身雇用)制度②年功制賃金制度③新卒者の大量雇用慣行などが崩壊したと言われる。

しかし、ある労働政策の学者の調査によると、①の終身雇用制度の慣行は確かに一部の企業(大企業の男性基幹社員にのみ)に存在したが、他の中小企業の多くは終身雇用の慣行はなく、また大企業でも女性社員には当てはまらないという(伍賀教授)。

現在小泉構造改革を引き継ぐ安倍政権では、以前にもまして、企業の側に立った労働政策が進行している。安倍首相は5年ぶりに政権に復帰すると、経済政策(アベノミクス)の3本柱の一つである「産業競争力の強化」をあげ、その基本原理として「世界で一番、企業が活動しやすい国にすること」を目指すとした。

安倍政権の「労働改革」を推進する論者(政府御用の学者)が主張するのが、日本の正社員に対する雇用保護法制が厳格で、企業に正規雇用の採用をためらわせ、非正規雇用に依存する傾向を促進するという。しかし、OECDの指標を見る限り日本はむしろ雇用保護法制は緩やかな部類に属する。

雇用保護のレベルが高いことは、使用者の解雇の自由を規制するものではあっても転職を希望する労働者の移動を妨げるものではない。しかるに安倍政権はこの雇用保護法制にもメスを入れようとしている。

次に、安倍政権の「正社員改革」と言われる労働改革は、人材ビジネスの機能をフルに活用することで正社員の長期雇用慣行を転換し、労働移動(労働力流動化)を促進するというものである。

①労働移動支援助成金の大幅な拡充によって、人材ビジネス業者は正社員を流動化させるごとに利益があがる。
②無限定正社員と限定正社員を二分化する方針は、前者には無限定な働きを、後者には「ジョブ型正社員」と称して、無期雇用であっても企業内で担当する職務が喪失すれば解雇可能な状態におくことで、労働移動の促進を図る構想だ。この限定正社員は限りなく非正規に近い存在である。
③無限定正社員に対しては、長期雇用を保障することと引き換えに働き方の無限定を課すもので、安倍首相が固執するホワイトカラー・エグゼンプション構想はこのことを裏付けする。

また、安倍「労働改革」は小泉構造改革を継承するものであり、その推進を裏付けるものが日本型雇用システムの特殊性論(「メンバーシップ契約論」)である。

安倍改革の推進論者は、大企業男子正社員からなる内部労働市場と、非正規雇用を中心とする外部労働市場の断絶という特徴は時代遅れであり、グローバル競争に相応しいシステムに転換せよという。ただし、これは国際労働基準にそって日本の雇用システムを改革しようとするものではない。

ILO(国際労働者機構)が提唱する「ディーセントワーク」に接近するには、雇用を保障したうえで、「職務、勤務地、労働時間」限定の正社員を目指すべきであり、労働者の意思に反した職務や勤務地変更を使用者が自由に行えるという意味での無限定な、企業に対する拘束性の強い働き方は改めるべきである。

以上、安倍政権の労働改革を正社員改革を中心に見てきたが、非正規雇用という働き方の急激な増大により、労働法が形骸化して日本の労働社会が崩壊寸前にあり、その結果「格差社会」が進行した。現在では沖縄などの地方都市や大阪府などの大都市で格差社会の進行が際立ってきている。沖縄では、3世帯に1世帯が貧困世帯となっている(昨日のニュースによる)。

特に問題が多いのは、失業後の生活保障の問題である。なぜなら、日本の失業時生活保障はその適用条件が厳しく(失業前に一年以上の就業が存在したことなど)、非正規雇用に従事していて短期で就業が終了した労働者には雇用保険の適用はない。

したがって、失業時の雇用保障を受けて雇用保険による基本手当を受給している労働者は、失業者全体のうち2割程度であると報告されている。これでは非正規雇用に従事している労働者で次の仕事が見つからない労働者は、失業しても生活保障を受けられないのである。

そして、最期の綱(セーフティネット)は生活保護であるが、実際のところ生活保護に頼ることは行政から「落ちこぼれ」の烙印を押されることであり、失業して雇用保険の適用を受けられない労働者で生活保護に救済を求める人たちは、やはり全体の2割程度であると言われる。

日本の生活保護制度は権利ではなく、政府による恩恵的な措置であるという法の運用実態があるからである。実際に、持家があったり自家用車がある人は適用を受けられない。強制的に売却せざるを得ないのである。

失業時生活保障の問題に戻ると、日本の雇用保険システムは適用条件が厳しく諸外国(欧米先進国)と比べて失業者全体の2割しか受給できていないということが先進諸国でも異例の厳しさであると言われる。

なぜ、2割しか受給できないかというと、前述したように非正規雇用の労働者は雇止めにあって失業してもすぐに勤務場所が見つからないからであり、長期で失業していると、雇用保険の適用を受けられないので失業者のうちの2割ほどしか基本手当の受給がないからである。

また、給付を受けられても平均して180日ほどの期間しか受給できいないシステムだからである。この失業時生活保障の制度を改革しなければ、現在の貧困問題や格差是正は解決できないのである。

「護憲+コラム」より
名無しの探偵

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頑固な保守主義者

2016-01-04 23:27:37 | 憲法
鈴木建三さん松林さんご夫妻とは例会や集会のほか、手紙や電話でもよく話しあったものですが、私たちの年代(1926~29)にとって憲法は護るというより希望だったと意見は一致しました。

また建三さんは「頑固な保守主義者」を自認しておられたけれど、今の若者たちの新しい動きは大いに期待しているのではないでしょうか。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
成木清麿
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