老人党リアルグループ「護憲+」ブログ

現憲法の基本理念(国民主権、平和、人権)の視点で「世直し」を志す「護憲+」メンバーのメッセージ

川崎無差別殺傷事件考

2019-05-31 21:23:49 | 社会問題

・・・5月28日午前7時40分ごろ、川崎市多摩区登戸町新町の路上で、私立「カリタス」小学校のスクールバスを待っていた児童らが刃物を持った男に襲われた。同小の児童17人と近くにいた成人男女2人の計19人が刺されるなどし、・・中略・・が死亡、保護者と見られる40代女性と女児2人の計3人が重傷を負った。・・29日付け 毎日新聞一面トップ

また児童殺傷事件が起こった。大阪教育大学付属池田小事件以来の大きなショックを社会、教育関係者、保護者に与えたと思われる。

この種の事件では犯行動機の解明が最重要の課題だが、犯人、岩崎隆一は、その場で自殺。本当の意味での犯行動機の解明は難しい。ただ、岩崎隆一の家庭環境、生育状況、その人となりなどは、周囲の証言で少しずつは明らかになりつつあるので、推測に過ぎないとはいえ、何かしら犯行動機に近づけるかもしれない。

わたしは、“日本社会存廃の危機”の中で、(3)中高年の引きこもり問題と多死社会日本と題して、以下のように指摘した。

・・・もう一つ、これは以前から指摘し続けている問題がある。それは、決して統計など表には出ない【中高年の引きこもり】問題である。推定で言えば、全国で約61万人ともいわれている。
https://www.fnn.jp/posts/00044620HDK

上のサイトでの問題点に加えて、中学・高校時代のいじめ、不登校などが嵩じて、「引きこもり」になった人も多数いる。彼らは、就職するには、学力も学歴もスキルもキャリアも不足している。そういう彼らを支え続けていたのが、家族(両親)。しかし、その両親も高齢化し、続々と死去している。・・

今回の犯人、岩崎隆一の家族環境は、この問題にぴったり当てはまる。さらに言えば、両親の離婚。叔父夫婦の家に引き取られる。叔父夫婦の子供たちは、どうやら今回被害にあった「カリタス小学校」に通っており、岩崎隆一は公立小学校に通学していたようである。

さらに同居していた祖母が厳しい人で、叔父夫婦の男の子と岩崎隆一を理容院に連れてきたとき、叔父夫婦の子供の頭は坊ちゃん狩りにし、岩崎隆一の頭は丸刈りにするよう頼んでいたなどという証言も出ている。

子供時代の差別体験は、大人が考える以上に、真っすぐに子供の心に突き刺さる。ほんの些細な事でも敏感に感じ取る。おそらく、日常の様々な場面で岩崎少年の心は血を流していたに相違ない。

これらの証言から分かるのは、幼少期から青春時代まで、岩崎隆一は、肉親の愛情を知らずに成長しているのではないか、と言う事実である。「自分が愛されている」という実感は、人の成長にとって極めて重要で、その後の他者に対する接し方を規定する。

彼の成育歴を子細に調べなければ断言できないが、彼が人間の愛情というものをあまり知らずに成長してきたことだけは間違いなさそうである。

5/31の毎日新聞には、中学卒業後の進路を、彼の同級生すら知らなかった、と書いてある。これは異常な話で通常そんな事はあり得ない。もし、これが真実なら、如何に彼が周囲との関係性を拒み、絶っていたかを示すものだ。

ただ、他者との関係性を絶ち、本当の愛情を知らずに成長した人間の全てが殺人者になるわけではない。というより、ほとんどそれは例外的事例に過ぎない。逆に、親に愛情を注がれて成長した人間でも殺人者になるケースもある。

人間と言う生き物の分からなさの根源に、心の奥底に棲みついた魔物のような制御が難しい心の動きがある。それが一番現れるのは、青春時代。その時代を【疾風怒濤時代】と呼ぶ。この人間認識は意外に真実に近い。

江戸時代、得体の知れない悪意によって人が殺傷された場合、人の心に憑りついた【魔物】によって、人が乱心し、殺されたと考えていたようである。これが【通り魔】の原義。 

似たような言葉に、【逢魔が時】という言葉がある。夕方ごろ、時間で言うなら午後六時ごろ(季節によって5時から7時ごろ)を指す。この時間帯は、辺りが薄暗くなり景色が闇に溶け込み始める時刻。江戸時代のように灯りが少なかった時代、この時間帯には何かしら良くない事が起きるのではないか、と考えられていた。これには、闇に対する人間の本能的な恐怖が背景にある。

この古語からも分かるように、どの時代にも今回のような理不尽な殺人事件は起きていた。江戸時代の人々はこのような了解不能な犯罪を【魔物】と言う言葉で表現したのだろう。

事情は、現代でもさほど違わない。犯罪心理学者、元警察官、その他教育の専門家などと称する訳知り顔の人々の解説や手垢のついた【心の闇】などより、人の心の中に棲みついた【魔物】という表現の方がぴったりくる。

今回の事件で岩崎隆一は、無言のまま、何の逡巡もなく上半身(特に首)を狙って、刃物で突き刺し、わずか十数秒後には、自らの首を切って自殺。目撃者によると、何のためらいもなかったようだ。彼の強い【自殺願望】が見て取れる。

自らの人生を終えるために、多くの弱者(子供)を道づれにして、何のためらいも感じていない。彼の無言の無差別な襲撃とその後の逡巡のない自殺を見ていると、何かが憑依した人間の行為に見えて仕方がない。

この手口そのものが、「弱者いじめの社会」への彼なりの復讐だと読むことができる。「俺はこうしていじめられてきた」という彼の心の叫びが聞こえてきそうである。

社会的弱者としての半生を、子供という社会的弱者を襲撃する事によって解消しようとする。この矛盾した心の動きから、彼の本音を読まなければならない。

常識的にいえば、彼の復讐劇は理不尽そのもの。彼を排斥したかも知れない周囲の人間と、襲われた子供たちとは全く無関係。逆恨みともいえない。襲撃され、命を落とした人にとって、こんな理不尽な話はない。家族や親族にとって、彼は悪魔。いくら憎んでも憎み切れない。

それでも彼は復讐せざるを得なかった。この倒錯した心理こそが、われわれが考えなければならない問題である。

ごく単純な事実だが、わたしたちの社会は、岩崎隆一や大阪教育大学附属池田小事件の宅間被告のような人物の輩出を防ぐことはできない。どんな理想的社会を建設しても、それは難しいだろう。これが大前提で、社会は自己防衛的な手段を講じなければならない。岩崎的人物の輩出は防げないかもしれないが、その数をできるだけ減少させるにはどうしたら良いか、の知恵を絞らなければならない。

ここまでは、あまり異論がないだろう。ここから、方法論が分かれる。

①社会の隅から隅まで監視カメラを張り巡らし、徹底的な監視社会を構築する。例えば、すでに利用可能になっているそうだが、カメラに写っている人物の体温を測定し、犯罪を犯す可能性を予知する。それに基づきその人物を徹底的に追尾、防犯に役立てる。⇒全国の引きこもり人物を調査。監視対象にする。⇒予防検束社会(犯罪を犯す可能性が高い人物を事前に拘束する)の到来も予測できる。
⇒当然、権力側は、この機に応じて、反政府的言動を繰り返す人物も予防検束する。⇒戦前型ファッショ体制の確立。強権的ファッショ体制の国家ほど犯罪者は少ない。 
 ※①社会の到来は、一番現実的可能性が高いと考えていた方が良い。理由は、今回のような事件が起きれば、予防検束もやむ負えないと考える国民が出てくるからである。

②引きこもりなど社会から離れて生活している人に対する対策を充分に講じる。⇒セラピストや臨床心理士などのような専門家人員を増加。引きこもりの人々を受け入れる施設などを増設する。引きこもりの家族を抱えている家庭の精神的負担(恥ずかしいなど)を軽減するキャンペーンなどを通じて、社会的救済措置を講じる。⇒金も人員も手間も時間もかかり、効果がすぐには見えない方法である。
⇒一番難しいのは、世間の無理解と差別的視点をどう克服するか、という問題。⇒日本社会の後進性の克服と言う最大の難関が待ち受けている。

上記のように、今回の問題は、ただの無差別殺傷事件では済まない重要な問題を包含している。新自由主義社会への傾斜と深化は、岩崎隆一のような人物を次々と生み出す可能性が高い。貧富の格差の拡大は、社会への怨嗟を掻き立てる可能性が高い。例えば、派遣社員で生活している人々が、病気で仕事を失ったらどうなるのか。明日への希望の持てない社会の行く末は暗い。

わたしたちは、今回の事件を通じて、自らの未来の社会をどう構築するのかを真剣に考えなければならない。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
流水
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「コスタリカのロベルト・サモラ弁護士を招いて」全国の催し

2019-05-31 14:12:01 | イベント情報
「コスタリカに学ぶ会」メンバーの杉浦ひとみさんから以下の案内が来ています。お時間の取れる方は是非ご参加ください。

***
2019年6月8日から14日までコスタリカのロベルト・サモラ弁護士を招き、各地で集会を行います。

1 日程

★6月8日(土) 東京集会 
『大統領から平和憲法を守ったロベルトサモラ弁護士を招いて』
・日時:6月8日(土)14:00~17:00
・場所:聖心女子大学4号館 聖心グローバルプラザ(300名)
・内容: 1.DVD「軍隊すてた国」ダイジェスト
     2.講演
     3・対談「コスタリカをもっと知ろう」 
・参加費:1000円(学生以下無料)

★6月9日(日)  名古屋集会
『軍隊のない国コスタリカから学ぶ~ロベルト・サモラ弁護士を招いて』
・日時:6月9日(日)13:30~16:00 (開場13:00)
・場所:東別院会館 1階会議室
   (地下鉄名城線『東別院駅』4番出口より西へ徒歩3分)
・内容: 1. DVD「軍隊をすてた国」上映(15分)
     2. 講演 
     3. ショートスピーチ
       「名古屋高裁のイラク派兵違憲判決とコスタリカでの違憲判決について」
     4. 対談
・参加費:1000円(学生以下無料)

★6月10日(月)  山口県集会 
・日時: 6月10日(月)18:00~
・場所: 山口市民会館小ホール(約200名収容)
・参加費: 500円

★6月11日(火) 長崎集会-1
・日時: 6月11日(火)18:00~20:30
・場所: 長崎県歴史文化博物館ホール
・内容: 1.講演
     2.高校生平和大使が平和についての意見交換
・参加費: 1000円(学生以下無料)

★6月13日(木) 長崎集会―2
・日時: 6月13日(木)11:00~13:00
・場所: RECNA(長崎大学核廃絶研究センター)

★6月14日(金) 院内集会
・日時: 6月14日(金)11:00~13:30
・場所: 衆議院第二議員会館 第1会議室
・内容: 対談「もっと女性議員を増やすには、もっと主権者意識を持つには」 (ゲスト 三浦まりさん、菱山南帆子さん)
・参加無料              

2 招聘の趣旨

戦争に巻き込まれる可能性をはらんだ安保法制法を強行採決で成立させ、軍備を増強させている政権に不安を感じながらも、ほかに選択肢がないとどこかであきらめている人が多い今、私たちは、やっぱり、戦争などない平和な国、誠実に、公平に生きる優しい国でありたい。そのために自分が主権者として頑張ろうと思える希望と勇気がほしい。

そんな思いで、参議院選挙前、憲法改正の危険もいわれるこの時期に中米の「軍隊をすてた国」コスタリカからロベルト・サモラさんをお呼びすることにしました。

コスタリカも、もちろんいいことばかりではありません。でも、武力で外交を行わず、交渉による積極的な平和外交をすすめています。
子どもたちを主権者にするために民主主義について指導し、国を挙げて子ども模擬選挙を実施し、GDPの8%を教育費にまわすと憲法に書込んでいます(2015年に6%から8%に上昇させました)。
国会議員の40%を別の性の議員とする法律を作り、連続再選禁止としています。
1989年には、国民が自分の権利侵害を訴えられる憲法裁判所を設けました。
自然を守るために国は開発された土地を買い戻して自然を甦らせ、自然エネルギーほぼ100%を実現し、CO2の排出規制目標にも邁進しています。

そんなコスタリカの姿に学びながら、私たちの道を取り戻したいです。

3 ロベルト・サモラさんプロフィール:

Roberto Zamora37才 弁護士
2003年の米イラク侵攻にコスタリカ大統領が支持を表明したことは「憲法違反だ」と、コスタリカ大学3年の時に国の憲法裁判所に一人で提訴。
違憲の判断を勝ち取り、ホワイトハウスからコスタリカの「支持」を撤回させた。ほかにも国を糺す裁判をいくつも起こす闘う青年弁護士。

***
☆コスタリカに学ぶ会facebook・イベント
https://www.facebook.com/events/1558363584296405/

「護憲+BBS」「イベントの紹介」より
笹井明子
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強制不妊手術の憲法訴訟を問う

2019-05-30 17:12:03 | 民主主義・人権
旧優生保護法(昭和23年~平成8年)の下で「強制的に不妊手術」を施され、子供を産む権利(憲法上の基本的人権):リプロダクティブ・ライトを奪われた女性が(訴訟提起者は3名)憲法訴訟を提起したが、28日の仙台地裁は「不当にも」憲法違反は容認するも、除斥期間(時効の一種)が終了したなどとして損害賠償(国賠法)の請求を斥けた。

この判決は二つの問題で不当な裁判である。

まず、第1点として、旧優生保護法の下での強制不妊手術は「憲法違反」だとしておきながら、国の責任(優生保護法はナチスの断種法を継承した違法で残酷な法律であり、法の下における平等:憲法14条にも違反する)は否定するという矛盾した判決である。

そして、第2点として憲法上の基本的人権は時効にかかるような権利ではない(これは私の解釈であるが)。

このような理由から、仙台地裁の判決は憲法の解釈を誤った不当な裁判であり、なんのために判決前段で「強制不妊手術」が憲法に違反するという命題を掲げたのか理解に苦しむ。

法律学的に以上の論理とするが、今回の強制不妊手術の憲法訴訟の歴史的、社会的な問題点の方が実は重要ではないかと考え、コメントする。

旧優生保護法は昭和23年から平成8年まで法的効力が存在していたのであるが、この問題に対する法学者(特に憲法論)からの批判も聞いたことが少なかったように記憶する。批判的な意見は主に社会学からなどであった。恐らくフェミニズム論からの批判だと思う。(記憶に依存しているので間違いかもしれない。)

日本の憲法学はドイツなどの憲法論を継承してきたので、断種法を引き継いだ優生保護の法律に批判的まなざしを当てることができなかったのではないだろうか。私も若い時に「優生思想」の問題点は批判的な見解を読むことで理解していたが、法の実態である「強制不妊手術」の問題には理解が及ばなかった。

今回のコラムは優生保護法が成立した同じ時期に幕を閉じた「東京裁判」を予定していたが、それを変更したのは、その時の「反省」からである。(昭和23年であり、私はこの12月に生を受けた。現在70歳である。)

この訴訟を提起された女性たちの無念を思うと言葉を失う。(謝りたい気分である。)

「護憲+コラム」より
名無しの探偵
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朝日新聞の「ロスジェネ問題」の記事について

2019-05-28 09:20:43 | マスコミ報道
5月26日の朝日新聞のweb及び朝刊1面から2面、27日の朝刊2面に亘り、「ロスジェネ問題」が取り上げられている。

「ロスジェネ、置き去りの20年 いま再び注目される訳」
https://www.asahi.com/articles/ASM4V7G56M4VULZU01G.html

朝日新聞によれば、2007年1月に、「ロストジェネレーション25才~35才 」という特集記事を掲載していたらしいが、その後忘れられ、置き去りにされていた問題を今何故か再び取り上げている。

一方で、「れいわ新選組」を立ち上げた国会議員山本太郎が貧困問題のなかで、「ロスジェネ問題」を各地の街頭演説で訴えている。
https://www.reiwa-shinsengumi.com/index.html
https://www.reiwa-shinsengumi.com/determination/

朝日新聞は、「れいわ新選組」のことには全く触れていないが、山本太郎の各地での街頭演説には意外に反響があり、カンパによる政治資金も1億円を突破したとの報道もある。
https://news.nicovideo.jp/watch/nw5362946

現在一国会議員が新たな政治団体を立ち上げ、ロスジェネ問題を各地で訴えている以上、朝日新聞の今回の記事は山本太郎が取り上げた反響にあやかった二番煎じと観られてもやむを得まい。

YouTubeで山本太郎の街頭演説を確認して貰いたい。「ロスジェネ、置き去りの20年 いま再び注目される訳」は、れいわ新選組に在りではないのか。
https://www.youtube.com/watch?v=E51ysj1dB4k
https://shiminmedia.com/video/52719

「護憲+BBS」「マスコミ報道を批評する」より
厚顔
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米中貿易摩擦と世界の多極化

2019-05-25 15:56:25 | 政治
世界を巻き込む中国と米国の貿易戦争の真の狙い!」でも指摘したが、米中の貿易摩擦(もはや貿易戦争)の本質は、米中間の覇権争いである。特に、ハイテク分野における覇権争いが中核にある。

何度も指摘して恐縮だが、世界が一番危険になるのは、覇権国家の力が衰え、次の覇権国家が台頭し始めた時。両者の力は拮抗しているが、勢いは次の覇権国家候補に分がある。となると、現在の覇権国家は自らの地位を守るためにあらゆる手段を講じる。手段の当否を問う余裕がない。

今、世界の状況は、新旧二大勢力の覇権争いのただ中にある。これが現在の世界のカオスの根源にある。「世界の未来は?」でも指摘したが、米国主導の「新自由主義的経済体制」は終焉を迎え、中国主導の一路一帯経済(一種の国家資本主義的形態を持つ)へと世界経済は移行しつつある。

ただ、新しい経済体制がどのようなものになるかは、即断できない。欧州を中心に徐々に存在感を持ち始めている展相(Potenz)経済学がどのように展開するか、予断を許さない。

ただ、明確に言えることは、グローバル企業が各国の地場産業を潰し、富を独占する体制は、変化せざるを得ない。極端な【富の分配】の不公平は許されない時代に入る事は、間違いない。

さらに、金融制度も大幅な変更を余儀なくされるだろう。「複雑怪奇な世界情勢と右顧左眄する日本!」で指摘した米国の世界支配の根底的システムである【ペトロ・ダラー体制】は早晩崩壊せざるを得ないだろう。

元世界銀行で働いていたスイス人のエコノミスト、ピーター・ケーニッヒは以下のように主張する。

・・国際金融と貿易の主要三悪党、IMF(世界通貨基金)、WB(世界銀行)とWTO(世界貿易機構)が、インドネシアのバリ島の豪華なリゾートで会合し、トランプ政権によって始められ、扇動された拡大しつつある貿易戦争の結果、国際投資の減少や世界経済成長の下落という怖しい結果を警告した。彼らは、各国の繁栄を凋落させるかも知れない保護貿易主義を批判した。IMFは今年と2019年の世界経済成長予測を引き下げた。

これは何の根拠もないただの人騒がせだ。実際、彼らが主張する貿易と投資の増加から生じた過去の経済成長もごく僅かな少数にしか役立たず、開発途上国、先進国双方の金持ちと貧しい人の格差を拡大した。GDP成長の内部分配について、今まで誰も話をしないのは興味深い。・・・(中略)・・・・経済的低迷から回復する必要があり、そう望んでいる国が、外部からの干渉を最小にとどめ、自身内部の社会経済的能力に集中し、促進する事で、大変うまくいくことは何度となく証明されている。

最も顕著な例は中国だ。何世紀もの欧米の植民地化と圧迫から、1949年10月1日に中華人民共和国として毛主席が作り出した中国が出現した後、毛主席と中国共産党は、まず病気や、教育の欠如によって破壊された国、欧米植民者による恥知らずの搾取の結果、絶望的な飢饉で苦しむ国を整えねばならなかった。

その為、中国は1980年代半ばまでほとんど国を閉ざしたままだった。蔓延する飢饉と病気に打ち勝ち、全国的教育制度を整え、穀物や農産品の純輸出国になって初めて国際投資や貿易のために国を開いたのだった。

そして今中国はどうなっているか、ご覧願いたい。わずか、30年後、世界第二位の経済大国で、欧米帝国主義によって侵略される事のない世界の超大国だ」・・・・

カナダの雑誌Global Research 「IMF-世界銀行―WTO-脱グローバリゼーションと関税の脅威で人騒がせー主権国家への回帰」
https://www.globalresearch.ca/imf-wb-wto-scaremongering-threats-on-de-globalization-and-tariffs-the-return-to-sovereign-nations/5656922

欧米のエコノミストでさえも、IMF、WB、WTOを国際金融における三悪党と呼んでいる。これら国際機関は、すべて米国の影響下にあり、米国流新自由主義(グローバリズム)の宣伝・広報・推進機関と考えて間違いない。

世界銀行などから借金をし、彼らの指導の下、新自由主義的経済政策を押し付けられ、経済変調をきたした国の代表が韓国。その他、中南米諸国、マレーシア、ギリシャなど枚挙に暇がない。

さらにこの論文で重要な事は、「外部からの干渉を最小にとどめ、自身内部の社会経済的能力に集中し、促進する事で、大変うまくいくことは何度となく証明されている。」点を明確に指摘している点にある。

まず、独立した経済、自立した経済を目指すことが重要であり、グローバル・スタンダードだといって、発達段階の違う国々に一律のやり方を強制する事は間違いだと言っている。

グローバル・スタンダードと言うのは、比喩的に言うならば、欧米、特に米国など先進国は、100M競走をする時、80Mから出発し、他国(経済後進国)は、100Mのはるか後方からスタートさせ、これが自由でフェアーな競争だと主張しているようなものだ。

この理不尽な競争の審判役が、WTO・IMF・WBと言う事になる。欧米諸国(特に米国)の自由でフェアーな競争と言う主張は、経済後進国にとって、いかに理不尽な主張かが分かる。

さて、米中の貿易戦争の結末はどうなるのか。世界中が固唾をのんで見守っている。少し詳細に検討してみよう。

(1)金融面での影響
   
これまで、中国は世界の製造業の下請けの役割を果たしてきた。米国も日本も欧州も安い労働力を求めて中国に工場を建設してきた。

中国は、米国などに輸出したドル建ての代金で米国債などの金融商品を買って保有してきた。(米国債の保有率は世界第一)

ここが重要だが、米国が中国に対して持つ貿易の赤字分の多くが、米国債購入を通して、米国に還流していた。(この構図は日本や他の国も同じ。)その為、米国の政府や金融界がどんどん借金を増やしても、金利が低く維持されて破綻しない構図が維持されてきた。(※米国は、印刷機でドルを刷れば儲かる、という構図)

合わせて考えておかねばならないのは、米国の世界支配のためのもう一つの金融政策であるペトロダラー・システム。つまり、エネルギーの中心である石油取引をドル決済で行うというルール。これがドルを世界の「基軸通貨」にした最大の理由。

しかし、現在、中国・ロシア・イラン・ベネズエラなどドル決済に従わない国々が多く出始めている。つまり、ドル支配体制に対する挑戦が拡大しているのである。ベネズエラ問題は、米国のペトロダラー・システムに挑戦している国に対する米国の報復・懲罰の意味合いが大きい。

※参照 「複雑怪奇な世界情勢と右顧左眄する日本!

ところが、トランプは、この構図を無視して貿易戦争を仕掛けている。と言う事は、中国から米国への輸出が減少する。そうなると、中国の米国債の保有率が減少する。当然、日本もそうなる。 ※ここが重要だが、米国債の半分は、外国が買っている。

米国債を外国(中国・日本など)が買わなくなると、米国の長期金利が上昇する。膨大な額の米国債だから、長期金利が1%上がるだけで、米国の財政に与える影響は甚大。財政破綻や金融危機を引き起こす可能性が高い。

これまでの米中関係は、中国は製造業、米国は金融業で儲けてきた。この棲み分けがうまく機能していたが、おそらくこれからはそうはいかない。
中国は棲み分けを止めて、「自立」する道を選択した。「世界を巻き込む中国と米国の貿易戦争の真の狙い」で指摘した【製造2025】は、中国の自立宣言と読まなければならない。

現在、米国債の10年物の金利が3%を超え始めている。米中貿易戦争が長期化すると、中国はおそらく保有する多額の米国債(世界一)を売り出すに違いない。この時、米国債の長期金利の上昇がどれほどになるか。その結果いかんでは、米政府の財政破綻、米国発の金融危機が勃発する可能性が高い。

(2)貿易面での影響

米国が中国製品の関税引き上げを表明しているのは、対米輸出総額(2017年=5056億ドル)の枠内。第一弾⇒340億ドル 第二弾⇒160億ドル 第三弾⇒2000億ドル まで発動済み。第四弾⇒3000億ドル を発動すると、対米輸出の全てに関税引き上げを発動する事になる。

〇一言で言うと、世界最大の貿易赤字国(米国)が、世界最大の貿易黒字国(中国)に俺の国の商品をもっと買え。買わないのなら、関税を上げるぞ、と脅している構図。それに対して中国側がそんな事をするのなら、米国商品の関税も上げてやると言っている。まるで、子供の喧嘩だが、世界第一位、第二位の経済大国の喧嘩だから、その他の国々にかかる迷惑は半端でない。

しかし、上記の関税引き上げをよく見てほしい。米国は、中国が言いなりにならない場合、次の打つ手にはたと困る。つまり、これ以上、関税引き上げという手(脅し)が打てなくなっている。

ところが、中国には、米国債売却という奥の手がある。もし、中国が米国債売却に踏み切った場合、米国債が暴落する可能性が高い。そうなると、米国債の長期金利が一気に上昇する可能性が高い。長期金利の上昇は、米財政の破綻と金融政策の破綻につながる。世界第一位の経済大国の財政破綻、金融破綻は、即、世界的な経済恐慌につながる可能性が高い。

中国もその事をよく知っているので、どこまで踏み切るかは疑問だが、世界各国は薄氷を踏む思いで見つめている。

トランプ大統領が13日ツイッターで「中国は報復すべきではない--(報復すれば)もっと悪い状況になる!」と書いたのは、中国に対する脅しというより、上記の事を心配しているからだろう。

そんなに心配なら、外交交渉で決着を付ければ良いのだが、対中国問題では、国内にタカ派が多数存在し、超党派の様相を呈しているので、そう簡単に妥協できない。

(3)対中貿易戦争の最大の被害者は誰か(被害が国内へ回帰するブーメラン現象)

中国がアメリカに輸出する製品⇒スマートフォン、パソコン、家具、衣料品など多岐にわたる。⇒これらの製品が25%も値上がりすると、それは即米国民の生活を直撃する。

ある評論家は以下のように書いている。

・・・中国商品輸入5000億ドルに対して25%の関税というトランプの案が丸ごと実行されれば、3人家族のアメリカ人の負担は約2,200ドルになる。

「5月末までに発効する、2000億ドルに対する、最近の10%から25%への15%追加関税に関しては、直接経費は300億ドルで、より高いアメリカ生産者価格からくる、ありそうな間接経費で、更に300億ドルある。合計で600億ドル、一家族当たり550ドルだ。」 中国は関税の「5%以上」を吸収しないだろう・・・・中国との貿易戦争のプロパガンダ激化
Moon of Alabama  マスコミに載らない海外記事
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2019/05/post-8eb9bf.html

大豆など米国から中国への農産品の輸出⇒25%の関税をかけられると、売れなくなる。⇒米国農家を直撃する。現在、日本のスーパーで、米国産牛肉を買えば良く分かるが、米国産牛肉の値下がりは半端でない。すでに、米国農産品が中国で売れなくなっている現状があるため、価格を安くして日本で売らざるを得ないのである。当然だが、中国の人口は日本の10倍以上。市場規模は比較にならない。

さらに中国へ進出している米企業は多い。ここで作られた製品が米国へ輸出されているのだが、これらの商品にも関税引き上げが重くのしかかる。そのため、リストラや給与カット、生産拠点の変更などの対応が迫られる。これも米国民の生活を直撃する。
 
このように関税引き上げ25%の影響は、ブーメランのように、米国民や米企業などに返ってくる。これにいつまで耐えられるか。米中双方の我慢比べの様相を呈している。

(4)習近平政権の核心的利益

習近平政権の推進するいわゆる【国家資本主義】的政策の根幹に位置しているのが、【補助金政策】である。IT産業に補助金を投入して景気にてこ入れし、国内不満を抑える事は、習近平政権の核心的利益である。この政策を止めろ、という米国の要求には、決して応じないだろう。

米国の要求にも無理がある。そもそも、重要産業育成のために補助金を投入するのは、各国政府の内政問題。それを止めろ、などと言う要求は、【内政干渉】と言われても仕方がない。米国も、農業にかなりの額の補助金を投入している。自国の投入は良くて、他国の投入は駄目だというのは、完全なダブルスタンダート。論理的に破綻している。

(5)世界貿易の現状 (米国凋落の現状)

世界の貿易額 2000年当時 約13兆ドル(1430兆円)規模
       2017年   約35兆ドル(3850兆円)規模⇒約2.5倍に拡大
貿易額における国別構成比
          2000年当時  米国15%以上 中国4% 米国独り勝ち
          2017年     中国・米国とも12%前後

※貿易額=輸入額+輸出額  貿易収支=輸出額-輸入額
問題なのは、貿易収支。
 米国 =2000年以降、毎年大赤字。
      2000年⇒5000億ドル(約55兆円)
      2015年⇒7619億ドル(約83・8兆円)
      2017年⇒8075億ドル(約88・8兆円) 
中国⇒ 徐々に貿易黒字を拡大
   2016年 ⇒5107億㌦(56・2兆円)⇒世界最大の黒字国

トランプ大統領にはこの現状が我慢ならない。米中の貿易戦争の直接的要因である。

冷静に考えるなら、この現状を招いた最大の原因は、米国にある。自国産業の競争力が衰退した結果、製造業などが衰退し、輸入が拡大したのである。
もう一つは、金融産業での独り勝ちが、楽して金儲け精神を植え付け、健全な資本主義の発達を阻害している。

トランプ大統領がやらなければならないのは、こういう米国内部の矛盾の解決のはずだが、そうはならないところが、「覇権国家」の「覇権国家」たる所以なのだろう。

Paul Craig Robertsは以下のように語る。

・・・アメリカ人は、常にそうなのだが、「グローバリズム」と呼ばれるいんちきにだまされているのだ。グローバリズムは、労働組合を破壊し、アメリカ労働者から中産階級の仕事を奪い、彼らから交渉力を剥奪するために使われるペテンなのだ。それは同様に、自給自足の第三世界の人々を土地から追い立て、国の農業を単一作物輸出商品生産に変換するため、多国籍農業関連企業に利用されるペテンなのだ。

 グローバリズムによる悪事は、先進国と第三世界の双方に犠牲を強いた。それは全く先進国の資本主義者連中による利益最大化の結果だ。それは中国とは無関係だ。

 中国産業がアメリカ産業より安く生産するからではなく、アメリカ・グローバル企業こそ、アメリカ雇用喪失の原因である事実を見えぬよう隠すため、身代わりに中国が非難されているのだ。・・・「関税問題」-マスコミに載らない海外記事 
http://www.asyura2.com/19/kokusai26/msg/461.html

トランプ大統領は、中国に対して、何が何でも米国製品を買え、と言っている。「買いたくなるような製品を作れ」というのが、他国の本音だが、寅さんではないが、覇権国家米国に対して「それを言っちゃ、終しめーよ」というのが、現状だろう。

(6)米国の通商政策
※基本方針⇒トランプ大統領の就任演説での【アメリカ・ファースト】⇒米商品を買い、米国人を雇う。
  ↓
米通商代表部の方針(2016年)

A.アメリカの国家主権を優先(通商政策)
B.アメリカの通商法の厳格適用
C.海外市場開放のため、あらゆるレバレッジ(梃子)を活用(簡単に言うと手段を問わない)
D.主権国家と新たな通商関係を設立
           ↓
●多国間交渉から、二国間交渉へ
TPP離脱。NAFTAの再交渉。米中包括経済会話。米韓FTA再交渉。
⇒他国の事情を考慮しない強引な交渉

◎トランプ流交渉の負の側面
★米国の要求を一方的に押し付ける。合意を拒めば、経済制裁をかける。⇒この方法では、二国間交渉もまとまらない。
特に、同盟国以外の国々との確執は酷くなる一方である。
・17年6月 ⇒2国間取引でキューバへの制裁強化
・17年8月 ⇒ロシアへの制裁強化
・18年4月 ⇒シリアへの空爆
・19年1月 ⇒ベネズエラへの制裁強化

しかし、制裁強化と恫喝を武器にした外交に簡単に屈服する国は、そんなにはない。かえって、態度を硬化させ、徹底抗戦の態度を醸成するだけである。米国の経済交渉は、常に制裁と軍事力による脅しの二本立て。これは、どう見ても、正常な交渉とは言えない。悪く言えば、まるで、やくざか暴力団の手口。これでは、決して尊敬を勝ち取れない。

その為、現在のベネズエラ・イランとの一触即発の関係、中東の危機、ロシアとの関係、中国との貿易戦争と南シナ海問題と台湾問題を梃子にした緊張関係、中南米諸国の移民問題、EUやNATOとの関係など、米国発の世界を揺るがす問題が目白押しである。

このように現在の世界の諸問題の大半は、米国が意図的に作り出しているといって過言ではない。かってのような世界の警察官としての存在感などどこにもない。あるのは、世界の鼻つまみ者としての米国である。

以前から何度も指摘してきた【覇権国家】が「覇権」を降りなければならなくなる過程が一番危険。現在の世界情勢はまさにこの状況であるといって過言ではない。

さらに危険なのは、米国は1992年以降、ウォルフォウィッツ・ドクトリン(世界覇権の確立)にこだわっている。(特にネオコンなど)覇権を手放さなければならないかも知れないという焦りと自分たちの最終目標を実現しようという戦争勢力内の二つの心理的要因が、現在世界の緊張の背景にある。

この状況を冷静に眺めると、米国はもはや強硬手段に訴えるしか方法がなくなっていると思える。
例えば、カナダ政府に頼んで、ファーウェイの副会長を逮捕させる。
19年8月から米政府はファーウェイなど特定5社の機器やサービスの利用を禁止。
20年8月から、5社の機器やサービスを利用している企業との取引を禁止する。
背景には、5Gの技術開発で中国に後れを取り、5Gの基地局市場をファーウェイに奪われるのを恐れている。

どう考えても米国のやり口はフェアーではない。あれだけ企業活動の自由を叫び、他国市場の閉鎖性や関税を非難しておきながら、自国の企業が負けそうになると、相手国の企業活動を国家の力で制限したり、その活動を受け入れた企業も処罰する。どこが「自由」なのか、と言われても仕方がない。

これが意味するところは、実体経済の中では、もはや米国企業は国際競争力を失っているという事実である。

何度も言うようだが、貿易収支を黒字に転換させるためには、顧客がどうしても買いたくなる商品や製品を市場に送り出すことが大前提。その為には、低コストで質の高い製品だとか、誰もが驚く最先端の技術を用いた商品を作るとか、企業努力が重要。

ところが、米国製品のお粗末な事。農産品で言えば、農薬まみれの農産物。成長ホルモン剤を多用した牛肉。遺伝子組み換え商品。健康に留意した欧州では、輸入禁止にしている国もある。

現在日本でも問題になっているグリホサート殺虫剤(モンサント社)(発がん性が疑われている)などきわめて危険な製品が多い。

※反証にもかかわらずグリホサートはOKと言うアメリカ環境保護庁
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2019/05/post-5920f8.html
 マスコミに載らない海外記事

その他、家電製品や自動車などの技術力の低下が顕著。先日、F35が墜落したが、世界最高水準を誇った飛行機、戦闘機でも事故が続発している。余談だが、米国製航空機のエンジンの多くは日本製。航空機エンジンといえば、航空機の心臓。それを他国に依存しているようでは、米国の技術力もたいしたことはない。

こう見てくると、まともな商取引では、米製品はあまり相手にされていなくなっている。では、どうやって商売敵に勝つのか。

編み出した戦術が、相手の商品を売れにくくする。その為の妨害行為を編み出す、という方法。これが、関税引き上げ。ファーウェイのように米国との取引停止。米国の同盟国や他国にもそれを強制するという方法。

これはどう見ても、正当な商取引ではない。こういうやり口しかできないとなると、どう見ても、これが米国の強みだとは言えない。むしろ、逆に米国の弱みを示していると考えるのが至当。

中国と習近平政権は、この争いが長く続くと予想しており、一時的な経済の低迷は覚悟しているようだ。しばらく我慢をすれば、必ず勝利できると考えている。何故なら、トランプ政権の狙いは、来年の大統領選挙に勝利するための材料づくりと言う事がはっきりしている。かりにトランプ大統領が再選されても、2年たてば、レームダックになる可能性が高い。この2~3年を我慢すれば、何とかなる、と考えているに違いない。

こうなると中国と米国の政治制度の違いが大きな要素になる。習近平政権は、長期政権なので、この程度の我慢はすることができるが、トランプ大統領はそうはいかない。どうしても、成果を急がざるを得ない。

この彼我の違いが、今回の米中貿易戦争の帰趨を分けるような気がする。長期になればなるほど中国が有利、米国が不利になるだろう。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
流水
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GDP年率2.1%増の怪

2019-05-22 16:03:03 | 消費税増税
5月20日に内閣府は1~3月期のGDP速報値を発表し、対前期比0.5%増(年率換算2.1%増)と伝えた。同日、菅官房長官は、「2四半期連続のプラス成長になった」と胸を張り、消費税率10%への引き上げ方針に与える影響は「全くない」と言い切ったという。(5/21東京新聞)。

一方、翌日の各紙報道は、「予想外の成長も内需陰り」(日経)「陰る内需 視界不良」(朝日)「内需の弱さに警戒も必要」(読売)「輸出減が押し上げ 内需弱さ反映」(毎日)「内需の柱 マイナス」(東京)と、輸入の落ち込みが押し上げた見かけ上のプラスであり、GDPの7割を占める『個人消費』と『民間企業の設備投資』はマイナスとなっていることを伝え、「表向き堅調な成長を示す数値とは裏腹に景気の不安要素を色濃く映し出す内容」(5/21毎日)と報じている。

今回の調査対象期間の今年2月に、私は記事「景気回復を実感しているか」を投稿し、日々の光景の中で実感した、人々のこれまでとは違った暮らしへの不安感、危機感の高まりと、割引、値引きの利用や買い控えの兆しについて報告した。
https://blog.goo.ne.jp/rojinto_goken/e/c26c9f0a6ffa7a00ed9bf4b8d4658296

あれから3か月たった今では、人々の生活防衛的な買い物の傾向はより顕著であからさまになっており、スーパーの200円割引シール発行の日は、シール配布の4時前後から200円割引を目当てとする買い物客が溢れ、月に2度ほど行われる5%割引の日も、店内は買い物客でごった返す状態になっている。

GDP速報値発表について毎日新聞は、「食料品は値上がりするし、10月には消費税も増税される。出費を抑えなくては」「収入は全然増えていない。消費税も気になるし、スーパーを3、4軒はしごして、少しでも安いものを探している」という主婦の声を紹介。さすがのNHKもGDP発表当日のNEWS7では、「スーパーの特売日の客は2倍になる」「外食チェーンは客の倹約意識から消費増税後も値上げせずに価格を据え置かざるを得ない」など、内需落ち込みを示す街の声を取り上げていた。

こうした国民の生活実感に政府はどう向き合おうとしているのか。菅官房長官、茂木経済再生担当相、萩生田幹事長代行ら関係閣僚から聞こえてくるのは、「消費税増税延期と衆参同日選」が「自民党が勝つのに有利か否か」という損得勘定ばかりで、国民生活の現実、日々の暮らしの大変さや先行きへの影響、などには全く目が向いていないように思える。

政府がこのまま数字のマジックで国民をだまし、利己的な動機でその場しのぎの政策を採り続けたら、日本経済は低空飛行から早晩破綻への道を辿るだろう。

そうなってから後悔しても後の祭りだ。今こそ私たちは、「景気は悪くなっている」「消費税引き上げに大いに不安を感じる」という私たち自身の生活実感を拠り所に、国民目線に立ち、国民の生活を第一に政策を判断・提示するのはどの政党かを、しっかり見極める必要がある。

(※ちなみに、野党第一党である「立憲民主党」の「基本政策」も、国民経済や税制にかかわる項目を見ると、『中長期の財政健全化目標を定め、その目標に基づく歳出・歳入両面から改革を行い、持続可能な財政構造を確立します。』『所得税・消費税・資産課税など税制全体を抜本的に見直し、税による再分配機能を強化します。』と、実に悠長で、「現場の切実な声」(枝野代表メッセージ中の言葉)に基づき、国民の切羽詰まった現状を直ちに力強く打開しよう、という気迫が感じられない。もう少ししっかりして欲しい!)

ところで余談だが、安倍首相が一時期アベノミクスの好調をアピールする時に好んで披露していた、ある町工場の工員さんが「あべさん、給料が上がったから発泡酒がビールに変わったよ。」「最近はしご酒までできるようになった」と言っていたという、その工員さんは、今はどこで何を飲んでいるだろうか。

「護憲+コラム」より
笹井明子
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統計の信頼性

2019-05-20 11:09:45 | 社会問題
今日の東京新聞に「終わらない統計不正問題」という記事がある。

私は何か意見を言いたいときは、それに関係する資料を出来るだけ見るようにしている。その場合に、「統計」もけっこう重要視する。

故なだいなださんは、「近頃はイジメが多い」という前提で話すTVスタッフに、「10年前の統計を見ているか」といった話をしたということを書いていらした。

10年前からイジメの統計を取っているが、その時の方が件数は2.5倍なのだと指摘している。(『つむじ先生の処方箋』(五月書房)の「イジメ報道をイジメる」)

つまり、現在の事件に対し、今だけ、感情だけで見てしまう危険性を指摘している。

しかし、この「統計」が、全く信頼できないとなったら…。

それが、東京新聞の指摘している「統計不正問題」だ。統計を取る時は、できるだけ調査法を変更しないことが、過去との対比に必要となる。

また、対象者をどう拾うかも大きな問題だ。もう1つ、恣意的に答えを誘導しない設問であることも重要だ。

ところが、経済指標として公的保険の給付額算定にも使われる「毎月勤労統計」が、2004年から勝手に対象を変えて統計を取った。つまり過去とは比較できなくなっている。

詳しくは新聞を読んでいただくとして、2018年に有識者会議で問題視されて明らかになったことは、不正統計のおかげで2000万人の雇用保険や労災保険の公的保険の給付が下がった。

これらの不正をただすための再給付を行うというが、そのためにかかる費用は、厚生労働省の役人の給与からではなく、私たちの税金と保険料で賄うのだそうだ。

また、統計不正の公表を回避したり、虚偽説明もしてきたが、野党議員は「不正の隠蔽」は「アベノミクスが成功であると見せかけるため」と指摘している。官邸からの圧力も疑われている。

ともかく、統計の不正は、国民からの信頼を全くなくしてしまう。国家的な調査は国でないとなかなかできない。それが信頼できないとなると、国家の今後の構想さえ危うくなるのだ。

統計が不正となると、何かを判断するとき、より感情的、個人志向に流されやすくなることすら起きかねない。これからは何か書くとき、まずは統計から疑わなくてはならないとは。

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
コメント (3)
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天皇制を考える

2019-05-17 20:30:39 | 社会問題
(1)米国の天皇制理解・・戦争準備の凄さ

明仁天皇が退位され平成の世が終わった。次は、令和の世だ、などというメディアのバカ騒ぎに与する気持ちはさらさらない。わたしは、これからは可能な限り西歴を使おうと考えている。

特に宮中祭祀(大嘗祭)を国事行為にして、バカ騒ぎを演出している安倍政権の反憲法姿勢と歴史修正主義には反吐が出る。これがどれほど明仁天皇を傷つけているか、安倍首相は考えたことがあるのか。

明仁天皇退位を伝えた外国ニュースの中で天皇の歴史修正主義に対する嫌悪の情を書いた英国報道があった。日本メディアが安倍首相に対する忖度で改元騒ぎを煽るだけの報道一色なのに比べて、外国ニュースが事の本質をずばりと切り取っていた。

本当に令和を新しい時代にするつもりなら、明仁天皇が生涯をかけて追い求めてきた「象徴天皇」の本質的意味を深く考え、次の時代の天皇像を官民挙げて模索しなければならない。前の時代の真摯な総括なしに新たな時代など来るはずがない。

だから、改元時における大メディアの責務は、明治以降の天皇制の歴史と役割を冷静に冷徹に振り返る事であり、令和(うさん臭い改元事情も含めて)を無条件に寿ぐ事ではない。

前の投稿「象徴天皇へ歩み続けた明仁天皇(帝王学の成果か!)」でも触れたが、米国は、戦争終了前から、天皇制の存続を考えていた。

加藤哲郎氏(当時は一橋大学教授)が2004年12月「世界」に発表した論文『1942年6月米国「日本プラン」と象徴天皇制』によると、1942年6月時点にすでに「天皇制存続」と「戦後」の日本の繁栄=資本主義の再建というGHQの二つの占領方針が期計画されており、「天皇」を平和の象徴として利用するという戦後日本の占領計画が練られていたという。
http://netizen.html.xdomain.jp/JapanPlan.html

米国にとって日本との戦争に勝利するのは既定の事実。如何に占領支配を行うかが米国の主要関心事だった、と言う事である。戦争の相手国のこれだけの深慮遠謀と余裕。鬼畜米英を大声で叫び、大本営発表で国民を騙し、竹やりで本土決戦を叫ぶ以外能の無い政府。彼我の違いの大きさに愕然とする。

しかも、米国は、明確に「天皇」を平和の象徴として戦後日本の占領行政の中核として位置づけている。米国の天皇制に対する理解、日本や日本人理解は、相当なものだと言わざるを得ない。

実は、あまり知られていないが、天皇家と米国との間には、相当数の書簡の交換があった。天皇家と米国の関係は、傍が思う以上に親密だった。

5/4日、TBSの報道特集で、金平キャスターが、米公文書館でこの書簡を閲覧したのが放映されていた。同時に大正天皇の女官の肉声テープも放映していた。大変興味深く非常な力作だった。

※令和時代の幕開けと代替わりの原点 (2019/5/4 放送)
・・・約200年ぶり、憲政史上初めてとなる天皇の退位と新天皇の即位を国民はどう見つめたのか。歴史的な代替わりを様々な視点で取材し新時代の象徴天皇のあり方を考える。さらに、私たちは大正天皇の女官の肉声が収められたカセットテープなど、今回の代替わりの原点につながる新しい資料を日本とアメリカで見つけ出した。そこから見えてくる歴代天皇の姿とは・・。初公開となる歴史資料から代替わりと改元の原点に迫る。・・・
http://www.tbs.co.jp/houtoku/onair/20190504_1_1.html#

日本でも総力戦研究所で米国研究をしていたが、米国の研究とはその質と量及び研究範囲も違い、研究成果を受け取る政治家・軍人の指導層の能力の差があり過ぎたと言って良い。

結論は「日本必敗」///開戦前に存在した「奇跡の組織」総力戦研究所とは?(HUFFPOST)
https://www.huffingtonpost.jp/kazuhiko-iimura/japan_failure_b_17694998.html

総力戦研究所(ウィキペディア)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%8F%E5%8A%9B%E6%88%A6%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80

HUFFPOSTで書かれているように、総力戦研究所での対米戦争の結論は、【日本が必ず負ける】というものだった。当時の日本の指導者連中は、この結論を無視した。科学的合理的研究成果より、当時の政府・軍内部の人間関係を忖度し、結論が出された。如何にも日本的な意思決定経過である。

実は、わたしの学生時代の研究室の教授は、この総力戦研究所に勤務していて、彼が時折無念そうに当時の軍部を批判するのを聞かされていた。だから、わたしには総力戦研究所と言う名前は、かなりなじみのある名前だった。

それはさておき、当時の米国の日本研究者たちの日本研究は、レベルが非常に高かった。天皇制の研究もそうだが、日本文化の研究や日本人研究も非常に優れていた。

のちに、日本大使になり日本人に愛されたライシャワーもそうだった。(ただ、彼が日本人をどう見、どう戦略を組み立てたかについては、上記の加藤氏の論文に詳しい。彼もまた日本を冷厳と見下す占領国の官僚だったと言って良い)

その他、人口に膾炙したものに、ルース・ベネディクトの「菊と刀」がある。

※米国発・日本人論の元祖「菊と刀」とは? 「ここがヘンだよ日本人」を真面目に描いた必読の一冊
https://bushoojapan.com/tomorrow/2015/12/28/66251

私見だが、こういう研究をきちんと評価し、それを占領支配や占領行政に役立てるなどという芸当は、ファッショ体制の国家ではできない。

よく観察すれば、当時の東条政権も現在の安倍政権も論理性・合理性・科学性・国際性が欠如し、都合の悪い真実に目をつぶり、精神性だけを強調する点では全く同じ。

現在の安倍政権下の統計資料不正問題、記録を残さない、不都合なものは隠蔽する(黒塗り)、言い換える、真正面から答えない。真実に対してきわめて不誠実。こういう国家をファシズムという。こういう姿勢の国家に、ルース・ベネディクトのような真面目な研究を評価し、役立てるなどと言う発想は皆無だろう。このような研究の素晴らしさを認識できる知性がない。知性がないから、研究の成果をどう利用するかなどという発想は出てこない。

これ一つ見ても、現在の日本の劣化は明らかであり、太平洋戦争勃発前の指導部のレベルの低さとほとんど大差はない。

(2)天皇制とは何か 

実は国民の大多数が「天皇制を意識し始めるのは、明治(近代)になってからである。天皇制それ自体は、古代から連綿と続いてきているが、それほど国民の身近な存在ではなかった。

江戸時代の終わりまで天皇は、京都(御所)で暮らしていて、外出もほとんどしていなかった。「行幸」などと言う言葉が残っているが、滅多にないから「行幸」なのである。

現在の天皇制の形態は明治以降のものである。幕府打倒の錦の御旗として、天皇を担ぎ出した薩長藩閥政府の庇護のもと、現在のような形態が作り出された。天皇の担ぎ出しは、尊王攘夷思想の帰結だった。

まず、天皇が全国を巡りはじめた。天皇を国民動員のツールとして利用し始めたのである。

江戸時代は、藩を中心とした地方分権国家。明治になってこれが中央集権国家へと変貌していく。その場合、国家や国民を統合するシンボルが必要になる。それが、天皇と言うわけである。

だから、江戸時代には考えられなかった天皇の全国への行幸。それに、国民を動員し、日本と言う国を意識させる。これが江戸時代とは違う明治と言う国家の形なのである。

さらに、教育現場で教育勅語が制定され、天皇中心の歴史教育が徹底され始め、天皇神格化が始まった。

一つは、【ご真影】。すべての儀式で使用された。⇒写真を加工して作成
一つは教育勅語の暗記。教育現場で働いていると、【音読】の効果がいかに大きいかを痛感する。

「だんだん良くなる法華の太鼓」という言葉がある。日蓮宗の信者は、毎朝毎朝うちわ太鼓をたたいてお経をあげる。はじめはお経も下手糞。太鼓の音もやかましく騒音以外の何物でもない。ところが、そのうちにお経も上手になり、うちわ太鼓の音も澄んだ音になり、聞いて心地よくなる。何事も「習うより慣れよ」の典型だろう。

これと同様な事が教育勅語の音読にも言える。教育勅語の難解な漢字や意味もよく理解できないけれど、毎日毎日音読すると、何となく身体に染み入る。一種の「洗脳教育」だが、これが、戦前の教育の一つの柱になっている。森友学園の幼稚園で行われていた教育勅語の音読を思い出してほしい。あれが戦前型教育の一つの典型である。

もう一つは儀式。儀式は形式を徹底的に重視し、能う限り荘厳に行う。参加者全員が極度の緊張の中で儀式を行う事に意味がある。これが、権威を重んじる精神の涵養に役立つ。よく周りを見てほしいが、こういう儀式が大好きなのが、いわゆる右派連中に多いのは偶然ではない。

戦前、卒業式などの儀式で、ご真影の前で、校長が白手袋をして、恭しく、教育勅語を朗読する。読み間違えなどしたら大変である、校長の首が飛んだ例もある。こんな姿を小学校・中学校で見ている子供たちには、知らず知らず天皇の権威が教え込まれるのである。

・・・「4月30日、「退位礼正殿の儀」で、安倍晋三首相はおそらく歴史に残る大失言をしてしまった。それが起きたのは「国民代表の辞」のほぼ末尾だ。「天皇、皇后両陛下には末永くお健やかであらせられますことを願っていません。
 これでは、国民の大多数の願いとは全く逆だ。」・・・(アエラ)

「願って已みません」と原稿に書かれていたのを、願ってやみません、と読めなかったようだ。お粗末と言う以外ない。戦前なら一発で総辞職ものだろう。戦前が好きな割には、そういう非礼には鈍感なようだ。

さらに言うなら、これだけの儀式での挨拶。事前に何度も練習しておくのが普通。わたしのようなものでも、卒業式で生徒の名前を読み間違えないようどれだけ練習したか。日の丸とか国歌とか儀式大好き人間のわりには、何ともお粗末と言わざるを得ない。

ともあれ、【君民一体】が戦前の天皇制の原点。この原則で全ての事柄が執り行われてきた。この原則は、戦後の天皇制でも変わることなく継承されている。

ただ明仁天皇の行幸は、明治・大正・昭和天皇のそれとは、明らかに性格を異にする。

たしか、「男はつらいよ」だったと記憶しているが、戦前の思い出話をする親父さんが、「天皇陛下が来られたのでお迎えに動員された。お姿を見たら目がつぶれる、などと脅されたので、じっと頭を下げていたら、天皇陛下がいつのまにか通り過ぎていた。ただ、頭を下げた記憶だけが残っている」という趣旨の話をしていた。映画の中の話だが、実はこの種の話は全国に転がっている。これが戦前の行幸である。

昭和天皇の場合、20年以降の行幸は、戦前とはかなり違っていたようだが、それでもただ手を振る程度で、民衆とは一線を画した畏れ多い存在としての振る舞いを逸脱する事はなかった。

明仁天皇は、このスタイルを根底から変更した。災害地慰問の時など、ひざまずき、被災者と同じ目線で話かけられた。

天皇を神として祭り上げようという戦前型天皇制論者からすれば、とても容認できる天皇の姿ではなく、当初はかなり激しい抵抗があったと聞く。それでも明仁天皇は、このスタイルを貫いてこられた。

このスタイルこそ、明仁天皇が考え抜かれたうえで、具現化された【象徴天皇】の姿だった。

以前にも何度か紹介したが、「世の中のありとあらゆる不幸はすべてわたしのせいなのよ」という存在を持つ国は、世界中にあまりない。あるとしたらそれは宗教というのが一般的。そういう意味で、天皇制と宗教とは紙一重の存在だと思う。

戦前の天皇制は、この「宗教」の側面を強調した。ところが、米国は、この天皇制の持つ「宗教性」を極力薄め、「制度として天皇制」を創出したのである。米国は当然日本の教育(教育勅語に基づく教育)の解体も視野に入れていた。一般的には民主化と呼ばれるものだが、米国の発想は、さらに視野が広く深かったと言わざるを得ない。

米国の狙いは、こうである。【制度としての天皇制】だから、天皇は憲法(法)の下の存在になる。つまり、神の存在ではなく、法の下の存在として位置づけられたのである。法治国家の原則を例外なく天皇にも適用したのである。こうして、民主化の第一原則である【法治国家】を実現した。

明仁天皇は、この原則(日本国憲法の遵守)を如何にして具現化し、皇室を永続化させるか、にそれこそ天皇としてのレーゾンデートルを賭けた。

哲学者内田樹は、その行為を「鎮魂」と「慰藉」だと定義している。彼は以下のようにいう。

・・「ここでの「鎮魂」とは先の大戦で斃れた人々の霊を鎮めるための祈りのことです。陛下は実際に死者がそこで息絶えた現場まで足を運び、その土に膝をついて祈りを捧げてきました。もう一つの慰藉とは「時として人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うこと」と「お言葉」では表現されていますが、さまざまな災害の被災者を訪れ、同じように床に膝をついて、傷ついた生者たちに慰めの言葉をかけることを指しています。
死者たち、傷ついた人たちのかたわらにあること、つまり「共苦すること(コンパッション)」を陛下は象徴天皇の果たすべき「象徴的行為」と定義したわけです。」・・・

わたしは、象徴天皇の果たすべき【象徴的行為】=「共苦」(コンバッション)という定義に感心させられた。見事と言うほかない。

「万世一系」と称される長い天皇家の歴史の中で天皇が天皇であり続ける所以は、担がれる神輿として最適な存在であり続けたという以外、見当たらない。担がれるには担がれる理由があり、それは、天皇家が時の政治権力(世俗権力)から超越的な存在であった点に求められる。

この点が西欧の王権と決定的に違う。天皇家は「権威」の代表者であっても、【武力】の代表者ではない。西欧の王権は、【権威】と【武力】を兼ね備えている。ところが、天皇制は、「権威」のみだと言って良い。天皇制が武力も兼ね備えた王権的支配を持った時代は、ほんの短い一時期に限られ、あとは武力支配からは遠い存在だった。だから、時代の転換に遭遇しても、革命的打倒の対象にならなかった。

しかし、今回の改元騒ぎで明確になったように、天皇制は「時間」を支配していると言える。明治、大正、昭和、平成、令和と言う具合に、時代の区切りを司る、と言う事は、時間を支配していると言って良い。

さらに、天皇の行幸の範囲は、日本国中に及ぶ。その先々で、熱烈な歓迎を受ける、と言う事は、日本と言う空間支配にも影響力を行使している。

王権というのは、空間支配も自らの権力が及ぶ範囲に限定される。同時に、その権威も武力も現世的と言って良い。だから、自らの権力が衰えれば、次の覇者に追い落とされるか、民衆によって追い落とされる運命にある。ところが、日本の天皇制は、鎌倉時代の「承久の乱」以外に、そのような形をとった事はない。承久の乱でも、天皇家は存続している。

これは何故なのか。天皇制がなぜ長続きをしているのか。明快な回答が出しにくい。

このように子細に天皇制存続の理由を探したり、その存在理由を明確化しようとしても、これぞという答えは見つからない。

天皇制の内実を問うと常にこの問題に行き当たる。西谷啓治が「近代の超克」で「無の哲学」と書き、ロラン・バルトが「空虚な中心」と述べ、柄谷行人が「ゼロ記号」と定義したのも同様な理由からであろう。

特にロラン・バルトが首都東京の中心に【空虚な空間=皇居】があると書いているのは、きわめて示唆的である。

近代的都市の代表格である東京のど真ん中に緑に囲まれた広大な空間(皇居=旧江戸城)がなぜ存在しているのか。そんなものがあるだけで、東京の交通も土地事情も大変難しくなる。ここを取っ払って開発すれば、東京の交通事情も土地事情も格段によくなるはずだろう。バルトがそう考えたかどうか知らないが、合理的・科学的・論理的に考えれば、そうなる。

誰でもそう考える事がなぜできない。そこに天皇家が住んでいるからだろうか。戦前で言えば、日本の中心権力がそこにあるからだろうか。近代的合理主義的考え方が全く通用しない【空間】がそこに存在している。

これをどう見るか。ロラン・バルトには、【空虚な空間】として視えた。天皇制否定論者には、文字通りの「空虚=からっぽ」としてしか見えなかった。

明仁天皇の「象徴天皇」への旅路は、これに対する一つの答えであろう。「無」とか「ゼロ記号」で【空虚】だからこそ、「鎮魂」と「慰藉」の旅が本物になる。現世の権力とは別物の「権威」だからこそ、「鎮魂」と「慰藉」=【共苦】の想いが受ける側の心に染み入る。「無」である事の強さを最大限に活用したのが、明仁天皇の「鎮魂」と「慰藉」の旅だったとわたしは考えている。

だから、戦前型の天皇主義者たちが、国民の前で膝まずいて話をする天皇を批判しても、そのスタイルを貫き通したと思う。「鎮魂」と「慰藉」に天皇制存続の活路を見つけようとしたのだろうと推測している。

私自身は、【空虚】とか【無】それ自体に価値があると考えている。日本文化の中にある合理性だけでは割り切れない「人のやさしさ」とか「損を承知で行動する無償の行為」などは、人の人生を【空】とか【無】であるという認識があるからこそ世間的利害を超えた行動ができるのだと思う。

難しい禅の教えを持ち出すまでもない。葬儀の時の般若心経を思い出せばよい。【色即是空 空即是色!】日本人の心の中にこの感覚があるからこそ、天皇制の【無】とか【空虚】が受け入れられるのだと思う。

建物もそうだが、無駄な空間があるからこそ、人は落ち着ける。わたしのような田舎者は、現代的建築の無駄のない消毒されたような空間は、落ち着かなくてそわそわする。多少の汚れや無駄な空間があればほっとする。

都市空間も同じで、わたしは上京するたび、東京と言う町は、緑の豊かな街だという印象を強く持っている。皇居もそうだが、新宿御苑を初めとして東京には素晴らしい公園が目白押し。近代合理主義からすれば、きわめて不合理な土地利用かもしれないが、これが東京に住み人にとってきわめて重要な場所になっている。そしてそれが東京と言う都市の魅力の一つである事は間違いない。

わたしは、明仁天皇の「象徴的行為」としての「鎮魂」と「慰藉」の旅は、国民に東京の緑豊かな公園的役割を果たしてきたと思う。現世的権力から可能な限り遠ざかる事により、逆説的に現世を生きる国民たちに生きる希望を与え続けることができたのであろう。

一つだけ難癖をつければ、天皇の象徴的行為が素晴らしければ素晴らしいほど、現世の権力者である安倍政権の悪行が薄められる。国民の側からすれば、安倍政権の悪行に我慢の限界を感じていても、天皇ご夫妻の「鎮魂」と「慰藉」の訪れを受ければ、その怒りもいくばくかは消え去る。

天皇の象徴的行為は素晴らしいが、素晴らしければ素晴らしいほど、国民の怒りが政権打倒のエネルギーにつながりにくくなる。この矛盾は如何ともしがたい。

安倍政権と明仁天皇との確執は人も知るところだが、私から言わせれば、安倍晋三は天皇に足を向けて寝られない。理由は、安倍政権の悪行三昧に対する国民の怒りを天皇ご夫妻の「鎮魂」と「慰藉」の旅が薄めてくださっているからである。

実は、米国が考えた「象徴天皇制」は、天皇を日本統治の精神的シンボルとして利用する事だった。天皇を平和のシンボルとして変身させることが、日本統治の要だった。

天皇のメタマルファーゼ【変身】は、明仁天皇によって完成した。明仁天皇は、ある意味見事に米国の日本統治の狙いを完成させた、と言って良いかも知れない。

しかし、明仁天皇は、米国の政治的狙いを凌駕した「象徴天皇制」の精神の具現化に成功したのである。それは、平和への願いと「鎮魂」と「慰藉」の旅を続ければ続けるほど、米国の反平和国家としての振る舞いがあぶりだされる結果になるのである。

その象徴的場所が沖縄と広島・長崎であろう。明仁天皇の沖縄訪問の真摯さが語られれば語られるほど、米軍の非道さがあぶり出される結果になる。明仁天皇の「象徴的行為」それ自体が、米国の思惑を超えたのが、平成という時代の一つの結果だったといえる。

最後に、国民の側が天皇制について考えておかねばならないのは、天皇制という制度は、いわば【ブラックホール】のようなもので、敵も味方も全てを飲み込んでしまう力がある。これは、占領国米国の日本通が見逃した天皇制の持つ摩訶不思議な力である。

日本の歴史を見れば一目瞭然だが、歴史の転換点(皆が悩み、苦しみ、迷っている時)には必ず天皇制が不死鳥のように甦ってくる。この度の改元騒動のもう一つの側面は、天皇制が見直され始めたと言う事は、国民が悩み、苦しみ、迷っている事の裏返しである。

だからこそ、令和時代の天皇制を考えるとき、この【無】とか【空虚】とか【ゼロ記号】という発想から出発しなければ、日本にとっての天皇制を考える事にならないと思う。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
流水
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第6回「なだいなだの学校同窓会」6月9日 北鎌倉

2019-05-16 09:33:21 | イベント情報
老人党提唱者で、作家で精神科医のなだいなださんが亡くなられて、7年が経ちました。

第6回「なだいなだの学校同窓会」をいたします。

★6月9日(日)北鎌倉のフレンチレストランです。
お天気が良ければ、10時に集合して散策。雨の場合は、11時半から食事会です。

★会費は5000円(食事代+飲み物、サービス料、税金) 交通費、拝観料などは各自。

★参加希望は、「護憲+」宛てメール(※)でその旨お申し出ください。折り返し会場その他詳細をご連絡します。遅れても2、3日中には必ずお返事を差し上げます。
(※)rojinto_goken@mail.goo.ne.jp

★お店が小さいためできれば貸し切りたく、〆切は早いのですが、5月19日(日)。
それ以降は、前々日の6月7日までに申し込んでみてくださっていいのですが、 お店の定員の都合で、近くなるとお断りする可能性が高くなります。

なださんファンの方、お早めに、お気軽にご参加をお申し込みください。
詳しくお知らせ申し上げます。

「護憲+BBS」「イベントの紹介」より
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性差別と憲法ー映画「ビリーブ」と「RBG」を見て

2019-05-15 10:11:43 | 民主主義・人権
医学部入試の女性差別が明らかになったが、日本の女性差別は国会・地方議会の議員数(ともに女性は約10%)、会社役員数(約4%)、給与(2016年で男性平均521万円、女性平均280万円)など枚挙にいとまがない。

世界経済フォーラム(WEF)が出した世界各国の男女平等の度合い「ジェンダー・ギャップ指数」では2018年110位。G7の中では日本は圧倒的な下位を占める。

数日前、大勢の医師達と治療ガイドラインの作成会議に同席したが、50名を超える医師の中で、女医は僅か2~3名だった。多数の論文を読んでエビデンスを求めなくてはならないが、日常の仕事に加えてのボランティア…となると、家庭を負っている女医は、まずは出来ないということなのか。

一方、患者家族は3人とも女性だった。家庭で患者を支える役目は女性なのだ。ここでも女性の置かれている立場を感じさせられた。

今、合衆国最高裁判事を務める女性弁護士ルース・ベイダー・ギンズバークの映画が2本、上映されている。若き日の彼女の実話をもとにしたドラマ仕立てが「ビリーブ 未来への大逆転」、原題は「On the Basis of Sex」。

本人、夫や子供、友人たちへのインタビューによるドキュメンタリーが「RBG 最強の85歳」。ちなみにアメリカでは、有名人の中でもJFK(John F. Kennedy)、FDR(Franklin D. Roosevelt)のように3文字で呼ばれる人がいるが、彼女もRBG(Ruth Bader Ginsburg)と呼ばれ、敬愛されているということ。

1958年、ハーバードの法学院に入学した500人の学生の中で女性はたった9人。女子学生たちは奇異の目で見られ、教授にさえ差別的な言葉を掛けられる。

夫の仕事でコロンビア大学に転校したルースは、優秀な成績で卒業したにもかかわらず、「女性だから」という理由で弁護士事務所に勤められない。
大学でジェンダーと法について学生たちに教えながら、子供を育て、研究を続ける。

そして皆が「100%負ける」という、性による差別を問う裁判で法廷に立つ。同じ職場の男性たちよりも給与が低かった女性、妻の出産時の死で、乳児を育てることに専念した男性に出なかった育児手当、男性のみのバージニア士官学校に入学を希望する女性…こういった性による差別を、RBGは憲法に基づいて指摘し、正していく。

「憲法」が尊重され、生かされる裁判。人権、職業選択の自由、そういった人間の基本的権利に憲法が現実的に機能していくことに心を動かされた。アメリカはそうして1960年代は人種差別、1970年代は性差別を、憲法にある平等のもとに正してきたのだ。いい加減な「拡大解釈」で、憲法を蔑ろにさせてはいけないとつくづく思う。

性差別は酷い、正さなくてはと思う人、不平等をそのままにしてはならないと思う人、そして「憲法」を私たちはどのように生かすのか知りたい人、この2本の映画をぜひ見てほしいと思う。

※「ビリーブ 未来への大逆転」
https://gaga.ne.jp/believe/
※「RBG 最強の85歳」
http://www.finefilms.co.jp/rbg/

「護憲+コラム」より
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