老人党リアルグループ「護憲+」ブログ

現憲法の基本理念(国民主権、平和、人権)の視点で「世直し」を志す「護憲+」メンバーのメッセージ

目くそ鼻くそ のお粗末 紹介

2014-05-31 15:32:23 | 集団的自衛権
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/abe_cabinet/?id=6118364
 安倍晋三内閣: アジア安保会議 首相、中国の威圧批判 ASEANとの連携重視(5/31)

【シンガポール=比護義則】安倍晋三首相は30日夜、シンガポールで同日開幕したアジア安全保障会議(シャングリラ対話)に出席、基調講演した。首相は「法の支配」の順守を強調し、南シナ海のスプラトリー(中国名・南沙)、パラセル(同・西沙)両諸島での領有権争いをめぐりフィリピンやベトナムの行動を支持、「既成事実を積み重ね、現状の変化を固定しようとする動きだ。強い非難の対象とならざるを得ない」と中国を批判した。(産経新聞)

 >「既成事実を積み重ね、現状の変化を固定しようとする動きだ。強い非難の対象とならざるを得ない」

正に、目くそ鼻くその言い草だろう。同じ穴の狢とでも言おうか❕?その手法は、日本国憲法(9条など)を壊そうとする、お前さんとそっくり同じだよ。
 オマケニ、◆「法の支配」を強調 を語るから、更に、片腹痛い。
 
仮に、『法の支配』の枕詞に、国際法を付けたとして、諸国内の「法の支配」を排除しないはず。日本国憲法を頂点とする、日本での法の支配も同断…。

しかし、彼は改憲派であり、後戻り・復古の一派。米国籍の法の支配と調和しようか❕? 尤も、国際法に、法の支配が妥当するのか、知らない。 法の支配の原籍は、米国だ。異なる価値観を持つ政府も多いはず。安倍コベ氏は、摘み食いだらけ…。まさか、和魂洋才ぶっているのか。ナチスかぶれになったのか? 麻生のように。 些か、書き殴り、ご容赦を。

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
蔵龍隠士
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急展開の日朝関係の背景

2014-05-30 09:00:54 | 安全・外交
今回の日朝の急接近は唐突な展開です。安倍政権は特別に何かしているようには見えません。先般飯島内閣補佐官が単身北朝鮮を訪問しましたが、そのとき面談した北朝鮮側の高官はその後処刑されたはずで、今回の日朝急接近には関係なさそうです。背景は何でしょうか。

北朝鮮側には、安倍政権の日韓、日中関係悪化による外交の窮地を衝いて、拉致問題解決を提案すれば、何か外交で手柄を示したい安倍政権はすぐ食いつき、北朝鮮側のぺースで事が進めやすい、との思惑があると思われます。更に、最近は中朝関係も冷え込み、逆に中韓が熱々な関係となり、中国に振られた恋敵の日朝が仲良くなり始めたようにも観えます。

所詮国際外交も人間の仕業であれば、人間関係に似たものがあるようです。いずれにしろ何かが機縁で両国が仲良くなり、問題が解決すれば万歳です。最終的には安倍政権に米韓の嫉妬と圧力を跳ね返せる胆力があるか否かにかかっているのではないでしょうか。これを機会に日朝関係が改善されれば、現在安倍政権が進めようとしている集団的自衛権行使の前提の一部が杞憂となる可能性もあるわけで、期待したいと思います。

しかしアメリカの軍産共同体の圧力を安倍政権が跳ね返せるか、ウクライナ問題ではロシアとの北方領土交渉を袖にしてG7側に付いただけに、いかがなものでしょうか。

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
厚顔
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お知らせ4つ・なだいなださんの1周忌が近づきました

2014-05-29 22:08:46 | イベント情報
老人党お知らせ掲示板に書きましたので、ご覧ください。

●第1回「なだいなだの学校同窓会」6月7日(土)北鎌倉で

●6月7日早朝 5時40分NHK総合「あの人に会いたい」でなだいなださん

●軽井沢高原文庫で「なだいなだとフランス展」7月19日~10月13日

http://6410.saloon.jp/modules/bluesbb/thread.php?thr=1898&sty=2&num=1

●なだいなださんの遺稿を中心に、講演などをまとめた『常識哲学』が、筑摩書房から出版されました。
長女の由希さんが書かれた、なださんの姿と由希さんの想いを描いた一文が胸を打ちます。
なださんが最後に皆さんに贈りたかったメッセージを、お汲み取り下さい。

http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480843036/
http://www.amazon.co.jp/dp/4480843035

「護憲+BBS」「イベントの紹介」より

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平成版「大政翼賛社会」

2014-05-29 13:51:30 | 安倍内閣
安倍自民党は集団的自衛権の解釈改憲ばかりか、残業代ゼロ制度・ホワイトカラーエグゼンプションそして8時間労働制の崩壊へと歩を進めるが、御用労働組合は立ち上がろうともしていない。知らない間に大政翼賛体制が出来上がって久しいのだ。ファシズム体制の最後の抵抗拠点が、労働組合全体の御用化でとっくに解体しているからである。

労働者が自分の生活権・人格権を剥奪されているのに剥奪主体に投票する国が日本であるとは、戦前の歴史的労働団体に申し訳が立たないと思わないのだろうか。憲法秩序は基本的人権の「不断の保持の努力」の放棄によって、簡単に崩壊してしまう。

アメリカ社会がアグリビジネスの跳梁跋扈によって全米各地での「奴隷農場」化(堤みか著「株式会社貧困大国アメリカ」)しているその時に、日本は労働社会が産業報告団体になって奴隷社会化が進んでいる。

これは偶然ではない。日米同盟は軍事面だけではない、全体構造的に同盟関係が構築されているのである。

新保守主義の魔の手はレーガン政権のときに開始され、国営会社の「民営化」政策などの一連の政策で、社会のあらゆる場面で浸透してきた。社会福祉政策の放棄、小さい政府、強い国家という矛盾した政治(というか、ばかげた政治スローガン)によって、アメリカ、イギリス、日本などはこの失われた30年を駆け抜けてきたのである。

アメリカは国民のほとんどが医療保険を受けられない貧困社会になっているが、日本も安倍政権以後に、この「貧困大国」をモデルにしたいと言うのだろうか。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
名無しの探偵
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日本維新の会分裂

2014-05-29 09:45:03 | 政治
日本維新の会が結成1年半で分裂しました。組織的には分党のようですが、石原、橋下両共同代表の政治理念信条の違いから見れば「分裂」と言えるでしょう。特に同じ憲法改正でも石原代表は「自主憲法制定」に自民党議員以上にご執心であり、橋下代表は、例えば中央からの地方分権、制度改革等を進めるには、「現行憲法の改正」が必要との主張で、その実現方法として石原氏の目線は自民党への復党に注がれ、橋下氏は結いの党、他との野党再編へ注がれていたと言うことではないでしょうか。

因みに石原、橋下氏が「日本維新の党」を結成した2011年11月17日頃に投稿した投稿文を過去記事から抽出して、当時を振り返って観たいと思います。

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「石原慎太郎劇場にだまされるな」

一昨日であったか、「たちあがれ日本」が解党され、石原新党「太陽の党」に衣替えして、「減税日本」と合流すると、石原代表と河村代表が共同記者会見で発表したが、その後石原・橋下会談で上記の合流は「太陽の党」と「減税日本」の茶番劇であったと橋下氏が暗に暴露、メディアも国民も石原氏と河村氏に騙されていたことが判明し、「えぇ!?」と開いた口が塞がらない思いであった。

さらに今日の読売ニュースでは、一転して、「減税日本」との合流話は反故にして「太陽の党」は解党、「日本維新の会」に合流して石原氏が代表、橋下氏が副代表に就くよう調整、と報じられている。今夕正式発表があるらしい。

http://www.yomiuri.co.jp/election/shugiin/2012/news1/20121117-OYT1T00406.htm?from=top

また、国会議員団代表には松野氏に代わって旧たちあがれ日本代表の平沼氏が就くと、朝日新聞は報じている。

これが事実とすれば、これまでの一連の石原慎太郎氏の動きをどう見るか。野田首相は早速「野合」と評し、田中真紀子氏は「暴走老人」と評していたが、何れにしろ一連の橋下・石原会談で、橋下氏は作家石原慎太郎の「言葉」に心酔させられていたようである。その最たるものは石原氏の「俺は義経に惚れた武蔵坊弁慶だ、しかし橋下さんを義経に終わらしてだめだ、源頼朝にしなくては・・」の言葉が最大の殺し文句となったのではなかろうか。そこまで言われれば冷徹な橋下氏も悪い気はしまい。今度の選挙で野田首相の言う「野合」が吉と出るか凶とでるか、あとは国民の眼力に懸っている。

それでは国民は何を見るべきか。先ず「太陽の党」の所属国会議員(石原、平沼、藤井、園田、片山各議員等)はほとんど自民党出身のベテラン政治家であること、従って、選挙後は自民党と連立を組んで政権に就こうとすることは目に見えており、今の第三極というのは名ばかりで、「日本維新の会」は第二自民党もしくは自民党の補完政党になろうとしていると見ても間違いはあるまい。

そうなれば、太陽の党のベテラン議員は自民党安倍政権と連携して、憲法改正、現行憲法での集団的自衛権行使、尖閣列島に灯台と避難漁港設置=日中冷戦時代に突入=経済低迷、消費税増税、原発継続に突き進む、という構図が想像される。一方初当選した新人議員は指をくわえて見ているだけで、国会での賛否の具にされるだけであろう。

橋下氏も政治的野心をくすぐられ、今はその状態に気が付いていないようである。その姿は、クレオパトラの美貌と野合作戦に操られたローマ帝国のシーザーの生きざまにも似ている。悪く言えば、太陽の党だけでは風は起せないので、石原氏は橋下氏を美貌ではなく言葉で酔わして利用することに成功したようである。

軒を貸して母屋を盗られたことに後で気づいて、橋下氏が石原氏との決別を決意することもありえようが、時すでに遅く石原氏率いるメンバーは橋下氏を使い捨てて自民党へ復党し、2年後には平成24年の橋下旋風も過去のものとなりそうである。

何れにしろ、国民は作家石原慎太郎作・演出で、政治家石原慎太郎主演の「政治の季節」という劇に煽られ、引き込まれ、酔いしれないことが肝心である。

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次は民主党にも野田政権を支えた連中との分党を期待したいと思います。

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
厚顔
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「なだいなだ 常識哲学-最後のメッセージ」(筑摩書房)

2014-05-28 16:51:23 | 社会問題
なだいなださんが亡くなって間もなく一年が経とうとしています。最近、なださんが生前に書きとめていた原稿に講演原稿やブログに書かれた文章を追加してまとめられた本が、筑摩書房から出版されました。タイトルは「常識哲学」。なださんが最後まで拘っていたテーマです。

この本によれば、なださんが「常識」を‘有用な’哲学であり得ると着想したスタートは、精神科医としてアルコール依存症の患者を治療してきた時代に溯ります。若い医師としてアルコール依存の患者に向き合ったなださんは、この病の治療とは、従来常識とされていた‘医師が治す’というものではなく、‘患者自身が(断酒に)挑戦し続ける’という性質のものだと気づきます。そして、「偏見」とは「古い常識」であり、「新しい常識」にとって変わられるべきものとの認識に至ります。

その認識は更に発展し、「常識」は、宗教や倫理、あるいは神がくれたとされる「理性」のような「絶対性」「権威」を持たず、変化が宿命付けられた「相対的」「謙虚」なものである。しかし、この「常識」こそが、生身の人間や社会を変える上で‘有用性’を持つと、考えるようになります。

さらに、アルコール依存症の患者たちが「断酒会」を作って、仲間と一緒に断酒に挑戦し、成功していることから、有用なノウハウは自分たちの体験から生まれ蓄積されるもの、つまり常識そのものであると、なださんは「常識」への確信を高めます。

そうして長い時間をかけてたどり着いたのは、「特別なことをやる必要はない」「常識的にやればいい」「常識は偏らない、中庸である」という考えであり、その底流には、『常識には内部からブレーキをかけ行動を規制する、調和的な要素がある』という人間に対する本来的な楽観主義が垣間見えます。

なださんは、亡くなる5日前の最後の講演会では、「世界に常識的な政治家が少なくなった。自分もいつかは年を取るんだよということがわかる、そういう常識を持った政治家がいてくれたらいい。」「そう極端なことはやりなさんな。常識的にやりなさい。常識があればみんな平和を求める」と、「常識」の言葉を使って、今の政治について批判的に言及していました。

実際のところ、なださんが立ち上げた「バーチャル政党・老人党」の中でも、そこに繰り広げられた議論は、調和的な世界とは程遠いものでした。更に、現実の政治の世界では、「偏見」ならともかく、「非常識」が「今の常識」のような顔をして大手を振って闊歩し、世界中で謙虚や調和や寛容が通用しないような風潮が高まっています。

なださんの「常識哲学」と、こうした現実とのギャップついて、なださんはどのように考えていらっしゃったのかは、今となっては不明です。私自身、「常識」というある意味暢気な基準で今の事態が打開できるのかと、正直疑心暗鬼になる昨今です。

しかし、そうであれば尚のこと、本の最後のページに載っているなださんの温かな笑顔と、最後の講演の締めくくりに語った「常識という言葉があったことを広めて欲しい」というメッセージを、これからを生きる若い人たちが、「なださんの最後の贈り物」として真っ直ぐ心に留めてくれるようにと、今は願うばかりです。

「護憲+BBS」「明日へのビタミン!ちょっといい映画・本・音楽・美術」より
笹井明子
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個人的な些事、後悔先に立たず

2014-05-28 06:19:51 | 暮らし
最近の、福井地裁判決により、私も、大いに勇気づけられた一人だ。大飯原発運転差し止め並びにその論拠としての「250キロ圏の人格権侵害」に賛同するものだから。いわば、人権派の護憲だから。無論、9条を変えてよいなど毛頭考えていないが。今は、裁判所が、再稼動差し止めと人権、人格権を高揚していただいたことを大いに謝したい。以来、縷々、賛同者、同調者を得て、原発再稼動差し止め、延いては、人格権、人権の見直し、再生にまで、影響が及ぶことを、そしてまた、護憲・改憲対立に一石を投ずるものになることまで、強く期待している。それもこれも、すべて、主権者次第だ。

新聞等にも、多数の記事、批評もある事ゆえ、今、私如きが、付け足したところで、付け足すことも出来ないだろうと思う。後日、機会があれば、序でに、モノ申したいと思う。
 
今回は、私的な体験談を、お役に立つかどうかも怪しいが、ご紹介したい。実は、この一年、母が緊急入院し、リハビリ専門病院に転院し、老健に転所し、更に同所で転倒し、緊急入院し、更に転院、そして、自宅に帰ってきた。無事にというべきか…。

その中で、リハビリ専門病院中心に、お話ししたい。当初、日赤病院に入院し、その紹介で地元のリハビリ専門病院に転院した。当時は目先のことに囚われて、選ぶというより、言い成りになった、が真実に近い。確かに、肺炎で入院と、日赤病院では記録されていたのだったが。日赤では当初、症状が頻脈みたいなことになってしまって、深刻に思ってしまった。亦寝たきり状態の時に、介護認定を受けたものだから、要介護5の認定も受けてしまった…。近々、認定はダウンするだろうが。

転倒事故で骨盤(恥骨)骨折し、転院して再度同じリハビリ専門病院に入るまで、リハビリ専門病院についての知識は無かった。勿論、一度目から、そのスタッフ(看護婦、作業療法士、理学療法士等)の質量共の充実ぶりには気が付いていた。そこで、やっと、骨盤骨折だから同病院への再転院ができたのだと理解した。入院期間制限もあって、90日だ。

老健にも入所させたのだが、リハビリは、比較して不十分。その機会に特養ホームについても少し勉強したが、印象としては老健と左程変わらない。老健の方が、内科医にしろ、居るから益しかとか、考えたりしたが。そう、今は個室中心だ。転倒、感染など考えると、それで良ろしいかと。

更に、些事な私事。歯周病で歯を相当失うことになってしまった。歯の根元の骨が損なわれてしまった(大学病院で漸う理解)。もう、リンゴは齧れない…。情けないことになってしまったもの。申し上げたいことは只一つ、早期発見、予防が大事だったと大いに後悔していること。皆様に同様の機会が、仮に訪れたならば、同じ轍を踏んでいただきたくないものと思い… 勿論、訪れないことを願いつつ。

「護憲+コラム」より
蔵龍隠士
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矢田稔さん「山の手空襲追悼法要」で「やせんまこ ちっとばし」朗読

2014-05-26 14:59:05 | 憲法
『太平洋戦争末期、米軍の大規模空襲で都心や山手地区が焦土と化した「山の手空襲」から六十九年。表参道の善光寺(港区北青山三)で二十五日、追悼法要が営まれ、俳優の矢田稔(やだみのる)さん(83)が憲法九条への思いを込めた詩などを朗読した。
(略)
矢田さんは、集団的自衛権行使容認の動きなど「きな臭い世の中になっている」と話し、恒例の法要後の朗読で秋田の詩人、故吉田朗(よしだろう)さんの「やせんまこ、ちっとばし」を披露。秋田弁で「お年玉を少しばかり」という意味の詩は、憲法九条こそが孫世代に渡せるお年玉との内容で、うなずきながら聞き入る参列者の姿もあった。(略)』
(東京新聞5/26)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/20140526/CK2014052602000140.html

「やせんまこ ちっとばし」は2006年に秋田在住のメンバーの紹介で知り、感銘を受けた詩で、同じ年に私たちが開催した講演会で矢田稔さんに朗読をしていただいた経緯があります。

安倍自民党が「憲法9条」を目の敵にし、日本をもう一度戦争ができる国にしたいと攻勢をかけている今、矢田さんがこの詩をライフワークとして伝え続けて下さっていることに感謝しつつ、ここでもこの詩を再度ご紹介し、「憲法9条」を持つ喜びを改めて広く皆さんと共有したいと思います。

++++

やせんまこ、ちっとばし
           吉田 朗

おう、孫どもか、ええ正月したかな
やせんまこ、ちっとばしで、ごめな
なあに、おれのとこは
せがれが汲んできた神室山(かむろさん)の水こあるし
ドクダミの茶っこ飲んで
ハタハタ食って
これぞ七草、の七草粥食って
それで正月だば、おしめえだえ
貴賎を問わず、の七草粥だべ
ハコベだのセリだの、えっぺ入れだから
万葉の歌人になったえだあんべだったな

せばちょっと、むかしこ、しかひるかな
じちゃんだば、17のときから戦場で
死んでえぐ戦友どこじっぱし見で来たな
戦争に敗げたとき軍艦さ乗ってえだども
軍艦ってえっても駆逐艦だもの
軍艦旗はあっても菊の紋章、ちでねがら
死なねふても、えどおもったっけ
えじばん難儀して、ダガンダガンって
魚雷食って海の藻屑になったんだよな

おれの艦(ふね)も後部さ魚雷命中、戦死30人
やっとひぱらえで基地さ戻ったなだよ
修理終わって、さあ人間魚雷乗ひで
敵艦さ突っ込む訓練してだけ
日本は全面降伏したなだ

武装解除で、これからなんとなるべって
はかはかしながら、家(え)さもどったけ
次の年、憲法生まえで
これで生ぎらえるって跳ねあがったなだ

国と国が戦争すれば死人の山だもの
同じ釜の飯(まま)分けあってえぐのが地球
民族どうしは血こ分けだ兄弟だと思って
この60年、戦争のなかった国だったな
これからも殺したり殺されたりのない国
孫どもよ、憲法の広い心こ、おべでけれ
おれのおっき、やせんまこはその9条よ

+++
(秋田魁新報(06,1,14朝刊)から)

吉田 朗
1924年秋田市生まれ。2006年11月逝去。
北方自由詩人集団同人、「海風」文学会会員、秋田民主詩人会会員
詩集に「わが河口の伝説」「空白の行動日誌」「草萌の季節」など

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最後の孫どもよは「おべでけれ」→「覚えて呉れ」「おれのおっき」→「おれの大きい」
「やせんまこ」→「お年玉」です。

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
笹井明子
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当たり前の事を当たり前に語るとこうなる(大飯原発3、4号機運転差止請求事件判決)

2014-05-23 20:35:04 | 民主主義・人権
一昨日は、久方ぶりに司法の勇気を見た。大飯原発運転差止請求に対する福井地方裁判所の判断は、社会の秩序維持を名目に市民訴訟に対して法理念からも常識からも遠ざかる判決を出し続けた日本の大方の裁判とは明確に一線を画した画期的な判決だった。と同時に、「大飯原発3・4号機の再稼働差し止め」を命じた福井地裁の判決は政府の原発再稼働ありきの姿勢に真っ向対立する判決でもあった。樋口英明裁判長は250キロ圏内に住む住民らは差し止めを求めることができると判断し、運転差し止めを命じる判決を言い渡した。

参照:「大飯原発3、4号機運転差止請求事件判決要旨」
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/642f9f80c11ba45ffb13803a60025680

判決理由の最初に書かれた文章を読むと、この国にもまだ法理念に忠実であろうとする裁判官が残っていたのか、とほっとさせられる。

・・「個人の生命、身体、精神及び生活に関する利益は、各人の人格に本質的なものであって、その総体が人格権であるということができる。人格権は憲法上の権利であり(13条、25条)、また人の生命を基礎とするものであるがゆえに、我が国の法制下においてはこれを超える価値を他に見出すことはできない。したがって、この人格権とりわけ生命を守り生活を維持するという人格権の根幹部分に対する具体的侵害のおそれがあるときは、人格権そのものに基づいて侵害行為の差止めを請求できることになる。人格権は各個人に由来するものであるが、その侵害形態が多数人の人格権を同時に侵害する性質を有するとき、その差止めの要請が強く働くのは理の当然である。」・・・

人格権を憲法における最高の価値と位置付け、人格権の根幹部分(※生命を守り生活を維持する)の具体的侵害に対しては侵害行為の差止めを要請は当然、というきわめて明快な論理でこの判決は書かれている。平たくくいえば、命や生活の維持を脅かす侵害行為(原発事故のような)の危険がある場合は、その危険の源である原発の稼働を差し止めるのは、当然だという論理である。CM風に言うならば、【臭い匂いは元から断たなきゃ駄目】と言っている。

これは庶民の常識と同じ論理である。英国の法律は自然法である。これは「コモンセンス」に絶大な信頼を寄せた法体系だが、英国人の常識は信用できて日本人の常識は信用できないなどと言う事はない。というより、日本人の民度(常識のレベル)は、世界でも高いと思う。

ところが、日本の裁判(特に行政訴訟)は、この日本人の常識を覆すものが非常に多かった。つまり、司法の行政に対するチエック機能が非常に弱かった。この事は、憲法裁判に顕著に表れている。最高裁判所にある違憲立法審査権が戦後まともに機能した事はない。行政権の優越が続いている、といって過言ではない。

今回の判決が画期的なのは、明確に、人格権を憲法における「最高の価値」だと言い切り、再稼働をするためにつけられた様々な理屈(電気代の高騰など)を人格権より下位の価値と認定したところにある。

同時に、朝日新聞が「吉田調書」をスクープしたのも、最近ではない新聞の快挙。【美味しんぼ】に対する自民党や安倍政権の言論弾圧に対する見事なカウンターパンチになっていた。【不都合な真実】を隠そうとする権力者の本能ともいえるありようがあぶりだされていた。

官邸のゲシュタポと称される菅官房長官は、福井地裁の判決を聞いても、原発再稼働を粛々と行うといい、吉田調書は公開しないと強調した。要するに、【不都合な】事は、たとえ裁判所の判断でも無視し、吉田調書のようなきちんと精査すると権力側に大きなダメージを与えるような事柄は、知らさない、と言っているのだろう。秘密保護法の精神を体現している。

裁判所の判決が出されたら、その判断を尊重し、原発再稼働方針を再考するというのが法治国家の常識。政府がそれを歯牙にもかけないというのでは、国民に遵法精神を説く道徳的立場がなくなる。吉田調書のような重要な証言は、それを公開し、徹底的に精査し、二度と福島のような悲劇を起こさないために活用するというのが常識。

安倍政権のやり方は、このような【常識】を無視するのが常套手段。憲法前文・9条を読めば、どう読んでも、そんな事は出来ないという、「集団的自衛権」容認を強行しようとするのが、良い例。集団自衛権行使に反対の人間が入っていない事を指摘された安保法制懇の北岡座長などは、反対意見の人間など入れないのが民主主義などと強弁している。これが東大教授なのだから、東大教授などという人種は、常識など持ち合わせていないのだろう。

オーソドックスとヘテロドックスという言葉がある。日本語でいえば、「正統」と「異端」とでも訳せばよいのだろう。「異端」の存在価値は、【正統】があるからであり、「正統」なくして、「異端」はない。文学や芸術などをはじめ世の中の進歩発展深化は、【正統】と「異端」のせめぎ合いの中でなされてきた。【異端】が【正統】を勝ち取るためには、【正統】を超える論理と説得力を持たなければならない。【正統】を最も理解しているからこそ、【異端】が成立する。この逆説を理解していない「異端」は、ただの「掟破り」でしかない。

安倍政権は、立憲主義という【正統】に対する深い理解もない。北岡教授のような民主主義理解を見れば、彼らには【民主主義】という【正統】に対する理解もないと言わざるを得ない。つまり、【正統】に対する深い理解(意義と限界に対する深い考察)もなく、ただ自分たちの権力行使の都合のみで【正統】に挑み、捻じ曲げようとしているに過ぎない。比喩的にいえば、バスや電車を待っている行列に割り込む人間のようなものである。これに抗議する人を乱暴な態度や言葉で脅そうとする人間とそんなに感性は変わらない。

世間の常識では、こういう人間を【非常識】とか【掟破り】とか【乱暴者】とかいう。少なくとも、安倍政権の同伴者には、籾井NHK会長などのように、この種のレッテルを貼られても仕方がない人間が多い。昔から庶民は、この種の権力者に対して【無理が通れば道理引っ込む】という言葉で、面従腹背の態度をとってきた。どうやら、安倍政権は、それを良い事に自分たちの政策を強引に強行しようとしているようである。

今、日本の国民にとって一番重要な事は、自分たちの常識を信じて、声を上げることである。難しい理屈をこねまわし、国民を煙に巻くような事を云う奴は全て偽物。

今回の判決は、常識的な論理で誰にも納得できる常識的な判断を下したからこそ高く評価できる。これを考えても、現在の思想状況・言論状況が如何に酷いものかという事が、今回の判決であぶりだされたと思う。

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
流水
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解釈改憲は憲法99条違反

2014-05-22 09:01:08 | 憲法
記事「じぇじぇじぇ、それは憲法違反でしょ! 」に対して、ハンドルネーム「安打製造屋」氏から、『もう1つ追加で』と題して、 「この人でなし内閣は、堂々と憲法第99条違反を行っております。」とのコメントを戴きましたのでご紹介します。

第九十九条  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

憲法96条にもとづかずに、解釈改憲で集団的自衛権の行使を閣議決定すれば、憲法99条違反は明白でしょう。
メディアの皆さん、これを「憲法違反!」と言わずして何を憲法違反というのでしょうか。

「護憲+BBS」「解釈改憲は憲法違反行為では」より
厚顔
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