老人党リアルグループ「護憲+」ブログ

現憲法の基本理念(国民主権、平和、人権)の視点で「世直し」を志す「護憲+」メンバーのメッセージ

芦屋「九条の会」9周年のつどいに参加して

2014-06-30 10:54:25 | 戦争・平和
28日、兵庫県の芦屋は上宮川文化センター3階ホールで開催された、表記のつどい(集い)に参加した。開場13:30、開演14:00だったが、私は同センターの場所を確かめることもあって、当日12時過ぎに同センターに到着した。

一階フロアに小さな図書室を見つけた私は、そこで開場を待つまでの間、本を手に取って、読んでいた。傍には、お母さんと幼い子供の一組が、絵本を一緒に見るのでもなく、クレパスで絵を描くわけでもなく、ただ穏やかな遣り取りのひとときを過ごしていた。

たまたまそこで私が手にしていたのは、NPO法人「もやい」等をはじめたことで知られ、いまは法政大学現代福祉学部の教授である湯浅誠氏の、『ヒーローを待っていても世界は変わらない』だった。

その内容に惹かれて途中まで、開場時刻を少し過ぎて読み、それから受付に行って手続きを済ませ、置かれていた署名用紙も、よく読んだ上で署名した。つどい(集い)のホール前では、当日の講演者の本や、会の活動関連の冊子、パンフレット等が机に置かれていて、二人の方がイスに座っていた。

私が何気なくそれらに目を遣っていたら、目の前の男性が話しかけて来た。「九条の会・ひがしなだ」の方だった。私は同会発行の冊子を、迷った挙句、一冊だけ選んで買った。300円だった。男性はなおも語りかけてきたが、私はそこそこにホールに入った。

あとから聞いたところによると、このつどい(集い)には150人ほどの参加があったというが、既に席は満員に近く、私は後ろのほうに空いていたイスに座って、さきほど買った冊子や、受付で渡された案内等を読んでいた。

開演時刻になって、芦屋「九条の会」代表の挨拶のあと、司会である片岡隆氏紹介で、当日の講師である「無言館」館主で、作家でもいらっしゃる窪島誠一郎氏がマイクの前に立たれた。長身の、やや前かがみ、髪の長い男性で、1941年生まれ。

氏は初めに「私は、『絶叫型』ではないので……」と仰りながらボソボソと、手前の通りにくい卓上のマイクで話をはじめたが、そのあと、聴衆の「聞こえにくい」という声で、マイクを司会者の差し出したものに持ち替えて、「せっかくいいハナシで始めようとしたのに……、もう一度繰り返す、いや……」と、半ば躊躇うように、半ば困惑するように、これもボソっと言って、会場を笑わせた。

講演は約二時間にわたるもので、そのいちいちをここで書くことは、できない。ただ、氏は自身の内面、それもその講演の場に於ける現在進行形の自分の内面を探り、また追うようにしながら、お話しをなさった。 そこには、一般受けするような、派手な「売れる」話は一切、なかった。私は、氏の内面と私の内面を絡み合わせるようにして、氏のハナシを聞いていた。

氏の、幼い頃からの話は、私の中に、自分のこころ(心)の原風景をも、現出させていた。それはおよそ、今となっては殆ど忘れかけていたような記憶を、まざまざと思い起こさせ、取り戻させるかのような、そんな一瞬々々、空間であった。

氏はそんな語り口でありながら、自然と人々を笑わせ、話を進めて行った。氏の話は、まぎれもなく一人の人間の、ナマの人生そのものだった。周りの、聴衆の方々は殆どが年配で人生の悲喜こもごもを味わい尽くしているせいか終始、皆穏やかで笑顔であり、笑いの絶えない風だったが、私は何故か、ふと自分の目が、ほんのうっすら汗をかいているのに、気づいた。

氏はもちろん、ハナシは上手だったろう。だがそこに私は、人間誰しもが奥深く持っている、人々の間に通底している悲しみのようなものを感じていた。(仏教で言う)「大悲心」というほど大げさなものではないにしろ、何かしらそれに近いものを感じていたのは、いま振り返ってみても多分、言えることだ。しかしそれも私が若くて、そういうものに普段、あまり触れていないとは、そうと言えば確かにそうだ。

講演の、具体的な内容となると、記憶は全く定かでない。もちろん、こんな場にテープレコーダーなど持ち込むわけもないし、メモをとる筋合いのものでもないので、以下に書く講演のハナシはいずれも記憶が頼りの、手許に一切記録もなければ証明もできない、おぼろげであいまい、不正確極まりないもの、高名な氏には非常な失礼を承知の上での、これはあくまで私自身の中でだけの、いわば「こころに刻み込まれた記憶の書きとめ」であるとだけ、予めここでお断りさせていただく。

私個人の、氏に関する何の予備知識もない状態での、講演に於ける「おぼろげな」記憶に頼れば、氏の話は自分が戦前生まれで靴関係の職人かそれに近いご両親の息子であり、両親ともに、特に母親が終始、自分を慈しんでくれたこと、中学卒業間際に、たまたま熱心に氏のご両親を説き伏せ続ける方がいて、高等学校に進んだが、たしか三年生途中で退学したこと、何故か絵を描くのが好きだったこと、それとこれも何故か若くして夭折した画家の絵が好きだったこと、その中のある著名な天才画家を巡って織りなされた自分の人生のハナシ、などである。

これも多少違うかもしれないが、若い頃はちょうど日本が高度成長期で東京オリンピックなどもあり、小さな酒場を経営していたが、忙しくて人手が足りず店員を募集したら一人しか来ず、その方にはずいぶん苦労をかけたが、それが奥さんであること、とにかくそのころは時代の空気として、皆が夢を持っており、自分もトヨペット(現在のトヨタ)のクラウンを買ったことなど、自分も「そういう中」の一人であったのも、隠さなかった。

その酒場には有名人がたくさん客として来ていたらしく、その飲み方が如何にもかっこよかったこと、そこで出会った先生の一人が、窪島氏が多分カウンター内にさりげなく置いていた、前述の著名な、若くして夭折した天才画家の絵を観て「マスター、この画家の絵が好きなのか」。そしてある日、「絵の対談」ということで、出版社か雑誌社から声がかかり、その対談場所である超高級な料亭か何かの席に出向いてみたら、何とその先生が対談相手で、対談が始まる前に先生が「……俺は、お前と非常によく似たマスターを知っている」と仰った、等々。

これもおぼろげな記憶な中でのハナシだが、氏によると、人には二種類、あるという。映画を観て「監督になろう」「役者になろう」と思うタイプ。もうひとつは、「こういう作品を上映する映画館を作りたい」と思うタイプ。あるいは氏は、後者のタイプだったのかもしれない。それが、私設美術館「信濃デッサン館」や、これも有名な「無言館」を作る一因にもなったのかもと、思ったりもする。

とにかく、若い頃から、「若くして夭折した画家の絵」を集めるのが好きで、それをどうしようということもなく、コレクションというわけでもなく、ただ買っていたらしい。それがこれも、どうという理由も浮かばないのだが、現在に至ったというハナシだったようにも記憶している。

ただ、戦没者の絵を集めようと、氏がある先生にそれとなく感触を確かめようとしたら、その先生は急に形相を変え、恐ろしいほどまでに怖い顔をしながら、「君、自分の言っていることがわかっているのか」。氏は眠れないながらも、その先生に何度も何度も手紙を書いたという。そしてある日、「先生」はついに、「君がそこまで言うのならば、どうなるかわからないけれども」と、ともに日本全国を訪ね歩いた、と。

この、窪島氏の、28日の講演を聞いた私自身の中でだけの、『こころに刻み込まれた記憶の書きとめ』」は尽きることなくあるのだが、私自身がズブの素人ながら今も時々、ピアノを弾くせいか、これも多少内容は違えるかもしれないが、概ね以下のようなハナシが一つ、強烈に私の記憶の中に焼き付いている。

特攻を翌日に控えた二人の音大生が、土地で「ピアノは、ありませんか。ピアノを、弾かせて下さい」と、訪ね歩いたという。あるところでそれ(ピアノのある家)を見つけて頼み込み、加えて楽譜はありませんかとの問いに、その家の家族が「子供の使っていた、『月光』ならありますけれど……」、その楽譜を手にした二人は何時間にもわたってそれを弾き続け、やがてその二人は「ありがとうございました。これで心置きなく、行けます。もう、悔いも心残りもありません」

あとである人々が調べたところ、一人は戦死がわかっていたが、もうひとりは記録になく、確認できない。やがてそれから数十年が経ち、その「もうひとり」が生きていることがわかり、ある演奏会に、その方が呼ばれた。当日、その演奏会で番が来て自分の名前を呼ばれた、その方は非常にためらいがちに、「もう、弾くことはないと思っていました……」と言いながら、鍵盤に手を置いたという。

これには加えてもう一つ、ハナシがあって、この二人が弾いたピアノというのが、ある音大にあったのだが、「もう古くて使い物にならないから、処分しよう」ということになった。そこに一人、老婦人教授がやおら立ち上がって、このピアノの由来をとくとくと述べ、結果、そのピアノは今も残されているそうである。このピアノを巡る以上二つのハナシは、私は終生、忘れ得ないだろう。

最後に窪島氏が仰るには、「『無言館』というのは反戦、平和ということでマスコミ等にも取り上げられるし、それはそうなのだけれども、戦没画学生の方々は、反戦や平和のハチマキ(鉢巻)をしめていたわけではなく、ただ愛するものを絵に描いた」。これに続けて、平和に関する思い(想い)を、語っておられた。

私は講演後も、考えていた。この、最後に氏が呟いたお言葉について、である。

芸術というものとも関係するのだろうけれども、これにもし、ある一面的な、得手勝手な解釈を無理矢理付け加えるのが許されるのならば、これはあるいは、それがどのようなものであるにせよ、イデオロギーや宗教、思想哲学、歴史観等の持ち主等が潜在的に抱いている可能性のある、あらゆる意味や形での「暴力」に対する、氏なりの静かな答え、とまではいかないにしても、何がしかのコトバ、問いかけではなかったか……。また氏は、こうも仰っていた。「親が子を殺し、子が親を殺す、そんな世の中になっていますけれども……」。人を愛して止まない方ならではの、本物の想い、と記したら、氏は恥ずかしがるだろうか。

そんなこともつらつら考えながら、講演後の「アピールウォーク」もした。先頭の人が何かアピールの言葉を発して、それに皆が呼応して声を出すのだが、私も含めて前にいない参加者はときどき、「よく聞こえんぞ」「いまのは長すぎて、よく言葉が続かん」などと言い合いながら、ウォークしていた。何とも間の抜けた、と思うだろうが実際、そうだったのだから仕方がない。しかしそれでも私達は声を発しながら、講演会のあったセンターから芦屋駅まで、予定された約三十分の短い道程を歩いた。

このウォークの参加者は、約60名だった。ウォークの最後に、JR芦屋駅に通じる二階通路を出たところの、屋外広場で皆、思い思いに発言した。私はコトバがまとまらないままに、そのうち散会となったが、参加者誰もが、静かな笑顔だった。ただ、私もウォークしていて気づいたのだが、私達がウォークしているのを見る、人々の目は、当たり前だが、さまざまなようだった気がする。広場で発言した中にも、この方はおそらく、運動のベテランだったろうが、その種の問題意識を抱いている方が、いらっしゃった。

「愛するとは……」、さまざま考えるのである。

「護憲+BBS」「イベントの紹介」より
P.P.G
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「国民安保法制懇」今日緊急記者会見

2014-06-30 09:44:55 | 集団的自衛権
伊藤真さん、小林節さん、阪田雅裕らが委員となっている「国民安保法制懇」が、『7月1日に、集団的自衛権を認める閣議決定がなされる』との報を受けて、今日午後5時から緊急の記者会見と公開懇談会を行うとのこと。一般市民にも参加を呼び掛けています。

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■日時: 6月30日 午後5時~6時半
■場所: 参議院議員会館 講堂(先着180名様となります。)

##一般の方への通行証は、4時45分から参議院議員会館入り口にて配布いたします。

+++
http://kokumin-anpo.com/20

☆今日は6時半から官邸前で「集団的自衛権閣議決定断固反対」の大規模デモも予定されています。

http://nobuhirob.blog.fc2.com/blog-entry-1679.html

「国民安保法制懇記者会見」→「官邸前抗議デモ」のコースはいかがですか?

「護憲+BBS」「イベントの紹介」より
笹井明子
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「解釈改憲」による「集団的自衛権行使容認」に違憲訴訟を!

2014-06-30 05:59:33 | 集団的自衛権
25日の朝日新聞によれば、安倍首相は24日の記者会見で、憲法65条を盾に行政による解釈改憲の正当性を主張したと報じています。その内容は、『解釈は最高裁に最終確定の権能があるが、行政府が、(憲法)65条のもと、適正に解釈していくことは当然必要なことだ」と主張、政権による解釈変更を正当化した。』というものです。

因みに、憲法65条は「行政権は、内閣に属する。」と。たった10文字の条文です。果たして憲法65条で、憲法改正の手続きを規定および規制している憲法96条をないがしろにすることが、「適正に解釈していくこと」に通じるのか。また「当然必要なことだ」とは、随分乱暴な行政権の拡大解釈ではないでしょうか。

第九十六条  この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

一方、安倍首相は会見で、「解釈は最高裁に最終確定の権能があるが、」と述べ 、裁判を案じています。その一方で、当初解釈改憲に慎重だった公明党には、「案ずるより産むが易し」と思っていたいたように思われます。

公明党は創価学会の意を汲んで解釈改憲に慎重だと見た安倍内閣は、飯島内閣参与(小泉元首相の秘書)に、「創価学会の意のままになる公明党は政教一致ではないか」と公言させ、これを機に解釈改憲容認に流れが変わって来たように思われます。まさに公明党はアキレス腱を衝かれたようです。しかし公明党の党是、「平和と福祉」はある意味、人類共通の普遍的欲求であり、一教団と政党の政教一致を超えた価値観であり、政教一致ではないと反論できないのでしょうか。これでは大臣の椅子欲しさと度胸のなさと思われても仕方ありません。

いずれにしろ、平和を望む者の最後の砦は公明党ではなく、安倍首相も案じている、最高裁が下す憲法判断だと思います。巷間、安倍内閣は早ければ7月1日にも集団的自衛権の行使の閣議決定をするのではないかといわれていますが、そうなった場合、憲法96条違反との行政訴訟をどのような団体、有識者が提起するのか、固唾をのんで見守りたいと思います。

他力本願のようですが、弁護士法第1条に期待し、46都道府県の弁護士会に各県で提訴してもらいたいものです。憲法改正問題で96条の国民投票権が行政によって反故にされることは、憲法改正に是であろうが非であろうが、まさに国民の基本的人権の無視であり、国政選挙の1票の格差問題以上の重大問題ではないでしょうか。

弁護士法(弁護士の使命)
第一条  弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。
2  弁護士は、前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。

「護憲+BBS」「解釈改憲は憲法違反行為では」より
厚顔


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集団的自衛権抗議で男性が焼身自殺図る

2014-06-29 20:37:15 | 集団的自衛権
今日2時過ぎに衝撃的なニュースがツイッター上に流れました。男性が、新宿駅南口と新宿高島屋とを結ぶ横断橋の上で、集団的自衛権の行使容認や安倍政権に抗議する主張を繰り返した後、ペットボトルに入ったガソリンのような液体を被って焼身自殺を図ったというのです。

http://www.asahi.com/articles/ASG6Y55DBG6YUTIL01T.html

その後の情報では、一命は取り留めた模様ですが、何とも痛ましい事件が起きてしまいました。

http://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000029717.html

それにしても、驚くべきはこの重大なニュースを上記のテレビ朝日以外どこのテレビ局も報じていないことです。

この事件の事実関係を知りたいと思い、NHK午後7時のニュースを見ていましたが、ツイッターである人がまとめてくれたように、「北朝鮮→東京豪雨→箕面の火事→認知症放置→W杯→マー君→プロ野球→ホンダ小型ジェット機→イラク内戦→中国スパコン→柔道事故→天気→和太鼓ギネス、で終わり」でした。

意図的、、、ですよね?でも、安倍政権に不都合なことはず~っと知らん顔で通せる、なんてさすがに思っていないですよね???(それとも政府関係者と報道の仕方を目下打ち合わせ中?)

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
笹井明子
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都議会ヤジ問題

2014-06-28 15:03:03 | 社会問題
先ほど、クルマでTBSラジオを聴いていたら、元ニュースステーションのキャスター・久米宏さんが時事ネタを話していました。もちろん、件の都議会ヤジ問題です。

当事者の鈴木議員は形だけの謝罪だし、他のヤジ追及を幕引きするために悪役を一手に引き受け、その見返りに議員延命を約束させた・・・とネット世界でささやかれています。

事実、鈴木議員は「心無いヤジ」を謝罪したのであり、ヤジの真意は「早く結婚していただきたかった」とKY(確信犯?)な記者会見をしました。そして自民と議連トップは「他のヤジは聞いていない」とうそぶき、都議会は2つの厳しい議員処分案を不採択にし、「今後は品位をもった発言を」ともっとも甘い案を採択して幕引きを図りました。

東京五輪を控える先進国の首都・東京が世界の笑いものになっている。他のヤジ議員は名乗り出て謝罪すべし!という状況。しかし、下品なヤジを飛ばした他3名以上の都議と自民都議代表は「他に追及される証拠はないから追及されない、ダイジョーブ!」とタカをくくっています。

まさに厚顔無恥、傲慢な数の論理で都議会の自浄作用が働かないことをさらけ出したわけです。ネット上の約9万筆の「ヤジ議員を(探して)処分すべし」という民意をナメたわけです。

ところが!すでにネット上では他のヤジ議員が特定され、実名が飛び交っているそうです。単なるウワサ?憶測?デマ?いいえ、ヤジ音声が記録されていたのは都議会の公式録画だけではなかったのです。

ラジオによれば、当日傍聴していた新聞記者たちが取材用レコーダーを回していて、他のヤジも鮮明に録音されている。すでに専門業者・機関へ声紋鑑定に出されているとの事でした。

正義は勝つ!いまだに名乗り出ないサイテーな都議は、時間が経つほど墓穴が深くなります。そして姑息にも傍観を決め込み、白々しく女性の活躍促進が名目のブログ「SHINE!すべての女性が輝く日本へ」を開設した安倍総理も、その墓穴にはまってください。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
猫家五六助
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「常識」で考えてもおかしい「集団的自衛権」

2014-06-26 11:47:10 | 集団的自衛権
老人党を提唱したなだいなださんの、没後にまとめられた『常識哲学』に収められた講演録の中で、なださんは「常識があれば、みんな平和を求めます」と語っている。

「常識は夥しい偏見の山」であり、「常識は変化するもの」であると定義しながら、人間が他者と共に生きるためには、最低、「他人がしてもらいたくないことはするな」という常識、とりあえずこれだけ一致していれば、宗教や習慣、出身地域や肌の色が違っていても、「隣人として平和に今日を生きることができる」と。

しかし、世界には争いが絶えることはない。シリア、ウクライナ、パレスチナ、スーダンやマリ、チベットやウィグル…そして紛争が起きるたびに人々が死ぬ。日本の若者をそういった戦場に送りたいだろうか? 人を殺させたいだろうか? 

憲法9条のおかげで、この68年間、日本は国として他国民に銃を向けることはなかった。自国の若者を戦火の只中に送って、戦闘員として血を流させることもなかったのだ。

こういうと「世界平和のために貢献しないのか」という声が出て来る。また、最近の尖閣列島を巡る対立、中国戦闘機の異常接近や、ベトナムの艦船に中国船が衝突したことや、もしホルムズ海峡に機雷が敷設されて、日本のタンカーが通れなくなったら「何もしなくていいのか」と、安倍首相は集団的自衛権の必要性を説く。首相は「外交交渉」という言葉を持たないのだろうか?

歴代自民党内閣が「集団的自衛権の行使は、現行憲法のもとでは認められない」と明言してきたことを、安倍首相はいっさい顧みずに、簡単に「憲法解釈の範囲内」として、閣議決定をしようとしている。

共同通信の調査によれば、55.4%が集団的自衛権にに反対(憲法解釈変更によって行使を認める考えには反対57.7%、賛成29.6%)という国民の声すら聞こうとしない。

ろくに国会審議すら行わずに、一政権内でこうした重大な問題を閣議決定していくことは、日本の民主主義そして、内閣・施政者は憲法で規制されるという立憲主義を犯していることになる。

集団的自衛権を認めてしまえば、やがて日本は拡大解釈のもとアメリカの要求を呑んで、アメリカの仕掛ける戦争に巻き込まれていく可能性がある。武力行使の目的を持って自衛隊を出し、戦闘行為を行えば、「敵国」を作ることになる。日本はより危険に晒されることになるだろう。

他国から攻められた時に自衛する以外は、一切の戦争をしない国としての日本の価値は、争う他国に、「戦争を止めよう」と言えることだ。「日本は我が国に戦争を仕掛けて来ない国」という信頼関係は経済的にも大きい。もっと憲法9条を持つ国としての、世界に対しての外交力を生かしていけるはずだ。

「戦争は人の命、ことに若者の命が奪われ、インフラは壊れ、人の心も荒廃する。常識的に考えて、戦争は割に合いません」と、はっきり言う日本でありたい。気づかないうちに戦争が始まっているなんてことにならないように、集団的自衛権で、憲法9条という歯止めを外してはならない。

国民が反対だということを政府にいろんな手段を使って表していきたい。とりあえずの情報を下記に記しておく。

6/26(木) 東京 憲法破壊の「集団的自衛権」行使容認反対!閣議決定阻止!6.26官邸前抗議行動
http://www.anti-war.info/schedule/1406182/

6/26(木) 東京 集団的自衛権のシールアンケート&街角対話(神保町)
https://twitter.com/watakatsu_team/status/480795358188957696

6/27(金) 東京 閣議決定で「戦争する国」にするな! 与党協議で勝手に決めるな!緊急官邸前行動
http://kyujokowasuna.com/?page_id=360

6/28(土)北海道 解釈変更による集団的自衛権の行使容認を許さない!戦争をさせない北海道大集会
http://www.dororen.gr.jp/dl/2014/senden/nowar_hokkaido_140628.pdf

6/28(土)北海道 解釈変更による集団的自衛権の行使容認を許さない!戦争をさせない北海道大集会(デモ)
http://www.dororen.gr.jp/

6/28(土)兵庫 芦屋「九条の会」9周年記念講演・アピールウォーク
http://civilesociety.jugem.jp/?eid=26124

6/29(日)東京 アベいやね!激おこぷんぷんマーチ!!
http://iyanedemo.blogspot.jp/

6/29(日)東京 集団的自衛権の行使・阻止の街宣(田町駅西口{雨天の時は東口})
http://sayonaragenpatsu.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-02a8-3.html

6/29(日)大阪 6.29集団的自衛権反対!安倍やめろデモ@大阪
https://twitter.com/antihimitsu1124/status/480714715782320131

「護憲+コラム」より
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サッカー狂騒曲の終焉

2014-06-25 14:09:35 | 社会問題
ワールドカップで日本サッカーが惨敗。予選敗退が決まった。メディア挙げてのワールドカップサッカー狂騒曲が終わった。

今回の敗戦。日本国内でも心あるサッカー解説者は予測していた。辛口で知られるセルジオ越後などは、昨年のコンフェデ杯の当時から、ザッケローニ監督の采配に対する批判、チーム作りのコンセプト批判を繰り返していた。海外サッカーでは、メディアの厳しい監督批判・采配批判・選手批判は当たり前。それを乗り越えて初めて一人前。メディアも批判するだけでは駄目で、批判するだけの知識・見識を厳しく問われる。選手・監督・協会・メディア・サポーター相互の批判力が、サッカーのレベルを向上させている。

わたしは、今回の敗戦は、ザッケローニ監督の日本や日本人の気質や文化に対する理解力の浅さにあると考えている。前回までの日本チームは、きわめて守備的なコンセプトで戦ってきた。相手チームの攻撃を最少失点に抑えて、少ない得点機会を生かす、という戦術で戦ってきた。ザッケローニ監督は、多少の失点は覚悟の上で、それ以上の得点を取る、という攻撃的チーム作りをしてきた。このコンセプト自体は間違っていないが、攻撃力というのは相対的なものだという認識が浅すぎた。つまり、相手チームによって、攻撃力はかなり減殺されるという点について認識が浅すぎた。

これは、ラグビーの日本チームHCエディ―・ジョンーズと比較すると良く分かる。ラグビーという競技、相手と真正面からぶつかり合う格闘技の要素が強く、彼我の体格差が勝敗を決める重要な要素になる。日本人はこの点で決定的なハンデを背負っている。この差は、サッカーの比ではない。エディー・ジョンズHCは、この点を深く認識して、【日本人の特性を生かしたラグビー】というコンセプトで、チーム作りをした。

では、【日本人の特性】とは何か。以下の四つの標語に凝縮されている。【速く】【激しく】【低く】【走り勝つ】。それぞれのローマ字の頭文字をとって、四Hと呼ばれる。

【速く】とは、日本人の特性である素早さ、小回りが利く、器用を徹底的に鍛え、生かすという発想。
【激しく】は、タックル・ブレイクダウンなどのコンタクトプレーで負けない、気後れしない、相手を圧倒する気迫を持つという精神面での強化。
【低く】は、スクラム・タックルで相手より低く組み、低くタックル(相手の膝より下)する事。外人コーチから言わせれば、日本人は足が短いから、スクラムに向いているという。
【走り勝つ】とは、日本人の筋肉繊維は、速筋繊維が少なく、遅筋繊維が多いという特性(マラソンなど長距離に向いている)を生かして、試合後半まで走りぬく。そうすれば、後半にスタミナを消耗した外国人チームに勝利できる。

言葉にすれば簡単だが、この特性を選手に意識させ、徹底的に鍛え上げているのが、エディー・ジョンズの凄さだ。

たとえば、スクラム。先日・イタリア代表とのテストマッチで、ヨーロッパ一・二の強さを誇るイタリア代表をスクラムで圧倒していた。スクラムの技術もさることながら、技術を支えるフィットネスを徹底的に鍛え上げた事が要因。代表選手は、合宿中毎日朝5時ごろからフィットネストレーニングをこなしていたといわれている。そして、このトレーニングは、国内のラグビーチーム全てで行われている。それだけ、エディ・ジョーンズの方針が、国内チームに浸透しているという証拠だ。

わたしはラグビーが大好きで国内の試合を何年も見ているが、エディー・ジョーンズがHC(ヘッドコーチ)に就任して以来、日本のラグビーが大きく変わった。どの試合も選手の動きが物凄く速くなり、激しさが半端でなくなった。ラグビーの質が変わった、と言っても過言ではない。ワールドカップ・ベスト8に進出するために、ラグビー界挙げて日本ラグビーの質向上に一丸となって取り組んでいるという証左なのである。

これがワールドカップの本当の意義だと思う。ラグビーの競技レベルを国際基準(グローバルスタンダード)まで引き上げるために何をどうしたら良いかを徹底的に考え、それをラグビー界挙げて取り組む。この姿勢が、ここ数年の日本ラグビーの質の向上を支えている。

ここで特筆すべきは、グローバルスタンダードに達するためには、【日本や日本人の特質を知り、磨きあげる】という発想を外人であるエディー・ジョーンズがとったという事である。わたしは、数年前、国際化とは、自らの足場を掘り続ける事によって初めて得られる、という趣旨の文を書いた事があるが、エディ・ジョーンズHCの方針は、まさに【自らの足場】を認識し、それを磨きあげるという王道を歩んでいると思う。

それに引き換え、ザッケローニ監督の方針は、【自らの特質を認識し磨きあげる】という強い意志とそれを実行するという強さが足りない。選手たちにもその自覚が足りない。ラグビー代表選手のようなひたむきな努力が足りない。

さらに最大の問題点は、メディアの狂騒曲。特に、NHKなどは、まるでサッカーチャンネル。ただただ、「日本が勝つ」という幻想をふりまくだけであった。その間に、日本の運命を変える大問題(集団的自衛権)が浮上しているにも関わらずである。いまや、巨大ビジネスに成長したサッカーとそれを取り込もうとするメディアの思惑が、【日本勝利】という幻想をふくらましたと言ってよい。

全ての事に共通して言えるのだが、【産業的なものに過剰に取り込まれたもの】は、全て腐敗堕落の誘惑にさらされる。今回のサッカーの敗北は、メディアの寵児として取り込まれた「協会・監督・選手・サッカー関係者」が本当の意味での地道な強化を怠り、世界のレベル(グローバルスタンダード)を見誤った結果である。

同時に、これは、東京都議会のセクハラ発言に象徴されるように、日本国内での身内の認識が、世界基準(グローバルスタンダード)に照らすと、そのあまりの落差に愕然とするという現実と通低している。

今回のサッカーの敗退は、その意味で日本や日本人が置かれている世界の位置を再認識・再確認させてくれた貴重な経験だと思う。

「護憲BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
流水

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おっかしいな~、70年前にタイムスリップ?

2014-06-23 09:53:57 | 暮らし
おっかしいな~?
私は2014年の日本に生きている筈なのに、70年以上も前の日本にタイムスリップしてしまったのだろうか?
バックトゥ・ザ・フュチャーじゃないけれど、タイムマシンに乗って戦前の日本に戻ってしまったのだろうか?

都議会では「自分が結婚した方がいい~」とか「産めないのか~」とか、下卑たヤジとそれにつられたような大爆笑。

それに秘密保護法。
国連ジュネーブ本部での自由権規約委員会で「秘密保護法」が審査にかけられるとか。
でもきっとこんなの日本のマスコミは報道しないのだろうなぁ~。

押しつけ憲法とか言っている人がいるけれど、じゃ、「自主憲法」ってどんな物?

秘密保護法で国民の目や耳を塞ぎ、共謀罪で口を塞ぎ、自衛軍か国防軍を作り、
総理大臣の意志一つで(安倍総理-私が最高責任者)兵士は戦場に行かされ銃を手に殺戮を繰り返す、あるいは殺されるかも知れない。
拒否すれば軍事裁判所にかけられ懲役300年か極刑。(石破幹事長発言)

幾ら残業しても残業代は付かず、今は年収1千万以上なんて言っているけれど、その内700万から、400万、やがて全業種に適用されるかも知れない。(残業代0、過労死推進法案)

「子どもを沢山作った女性に、国がご苦労さんでしたと言って面倒を見るのが国の福祉です、子どもも産まない女性が好き勝手なことやって年取って
国に面倒みなさいというのはおかしい。」(森元総理発言)

少子化対策の為に産めよ増やせよなんてね。「子宝部隊」なんてのも出来るかも知れない。
欲しくても子どもが出来ない人達、欲しくても経済的に厳しい人達、結婚していない人達、子どもは要らないという人達は、益々肩身が狭くなるだろうなぁ~。

不思議なのよね。日本って「少子化対策」なんて言いながら、シングルマザーや婚姻外の子には冷たいのだから。

やっぱり、自民党や経済界のおじさん達が目指している日本って、70年以上前の日本によく似ていると思いません?

それなのに国民は「経済さえ良くなれば」って…
消費税上げて法人税下げて、
武器や原発輸出して、死ぬまで働かされて、戦場で殺し合いさせられて
デモや集会やれば「共謀罪」でパクられて、、、。

そんな国はもう、70年近いあの時でリセットしたはずなんだけれどなぁ~。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
パンドラ
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「へいわってすてき」えほんになるよ

2014-06-22 11:33:28 | 戦争・平和
『「へいわってすてきだね」。日本のいちばん西にある、沖縄県与那国島。そこの当時6歳だった少年が書いた詩が、絵本になった。昨年6月23日、糸満市であった沖縄戦没者を悼む式典で、本人が読み上げた、素直な言葉が、大人たちを動かした。・・・
絵をつけたのは、人気絵本作家の長谷川義史さん(53)・・・
絵本「へいわってすてきだね」は、今月23日の沖縄の「慰霊の日」にあわせ、全国で順次、ブロンズ新社から発売される。税抜き1400円。』
(6/22朝日新聞)
http://www.asahi.com/articles/ASG6M63HFG6MUTIL041.html

去年の「慰霊の日」に、式典ではにかみながら一生懸命詩を朗読する安里有生君を見て、その可愛らしい姿と、詩そのものの素晴らしさに深く心を打たれ、映像を「お気に入り」に登録。何度も見て、その都度心を洗われる思いと平和の大切さを噛み締めてきました。

その映像をここにご紹介し、皆さんと共有したいと思います。絵本も買いましょうね!

http://www.youtube.com/watch?v=NBonUaHnC-g

※「慰霊の日」(Wikipedia)
『1945年4月1日にアメリカ軍の沖縄本島上陸によって本格的に開始された沖縄戦は、第32軍司令官牛島満大将(当時は中将)をはじめとする司令部が自決した日をもって組織的戦闘が終結したとされている。』
『現在は1974年に制定された「沖縄県慰霊の日を定める条例」により、「我が県が、第二次世界大戦において多くの尊い生命、財産及び文化的遺産を失つた冷厳な歴史的事実にかんがみ、これを厳粛に受けとめ、戦争による惨禍が再び起こることのないよう、人類普遍の願いである恒久の平和を希求するとともに戦没者の霊を慰めるため(条例第1条)」、6月23日を「慰霊の日」と定めている。』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%85%B0%E9%9C%8A%E3%81%AE%E6%97%A5

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
笹井明子
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「がんばれっ!東京新聞」

2014-06-21 14:13:27 | マスコミ報道
インターネットの「J-CASTニュース」を見ていたら、こんな記事を引き当てました。
「「ネトウヨ内閣」「国防軍オタク内閣」… 東京・中日新聞新内閣記事に苦情電話が殺到」
http://www.j-cast.com/2012/12/28160077.html?p=1

記事中では「記事が政府否定に偏りすぎ」「肯定記事を併記しないのはメディアとしておかしい」とあり、名古屋本社読者センターへの電話?取材で「電話は27日だけで100本近くになり~ほぼすべてが怒り~『よく書いた』という声はほとんどなかった。『余りにも偏った記事』『評価する声を敢えて無視したのか』といった意見が多かった」「担当者は頭の下げっぱなしだった」「記事擁護の電話は皆無だった」と書いています。

えっ、そんな特報面の記事があったんだ。すぐに記事擁護の電話をせねば・・・と思ったら、J-CAST記事の発信日は2012年12月28日。東京新聞の記事は2012年12月27日付ではないですか!今頃なぜ、そんなネット記事がヒットするのか・・・。

私は第2次安倍内閣がスタートし、安倍総理の持病を擁護する報道が流れて以降、政権批判のメディアや記事がめっきり減ったように思います。流れるニュースは安倍政権に肯定的なものが多く、まるで批判を許さないような流れ。ナチス発言で処分されず、軍法会議を振りかざし、都合が悪いことは秘密にできる法案をつくり、「原発はコントロールできている」発言でだまして東京五輪を招致し、ヘイトスピーチを放置する・・・そんな中、果敢に政権批判を続ける東京新聞・中日新聞は頼りになるメディアです。

元来、メディアの政治的な役割はお上を監視・批判すること。特集面に肯定的な論調がなかったのは、それだけ安倍政権が悪質だということです。

2012年12月27~28日に東京新聞へ批判・非難の電話をかけまくった皆さん。あれだけ批判されながら聞く耳持たない、約1年半たった安倍政権の更なる暴走ぶりをどう考えますか?

解釈改憲どころか独断での戦争介入を公言する安倍政権は、民主国家・法治国家の敵です。がんばれっ!東京新聞。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
猫家五六助
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