老人党リアルグループ「護憲+」ブログ

現憲法の基本理念(国民主権、平和、人権)の視点で「世直し」を志す「護憲+」メンバーのメッセージ

派遣労働について

2007-12-31 15:00:33 | 社会問題
この問題については、今もその無力さに胸が痛む。労働というものは、決してその主体・労働する者の人格というか存在というか、それと切り離し得るものではないのに、「労働力」という切り離された価値・商品として一人歩きさせる雇用者側の意図を押しとどめることが出来なかった。
 
如何にあるべきかのせめぎ合いの末に、専門性などという制約を付し、極めて限定的なものについてのみ認めるというスタート・昭和61年の法制定は、平成11・16年の改正によってまんまと雇用側の注文通りとなってしまった。今日に至るを予見し、頑強に反対した先見性は、反古となった。

規制緩和の甘言に酔った当時の為政者は、現状にどのような責めを負うというのだろう。努力した者が報われる・自己責任の全うこそが人としての道と、今もなお嘯くのか。

この問題だけは、時計の針を元に戻さなければならぬ。人はその持ち場で分を尽くす。そのあとには、穏やかな老後が待っている。こういう世に作り直さねばならぬ。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
百山
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庶民の生活、今昔

2007-12-31 14:55:41 | 暮らし
八十年も生きていると、本当にいろいろなことがありましたが、特に十五年戦争の前と後では、庶民の暮らしも劇的な変化をとげました。思いつくままに書いてみたいとおもいます。

私の家は下層の中間あたり、それなのに教育だけは受けさせたという変な家です。ですから、上流あるいは中流の生活にはあてはまらないかもしれません。全体として言えば、電化製品は一切なかった。瓦斯も水道も来ていない家が多かった。(これは、大きな都市ではあったようですが。)

庶民の日常生活、水は井戸から汲む・・・よく子供が手伝わされた。お風呂をいっぱいにするのは大変だった。お風呂がない家も多く、銭湯にいった。ご飯はかまどで、薪で炊き、七輪に炭を起こして煮炊きする。練炭火鉢というのもあった。
                      
食事は一汁一菜に漬物、我が家は海に近かったせいもあり魚は食べたが、お刺身、とんかつ、ビフテキなどは見たこともなかった。

暖房は火鉢と炬燵。炭のほかに炭団とか豆炭も使った。炬燵ももちろん小さな火入れに炭団や炭を中にいれる。アイロンも中は炭。学校の暖房は石炭ストーブ。洗濯はたらいに洗濯板で。たいてい井戸端で。長屋の共同井戸では井戸端会議など。
                      
大人は大体和服で、家で洗い張りして縫った。裁ち板、くけ台などを使った。私の少し上ぐらいから子供は洋服を着るようになった。まずベッドなどはなく、畳に布団を敷いて寝る。ズボンやひだスカートは布団の下にしいて寝押しした。硬くなった布団は布は家で洗い、布団屋で綿を打ち直して、綿埃を浴びながら作り直した。
 
病気の時は開業医にかかる。午前は宅診、午後はいかれない患者のために往診してくれた。お産は家でお産婆さんがとりあげた。

トイレはお便所といって、汲み取り式。戦中などはちり紙がなく新聞紙を使った。お百姓さんが汲み取って行き、肥料に使った。肥桶、肥溜めなどがあった。   

電話はなく、急用は電報だった。庶民が簡単に電話を引けるようになったのは、昭和40年代半ばだったとおもう。裕福な家には冷蔵庫があったが、氷でひやすもの。毎日?氷屋さんが氷を配達していた。自家用車(と言いました)は30年代半ば。マイカーなどといった。「あんたのマイカー」などという変な言葉がはやった。        

思い浮かぶままに並べましたが、間に戦争があり、その間はもっともっとひどい生活でしたがここではふれません。

戦後に徐々に電化製品が普及し、生活は一変しましたが、そのほかにとても重大な変化として、ビニールとプラスチックの出現があります。あるのが当たり前の生活では感じませんが、とくにビニールが日常の買い物にとどまらず、農業、建築その他に果たしている役割にいまさら思い当りました。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
松林
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大晦

2007-12-31 08:19:06 | 憲法
今年も 今日一日で暮れる。個々人の悲喜はさてあれ、目を社会の諸々に向けてこの一年を振り返ったとき、人それぞれが抱く感慨はいかなものであろうか。この一年を表すに相応しい漢字一字は〈偽〉であると。なんたることかと天を仰ぐ心地がする。大筆を揮う僧侶の、「書きたくない字」という嘆きにも似た感想に頷く。私事だが、思い返してもこの字を認めた記憶は我が金釘流にはない。読めても書かない字というものは結構あるものだ。
 
横道に逸れた。あのこともこのことも〈時〉という妙薬が綺麗さっぱり洗い流し 消し去ってくれる。それを頼みとして、年の瀬最後のひととき妄言を連ねることをお許し頂きたい。

なんとかの大予言が現実のものとならないままに、21世紀も間もなくその十分の一が過ぎ去ろうとしている。目をアジア東端の日本という国に転ずれば、新しい世界を拓く標としての憲法下で、はや60年余を過ごした。一口に60年と言うが、それは大変な時間だ。人間の社会的生き物として長さで言えば、優に一代を超える。

過ぎ去って今に続く、その期間を見つめ直したとき、それを生きた我々は〈恥〉という一字と共に歴史を綴り来たったのではないのかという疑念から解き放たれ得ぬ。

妄言を重ねれば、意識せずとも あるいは曲学を以て弁じようとも、日本国憲法の成り立ちは〈革命〉以外の何ものでもない。新憲法は、権力の明確この上ない移動を規定したものだ。しかし、この移動は、内なる力とは無縁であった。労せず成し遂げた自然発生的な権力の移動であった。よって、私家版風には私はこれを〈羽化革命〉と名付けている。覇権を競い合った時代は、人類の英知の赴くところ終焉を迎える。過ぎ去った時代は、蛹となり羽化するまでの必然的期間であって、羽化し飛翔するのは自然の宿命〈定め〉であると。

日本は、世界に先んじて羽化したのだ。国蝶・オオムラサキのように美しく飛翔する筈だった。だが、現実はどうか。未だに飛び立たぬ。60年余という時間は、飛び立つためには十分過ぎるものではなかったのか。今頃は、世界各地に共鳴の〈羽化〉を呼び、更には〈飛翔革命〉となって花開き、人類の英知のもたらす恩恵を享受していたのではなかったのか。この地に生を受けた人々は、羽化したまま飛翔することなく化石化していく途を選ぼうとしているのか。
 
MDシステムなどという噴飯ものを初めとしての装備などに、兆を超える予算を投じる。料亭などとは無縁の政治の実現を とは正反対の、料亭と言うところに行ってみたいなどと言う国会議員が、公認争いで目の色を変えている。
 
改めるべきことが余りにも多い。そのための新しい年でありたいと 心から思う。

「護憲+コラム」より
百山
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ワーキングプアと派遣労働者問題の実態(対話)

2007-12-30 22:42:10 | 社会問題
今年は、「あぁ!」と問題にするような身近な体験がありました。人を雇う側が、できあがった人を使い捨てにする考え方、どうにかできないかと思いました。職員自体、他に行くところがない人たちのたまり場と言う位置づけでした。入れ替わりが激しく、雇う側が使い捨ての考え方ですから、働く方も、「条件の悪い職場環境を提供している雇用主が何も言えないので、そこにつけ込んで好き勝手なことをやっているような働き方」にも見えました。

桃李
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「使い捨て」というのは、本当にそうですね。競争原理に凌駕された日本社会の大きな病理で、それが今話題になっているプレカリアートを生んでいるのだと思います。来年はひとつの重要なテーマとしてその辺りにスポットを当てていきたいと思っています。

笹井明子
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私が仕事で関わっている個人店~中小企業では人手不足なんです。正確にいうと、求人広告を出しても募集をかけても、ほとんど反応がない。それでは、「仕事がない」という人材はどこへ行ってしまうのか・・・答えは、どうも人材派遣会社のようです。派遣される業種・職種にもよりますが、人材派遣会社が提示する時給の方が高いようです。しかもキレイな(イメージの)仕事ばかり。

人材派遣会社は高い時給に上乗せして、派遣先(顧客)から派遣料金をとります。結果的に人手不足の中小企業は相当高い費用を出して、人材派遣会社から雇い入れています。「業務が忙しい時だけ、儲かる仕事だから仕方ない。派遣料が高くても、スポット雇用(福利厚生費が不要)だから採算が合う。業務が一段落したら、クビを切ればいい」。

これがワーキングプアとか派遣労働者問題の実態ではないか、と。企業の都合で雇い、企業の都合で切る。しかし、(何%か不明ですが)自分の都合で、楽な仕事を、常に時給の良い仕事を渡り歩く。仕事に、会社に、組織に縛られたくない。自分の都合のいいように時間を使いたい・・・自分で願ってか、人材派遣会社のCMに踊らされたか。働く側の意識も変えないと、問題は解決しないような気がします。

少しイヤな事があっても、地味な仕事でも、汚れる仕事でも、コツコツと働く。カッコよく見える仕事の裏側には、必ず見えない苦労があります。不労所得があって、好きにお金を使えて、悠々自適に暮らせる人なんて100人に一人もいないでしょう。まあ、特例として詐欺師・エセ宗教家・政治家・上級官僚など、ありますが。

ビーンズきし
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以上「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
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「プレカリアートと右傾化する若者」(対話)

2007-12-29 15:55:06 | 暮らし
最近の私の関心事に、「プレカリアート」(「不安定」を意味する英単語の語尾を、かつてのプロレタリアートの語に擬すことで、最近の新自由主義下における、貧困層=ワーキングプア、ニート、フリーター、派遣もろもろを指す言葉)の問題と、一方でその立場にある若者(と言っても上は30代半ば)らが右傾化するのはなぜかと言うのがあります。今はブログを一時休止していますが、12月半ばに連作で書いた記事は、この後半の問題意識に関する仮説です。(http://heiwawomamorou.seesaa.net/

これは、SNSの「mixi」を見ていて感じたものです。「mixi」は、ネット上仮想のサークル、または井戸端会議のようなもので、会員は「マイミク」と言う友人を増やして、様々な情報交換をするという場です。そのほか色々な機能があります。

その機能の中に、運営会社が、様々なニュースネットから配信するニュースがあり、そのニュースについて、自分の日記掲載欄に記事を書くことが出来ます。その記事は、各会員が個別に設定した開示範囲(「全体」、「友人まで」その他)の人が見ることができます。

この、ニュースへのコメントを見ていると、良く「mixiの2ちゃんねる化が激しい」と言われるように、保守または右翼的な書き込みが比較的多いように感じられます。一方で、過酷な労災や、上記のプレカリアートに該当する人々への記事については、同情的、または同じ立場としての共感が圧倒的と言う傾向があります。

とすると、一概に両方の発言が同一の人々と断ずることは出来ないとは言え、見ていて、「なんとなく」ではあるのですが、本来なら弱者である、プレカリアートに該当する人々が、非常に右翼的、保守政党支持(沖縄教科書検定問題などで)の発言をしているのではないかと言う仮説が立てられます。その仮説の解明を論理だけで展開したのが、上記の拙ブログの連続記事ですが、内容は極めて中途半端で、終盤は病気の悪影響もあり、支離滅裂な終わり方をしています。

しかし、この仮説自体は、過去の歴史を振り返っても、貧しいもの必ずしも共産主義者ならず。逆に国家主義に熱狂したのは教育の無い、貧しい者達であったことからも、仮説として成立しうるものと考えています。

今、私達が護憲を叫ぶとき、もっとも改憲により不利益を被る階層が、保守的、右翼的論陣を叫ぶ例があることは、シール投票などに参加された方も実感されているはずです。護憲運動が、高い教育を受けた、比較的裕福な階層のボランティアであっては、広がりは得られないと考えます。と言って、未組織労働者、または失業者が多数を占めるプレカリアート階層の人々に対する、アクセス手段を、私達は持ちません。自らが護憲の旗を持って立つだけでも十分ではありますが、この不可思議な階層に対して、どのように影響力を及ぼしていくか?が、私のブログ活動の当面の課題になりそうです。

なお、「プレカリアート」が包含する階層は多岐にわたっており、一概にくくることができないのも、この問題を難しくしています。心情的同情は出来ても、実際に不安定で苦しい生活をしている人々に、護憲活動に立てとは、なかなか言いにくいと思いますし、多分受け入れられないでしょう。そこで、単に9条護憲だけではなく、25条、またそこに至るまでの、12条以下の基本的人権の部分を、今はクローズアップするべきときに来ていると思います。
 
9条の会の限界は、9条のみに固執していることです。護憲活動では、現在の憲法の3本柱、国民主権、戦争放棄、基本的人権のすべてを拡大していくことが求められると思います。ユニークな団体である、「護憲+」は、一層価値を持ちうると考えています。

「護憲+BBS」「どんぺりを飲みながら」より
眠り猫
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プレカリアートについてはもう、何年も前から話題になっていますね。私も雨宮処凜さんと堤未果さんの対談を聞きに行きました。雨宮さんが来年から週刊金曜日の編集委員になるという話もあり、憲法9条と25条の益々の重要性に注目したいと思います。

先日の「元べ平連」の集会でも、小熊英二さんという慶応の先生が「今の若者特に低所得者の彼らにとっては憲法9条より25条の問題のが切実である」という趣旨の話をしていました。

正に「憲法9条があっても、私には仕事がない、教育基本法があっても私には仕事がない」という状態なのです。だから「希望は戦争」などという極論が出てくるのです。「極論」と書きましたが、ある意味それは底辺でほおって置かれていると感じている若者達にとっては普通の考えなのかもしれません。

よかったら、来年1月19日に開催される市民憲法講座 「憲法25条と現代の貧困」に是非足を運んでみてください。正に現代の貧困が見えてきます。そしてそのまっただ中にいる若者達が何故右傾化するのか、少しは考えるきっかけになるかも知れません。

最後に腹が立つ本を一冊紹介します。「希望は戦争」の赤木智弘さんが書いた「若者を見殺しにする国」(双風舎)という本です。これを読むと「何勝手なことほざいている」と腹が立つかも知れません。事実私もそうでした。でもこの本の第一章にある「俗流若者論」に対する批判はうなずけるものがあるし、既得権を手放せ という暴論は、違うなと思うけれど、かつて全共闘世代もべ平連に集った若者達も、大人から見れば生意気な批判の矢面に立たされた人達だったのでしょう。

今プレカリアートの人達は日本は戦争状態であると言っています。低賃金、極悪な労働環境、精神を病んで餓死寸前の人達を放置したままで安穏としていたら、戦争にもなっている。そのことに気付かない鈍い大人達なのかもしれないと思う今日この頃です。

「護憲+BBS」「どんぺりを飲みながら」より
パンドラ

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ブッド女史暗殺の意味するもの

2007-12-28 17:35:31 | 政治
ついに来るべきものが来たと言うべきである。ブッド氏は先に帰国した際にも車列の中でテロに遭遇し、奇跡的に助かっていた。その状況からムシャラフ政権はテロの再発を十分予想できたはずである。どうして政府の信頼できる警備員を付けて厳重な警護が出来なかったのか、先ずそれが問われるべきである。

未だ犯行声明は出ていないのでどのようなグループの犯行か不明であるが、メディアの報道によれば、そもそもムシャラフ大統領はブット氏の帰国を快く思っていなかったようである。しかし来年の選挙を極力民主的に行うことに米国の強い圧力があったことは、先の大統領選挙でムシャラフ大統領に軍籍離脱をしての立候補を求めていた事実からも明らかであろう。

そのような状況下でムシャラフ大統領の政敵であるブット氏とシャリフ氏の帰国がなされたが、最終的に反米のシャリフ氏は帰国を許されず、親米のブット氏のみが帰国を許された。これはアメリカの圧力であり、ムシャラフ大統領は両者の帰国を容認したくなかったのが本心であろう。ここに親米派のブッド氏へ反対するアルカイダと、ブッド氏を自分の政敵とするムシャラフ大統領の思惑が一致することは否定出来ない。以下のコラムも多面的にパキスタンの現状を捉えている。

http://febnet.cocolog-nifty.com/column/2007/09/post_cb7b.html
http://www.afpbb.com/article/politics/2280336/2119500

一方ブッシュ大統領は、今回のブット暗殺を受けて早々にテロとの戦いを継続する声明を出し、また米政府はアルカイダの犯行だと推定しているようである。しかし犯行がどのグループであるにしろ、今回のブッド暗殺は、米国の「テロとの戦い」ではテロは増加する事はあっても減少する事は無いことを再認識すべき事件である。ましてインド洋上での給油はテロの減少には全く寄与していないことも、再度明らかになった。テロの完全撲滅はヒトラーの民族(ユダヤ人)浄化策に繋がりかねないものであり、イラク、アフガンでも無実の国民が米国のテロ作戦の犠牲に成っている。アメリカとそれに追随する国々は、ヒトラーの民族浄化は完全に失敗した歴史に学ぶべきである。

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
厚顔の美少年
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岩国市長は議会を解散すべし

2007-12-27 18:11:30 | 安全・外交
今日(12・27)のYOMIURI ONLINEニュースによれば、米海兵隊岩国基地への米空母艦載機移駐に反対している井原岩国市長は、国からの補助金をストップされ続け、更に今回は今年度4回も議会で否決された予算を通して貰うため、市長の辞職宣言をして5度目の予算案通過を議会に諮ったが、米空母艦載機移駐賛成多数の議会にまたも否決され、市長辞職のみが同意されたとのことである。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20071226it18.htm

この問題は先般より政府の「飴と鞭」政策として全国的に話題になっており、米空母艦載機移駐に反対している地元住民が河川敷に多数集まり「怒」の字を紙に大書して抗議していたことは記憶に新しい。しかし、岩国市議会の過半数以上が岩国基地への米空母艦載機移駐に賛成して市長と対立していることは、案外全国的には知られていないのではなかろうか。

市民の多数は艦載機移駐に反対し、市民に選ばれた市議会議員と市長が賛成と反対で対立している市の構図は国会以上のネジレ現象である。それにしても、市議会の過半数がどうして政府案に賛同して米軍艦載機の岩国基地移住を支持するのであろうか、市の財政逼迫事情だけではなさそうである。何といっても自民党右派保守の守り神、岸信介―安倍晋三の出身県であることから、安倍前首相系譜の議員が多いのだろうと想像される。

それでも井原市長は住民の支持を得ているのだから、来年の出直し市長選には勇気をっ持って「政府の飴と鞭の政策批判」「米軍艦載機の岩国基地移駐反対」「市議会解散」の公約を掲げて戦って欲しいものである。そして選挙で結果信任を得たならば、即刻議会を解散して市会議員の「信」を市民に問うべきである。

かって滋賀県で新幹線の新駅建設に賛成していた県会議員が、建設反対の嘉田知事が当選するや、4月の統一地方選挙では雪崩を打って落選した事例もある。井原市長は一か八か勝負すべきであり、そうすれば野党も市長を支持する候補を立てる筈である。

「護憲+BBS」「行政ウォッチング」より
厚顔の美少年
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2007年を振り返り、2008年を展望する

2007-12-26 13:00:59 | 憲法
今年も残すところ僅か。今年一年の「護憲+」ブログを読み返してみると、政治の世界や社会の中で何が起き、それに対し私たちは何をしてきたのか、また新しい年を迎えるにあたってどんな視点で何をしていったらよいのかが、浮かび上がってきます。

2007年、政治における最大のできごとは、何と言っても安倍晋三内閣の暴走と自滅でしょう。安倍前総理は就任直後から「戦後レジームの見直し」を打ち出し、「新教育基本法」や「憲法改正のための国民投票法」を強引に成立させた揚句、閣僚たちの問題発言や不透明な金の使い道、噴出した「消えた年金」問題を何一つ解決できぬまま、参議院選挙で敗北。一度は総理続投を宣言したものの、アメリカにテロ特措法継続の空約束をした直後に突然の辞任。この歴史に残る迷走振りを忘れることはできません。

引き続き福田内閣の誕生、福田総理・小沢代表による大連立構想の浮上と消滅、小沢氏の代表辞任騒ぎ、そして新テロ特措法に向けた与野党の攻防や防衛省の不祥事と、国会は政争の狂騒の中で足踏み状態を続けたまま、2007年は幕を閉じようとしています。

一方日本の社会では、年金問題を筆頭に、生活保護を断られ餓死する人やワーキングプアなどの貧困の存在、産科医の不足、薬害問題、障害者自立支援法という名の障害者支援の縮小、介護現場の過酷な労働条件、等々、国民生活の基盤がゆらぎ、「ゆりかごから墓場まで」安心して暮らしていけない状況が生まれています。政府自民党が支持率の変動に敏感になり、ようやく国民の声に耳を傾ける姿勢が見え始めたのは、遅きに失したとはいえ、参院選ショックのプラス効果と言えるでしょう。

さて、「護憲+」の一年間は、安倍政権による改憲の道筋作りに呼応して、日々の情報やメッセージ発信は勿論、「国民投票法案についての学習会」「品川正治さんの講演会」の主催、「鶴見俊輔さんの講演会」の共催など、主として護憲の意志を広く共有する活動に力を入れてきました。

2008年は、私たちグループの趣旨と特性を元に、現在の政治・社会状況を踏まえ、

(1)「戦争体験を経て今の憲法がある」という憲法の根幹を伝達し続ける。
(2)氾濫する情報に左右されることなく、主権者として自分でしっかり考える。またその大切さを伝える。
(3)憲法25条(生存権)と表裏一体のこととして憲法9条を捉える。

以上三点を基本にすえて、積極的な活動を継続していきたいと思います。

「護憲+コラム」より
笹井明子
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選挙目当ての原油高対策

2007-12-25 22:35:56 | 自民党政治
政府は、原油高による灯油やガソリンの高騰による批判回避のため、下記のような対策を打ち出した。
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20071225k0000e010037000c.html
 
■政府の原油高対策の主な内容■

     項 目             予算額

・低所得者向け灯油購入補助     ※29億円
・社会福祉施設への暖房費補助     ※6億円
・運送業向け高速道路料金割引    302億円
・漁業者向け経営強化基金の創設   102億円
・地方バス路線維持への助成      79億円
・離島航路維持へ助成         59億円
・農業者向け省エネ設備導入支援     6億円
・石油販売業の信用保証基金積み増し  70億円
・下請適正取引推進センターの創設    5億円

よく見れば、選挙目当ての小手先の対症療法にすぎない。選挙の票田向け対策と思われるものばかりが目につき、票田として発言力のない一般庶民と家庭は、道路特定財源のガソリンや自動車重量税に懸かる暫定税率も据え置かれた上、ここでも無視されるのかとの思いが募る。

元々世界的な原油高の根本原因は、ブッシュ政権の産油国イラク・イランへの出口の見えないテロ作戦にある。この上新給油法を通してテロ作戦を続けさせ原油高が続けば、更に喜ぶのは産油国とアメリカ等の石油メジャー会社とその関係者のみである。

やはり次の総選挙まで臥薪嘗胆するしかないようである。

「護憲+BBS」「行政ウォッチング」より
厚顔の美少年
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NHKの偽装改革を許すな

2007-12-24 13:47:48 | マスコミ報道
いよいよNHKの会長人事が大詰めのようである。一言で言えば今回の会長人事は憲法改正、戦後レジームの脱却を唱えて来た安倍前政権のNHK改革の集大成であろう。

安倍前首相は首相就任前には同じ自民党の中川前政調会長とNHKの番組編成に介入した疑惑がもたれていた。首相就任後は総務相にNHK海外短波放送への命令権を付与し、更にNHK経営委員会の権限を強めるため放は他の経営委員をつんぼ桟敷に置き、独断で意中の財界人をNHK会長に据えようと画策しているのである。

参議院選挙で与野党が逆転したことが幸いし、自民党原案の放送法改正案が修正され成立したので危機は間一髪で逃れたものの、これを安倍前政権が狙っていた「NHKの偽装改革」と言わず何と言うのであろうか。そのような意味でも視聴者は古森氏のNHK会長の独断選考と偽装改革を許すべきではない。

醍醐聰さんのプログでも、今回のNHK会長人選における古森氏の独断が指摘されているので、参考までに紹介します。
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_1500.html

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
厚顔の美少年
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