老人党リアルグループ「護憲+」ブログ

現憲法の基本理念(国民主権、平和、人権)の視点で「世直し」を志す「護憲+」メンバーのメッセージ

自民党とは「与して同ぜず」が必要

2011-05-31 21:24:55 | 民主党政権
「和して同ぜず」という格言の語源は論語のようであるが、今回民主党の反菅グループには自民党とは「与して同ぜず」を実践して貰いたい。

確かに今の日本は戦災復興に次ぐ戦後第二の国難(震災復興・原発被害対策・赤字財政・少子高齢化・若者の就職難等々)に遭遇しているといっても過言ではない。このような時期に菅首相のこれまでの対応と言動を見た場合、果たしてこれからも菅氏が首相に適任と言えるであろうか、今まさにそのことが民主党に問われている。特に直近の震災対策、分けても福島原発への対応は情報開示が後手後手となり、事実を隠蔽していたと思われてもやむを得ない。

ここで言う適任とは、与党の内閣総理大臣として、党是を踏まえて目の前の国難解決のために法案や予算案を国会で成立させる能力があるか否か、ということであろう。菅首相をそれに照らして観ると不適任と言わざるを得ない。先ず党是(国民生活第一の政治と09マニフェスト)を無視して自民党の消費税増税にすり寄った結果、参議院選で過半数を失い、法案成立の必要条件を自ら失ってしまった。次にそのリカバリー策としての連立政権づくりも完全に失敗し、今では野党から内閣不信任案を突きつけられようとしており、今後の国会での法案成立は全く先が見えないのである。

第一次補正予算案は震災復旧のため野党も反対できなかったが、23年度本予算の赤字国債発行のための特例法案は未だに通過させることができず、野党が内閣不信任-特例法案反対となれば、民主党としての初めての本予算は一部実行不可能となり、内閣総理大臣失格である。また責任政党として民主党に投票した国民の負託に応えられないことになり、与党民主党内から菅首相不適任論が出るのは同然であろう。

特例法案は被災者への悪影響もあり、野党もいずれ賛成せざるを得ないとの読みであれば、赤字国債発行は震災頼みの本末転倒した政治と言うことになる。仮に野党が反対して一部予算執行ができなくとも総辞職しないとなれば、この先も行政は停滞することになり、与党も野党に与して辞めて貰うしかないであろう。

かつて鳩山首相と小沢幹事長は、自らの政治と金の問題をメディアにクローズアップされて支持率低下に見舞われた時には、自らの保身より党のために首相と幹事長職を辞任し、次の参議院選挙前には民主党の支持率を回復させた。ところがその後を継いだ菅首相は参議院選で唐突に自民党の消費税増税10%に同調することを公約に掲げて敗北し、以後も民主党を支持した有権者を裏切る失政続きで、今日まで支持率は低下しっぱなしである。

国会で法案成立もままならない状態にありながら、この先政権にしがみついて、一体何の法案が成立させられると言うのであろうか、もはや自身の保身のために政権にしがみついている状態であろう。菅首相と岡田幹事長は、かつて鳩山首相と小沢幹事長が党を優先した身の処し方に見習うべきである。

どうしても菅首相が自ら辞任しないのであれば、自ら辞任した鳩山・小沢氏及びその場に立ち会った輿石氏は、菅氏辞任を説得するに憚ることなかれである。それでも聞き入れられなければ、党のためには造反有理であり、自民党の提出する内閣不信任案に与することもやむを得ないであろう。但し自民党とは「与して同ぜず」で接し、公明党、みんなの党、社民党、国民新党との連立を模索し政権を維持すべきである。きっと小沢氏ならそれが可能であろう。万一これに失敗したならば年末に新党を結成し次の衆議院選で捲土重来を期せばよい。

一方菅執行部は、民主党から自民党の内閣不信任案に同調した者は除名するとか、万一内閣不信任案が可決されたならば菅首相は衆議院解散に打って出ると言っているが、どちらも単なる脅しに過ぎないであろう。なぜなら民主党を除名すれば今後の法案は益々成立させられなくなり、菅内閣が困るだけである。まして衆議院を解散すれば過半数はおろか、民主党は比較第一党にもなれないことは今の支持率から明らかである。

第一、先の都知事選で民主党候補を擁立できず、福島原発対策で信用失墜した東京都選出の菅首相自身が当選する保証もない。そのような状況下で菅首相が衆議院を解散できる筈がないではないか、むしろ岡田幹事長と安住国対委員長は冷静に状況を判断して民主党の墓穴を掘るような除名と解散は避け、菅首相に辞職するように説得すべきが役目なはずである。魚は頭から腐ると言うが全くその通りの様である。

「護憲+BBS」「 政党ウォッチング」より
厚顔の美少年
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小沢一郎のウォール・ストリート・ジャーナルとの対談

2011-05-30 21:06:35 | 民主党政権
小沢一郎元民主党代表がウォール・ストリート・ジャーナルのインタビューに応じたことは既に大手メディアでも報じられていたが、その内容はメディアサイドの一部断片的なものであったように思う。

たまたま植草一秀氏の「知られざる真実」にアクセスしたところ、小沢氏のインタビュー内容がリンクされていたので転載しておきたい。
http://jp.wsj.com/Japan/Politics/node_242207

小沢氏の発言を読むと国民目線に立って、単純明快で、問題の本質を衝いて分かりやすい。併せて植草一秀氏の「知られざる真実」にアクセスすると詳しい。

http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-3200.html

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
厚顔の美少年
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価値を決めるのは科学者ではない

2011-05-30 10:13:49 | 原発
最近東日本大震災で日本中が振り回されている。

確かにこの災害は、少なくとも戦後六十年、非常に大雑把に言えば、一応平和で右肩上がりだった日本人にとって、想像もできなかった大事件である。小生のような戦中派生き残りのごく少数の老人以外の人にとっては、一生に一度の大事件であろう。

しかし、自然の猛威というものは、人間という実はせいぜい百年ぐらいしかこの世に存在しないきわめて弱い生物よりは、ずっと強い力を持つものだということを示してくれたのであり、人間同士のつまらない生存競争ばかりに熱中する生き方に警告を与えてくれているような気がする。

私はいわゆる科学による進歩という考えを全面的に否定するつもりはないが、科学万能というか、それが世界の問題のすべてを解決するものだとは思わない。そういった幻想が非常に危険なことを如実に示したのが、福島原発の今度の、いわゆる科学者、その道の専門家などがどうしようもない事故である。

もちろん東電その他のその筋の連中が、この施設の安全神話を自分たちも信じてしまって、こういった事故を予防するのに不注意だったと思われる点は、施設の造り方にも多々あり、事故発生後もさまざまな手落ちがあったことも事実であろう。

しかし私は、安全確保のためにこうしておくべきだったとか、事故に対してこうすべきだったという議論があまり強調されるのはいいことだとは思わない。そういった議論は逆に、下手をすればそういった対策をすれば安全な原発が出来るような錯覚を作り出す危険があるからである。

機械というものは必ず壊れるものであり、その上原発は、壊れたら人間にとって危険極まりない有害物質を発散質し続けるものだということを、もっと深刻に受け止めるべきだと私は考えている。

津波でなくても、こういった機械を壊すものはいくらでもあるし、それは自然災害だけでなく人間そのものがそういうことをやりかねない生物なのである。人間は日常正気だと思われていても、何をやるかわからない生物であることは、小さな事件では秋葉原事件などがあり、大きなことではアメリカのイラク侵略、アフガン攻撃など枚挙に暇がない。

機械は壊れないものは存在しないし、壊れたら非常に危険な物質を発散し続けて止められない機械は作るべきではない、と私は考える。そういった機械が人間にとってどんなに便利であってもである。

「護憲+コラム」より
鈴木建三
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福島原発は台風対策に万全か

2011-05-29 12:22:36 | 東北地震
台風2号の予想進路をみると、関東・東北南部(福島県)も暴風圏に入っているようである。

http://tenki.jp/typhoon/

政府と東電は、最悪福島県直撃のコースも想定して福島原発の台風対策をしているのであろうか、心配である。

先ずは原子炉や使用済み燃料保管プールは強風に耐えうるのか、次に原子炉やプールから放出されている放射能が強風で関東一円に吹き散らされる恐れはないのか。

それと、何年か前に四国沖を通過した台風が満潮に重なり、神戸港では気圧の低下で水位が上がって海岸通りは水没し、更に強風で海水が陸に吹き上げられ、市内全域の街路樹の葉が枯れ落ちたことがあったが、今回福島原発から放射能汚染水が流れ込んでいる防潮堤内の海水が、同じように陸地に吹き上げられること等への対策は講じられているのだろうか。

沖縄では漁民が漁船を陸に揚げて台風対策を講じている情景がニュースで流されていたが、福島原発では、例えば当初ヘリコプターで水を注入しようとしたように、原始的な方法であるがテントで原子炉建家をすっぽりかぶせるなど、今のところ何もニュースでは伝えられていない。

無策であるとすれば、関東一円に放射能が吹き散らされとんでもない事態に成らないか心配である。

「護憲+BBS」「政権ウォッチング」より
厚顔の美少年
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小佐古教授の投じた一石

2011-05-29 12:12:30 | 原発
28日のアサヒコムが「子どもの被曝量、年間1ミリシーベルト以下目標 文科省」と報じているように、27日文科省は福島県の学校での放射能許容レベルを年間20から1ミリシーベルト以下に押さえる指針をやっと打ち出した。

http://www.asahi.com/national/update/0528/TKY201105270708.html

先般内閣官房参与であった小佐古東大大学院教授が、科学者としての良心の呵責に耐えかねて、20ミリシーベルト以下では子供には基準が緩すぎると涙の辞任記者会見をしたことがキッカケに成ったことは、疑う余地がない。このことは5月1日の記事「基準緩和は復旧対策のすり替えでは」で触れたとおりである。


加えて、小佐古教授の涙の辞任後、地元の父兄にも不安が広がり、与党民主党を中心とした議員と超党派の医師出身の議員も賛同したことが大きい。小佐古教授の行動は真理を探究する科学者の良心であり、鑑であろう。投じた一石の波紋は無駄ではなかった。

もう一人、原子力安全保安院の記者会見でメルトダウンを最初に予見発表した公務員が居たらしいが、彼はメルトダンの可能性を発表した後、記者会見の担当をはずされたらしい。彼もまた公務員としての公僕の鑑、良心の持ち主であったと言えよう。

この二つの事例は、内閣で行政のトップ(首相)が保身に明け暮れれば、下の人事でも悪貨が良貨を駆逐する「悪しき人事」の見本のようなものではあるまいか。

「護憲+BBS」「政権ウォッチング」より
厚顔の美少年
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今国民に求められること:不服従の精神!

2011-05-28 07:00:04 | 民主主義・人権
G8サミットで大震災時における日本国民の対応が絶賛されている。東日本大震災における日本国民の冷静さ、秩序ある行動、忍耐強さ、他者を思いやる共生の心、いずれをとっても他国の指導者たちには垂涎の的だったのだろう。彼らは、もし、自国で同様な事態が起こった時どうだろうと想像すると、とても日本のようにはいかないだろうと考えたに相違ない。

菅直人首相は、各国首脳の大絶賛に気を良くしたのだろう。気持ち悪い笑いを振りまいてご機嫌なようだ。各国首脳の絶賛は日本国民に向けられたものであり、菅直人個人に向けられたものではない。これに気付かない菅首相のKYぶりは、もはやつける薬はないようである。

大震災時における菅政権の対応は、各国首脳に大絶賛された日本国民の美徳に乗じた場当たりの対応にすぎず、お粗末の一言に尽きる。大震災の対応は、遅れに遅れ、いまだ義捐金一つ満足に配布されていない。着のみ着のままで避難した被災者にとって現金のないのは首のないのと一緒。

財源がどうのこうのと言う前に、まず被災者救済のために必要な予算を組み、その後財源の手当てを考えれば良い。ところが、大震災に乗じて、大増税をもくろむ財務省の官僚・菅政権の閣僚たちには、被災者の苦しみなど何にも分かっていない。ただ、ただ、大震災に乗じて自らの政権延命を図る醜悪な野望以外見えてこない。

カール・ウォルフレンは、国民の心の中に“服従の哲学”が沁み込むように巧妙に日本社会の仕組みが成立していると言う。この仕組みは、単純な二つの原理によって担保されている。「よらしむべし、知らしむべからず」という言葉に象徴されるように、国民に真実を知らさないこと、異を唱える人間を仲間外れに(或いは抹殺)すること、の二つである。この二つの原則は、事故対応を巡って繰り返される官僚の答弁を見れば一目瞭然である。

海水注入は実は継続していた という昨日(5/26)のニュース。実はこの問題には、二つの責任逃れが隠されている。一つは菅内閣の責任問題。菅首相・枝野官房長の二人に代表される内閣中枢では、原発事故を内閣支持率アップにつなげたいという願望が存在したに違いない。そのため、菅直人首相の福島原発視察は行われた。再臨界を警戒して、原子炉に海水注入するのを中止させたのも、問わず語らずの暗黙の官邸の圧力があったに違いない。ただし、それはあくまでも東電の責任の下でというのが官邸の意向だった。

ここで露呈しているのは、危機対応そのものではなく、動機の不純な対応は、危機そのものの本質的認識すら曇らせるという事である。東電も東電で、会長・社長以下の幹部連中は、誰ひとり現場に直行せず、いかに東電の賠償責任を軽減するかという目的で動いていたとしか思われない。彼らの背後にある原子力村の既得権益をいかにして守るか、という当為が働いていた。

この結果、福島原発事故当初、「ただちに人体に影響を与えるレベルではない」とか「メルトダウンは起きていない」などというまことしやかな言説がメディアで溢れ出た。当然、それを権威づけるため、東大など各大学の御用学者が動員され、国民を教化(要するに騙し)にかかった。TVを見れば良く分かるが、原発事故当初に出ていた学者たちの顔を現在は誰も見ない。吉田茂が学者たちを「曲学阿世の徒」と呼んだことがあるが、今回の原発事故でその正体がはっきり見えた。

先日国会の参考人に出た京大の小出裕章助教(昔で言う助手)などは、筋金入りの反原発論者だが、彼らの言説の正しさがようやく市民権を得始めた。この小出氏などが象徴的だが、原子力村仲間に入る事を拒否した人間たちは、徹底的に排除され異端視される。今回でも、文部省の被爆線量20mシーベルトに反対して、「福島の子供を救え」と主張したタレントの山本太郎は、予定されていたドラマから外されたようである。

これが、原子力村に象徴される日本の既得権益層(支配層)の常套手段だ。反原発論者の中には、公安警察の追跡を受けていた人もいる。国策に反対する人を追い落とすためには、手段を選ばない権力の恐ろしさがある。当然、このような弾圧を遂行するには、警察権力・検察権力・そしてメディアの協力が不可欠になる。現在でもメディアによる狂気のような集団バッシングを見れば、このシステムは健在である事が分かる。

権力と国民の関係は、普通の国民が考えているような水平な関係ではない。支配権力が常識と考えているのは、権力者と国民の関係は垂直の関係である、という事だ。一言で言えば、権力者は国民に恩恵を与える存在であり、国民はその恩恵に浴する存在。決して民主主義的な権利・義務関係ではない。だから、世論と称して、メディアは“何かをしてほしい”国民ばかりを登場させ、権力者の慈悲と国民が受ける恩恵の垂直な関係を当然とする思想を補強する。

菅政権の言う政治主導とは、決して法律を改正し、官僚を国民の僕にする事ではない。そうではなくて、権力者が恣意的に慈悲を与え、国民がその恩恵を受ける関係の構築をする事である。そう考えると、法律無視で、傲慢な、菅政権や官僚たち、行政の振舞も納得がいく。

現在の日本で“服従の哲学”を有効ならしめているのが、“情報独占”である。福島原発事故の経緯を見ていると、如何に権力が“情報独占”しているかが分かる。ここ数日、東電の情報隠し、政府の対応のまずさなどこれまで隠されていた情報が明らかになっている。これは、IAEAの調査団が乗り込んできたことが大きく影響している。要は、IAEAに暴かれる前に開示してしまえ、という保身が働いている。

危機管理の要諦は【情報開示】と【最悪を想定して問題解決にあたる】事だが、今回の福島原発事故での対応はその反対である。政府・東電による“情報隠し”と“情報操作⇒情報を小出しにして国民を操作する”手法は、目に余る。これを見れば、“情報独占”が権力掌握の要諦であることが理解できる。

これに加えて“超法規的な生殺与奪権”を権力が掌握していることの恐怖である。例えば、文部省が決定した小学校の浴びてよい放射線量年間20mシーベルト問題。これまでは、年間1mシーベルト。ところが、いつのまにか年間20mシーベルトに変更される。この文科省決定を忠実に小中学校が実施すれば、福島や周辺の子供たちはかなりの被爆をする可能性がある。20年、30年後甲状腺がんなどを発症した場合、誰がその責任を取るのか。これまでの経験から言うと、誰も責任は取らない。

つまり、福島やその周辺の子供たちの“生殺与奪”の権を政府=権力が超法規的に握っていると言う事だ。より具体的にいうと、政府・官僚(この場合文科省)が握っている。これは、本質的には“システム”(官僚等)独裁である。 今日(5/27)のニュースでは、また1mシーベルトに変更されたというニュースが流れていた。一体、どこの誰が20mシーベルトを決定し、一体どのような根拠で1mシーベルトに変更されたのか。全く分からない。このような恣意的決定で国民が振り回される。文科省の教育政策そのものである。

反原発論者が公安の監視を受けていたという話を書いた。安保闘争時の全学連委員長唐牛健太郎は、安保闘争が終焉してからも、死ぬまで公安警察の監視下にあった。彼は「公安は、わたしが昨日何を食ったかをわたしより良く知っている」と述懐しているが、事ほど左様に国策に反対する危険分子に対する弾圧は凄まじい。

5・22日TV朝日系列の“ザ・スクープ”で、数々の冤罪事件が報道された。これを取材した鳥越俊太郎自身もこの4月から、TV朝日のコメンテーターを降ろされた。5月24日に、その中の“布川事件”に再審無罪判決が出された。小沢一郎問題でも、検察の事件捏造が囁かれている。つまり、直接的な”服従の哲学”の推進者は、官僚支配のもとでのマスメディアと検察(裁判所はオプション?)だと言う事が推測できる。
 
この本質から考えれば、今回の大震災における菅政権の対応のお粗末さは、直接的には、菅直人個人の無能さ、菅政権構成員の幼さにある。次に政治主導というお題目を唱えているが、本当の支配者たる官僚組織を統御できなかった点に求められる。さらに、朝日新聞をはじめ、小沢一郎追い落とし劇で共闘したメディアが、菅おろしに消極的であるため、無能政権を生き延びさせている事が最大の要因だろう。

さらに、根本的要因としては、ウィキリークが暴露しているように、民主党政権の外交政策(自立路線)に対する裏切り者(岡田・北澤・前原など)の策動で、鳩山政権が倒れ、民主党に対する国民の信頼が大きく揺らいだ事が大きい。今や民主党政権に対する国民の期待はほとんどない。国民の信頼を失った政権はもろい。誰かにすがらなくては政権維持ができない。この為、菅政権は、米国の露骨な内政干渉を招き、完全な対米隷従国家の道を歩み始めてしまった。

菅直人の思考過程が、現実を直視して、最も適切な政策をタイムリーに提示するのではなく、官邸の限られた側近たちの情報のみで判断し、間違った決定をしている可能性が高い。それと同時に、何が何でも“消費税増税”路線=財務省の悲願を実現しようと言う当為に縛られ、他の選択肢が目に入らなくなっている。さらに厄介な事に米国の思惑に抵抗できないため、菅直人首相の思考は常に米国の意向に縛られ、日本の現実から目を背ける結果に陥っている。

福島原発事故対応に象徴されるように、危機対応は全くできない。選挙は連戦連敗。野党対策はできない。民主党マニフェストはないに等しい。政策の整合性、創造性、など全くなし。政治理念もない。発言は場当たり的でぶれるのが当たり前。責任は全く取らない。これだけないないづくしの政権も珍しい。これで政権維持できるのなら、それこそ猿でもできる。今や、日本沈没が現実のものになりつつある。

では、なぜ国民は怒らないのか。伝統的日本の支配層が巧妙に作り出し、日本国民の大多数があまり疑いもせず当然と考えている“服従の哲学”の呪縛こそが、今回の危機の背後にある本質だと考えなければならない。

この“服従の哲学”の呪縛から逃れるためには、まず“真実を知る”ことである。“真実”を知れば、認識が変わる。次に、公然と“異議”を唱えなければならない。たとえ真実を知ったとしても、主張しなければ何の力もない。安保闘争の最中、岸信介は“声なき声”を聞くとうそぶいた。忘れはしない。わたしが高校生の時だった。あまりの傲岸さに怒りに震えた事を鮮明に記憶している。

権力者とはそういうものである。何も言わなければ政治的には賛成者とみなすのが政治力学だ。さらに言えば、異議申し立ての“行動”をするべきだろう。行動にはデモもあれば、情宣活動もあれば、署名活動もあるだろう。どのような種類の活動だろうと、権力者に“不服従”の姿勢を明確に見せる必要がある。

東日本大震災・福島原発事故などを通じて、日本国民は、菅政権・官僚・経済界・メディアなど既得権益層の思惑や狙いを身に沁みて知ったはずである。彼らは、決して国民のためなど考えないし、まして国民のために行動などしない。日本国民の人の良さ、骨がらみになった“服従の哲学”を利用して、日本国民をだましにかかっていると考えた方が良い。悪知恵だけは、人一倍発達している菅直人やその取り巻き連中である。彼らを信用すると言う事は、日本や自分自身を地獄に落とすことと同義だと言う事を肝に銘じなければならない。

「護憲+BBS」「政権ウォッチング」より
流水
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G8に怯えた東電と政府

2011-05-26 14:07:44 | 原発
今になって東京電力は福島原発2・3号機のメルトダンを認め発表した。丁度菅首相がG8へ出発する直前のことである。

http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819595E0E6E2E38A8DE0E6E2E7E0E2E3E39C9CEAE2E2E2?n_cid=DSANY001

国内メディアの詰問は広告主として押さえ込めても、G8では各国首脳や世界のメディアから菅首相にどのような質問が出るか分からない。
「1号機がメルトダンしているのに、2・3号機がしていない客観的な理由は何か」
「放出されている放射性物質から見て2・3号機もメルトダンしていると観るのが客観的でなないのか」
「高放射能で原子炉に近づき水位を確認できないのなら最悪を想定すべきではないか」
「日本政府は何か隠蔽しているのではないか」
等々の詰問には耐えきれないとの共通認識で、政府と東電は一致したのではないかと推測する。

まして菅首相は今回のG8会議で福島原発の事故原因の情報は全てオープンにして、今後の世界の原発の安全対策に供すると語っており、隠蔽の疑惑をもたれていては、幾ら美辞麗句を並べても信用されず相手にもされないであろう。

以上のようなG8首脳会談の背景から、まだ隠蔽しておきたかった2・3号機のメルトダンを渋々発表せざるを得なくなったのが実態であろう。

菅首相がG8で詰問され、帰国してから2・3号機もメルトダンしていたと発表しようものなら、日本政府と東電は世界のG8会議を軽ろんじていたことになり、他のG7の首脳から顰蹙を買うであろう。

それにしても発表は遅すぎる。既に菅首相は国際的な信用を失っていると見るべきであろう。

「護憲+BBS」「政権ウォッチング」より
厚顔の美少年
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取り調べの全面可視化は急務(陸山会事件公判)

2011-05-25 09:55:57 | 民主主義・人権
布川事件もさることながら、陸山会政治資金規正法違反事件に関しての水谷建設側の元社長、常務、水谷元会長、運転手の各々の法廷での証言では、元社長から陸山会側に金が渡された「確たる事実」で一致していないようだ。

特に5月24日の朝日新聞夕刊は『元運転手は「その日に元社長をホテルまで送った記憶はない。検察官に(送ったという内容の)調書の訂正を求めたが断られた」と証言した』と報じている。これを観ても検察は水谷建設側の関係者にどのような取り調べをしたのか、疑問が残る。やはり今後は全面可視化が必要である。

布川事件、再審無罪 発生から44年 水戸地裁土浦支部(アサヒコムより)
http://www.asahi.com/national/update/0524/TKY201105240269.html

裏金「届いたか分からない」 陸山会公判で水谷元会長(アサヒコムより)
http://www.asahi.com/national/update/0524/TKY201105240580.html

元運転手「ホテルに送った記憶ない」 陸山会事件公判(アサヒコムより)
http://www.asahi.com/national/update/0524/TKY201105240245.html

陸山会事件:1億円提供を証言 水谷建設前社長「元秘書に従った」--東京地裁公判(毎日ニュースより)
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110427dde041010081000c.html

「1億円用意した」水谷建設元常務証言 陸山会事件公判(アサヒコム)
http://www.asahi.com/national/update/0516/TKY201105160532.html

それでも小沢は有罪か! 石川・大久保裁判で見えた「検察論理」の破綻(週刊朝日2011.2.25発行)
http://astand.asahi.com/webshinsho/asahipub/weeklyasahi/product/2011022100007
.html?ref=recd


「護憲+BBS」「裁判・司法行政ウォッチング」より
厚顔の美少年
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核廃棄物処分に『100,000年後の安全』はあるのか?

2011-05-25 06:05:17 | 原発
たいへんな悲惨が、今福島第一原発を中心に進行中だ。この3つの原子炉で炉心融解(メルトダウン)を起こした事故がそう簡単には収束しないことは皆が感じているだろう。福島原発の近くは当分、住めないのではないか。また日本人は当分、放射性物質と共存する覚悟を決めて生活しなくてはならない。

原発が危険だという指摘は、2、30年前からされていた。「安全だと信じていた」という人がいるが、「安全と信じたかった」に過ぎないだろう。

原発は少なくとも2つの点で、絶対に危険だし、存在してはならないと思う。

1つは事故の危険性。日本の原発での事故は10数回も起きている。地震の危険性は今回証明されてしまったし、人間はミスをする。チェルノブイリ、スリーマイル、東海村JCOの臨界事故(レベル4)などもそうだ。また、テロの危険性もある。

もう1つは、原発はトイレなきマンションと言われるように、放射性核廃棄物を出し続けるということ。この始末は全世界的に大問題になっている。

『100,000万年後の安全』という映画はそれを描く。
http://www.uplink.co.jp/100000/

フィンランドは、ロシアからの天然ガスや石油にエネルギーを頼っている。しかし歴史的経緯から万が一ストップされたらという恐怖がある。そのためチェルノブイリ以後も原発を選択した。4基が稼働中で30%の電力を賄い、1基建設中、2基計画中だ。

その選択は、放射性核廃棄物の最終処分の問題に突き当たる。

再利用のプルサーマルは技術が安全でないし、何より核爆弾の材料となるプルトニウムの流出が考えられるとして不採用。ロケットに詰めて太陽に打ち込む案は墜落や爆発の危険、海底深く捨てる案は見えない所での地殻変動などの危険で不採用。最終的に取られたのは地下に埋める案だ。

2001年に決定された場所は、ヘルシンキから西に240キロ、ボスニア湾内の島オルキルオト。岩盤が古く丈夫だという。2004年、地下500メートルに貯蔵施設オンカロ(隠れた場所の意)に着工。ウランのなくなる数十年後まで使用し、2100年に閉鎖、埋める計画だ。

果たして未来の人類に対して安全なのか? 埋めた後に人類が近づき、好奇心で掘り返さないような標識はと、8ヵ国語と骸骨やムンクの「叫び」の絵で危険性を知らせようという話。それでも「不確実で予測不能」と、インタビューされた関係者は語る。

この慎重に計画されたフィンランドの処分場でさえ、未来の人々に安全とは言い切れない。それに比べて、真下に活断層がある六ヶ所村の危険性。

地震国日本での放射性核廃棄物の処分は不可能だ。今も原発は核廃棄物を製造し続けている。すでに全世界で25万トン。その処理問題の困難さに、暗澹とさせられる。

これはオンカロを調査した日本の報告。図があるのでオンカロの構造が良く分かる。しかし、最後の〆は?いったいこの報告者は、何を学んだのだろう。
http://www.jsce.or.jp/committee/rm/News/news8/Onkalo.pdf

「護憲+コラム」より
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民主党の横粂衆院議員が離党届

2011-05-24 17:23:38 | 民主党政権
民主党の横粂衆院議員といえば、小沢幹事長時代に小沢氏の政治と金の問題に随分反発していたように記憶するが、それでも離党届けまでの動きはなかったはずである。菅首相も反小沢の議員から見限られるようでは、いよいよ先は無いと考えるべきではなかろうか。その横粂議員が民主党に突きつけた三行半の内容は、次のように報道されている。

『「党利党略・私利私欲の政治に耐えられない」などとして、菅総理大臣の政権運営への不満などを理由に離党したいという考えを伝えました。』

http://blogs.yahoo.co.jp/mvbzx0147/28691095.html

横粂議員は、どうして離党する前に両院議員総会の開催を求め、菅代表の辞任動議を提出しないのであろうか。それでも「両院議員総会の開催」に一石を投じたと見ておこう。

http://www.nikkei.com/news/latest/article/g=96958A9C93819481E0E1E2E0EA8DE0E1E2E7E0E2E3E38297EAE2E2E2

いずれにしろ、先の投稿で指摘した、『「国民生活第一」の政治理念と「09マニフェスト」に菅首相のこれまでの言行を照らしてみれば、09衆議院選で民主党に投票した国民に合わす顔はない』『菅首相では重要法案は何一つ成立させられず、国の行政のみならず地方行政も停滞し、その付けは国民にしわ寄せされ、次の衆議院選ではブーメランとなって民主党議員を直撃する』というムードが、民主党内にくすぶっているということであろう。

「護憲+BBS」「政党ウォッチング」より
厚顔の美少年
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