老人党リアルグループ「護憲+」ブログ

現憲法の基本理念(国民主権、平和、人権)の視点で「世直し」を志す「護憲+」メンバーのメッセージ

維新の分裂騒ぎと山口組分裂騒ぎ報道の狙い

2015-08-31 09:55:47 | 政治
維新の会が実質分裂した。27日、橋下と松井が離党すると発表。昨日、橋下市長は、維新の会の大阪の国会議員は離党しないように説得。安保法案の重要性を強調した。ところが、今日は、大阪維新の会は、全員離党、改めて、国政政党として出発するという。

橋下が嘘つきである事はよく分かっていたが、政治活動から引退するという前言も取り消し、離党はしないと言いながら、今日は離党。これだけ言う事がくるくる変わる政治家も珍しい。

何故、今なのか。御用評論家どもがしたり顔の解説をしているが、本当の理由は一つしかない。8月30日の国会前反安保10万人デモ報道ニュースを薄めるためだ。31日のTV報道を見れば、如何に30日の国会前デモニュースの量が少ないか、一目瞭然。報道管制か報道自粛か知らないが、かなりの圧力がかかっているとしか思えない。

しかし、何も大きなニュースがないのに、報道をしないと余りにも不自然。だから、無理を承知でニュースの材料を提供した。それが維新の会の分裂騒ぎというわけだろう。

30日の大デモは相当前から告知されており、政権側は菅官房長官を中心にそれに対する対抗策を練っていたに違いない。維新の松井大阪府知事や橋下市長などに相当な根回しがなされていたと想像するのが自然だ。橋下や松井は、維新分裂を主導し、政権に恩を売った、というわけだ。橋下が言う事をくるくる変え、前言を撤回したのも、出来るだけインパクトを強め、ニュース価値を高める計算に基づいたパフォーマンスだ。

しかし、これだけでは、所詮野党内の内輪もめ。ニュース価値もそれほど高くはない。もう少し、インパクトが必要。それが、山口組の分裂騒ぎというわけだ。おそらく、この分裂騒ぎ警察は相当以前から掴んでいたに相違ない。30日の反安保10万人デモの衝撃を弱めるための発表のタイミングを図っていたのだろう。

維新分裂騒ぎと山口組分裂騒ぎ、この二つが重なると相当なインパクトがある。しかも、この二つの分裂騒ぎ。山口組も維新の会どちらも創業者側が権力を失い、それを奪還するための分裂騒ぎだという共通点がある。権力に取りつかれた『人間の業』がよく分かる騒ぎで、興味をそそられる。橋下という欲望の塊のようなキャラクターは、こういう騒動にはぴったり。これが、ニュース価値を増幅したというわけだ。

まあ、政治家もやくざも権力を利用して、利権を独り占めしようという剥き出しの欲望の持ち主であり、それを獲得するためには、手段を問わない。やくざ流にいうなら戦争、政治家流にいうなら抗争も厭わない。というより、そういう事が大好きなのが、やくざや政治家である。

政治という世界。どんなに美しく魅力的な絵を描いても、それを実践するためには、何が何でも権力を掌握しなければならない。権力を掌握するためには、泥水も呑まなければならないし、綺麗ごとだけではやっていけない。

本当の意味で魅力的な政治家は、『蓮の花』のような存在でなければならない。一言でいえば、美しい花は、泥水の中から生まれるというわけであろう。

問題は、大半の政治家は、泥水に慣れて、『蓮の花』を咲かせないと言う点にある。最初から持ち合わせていない人間も多数いる。そうなると、あるのは、武藤議員のような『お前たちはルールを守れ。俺は別だ』という剥き出しの権力欲のみということになる。こういうのを本当の『OUT OF LAW』という。

これでは、やくざと政治家の相違点など見出せなくなる。山口組の分裂騒ぎと維新の分裂騒ぎが同じに見えるのも無理はない。だから、合わせて報道することにより、30日デモのインパクトを弱めたのであろう。

「護憲+BBS」「政権ウォッチング」より
流水
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8.25NHK包囲行動・参加報告

2015-08-27 12:22:25 | マスコミ報道
8月25日に行われた「NHK包囲・抗議行動」に参加しました。

行動開始の15分ほど前にNHK西門に到着。人は思った程多くないので、少々気がかりでしたが、時間と共にどんどん集まり、6時半の開始時間には道路に3重、4重の列ができました。

最初にNHK敷地に向かって皆でコール。
「NHKをアベチャンネルにするな」「国民の声を伝えろ」「籾井会長は辞めろ」「私たちは怒っているぞ~!」

ゲストスピーチでは、夫々に「ドキュメンタリーなどは今も優れたものが作られているが、7時のニュース、ニュースウォッチ9など、皆の目に日常的に触れる番組は政府の広報に成り下がっている。また、国会中継を流す、流さないの判断に、政府への過度な配慮、追従が存在する」という私が日頃感じているのと同じ評価、怒りが表明されました。

中でも、元NHKプロデューサーで過去に番組改編に関わった永田浩三さんのNHK職員に向けたアピールは、真情が篭り、真実を語る迫力に満ち、強く心を打たれました。NHK職員の皆さんにも、この言葉が届くと良いのですが。

このスピーチを含め、集会の様子が以下で見られます。是非ご覧ください。
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/259507

私の居た場所の参加者は500~600人位かな、という感じでしたが、西門前、正門前、ふれあいホール前の3箇所を合わせて、参加者は1000人ということでした。

包囲行動は、今後報道姿勢が正されない限り、まだまだ続けるようです。NHKさん、皆の切なる声を真剣に受け止めましょうよ!

>☆政権べったりの報道をやめろ  怒りの声でNHKを包囲しよう!☆
        8.25NHK包囲行動
> 主催: NHK包囲行動実行委員会
>チラシ:http://kgcomshky.cocolog-nifty.com/825NHKhoui/NHKhoui.pdf

「護憲+BBS」「イベントの紹介」より
笹井明子
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9/5色川大吉講演会『戦後70年 8月15日に考えたこと』」

2015-08-25 16:17:05 | イベント情報
「色川大吉講演会『戦後70年 8月15日に考えたこと』~この国はどこへいこうとしているのか」

9月5日土曜日

開場: 午後1時15分
開演: 午後2時

会場: 武蔵野公会堂大ホール
   (吉祥寺駅南口徒歩3分)

資料代:1000円

・・・
20015年8月15日
歴史と法と人命を軽く扱う者たちがはびこる中、歴史家は何を思うのか。
いまこそ、色川先生のお話を伺いたいと思います。ぜひご参加ください。
・・・

予約不要。お気軽におこしください。

(以上、フォーラム色川主催で、同ホームページより)
http://www.irohokuto2010.com/

名無しの探偵
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あれから70年

2015-08-24 15:28:14 | 戦争・平和
振り返って見れば、もう70年も過ぎたのか。
 
選択の余地、まったくなしの「狂気の日々」に、それぞれが息をひそめて何を思い暮らしたか。外に出れば皆一様に「鬼畜米英」を言い、「神国日本」を唱え合ったが、戸を閉ざした中では口外無用と強く戒められながら、「もう駄目、ベニヤ板の飛行機や竹竿しか残っていない」の悲痛。

だが、「あの日」から、「命は一人一人のもの」と180°成り変わった「希望の日々」となった。

「希望の日々」。言葉は良いが「狂気」の置き土産を引きずりながらの「復興・常態化」に、人々はどれだけの辛苦を背負ったか。もう二度と繰り返してはならぬ「狂気の日々」である。

だが、この丸い星の上では、諸事丸く収まらぬ、いや、収めたくない成り上がり願望に憑りつかれた者たちが後を絶たず、あちこちでいさかいが引き起こされている。

おお、よくぞ言った。成り立ちにかこつけてのいささかの異論ありと言えども、さすがその「平和憲法」の護持・順守を誓ってその座に就いた宰相。「積極的平和主義」なる旗を掲げ、創世主のごとくこの星を俯瞰し各地を駆け巡ると宣言して、その数早や50を超えた。

この間の成果や如何。囚われ人となった邦人二人の命も救えず、掲げた「旗」にひれ伏す姿すら見せず、こともあろうに、その国においてもそうであろう「最高機関」たる議会において、「武力使用を可能にする国内法案」を成立させるとの所信表明。何をかいわんやである。
 
授けられた命は各人に一つだけ。その他大勢のためにお前のそれを差し出せと言うは、それこそ最大の「利己的考え」というべきであろう。

「あなたの命同様に私の命も扱って」。これこそが命あるものすべてが心に置くべき基本の基であって、生まれ出た者に注ぐ慈しみは、言外にこのことを傾注していると言うこと。これが地上すべての命あるものに授けるべき教えであろう。

私事ながら、小生 これまでに四度この宝物を失いかねない事態に遭遇した経験を持つ。
 
その第一回目が、戦争末期の8月初旬。校庭へと続く道を歩いていた時、近づいて来る轟音。すぐ「敵機」と判る。もう自分たちの空を飛ぶ日の丸を着けた飛行機はなかったから。
 
夏。曲がりなりにも白いものを身に着けているから、「標的」がそこにあるようなもの。しかし、伏せる。目の前2メートルあったかどうか。機銃掃射の土埃が右から左へと走り、その先 悲運。校舎2階の窓から身を乗り出して天を仰いだ教師を直撃。窓枠に折れるように腕を下げ、即死であった。

「機銃掃射の土埃」の残影は、舗装など無縁の田舎道に降り注ぐ驟雨の、最初の何粒かが立てる土埃に重なって蘇り、身震いしたものである。

人が人を殺す。その最大規模は「戦争」である。その愚は、経験せずとも「想像力」によって自得し得るもの。
 
「積極的平和」のために、世界に向かって実のある発信ができる国に一歩でも踏み出して欲しいものであり、各地で示される「民意」を、聞きかじった「利己的」なる言葉で押しやるような「選良」は、その任に適わぬとする主権者の溢れいる社会への成長を、いまだに夢見ている。

「護憲+コラム」より
百山
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戦後70年の広島での合宿報告

2015-08-22 20:31:45 | 集団的自衛権
8月1日(土)~2日(日)、生活クラブ労連、パル労協、グリーンコープ労協の三労連の合宿を広島で開催しました。今年度で15回目(15年目)となりました。

開催の趣旨は次の通りでした。
「(前略)しかし、今回の合宿のテーマを次のように提案するとともに、テーマにふさわしい開催場所として、<広島>をお願いし、獲得目標を以下の様に整理しました。

1.日本帝国主義によるアジアへの侵略戦争と対するアジア、なかんずく、中国人民の独立・解放戦争に伴う日本帝国主義国家(天皇制国家)の敗戦から70年であること。その戦争の最終期に、アメリカよる前述の<第二次世界大戦>後の世界戦略(戦後の対社会主義国家との対峙=冷戦)を踏まえた実践的<原爆>の投下から70年であること。  

2.今一つは日独伊三国同盟に象徴される全体主義的資本主義“ファシズム”国家対ブルジュア民主主義的資本主義国家の国際戦線と社会主義国家の統一戦線(反ファシズム統一戦線)との国際戦争の勃発とその戦争における全体主義的資本主義“ファシズム”国家の敗北(敗戦)から70年であること。 を踏まえた上で

3.“村山談話”に象徴される“侵略国家”として、アジア、なかんずく、中国・朝鮮半島国家への侵略に“謝罪と反省”を安部政権が継承していくのか、かっての“道”を日米同盟のアメリカへの隷属性をより強い<隷属性>へと展開させ、アメリカの<負>の先兵国家としての明日を選択するのかが、今、現在<国民>問われていること。

4.その生い立ちから“平和主義的勢力”であり、戦後一貫して、<生協>の事業と運動及び生協組合員と生協労働者は、民主主義の旗を掲げてきたが、実践的にそうした歴史の継承の真価が問われる時代とそうした状況の民主主義的変革の主体として<自己形成>することが求められていること。

5.以上の歴史的生い立ちと現在の時代的状況に対する私たち生協労働者及び生協労働組合の時代認識と時代的実践が運動の形成確立が求められている、と総括される。

6.したがって、今回の合同合宿でそうした時代認識を獲得していく為に“ヒロシマ”の<歴史と現在>をシッカリと<知ること>から始めることが必要である、と考え、<“ヒロシマ”での合同合宿>を企画したと云えます。(後略)」

上記の合同合宿では、まず初めに、広島県平和運動センター元事務局長、広島県原水禁元事務局長横原由紀夫氏に「何故、日本は『民主主義、立憲主義』を壊す国になったのか!―敗戦・被爆70年:問題と課題―国民の騙される責任」のテーマで基調講演をしていただきました。

その講演でのまとめ―何が問題か―
「1.安部政治は『全体主義・独裁政治』。民主主義と立憲主義、平和主義を取り戻すことが最重要。

2.日本はドイツと異なり、国民自身が「戦争責任」「戦後責任」を問い考えてこなかった。結局、戦前と戦後が断絶ではなく継続している。

3.「核の利用」についても、被爆国でありながら、真剣に考えてこなかった。被爆の被害は主張したが、なぜ原爆投下か・その責任は問わなかった。加害性の欠如。
1975年原水禁世界大会で森瀧史郎代表委員は「核と人類は共存できない:核絶対否定の理念」を提起したが、広める運動が弱かった。「核の利用は差別構造で成り立つ」という人権を基本とする運動提起が弱かった-と私は考える。

4.安保法案(戦争法案)も核発電(核の利用)も「人権と平和的生存権」が根本で経済的利益とは相反するもの。しかし、そのとらえ方は弱かった。経済優先・成長優先主義の罪。敗戦・被爆70年は「騙されてきた国民の反省がなければ・・・。

5.「加害と被害を複合的にとらえた平和運動」の追及が大切-と考える。

6.東北アジア諸国(中国、韓国・朝鮮、ロシア、モンゴル)と平和共存を原則とする対話・協調外交を中心とすれば、安保法案など不要であり、沖縄の米軍基地・日米安保(軍事同盟)も不要となる。日本の進む方向についての議論こそが重要な課題。」

との問題提起を受けて、質疑応答後に、「TPPに関する問題点の整理」等の討議を行い、「安保法案反対」「TPP協定反対するとともに、日本の農業を守り、食の安全と消費者の健康を守る生協運動」に関する決議を全会一致で採択され、9月に開催される「TPP反対集会」にパル労連が代表してお届けする、ことが確認されました。

その後、フィールドワークとして、「広島平和記念資料館」「原爆ドーム」「慰霊碑訪問(加害の歴史として韓国人慰霊碑訪問含む)をしました。


若い世代(20~40代)にとって、講演とフィールドワークと通して、「抽象的な<戦争と被爆>から<戦争と被爆の現実>を突き付けられた」との感想が多く聞かれるとともに、「<戦争>へ道へと進む『安保法案反対と平和への想い』と「TPP反対に向けた生協運動の大切さ」への理解の深まりが、合同合宿の成果ではなかった、と受け止めています。

「護憲+コラム」より
せっちゃん
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8・30の10万人国会包囲行動 14時~15時半

2015-08-22 20:25:23 | 集団的自衛権
8月30日(日)に、「戦争させない、9条壊すな!総がかり行動実行委員会」からの呼びかけで、大規模デモが予定されています。

「8・30の10万人国会包囲行動と全国100万人行動の創出で、安倍政権をさらに追いつめ、戦争法案を廃案にするたたかいを」

http://sogakari.com/?p=627

14時~15時半 詳しくは、こちらのHPから「総がかり行動通信No.15」を開けて、後半部分をご覧ください。

http://sogakari.com/

「護憲+BBS」「イベントの紹介」より
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8月27日「サロン・ド・朔」は特別企画

2015-08-21 08:52:58 | イベント情報
8月273日(木)の「サロン・ド・朔」(☆)例会は、特別企画として、以下のイベントに参加します。

☆★今井一著『「解釈改憲=大人の知恵」という欺瞞』刊行記念 小林節・吉田照美・今井一 鼎談・・・解釈改憲を止め立憲主義をとりもどそう!★☆
http://www.junkudo.co.jp/mj/store/event_detail.php?fair_id=9765

■日時:08月27日(木)19:00 ~ 21:00
■会場…MARUZEN&ジュンク堂書店 渋谷店 7階喫茶コーナーにて
  〒150-8019
  東京都渋谷区道玄坂2-24-1東急百貨店本店7F
  TEL.03-5456-2111
■入場料…1000円(ワンドリンク付き)

安倍政権の「戦争法案」成立に向けた策動と真っ向勝負の只中に、あえて「護憲派」を含む国民のこれまでの姿勢を糾し、主権者の責任を問う今井さんの新刊著書は、中々理解を得辛い面があるようですが、民主主義の担い手たる私たちの足腰を強くする思考は、安倍政権NOと同時併行的に培っておく必要があるのではないでしょうか。
お時間のある方、興味のある方は、是非直接お申し込みの上、ご参加ください。当日お会いする事を楽しみにしています。
     
====
☆「サロン・ド・朔」とは、「護憲+」メンバーを主軸に「SNSリアル版」のような形で運営するフリーな集まり(@東京)で、毎月テーマを決めてそれに相応しい講師をお招きし、勉強会・親睦会を行っています。皆さんの参加を歓迎します。

2014年8月以降に取り上げたテーマは以下のとおりです。

(2014年)
 8月: 「シェーナウの想い」上映とお話「ドイツの民主主義と反原発運動」
 9月: 「高齢者介護を巡る問題  孤立・依存・虐待」
10月: 「9条・実質改憲に、主権者主導の国民投票を!」
11月: 「スコットランド独立住民投票報告」

(2015年)
 1月: 「地域から市民が政治をかえる」
 2月: 「民主党(と長妻議員)の現状」
 3月: 「今、沖縄・辺野古で何が起こっているのか」
 4月: 「皆で考える 日本国憲法」
 5月: 「映画 日本国憲法」DVD視聴
 6月: 「市民に選挙をとりもどすプロジェクト(とりプロ)と2015年衆院選無効請求訴訟
 7月: 「満州・阿片と731」

「護憲+BBS」「イベントの紹介」より
笹井明子
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戦後70年の夏(2)・・安倍談話

2015-08-19 20:54:35 | 安倍内閣
8月14日に安倍総理から戦後70年談話が発表された。安倍応援団の産経・読売などは、安倍支持率が上がったと騒いでいるようだが、ひいきの引き倒しで、言論機関としての矜持を置き忘れた評価だろう。

わたしには、1945年8月14日に出された「閣議や軍事機構の資料を燃やせという通達」と重なって見える。一言で言うと、村山談話をないものにしようという意図が露わになった談話である。それが証拠に早速外務省のHPから謝罪文言などが消去されているようだ。

今回の談話、官僚の作文(外務省か?)だという匂いがぷんぷんしているので、さもありなんと思う。村山首相が鋭く指摘している「安倍談話」は美辞麗句を並べ立てただけで、何を謝罪し、今後どうするかについて何ら説明していない。談話の焦点はぼけ、何を言わんとしているのか「さっぱりわからん」と言う事だと思う。

わたしは、この談話を、リテラに掲載された戦後史専門家・保坂正康が指摘している昭和10年代の軍人の議会答弁の特徴との比較の視点で見ていた。

・・・・・・
①具体的な説明には必ず大仰な形容詞がつく。⇒「皇国二千六百年、戦って負けた事のない皇軍は・・」「大御心を体して・・」などという語を連発。質問にまともに答えない。
②まともな立論がなされていないので、説明が五分持たない。東条英機が首相、陸軍大臣として、「戦争が終わったときとはどういう時か」という質問に対して「平和が回復した時」と答えたのが典型
③軍人は軍事に偏った知識しか持っておらず、社会科学・人文科学と言った分野は全く駄目だという事。言葉に歴史的背景や哲学的意味合いが込められていない。

保坂氏はこれを『形容詞』『立論不足』『耳学問』と呼んでいる。

「戦後70年談話」で妥協しても何の痛痒も感じず⁉ 安倍晋三の浅く軽薄な思想は戦前の軍部そっくりだった
http://lite-ra.com/2015/08/post-1388.html
2015.08.14. リテラ

安倍首相や中谷防衛大臣などの国会での答弁を聴いていると、保坂氏の指摘する軍人の議会答弁そのものである事が理解される。たとえば、原子力規制法について語る時、必ず【世界で一番厳しい】という形容詞をつける。【戦争法案】を【平和法案】と強弁する。

今回の談話でも侵略とか植民地支配について、彼は以下のように述べる。「二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解 決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない」

これは日本国憲法の平和主義の精神そのもの。彼は九条改正論者であり、憲法改正論者である。現実政治の場でそういう立場を取っている人間が、談話では日本国憲法の平和主義の権化のように語る。社会科学や人文科学を少しでも学んだ人間ならば、恥ずかしくて、このような矛盾に満ちた言葉を使う事はできない。しかし、安倍晋三首相は、そういう事を考慮するような人物ではない。その場をしのげば、それで良い。逆に、「侵略も植民地支配も反省もお詫び」も全部入れた。俺は、よく我慢した、程度の認識であろう。これを高く評価して、支持率が上がったなどと持ち上げる読売や産経などのジャーナリストとしての見識を疑う。

同じく昭和史研究家半藤一利氏は、昭和史から社会が戦争へ向かっていく危険な兆候を6つ挙げている。
・・・・・・・
①「被害者意識と反発が国民に煽られる」
②「言論が不自由になる」
③「教育が国粋主義に変わる」
④「国民監視体制が強化される」
⑤「テロの実行が始まる」
⑥「ナショナリズムが強調される」
・・・・サンデー毎日「戦争ができる国最終段階に突入した。

上の六つの条件。完全にクリアーしているのが、現在の日本。①は、中国・韓国・北朝鮮の脅威の煽りを見れば十分。②は、NHKなどの報道機関の体たらくを見れば、これまた充分にクリアー。③は、教育基本法の改悪 により、今や愛国心重視の教育が行われている。④はマイナンバー制度を悪用すれば、監視は十分。⑤は、自民党加藤紘一氏自宅放火事件などがその萌芽。⑥は、排他的同調主義。ヘイトスピーチなどが典型。

安倍談話は、現実の日本で進行している(彼らが進行させている)事態など何もないかの如く内外に見せかけるための官僚の作文である。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
流水

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戦後70年の夏(1)

2015-08-18 21:16:30 | 戦争・平和
今年の夏は異様に暑い。外出すれば、日差しが刺すように降り注ぎ、アスハルトの照り返しがじりじりと体力を奪う。暑いのは天候だけではない。戦後初めてと言ってよい、戦争が本当に現実のものになるのではないか、という恐怖が、反戦の思いを熱くしている。

・・・
● あなたは 勝つものと思っていましたかと 老いたる妻のさびしげにいふ  土岐善麿
● 今の世の 幼きどちの生ひい出て 問ふことあらば すべなかるべし 釈 超空 

さりげない妻の一言が胸を抉り、知性を失った苦々しい思いに浸る。
また、幼いものたちがやがて責任を問うならば、われわれ世代は応える術がないと超空は口をすぼめる。・・(中略)・・

● 兵たりしもの さまよえる風の市 白きマフラーをまきゐたり
哀し  大野誠夫 

白い絹のマフラーは、もと特攻隊の兵士か。都市の闇市にさまよう姿はいかにも虚しい。
・・・・・8/18毎日新聞 敗戦直後の悲歌(篠弘)

戦後文学者たちの戦争責任を本格的に問うたのは、吉本隆明である。彼の容赦のない追及は、表現と思想に対する新たな地平を切り開いた。吉本のような厳しさはないが、上の篠の立論は、戦争にからめとられた歌人たちの忸怩たる思いと悔恨をかなり正確に描いている。特に妻の一言で胸を抉られた土岐の悔恨は、深かったと思う。

一口に戦後70年というけれど、わたしは、いまだに8月15日を「終戦記念日」と呼ぶ風潮に馴染めない。誰がどう考えても【敗戦記念日】でしょう。【敗戦】には、敵に負けたというニュアンスがあり、【終戦】は自ら戦争を辞めたというニュアンスが色濃い。つまり、日本の意志で戦争を辞めたのであり、負けたのではない、という意味が【終戦記念日】には込められている。日本会議や現在のネット右翼連中の言い分に近いニュアンスがある。

現在でも誰がどう見ても【戦争法案】そのものを【平和法案】などと強弁する。この種の言い換え、はぐらかしは、日本支配層(官僚)の得意技だが、敗戦直後からこの習性は変わっていない。

何故、このような詭弁やはぐらかしが横行するのか。その歴史的遠因は、日本人自身の手で戦争責任を裁かなかった事にある。また、何故安倍首相たちのような歴史修正主義が横行するのか。これも良く知られた事実だが、ポツダム宣言受諾決定後、1945年8月14日に閣議や軍事機構の資料を燃やせという通達が出されている。その結果、様々な場所で、膨大な資料が焼かれている。

理由は明白。ポツダム宣言に書かれている「戦争犯罪人に対する処罰」を恐れたため、証拠になる書類を焼却したのである。このため、戦争の歴史の多くの部分が空白になっている。この軍や官僚など支配層の行為は、反国民的であり、犯罪行為と言ってよい。ここには、戦争推進した事に対する何の反省もなければ、歴史に対する敬意もなければ恐れもない。まさに、反歴史的行為である。

200万とも300万とも言われる死者を出し、アジア諸国の人々に多くの被害者を出した戦争を資料に基づいて分析し、完全な総括をしなければ、新たな道など踏み出せないし、再び道を誤る危険性性が高い。歴史に学ぶとは、時として道を誤る人間の営みに謙虚であることと同義である。

歴史修正主義者連中が二言目には資料を出せというのは、終戦前後あらゆるところで行われた資料焼却をよく知っているからこそ出る台詞である。「証拠がないだろう」というしたり顔の裏に歴史に対する不遜な姿勢が透けて見える。こういう連中が権力を握ると、またぞろ政治の不都合な真実の『隠蔽』『改竄』が罷り通る。ワインゼッカーの演説ではないが、『過去に目をつむる』ものは、『現在にも目をつむる』のである。

彼らに比較すると、篠が書いている文学者たちの苦悩は、はるかに人間的だった。当時としては一級の知識人だった土岐や釈、斉藤茂吉や土屋文明などの歌人たちが、戦争直後茫然自失し、自らの戦争責任に直面していた。吉本が鋭く追及した高村光太郎などは、戦後、自らで自らを裁いた。

しかし、戦争遂行に協力した多くの知識人は、自らの戦争責任に目をつぶり、戦後を生き抜いた。教師などは、その最先端に立たされた。昨日まで鬼畜米英を叫び、お国ために死ねと教えた教師たちは、明日からは、『民主主義万歳』を教えなければならなかった。この苦い想いこそが、戦後教育の出発点だった。『教え子を二度と戦場に送るな』という日教組運動の原点は、アンビバレンツな状況を強制された教師たちのレーゾンデートルを取り戻す運動だったのである。

以前、わたしは、坂口安吾の『堕落論』の話を書いた。坂口の『日本人はもっと落ちろ』とか『本土決戦をすべきだった』という悲痛な叫びは、日本人の戦争責任追及のあいまいさを怒っている。現在の政治状況や沖縄と本土の戦争に対する感情の落差を考えれば、彼の怒りは、ますますその正当性を増している。

安倍首相や日本会議その他の歴史修正主義連中の主張などは、同じ敗戦国ドイツなら法律で禁止された主張であり、彼らが権力を握るなど決して考えられない話である。この彼我の違いは、自らの手で戦争犯罪者を裁かなかった日本と今に至るまで徹底的にナチスドイツの犯罪を追及し続けているドイツの差である。

歴史にIFはない。現在の日本の政治状況は、日本人自らが招いた(選択した)結果である。どれだけ気に入らないとしても、受け入れなければならない。そして、私たちの手で変えていかなければならない。今年の夏は、その正念場になると思う。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
流水
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九州各県 強気の人口想定(8/9) 異議あり!

2015-08-12 09:51:45 | 社会問題
地方人口ビジョン=政府は昨年12月、人口減少対策の「まち・ひと・しごと創生総合戦略」と人口の将来展望を示す長期ビジョンを決定。都道府県と市町村に対し、①2016年度から5カ年の地方版総合戦略 ②人口の見通しなどを盛り込んだ人口ビジョンの策定を求めている。政府の長期ビジョンは、出生率が30年に1.8、40年に2.07程度上昇すれば、60年に「人口1億人程度」を確保できるとしている。

http://www.asahi.com/articles/ASH6H3K3FH6HTIPE00S.html
福岡県人口、国予測ほど減らない? 県は「9割維持」

一見して、極めて大きな違和感を覚えた。世上、2050年には、日本の人口は、7000万人~8000万人に減少するとされて来た。地方には、中央から指示されて応えようとするには、諸々思惑もあるだろう。それは良い…新規予算の獲得の為であれ…関心は薄い。

だが、看過できないのは、中央のビジョンである。この数字は、あれこれの施策の夢想・捻り出した効果を足したものなのか?素も、大きな国策の故に、人口膨張したり、減少したりするものではなかったか? 過去を振り返れば、誰にも心当たりはあるであろう。敗戦後、平和が訪れて、人口爆発・膨張して、団塊世代が誕生した。その第2世代とか、第3世代とか、話題にも上った。

ところが、昨今は、安倍政権が憲法違反を閣議決定し、今、その具体化=違憲立法を企てしようとしている。その法案、10把一絡げにして、採決は一回で済まそうとしている!民主主義に悖る政権運営である。安倍一族があれこれ物議を醸すと、法律が成立した後にしろ、とまでご指導の入る始末…。

更に、格差社会を継続・強化した侭で、「産めよ増やせよ」と言いたいのかとも見え、戦争と平和、一部の強者のみに手厚い政策、後はご勝手にと言わんばかりの放置政策=再配分無視との整合性に、強い違和感を覚える。 

大きな政策の人口問題への影響から目を逸らすための、こうした積み上げ方式の話題提供を、敢えてしているのかとの疑念消えず、怒りを覚える。主権者としての、その一人としての怒りである。馬鹿にしているのか?!安倍一族、陣笠ら。

もう一つ、安倍政権らには、日本人の減ることに対策をすることに、腐心する気がないのではないか、ということも指摘しておきたい。富める者、強き者が、益々富めばそれで良し、と。 自分たちだけ良ければ、それで良し、かと。

http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/81-1.html
厚労省: 人口動態調査
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai14/
厚労省: 平成26年人口動態統計月報年計(概数)の概況

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%BD%E9%81%93%E5%BA%9C%E7%9C%8C%E3%81%AE%E4%BA%BA%E5%8F%A3%E4%B8%80%E8%A6%A7
都道府県の人口一覧 - Wikipedia

「護憲+コラム」より
蔵龍隠士
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