老人党リアルグループ「護憲+」ブログ

現憲法の基本理念(国民主権、平和、人権)の視点で「世直し」を志す「護憲+」メンバーのメッセージ

憲法9条異聞

2017-08-31 17:01:19 | 憲法
思想家で武道家の内田樹が憲法9条について大変興味深い議論を展開しています。
変節と変態についてhttp://blog.tatsuru.com/2017/08/28_1130.php

丁度、護憲+の掲示板でも笹井さんが護憲の本質について、
・「今後そうした建設的議論の場が成立するようであれば、私は、「政治論」や「法理論・法哲学」とは異なった視点の、「あの戦争があって今の憲法がある」という、私たちの先輩である戦時体験者から受け継いだ肌感覚ともいうべき実感を、「9条問題の本質」のひとつとして、提示したいと思っている。」・・
と述べているのと同じような議論を展開しています。

まず、第一に、広島や長崎の原爆の被害を肌感覚を含め、総体として一番知っていたのは、米軍である、という冷徹な事実を知らなければなりません。広島・長崎の原爆の被害を実際に調査し、原爆症の資料を集め、建物や市街地などの被害の詳細な調査をしたのは、日本軍ではなくて米軍だったのです。

そして、その調査をした米軍の将兵も同じ人間であるという事実を忘れてはなりません。と言う事は、広島・長崎の被害の甚大さを見て、これは【人間の所業ではない】という感覚を持ったに違いないのです。そして、次の世界戦争は、間違いなく【核戦争】になると考えた時、戦争をなくす以外にこの悲劇を防ぐ事ができない、と考えても不思議はないのです。

内田氏は、以下のように書きます。
・彼ら【米軍】に「こんなものは二度と使ってはならない」と思わせたのは広島長崎の原爆被害という「生まれてから見たこともない現実」であって、世界平和という「出来合いの観念」ではない。・・・

憲法9条が米国主導か幣原喜重郎が言い出したのかの議論は別として、GHQの中の理想家的集団たちは、本当に戦争を止めなければならないと考えたのでしょう。GHQの中には、理想的な民主主義国家を日本に建設しようと考えた連中がいました。彼らが、人類は決して第三次世界大戦を起こしてはならない、と考えても不思議はないのです。

その為には、日本国憲法9条は世界の国々の理想になると考えたのでしょう。内田氏の言う「生まれてから見た事のない現実」のリアルさが、戦争放棄の理想的条文を是とさせたと思います。

原爆の物凄い破壊力を目の当たりにし、原爆を投下された人々が如何に悲惨な運命を辿るかを、生まれて初めて知った世代には、憲法9条は、大変なリアリティがあり、理想とするにふさわしい条文だったはずです。皆、二度と戦争はしてはならない、と考えたのです。

しかし、時がたつにつれ、そのリアリティが風化していきます。

内田氏に言わせれば、「第三次大戦で世界が滅亡するかも知れない」というリアリティ。朝鮮半島が赤化し、日本列島が「反共の砦」として米軍の軍政下におかれるかもしれない、という朝鮮戦争時のリアリティが、両方とも風化したからこそ、憲法9条と自衛隊を共存させたのだ、といいます。

内田氏の結論はこうです。
・・憲法九条と自衛隊が併存しうるという「不整合な現実」はこの「ありがたい現実」の裏返しの表現である。
憲法九条が「非現実的」に思えるのは、憲法九条が非現実的なものに思えるように、つまり第三次世界大戦の勃発を防ぐことで「あり得たかもしれない現実」をあらしめなかった先人たちの努力の成果なのである。・・・

この内田氏の問題意識と笹井さんの問題意識はぴたりと重なるように思います。

原爆の被害は日本人しか分からないのではなく、本当は日本人は良く分かっていなかったというのが本当の事かも知れません。731部隊の問題もそうですが、本当の意味で重要なデータや資料は、米軍が持っているのです。第二次大戦が終わった時、第三次大戦の恐怖を一番感じ恐れていたのは、米軍だったというのも言われてみれば至極当然なのです。

そう言う点もひっくるめて、憲法9条を考える必要があります。何故なら、トランプ政権が完全に軍事政権化しつつある現状で第三次世界大戦の危険性は高まっている、と見るのが至当です。

憲法9条の存在意義が増している、という認識で、行動しなければならないと思います。

「護憲+BBS」「憲法を考える」より
流水
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94年前「九月東京の路上で」起きたこと、と小池都知事の発言

2017-08-30 21:02:26 | 民主主義・人権
小池都知事は、関東大震災の時に虐殺された朝鮮の方々に対しての追悼文を拒否すると言い出した。

私は以前この掲示板で、加藤直樹氏が書いた「九月東京の路上で」という本を取り上げた。著者の加藤氏は、膨大な資料を調べ遺族の方達の話を聞き、大震災にみまわれた東京で何が起きていたかを丁寧に描いていた。そこに繰り広げられた世界は、未曾有の大災害直後の東京で、官が広報した誤った情報と大震災の恐怖にかられ、不安と恐れ焦躁感の中で朝鮮の方々を虐殺していった日本人の姿だった。

大震災の時は思わぬ流言庇護が流れる。普段は冷静に考えられても、その時どのような行動に出るか、私も自信はない。しかし、相手はゾンビや魑魅魍魎ではない。大震災など予めいつどこで起きるか分かるはずもなく、大震災の直後など、自分の身を守るだけで精一杯なのではないか。

素直に過ちは認めれば良いのだ。「私達日本人がアジアの人達に対して取り返しのつかない事をしてしまった」と悔い改めるのだ。それを認めようとしないからおかしな事になるのだ。

人は誤ちを犯すもの。国もまた過ちを犯す事がある。しかし、国が一度誤るとその影響、被害は個人の比ではない。だから誤ちは悔い改めよう、まだ引き返せる内に。

千田是也という俳優がいた。亡くなってしまったが、名優であった。彼が学生だったとき、関東大震災を体験し、たくさんの朝鮮人が殺されるのを見た。自分もまた、間違えて殺されそうになった。いや自分もまた殺す側の人間になるとところだった。それから自戒を込めて「千駄ヶ谷のコレアン」「千田是也」という名を名乗ったのだそうである。

小池都知事の辞書に「自戒」という文字はないのだろうか。沖縄、福島、朝鮮の事に興味も関心もない人は他人事だと思っているのだろうか。ミサイルを打った北朝鮮だけは恐れ兼悪感を持っているかも知れないが。

日本という国の過ちを認めたくない人々は、無関心だったり興味を持たない人の心にスッと入り込み、今回のミサイル打ち上げのような事が起きると、勇ましくあるいは味方のような顔をして、人々を煽動しようとする。あるときは、爽やかに。あるときは華やかに。その姿に目を奪われてはいけない。いつか私達が棄民されるときが来るかも知れない。

今回の小池都知事の発言と、94年前の「九月東京の路上で」起きた事は繋がっている。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
パンドラ
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北朝鮮弾道弾発射、戴けない政府とマスコミの騒ぎ様

2017-08-29 21:29:34 | 北朝鮮問題
今朝 北朝鮮の弾道弾発射を受けての、安倍政権と各マスコミの騒ぎ様はどうも戴けない。
  
1.Jアラートとかは何の役に立つのか。発射後15分もして「発射数分後に日本上空を通過した模様。地下など安全な場所に待機して、不審な物を発見したら触らずに警察などに連絡するように」って、もう既に太平洋に落下している頃ではないか。
  
2.安倍は「米国と連携を強めて、国民の安全、安心確保に万全を期す」などと、さんざん北朝鮮を追い詰めるようなことを言って煽り立てておきながら、安全を確保できる根拠とは何か?期に乗じて軍事費増強を目論んでいるとしか思えない。

3.マスコミの報道・論評も「市民の恐怖」と「北朝鮮の国連制裁無視」を批判するばかりで、米韓の合同演習(斬首作戦を高言している)を冷静に批判しているのは寡聞にして見あたらなかった。
  
4.確かに、米中ソの大陸間弾道弾はもう何年も前に盛んに飛ばしていたが、こんな調子では騒いでいなかったと記憶する。

安倍一派が益々頭に乗りやすい状況になっていることを危惧します。

「護憲+BBS」「マスコミ報道を批評する」より
tetsujinn
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「NHK受信料 徴収策の強化の前に」(朝日新聞社説)に加えて

2017-08-29 09:38:51 | マスコミ報道
表題は8月25日の朝日新聞社説(全文は最下段のとうり)の題目であるが、ごもっともな指摘である。一部重複投稿もあるが改めて下記に申しあげたい。

NHKは受信料の一律公平負担を金科玉条のように主張しているが、これがNHKの常識だとすれば、「NHKの常識は世間の非常識」だと言いたい。世間では水道、電気、ガスなどの料金は基本的に使用した量に応じて支払う従量制が常識だからである。

人のライフスタイルも多様化し、メディアの種類も増え、NHKテレビを見ている時間は人様々であるのに、テレビ機器を所有しているだけで一律の料金を徴収するのは視聴者には不合理で公平負担ではない。公共料金と同じように観た時間に応じた従量制料金が公平公正な負担なはずである。

その上で訴訟するなど横暴である。受信契約を結びながら料金不払いの人や、契約自由の原則に基づき受信契約締結に応じない人には、NHK放送が見られないようにスクランブルを掛ければ済むはずである。その権利はNHK側にある。

電気・ガス・水道は利用者が使用料金を滞納すればその家庭は供給をストップされると聞いている。ストップされても苦情が出ないのは、需給者間で料金支払いの在り方が社会通念に沿い理に叶っているからであろう。このような在り方が世間の全ての物の売買の基本であり、売買者のいずれかに不満があれば契約自由の原則で取引が成立しないだけである。ところがNHKは契約を強要して受信取引を押しつけ、料金不払い者を裁判に訴えているいるのである。

いずれにしろ、NHKの受信料徴収の基になっている放送法による受信契約の強要は憲法の契約自由の原則に反する、として最高裁で争っている人が居るので、応援しながら見守りたい。

*NHK受信料訴訟、10月弁論=年内にも初の憲法判断―最高裁
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170714-00000108-jij-soci
7/14(金) 18:02配信

仮に最高裁が憲法上合法との判断を下すのであれば、他に売買契約を強制されるものは日本には存在せず、NHKの受信契約だけがどうして強制できるのか、自由主義経済の原則に照らしても合理的な説明が必要であろう。

ところでNHKには経営委員会という組織が有る。そのメンバーはそれなりの有識者で国会の同意を得て首相が任命する様に成っているが、一律徴収と従量制とどちらが公平負担に叶ってるか検討されたことがあるのだろうか。検討されていないとすれば怠慢か、NHKか監督官庁への忖度であろう。また従量制導入により経営を成り立たたせる経営指導ができないのであれば、視聴料から給料が支払われる経営委員会など不用ではなかろうか。

最後にNHKが放送法の真の不偏不党に徹しきれない背景を探ってみよう。放送法第一条二項には次のように規定されている。

*放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて、放送による表現の自由を確保すること。

特に放送の不偏不党が遵守されているか否かを観るには、毎時のニュースやニュース解説(今は殆ど無いが)を見聞すれば分かる。私の視聴経験ではNHKは大体自民党と自民党政権よりの忖度放送が多い。最近では集団的自衛権の解釈改憲、森友・加計問題と文科省・財務省の関係、自衛隊の内部文書隠蔽に関する防衛大臣の答弁等に関する放送等は、民放に比べ政権政党に甘い。

政党や政権が憲法や法律や社会正義に反しても批判しないのが不偏不党であるかのように誤解しているように見えるが、法や正義に反していることをしているのであれば、与野党を問わず公正公平に指摘してこそ放送法に規定する真の放送の不偏不党ではなかろうか。以上が当たらずとも遠からずのNHKの実態ではなかろうか。

またメディアの使命として公共放送が権力者のチェック機能を果たさないのであれば、受信料を支払わない契約者が居て当然で有り、まして契約自由の原則に則り契約締結をしない人が居るのは当たり前であろう。受信料不払いや受信契約未締結にはいろいろな言い分が視聴者にあることをNHKは再認識して欲しいものである。

これらを改革するには毎年のNHKの予算成立方法にメスを入れる必要があると思われる。

現在NHKの予算は衆参両院の総務委員会で審議され賛成多数で成立し、新年度の活動がスタートする。当然職員の給与も予算が成立しないことには支払われない。衆参の総務委員会の多数はどこが握るかと言えば衆参両院選挙で多数を制した与党である。従って政府与党の意に沿わない報道をすれば予算成立が妨害され兼ねないわけで、そこに不偏不党に徹しきれない要因が潜んでいる。

よって真の不偏不党を実現するには、NHKの予算成立方法の抜本改革が必要である。

一案であるが、政治に関与する行政府や国会がNHKの予算審議に一切係われない仕組みにして、各界の有識者が視聴者を代表して予算審議して予算の組換え、原案の賛否を決するようにすれば、NHKは政治家や中央省庁の官僚を忖度する必要も無く、報道表現の自由が今より遙かに保障され、名実ともに放送法の真の不偏不党の報道が貫けるようになると思う。

現状のように国会の同意を得て首相が任命する人で構成される経営委員と経営委員会があっては、NHK職員も政府与党の活動を自由に批評できないようにも思われる。まさにNHKの報道表現の自由はがんじがらめに監視されているようにみえる。

以下は8月25日朝日新聞の社説
http://www.asahi.com/articles/DA3S13101520.html?ref=editorial_backnumber
+++    
「NHK受信料 徴収策の強化の前に」
NHKが主な収入源である受信料の確保のために知恵を絞るのは当然である。だとしても、「公共放送の役割とは何か」「NHKはどうあるべきか」という根本の議論を抜きにして、自分たちの都合を優先しすぎてはいないか。

 NHK会長の諮問機関が、受信料の徴収のあり方についての答申案をまとめた。「公平負担の徹底」をうたい文句に、いま対象世帯の80%にとどまっている徴収率を引き上げる方策などを検討している。

 視聴者に不公平感を抱かせない。効率よく受信料を集める。どちらも大切なことだ。だが、電力会社やガス会社にNHKが照会して、受信料契約のない住民の氏名と住所を教えてもらい、契約を求める案内を郵便で送る――という提案には、疑問を抱かざるを得ない。

 NHKのために個人情報がそのように使われることを、国民はどう受けとめるか。実施にはきわめて慎重であるべきだ。

 答申案は、不払い世帯に割増金を求める考えも示した。こちらはすでにある制度だが、過去に発動された例はない。

 この諮問機関はすでに先月、番組のインターネット同時配信が行われた場合、ネットのみの利用者にも「受信料と同程度の負担を求めるのが妥当」とする答申を出している。

 二つの動きから浮かび上がるのは、受信料制度とNHKのありようは現状を維持したまま、収入を得る道を確かなものにしようという姿勢だ。

 NHKは四つのテレビチャンネルを持ち、4K・8Kの高精細新技術でも業界を主導する。ドキュメンタリーや教養番組、ドラマなど、この夏も優れた番組をたくさん送り出したが、一方で「なぜNHKが国民の受信料を使って放送しなければならないのか」と思わせるようなものも少なからずある。

 子会社13社の利益剰余金は15年度末で948億円にのぼり、会計検査院から適切な規模を検証するよう求められた。配当を通じて一部がNHK本体に戻れば、視聴者サービスに還元される可能性が増える。

 外部から寄せられる声に耳をすまし、真に視聴者の役に立つ番組やサービスを発展させる。同時に不要な業務を見きわめ、整理・縮小する。そのなかで受信料値下げの可能性を探る。

そうした営みと視聴者に対する丁寧な説明があって初めて、答申案にあるような受信料の徴収方法の見直しにも、理解を得られる道が開けよう。踏むべき手順を間違えてはいけない。
+++

「護憲+BBS」「マスコミ報道を批評する」より
厚顔
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「9条問題の本質」を「護憲」の立場で捉え直す

2017-08-28 17:02:02 | 憲法
私が自分を「護憲派」だと意識したのは、2003年に自民党改憲要綱案(「自民党憲法改正草案」の前身)を目にしたのが切っ掛けだった。

そこに「国防軍」が明記され、緊急事態には首相に「国民に対する命令権」を与え、国民には「国家の独立と安全を守る責務」を定めるという文言があるのを見て愕然とし、それまで深く意識していなかった「現行憲法」の「国民主権・平和・人権」の掛け替えの無さと、私達国民が「全力をあげて、この理想と目的を達成する」という前文の重さに、身の引き締まる思いがしたことを思い出す。

あれから十数年、自民党は2012年に決定した「自民党憲法改憲草案」を表立って国民に問うことはしていないが、その根底にある国家観の実現を目指して着々と手を打ってきており、2015年の「集団的自衛権行使」を容認する「安保法」制定はそのひとつの到達点となった。

こうした状況下、自民党改憲案には否定的な識者の中からも、「9条と現実の齟齬を埋め、立憲主義を守る」「9条逸脱に歯止めをかける」あるいは「自衛隊の存在黙認の欺瞞を解消する」などの観点から、「新9条」の提案が起きている。

過日、『「解釈改憲=大人の知恵」という欺瞞』の著者・今井一さん主催で「9条問題の本質とその抜本的な解決を論ずる」というシンポジウムがあり、井上達夫さん、堀茂樹さん、伊勢崎賢治さんという「新9条」提唱者と、「9条護持」の伊藤真さん、関西大学教授で「9条の会・おおさか」事務局長の吉田栄司さんが、熱い議論を展開した。

その中で吉田さんは、『自衛隊は「戦力」に該当し「違憲」』『憲法は「交戦権」を全面否認』『解釈指針としての「前文」がその根拠』『日本が攻撃・侵略されないための外交努力が、安全保障の基盤』『自衛隊は自然災害救助隊、救命・建設を主要目的とする平和「貢献」部隊に改組』など、原理原則的な論点を提示。

加えて伊藤さんは、『前文と9条の平和主義が、「専守防衛」、「海外でも武力行使の禁止」、「他国の武力行使との一体化禁止」、「海外での自衛隊の活動を後方支援、人道復興支援に限定」など、政府解釈に縛りを持たせてきた』と、少なくともこれまでは政府解釈に一定の歯止めの役割を果たしていたと評価した。

シンポジウムでは、これらの主張に対し、他のパネラーや会場の参加者から、「今の国際環境の中で、交戦権を否認して日本の安全が守れるのか」「自衛隊の存在を憲法に明記せずに、イザとなったら自分達を守れというのはご都合主義ではないか」「PKOなどの国際貢献を否認して‘名誉ある地位’を目指せるのか」「仮に侵略された場合奴隷の平和を選ぶのか」などの疑問、批判が相継いだ。

実は、私たちはこうした議論を十年以上前から行ってきており、食傷気味というのが正直なところだが、「憲法改正を問う国民投票」が現実味を帯びてきている今、「護憲」を自認する私達も、こうした問題を棚上げするのではなく、様々な体験や立場によって認識に温度差がある「護憲」の中身について、本質的な議論を交わし、「護憲派」としてのコンセンサスを築く努力をすることが必要ではないだろうか。

今後そうした建設的議論の場が成立するようであれば、私は、「政治論」や「法理論・法哲学」とは異なった視点の、「あの戦争があって今の憲法がある」という、私たちの先輩である戦時体験者から受け継いだ肌感覚ともいうべき実感を、「9条問題の本質」のひとつとして、提示したいと思っている。

「護憲+コラム」より
笹井明子
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小池知事、震災虐殺朝鮮人の追悼文見送り

2017-08-26 09:53:49 | 政治
マスコミの記事は「小池氏の態度に賛否両論」といういつものパターンであるが、問題点は別にある。

最近の政権与党の政治家が失言を繰り返したり、元防衛相の稲田氏のように本音と建前も使い分けできない(しない)問題と、同根の問題なのである。

つまり、小池氏の態度に、「ついに極右の本性が出た」という観点で否定的見方などをするのではなく、都知事という公職にある者には、極右であろうが、極左であろうが、都知事という立場、身分にふさわしい行動というものがあるのではないか、ということである。

要するに、思想の問題ではない、その立場にふさわしい行動ができるか否かという適応力、期待行動を取れるのかという、人間の一般的な知的行動の能力とか資質が問題にされるべきなのではないか。

こうした期待される行動がとれるかという問題で、一番能力に問題があるのは安倍首相である。野党の質問の最中に「日教組」という野次を飛ばしたり、「立憲主義とは」と聞かれ「それは絶対王政の時の考え方である」と答えたり、首相としての資質に問題がある。

それと同じく、小池知事も関東大震災の際に起きた朝鮮人の大量虐殺問題は、政治的な傾向などの問題ではなく、人間としてあってはならない事件として、人間的な共感力が問われているのに、自分の信条から追悼文は見送ることにしたという態度は、資質、能力が欠けていると判断されてもやむを得ないのではないか。

ナチスのユダヤ人大量虐殺の問題と同じ問題なのである。人間として避けて通れないことにそっぽを向いているということを問うべきであった。

安倍首相が長崎の被爆式典で「核兵器廃止条約」の締結を拒否している問題も同じ論理である。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
名無しの探偵
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NHKスペシヤル「戦後0年 東京ブラックホール」(2)ー戦争孤児についてー

2017-08-26 09:35:53 | マスコミ報道
前の投稿では書ききれなかったが、「戦争孤児」の問題は、どうしても語らなければならない。戦後すぐの東京を御存じの方には常識だが、上野公園は浮浪児の巣窟だった。この作品にも、多くの浮浪児の映像が収録されている。

しかし、この浮浪児たちのその後については、わたしたちはあまり知識がない。しかも、よくよく考えて見れば、「戦争孤児」と「浮浪児」とどう違うのかも、判然としない。戦争孤児たちが積極的に語ろうとしなかった事もあるが、わたしたちの知識の無さ、知ろうともしなかった無関心が大きな要因だろう。しかも、事実を知れば知るほど、戦争孤児たちは、戦後の「棄民」そのものだった事が明らかである。戦争孤児の歴史は、彼らの高齢化とともに、戦後の闇の彼方に消え去ろうとしている。

「戦争孤児」とは、という研究がある。戦争孤児についての数すくない研究である。この研究に従って、「戦争孤児」について、少し書いてみたい。
http://www16.plala.or.jp/senso-koji/

まず、「戦争孤児」の定義:
・戦争に起因して孤児になったものを総称していいます。
例えば空襲、原爆などで、両親を殺された戦災孤児。外地からの引き揚げ中に孤児になった引揚孤児。焼け跡をさまよう棄迷児。空襲で両親が行方不明になった児童。戦争中、医薬品不足のため両親が病死した孤児などです。・・同上書

●戦争孤児の数⇒昭和23年2月1日の厚生省の「全国孤児一斉調査」では123、511人の戦争孤児がいた。その中で施設に収容された孤児の数⇒12、202人。⇒全孤児数の約1割。それも大半は、民間施設。

●残り9割(約十万人以上)の孤児はどうしたか。
(1)親族に引き取られる(戦後その多くは困窮)⇒邪魔者扱いや犬猫のように扱われたケースが多い。
(2)知人に引き取られる⇒同様な扱いを受けるケースが多い。
(3)養子縁組でもらわれる⇒戦後、男手不足のため、深刻な人手不足の現状を解消するために、ほとんどが安価な労働力(奴隷労働)として、酷い扱いを受けた。

※戦争孤児⇒圧倒的に小学生年代の子供が多かった。理由は明白。学童疎開で地方に分散している時に、大都市が空襲を受け、両親兄弟が死亡したケースが多かったからである。

※国の収容施設の圧倒的不足。ほとんど何もしていないに等しい孤児対策。上記の9割の孤児たちの酷い生育環境。⇒当然、自殺したり、逃げ出したりする子供が増えた。⇒住む家をなくした子供たち=「浮浪児」の増加と言う訳である。

上記の昭和23年の厚生省「戦争孤児調査」は、米軍のフラナガン神父の指摘で嫌々ながら厚生省が調査したもので、もし、神父の指摘がなかったら、何の調査もしなかった事は確実。しかも、この調査結果は、国の孤児対策、浮浪児対策に生かされなかった。⇒完全な「棄民政策」
これもまた現在の安倍政権下で、復活しつつある厭な官僚組織の伝統である。

◆孤児の種類と数
(1)戦災孤児⇒28、247人 (2)引き上げ孤児⇒11、351人
(3)一般孤児⇒81、266人 (4)棄迷児⇒2、647人
この中で、(3)の一般孤児とは、(1)(2)(4)以外の孤児と定義されているが、数が多すぎる。どうも、戦災孤児などの範疇に入るものを、一般孤児に入れている可能性が高い。

つまり、厚生省(旧内務省)は、意図的に戦争孤児や引き上げ孤児の数を少なく見積もり、国の責任を回避しようとした形跡が濃い。私は、当時の厚生省は、内務省から分割されたばかりであり、旧内務省の「寄らしむべき、知らしむべからず」という戦前の官僚意識が色濃く残っていたと思う。こういう調査をしたがらなかったのも、自らの責任回避意識が強かったと考えられる。

◆ 戦後は地獄の始まり
さて、ここからが本題である。最初に書いたように、「戦争孤児や浮浪児体験」を持つ人々は、戦後ずっと自らの「戦争孤児体験」や「浮浪児体験」を隠して生きてきた人が大半である。それは、広島原爆被爆者が、自らが被爆者である事を隠さなければならなかった酷い「差別体験」があったのと同じ構造である。

誰も好き好んで「戦争孤児」になったわけでもなく、誰も好き好んで「浮浪児」になったわけでもない。彼らが受けた「差別」の数々。この心の傷は、終生癒える事はない。

「何故、両親と一緒に死ねなかったのか。」学童疎開中に両親家族を失い、「戦争孤児」や「浮浪児」にならざるを得なかった人々が異口同音に語る言葉である。「リンゴの唄」に象徴されるように、戦後の青空は、自由と民主主義の象徴だと言う人も多いが、彼らから言わせれば、「戦後は地獄の始まりだった」と言う事になる。

私たちには分からない「戦争孤児」や「浮浪児」の悲惨な体験をいくばくかでも追体験できるドキュメンタリーが以下で見える。戦争で最大の犠牲を払うのは、いつの世も、女性・子供・高齢者の弱者である事が、改めて認識させられる。

※NNNドキュメント「戦争孤児たちの遺言 地獄を生きた70年」
http://www.ntv.co.jp/program/detail/21839061.html
※戦争孤児たちの戦後史
https://www.youtube.com/watch?v=dAtzproL_KI

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
流水
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NHKスペシヤル「戦後0年 東京ブラックホール」

2017-08-25 21:38:05 | マスコミ報道
最近のNHKは、素晴らしい。8月20日、日曜日に公開されたNHKスペシャルも素晴らしかった。

戦後すぐの東京を米国の公開した資料・映像をもとに再現したこの作品は、今まであまり知られていなかった事実やこれまであまり公開したくない事実もあえて公表し、事実を事実として提供しており、出色のできだった。

フィクシヨン(主人公が現在からタイムスリップする設定)を交えたノンフィクションの構成だったが、戦後すぐの東京の悲惨さも、何もない所で生き抜く人々のたくましさも、米軍の横暴さも、大変よく伝わった。

そして、これが一番重要なテーマだと思うのが、戦後0年には、すでに現在との連続性が垣間見えている点である。

この点にテーマを絞って書いてみようと思う。

●第一のテーマ⇒ 戦後すぐは、食糧難、物資難と言われていたが、本当にそうだったのか。

①米軍は、日本には食料も物資もお金もあると考えていた。⇒米軍の諜報機関がそのように報告していた。⇒ところが、現実に占領して見ると、大変な食糧難だし物資もお金もなかった。⇒日本の指導層は、ポツダム宣言受諾後、それらを隠匿するように指示していた。⇒陸軍・海軍・大蔵省や内務省など様々な所で物資の隠匿が行われた。この作品では、東京湾に沈められた金塊が引き上げられた場面が出ていた。⇒東京地検特捜部は、この隠匿物資を捜索するためにGHQが命じてつくられた組織。 

※この隠匿物資の多くは、国民から供出されたもの。(欲しがりません、勝つまでは!という標語の下、国民はなけなしの財産を国家に差し出した)それを国家組織が私有物のように隠匿し、それが闇市などに提供された。勿論、膨大な儲けが生まれたのである。後に保守政治のフィクサーとして君臨した児玉誉士男がのし上がった要因は、海軍などの隠匿物資を隠し持っており、それを自由党などにばら撒いてスポンサーになった事がきっかけ。

●ここでも国民は良いように騙され、食い物にされたのである。

②戦後日本政府が最も恐れたのは、性犯罪の頻発である。この為、いわゆるパンパンと呼ばれた売春婦の横行もある程度大目に見ていた。(時折取り締まる)彼女たちの生態を描いて有名になった小説が、田村泰次郎の【肉体の門】であり、歌謡曲では菊池章子の【星の流れに】である。

しかし、彼女たちの相手は下士官や兵たちで、上級将校ではなかった。上級将校のお相手をする女性たちをスカウトしたのが、RAA(Recreation and Amusement Association)。日本語では、「特殊慰安施設協会」と訳されているが、体の好い慰安婦【売春婦】である。この募集を日本政府が行ったのである。一説には、5万人以上の女性が集まったようである。もちろん、本当の仕事内容は伏せていた。

まあ、従軍慰安婦がどうのこうのとか難しい議論をする人がいるが、戦後すぐの日本政府が、売春宿を経営したようなもので褒められた話ではない。

★軍の性処理の問題は、古今東西どの指導者も悩んだ問題。これを無かった事にする論は、無理がある。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E6%AE%8A%E6%85%B0%E5%AE%89%E6%96%BD%E8%A8%AD%E5%8D%94%E4%BC%9A

さらに銀座では、米軍将校向けのクラブが林立。楽団と踊り子は日本人が入れたが、客としては日本人は入れなかった。たとえば、原信夫とシャープス&フラッツなどが活躍した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E4%BF%A1%E5%A4%AB

その他、雪村いずみとか江利ちえみなど戦後を代表する歌手が、歌っていた。

さらに、皇居前広場では、一般の日本女性と米兵が多く交際していた。米兵向けの雑誌などには、皇居前広場に行けば、今で言う【ナンパ】が出来ると紹介されていた。

この類の話は、あまり紹介したくない話になるが、今回のNHKでは積極的に紹介していた。「国破れて山河あり」ではないが、銃後を守った女性たちの肩には、家族や子供たちの生活がのしかかっていた。戦後の教育ではなく、戦前の教育で生きてきた女性たちだ。夫を亡くし、家も焼かれ、それでも生きていかなければならない彼女たちが出来る事は限られていた。理念や綺麗ごとだけでは生きていけない厳しい現実があった。

当時、世間を騒がせた猟奇的殺人鬼に小平義雄という男がいた。彼は、買い出しに出かけた女性に声をかけ、凶行を繰り返していた。当時の社会情勢が良く見える事件である。
https://matome.naver.jp/odai/2144133638405311001

③占領米軍の費用⇒GHQが接収した建物・家屋は約700戸。占領米軍将校などが住んだ。特に一般家屋は、当時水洗トイレなどが完備していた上流階級の家屋を接収したのが多かった。それらの生活費用の一切は日本政府が持った。銀座でのクラブ通いの費用なども日本政府が持っていた。

つまり、米占領軍の費用の大半は日本政府が持っており、彼らは廃墟と化した焼け跡の東京で優雅な生活を送ったのである。現在の駐留米軍の豪奢な生活と傲慢な姿勢は、いまだ占領軍の記憶を引きずっているのである。

美空ひばりが「悲しき口笛」で歌った「丘のホテルの赤い火も」という歌詞は、当時、占領軍の将校たちが接収したホテルや住宅が、横浜の高台にあった。夜、ホテルや家々に灯りがともり、別世界のような明るさを誇っていた。ところが、高台の下では、街灯もなく、薄暗い夜道を、帰る家もなく、とぼとぼと肩をすぼめて歩く占領下の日本人がいたのである。ひばりの歌がヒットしたのは、その光景が、戦後すぐの日本人の心象風景にぴったり合ったからであろう。

実はこの光景。黒澤明監督の作品で、山崎努の出世作【天国と地獄】で意図的に使われていたと、わたしは思っている。高台にある三船敏郎の豪華な家を毎日見ている惨めな自分の暮らしが、「誘拐」の引き金になったとしていた。黒澤明の脳裏にあったのは、戦後の米兵たちの豪奢な暮らしと敗戦国国民の惨めさの落差ではなかったか、と考えている。

わたしは、戦後の日本人、特に東京・横浜など大都会に住んでいた日本人の生きるバネが、美空ひばりの「悲しき口笛」の風景ではなかったかと考えている。その意味で、文字通りの戦後日本人の【原風景】がこの番組にはあった。

さらに、この番組が素晴らしかったのは、占領軍に擦り寄り、自分だけがうまい汁を吸おうと試みている醜い旧陸軍将校の話も描いている点である。

たとえば、服部卓四郎大佐。戦後、ウィロビーの「戦史調査部」に協力、その裏の業務として彼の命令で【日本再軍備研究機関】として【服部機関】を設立した。戦後の再軍備には、彼が大きくかかわっていた。その他、辻正信などもそうである。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%8D%E9%83%A8%E5%8D%93%E5%9B%9B%E9%83%8E

この種の問題で忘れてならないのは、NHKスペシャルでも放映された「陸軍731部隊」である。この中心人物である石井中将など関係者は、CIAやGHQ関係者と接触し、【人体実験データ】を提供するかわりに、戦争裁判からまぬかれたのである。

これについては、改めて書こうと思っているが、731部隊の研究に協力した多くの医学者(東大・京大など)は、戦後医学界の権威者として君臨した。彼らもまた、占領軍に協力し、自らの延命を図ったのである。

◎このような占領軍の費用の出方などを見ていると、現在の日米安保条約の「地位協定」の不平等さの淵源は、占領期に合った事が良く分かる。なにしろ、女性の提供まで国が行っていたのだから。

「隠匿物資」の話。米国に擦り寄る服部卓四郎や辻正信のような軍人。お前たちのためにどれだけの人間が死に、どれだけの人間が惨めで悲しい思いをしているのか、と詰りたくもなる。

・・・開戦時の陸軍の作戦は多くが、辻―服部―田中のラインで形成されることになった。
1942年(昭和17年)8月に始まったガダルカナル島の戦いにおいては、現地を視察した際、「補給路が確立されつつあり、この点について問題なし」と虚偽の報告をした。
結果、陸軍は3万人以上の部隊を投入したが、撤退できたのは僅かに1万人足らずであった。この時の約2万人の損害のうちの15000人は、餓死と戦病死(事実上の餓死)だったと推定されている。・・ウィキペデイア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%8D%E9%83%A8%E5%8D%93%E5%9B%9B%E9%83%8E

ガダルカナルの地獄の戦争を闘った兵士(たとえば、水木しげるはこの戦いで片腕を失った)からすれば、「何だ、この野郎」という話である。彼らが、国民を洗脳した「鬼畜米英」の理念はどこに行ったのか、と言う話である。

これもまた、指導者の無責任の原型のような話である。戦前賛美を続ける【日本会議】流の極右連中に問いたい。君たちは、焼け野原と化した東京を是とするのか。この責任は誰が取るのか。

この映像を見ていると、『一億総懺悔』などというまやかしの論理が、どれほど酷い論理かと言う事が良く分かる。

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
流水
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民進党代表選、前原氏vs枝野氏の主張

2017-08-25 17:22:17 | 民進党
「民進党代表選、前原候補の見解」の中で猫家五六助さんが、前原さんの「「(共産党について)理念、政策が合わないところとの協力はおかしい」という見解を紹介し、この見解が『硬直化した民進党を物語っているように感じた。・・・どうも、民進党は一家そろって政党の本質を見失っているように思えます。私は、民進党の本質が「第二自民党」「自民党の劣化コピー」だと考えています。』と書かれていますが、言及された東京新聞の記事は、前原、枝野両氏の見解の比較=争点を紹介しています。

それによれば、
■野党連携(共産党との連携):
前原「理念、政策の合わないところとの協力はおかしい」
枝野「一致できる範囲で最大限努力」
■小池知事・小池新党の評価:
前原「小池都政を一定の評価」
枝野「小池(若狭)新党は自民党の補完勢力」
■消費税:
前原「子育て、医療、年金の恒久財源の担保のため逃げずに議論」
枝野「消費不況の現状で上げられる状況ではない」
■脱原発:
前原「2030年代の原発ゼロを目指す」
枝野「一刻も早い原発ゼロを目指す」
■改憲:
前原「憲法の議論をリード。安保法は違憲」
枝野「積極的に議論を進めるものは今はない。安保法は立憲主義を破壊」

このように、2人の立場、見解は大きく異なっています。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201708/CK2017082202000126.html

それだけに更なる分裂の可能性も孕んでいるともいえますが、現在両者は積極的に公開討論の場や、市民グループとの対話の場を設け、代表選をお互いの主張のすり合わせ、ウィングを広げるチャンスと捉え、強い覚悟で臨んでいるように見えます。

私は、私たち市民が外野から「あれもダメ、これもダメ」とダメだしに精を出しているばかりでは健全野党は育たないと思い、ここ2年来、民進党のサポーター登録をしているので、代表選の投票権もありますが、今回は比較的私の考えに近い枝野氏に投票しようと思います。

ちなみに、枝野氏の基本政策は以下で見られます。
http://edanoyukio.com/article_20170823.php

与党時代の失敗(と成功)の体験を生かして、骨太の党再生に向けて、是非とも頑張って欲しいと思っています。

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
笹井明子
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民進党代表選、前原候補の見解

2017-08-23 17:22:49 | 民進党
東京新聞、8/22付「筆洗」コラムを部分転載します。
全文は、こちら⇒http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2017082202000136.html

++++++ ここから ++++++
(前略)▼民進党代表選が告示された。水を差す気は毛頭ない。安倍一強の中、ライバル政党の不振は政治から緊張感を失わせる。それでも、三年間で三人目の代表選びと聞けば、(中略)、このチーム、劣勢になると味方から罵声と非難が飛ぶ。声援、助言はなく「あんな投手じゃだめだ」「交代交代」。見限って勝手に退団する選手までいる▼落ち着かぬチームでは観客は集まらぬ。前原、枝野両氏のどちらが次に登板するにせよ安定した投球でチームをしっかりまとめたい▼本塁打連発で一挙逆転などあり得ぬ。時間がかかっても1点ずつ返していく。それが政権の受け皿としての地力になる。「次の投手」もそろそろ尽きる。
++++++ ここまで ++++++

同日付の紙面には「民進党代表選の争点を巡る候補者の見解」として枝野・前原両氏の主張がまとめてある。この中で、私には前原氏の

「(共産党について)理念、政策が合わないところとの協力はおかしい」

との見解が硬直化した民進党を物語っているように感じた。

前原さん、与党に対する野党の存在意義は何ですか?安倍政権がデタラメ放題の今、民進党は何をすべきですか?国民へのアピールは何ですか?・・・どうも、民進党は一家そろって政党の本質を見失っているように思えます。

私は、民進党の本質が「第二自民党」「自民党の劣化コピー」だと考えています。

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
猫家五六助
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