老人党リアルグループ「護憲+」ブログ

現憲法の基本理念(国民主権、平和、人権)の視点で「世直し」を志す「護憲+」メンバーのメッセージ

小田川氾濫、真備町浸水は、完全な人災。行政の怠慢以外にない。

2018-07-18 20:54:06 | 社会問題
今回の小田川氾濫と真備町の水害は、調べれば調べるほど「政治の不作為による人災」としか思えない。ボランティアで真備町に入ったわたしの知人の話でも、真備町の住民の多くが、今回の水害は明確な「人災」だと心の底から怒っていたという話である。

小田川水源は、広島県神石高原にある(通称吉備高原)。そこから岡山県井原市(高校駅伝の優勝校 興譲館がある)に出る。そこから、矢掛町(山陽道の宿場町)を経て、真備町に注いでいる。真備町で一級河川の高梁川に合流する。

その中で真備町は距離も長く(7.9Km)勾配も大変緩やか。昔から、高梁川本川堤が決壊して高梁川からの水が流入したり、決壊しなくても合流点から本川の水が小田川に逆流して小田川が破堤、越水となることが頻繁に起こってきた。今回の水害も同様な原因で起こっている。

中でも有名なのが1893(明治26)年の大洪水。高梁川が決壊して小田川流域低地に氾濫水が流入し、小田川も何カ所かで破堤して、今回と同じ地域が浸水した。流出戸数216、全壊戸数189、半壊戸数287、浸水戸数776、溺死68という甚大な被害となった。

この水害の凄まじさは、わたしの祖母が経験していて何度もその話を聞いた。わたしの生家は、高梁川の支流成羽川上流にあった。その時の水害の凄まじさは、わたしの故郷ではかってないほどの規模だった。部落の過半数が水没。多くの死者がでたそうだ。わたしの故郷でもその凄まじさが語り続けられるほどの水害だったのだから、高梁川下流の水害の凄まじさは筆舌に尽くせないほどだった。その中でも、真備町川辺あたりは、県内でも一番の甚大な被害を被ったのである。

さすがにこの大洪水は多くの人々に治水の重要性を認識させ、国は、明治大正を通じて高梁川の河川改修を行った。この当時、高梁川は酒津のあたりで、東大川、西大川の二つに分かれていた。それを西大川一本にまとめ、東大川は埋め立てられた。わたしの勤務した学校の校庭を掘り起こすと、ほとんど砂地だったところがある。そこはかって東大川が流れていた場所だった。この一事をもってしても、いかに大工事だったかが分かる。

その結果、高梁川の堤防決壊はほとんどなくなったが、増水時の高梁川からの逆流や、小田川とその支川の地形要因に起因する洪水はなくならなかった。実際に1972年7月には梅雨前線の豪雨で小田川が破堤、氾濫し、1976年9月の台風17号による降雨でも再び破堤、氾濫している。

この問題を克服するために、小田川流域の住民は、水害予防組合をつくり、備えた。この水害予防組合というのは、水害常習地の市町村が主体となり、区域内の住民から組合費を徴収し、それを財源に水害防止活動をおこなうもので、戦前から戦後にかけて北海道を除く全国各地にあった。

組合の仕事は、堤防の保護・改築・修繕や排水路の浚渫、ため池の保護・改築などで、川の水位の観測方法や通報の手順、増水時の出動態勢、出動場所、堤防の防御方法、住民の避難場所・避難経路、減水時の対応などについて、具体的で詳細なとり決めをしていた。増水時には支川への逆流をくいとめるために、支川合流部にある樋門に板を差し込んで閉鎖することもやっていたという。

※小田川水系の水利問題については、岡山大学大学院教授内田和子氏が、「岡山県小田川流域における水害予防組合の活動」を『水利科学』№320(2011年)に掲載し、小田川の水害の危険性を明治以降の歴史に沿って警鐘を鳴らしていた。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/suirikagaku/55/3/55_40/_pdf
※小田川と高梁川の合流地点を4・6Kmずらす計画については、国土交通省が「小田川合流点変更による内水被害への効果」という文書を出している。
http://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/shaseishin/kasenbunkakai/shouiinkai/kihonhoushin/070518/pdf/s1-1.pdf

このように多くの関係者、研究者などが、水害の危険性について指摘し、警鐘を鳴らしていたにも関わらず、現実には小田川と高梁川の合流点をずらす工事は行われていなかった。

国も県も倉敷市もただ手をこまねいていたわけではない。小田川の合流地点付け替え工事は2007年に基本方針が策定された。そして、今秋に工事に着工する計画になっている。

その前身となった計画は昭和にまでさかのぼる。あまり詳細に述べても煩雑なので、簡単に書くと以下のようになる。

1968年、旧建設省は柳井原堰(ダム)建設の構想発表。場所は今回の小田川付け替え工事完了後の合流部分に当たり、水害の相次ぐ小田川の治水と、水島コンビナートを中心に渇水にあえぐ下流地域の水源開発が目的。この建設予定地は倉敷市と船穂町(現倉敷市船穂町)にまたがっていた。

ところが、船穂町には大きなメリットがなく、柳井原堰の建設に猛反発した。
「反対理由」
① 治水の恩恵は上流の真備町(現倉敷市真備町)などの小田川流域
② 利水の恩恵⇒下流の倉敷市などの都市部が中心
③ さらに、船穂町は、前に書いた高梁川一本化工事で、船穂町の一部の集落が貯水池の底に沈むという過去の記憶
このため、交渉が難航。計画はたなざらし。

1995年⇒船穂町が強硬姿勢を一変。⇒建設省および岡山県との間で柳井原堰建設の覚書を締結。柳井原堰建設を1997年から開始することについても合意。2008年頃には竣工する計画だった。建設省の発表から27年、ダム建設計画はようやく日の目を見る予定だった。

ところが、2002年6月10日、石井正弘岡山県知事はダムの建設中止を突然表明した。倉敷市長や船穂町長でさえ「青天の霹靂(へきれき)だった」と言う突然の中止宣言。

政治経済情勢の変化、バブルの崩壊余波で岡山県の財政状況悪化などの理由。結局、関係自治体の間でダムがなくても安定して水を供給できるという結論に達し、2002年秋、柳井原堰の建設中止を中国地方整備局に正式に申し出る。

翌年の事業評価にて、中国地方整備局は「中止は確定した。高梁川ならびに小田川の治水対策を行う必要があるため、今後、早期に小田川合流点の付け替え処理等抜本的な治水対策を行う必要がある」と指摘したものの、小田川の治水対策は事実上振り出しに戻った。

これらの歴史を見ていると、国・県・関係自治体それぞれの事情があり、調整が難しいという側面は否めないが、あまりに洪水の危険性をないがしろにした議論に思えてならない。

先に紹介した内田氏の論文には、「水害予防組合」の話し合いが紹介されているが、政治的思惑に翻弄された国・県・市町村の話し合いよりはるかに実務的で具体性を持っていた。

以前、オランダの人々の「公共」重視の考え方は、海より低い土地のオランダが毎年悩む「水害の話し合い」の伝統に淵源があると書いた。実は、内田氏の論文にも同様な意図が感じられた。ところが、小田川が1967年に一級河川に昇格したため、小田川の改修は国の管轄になり、「水害予防組合」は解散した。これが話し合いがまとまらなかった一因でもある。

昔から、【治山治水】は、国の統治の基本であり、これをないがしろにした政権は民の恨みを買い、崩壊した。たとえ、他の事で多少の恨みを買っても、【治山治水】の目的のためなら実行すべきだった。

例えば、現在、新たな研究が進んでいる江戸の町作り(防火と水道など)を見ていると、このような都市インフラの整備が江戸300年の土台を作ったといって過言ではない。江戸のインフラ整備は、現在まで生き残っており、文字通り先見の明に富んでいたのである。

「先憂後楽」という言葉がある。
※范仲淹という人が、 岳陽楼記の中で書いた言葉。「士先二天下之憂一而憂、後二天下之楽一而楽」〕天下のことについて世の人に先んじて憂え、遅れて楽しむこと。常に天下の平安を心がけていること。

政治家の心構えとして古くから人口に膾炙した言葉である。そこから取った言葉で、岡山県にも「後楽園」という日本三大庭園があり、東京にも「後楽園球場」がある。わたしの家にも昔から犬養毅が揮毫した「先憂後楽」という額がかかっていた。

儒教的心構えで古い、という考え方もあるだろうが、現在の政治家たちの立ち居振る舞い、政策立案能力、時代の先を読む力などを見ていると、彼らに決定的に欠落しているのが「先憂後楽」の精神だと思う。

大方の批判を浴びた7月5日の赤坂自民党亭による宴会。民が何十年に一度の大水害に苦しんでいる最中、政治家たちが宴会で盛り上がっている。「先憂後楽」精神と真逆の「先楽後憂」の精神の発露ととられても仕方がない。安倍政権下の自民党政治家どもの精神的劣化は目を覆わんばかり。

広島の被災地で、石井国交大臣が、「スコップ一本もって、一軒でも良いから泥かきをしてみろ。そうすればどれだけしんどいか、どれだけ臭いか、身に染みて分かるだろう」と怒鳴られていたが、「先憂後楽」の精神の欠片もなく、博打法案成立に血道をあげている姿を見れば、怒鳴られて当然だろう。

真備町の水害を見れば、「政治・行政の不作為」が如何に甚大な被害を招くか、一目瞭然だろう。これだけの大被害を出さなければ、政治・行政は動かない、という日本の悪しき伝統は、そろそろ脱却しなければならない。

「治山治水」と「国民生活の安心」。これこそが政治の要諦。これらを忘れた政党や政治家はお払い箱にしなければならない。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
流水

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箱に入った自衛隊 (おとなのおやつ)
2018-07-21 11:23:30
 第87代内閣総理大臣宮澤喜一氏は、1991年(平成3年)11月5日に総理の座に就いた。その年6月に雲仙普賢岳で大火砕流が発生、報道関係者など40人余りが亡くなっている。宮澤総理の退任は1993年(平成5年)8月9日だったので、任期の間中火砕流、土石流、溶岩ドームが暴れる国のトップとしてそれに対峙していたことになる。毎日いろいろな事が生じていたが、今も私が覚えているのは、九州大学火山、地質学者の太田一也教授が、これから山に入ろうとしている陸上自衛隊第16普通科連隊に「二次災害の恐れがあるから出発は止めるべき」と忠告、それに対し連隊長が「山には市民がまだ残っているかもしれない」と受け入れず、見かねた隊員たちが「本当に危険になったら、自分たちが連隊長を説得して連れて帰りますから」と約束し災害の山へ入って行ったという出来事です。市民の命に対する責任感が伝わり、市民の方も自衛隊を信頼する関係…
 日本は半分火山の上に存在しているような国なので、自然の猛威にさらされることは少なからず、それに立ち向かえる一番しっかりした組織の自衛隊を、素早く対応させるのが国のトップの判断として当たり前だということを、雲仙普賢岳噴火災害で勉強したと私は思っていましたが、安倍総理では、御嶽山噴火のときも今回の西日本豪雨災害でも、その当たり前が姿を消した。まるで箱に入っているような自衛隊、おとなしく全体にもじもじしている感じで、宮澤総理のときが“明”なら“暗”…
 世界は一つになろうとしていて、争いは武器を使う戦争より、話し合いで解決してゆく方向になって来ている様子なので、太平洋戦争のときの日本には二度とならないと信じ、それが一番賢い選択だと確信しそれ以上私に書く事は無いのですが、あえて、念のために思いつくことを記してみると、どこかと戦争になったとき、普段“箱に入っているような状態の隊”で、相手に勝てるか?ということです。戦士を最後の最後まで奮い立たせる強さは、自分を信頼してくれる市民たちを守らなければという使命感、思いなどではないのだろうかなぁなどと。濁流の川に生活、命を流されている市民を見ているだけの隊に信頼は寄せようがなく、両者はバラバラですね。
 政権は右を向いても左を向いても、怒る自然が相手のとき国のトップの判断は、持てる“自衛の隊”を箱になど入れず、力いっぱい活動させ、命を多く無駄に亡くしたりする情けないことはやってほしくない、やろうと思えばできるはずのことなのに何故?などと、私はとても不思議に思ったりです。
旅は道ずれ世は情け (竹内春一)
2018-07-22 09:36:27
ピースボートで世界一周旅行をして、南アフリカに立ち寄った時のこと。男三人でぶらっと街に出かけた。デパートでウィンドウショップをした。帰るときに、一人がいなくなってしまった。一時間ほど探したが見つからない。何か事故にでもあったのではないかと心配して警察に届け出た。もし船🚢に帰って居ればいいのだが、帰っていなければ、再度警察に電話をしますと言て帰った。互いによく知らない同士の旅であっても様々な不確実な事が起こり得る。
1億2000万人が暮らす日本では、隣は何をする人ぞになっている。法律は万能ではない。法律の背後に熱い人情がなければ、政治家も嘘つきと非難される。顔つきも締まりがなくブヨブヨになる。
Unknown (Unknown)
2019-04-11 19:44:45
自衛隊も豪雨災害は経験で有り慣れているだろうが火山災害の場合はまだ有毒ガスが出ている場合もあり有毒ガスを検知する専門部隊と一緒でなければとても
災害派遣させられないよ、化学ガス専門部隊はどこにでもいるわけじゃなく自衛隊でも一部隊しか2部隊しかなかったような気がする。日頃備えておけと気楽に言う自分達はどうなの部隊を作ろうにもそれなりに金がかかる日頃自衛隊はい違憲fだの防衛費が多過ぎるだの批判しておいてこういう災害の時だけ活躍しろというのはあまりにも虫が良すぎるのではないか彼らは金のためとかではなく国を守る名誉と誇りの為に一生懸命やっているのを知っているか、だからもっと自衛隊には普段から敬意を払うべきではないの迷彩服で町をぶらつくだけで批判されるなんて外国では考えられない。いくら自衛隊トップの総理大臣でも大自然の猛威を相手に無駄死にはさせられないよ。彼らにも無事の帰りをまつ家族がいるのだよ。

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