老人党リアルグループ「護憲+」ブログ

現憲法の基本理念(国民主権、平和、人権)の視点で「世直し」を志す「護憲+」メンバーのメッセージ

「安保法違憲訴訟、国が却下求める」(9/30東京新聞)

2016-09-30 21:44:51 | 集団的自衛権
「安保関連法は憲法に反し平和的生存権などを侵害するとして、戦争体験者や学者、ジャーナリストらが安保法制に基づく自衛隊出動命令の差し止めを求めた訴訟の第一回口頭弁論が29日、東京地裁で開かれ、国側は請求の却下を求めた。
国側は、出動命令は首相が自衛隊に出す命令で、原告らの権利や義務に直接影響を及ぼさないと主張。集団的自衛権行使の違憲性は認否の必要性を認めないとし、争点化を避けた。・・・」(9月30日東京新聞)

9月2日の「国家賠償訴訟」に続き、昨日は「差し止め訴訟」の第一回口頭弁論がありました。

私は今回も傍聴参加したいと東京地裁にでかけましたが、残念ながら今回は抽選で「落選」。(倍率は二倍弱だったと思います。)

原告側にとって、国側の主張は、最初から予想していることで、それに対し「具体的にどう権利侵害を受けているか」を、裁判官に届くように訴えていけるかどうかが、最大のポイントとなっています。

昨日は、東京大空襲で孤児になった女性、ジャーナリストの志波玲さん、自衛官の息子を持つ男性の3人が原告として意見陳述。

それぞれに、
「孤児の苦しみは私たちで終ると思っていたのに、自分の身が引き裂かれそうな思いだ。」、
「安保法制が通り、これまで以上に取材が難しくなった。現場で取材している人間には、ダイレクトに危険が及ぶ。」
「専守防衛が役目と考えていたが、安保法制により、息子が戦場に行くことが現実のものとなった。息子が海外で殺し殺されることになるのかと思うと胸が潰れる」と訴え。

自衛官の父親の陳述のときには、息子を案じる親の心に法廷内に咽び泣きが聴こえたということです。(ツイッターの報告から)。

こうした原告の心からの訴えに、裁判官がどう応えるか。原告の1人として、一縷の期待を持って、今後の成り行きを見守っていきたいと思います。

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
笹井明子
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「改憲派から護憲派へ3点質問」:私の考え(3)

2016-09-30 16:46:48 | 憲法
改憲派から護憲派へ3点質問について。

1.九条があるだけで戦争に巻き込まれない根拠はあるか?

どんな法令、社則、交通規則、校則でもいえる事だが、「条文」があるだけで、守られるものなどあるわけがない。法令等の内容、設けられた理由などの周知徹底努力、守らなかった場合の罰則など様々な努力を積み重ねて初めてそれらの条文・規則などが、守られるようになる。

まして、第九条は憲法。他の法令等と違い、他国との関係性が深い。日本が戦争放棄の条文を本気で守ろうとしている努力が国際的に認められ、評価されて初めて第九条の真価が発揮できる。これができる場所は国連しかない。つまり、国連の舞台で、日本が世界の平和のために、どこの国にも影響されず、日本独自の立場で、軍縮や核軍縮などに先頭を切って発言し、積極的に活動して初めて、日本の覚悟が評価される。

【結論】

残念ながら、現在、国連の場(国際社会)での日本は、第二米国と言う評価でしかない。戦後一貫して日本は、米国と違う外交スタンスなどほとんど取っていない。

きちんと押さえておかなければならないのは、戦後ほぼ一貫して日本の外交を担ってきたのは、改憲派である自民党勢力である事実。彼らが、本気で第九条の理念を国際社会の場で発信し、それに基づいて活動してきたかを検証せずに、条文だけで戦争に巻き込まれない根拠があるか、などを問うのは、自らの怠慢を棚に上げる姿勢である。検証なくして、責任を第九条に押し付けるきのはあまりフェアではない。

2.日本が戦後、平和を維持できた理由は何か?

上で指摘したように、第九条を周知徹底させ、九条の理念に基づいた外交努力は、きわめて不十分だったが、戦後の自民党保守派は、ある意味きわめて強かで賢明だった。米国の核の傘の下で実質的防衛はほとんど米国に依存してきたが、それでいて、日本が本当に戦争に巻き込まれそうになった時(朝鮮戦争・ベトナム戦争)には、第九条の存在を強調し、戦争の当事者になる事を辛うじてかわしてきた。その意味で改憲派に取っても、第九条は、非常に助かる条文だったのである。これは、自民党内部のリベラル派の存在が大きかった。その点が現在の自民党と全く違う。

しかし、米国の覇権力が強力な場合はそれで良かったが、米国の覇権力が落ちてくると、様々な場面で、第九条をだしにするやり方が通じなくなった。それだけ、米国に余裕がなくなったと言える。それが、小泉内閣時のイラク戦争だった。アーミテージが言った「Boots on the ground」 がその象徴的言葉だった。この圧力に対するぎりぎりの選択が、サモアへの自衛隊派遣だったのである。(※実質的参戦)

これらの歴史的流れをよく見ると、日本に取って戦争の危険性が増すのは、全て米国の戦争との絡みで起きている、という事実である。つまり、日本の『戦争と平和』は、米国次第という冷厳な事実を直視しなければならない。

【結論】

日本が戦後、平和を維持できた理由は何か?の問いは、覇権国家米国の核の傘の下にいたから、という純軍事的な事実と、第九条を効果的に使用し、戦争に参加する事を辛うじてかわしてきた、という自民党保守派(現在の自民党とは全く違う)の政治手腕と言う事になる。

3.北朝鮮や中国の脅威に対抗するためには、対話のほか軍事力も必要ではないか?

北朝鮮や中国脅威論は、もっとグローバルな視点と軍産複合体の利益という複合的視野で見なければならない。

北朝鮮脅威論というのは、【朝鮮戦争】が最大の要因。基本は、朝鮮戦争(現在も休戦中)を本当の意味で終わらせれば、解消できる問題。北朝鮮が、あれだけ核兵器の開発に血道を挙げているのは、米国を交渉の場に引き出したいため。北朝鮮指導部に取って米国は自らの体制維持の最大の敵。だから、彼らは、米国以外を交渉相手と思っていない。この肝を外した北朝鮮脅威論は、ほとんど的外れ。

実は、米国に取って、この交渉は、それほど難しい話ではない。北朝鮮と国交回復し、平和条約を結べば、北朝鮮脅威論(米国に取って大した脅威ではない)は解消できる。

それが何故出来ないか。
●韓国との関係⇒米国が北朝鮮と国交回復すれば、それだけ韓国の存在感が落ちる⇒米国の支援が少なくなる⇒韓国政府が反対する確率が高い
●中国との関係⇒米国と北朝鮮の関係が良好になると、米国と中国の間の緩衝材がなくなる。⇒米国と直接的に向き合う可能性が高い。⇒中国に取って出来るだけ避けたい⇒北朝鮮が今のままのほうが都合が良い

◎米国産軍複合体の利益の問題⇒北朝鮮と韓国の緊張関係が高まれば、韓国・日本国内で「防衛力の強化」の声が高まる⇒かなり高額で武器が売却できる⇒最大の例が、MD(ミサイル・ディフェンス)。先日、北朝鮮が潜水艦でミサイルを発射した。ところが、このディフェンスは、ほとんど不可能に近い。では、これまで、MDのために費やした費用はどうなるのか。役に立たないものに、金を注ぎ込んだのか、という話である。

【結論】

対話の他に軍事力が必要と言う議論は、反対しにくいように思われるが、要は真の「対話」ができるのは、米国だけという冷厳な事実から考えれば良い。米国に北朝鮮と対話し、実効性のある結論を出してもらえば済む話。

★この簡単な結論が実行できないのはなぜか。
★何故、日本のTVで見たくもない北朝鮮の内情を延々と報道するのか。
北朝鮮問題が、何のために利用されているかを考えなければならない。

※次に中国との関係だが、もし、中国と戦争状態になれば、日本中にミサイルが飛んでくる。これは北朝鮮の比ではない。到底、MDで防げるような数ではない。現在、かなりの数のミサイルが日本を標的に配置されていると言われている。しかも、中国は核保有国。もし、日本の原子力発電所に直撃でもされれば、日本は終わりである。ネトウヨたちのように、勇ましい言辞だで済むような相手ではない。

つまり、中国は「絶対戦争できない国」だと言う事を念頭に置いて、全ての外交を行わなければならない。この基本を外した言説は、間違いである。

+++

最後に、改憲派からのこの種の問いは、彼らの常套手段。しかし、彼らのこの種の問いは、逆に、彼らが、日本国憲法前文の意味を全く理解していない事を証明している。何はともあれ、前文の肝を見てみる。

・・(前略) 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」・・

良く読んでほしい。ここで掲げられた理想は、「人類の見果てぬ夢」とでも言える崇高な理想である。ここで語られているのは、自国の安全と生存を「平和を愛する諸国民の公正と信義」に委ねるという決意である。世界中の国々や政治家にとって、全く信じられない、あり得ない政治的宣言でもある。

私流に解釈すると、この憲法で、日本は、【戦争国家】でなく、【道義国家】として生きる事を世界に宣言した。【道義国家】として生きる事が、太平洋戦争の反省である。【道義国家】として生きる事が、世界の中での日本の「価値」である、と宣言した。

現在の日本国憲法を大切にしたい、と思う人々は、日本が世界に唯一無二の【道義国家】として生きるという理想を大切にしたいと願う人々である。

戦後、そのような国家として生きるという宣言をしたにも関わらず、国際舞台での日本は、その【道義=理想】を語る事があまりにも少なかった。同時に、国内では、日本国憲法の内容や価値そのものについての議論が深まらなかった。左右のイデオロギー論争が邪魔をしたと言ってよい。憲法九条が役に立ったか立っていないかなどの問いが出されるのも、そこに理由がある。

本来なら、日本は「役に立つ立たない」などと言う現実政治の文脈をはるかに超えた高い次元の価値に生きる【道義国家】としての存在感を、国際社会で示し続けなければならなかった。

戦後七十年。日本は今大きな転換点にある。日本終焉でも書いたように、わたしは、多くの人々が考えているよりはるかに日本の危機は深刻だと考えている。今や日本は確実に「滅びの道」を歩んでいる。

私自身は、【道義国家】として生きるなら、日本が滅ぶなら滅んでも良いと考えている。【道義国家】として、慫慂として「滅びの道」を歩むならば、必ず世界の国々のシンパシーと援助が寄せられるはずである。

太平洋戦争の犠牲者たちも、決して戦争に訴えず、最後の最後まで相手と分かり合える事を信じて平和の道を探し続ける人々を、誇りに思ってくれるに違いない。日本人が日本人であるという「滅びの美学」を世界に見せられるのなら、それで本望である。

「護憲+BBS」「憲法を考える」より
流水
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「改憲派から護憲派へ3点質問」:私の考え(2)

2016-09-29 10:06:09 | 安全・外交
改憲派の3つの質問に対する私の考え:

(1)戦争放棄や戦力の不保持が9条に定められているが、それだけで日本は戦争を仕掛けられたり戦争に巻き込まれたりしないという根拠はあるか。

「憲法9条だけで戦争に巻き込まれたりはしない」とは私は思いません。安全保障政策における日本の理念を粘り強く主張していく。それと同時に国際社会における強かな外交。これは歴代の政権与党の総理、外務大臣が実践してこられたことではないでしょうか。

そして私達国民も他国の権力者の挑発に乗ることなく冷静に行動出来たのは、「あの戦争」を知っている世代からの伝言を心に止めていたからではないかと思います。

もしおっしゃるように他国が戦争を仕掛けて来た時は(架空の話しとして)、その挑発に乗ることなく策略に近い外交手段を用いても交渉の場に引き出し、何とか危機を回避しようとと知恵を絞るのが、この国の最高権力者及び閣僚の方々の仕事ではではないかと私は思います。

そして私達国民も冷静に考え行動する事が大事ではないかと。

(2)改憲派の「日本が第2次大戦後、戦争をせずにこられたのは、日米安保体制や自衛隊の存在のおかげ」という意見をどう思うか。この考えを否定されるなら、日本が平和を維持できた理由をどう考えているか。

「日本はアメリカの核の傘に守られて来た」という意見があります。アメリカは自国の利益無しに日本を守ったりなしないでしょう。沖縄の事を考えても私達は多大な代償を支払ってきました。

そして、日本が第2次大戦後、戦争をせずにこられた」のは、「憲法9条を持つ国」として、戦後一度も他国の紛争に介入する事なく、自衛隊を紛争地帯に派遣する事なく70余年の年を過ごして来たからではないでしょうか。

それが可能だったのも、歴代の総理、外務大臣等が外国の要求をある時は強靭に、ある時は柔軟に突っぱねて、相手国の要求をギリギリの落とし所で決着を着けてきた故ではないかと思います。全ての舵取りは外交に掛かっているのではないかと。

私達国民はそれを支持し、心は冷静に、行動は他国の人々が困っていたら手を差し伸べる熱い志を持ちたいものだと思います。

(3)日本の近隣には核武装を進める北朝鮮や、南シナ海や東シナ海で覇権をうかがう中国がいる。こうした国々の覇権主義的な行動を止めるには、対話のほか、抑止力として一定の軍事力も必要ではなないのか。

何処の国も先ず自国の利益を考えるものです。勿論日本も。

南シナ海で覇権を取ることが中国の利益に乗っ取った行動だと思いますか。日本もまた指をくわえて中国の覇権を許そうとはしないでしょう。アメリカに次ぐ最大貿易国である日本を敵に回して国際紛争に持ち込み、自国の経済をメチャクチャにするほど中国は愚かではないでしょう。

北朝鮮の核実験等は、交渉を有利に持っていく為の挑発行為ではないかと思います。是非とも日本の内閣総理大臣、閣僚の方々は挑発行為に乗せられる事なく危機を乗り越え、賢く行動して下さい。そして、政権の利益や延命に拘る事なく国民の生活と命を守る為に汗を流して下さい。

そんな政権与党なら私は支持致します。

「護憲+BBS」「憲法を考える」より
パンドラ
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総統閣下はお悦びです

2016-09-28 15:42:08 | 安倍内閣
9月26日、安倍首相の所信表明演説中に、海上保安庁や警察、自衛隊をたたえた安倍氏に促された自民党議員たちが、一斉に立ち上がって拍手した一件は、野党が27日の議院運営委員会理事会で抗議し、自民も「適切ではなかった」と認め、首相に伝えることを約束したことで一応の決着を見たようだ。
・・・9/28朝日新聞デジタル

しかし私は、このところ、オリンピック閉会式でマリオになって登場したり、今回のようにどこかの独裁国家の総統様のような振る舞いを見せる安倍首相のいや増す自己陶酔振りと、彼を持ち上げ追従する周囲の人間の織り成す世界の異様さに、言いようのない気持ちわるさと、不快感・不信感を拭うことができないでいる。

せめてもの気晴らしに、「所信表明で一斉拍手」に纏わる安倍首相(閣下)と政府関係者(部下)の会話を、いま流行の?「総統閣下は・・・」(*)の雛形を借用して、妄想してみようかと思う。
*参照(例):
https://www.youtube.com/watch?v=27Yvtm8Z78g
https://www.youtube.com/watch?v=HHWq-eTaWQk

+++

閣下「私の所信表明の評判はどうだね。国民も私の力強い話に感動してくれたはずだが。」

部下A「それはもう大成功でした。閣下のスピーチに、わが党議員が全員自然発生的に立ち上がって拍手を送る姿に、私も感動の涙を止めることができませんでした。」

閣下「私が自ら練りに練った演説だ。それに、実質立法府の最高責任者でもある私が、議事進行を多少滞らせて拍手を促したのだから、従わない党員など居るはずがない。」

女性B(ひそひそ声で)「でも、今朝の新聞には、『議場内では「指示」が飛び交っていた』と報じられていたわね。」

女性C(ひそひそ声で)「萩生田官房副長官が、自民党幹部に、『(海上保安庁などのくだりで)演説をもり立ててほしい』と依頼していたとも書いてあったわ。」

閣下「それにしても進次郎の『ちょっとおかしい。自然じゃない』という言い草は何だ!あいつはオレをバカにしているのか!」

部下D「とんでもございません。彼も『驚いて自分も立ち上がった』とお茶目に言って、笑いをとっていました。わが党には自分の頭で考えたり勝手に判断して、指示に逆らって行動をするものなど一人もいません。」

閣下「そうか。そう言えば、去年の今頃も『かまくら』などと揶揄されながら、一糸乱れぬ行動で、安保関連法を強行採決までこぎつけたことがあったな。」

閣下「ところで、北朝鮮の挑発行為から、領土、領海、領空を守る決意、そして、海上保安庁や警察、自衛隊の献身を讃え、拍手を促すという筋書きは中々のものだっただろう?」

部下A「はい、見事なシナリオに国民は大いに感動したことでしょう。支持率の再アップは間違いありません。」

女性B(ひそひそ声で)「領土や領海の侵犯と警察って、関係があるのかしら。海上保安庁や警察というと、辺野古や高江で、毎日暴力を振るわれている住民や市民の姿が浮かんできてしまうのだけど。」

女性C(ひそひそ声で)「南スーダンに送られている自衛隊だって、極度の緊張に晒されているのは確かだけれど、日本の領土、領海、領空を守る任務と言えるのかしら。」

閣下「ん?沖縄だ、南スーダンだと言っているのは誰だ!?私の丁寧な説明に難癖をつける国民がまだいるとでもいうのか?」

部下A「ご安心下さい。沖縄辺野古の問題は、先日福岡高裁が県側敗訴の判決を下しました。最高裁での国側勝訴も間違いありません。そうなれば住民の抵抗を暴力的に排除しても問題はなくなり、『地方自治体の協力義務』や『公益及び公の秩序』など、私達の憲法草案の先取りの実績が、もうひとつ積み上げられることになります。」

閣下「そうだな。自衛隊のことは、安保関連法で実績作りは済んでいるしな。」

部下A「その通りでございます。マスコミも、内閣法政局も、司法も押さえ、衆参で圧倒的多数の議員を擁している現在、私達には何の心配もございません。後は粛々と、計画に従ってことを運んでいくだけです。」

閣下「そうか。私の悲願、任期中の憲法改正も、いよいよカウントダウンに入ったようだな。民主主義といっても、数さえ押さえれば、何でも思い通りだ。わっはっは!」

部下全員「はいっ!はいる!ハイル!我らが指導者、総統閣下、万歳!!」

+++

・・・結局、何とも笑えない話になってしまいました(汗)。

「護憲+コラム」より
笹井明子
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築地市場の豊洲移転問題は、日本病の典型

2016-09-27 10:18:37 | 社会問題
「日本終焉」でも触れたが、築地市場の豊洲移転問題。「パンドラの箱」を開いたようで、出るわ出るわ。人材の宝庫であるはずの東京都庁は一体どうなっているのか。責任者と思われる人物たちの発言の無責任な事。あいた口がふさがらない。岡田元市場長に至っては、300億を超える事業にもかかわらず、ハンコは押したが、中身は知らない、と嘯く始末。

彼は、曲がりなりにも東京都の市場を統括する最高責任者だった。局長級の給料をもらっており、それなりの退職金をもらって、天下りもした。つまり、東京都の官僚の中でもエリートに属していた。その彼が在任中にハンコを押した(認可をした)300億を超える案件の中身を全く知らなかった。彼のTVでの言によれば、小池都知事の発表まで豊洲の市場の建物の下が空洞だったのを知らなかったそうだ。

まあ、なんと東京都の官僚の仕事は楽なものだ。その地位に座ってしまえば、何も知らずにメクラ印を押しても何のおとがめもない。給料も退職金ももらい、天下り先まで用意され、悠々自適の人生を送れる。

「優雅に出世や天下り…都庁「盛り土無視」全責任者リスト 解除できるのか 豊洲“時限爆弾”」
 ・・・「日刊現代」
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/190025

これでは、「乞食と官僚は三日やったら辞められない」と言われても仕方がない。

それに反して、築地の業者たちは、賛成にしろ、反対にしろ、それぞれの生活と人生がかかっている。行政の責任者は、中身も覚えていないそうだが、彼らにとっては生きるか、死ぬか、の問題。この彼我の差は一体何なのか。

今の時代は、前近代ではない。東京の顔であり、歴史と伝統のある築地市場を移転させる大事業なのだから、誰もが納得できる理念と論理が必要である。

これを箇条書き風にまとめると、以下のようになる。(流行りの地政学風にまとめる。)

【1】理念(vision)⇒築地市場(市場)をどのように考え、どのような市場を構築しようとしているか。
【2】政策(policy)⇒理念(vision)実現のために、何をどうするか。こうしようという案を提示。
【3】大戦略(Grand Strategy)⇒その為に東京都の資源をどう使うか。
【4】軍事戦略(Military Strategy)※ここでは具体的戦略と考えた方が良い⇒現在ある東京都の資源・人材などをどう組み合わせ、どう実現するのか。
【5】作戦(Operation)⇒いつ、どこで、どのような案を提示し、議会や都民の了解を得るのか。
【6】戦術(Tactics)⇒【5】を成功させるため、どのような案の提示の仕方をし、誰を中心的に説得し、メディア対策をどう行うかなどを慎重に検討する。
【7】技術(Technology)⇒さらに、公共事業を成功させるためにどのような技術(将来的展望を持った)や工法を使うか、広報にはどのような新しい方法を使うかなど多岐にわたる慎重な検討が必要。
・・・戦略の7階層・・(奥山真司:地政学・戦略学者)より

この7項目で、一番重要なのは、全てを論理的・合理的・科学的に思考し、一部の人間や利害関係のある人間の思惑に左右されない事である。この思考過程に築地移転を当てはめて考察すれば、どこに何の問題があったか自ずから浮かび上がってくると思う。合理的・科学的・論理的思考で納得できない点があれば、何故そうなったのかを検証すれば、問題点が浮かび上がってくると思う。

ただ、最大限、配慮しなければならないのは、この種の計画は、そこで生きる人々、将来そこで生きるであろう人々の生活であろう。その為に、最も重要なものは、移転を達成する事により、現在の人々だけでなく将来にわたって人々が喜ぶという「見通し」がある事が必須の条件だろう。

建築家森山氏が指摘しているように、これにかかわる人々が築地の市場を愛しており、絶対現在の築地市場より良い市場を作るぞという【市場愛】が必要である。人間、かなり難しい人でも、担当者の情熱(愛)を実感すれば、態度を和らげる場合が多い。貴重な都民の税金を投入する、という事を都民に提示し、丁寧に説明し、納得してもらうのが、都政を預かる人間の最低限の責務だろう。

森山氏が指摘するように、築地はただの市場ではない。一つの【街】なのである。狭い路地、悪い足場、ひしめき合う人々、あまり上等でない建物、飛び交う声、独特のにおい、それらすべてひっくるめて、築地という【街】なのである。築地を愛し、築地を訪れる多くの人々は、この【街】の雰囲気が好きなのである。わたしも東京を訪れる度に築地に出かけるが、理由はただ一つ。築地の街の全てが好きだからである。

移転すれば、この【街】もこの【街】に息づいている文化も、永遠に失われる。この意味を東京都民の方は考えてほしいと思う。今回の豊洲移転は、比喩的に言えば、【街】から豊洲の無機質な建物(要するに建物全体が冷蔵庫)に移転する、という事なのである。

実は、戦後日本全国で行われた公共事業による国土改造は、私たちの小さい時に見慣れた風景を劇的に変えた。たしかに便利にはなったが、日本人の多くが心の中の原風景を失っている。全国どこへ行っても同じような街並みが並び、特色を失いつつある。

ところが、外国人が日本を訪れる機会が増えるにつれ、過去の日本的町並みが保存されている所が見直され始めた。たとえば、木曽路。外国人は、東京と同じような特色のない町には興味がない。その町独自の個性が息づいている街が好きなのである。観光客を呼べるのは、無理に近代化した町ではなく、過去の街並みを保存しながら、現代の生活に適合するように努力した町なのである。

築地市場の移転問題は、この日本の近代化、現代化と昔からの【街】の変容・消失の問題が、凝縮されている。願わくば、東京都民の方には、この古くて新しい問題を新しい形で解決してほしいと願っています。

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
流水
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知的障害者施設襲撃、相模原事件 政府、警察の対応を監視せよ

2016-09-26 20:10:49 | 民主主義・人権
http://breaking-news.jp/2016/07/26/026100
植松容疑者の衆議院議長公邸宛て手紙の全文 障害者抹殺作戦を犯行予告 ○内、植松容疑者が書いた手紙(全文) ○作戦内容
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160914/k10010685861000.html
NHK: 障害者殺傷事件 厚労省の検討チームが中間報告 (9/14)
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2016091502000116.html
中日新聞・社説: 相模原事件 警察の対応を検証せよ (9/15)

警察の対応に抜かりはなかったのか。相模原市での障害者殺傷事件である。国の有識者チームの中間報告には、その素朴な疑問に対する回答は見当たらない。なぜ精神医療ばかりを問題視するのか。
 
戦後最悪級の事件を検証し、再発防止策を検討する有識者チームを、国が素早く立ち上げたのは理解できる。しかし、驚かされるのは、その検証結果である。
 
容疑者の精神障害が犯行の引き金になったのかどうかも解明されていないのに、あたかも措置入院制度にまつわる精神医療の不備に大きな原因があったかのようにも読み取れるからだ。
 
自傷他害行為の恐れのある人を行政権限で強制的に入院させる仕組みをいう。確かに、患者の退院後も、希望に応じて治療につなぎ留め、地域での暮らしを支える手だてを厚くすることは大切だ。

しかし、犯罪予防という立場から取り組みを進めれば偏見や差別を助長しかねない。社会防衛の思惑から入院を長引かせたり、治療継続を口実に監視したりする動きが強まっては本末転倒である。
 
制度を見直すとしても、患者の利益と人権に最大の注意を払わねばならないのは言をまたない。
 
最も気がかりなのは、静観を決め込んだかのような警察の姿勢である。警察庁も有識者チームに参加していながら、なぜ警察は凶行を防げなかったのかという視点での検証は皆無に等しい。

本来、犯罪抑止の責務は、医療や福祉ではなく、一義的には警察が担っている。とすれば、警察は謙虚に自らの失敗を認め、反省点を洗い出すのが筋ではないか・・・と。

「国の有識者チームの中間報告」とは何だろうと思って、グーグル(検索)してみると、“障害者殺傷事件 厚労省の検討チームが中間報告”を発見した。縦割り行政の中、厚労省と限定すれば、警察対応が良かったのかなど、そういう問題提起は有り得ないことになる… そして、警察も衆議院も、政府も、音無しを決め込んでいるようだ。 

スルー、不都合な真実、なかったことにしようとしているのか!? 勿論、監視する市民やメディアからも忘れ去られ、耳目を集めないように段取りしている!? そこで、厚労省の出番(容疑者の精神障害が犯行の引き金になった)にしたのか!?
 
しかし、本件は、そんなに矮小化されてよい事件ではない。被害者<19人が死亡、27人が重軽傷>、世界のテロにも負けない人命損傷、しかも刃物で殺傷した得物の点でも特異で、典型的弱者<知的障害者施設>を襲撃した点でも、更に、その弱者を殺しても良いと確信している点でも、特異で、由々しいものを含んでいる。再発防止は、当然の課題。
 
衆院議長に宛て、犯罪予告し、面談を求めた点も特異。彼の頭の中では、政府も議長も巻き込んだ、しかも、碌な阻止行動もなかったと受け止めたのでは。だからこそ、犯罪直後、意気揚々と警察に自首したのではなかったか。
 
しかも、警察官も派遣して、措置入院させた事件でもある。この対応の不十分さは、言うまでもない。 只、この一連の国の対応が、逆に、容疑者の犯意を強めたのではなかろうかという、疑念も拭えない。
 
内閣も衆議院(国会)も、どう対処すべきだったのか、検証して然るべき事件だった。図らずも、事件関係者になったわけで、ある意味で、仕掛けられたのだ。
 
そして、何より、こうした経緯を辿る以上、主権者、市民の監視が欠かせないし、市民、弱者であれ、護る為の仕組みを、市民の側から思考・構想すること、肝要なことと思われる。 引いては、制度化し、人権を護る社会づくりに貢献しないと。我らと我らの後世のために。

政府の姿勢にも、時折、少数者、弱者は切り捨ての思潮が垣間見える(被疑者から見て、共感を得られるとの期待感があった!?か)この頃、その姿勢を正すためにも有益ではないか。

素も、今猶、相模原市の知的障害者施設などの施設、障害者或いは弱者、その家族らの不安は、一切解消されていないのだから。問題は、終わっていない。

http://www.sakigake.jp/news/article/20160918AK0008/
秋田魁新報・社説:「相模原」検証報告 継続支援の検討を急げ (9/18) 

「護憲+コラム」より
蔵龍隠士

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「改憲派から護憲派へ3点質問」:私の考え

2016-09-25 16:55:32 | 憲法
「改憲派から護憲派へ3点質問」について、私の考えは次のとおりです。

ここでの「護憲」は人権や民主主義については当初の質問では述べられていないので、「戦力の保持」の賛否についてのみ考えます。

与野党ともに碌な議員の少ない国会での、いい加減な議論にお任せするのではなく、為政者・公務員・学者・一般市民・社会運動家・裁判官・宗教者・ジャーナリストなどを含み、広く全国的な規模で冷静な議論をする公正中立なキャンペーンを展開してほしい。

1.九条があるだけで戦争に巻き込まれない根拠はあるか?
   「九条を活かしていない現状では」九条があるだけでは戦争に巻き込まれないという根拠にはならない。日本が九条を実現し、世界に向けてこの平和共存の根本精神を積極的に発信し、賛同国を増やす為の多大な努力をする必要がある。
   
2.日本が戦後、平和を維持できた理由は何か?
   九条の建前と共に、実質的には米国に政治的・経済的に占領支配され、米軍に保護されてきたためである。

3.北朝鮮や中国の脅威に対抗するためには、対話のほか軍事力も必要ではないか?
   北朝鮮については、狂信的な独裁政権が、米国の格好の標的にされていることに対抗して、虚勢を張っているだけで、米軍の庇護にある日本を攻撃しても反撃の大きさを考えると、メリットは無いと判断していると推測する。日本が虎の威を借りて、「制裁々々」と追い詰めた時の暴発の方が危険である。
   中国については、アジアでの米国の勢力拡大に対抗しているものと考えられ、日本とは適当にお隣さん付き合いで経済交流を望んでいるものと推測する。ここでも日本が米国の威を借りて好戦的に振舞うのはいただけない。

現時点で九条は理想であり世界的には現実的ではない。しかし、太平洋戦争を仕掛け、原爆の悲惨な被害を体験した日本は、米国の抑止力を頼りにして経済繁栄してきたことは弁えた上で、対話による平和を全世界に根気よく説得し、九条を実現する資格と義務がある。米国に対しては実質的な独立国を確立し、同盟国として軍事に頼らない関係を実現して行かねばならない。

「護憲+BBS」「憲法を考える」より
tetsujinn
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「改憲派から護憲派へ3点質問」(朝日新聞「声」欄)

2016-09-24 10:28:41 | 憲法
少し古い話になりますが、朝日新聞8月11日「声」欄に、愛知県在住の83歳男性から、「改憲派から護憲派へ3点質問」という投稿がありました。それに対して、読者から200通近い反響があったそうで、9月14日と9月21日の2週に亘り、8人の「護憲派」からの投稿が紹介されました。

最初の投稿は以下です。
***
 参院選の結果、憲法改正の議論が本格化しそうです。しかし、これまでの議論は改憲派と護憲派の意見がかみ合わないまま推移し、今日に至っているのではないでしょうか。
 この状況を改めるには、両派の間で質問と回答を重ねる議論が必要と考えます。「声」欄でやりとりができれば、多くの人に憲法について考えてもらえるのではないでしょうか。
 そこでまず、改憲派の私から護憲派のみなさんに質問させていただきます。

(1)戦争放棄や戦力の不保持が9条に定められているが、それだけで日本は戦争を仕掛けられたり戦争に巻き込まれたりしないという根拠はあるか。

(2)改憲派の「日本が第2次大戦後、戦争をせずにこられたのは、日米安保体制や自衛隊の存在のおかげ」という意見をどう思うか。この考えを否定されるなら、日本が平和を維持できた理由をどう考えているか。

(3)日本の近隣には核武装を進める北朝鮮や、南シナ海や東シナ海で覇権をうかがう中国がいる。こうした国々の覇権主義的な行動を止めるには、対話のほか、抑止力として一定の軍事力も必要ではないのか。
 この3点について、ぜひ護憲派の方々のご意見を伺いたい。 
***

この問い掛けに対する「護憲派」からの意見は以下で紹介されています。
http://emuzu-2.cocolog-nifty.com/blog/2016/09/3-193f.html
http://emuzu-2.cocolog-nifty.com/blog/2016/09/32-b627.html

幅広い年齢層から、真剣に考えられた答えが提示されていて、とても興味深いし、勉強にもなります。

担当の山本晃一記者によれば、
『護憲派と改憲派の間で、キャッチボールのように議論を進めたい。そういう思いから、最初のボールとなる「改憲派」の方の投稿を8月に掲載しました。200通近い反響があり、2週にわたって8人の護憲派の方の投稿を紹介しました。』・・・
『改憲派への「逆質問」もありました。「9条を改めれば平和が維持できるという根拠はあるのか」といった質問です。安全保障に関して「沖縄の犠牲の上に成り立つ安保体制でよいのか」「集団的自衛権の名の下に自衛隊が海外で活動を広げれば、結果として戦争やテロのリスクを高めないか」という問いかけもありました。
 これらの逆質問への回答も含め、「改憲派」の方々からのご意見をお待ちしています。』
とのこと。

「改憲のための国民投票」が現実的になってきた今、こうした真面目な議論が落ち着いた環境の中で、普通に行われることが大切だと考え、朝日新聞の試みに賛意を送りたいと思います。

皆さんは、最初の3つの質問にどう答えますか?

「護憲+BBS」「憲法を考える」より
笹井明子
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日本終焉!

2016-09-21 17:17:26 | 社会問題
「しっ、静かに! 葬式の行列が君の側をとおってゆく。」(ロートレアモン :『マルドロールの歌:第五の歌』)

ロートレアモンの研究者出口裕弘氏によれば、

「『マルドロールの歌』には、いくつか、独特の調子というものがある。人間たちに向けられた絶対的な拒否も、その一つであろう。文学の世界で類例を求めれば、牢獄文学者サドしかみつからない絶対的な人間拒否が、『マルドロールの歌』の全篇をつらぬいている。(中略)サドは投獄という形で人間社会に拒絶され、完全に自由を剥奪された人間だから、人間に対する絶対的拒否という思想を組み立てたとしても不思議ではない。しかし、ロートレアモンは、別に投獄されたわけではないし、(中略)社会から「人外」の者として排除されるような目に遭ってはいない。」・・・『帝政パリと詩人たち』 より
と言う。

『絶対的な人間拒否』の思想がどこに行きついたのか、は分からない。何故なら、ロートレアモンは24歳で早世しているからである。

ただ、昨今の日本の状況を見ていると、ロートレアモンの『絶対的人間拒否』の思想にいくばくかの親近感を覚えるのは、私だけではないだろう。

出口氏がはしなくも書いている「人外の民」という概念。意外に日本人にはなじみが深い。民俗学者赤坂氏の指摘するように、平安時代から東北の人々は、それこそ蝦夷と呼ばれ差別され続けた。この歴史的遺伝子は、東北大震災の復興や福島原発事故における福島県民の扱いに継続されているのではないか、と思える。沖縄の人々の扱いも「人外の民」そのものの扱いである。

江戸時代、士農工商という身分制度があり、その外に「人外の民」がいた。いわゆる「エタ」「非人」である。さらに加えれば、芸能の民、漂海民、「サンカ」や「マタギ」などもその中に入るだろう。これらの人々は、「人外の民」とされ、差別や迫害の対象にされた。この差別意識は、日本社会の基底部で第二次大戦まで続いたといって過言ではない。

戦後、人権意識の伸長とともに、このような思想は「悪」とされ、あからさまな差別は少なくなった。ところが、いわゆる「新自由主義的」経済思想の進展とともに、人間を能力と経済合理性のみによって評価するあからさまな差別・選別思想が顕在化した。簡単に言えば、経済合理性に貢献できない人間は全て役立たずで、社会の厄介者と言うわけである。

小泉政権下、大音声で語られた「頑張るものが報われる社会」。これは裏を返せば、経済合理性にそぐわない人間は、「頑張らない」人間で、「報われなくても仕方がない」という事を意味している。

これ以降、片山さつきのように、生活保護を受ける人間を社会のお荷物として指弾したり、社会福祉を「自己責任」のスローガンとともに、経済合理性に反するものとして、軽減し、軽視する傾向が大きくなった。

たとえば、元アナウンサーの長谷川豊などは、自らのブログで書いた「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!
http://megalodon.jp/2016-0920-1710-28/blogos.com/outline/191041/
と書き、大炎上をしている。

さらに、高齢化社会の進行は、社会全体の活力を失わせ、社会的コストを増大させる。これを阻止するために、世代間格差をことさら強調し、若い世代が年金を積極的に払うモチベーションを失わせている。互助共助の精神を育むより、自分さえよければ良いという利己主義精神を助長している。

ファッショ社会とは、このような差別・選別意識に依拠して進展する。安倍政権誕生以降、日本政治がファシズム傾向を強めるにつれ、日本社会全体に差別・選別思想が蔓延し始めた。

以前書いた事があるが、30年以上前、米国でこれからの社会に必要な人間は、知能指数125以上と知能指数75以下の人間だという研究があった。つまり、コンピュータを使いこなせる人間と文句を言わずに黙々と肉体労働をする人間しかいらない、という話である。125~75の人間は、文句ばかり言うので役に立たないという結論だった。

これで計算すると、本当に必要なのは、知能指数125以上。つまり、約1%の人間だけという結論になる。現在、米国社会やEUなどで顕在化している1%対99%の萌芽がこのあたりから見えていた。

この思想の特徴は、人間の能力を計測可能な能力に限定し、それを計測し、人間を区別するところにある。この思想には、過去の哲学が考えたような、トータルな人間像を考え、人間は不可思議なもので、それこそ測定不可能な存在だと言う認識はない。ここから導き出されるのは、新しく姿を変えた「差別思想」だけである。

今の日本社会。本人が認識しているかどうかは別にして、この差別・選別思想(新自由主義的思想)に起因した考え方の下、過去の「人外の民」とされた人々と変わらない立場に置かれた人々が多数存在する。

その人々が、自分自身の置かれた立場を深く考察し、深く認識したならば、ロートレアモンのように、『絶対的な人間拒否』の思想に行き着いても不思議はない。

ただ、ロートレアモンには、「絶望の淵を旋回して絶顛(ぜってん)に向かっていく。これはポーにもボードレールにもできなかったことである。」(松岡正剛:読書千夜千冊)http://1000ya.isis.ne.jp/0680.html
という思索の深さがあり、単純に『絶対的人間拒否』思想とは割り切れない。

それはさておき、最近、日本で頻発している多くの事件の犯人たちは、過去の殺人事件の犯人たちとは明らかに性質を異にしているように見える。最近の犯人たちの理解の鍵は、どうやらロートレアモン風の『絶体的な人間拒否』の思想にあると思えてならない。犯人たちは自覚していないだろうが、彼らは「人間」そのものを認めていないと思える。

蔵龍隠士さんが、コラムで指摘されている「知的障害者施設襲撃、相模原事件」の調査分析の、一見科学的に見えて、政治的意図に満ち満ちていて、その非人間的な事。人間を細かく切り刻んで測定可能な領域に限定して分析する新自由主義的科学主義の限界が示されている。

このような分析で解析できるほど、この犯人(人間のと言っても良い)の精神状況は単純ではない。彼ら分析者には、ロートレアモンの『絶対的な人間拒否』の心性など理解の外にあるに違いない。

彼らが犯罪に手を染めるまでの心理的道程の底にある「差別的視線の痛さ」など、ほとんど理解できていない。差別的視線の先にいる見られている人間の心の痛さなど、当事者でなければなかなか理解できない。

この世は、このように理解できない人間同士が、何とか分かり合おうと努力し、自分の思いを何とか相手に伝えようと言葉を工夫し、その言葉から相手の思いを何とか理解しようと想像力を駆使する人たちの努力で、何とか社会を維持している。そこには、「人間は分からない。人間は永遠の謎だ」という大前提が共有されている。だからこそ、人間は面白い。これが優れて人間的営みである全ての芸術の出発点でもある。

犯罪の分からなさの増大は、社会の分からなさ(了解不能)の増大とパラレルな関係にある。犯罪はその意味で社会の鏡である。

昨日もNYでテロが起きていた。テロの増大は、米国から『人外の国:人外の民』として攻撃を受け、理不尽な暴力で根底から生活を破壊され、家族・親族・友人・知人を失った国々や人々の増大と恨みを抜きにしては、説明できない。私流にいうならば、テロリストたちは、『絶対的な人間拒否』の思想を貫き通していると思う。

米国や欧州各国の行為が本当に正当であり、本当に正義に満ちていたなら、これほどテロが増大する訳がない。テロとの戦いを標榜してアフガン戦争・イラク戦争に突入したブッシュ政権の政策は、きちんと検証されるべきであろう。

翻って日本の現状を考えよう。

「腐敗千里を走る」でも指摘したが、現在の日本支配層の人間の劣化は、底なし沼に入り込んだようで、歯止めがない。十年遅れで顕在化した世紀末的な人間の劣化現象は、日本社会の衰退を象徴している。

経済学者金子勝氏の指摘から、この衰退現象を列挙してみよう。
日本は衰退の事象に満ちている。:金子勝氏」
http://sun.ap.teacup.com/souun/20772.html
2016/9/20 晴耕雨読
・・・・・
①甘利のあからさまな不正も追及できず、原子力村に取り込まれ、きちんとした原発報道も出来なくて、報道機関として完全崩壊したメディア

②甘利の明白な犯罪すら追及できない東京地検。数々の企業不正も追及できない。おまけに国に追従するしか能の無い司法機関の衰退。

③2016年3月末に日銀保有が国債の3分の1を超え、増加を続ける。 FRBの国債保有は279兆円で12.8%。 ECBは33%という上限を設け、日銀だけが損失を貯め、ジャブジャブの財政ファイナンスを続けている。

④科学技術と産業競争力の衰退。

⑤東電、東芝、旭化成建材、東洋ゴム、理研などねつ造、不正が当たり前になってきた。

⑥安倍政権になって、財政赤字の対GDPは拡大し続けている。 いまや、2.48倍で、ギリシャの1.78倍をはるかに上回る。

⑦格差社会は命と健康の格差:
https://goo.gl/OfkeFb
この問題は編著『社会はどう壊れていて、いかに取り戻すのか』で伊東俊彦氏が「格差社会は健康に悪い」で取り上げている。https://t.co/ihKQ9few8U

⑧特高警察復活?:安倍首相側近は、経産の原発推進・今井尚哉秘書官と「官邸のアイヒマン」北村滋内閣調査官。 氏は特高に無批判で、特定秘密保護法を推進し、内調―公安ラインで次々とスキャンダル情報を出しているという。

⑨利益相反も当たり前に:閣僚の資産公開で、今村雅弘復興相が東電の株を8千株所有、稲田朋美防衛相の夫が、14年9月以降の約2年間で、新たに取得した9銘柄のうち5銘柄が防衛関連株(三菱重工など)だった。

⑩民進党幹事長に野田佳彦氏が就任。民主党政権崩壊の責任はほっかむり。民進党崩壊も視野に入る。・・・・・

これはほんの一部。今メディアを賑わせている豊洲市場移転問題でも、一体全体誰が指示を出し、誰が責任を持って決定したのかすら分からない。戦後丸山真男が、「上から下までの無責任体制」と戦争体制を総括していたが、まさにこの「無責任体制」が現在の日本に亡霊のようによみがえっている。

そんな中、あれだけの事故を起こした東電の廃炉費用を国民負担にする、という案が浮上している。以前にも指摘したが、あの福一の事故で東電幹部は誰ひとり刑事訴追を受けていない。当時の幹部連中は退職金を受け取り、それぞれ関係企業へ天下り、第二の人生を優雅に送っている。

それに比べ、何の罪もない福島県民は、故郷を追われ、生活基盤を失わされ、放射能による健康被害の心配をし、いまだ精神的流浪の生活を余儀なくされている。子供たちの甲状腺がんの増加に対して、きちんと検査するから甲状腺がんが増加する。だから、検診を減らせばよい、という福島の小児学会の意見は、一体何なのか。お前さんたちは本当に医者なのか、という話である。

この東電と福島県民の彼我の差こそ、今の日本の支配層の思想の象徴である。まさに、精神的劣化・腐敗そのものである。これで健全な社会が保てるわけがない。

これだけ社会の劣化・腐敗が深刻になると、必ず人間の腐敗が深刻になる。まして、人間を人間として扱わず、ただの機械の一部・物の一部としてしか扱わない労働環境が普通になると、秋葉原での無差別殺人事件のような了解不能な犯罪が頻発してくる。

かって「労働疎外」などと言う言葉が語られたが、今や「労働疎外」などと言う言葉は、牧歌的過ぎる。オーウェル的に言うならば、「人間総家畜化」の時代の到来である。

このような社会に生きる多感な若者たちが、『絶対的人間拒否』の思想に傾いたとしても誰にも責められない。わたしが『日本終焉』を案ずる最大の理由である。

手段はただ一つ。彼らが生きる社会を、人間を信じられる社会に再生させることしかない。現在の政治運動・社会運動の喫緊の課題である。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
流水
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独裁者と官僚

2016-09-17 15:18:04 | 社会問題
豊洲市場移転問題は、いよいよ泥沼状態になったようだ。

戦前、実体的に戦争を仕切ったのは、いわゆる革新官僚と呼ばれた連中(岸信介など)だった。たしかに、軍部は暴走したが、それを経済的に、体制的(システムとしての戦争体制を構築)に戦争を継続できるようにしたのは、官僚(特に内務官僚)たちだった。

戦後、強大な権限を持った内務省は解体され、いくつかの省庁に分割されたが、官僚制度そのものは解体されなかった。GHQは日本の占領をスムーズに円滑に行うために、官僚制度の解体をしなかった。

一例を挙げれば、その当時、隠匿物資の捜査などを担当したのが、東京地検特捜部。地検特捜部と米国との関係はそこから始まる。田中角栄などいわゆる日本自立派の政治家が捜査の対象になるのも、そのあたりに淵源がある。

今回の豊洲市場移転問題を見ていると、以前指摘したように、東京都も官僚天国であり、石原慎太郎のような独裁的体質の知事(一週間に2~3日しか登庁しない)ほど、官僚にとって御しやすいという定理が良く分かる。

今回の問題の最大の戦犯が石原慎太郎である事は論をまたないが、日刊現代がそのあたりの事情を分かりやすく解説している。

・・ なぜ、専門家会議の提言がないがしろにされ、盛り土がなされなかったのか――。日刊ゲンダイはその理由を知り得る立場にいた「中央卸売市場」の歴代幹部13人をピックアップ。専門家会議を立ち上げた2007年5月から、14年11月の汚染対策工事の完了宣言まで要職にあった人物だ。

 具体的には事業全体の責任者である「市場長」以下、会計を取り仕切る「管理部」、設計や施工、施設の保全計画を策定する「事業部」、全体の計画を調整する「新市場整備部」の3部署の長に焦点を当て、現在の地位を別表にまとめた。

 中でもスゴイのが、08年11月に専門家会議の提言を無視し、技術会議で「地下空間の活用案」が提案された際の市場長、比留間英人氏の“渡り”ぶりだ。11年7月に総務局長を最後に退職し、同年10月に「東京臨海ホールディングス」社長として天下り。15年6月には東京メトロ副会長に就任した。東京メトロの役員報酬は「約1800万円」(経済ジャーナリスト)というから悠々自適だ。

 11年6月、地下空間がポッカリとあいた基本設計書がまとまった際、管理部長だった塩見清仁氏は交通局次長、交通局長を歴任した後、今年4月にオリ・パラ準備局長に就任。同じく整備部長だった宮良真氏は、12年6月に同職を最後に退職してすぐ「八重洲地下街株式会社」の常務取締役に天下った。
 
 11年11月に土壌汚染対策工事に着工した際の市場長、中西充氏は今や副知事に大出世である。・・・・・

優雅に出世や天下り…都庁「盛り土無視」全責任者リスト 解除できるのか 豊洲“時限爆弾” ・・・「日刊現代」
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/190025

この記事を読んで腹が立たない都民は、あまりいないだろうが、結局馬鹿を見たのが都民だけと言う事になる。
まあ、戦後は民主主義とやらのせいで、多少やりにくくなったが、今も昔も、日本政治は、国も地方も同じような構図で行われている、と認識してそれほど間違いはない。

実は、安倍一強政治が成立している土台には、官僚たちの「多少やりにくい」が、「やりやすく」なったという認識の変化がある。

つまり、七面倒くさい【情報公開】などをできるだけ少なくし、都合の悪い事は徹底的に蓋をし、口当たりの良い話は大々的に宣伝する。その陰で、自分たちの利権(天下りなど)はがっちりキープする。間違いを犯しても、誰も責任を取らなくて済むようなシステムをきちんと構築しておく。これぞ、官僚天国の現出である。

こういう官僚たちの願望に一番応えてくれるのが、あまり賢くなく、持ち上げておけば、天まで登る権力者(独裁者)である。今回の東京都の豊洲移転問題の根源には、この独裁者と官僚たちの癒着の構造がある。

これと同じ事が、安倍一強政治と霞が関の官僚たちの間に存在している、と見なければならない。おそらく、慎太郎よりも節度のない安倍政治のつけは、豊洲問題どころではないはずで、下手をすれば日本沈没が現実のものになると思う。

「新聞記事などの紹介」より
流水
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