老人党リアルグループ「護憲+」ブログ

現憲法の基本理念(国民主権、平和、人権)の視点で「世直し」を志す「護憲+」メンバーのメッセージ

NNNドキュメント「南京事件Ⅱ」

2018-05-14 17:32:38 | 戦争・平和
5月13日(日)深夜0時50分日テレで「南京事件Ⅱ」が放送されました。何年にもわたる丹念な取材で何故「南京事件」は起きたのか。真相に迫っていきます。

敗戦直後に陸軍総司令部の命より、焼却される膨大な公式記録。それは軍法会議で戦犯にされるのを恐れた陸軍上層部の指事によるものでした。

後年防衛省の敷地から大量の灰や焼け焦げた紙の束が見付かり、僅かな資料と残された兵士の肉声インタビューや陣中日記等を元に番組は構成されています。目を被いたくなるCG映像や言葉が再現され、深夜見るには勇気がいるかも知れません。

記録を焼却しても、当時現場にいた兵士や日記が何があったのか物語っています。川原に何千人も連れ出し銃で撃ち殺し、更に生きているか死んでいるかも分からない者を銃剣で突きまくったのです。

それを誤魔化し隠蔽するために、公式記録を焼却しただけでなく、虐殺を命じた軍幹部は「捕虜を解放しようとしたが暴動に近い様態になったので、身を守るためにやむを得ず射殺した」と福島県の新聞記者のインタビューに答えています。南京虐殺否定論「自衛発砲説」の元になった話です。

でも、これは射殺を命じた軍幹部が、昭和30年に自らが戦犯をにされるのを恐れ、記者のインタビューに答えたものだったことが一兵士の日記から明らかになります。

更に別の兵士は「捕虜を解放するなんて船もないのに出来る分けがない、射殺した捕虜の死体で揚子江が流れなくなった時もあった」と証言しています。

更に射殺を命じた部隊長は当時は現場にいなかったことも、兵士の証言で明らかになります。番組のスタッフは戦後生き延びたこの部隊長に初めてインタビューした福島新聞の記者訪ねて証言を聞いています。「虐殺はなかったのか、あったのか、言えばおそらくそれはあったのだろう」と記者は答えています。

この部隊長は、戦犯の汚名を着せられる事なく軍人恩給を受給して、戦後長く生き延びるのです。その姿、生き方は今、公文書を隠蔽し「あったことを無かった事」にして逃げ延びようとする現内閣中枢にいる彼らと重なってみえます。彼らは逃げ切るためなら国民をも捨て去るでしょう。その足で踏みにじり、遺体を踏みつけて靴の汚れを気にするでしょう。

これは80数年前南京で起きたことだけではないのです。私達にも起こるかもしれない。そして被害者にも加害者にもなるかも知れない。そんな事件なのです。

※ NNN「南京事件Ⅱ」は5月20日深夜に再放送あるそうです。お見逃した方はテレビ番で確認してご覧になってください。

「護憲+BBS」「明日へのビタミン!ちょっといい映画・本・音楽・美術」より
パンドラ
コメント (1)

映画「火垂るの墓」

2018-04-30 15:58:06 | 戦争・平和
4月5日に亡くなられた高畑勲監督のアニメ映画「火垂るの墓」が、4月7日に日本テレビで放送された。この映画は日本で一番見たい映画ベスト10で1位に輝き、又一番見たくない映画でも1位になっているという。

我が家の子どもも小学生の頃「恐いから嫌だ」と言って見たがらなかった。何がこの映画を見ることを厭わせていたのだろう。激しい空襲の場面か、救いようのない兄妹の死に様なのか。

物語は神戸三宮駅路上に倒れている少年清太の姿から始まる。それを清掃用具で突いて「こいつは未だ息があるから後で来るか」と言って立ち去る清掃員。周囲には夥しい数の亡くなった人の遺体、未だ生きている人の身体が打ち捨てられていた。

もう一人の清掃員が清太の手から取り上げたドロップの缶が空中を舞い落ちて蓋が外れる。中から白い物体が落ちて、その時沢山の火垂るが宙を飛び回り落ちた。小さな白い物体は、清太の幼くして亡くなった清太の妹の骨だった。

14歳の清太と4歳の妹節子は戦争で孤児になり、遠縁で戦争未亡人のおばの家に預けられる。当時の庶民の生活は困窮しており、配給の食糧だけでは、一家の生活を賄う事さえ難しかった。清太は両親が残した遺品をおばに言われ差し出して米に変えるが、それさえも「何もしていない清太さん達は雑炊で沢山」というおばの言葉で殆ど口に入る事もなかった。

この映画のキャッチコピーにあるように、清太は「14歳と4歳二人で生きて行こうと思った」と決意して家を出る。この清太の行動は、この時代にタイムスリップした現代の少年のようにも思われる。

誰も使っていない壕の中で雨風を凌ぎ、親の遺品で食糧を調達するが、そんな生活が長続きする分けもなく、節子は飢えと栄養失調で亡くなり清太も倒れ果てて行く。

高畑監督は、清太と節子が壕や海岸で遊ぶ場面を宙を舞う火垂ると共に、楽しげに美しく描いている。それだけに余計清太と節子の最後が悲しい。

高畑監督は、「この映画は反戦映画ではない」とインタビューで語っておられた。「為政者が戦争を起こそうとする時、国民をこんな悲惨な目に合わせない為に我々は闘うのだと言うだろう、この映画で戦争は止められない」と。

この映画に漂う全体主義に染まった人々が私は恐ろしい。役に立たない者、立とうとしない者は排除し打ち捨てて行く。誰も疑問を抱く事なく皆が同じ事をいい、同じ行動を取る。清太と節子が亡くなったのは、戦場ではなく戦争が終わった日本でなのだ。

自らは戦場に赴く事なく国難を煽り、いざとなったら逃げて誤魔化し隠蔽する今の政権も、同じ事を繰り返そうとするだろう。

※KAZUKOさんのツイッターから引用

戦争中の政府=戦争という国の存亡にかかわる非常事態なのだから、国民たるものは等しく戦争の犠牲を受忍すべきである。一般国民まで負担していたら財政負担が大き過ぎる

「護憲+コラム」より
パンドラ
コメント (1)

光にむかってはっていけ!

2017-12-15 15:50:59 | 戦争・平和
今年の漢字は「北」ということですが、全くピンときません。
インターネットでは「偽」とか不正と書いて「歪」とか、「嘘」などの文字が溢れていました。

それらにも頷きつつ、今年の最後に「光」を感じさせてくれたサーロー節子さんの演説から「光」を選びたいと思います。
70年以上核廃絶に取り組んできた重みを感じずにはいられません。

「諦めるな。がんばれ。光がみえるか。それに向かってはっていくんだ」

"Don't give up! Keep pushing! See the light? Crawl towards it."

今年もこの国の政治は暗い夜が続いているかのようですが、かすかな光も感じるので、その光を大切に守っていきたい気持ちです。

忘年会ではぜひICANのノーベル平和賞も祝いましょう!

「護憲+BBS」「どんぺりを飲みながら」より
コナシ&コブシ
コメント

護憲派は「日本が戦争に巻きこまれないための道標」提示を!

2017-09-29 23:40:32 | 戦争・平和
選挙後、自民、公明、希望の改憲派議員が増える中で、護憲派政党、リベラル議員の勢力図は予想できませんが、激減するかも分かりません。そして護憲政党・議員は多勢に無勢となり、これまでの護憲の叫びも国民には馬耳東風となることも予想されます。

さらに改憲派議員が増えれば、米朝対立をにらみ、日米防衛協力は更に強化され、憲法9条の戦争放棄はいよいよ有名無実化され、日本が米朝戦争に巻きこまれる可能性は益々増大するものと思われます。

しかし護憲派は選挙後のこのような状態を座視するわけにはいきません。捲土重来を期すには、これまでの護憲活動だけでは限界があり、現在の米朝軍事緊張状態を直視して、新たな戦略として、『日本が戦争に巻きこまれないための道標』を国民に提示する必要があると思います。

米朝の軍事緊張が高まり、安倍首相が緊急状態を煽っているわけですから、国民も否応なく日本が戦争に巻きこまれることは肌で実感しつつありまます。それに対して安倍政権のマッチポンプ型のJアラートや迎撃ミサイル増強等の対処療法ではなく、『日本が悲惨な戦争に巻きこまれない』ための理念と根本対策が護憲派政党や政治家には求められて然るべきではないでしょうか。そしてここはまさに護憲派の出番ではないでしょうか。

具体的な道標は何かと言えば、「日本の永世中立国」化です。これは日米安保条約の破棄を意味しますが、逆に現在の日米安保条約以上の日本の安全保障になると言えます。このことは現在の米朝敵対関係のなかでどちらの選択がより日本が安全であるかを比較すれば明確だと思います。仮に米朝戦争に成れば北朝鮮は在日米軍のある日本をミサイル攻撃すると公言しているわけで、その軍事力は日本の上空を越えるミサイルがあることで既に証明されています。

いずれにしろ選挙後改憲派議員が増えると予想される中、護憲派政党・議員は日本の恒久平和のため、ここに国民の目を向け、理解を求めていけば、新たな国の基軸方向として、スイスをモデルにした中立国をイメージできるのではないでしょうか。そして結果として普遍的に他国に左右されない平和主義・国民主権・基本的人権を持つ真の独立国家になれる時が来ると思われます。

そこで護憲+が魁けて選挙後の護憲政党や希望の党に与しないリベラル議員へ、この新機軸を働き掛けて波紋を拡げて行けないものでしょうか。「日本が再び戦争しないため」に提案したいと思います。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
厚顔
コメント

尊い犠牲

2017-08-23 11:49:07 | 戦争・平和
東京新聞、8/20付「コンパス」コラムを転載します。

+++++++ 「尊い犠牲」 ++++++++
 この時期になると10年以上前の出来事を思い出す。85歳で亡くなる晩年、祖父が病院で突然叫んだ。「歩けない奴は死ーねー!」。足が不自由になっていたので、自虐かと思った。でも違った。

 祖父はインパール作戦に従軍した。豪雨に打たれ、野草を食べて下痢便を垂れ流しながら、死臭の漂う泥濘(ぬかるみ)を歩いた。目をかけてくれた上官も、幼なじみも、みな死んだ。負傷や病気で歩けなくなることは死を意味した。それが「歩けない奴は死ね」なのだ、と思い当った。

 長年心の奥底に閉じ込めていたのだと思う。そして人生最後に脳裏によみがえったのは、泥の中で死んだ戦友だった。

 祖父は美化された戦記を嫌い、「壮烈な戦死」という表現について、こう書き残した。「死者を冒涜するつもりは毛頭ない。だがこのコトバに対しては抵抗感を持つ。少なくとも泥濘の中で雨にたたかれて死んでいった男たちに、鬼神も泣く云々の言葉は当てはまらない」

 「戦争というものの実態は、やはり弱者の視点に立ってみないと本当の姿は分からないのではなかろうか」

 今年も安倍首相は、全国戦没者追悼式で「平和と繁栄は、かけがえのない命を捧げられた皆様の尊い犠牲の上に築かれた」と述べた。「尊い犠牲」になりたかった人間などいたのか。
+++++++ ここまで ++++++++

これは、靖国神社問題や特攻作戦の是非についても同様と感じる。戦死者が全員、靖国神社に祭られたくて命を投げ出したわけではない。お国のために爆弾抱えて飛び立ったわけではない。

しかし、靖国神社や特攻隊員を神聖化・聖域化する人々は「日本のために散華した軍人を冒涜するのか、謝れ!」と叫ぶ。靖国神社へのA級戦犯の合祀を正当化する。それにより太平洋戦争で大本営発表した軍人、無謀・無責任な作戦指揮した軍人の責任追及をうやむやにしようとする。

それゆえ、戦後72年の現代でも「戦闘状態」の日報を保身のために隠匿する自衛隊幹部、自衛隊員の命を粗末にする政治家が生き延びている。

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
猫家五六助
コメント

無差別攻撃(爆撃)と戦争

2017-08-23 10:30:48 | 戦争・平和
現下の北朝鮮、朝鮮半島、対米緊張が極めて亢進し、米政府は空母・イージス艦隊を派遣、強烈に威嚇し、北朝鮮は核ミサイル開発に於いて目覚ましい発展を遂げ、グアムへの4発によるミサイル攻撃で威嚇するまでになった。安倍氏が、安倍友を特別に寵愛し、拉致問題を口実に外交努力を放棄し、侮り、制裁一辺倒、対米従属路線を直走る間に。
 
利害を持つ、関心を持つ、諸政府は、今それぞれに、展望を、利益を図ろうとしている筈であろう。権力者としてのそれを。
 
しかし、私の関心、視点は、これらとは、明らかに異なる。
 
日本の自然も、日本国憲法も愛しているし、人権も愛している。財産等利益を譲り受けていないので、権利主張、権利充実には、猶更、主張の根拠に、これが要る。 亦、最近の、核兵器禁止条約も、国家による核戦争を禁止し、個人の生存を保障するものとして、極めて好ましいものと受け留めている。
 
つまりは、個人(無辜の民)の立場からの主張であり、価値判断である。権力者のそれではない。同化することもない。
 
個人の中に醸成してくるのは、核兵器、戦争の禁止であり、引いては、一切の戦争禁止の思いまで湧く。核ミサイル戦の現代に於いて、従来の、通常兵器のみに限定した戦争など、今更出来まい。双方が核ミサイルを持ち合っては、核ミサイル戦が出来ないと、現在のチキンレースが証明することになり、或いは、合点すれば、理性が働く限り戦争は有り得ないことへ、と期待は膨らむ。
 
ところが、政府レベルでは、自衛のための戦争は良いとか、第一次世界大戦後は、無差別攻撃、絨毯爆撃を肯定する、核抑止力を肯定する、思潮が背景にある。つまり、敵国であれ、市民、無辜の民の殺人、大量殺戮、大量破壊、無差別攻撃を否定していないのだ。
 
だが、その無辜の民の恨み辛みは置き去りだ。ただ、アフガン戦争、イラク戦争を境に、民の側からの政府への攻撃が顕現してきた。非対称の戦争、政府いう所の、『テロとの戦い』だ。 しかし、此処では、無差別攻撃、圧倒的殺傷で、敵政府が降伏を急がされるという事情はない。民の側に中央政府はないのだから。
 
それでも、超大国が、無慈悲な大規模爆撃、或いは、大量破壊兵器を放棄しようとしないのであれば、論理破綻を再構築したのだろうか?民が立ち上がれなくなるほど殲滅するとでも?是が肯定できるとでも?超大国、諸政府に。一端手にした暴力を、手放せないだけではないのか。
 
個人は、兵器ではなく、ソフトな手段・方法で主権者の意思の一致を探る、主権者の意思で現在の権力者を牽制する、そういう途を開拓できる、かもしれないと思う。市民間のコミュニケーションは、必ずしも政府を仲介しなければ出来ないものではないからだ。勿論、主権者がその政府を統制することが出来れば、それに越したことはない。かつてのように経済が先行するか、今後は政治が先行するか、知れないが。
 
今は、平和を愛する諸国民を信じてみたい。心から。アメリカ市民も、韓国市民も、中国市民も、ロシア市民も、そして、未知の北朝鮮市民をも。


 ☆添付資料
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%A8%E6%AF%AF%E7%88%86%E6%92%83
 絨毯爆撃 - Wikipedia
 >絨毯爆撃(じゅうたんばくげき、英語: Carpet bombing)は、地域一帯に対して無差別に行う爆撃。無差別爆撃、都市爆撃、地域爆撃、恐怖爆撃とも呼ばれ、住宅地や商業地を破壊して敵国民の士気の喪失を目的とした戦略爆撃である。これに対して、工場や港・油田などの施設の破壊を目的にした爆撃は「精密爆撃」に分けられる[1]。絨毯爆撃という表現は、床に敷かれた絨毯のように、爆弾が一面を覆う印象から想起されたものである。
 >歴史[編集]
 1921年、イタリア軍の将軍ジュリオ・ドゥーエは「制空」において、これからの戦争は兵士・民間人の区別がない総力戦であること、空爆により民衆はパニックを起こし、自己保存の本能に突き動かされ戦争を終わらせろと要求するようになるであろうことから、空爆のテロ効果を強調して無差別爆撃論を提唱し、最小限の基盤である民間人に決定的な攻撃を向けられれば戦争は長続きせず、長期的に見れば流血が少なくなるのでこのような未来戦は遥かに人道的であると主張し、さらに人口密集地の住民への攻撃手段として高性能爆弾・焼夷弾・毒ガス弾を挙げた[2]。
 1937年4月26日、スペイン内戦下でスペイン北部・バスク州の小都市ゲルニカがフランコ将軍を支援するナチスのコンドル軍団によって空爆された。このゲルニカ爆撃が、焼夷弾を本格的に使用した最初の空襲となり、世界初の無差別爆撃でもある。ピカソの『ゲルニカ』は、同名の都市への無差別絨毯爆撃に際し、描かれたものとして著名である。1938年-1943年まで日本によって継続的に行われた重慶爆撃も、後期には絨毯爆撃となった。
 第二次世界大戦では、1944年の北フランスで行われた連合国軍の「コブラ作戦」支援の爆撃でも絨毯爆撃が使用されている。 末期の1945年には、アメリカはドレスデン爆撃で無差別爆撃を行い、日本本土空襲では精密爆撃から無差別爆撃まで、焼夷弾の使用も含む爆撃を継続的に実施した[3]。
 1950年6月に始まった朝鮮戦争において、アメリカ空軍はB-29 スーパーフォートレスによる絨毯爆撃を実施した。また、2001年から実施されたアメリカのアフガニスタン侵攻でも、B-52 ストラトフォートレスによる地上軍支援で無差別爆撃が行われている。作戦地域が小さければB-52に代表される戦略爆撃機単独でも被害を与えられるようになっている。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%88%E8%A1%86%E5%9B%BD%E3%81%AE%E6%88%A6%E4%BA%89%E7%8A%AF%E7%BD%AA
 アメリカ合衆国の戦争犯罪 - Wikipedia
 概要 ・??第二次世界大戦以前 ・??第二次世界大戦 ・??第二次世界大戦後
 3 第二次世界大戦 3.1 無差別戦略爆撃 ・・・

 http://www.recordchina.co.jp/b115866-s136-c60.html
 <俳優・宝田明氏が明かす戦争の真実(上)>悲惨な目にあうのは無辜の民、脳裏から離れない衝撃的体験とは?―「平和憲法」死守は我々の世代の責務! 2015年8月9日(日)

 http://blog.goo.ne.jp/hisao-mizutani/e/d364e95215c1857755330600e599866e
 gooブログはじめました!: 音の記憶Ⅶ 三波春夫2  無辜の民が戦争で殺されたことの責任  2017-05-28

「護憲+コラム」より
蔵龍隠士
コメント   トラックバック (1)

『ヒロシマ・ノート』を再読する

2017-08-14 09:53:18 | 戦争・平和
中学時代に国語教員から大江健三郎の『ヒロシマ・ノート』を一読するよう勧められ、高校1年生の夏休み、まさに広島へ向かう道中に読んでいたことを思い出した。まもなく72回目の終戦記念日を迎える今日、16年ぶりに『ヒロシマ・ノート』を読みなおした感想をここに記しておきたい。

10代半ばのころに読んだときには、被爆された方々の声、そして、1960年代の時点で被爆都市の市民たちの記憶を風化させないよう懸命に行動する人々の様子が印象に残った。ともかく「戦争はたくさんの人の心身を傷つけるから繰り返してはいけない」ということを克明な記録から学んだことははっきりと覚えている。

しかし、今になって改めて読んでみると、第三者の立場で何かを学ぶなどという姿勢ではとてもいられなくなったのだ。1960年代半ばに問題となっていたことは今も解決していないではないか。むしろ、あの頃にできていたあらゆる溝はいっそう深まっているようにも見える。

世界から核戦争をなくしたいという同じ願いのもとに集まり、核廃絶への想いを受け継ぐために呼びかけをしていた人々が、本筋からは少し離れたところでの考え方の違いが原因で分裂してしまう様子は、現在でもあらゆる運動の内部で起きていることに他ならない。

また、広島・長崎などでの原水爆禁止世界大会が開催されることと同時に、世界各地で新たな戦争が勃発していることも報じられている新聞の描写も、今は読み飛ばすことができなかった。

なにより、同じ被爆を経験した人の中でも、被爆者という一面だけで自分とその家族の人生をとらえてほしくはない、さらには平和運動のための政治的道具として自らの生死を利用されたくないという意見を持つ人物がいるということ、広島の市民たちも一部を除いては平和行進には冷淡であり、むしろ好奇心を持って見つめていたという事実も記録されていることにも気が付いた。

自らの立場に対する批判や現場の声からは離れていく一方の反核運動組織の様子も踏まえた上で、大江は「広島の思想」を体現する人物たちに寄り添い、連帯することを最後に改めて訴えている。被爆者への医療に従事する者、被爆都市の新聞記者として真実を描くことを望んでいる者をはじめとした「広島的なる人々」。彼らの同志であることこそが「正気の人間としての生き様」であるという。

原爆などの戦争兵器の威力としてではなく、人間的悲惨として被爆の経験が語り継がれるためにも、こうした作品を紹介し読み継いでいくこと自体が、今日では意味を持つように思える。

「護憲+コラム」より
見習い期間
コメント   トラックバック (1)

死にいたる病(4)

2017-06-07 21:25:01 | 戦争・平和
「8」21世紀人類の課題 :誰のための自由か?

支配者側(管理者側)がこのようなやり方を必要とするのは、問題の根本的解決法が見つからない時なのです。これは、国家としてやる場合も小さな学校がやる場合も問題の本質は変わらないのです。

実は、問題の根源は、最初に書いた『国家』=『共同幻想』に最高の価値を置き、国家に有用な人材と無用な人材を分けて考える、という思考過程そのものにあるのです。

そうではなくて、国家などという抽象的な概念ではなくて、『国民』=『現に生きている人間』という具体的なものに価値を置く考え方に変えれば、問題の所在が違った形で見えてきます。「有用か、無用か」という視点ではなくて、「人間全て同じ価値がある」という視点で考えれば、その為にはどうすれば良いのか、という違った視点が出てきます。

学校で言うなら、『教育のあるべき姿』とか『学校』とか『道徳』とか『学力』などという一見普遍的な価値観のように見えて、実は全く普遍的でも具体的でもない価値観から、今「現に目の前に生きている子供を大切にする」という価値観に変えれば、全く違う課題が見えてくるのです。

このように大上段に振りかぶった議論をする人をよく見てください。多くの場合、かなり強権的体質の人か、現場や子供たちを良く知らない人間とか、とにかく、学校の悪口を言えば、自分の票になる連中とか、まあ、教育を受ける子供たちを抜きにした議論が多いのです。

今、目の前にある子供の現状を子細に観察してそこから手立てを考えなければ、「百の説法も屁一つ」の議論にしかならないのです。

一つの例を出しましょう。昨日(6/6)痛ましい事件がありました。

・・・中3・5歳投げ落とす  広島殺人未遂容疑逮捕
広島県三原市の複合スポーツ施設で女児(5)を2階から投げ落とし、けがをさせたとして、広島県三原署は6日、市立中学3年の男子生徒(14)を殺人未遂の疑いで逮捕した。女児とは面識がなく、男子生徒は「足にまとわりついてきたのでむかついた。殺そうとはおもっていなかったが、やってしまった」・・・・・・6/7毎日新聞

この事件。多くの人は、何たる子供か、と眉をひそめられるでしょう。「人の命を何と思っているんだ。親は何を教えている。学校は何を教えている。だから、道徳が必要なんだ。」などと悲憤慷慨されている方も多いと思います。

その通りなのですが、実は最近大変多い「発達障害」の子供の中に、身体に触られる事を極端に嫌う子供がいるのです。身体に触られた時、思いもよらない反応をするのです。断定は出来ないのですが、支援学級に通っている子供だとTVニュースは報道していました。もし、それが本当なら、中学生はこのタイプの子供ではないか、と想像しています。

中学校3年にもなれば、もういっぱしの大人です。善悪の判断もつきます。2階から投げ落とせばどうなるかぐらいの事は簡単に想像できます。その抑制が効かないと言う事は、病気の可能性が高い、と言う事です。

もし、わたしの想像通りだとしてこの事件を考えると、問題の所在は全く別な所にある事が見えてきます。発達障害のある子供をどう指導するのか、障害があるからと言って、それは外の人には全く見えない場合が多いし、なかなか分かりません。

理解できたからと言って、彼の行為を許すか、というとなかなかそうはなりません。様々な場合を考えて、指導しなければならないのです。「こうだ」と観念的に決めつけて子供を見る事が出来ない一つの例です。

つまり、『教育のあるべき姿』とか『学校』とか『道徳』とか『学力』などというものは、『幻想』に過ぎないと考える事から、新たな教育の姿が見えてくるのです。

珠さんが、『障害者の人権を大切にしない社会』の危険性を説いておられましたが、この発想から問題点を見つけ出していく姿勢が、21世紀の人類社会の課題なのです。

●貧富の格差

21世紀、人類最大の問題は、世界中に拡散した「貧富の格差」の解消にあります。これは、個人個人の人間の「貧富の格差」もあれば、地域間の「貧富の格差」もあり、国家間の「貧富の格差」もあるのです。

この格差は、個人の能力のありなしとはあまり関係ないのです。金融資本主義は、技術とかアイデイアとか様々な個人の能力を全て『お金』に集約します。『お金』以外の価値観は全て捨象されるのです。こう言う価値観が支配する社会では、格差が広がるのは当たり前なのです。

グローバリゼーション(アメリカスタンダード)は、マネーの自由化で、最もその威力を発揮します。1%の支配層にとって、この自由化こそ彼らの力の源泉なのです。

ジョージ・ソロスがわずか一分足らずの通貨取引で、ある小国の通貨価値を貶め、その国に壊滅的打撃を与えた、と言う話が語られた事があります。そう言う事が可能なのが、グローバリゼーションなのです。通貨価値が毀損された国の国民には何の罪もないのですが、その損失だけは背負わなければなりません。これがグローバリゼーションの一つの側面なのです。

イラク戦争の時、米国のブッシュ大統領が、繰り返し語ったのが、『自由』という言葉でした。至上の価値としての『自由』を高らかに謳いあげたのです。

この『自由』を守るために、イラク攻撃をし、十数万のイラク人を殺しました。5千人近い米国兵も死にました。彼らは、一体全体誰の『自由』の為に戦い、死んだのでしょう。

たしかにフセイン大統領の専制支配はなくなりました。しかし、その後のイラクの混乱は、フセイン体制下よりもはるかに酷く、多くのイラク人が死にました。フセイン独裁下で辛うじて均衡を保っていたシーア派とスンニ派の関係は崩壊し、両派の確執は歯止めが効かなくなりました。

さらに、米国が支援したISは、スンニ派武装勢力と手を結び、イラク・シリアで手のつけられない蛮行を繰り返しました。国民は、テロの恐怖にさらされ、命の危険だけではなく、日常生活も破壊され、いまだ完全には回復していません。

おまけに、米国が掲げた戦争の大義名分(大量破壊兵器の存在)もありませんでした。ブッシュ大統領はイラク戦争前あれほど「これは正義の戦い」だと叫んでいました。それがどうでしょう。

戦争の大義名分はない、宣戦布告もない、国連のお墨付きもない。こんな不正義な戦争はないのです。これで、ブッシュ大統領、チェイニー副大統領、ラムズヘルド国務長官などが「戦争犯罪」で裁かれないのが不思議なのです。覇権国家、米国ならではのありようです。国際社会というのは、このような明らかな不公平な力の支配が貫徹している社会なのです。

先日も、マンチェスターでテロがありましたが、ここ数年、イラク・シリアのみならず世界の多くの国で猛威をふるっているISというテロ集団も、元をただせば、イラク戦争後、米国が作り上げた猛獣なのです。

こう考えると、米国の罪はきわめて重いのです。アフガニスタン戦争の前、パキスタンに戦争協力を求めたリチャード・アーミテージは、「協力しなかったら、パキスタンを石器時代に戻してやる」と脅したそうですが、現にイラクもアフガニスタンも破壊しつくし、国土の破壊は石器時代とまではいいませんが、未だ新しい国土や秩序の姿がはっきりしません。おそらく、アーミテージなどの軍産複合体がらみの勢力は、他国の荒廃など歯牙にもかけていないのでしょう。

会田雄二という歴史学者が、「アーロン収容所」という本を書いています。彼が、南方戦線で捕虜になり、アーロン収容所に収監された時の経験を書いた本です。

彼は、英軍将校の家で、掃除洗濯など家事をさせられたのですが、その時将校の妻は、彼の前でスッポンポンの裸になり、下着などを会田に手渡したそうです。その時、彼女は全く恥じらう様子も見せなかったそうです。では、彼女は恥じらいを知らないのでしょうか。そうではないそうです。パーティ会場での彼女は、他の将校たちの前で、非常に恥ずかしげな様子を見せていたそうです。

その時、会田ははたと気づきます。「そうか、彼女にとって、日本人の捕虜など人間ではなく、犬と同じなのだ。犬の前で裸を恥ずかしがる女性はいない」と。

軍産複合体などの指導者連中も、同じ感性なのだろうと想像します。彼らにとって、他国の民衆の苦しみや悲しみなど視野の外にあるのでしょう。

戦争の結果、両国の民衆の幸せが増大したとはとても言えません。さらに、中東の混乱は、それこそ収拾不可能なくらい拡大しています。中東発で世界中にテロの恐怖が蔓延しています。指導者たちは、『テロとの戦い』などと力みますが、それこそ、世界中の普通の人々にとって大きな迷惑なのです。

それに対して、イラク戦争やその後の混乱で喜んだ人間もいます。ハリバートンなどの軍需産業とイラク原油を手に入れた石油メジャーです。そして、その波及産業の連中です。後は戦争が仕事の軍人とCIAなどの諜報機関でしょうか。イラクでは、スンニ派支配の下で息をひそめていたイラクのシーア派の幹部連中でしょうか。

結局、10万人を超える犠牲者や5千人近くの米軍戦死者、さらに帰還後、負傷やPTSDなどの後遺症に悩まされ続けている帰還兵は、数万とも数十万とも言われていますが、彼らは上記の人々に儲けさせるための犠牲者だったのです。

戦争とはそういうものなのです。誰のために戦い、誰のために死ぬのか。真剣に考えたら、簡単に答えが見つかるはずがないのです。まして、戦場で戦い、死ぬのは若い人です。生きておればこそ、喜びも悲しみも苦しみもあるのです。そういう人生上の全てを捨てて、命を賭して戦うのです。普通に考えれば、答えなど簡単に見つかるはずがないのです。

七十年以上前、日本でも同じように若者の命が戦場の露と消えました。彼らも、同じように自らの「生と死」について悩みました。「聞け わだつみの声」を読めば、特攻隊に選抜された彼らが何を考え、何を悩み、何を振り棄て、どうやって無理やり自らの死を納得していったのかが良く分かります。

わたしは、特攻隊の生き残りの人の話を聞いたことがあります。特攻出撃が決まった前夜、彼らは餞のお酒を酌み交わします。その時、若者たちは各人各様の飲み方をするそうです。黙って飲む奴。泣き叫びながら飲む奴。静かに涙を流しながら飲む奴。同じ事をくどいほど語りながら飲む奴。ひたすら怒り荒れる奴。それこそ、人数分だけの飲み方があるそうです。

そして、朝が来ると、みな「瘧が落ちたように」静かに良い顔で、特攻へ旅立ったそうです。心のどこかで死を納得させたのだろう、と彼は言いました。

最後に、彼が吐きだすように言った一言「本当は誰も納得しているはずがない。誰が若くして、死にたいものか。みな、生きていたいんだ」が今でも耳に残っています。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
流水
コメント (1)

世界は少しづつ変える事が出来る:2月23日「サロン・ド・朔」定例会参加して

2017-02-24 15:52:22 | 戦争・平和
2月23日「サロンド.朔」はパレスチナ、レバノンで子どもや女性、障がい者を中心に支援している特定NPO法人「パレスチナ子どものキャンペーン」事務局長をなさっている田中好子さんをお招きしてお話を伺った。

パレスチナ難民キャンプでの負傷した子ども達の映像を見て、その声と言葉を聞いた時、目を覆いたくなった。難民キャンプでは食料の不足が85%に及び、一日一食の子ども達が45%もいるという。7割の子どもが学校に通えず、子ども達の精神疾患も増えているという。

シリア難民は極寒の地域にテントを張って生活しており、その越冬支援も欠かせない問題だという。

田中さん達がなさっている活動を外から見ていると、賽の河原に小石を積み上げる行為にも似て空しくならないか、と最初は思ったが、お話を伺っているうちに決してそうではないと気付かされた。

確かにイスラエルの難民キャンプへの爆撃は今も続いており、沢山の子ども達が負傷し或いは死亡している。そんな中で田中さん達は苦しんでいる子どもの傷を手当てして、一緒にリハビリをして、寝たきりだった子どもが歩けるようになり、機能訓練で、昨日出来なかった事が今日は出来るようになる。文字を読めない、書けない子どもに文字を教え学習支援をする。その作業は子ども達の未来を開く力になる。

戦争という大人が起こした行為で傷ついた子ども、女性、障がい者を支援するのは、並みたいていの意志と覚悟では出来ない事だと思った。でも、田中さんはいい意味で力が抜けているのだ。「世界中の子ども達を助ける事は出来ない。でも今目の前にいる誰かを支援する事は出来る、出来る事をやろうと思った。」という言葉からは、対象との良い意味での距離の取り方を感じた。淡々とした言葉の中に、冷静に現実を見つめ、目の前の苦しんでいる人を支援する強い意志を感じた。

そして「世界は永遠に変わらない等というはずはない」と田中さんは語っておられた。イスラエルは今、石油輸出国になり、貿易も上手く行っていて、ウハウハ状態なのだそうである。(何処かの国の総理大臣みたい。)

しかしこんな状態が永遠に続くはずはなく、何処かで変化が現れる、その時、パレスチナ難民の人達にも何かしらの変化が訪れるかもしれない。そして、戦争の中でも人々の暮らしは続いているのだと。「生まれる場所は選べない」子ども達の今を支援する事が小さな変化となっていく。

田中さんのお話を伺いながら、私は今自分達が直面している事を思った。私もともすれば、今の内閣の横暴さに目を奪われ、もうダメだと思う時もあった。何を言っても声を上げても数の力で押しきられてはダメではないかと、ネガティブに考えた事もあった。

しかし、まだ諦めるのは早い。もし万が一、不吉な事だが、「共謀罪」が法制化されてしまったとしても、「改憲」が成されたとしても、私達はこの国でこの場所で生きて生活していくのだ。その生活の塲であるこの国を少しでも私達主権者にとって暮らしやすい場所にしたい、この国を少しでも平和な場所にしていたいという思いは変わらないのではないか。

テレビのCMではないけれど、「世界は少しづつ変える事が出来る」のだ。今すぐ大きな目に見える変化は無理かもしれないけれど、小さな変化なら起こす事が出来る。その小さな人達の思いが繋がり、重なりあいながら、「テロ防止法とか言って、やっぱりおかしいんじゃない」とか「ヤッパリ、憲法変えたら戦争に巻き込まれるかもしれないよ」という思いを形作って行くことも出来るのではないか。

だから、諦めるのはまだ早い。田中さんのお話を伺って、私はもう一度、今出来る事をやっていこうと思った。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
パンドラ
コメント

学問・民間技術を軍事に転用する驕り

2017-02-04 20:54:25 | 戦争・平和
厚顔さんの記事「将来軍事用に転用される危険はないか」に関連して。私も同様に危惧しています。良識のある大学知識人が文科省から天下った理事長やら管理職やらに経営効率だ、補助金だと追い落とされるのでは、と。

YS-11に続く国産旅客機を目指して三菱重工グループがジェット旅客機MRJの実用化を進めていますが、先日大幅な設計見直しを強いられ、航空各社への納入が2年延期となりました。これで受注から5年以上も納品できない状態となり、三菱航空機のトップが首を切られました。

一方、本田宗一郎が夢見て30年の月日をかけた小型ジェット機「ホンダジェット」は順調に安全審査をパスした量産型が米国や欧州で、まさに飛ぶように売れています。
http://www.sankei.com/economy/news/160524/ecn1605240050-n1.html

これは、国産・軍用化を目論む「親方日の丸体質」企業の三菱航空機と「夢、遊び、コミュニケーション」企業のホンダとの違いで、どちらが「ヒコーキが好きだ!」という技術者のモチベーションが高いかは一目瞭然です。

私は、すでに航空自衛隊へ純国産戦闘機F-1やF-2、その他の自衛隊機を数多く納入している三菱重工グループが、民間レベルの安全審査を甘く見ていたのが敗因ではないかと考えています。

学問を平和利用から軍用へ転用するズルさ、そして民間技術を含んで軍需産業を盛り上げようとする驕り。国家がからむと、ろくなもんじゃありませんね。宮崎駿さんのアニメ映画「風立ちぬ」を思い起こします。

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
猫家五六助
コメント (1)