非国民通信

ノーモア・コイズミ

会社は痛くもかゆくもない

2010-08-31 22:59:23 | ニュース

プラダジャパン、不当解雇を訴えた元販売部長を逆提訴(AFP通信)

 イタリアの高級ブランド「プラダ(Prada)」の日本法人「プラダジャパン(Prada Jpan)」は、容姿などを理由に不当に解雇されたとして同社を訴えていた元販売担当部長のボブリース里奈(Rina Bovrisse)さんを逆提訴した。

 25日付の英字紙ジャパン・タイムズ(Japan Times)によると、プラダジャパンはブランドイメージを傷つけられたと主張し、ボブリースさんに賠償金3300万円を求めている。初公判は東京地裁で24日に行われた。

 ボブリースさんは、プラダジャパン幹部がボブリースさんに対し「醜い」、「プラダのイメージではない」などと容姿に関する差別的な発言をしたうえ不当に解雇したとして、元同僚2人とともに同社を訴えていた。ボブリースさんは、解雇の撤回と精神的苦痛に対する慰謝料を求めている。

 ボブリースさんは 労働審判でプラダ側と和解に達しなかったため、プラダジャパンを提訴していた。

 外資企業では簡単にクビを切られると、昔からまことしやかに噂されてきたものですが、実際のところはどうなのでしょう。日本発祥の企業だって大差ない、日本で営業する以上は外資も日本企業も変わりないという気がします。にもかかわらず日本では解雇規制が厳しく正社員はクビにできない、などとしたり顔で言ってのける人もいるのですから呆れるほかありません。経済誌やビジネス本ばかりではなく、もうちょっと社会の動向にも目を向けるべきですね。ともあれ日本国内では正社員の解雇も珍しくないわけですが、それでも「解雇が横行しているのは中小企業だけだ、大企業は違う」と言い張る人もいます。じゃぁ、外資系企業はどうなのでしょう。簡単にクビを切られるものとされている外資は大手ではないのでしょうか。まさか在日米軍よろしく外資は治外法権、日本の法律が及ばないから解雇が可能なのだと思っているわけでもありますまい。

 日本では慣習的に、労働関係の法律は守らなくてもあまり問題になりません。労基署などの監督機関の働きもアリバイ作り的なレベルに止まっているのが現状で、給与の不払いも不当解雇も九分九厘は黙認されているわけです。雇用に関しては実質的な無法状態にある中で大半は労働者側が泣き寝入りせざるを得ない状態にありますが、ただ一応は法律が存在していますので、個人的に裁判に訴えるという手段が残されてはいます。それも随分とハードルの高い話ですが、意を決して裁判に訴えた場合は何が待っているでしょうか? 裁判に関わる諸々の負担もさることながら、このプラダのように雇用主側が逆提訴に踏み切るなど、報復措置を執られるリスクもまた存在するのです。

 似たようなケースとして「すき家」を運営するゼンショーの例が挙げられます。当初、不払いとなっている残業代の支払いを求めて店員側が会社を提訴していたのですが、あろうことかゼンショーは商品用のご飯どんぶり5杯分を無断で食べたとする窃盗などの疑いで店員を刑事告訴したわけです(参考、働く人をいかに蔑ろにしているか)。この件はつい先日、店員側勝訴で訴訟が終了したのですが、2008年4月の提訴から最終的な判決が出るまで、実に2年以上もの年月を要しています。会社側の逆提訴などの報復措置に屈せず、2年や3年という長期間にわたって会社と戦い続けるだけのタフな人間であれば、雇用主相手に勝利を勝ち取ることもできるのかも知れません。しかし、普通の人には無理でしょうね。労働者側は泣き寝入りするほかありません。

 さらなる問題は、こうした労働関係のトラブルが企業イメージの悪化、ひいては企業業績の低迷を招いて「いない」ということです。プラダやゼンショー以外の企業でも残業代の不払いや過重な残業、不当解雇や雇い止め、パワハラなど諸々の問題が毎日のように紙面を賑わせているわけですが、これが原因で深刻な業績不振に陥った会社は、少なくとも近年は一社たりとも存在していないでしょう。これが消費者に対する問題であれば話は別、消費者の信頼を裏切るような行為であれば大きくシェアを落とすことにも繋がる一方で、雇用関係の問題は全くと言っていいほど売り上げに影響を及ぼしていません。商品の表示を偽装すれば大問題ですが、偽装請負が発覚したところで会社が傾くようなことにはならないわけです。

 大企業は世間体を気にするものですが、それはあくまで「消費者」に向けてのことに限られます。世間体を気にする企業は消費者を裏切ることで企業イメージが傷つく、それで売り上げを落とすことは避けようとするものです。しかし労働者に関しては違います。従業員をぞんざいに扱い裁判沙汰に発展しようとも、そして雇用関係の諸問題が全国紙で取り上げられる日が来ようとも、そのことによって消費者に対する企業イメージが低下することはないのです。プラダもゼンショーも、トヨタもキヤノンも、雇用関係で問題を起こしてきましたが、それで消費者からそっぽを向かれるようなことがあったでしょうか? 決して客から見放されたりはしていないどころか、むしろ好業績を上げる企業として社会的な賞賛を浴びることの方が多かったぐらいです。だからこそ大企業も安心して、賃下げや首切りに励めるのでしょう。

 

 ←応援よろしくお願いします

コメント (5)

それは政治家の責任だ

2010-08-30 22:58:19 | ニュース

「裏で長官代えろ」「官僚に取り込まれた」=宣伝戦も過熱―菅、小沢陣営(時事通信)

 9月1日告示の民主党代表選で再選を目指す菅直人首相、出馬表明した小沢一郎前幹事長をそれぞれ支持する議員は27日午前、TBSのテレビ番組に出演し、相手を批判しつつ、支持をアピール。両陣営の「宣伝戦」も過熱した。

 菅陣営の寺田学首相補佐官は番組の中で、小沢氏サイドから「裏で官房長官、幹事長を代えろ、委員長を誰にしろという話があった」と暴露。小沢陣営の松崎哲久氏は「直接聞いてないことを公共の電波で言うのはおかしい」と批判すると、寺田氏は「(首相から)聞いた」と反論した。一方、小沢陣営の森裕子氏は、菅政権での2011年度予算概算要求基準に触れ「財務副大臣が『官僚に取り込まれた』と(言っている)」と官僚主導と断じた。

 菅内閣があまりにも酷いだけに、現体制が続いて欲しくないという思いはないでもありません。ただ、トップが小沢に変われば何かが良くなるかと言えば、全くそんなことはないであろうだけに虚しいところです。小沢にできたのは自民党を引きずり下ろすところまで、そこから先は何もできなかったのですから。小沢に概ね歩調を合わせてきた鳩山内閣時代でできなかったことが、小沢が自ら首相になれば実現されるなんてことはあり得ません。どのみち、菅と小沢の違いはそう大きくないですし。

 さて今回引用したニュースでは、森裕子議員が菅政権での2011年度予算概算要求基準に触れ「財務副大臣が『官僚に取り込まれた』と(言っている)」と官僚主導と断じたそうです。この人、国会事務所で日刊ゲンダイを配ったり、「検察をトップとする官僚機構と国民の代表である民主党政権との全面的な戦争です。一致団結して最後まで戦う」などと発言した民主党でも指折りの痛い人でもあります(参考)。こんな議員を相手にするのも馬鹿馬鹿しい話ですが、ただ似たような趣旨の発言は別の人からもまた随所で見られるのではないでしょうか。

 自身の支持政党や支持する政治家が支持者の信条に反する政策を採ったり、あるいは公約を違えたりしたとき、しばしば口にされる決まり文句がこの『官僚に取り込まれた』です。つまり鳩山なり小沢なり民主党なりが支持者の期待を裏切ったのではない、本人にやる気はあったけれど、官僚の妨害によって果たせなかったのだと、そういう風に語る人が少なくありません。本当に悪いのはあくまで官僚であって、決して鳩山や民主党ではないのだと、そういう世界観を固く信じて疑うことのない人もまた目立つわけです。

 そもそも鳩山自身が先陣切ってそういう世界観を掲げ、支持を集めてきました。自民党では官僚支配から脱却できない、だから自民党ではダメなのだと、そう訴えてきたはずです。つまり、鳩山にとって「主犯」はあくまで官僚であり自民党ではなかった、ゆえに自民党そのものを批判するよりも、官僚との関係をこそ批判してきたわけです。この世界観は民主党内部にも、また民主党支持層にも引き継がれ、また少なからぬメディアや無党派層にも浸透していると言えます。

 しかし、「官僚」であると言うことそのものに否定的なニュアンスを持たせるのは理性的ではありません。政策はその提言者が官僚であるか否かに関わらず評価されるべきであり、官僚だからダメだというのは明らかにおかしいでしょう。ましてやウケの良さそうな政策は政治家の手柄とし、批判を浴びた政策は官僚の企てだとするのならば、それこそ卑劣な振る舞いとして糾弾されるべきものです。しかるに「政治主導」とやらを声高に唱える連中ほど、この卑劣な振る舞いを恥じるところがないように見えます。彼らにとって「政治主導」とは官僚に責任を押しつけること、政治が責任から逃れようとすることを指しているようです。

 結局、政治家が官僚に従う義務はないわけで、官僚からの提言を容れるか退けるか保留するか、その辺は政治家の責任のはずです。官僚筋からの要請に添って行動して、その結果として批判を浴びたとしても、そこで『官僚に取り込まれた』と言い逃れするとしたら、甚だ無責任な態度としか言えません。部下の提案を採用した結果としての失敗であっても、責任を負うべきはGOサインを出した上司であり、そこで責任を負えない、全てを部下のせいにして保身に走るのであれば、そのような人には決して権限を与えてはいけないはずです。「政治主導」と称して不都合なことは何でも『官僚に取り込まれた』せいだとする人は、政治家としての根本的な資質を欠いていると思います。

 ちなみに、一口に「官僚」といっても決して思想信条の統一された集団ではないわけです。官僚と言えばすべからく諸悪の権化みたいに描かれますが、それは黒人の顔を全て同じように描くのに等しい行為でしょう。小泉時代だって官僚は「抵抗勢力」に位置づけられましたけれど(ですから本当に反・小泉カイカクの立場を取るのなら官僚組織は「敵の敵」となるはずです)、決して全員がそうだったわけではない、主流派は「抵抗勢力」であったとしても、小泉カイカクに積極的に荷担した官僚も少なからずいたはずです。官僚といっても全員が同じことを考えているわけではありません。たとえば法務官僚であれば全員が死刑執行推進派なのでしょうか? 千葉法務大臣の変節の責任を官僚に負わせようとする人の頭の中では、そういうことになっているのかも知れません。でもこの辺もまた大いに疑わしいものです。何かにつれ「官僚」という嫌われ者を敵視しておけば「国民の味方」を気取れるところがありますけれど、いい加減に色眼鏡を外して政策本意で物事を判断する必要があるのではないでしょうか。

 

 ←応援よろしくお願いします

コメント (5)   トラックバック (4)

緊急の課題

2010-08-29 22:59:51 | ニュース

円高続けば4割が工場を海外移転 6割が減益(共同通信)

 直嶋正行経済産業相は27日の閣僚懇談会で、1ドル=85円台の円高が継続した場合、製造業の4割が工場や開発拠点を海外に移転するとした緊急調査の結果を報告した。最近のドルに対する円高で製造業の約6割が、ユーロでは約5割が減益になると回答。円高が企業経営に打撃を与え、産業空洞化に拍車をかける恐れが強いことが浮き彫りになった。

 どうにも政府筋や日銀に危機感が見られない昨今ですが、円高が続けば4割が海外移転するとの調査結果が出てきました。海外移転するぞと凄んだところで実際に海外移転できる企業は限られてくるでしょうし、円高が是正されようとも海外移転するところは海外移転しますので、円高さえどうにかすればと言うものでもなさそうですが、4割という回答結果は重く受け止められるべきでしょう。なにしろ派遣規制を本来の水準に戻した場合に「海外移転する」と回答した企業は僅かに6%しかないわけです(参考)。一方で円高で海外移転すると回答した企業は4割です。規制緩和に明け暮れてきた近年の日本でありますが、何がより重要なのかは明らかと言えます。効果は微々たるもので弊害ばかりが大きい規制緩和より7倍ほど重要な、もっと優先してやるべきことは見えているはずです。

 また経済産業省の「公的負担と企業行動に関するアンケート調査」によると、法人税が引き下げられた場合に国内(日本)回帰を検討するとの回答は17.8%に止まり、逆に法人税が引き下げられようとも海外移転を続けると回答した企業は69.5%に上りました。言うまでもなく海外移転と法人税率の関連性は薄いわけです(そもそも日本は額面の税率がアメリカ並みと言うだけで課税ベースは広くない、かつ社会保険料の事業者負担が少ないためコスト面では有利ですし)。それなのに政財界は法人税引き下げにご執心、そんなものよりも海外移転と密接に関わりのある、優先的に取り組むべき課題はあるはずですよね?

 このブログでは何度か言及したことですが、菅が財務相に就任した際、円安が望ましいと発言したことがありました。一時的なこととはいえ為替介入への期待感から本当に円安が進み、輸出関連株が買われて日経平均株価も上昇したわけです。しかるに、これは与野党双方から囂々たる非難を浴びました。与党を批判するのが仕事である野党の立場はわかりますが、なぜ与党内部からも? 経済界からすれば好ましいことなのに? 前任の藤井財務相が円高容認発言をしたときには何の非難もなかったのに? 結局、このエピソードは日本的経営とは何かを端的に示しているような気がします。円安なら楽して儲けることができますが、それは日本的経営の美学に反する、楽して儲けるのは良くない、儲けとは骨身を削って出すものだ、具体的には人件費を削減して捻出するものだと、そんなフシはないでしょうか。とりあえず昨今の異常な円高の是正は必須ですが、円高を是正しても政府への支持が強まることはないと思います。その辺は大いに同情しますが、それでも政治は役割を果たしてください。

 

 ←応援よろしくお願いします

コメント (2)

組んだらさっさと投げ飛ばせ

2010-08-28 23:00:22 | ニュース

ワタミ&貴親方 セカンドキャリアでもタッグ(スポーツニッポン)

 日本相撲協会の「ガバナンス(統治)の整備に関する独立委員会」(独立委)の委員で、外食事業などを展開するワタミグループの渡辺美樹会長(50)が26日、東京都中野区の貴乃花部屋を視察した。稽古を見学した同会長は、貴乃花親方(38=元横綱、スポニチ本紙評論家)が提唱している力士のセカンドキャリア充実について独立委の会合でも提案することを示唆。多角経営で成功したノウハウを生かし、貴乃花親方に全面協力する姿勢を示した。

 稽古後、貴乃花親方と約1時間の意見交換を行った渡辺会長の表情は晴れやかだった。開口一番「いや、面白かった」と声をはずませ「相撲道を追究する親方の部屋に来た。それを肌で感じ、私なりに少し分かったと思う」と収穫を口にした。16日の春日山部屋に次ぐ2度目の相撲部屋視察。上がり座敷では背筋をピンと伸ばし、土俵で繰り広げられた若手力士の猛稽古に熱視線を送った。

 意見交換のメーンテーマは、力士の引退後のセカンドキャリア支援だった。渡辺会長は外食事業のほかにワタミファームなど全国9カ所に農場(計475ヘクタール)を所有するなど多角経営に成功。一方、相撲教習所でのセカンドキャリア養成システム導入などを唱えてきた貴乃花親方は、今年5月に知人の紹介で渡辺会長が運営する老人ホームや農場を視察していた。渡辺会長は「相撲界が本気ならば(引退後の)職場や受け皿を用意したい」との意向を示し、独立委での会合でも提言を行う方針を明かした。さらに「力士は料理が上手ですね。力もあるから農場も向いている」と語った。

 相撲取りは他の業界出身者以上につぶしが利かないであろうことが想像に難くないだけに、廃業後の就労支援もまた重要です。廃業した元・力士が食いっぱぐれて暴力団関係者になっている、みたいな事態にならないよう相撲協会側には現役引退後まで考えた運営が求められます。それだけに協会側が外部とのコネクションを強めようとすることは好ましいのですが、よりによってワタミかよ、と思わないでもありません。引退後の働き口を世話してくれるのはありがたい話でしょうけれど、もうちょっとまともなところを探してやって欲しいものです。

 ワタミの介護サービスは意外に利用者からの評価は高いらしいですが、往々にして現場従業員に無理をさせることで成り立っている部分もあると聞きます。そこで従業員サイドが抗議に出たところ「入居者の幸せが自分の幸せでないのだったら、どうぞ辞めてください」と、長年貢献してきた介護職員に自主退職を促したそうです(参考、ワタミの社長は何を偽っているのか)。また最近では、こんな発言が話題を呼んだりもしています……

なぜ「飛び降りろ」と叱咤できたのか:ワタミ会長 渡邉美樹(プレジデントロイター)

たとえばビルの8階とか9階で会議をしているとき、「いますぐ、ここから飛び降りろ!」と平気で言います。本当に飛び降りたやつがいなくてよかったなと思いますけれど(笑)、これはその場で、心のままに叱るからです。

(中略)

2号店のアルバイトとして雇った部下がいましてね。あのころは僕、そいつの頭を何度もスリッパでひっぱたいていました。それでも十数年はついてきてくれましたが、8年ほど前に辞表を出したんです。追い込まれて、潰れたわけです。その後は海外で居酒屋をやっていたと聞きました。

ところが先月(7月)になって、その彼がうちに戻ってきたんです。辞めたときは部長でしたが、今度はヒラ社員として、グループで配送の仕事から始めてもらっています。いまは45~46歳でしょうか。もう一度挑戦したい、定年退職までここで働きたいというんですね。

一度は追い込んで潰してしまった男です。でも彼は、僕の言動の裏側に愛情を感じていたから戻ってきた。その意味で、僕の叱り方は間違っていなかったと思います。

 まぁ会長の人柄が良く表れているエピソードであり、社風の窺われる一幕です。スリッパならぬ金属バットやビール瓶で頭をひっぱたく角界出身者なら、むしろ馴染みやすいところもあるのでしょうか。とりあえず経営する側からすれば、叩かれることに慣れているであろう元・力士は扱いやすい、統治しやすい人材になるのかも知れません。もっとも角界の空気が嫌になって相撲を辞めようとした人にとっては、いくら斡旋されようともワタミなんぞは御免だということになりそうです。

 ちなみに渡辺氏は「力士は料理が上手ですね。力もあるから農場も向いている」とも語ったとのこと。ワタミは農業にも手を広げているようで、まぁ従来の個人経営主体の農業を補助金で下支えするやり方には限界があると思われるだけに、ワタミのような資本が組織として農業を運営していく方が将来的な展望もあると評価したいところです。しかし、ワタミファームの従業員の待遇はどの程度のものなのでしょうか。今はともかく、将来的には? 何しろトップがトップですから、ワタミファームの労働者=農奴になったところで不思議ではありません。

 そもそも渡辺氏はどこまで農業に理解があるのでしょうか。「力もあるから農場も向いている」と語る辺りに疑問を感じないでもありません。そりゃ力仕事も多いでしょうけれど、相撲取りほどの力持ちであることよりも、もっと別の能力が求められるような気がします。ましてや企業経営で機械化の進んだ農業に従事するとなれば、個人の肉体的な力でどうにかする部分は少なくなるはずですし。あるいは極端に体の大きい力士はトラクターやコンバインに乗れないのではないかとか、廃業した力士には膝や腰を痛めている人が多いので農作業には向かないのではないかとか、むしろ懸念材料の方が多いはずです。渡辺氏の頭の中にある農業って、どういうイメージなのでしょうね?

 

 ←応援よろしくお願いします

コメント (13)

ミスマッチ以前の問題

2010-08-27 22:59:09 | ニュース

クローズアップ2010:円高、不景気 長引く就職活動 15万人、行き場ない(毎日新聞)

 今春卒業した大学生の就職率は前年比で過去最大の下げ幅となるなど、就職事情は厳しさを増している。政府は、新卒者の就職支援を検討する特命チームを首相官邸に設置し、24日に初会合を開いたが、対策がどこまで実効性を持つかは未知数だ。加えて止まらぬ円高が日本経済の前途に暗い影を落とす。卒業単位を取得していても留年を認める希望留年制度や、既卒者対策に力を入れる大学も増えてはいるものの、就職難は展望の見いだせない状況が続く。

(中略)

 文部科学省が今月発表した学校基本調査速報によると、今春卒業した大学生の就職率は60・8%で、前年からの下げ幅は過去最大のマイナス7・6%だった。進学も就職もしていない進路未決定者は約8万7000人で、高卒も含め15万人近くが行き場がない。

 就職情報大手「毎日コミュニケーションズ」のインターネットサイト「マイナビ」編集長の望月一志さんは「来春も今年と同程度か、それ以上の規模の未決定者が出るのでは」と危惧(きぐ)する。

 高校生も大学生同様に厳しさを増しており、青森県内の高校の進路担当教諭は「求人数が昨年よりもかなり減っている。今までは高卒を採用していた企業が就職難の大卒や短大卒を採るようになった影響も大きい」と頭を抱える。

 同県は今春卒業した高校生の就職内定率が本州で最も低い88・4%。今年7月末現在の高校生の求人倍率は0・56倍と前年同時期(0・60倍)よりもさらに悪化している。

(中略)

 しかし、毎日新聞が今春実施した企業アンケートでは、11年春採用を前年と「同水準」か「減らす」と答えた企業が約6割に上り、抑制基調が続いていることを示している。

 小沢一郎は「政治経済は不安定な状況になりつつある」けれども「本来の日本人の精神力と知恵と力さえ持っていれば、このくらいの困難を克服するのは容易に可能だ」と悠長極まりないことを語るわけですが(参考)、現時点でも極めて状況は深刻であり、もはや精神力や知恵でどうにかなるレベルではありません。新卒時に採用機会が偏っているだけに新卒者の就職は既卒者のそれに比べれば格段に枠が大きいはずなのですが、その特別な採用枠をあてがわれているはずの新卒者でさえごらんの有様なのです。

 一方で、中小企業が人材確保に苦慮する状態が続く。ディスコの調査では、今年7月までの採用結果の満足度を聞いたところ、従業員300人未満の中小企業で「質・量ともに満足」と答えた企業は29・5%。昨年に比べ8ポイント近く悪化した。

 就職支援会社「ブラッシュアップ・ジャパン」のアドバイザー、奥村極さん(30)は「就職が決まらないのは不況のためだけでなく、企業側と学生のミスマッチもある」と分析する。既卒者でも中小やベンチャー企業は採用意欲が高いが、求職者は不況下で安定志向を強め、大手や公務員を目指す傾向が強いという。

 ……で、相も変わらずこういうことを言う人もいるわけです。中小なら求人はある、大手ばかりに目を向けていないで中小に行けばいい、と。何というか、昨今の就職事情というものがわかっていないのだなぁ、と思います。そりゃ大企業に比べれば中小企業への応募者は少ないかも知れませんが、だからといって応募者が求人数を下回るようなことなど例外中の例外に止まるのではないでしょうか。中小だって採用する側が選り取り見取りの状況であることには変わらない、逆に求職者からすれば中小に応募したところで採用される確率は極めて低いままなのです。ミスマッチが0とは言いませんが、それは決して有意な要因ではありません。根本的に採用数が少ないだけの話です。

 求職者に向けて「選り好みしなければ仕事はいくらでもある」とはよく言われることですが(有効求人倍率は0.5倍程度しかないのに?)、企業側に対して「選り好みしなければ人はいくらでもいる」とは決して言われないものです。就職活動をしていると年がら年中求人広告を出している会社がやたらと目に付くのですが、試しに応募してみたところですげなく追い返されるのが関の山だったりします。こっちは妥協して応募しているのだから、おまえも妥協しろよと言いたくもなりますが、これが労働者と雇用者の力関係なのでしょう。結局、中小企業は身の程も省みずに高望みする、大企業でも欲しがるような逸材が自分のところにも来てくれると信じて、青い鳥を待ち続けているわけです。

 「既卒者でも中小やベンチャー企業は採用意欲が高い」と引用元では断言されていますけれど、俄には信じがたい話です。採用意欲が高いのは規模に関わらず景気のいいところに限った話で、むしろ経営が不安定になりがちな中小ほど採用抑制に走る傾向は強いのではないでしょうか。そして「不況下で安定志向を強め」たのは求職者以上に採用側ではないかと思われてなりません。当たり外れのある人選を避け、従順な会社の歯車になってくれそうな人に絞り込む、冒険をしなくなったのは採用側であり、中小企業までもが大手企業と同レベルの人材を欲しがるようになった結果が今に至るわけです。確かに不況ともなると、好況時ならば大企業に入れたであろう人が枠から漏れ、やむなく中小企業に応募してくることも増えるのでしょう。そうなると中小企業が勘違いして採用の基準を引き上げる、結果として中小企業にすら入れなくなる人も出てくる、それが現在です。ミスマッチ云々と言葉を濁して、それとなく責任を求職者側に押しつけようとしている限り現状認識すらすることができない、問題解決のためのスタートラインにすら立てていないと言えます。

 

 ←応援よろしくお願いします

コメント (5)

下流マーケティングを捨てよ!(ついでにコンサルも捨てろ)

2010-08-26 23:00:42 | ニュース

中流マーケティングを捨てよ!
“下流が主流”の時代のビジネスのあり方(日経ビジネスONLINE)

 今ではほとんど耳にしなくなった「1億総中流」という言葉は、日本市場の特徴をよく言い当てていた。日本市場は中流層のボリュームが厚いだけでなく、中流意識は一部の上流層や多くの下流層にまで及んでいた。もちろんかつての日本にも所得格差はあり、年収400万円未満の下流層は少なからず存在していた。しかしながらその多くは若年層であり、彼らは「年齢とともに所得は上がる」と考えていた。つまり彼らは現実の所得水準が下流であっても、意識は中流であり、消費意欲も高かったのである。

 しかし現在、今まで日本の消費市場を支えてきた中流層が急速に空洞化している。たとえば10年前に年収200~300万円程度であった若年層の多くは、その後所得が増えず、中流層へのステップアップができていない。また10年前に年収500~1000万円程度であった中年層の一部は、リストラなどによる収入の大幅減により、下流層への転落を余儀なくされた。

 国民生活基礎調査のデータによると、2008年の世帯平均所得は548万円。10年前の655万円から100万円以上も減少している。

 今日は久しぶりに日経の記事を読んでみます。↑ここまで引用した範囲は、割とマトモというか普通のことを言っているのですが、その先がなかなかキレています。まるで週刊ダイヤモンドの記事のようなアホらしさで、いかにも経済誌らしい現実から乖離した主張が展開されます……

 中流層の没落と下流層の拡大という現実に対して、「正社員と非正規社員の格差が問題だ」という主張が勢いを得ている。確かに中流層には正社員が多く、下流層には非正規社員が多い。しかし規制などによって非正規社員の雇用を抑制しても、下流化の流れは止められないであろう。企業が非正規社員を拡大させることによって人件費を抑制しようとしたのは、既得権で守られた正社員の賃金を下げにくかったからだ。言い方を変えれば、非正規社員は、人件費抑制のしわ寄せを受けた被害者であり、その加害者(受益者)は正社員であったと言うこともできる。だから非正規社員を正社員化し、彼らが加害者側に回れば問題が解決するということにはならない。非正規社員の増加は、あくまで表面上の問題にすぎないのである。

 問題の根源をさかのぼるならば、グローバル化こそが日本人の所得減少の“元凶”であると考えられる。経済が地球レベルで一体化する現実の前では、日本人だけが高所得を謳歌するわけにはいかないのだ。現在日本の労働者の多くは、アジア諸国の5倍から10倍の賃金で処遇されている。日本人労働者は概して勤勉で、教育水準も高く、その労働価値は新興国の労働者より高いと考えられる。しかし、だからといって、日本人労働者の生産性がアジア諸国の労働者より5倍以上も高いとか、5倍以上も付加価値の高い仕事をしているということはないであろう。

 したがってグローバル化が止められない以上、日本人労働者の賃金の下落は今後も続くと考えざるを得ないのである。

 非正規社員が人件費抑制のしわ寄せを受けた被害者というのは間違っていないのでしょうけれど、その加害者として正社員を挙げるのは、いかにもビジネス本ばかり読んでわかったつもりになっているだけの、労働の現場を見ていない人にありがちな言説です。もちろん彼ら財界の太鼓持ちからすれば雇用主に批判の矛先が向かう事態だけは絶対に避けたい、そうなると代わりの「加害者」を真犯人として差し出さなければならないわけで、消去法的に正社員(あるいは中高年)を犯人として提示するほかないのかも知れません。しかし、人件費削減を推し進めた人ではなく、非正規社員と同様に賃下げ圧力に晒されている層を「加害者」と呼ぶのは、いくら経済誌でも非論理的に過ぎるのではないでしょうか。

 曰く、「企業が非正規社員を拡大させることによって人件費を抑制しようとしたのは、既得権で守られた正社員の賃金を下げにくかったからだ」とのこと。正社員でも賃下げが珍しくない日本に在住する身としては、いったいどこの国の話をしているのかわかりかねるところもありますが、ともあれこれでは、なぜ企業が人件費を抑制しようとしたのかを説明できていません。賃下げを強盗に置き換えてみるなら、「強盗が個人商店を狙って押し入ったのは、警備員に守られた大型店には侵入しにくいからだ」と説明するようなものです。標的が選ばれた理由はともかく、なぜ強盗に入ったのかは、全く説明できていませんよね? そしてこの日経の記事の論理によると、この場合の「加害者」は難を逃れた人=つまり強盗に入られなかった大型店ということになるわけです。こんな強弁は、それこそ経済誌でしか通用しないものです。

 正社員が既得権益とやらによって守られたかと言えば、当然ながらそんなことはなく、リストラされたり賃下げされたりしたケースも少なくなりません。採用抑制と並行して、まず給与の高い中高年をリストラし、そこを薄給の若年者や非正規労働者で穴埋めしていくことで現在の労働環境が作られたわけです。むしろ直接の被害者は過去に席を奪われた元・正社員であり、現・正社員は難を逃れただけと言うべきでしょう。たとえば地下鉄サリン事件で生き残った人を加害者と呼びますか? リストラや賃下げの嵐から免れた人を加害者と呼ぶのなら、何らかの事件で運良く被害を免れた人をも加害者として糾弾しなければならないことになるわけで、何とも無茶苦茶な話です。構造改革・規制緩和とは中流を攻撃して下流に落とすものであり、そこで下流に落とされた人々は被害者と呼ばれるべきですが、落とされることなく中流に残れた人を加害者と見なすのは八つ当たりもいいところです。誰が「落とした」のか、その辺はいい加減に直視して欲しいところです。

 また全般的な賃金下落傾向の原因をグローバル化に求めているわけですが、これもまた酷いこじつけです。グローバル化で賃金が下がっているのは、むしろ日本だけである、日本は例外中の例外であることもまた直視しなければならないと思います。日本以外の国ではグローバル化と同時に経済成長を続け、賃金水準も上がっている、格差が拡大するところはあっても、全体としてみた場合の賃金は日本と違って上昇するのがグローバル経済における「普通」ではないでしょうか。なぜ日本国内の給与水準だけが下がり続けるのか、日本における「グローバル化」という言葉の何となくネガティヴなイメージに頼るばかりで、本当の原因については何一つ説明できていません。

 ……で、そこから先は見出しにもあるように引用元の著者は「これからは下流ビジネスだ」と説き始めるのですけれど、どこまで頭が悪いのだと呆れるほかありません。内需型の企業が軒並み下流向けにシフトして値下げと賃下げを繰り返してきたからこそ、今の日本経済の惨状があるわけです。この状況を打開するためには貧乏人を対象としたビジネスから脱却することが求められるのではないでしょうか。一足先に下流ビジネスに乗り出した企業は一人勝ちを収めた、だから下流ビジネスが伸びているように見えるところもあるのかも知れませんが、特定の会社ではなく業界全体を見渡せば、経済規模が無惨な縮小を見せていることに気づくはずです。今さら下流ビジネスに手を出したところで、不毛な利益の削り合いが待っているだけ、引用文の著者はコンサルタントとのことですが、こういうアホなコンサルタントに騙される経営者が出ないことを祈るほかありませんね。

 

 ←応援よろしくお願いします

コメント (12)

小沢はもう引退しろ

2010-08-25 22:59:39 | ニュース

【小沢氏講演要旨】「日本のあらゆる分野で精神の荒廃、劣化が急速に進む」(産経新聞)

 この「(小沢一郎)政治塾」は、下世話な政局話をする場ではない。

 今後のことを考えると、外需に頼りきりの日本経済は大きな打撃を受ける。中国は経済的崩壊が政治的動乱につながる恐れがある。政治経済は不安定な状況になりつつある。本来の日本人の精神力と知恵と力さえ持っていれば、このくらいの困難を克服するのは容易に可能だ。しかし、今日の日本社会を見るとあらゆる分野で、政界、官界、財界、一般社会においても、精神の荒廃、劣化が急速に進んでいる。規律、モラルという美徳がかけらもみられなくなった。

 絶対にあり得ないと思っていたアメリカ社会で、黒人大統領が誕生した。危機にあって変革を訴えた(オバマ)大統領を選択した。私は決してアメリカ人を利口だと思っていないが、自分の意志による選択を実行していることを高く評価している。

 政治経済ともに困難な時にあたって、日本人自身が自立した人間(になって)、自分で判断し、行動し、責任を持ち、きちんとしたモラルを身につけることが大事だ。今こそ急がば回れ、教育に思いを馳せなければならない。

小沢氏「米国人は単細胞、英国は紳士面してる」(読売新聞)

 民主党の小沢一郎前幹事長は25日の「小沢一郎政治塾」の講演で、米国観を語り、「米国人は好きだが、どうも単細胞なところがあってだめだ」と述べた。

 米国のオバマ大統領について「絶対、黒人大統領はあり得ないと思っていた社会で、黒人大統領が誕生した。黒人が出たら暗殺されるといううわささえ以前にはあったが、この危機にあたって変化を強調したオバマ氏を選んだ」と指摘。「決して米国人は利口だと思っていないが、民主主義、危機にあたって国民の意思による選択がきちんと実行されていることを非常に高く評価している」と強調した。

 また、小沢氏は「政界でも官界でも財界でも、精神の荒廃、日本人の劣化が急速に進んでいる」と問題提起。第2次世界大戦を舞台にした映画「戦場にかける橋」に登場する英国人捕虜の規律正しさを紹介し、英国を「さんざん悪いことをして紳士面しているから好きではない」としながらも「祖国のために戦う軍隊も、自分たちの意思で(作った)という意識がある。自分たち自身の社会であり、国であるという民主主義の基本の意識が徹底している」と評価した。

 もう最初の記事だけでおなかいっぱいなのですが、あまりにも内容がアレなだけに産経が作文しているのではないかと感じる人もいるような気がしますので、読売の記事も載せておきます。ついでに日経でも似たような報道はありました。マジで、こんな発言をしていたというわけです。こんな妄言を言い出すようでは、もう小沢も終わりですね。小沢の取り巻き連中は出馬のお膳立てなんかしていないで、さっさと引導を渡してやったらどうかと思います。

 小沢一郎は「決して米国人は利口だと思っていない」としつつ(これも十分、暴言です)、「黒人が出たら暗殺されるといううわささえ以前にはあったが、この危機にあたって変化を強調したオバマ氏を選んだ」アメリカを「危機にあたって国民の意思による選択がきちんと実行されていることを非常に高く評価している」そうです。ふむ、それを言うなら小沢の選挙戦と政権交代も似たようなものでしょう。小沢が前面に出れば各種の疑惑をほじくり返される噂ぐらいは当然あった中でも、一応は変化を強調した党を選んだのが日本の有権者でもあります。私は民主党に託すという選択肢を決して評価しませんけれど、民主党の元代表であり、衆院選を牽引した小沢の立場からすれば、一度は民主党を勝たせた「国民の意思による選択」だって、もっと評価しても良いのではないでしょうか。

 しかるに小沢曰く「一般社会においても、精神の荒廃、劣化が急速に進んでいる」そうです。まぁ、かつては小泉を大勝させ、その路線を継ぐ党である民主党を勝たせるような有様は、劣化と呼ばれるべきなのかも知れませんね。精神が荒廃し、劣化した人が選んだのがおまえの党なんだよ、と。そして引用の順番が前後しますが、「本来の日本人の精神力と知恵と力さえ持っていれば、このくらいの困難を克服するのは容易に可能だ」とも小沢は語ります。昔は良かった、ということでしょうか。では日本人が「本来の」精神力と知恵と力を持っていたのはいつの時代なのか、その辺を小沢には聞いてみたいところです。

 言うまでもなく、今の日本に必要なのは小沢の説くような精神論ではありません。求められるのは正しい現状認識と合理的な対策です。しかるに小沢の認識では「今後のことを考えると、外需に頼りきりの日本経済は大きな打撃を受ける」「政治経済は不安定な状況になりつつある」と、実に暢気なものです。もうとっくに大きな打撃を受けている、金融依存の国なんかよりもずっと大きな景気後退の波に掠われたのが日本であり、異常なデフレ経済、かつ国家元首が1年やそこらでコロコロと交代する不安定極まりない政治情勢がもう何年も続いているのですが…… もはや「今後」「なりつつある」などと悠長に語っていられる場面ではないということが小沢には理解できないのでしょうか? しかも「本来の日本人の精神力と知恵と力さえ持っていれば~」と精神論を持ち出すことしかできないでいるのなら、もう小沢の役目は終わった、さっさと退場してくれと言うほかありません。

 

 ←応援よろしくお願いします

コメント (4)   トラックバック (5)

鶏口

2010-08-24 22:57:23 | ニュース

日本企業は世界に比べてどうして小粒なのか?(R25)

不況、さらには少子高齢化や財政赤字などの構造問題に苦しんでいるとはいえ、今なお世界第2位の経済規模を誇る日本。世界にもその名を知られる日本企業も数多い。そのブランド力とスケールはまだまだ健在のはず…と思いきや、ショッキングなデータが。

世界の時価総額ランキング100位に、果たして日本企業は何社入っているか。これが、わずか6社しかないのだ。トヨタ自動車、NTTドコモ、NTT、三菱東京UFJ銀行、ホンダ、任天堂。これだけなのである。なぜ、こんなに寂しい結果が? エコノミストの門倉貴史さんはいう。

「時価総額とは、発行株式数×株価で計算されますが、株価はその企業の将来性によって決まります。日本の場合、ひとつの業界に多くの企業がひしめきあって1社あたりの利益率や成長性が低くなっており、株価が上がりにくい。対して海外では、ひとつの業界に数社しか存在していないので、競争が激化せず、1社あたりの利益率や成長性が高くなる。その結果、株価が上がりやすくなるんです」

 世界の時価総額ランキング100位に日本企業は6社しか入らないというデータが出てきたわけです。引用元の記者は「(日本企業の)ブランド力とスケールはまだまだ健在のはず」と淡い夢を抱いていたようですが、日本企業のブランド力とスケールという自己イメージの上に胡座をかいてきた結果は無惨なものです。小手先の業務カイゼンや経費削減(人件費カット)に明け暮れてきた日本企業の誤りは、いい加減に自覚されるべきでしょう。

 日本の企業は「ひとつの業界に多くの企業がひしめきあって1社あたりの利益率や成長性が低」いことを門倉貴史氏は指摘しています。要するに産業の集約化が進んでいないこと、そして国内の過当競争が日本企業の足枷となっているわけです。この指摘は妥当なものであるように思われますが、まさにこの点こそ日本の企業が背を向けてきた部分なのかも知れません。とかく日本では競争が肯定的に語られる、競争してこそ成長があるのだ、もっと競争すべきなのだと説かれてきました。とりわけ熱心に競争の必要性を喧伝してきたのが政財界でもあるならば、今さら過当競争を是正しようという方向へは舵を切りにくいところもありそうです。

 独占状態には弊害もあるわけですが、その対極である過当競争にも弊害は大きい、そして今の日本が心配すべきなのはどちらなのか、よく考えてみる必要があります。デフレの真っ最中であるにも関わらずインフレのリスクばかりを煽り立てるような愚を犯してはなりません。そもそも財界筋の語るような「厳しい国際競争」が存在するのなら、国内で競争する必要などないのではないでしょうか。国内で寡占状態になったところで、グローバル経済の元では国外の企業との競争が待っています。国内で競争せずとも世界レベルで見れば競争は絶えない、競争原理を好む人を退屈させるようなことにはならないのですから。

 引用元で門倉氏は法制度が十分に整っていないために企業のM&Aが進まないとも語っていますけれど、付け加えて言うならば日本は企業を放任しすぎているところもあるような気がします。競争原理だけではなく市場原理主義もまた日本経済の特色であり、政治は不況でも円高でも無策のまま全てを企業の自由に任せてきました。そうなると企業は人件費カットなどを通じて自社の延命を図るばかりです。ここはむしろ政治が介入する必要もある、半ば国策的にでも産業の集約化を推し進める必要もあるのではないでしょうか。「成長産業」なんて当たるかどうかわからない博奕を打つぐらいなら、政府の肝いりで国際的に通用する企業を作る、そのために既存企業の統合を積極的に後押ししていくことももっと真剣に検討されるべきです。

 

 ←応援よろしくお願いします

コメント (2)

決断と責任のアウトソーシング

2010-08-23 22:57:53 | ニュース

国民に選ばせる歳出削減策…英でネット投票(読売新聞)

 財政赤字削減を目指す英国の財務省が、国民から公募した歳出カットのアイデア約4万4000件をインターネットのサイト上に公表し、有力な削減策を絞り込む“国民投票”を始めた。

 国民の意見を反映させることで世論をバックに財政再建を目指すユニークな試みとして注目されそうだ。

 英国の2010年度の財政赤字は1490億ポンド(約20兆円)に達する見込みで対国内総生産(GDP)比率は10・1%と、欧州連合(EU)27か国の中で高水準にある。5月に発足した保守党と自由民主党による連立政権は財政赤字削減を最優先課題に掲げ、GDP比率を15年度に1・2%まで下げる目標を打ち出した。そのために、増税と歳出カットの組み合わせで、10~14年度に計約1200億ポンド(約16兆円)の収支改善を目指している。しかし、歳出削減で市民サービスの低下なども見込まれるため、オズボーン財務相は、「(政府の支出も)無駄をなくすと同時に、メリハリをつける必要がある」として国民の知恵を借りることにした。

 イギリスでもこういうことがあるようですが、愚策と言わざるを得ません。挙げられた個々の「アイデア」自体が愚かしいものばかりですけれど、それを差し置くにしても国民に具体策のレベルで判断を仰ぐというのは本末転倒ではないでしょうか。国民は信頼して政治を任せられる人を選び、そうして選ばれた政治家が政策を決定するのが間接民主制というもののはずです。もし国民に具体的な政策を選択させるのであれば国民全員に政治家と同等の政策理解を求めたいところですが、それは国民に取ってこそ負担の大きいことでしょう(私だって関心のあるテーマはともかく、無関心なテーマまでは手を回せませんし)。あるいは国民に政治を勉強させることなしに具体策を選択させるとしたら、それは政治家が責任を放棄して素人判断に任せるということですよね?

 国民が選んだとなれば、その「民意」を後ろ盾として異論を抑え込むことが容易となります。もはや政策の理非を論じる必要はなく、「これが国民の声なのだ」と押し通せば済むのですから。ある意味で日本的な政治手法とも言えますが、イギリスは日本の失敗に学ぶつもりはないのでしょうか。ともあれ、「民意」によって選ばれた政策ともなれば、それに反対の声を上げることは難しくなります。曲がりなりにも国民の声である以上、それを尊重しないわけにもいかないのが政治家の辛いところです。

 財政再建と称して公共サービスを削減した場合、それによって不利益を被る人も当然ながら出てくるわけです。そこで公共サービス削減を決定したのが政治家であるのなら、普通は政治家が不平不満の矢面に立たされます(日本の場合は官邸主導で強引に決められた結果であっても、不平不満は政治家ではなく官僚に向けられる傾向も強いですが)。しかるに、公共サービス削減を政治家の決断ではなく民意の決定という形で断行した場合はどうなるでしょうか? 決めたのは特定の政党や政治家ではない、決めたのは国民なのだ、と。こうなると不平不満が政治家に向かわず、あくまで国民が決めた結果なのだということで批判が飲み込まれやすくなると予想されるわけです。そうなれば政府側としては願ったり適ったりなのでしょうけれど、このような手法を採る政治家は卑怯ですし、決して信用してはならないと思います。

ソフト会社、図書館側に不具合伝えず アクセス障害問題(朝日新聞)

 愛知県岡崎市立図書館のホームページにサイバー攻撃をしたとして男性(39)が逮捕された後、朝日新聞の取材で図書館のソフトの側に攻撃を受けたように見える不具合があることが発覚した問題で、ソフトを開発した三菱電機インフォメーションシステムズ(MDIS)は、2006年の段階で不具合を解消した新しいソフトを作っていたことがわかった。

(中略)

 MDISは06年、不具合を解消した新ソフトを開発。東京都渋谷区など全国約45カ所に納入した。しかし、一部では旧ソフトが更新されずに使われ続け、広島県府中市で08年末、石川県加賀市で09年夏、大阪府貝塚市で09年末に閲覧障害が起きた。

 ちなみに冒頭のイギリスの歳出削減案の一つに「コンピューターの基本ソフトの更新頻度を減らしたり~」とありますが、ソフトを更新しないと色々と不具合が起こります。上記の例はソフトが更新されず古いままであったために一般利用者の巡回行為をサイバー攻撃と誤認、逮捕までしてしまったという話です。これもまた酷い話ですが、逆にサイバー攻撃を認識できず、情報漏洩してしまうリスクもまた古いソフトの継続利用には伴うわけです。未だにWindows2000を使い続けている役所も少なくないと聞きますが、歳出削減と称して更新を怠った結果として住民情報を流出させるなんてことがあったら、それこそ目も当てられません。時には政治家までが世論に便乗して「もっと削れるだろう」と素人判断で迫ることも多いですけれど、そのリスクはもうちょっと考えられる必要があります。

 

 ←応援よろしくお願いします

コメント (4)

しつけと体罰

2010-08-22 22:58:27 | ニュース

“満塁男”駒田氏が、最近の虐待事件に怒り露わ(Sports Watch)

元プロ野球選手で、現在は野球解説者の駒田徳広氏。「満塁男」の異名を持った往年の名プレーヤーが、自身の公式ブログ「駒田徳広の一言いわせて」(26日更新分)において、最近報道が続く幼児の虐待事件に怒りをぶつけた。

「また、幼児虐待の事件が。」というタイトルでブログ綴った駒田氏は、同事件を「90年以降、どんどん増える傾向にある」とし、「90年と言うと、僕らが親になった世代。親や先生にビンタを食らった最後の世代だ。それから、どんどん大人が子供に手を上げる事がなくなり、今の幼児の親達は全くそんな経験がない人がほとんどだ」と述べると、「それなのに、なぜ虐待が減らないのか。自分がされた事がない、一番嫌な事をなぜ子供に出来るのか、全く理解出来ない」と持論を展開する。

また、その持論に賛否こそあるだろうが、ブログの最後では「原因は何であれ、甘やかされた子供が大人になって虐待事件を起こしているのは間違いない。綺麗事の教育では、今後もこのような事件が減らないと思うのは僕だけか」と語る駒田氏だった。

親にされた方法でせっかん 埼玉少年殺害、社長供述(産経新聞)

 埼玉県八潮市の中川で、元派遣作業員、永津隼さん=当時(18)=の遺体が見つかった事件で、殺人と死体遺棄の疑いで再逮捕された千葉県松戸市古ケ崎、派遣会社社長、豊嶋貴博容疑者(46)が「自分が幼いころ親にやられていた方法でせっかんした」と供述していることが21日、捜査関係者への取材で分かった。

 県警草加署捜査本部によると、豊嶋容疑者ら逮捕された3人は6月3日夕、豊嶋容疑者のマンションで永津さんの両手足を縛り、風呂に沈めるなどして殺害するなどした疑いが持たれている。捜査関係者によると、豊嶋容疑者らは永津さんの服を脱がせて全裸にした上で犯行に及んでいたが、豊嶋容疑者自身も幼いころ、親に同様の方法でせっかんを受けた経験があるという。

 永津さんは約2年前から豊嶋容疑者の会社で働き、豊嶋容疑者宅や事務所で寝泊まりしていたこともあったが、事件当時は実家近くの公園などで野宿していた。捜査関係者によると、豊嶋容疑者は「面倒を見ていたのに何度も逃げ出した。真人間にしたくてせっかんしたかったが、方法が分からなくて自分と同じ方法でやった」と供述しているという。

 最初に引用した方のニュースはちょっと前のものですけれど、記事に出てくるのと似たような感覚は少なからず世間に蔓延しているのではないでしょうか。しかるにその感覚が現実と符合するものかと言えば、その辺は2番目に引用した記事を見比べた上で判断していただければと思います。

 しばしば体罰肯定論者は過去と現代の双方を歪曲して語るものです。現代の体罰を禁止する教育はダメだなどと説かれることもあるわけですが、制度上のことを言うなら現代だけではなく、戦前の学校教育でも体罰は禁止されていました。そしてこの辺は、現代も戦前も大して守られていないのが実態ではないでしょうか。体罰事件がメディアを賑わすことは児童虐待事件と同じくらいにありふれたことですし、児童虐待は昔から珍しくなかった(参考)、嬰児殺は昔の方がずっと多かったわけでもあります(参考)。体罰の効能などない、むしろ悪影響を類推した方が妥当というものです。

 駒田氏は自らのブログで「殴られた事がないから、痛さや辛さが分からないのか?」とも書いていますけれど、殴られたことがあるからこそ、相手を痛めつける方法を知っていると見るべきだと思います。体質の古い運動部であれば、いかにして下級生を苦しめるかというノウハウが受け継がれているものですが、学校教育や家庭教育、しつけにおける体罰も同様の役割を果たしているのでしょう。「真人間にしたくて」という自己正当化の論理を盾に暴行を加える、そこに親から(もしくは教師から、先輩から)教わった折檻の技術を用いるわけです。「甘やかされた子供が大人になって」暴行事件や虐待事件を起こしているのではなく、幼少期から暴行や虐待に親しんできたからこそ事件を起こすのだということを認識する必要があります。あるいは、「しつけのための体罰は許される」という世論に甘やかされてきたからこそ暴行や虐待に至るとも言えるでしょうか?

 

 ←応援よろしくお願いします

コメント (25)