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自給率100%の牛乳?

2015-03-31 22:48:30 | 社会

自給率100%の牛乳を値上げしなければいけないワケとは(dot.)

 農林水産省の食料需給表によると、2013年度に国内で消費された飲用向け生乳はすべて国産である。自給率は100%だ。それなのに牛乳の価格を値上げしなければならないのは、乳牛が食べる飼料の価格上昇が大きな原因だ。(一社)中央酪農会議によると、トウモロコシや乾牧草など飼料の多くは輸入に頼っており、生乳の生産にかかる流通飼料費は2013年までの過去4年間、上昇傾向にあるという。中央酪農会議のニュースレターでは、酪農家が直面する状況も具体的に伝えている。

 新潟市で95頭のホルスタインを飼育している株式会社Moimoiファームでも飼料はすべて輸入品で、この1年間で調達価格が1割~1.5割も値上がりした。生産コストの約半数を占める飼料費の上昇は、多くの酪農家がかかえる経営不安定の要因といえそうだ。また、酪農経営の環境改善には値上げだけでは解消できない課題も多い。若年層の就労者不足や後継者問題など、次世代の担い手に引き継ぐ方策がなかなか見いだせないのだ。

 

 なんと言いますか、日本における食糧自給論議のレベルの低さを窺わせる一節がありますね。曰く「飲用向け生乳はすべて国産である。自給率は100%だ」とのこと。その論理なら日本の食糧自給率は70%くらいになりそうなものですが、世間では自給率が40%を切った云々と叫ばれているのですから不思議な話です。この辺は結局のところ「自給率」という言葉を都合良く使い分けているからと言えます。一口に「自給率」と言っても算定の仕方は一つではない、にも関わらず基準の違いを明示しないことで都合良く印象操作を計る、そういう記者は多いです。

 例えば朝日新聞の大岩ゆり記者など、被曝「線量」を語る際に、それが等価線量なのか実効線量なのかを伏せておくことで、福島周辺地域における被曝量を実際より大きく見せかけてきたのは一部で有名な話です。自給率に関しても然り、日本伝統の「カロリーベース」での計算によるものと、もう少し一般的な生産額ベースの自給率などがあるわけです。脳天気に「全て国産なのだから自給率100%」と語っているのが上記引用の記事ですが、自給率が下がっていると危機を煽るためにはカロリーベースの計算が一般に使われており、この場合は家畜に与える餌の国産/輸入比率による補正が行われます。専ら輸入した餌を食べて育つ国内の家畜から収穫された肉や卵や乳の自給率は……

 食に関しては至って排外主義的、陰謀論的な世界観を隠せないでいる人も多く辟易させられるところです。ことによると安倍内閣の面々のような公然たるタカ派よりも、ハト派ぶっているけれども心の底では被害妄想や諸外国への疑心に凝り固まっている人の方こそタチが悪いのではないかな、と私などは思いますね。曰く「広い意味での戦争は、我が国でなく他国から、武器を使わずに仕掛けられることもあります」だとか、その頭の悪さには目眩がします。国際的な枠組み作りや輸出入の促進への反対を、外国脅威論に基づいて展開しているのは、実は平和主義を装っている人にこそ多かったりはしないでしょうか?

 現実には日本の畜産業は海外からの飼料輸入があって成り立っているものです。そもそも現代の日本で飼育されている家畜の多くは、日本土着の動物ではなく近代に海の向こうから届けられた種でもあります。ついでに香川のうどん文化なんかも、現代はオーストラリアからの小麦輸入があって成立しているわけです。食料輸入を悪であるかのように主張して憚らない国粋主義者も見受けられますけれど、既に海外の食料生産者とのパートナーシップは日本の食文化の欠かせない一要素として定着している、それを否定することはこれまで日本の食文化を支えてくれてきた海外のパートナーに対してあまりにも敬意を欠いた話ではないかと、そんな風にも思いますね。

 先日は民主党幹事長の枝野が「金目だけではない一次産業の価値というものをしっかりと支える」云々と宣っていましたが、こういうのはまさに最悪ではないでしょうか。引用元では「若年層の就労者不足や後継者問題など、次世代の担い手に引き継ぐ方策がなかなか見いだせない」とのことですけれど、結局は「金にならないから」こそ新規就労希望者が出てこない、ひいては後継者がいないわけです。儲からない仕事は本当に一部の勘違いした人しかやりたがらないもの、逆に儲かる仕事なら多少の汚れ仕事でもやりたがる人はいるものです。「値上げだけでは解消できない課題も多い」とも伝えられていますが、値上げした分が酪農家の所得に直結するようになれば、事態は変わってくることでしょう。まぁ不毛な値引き競争を繰り広げた牛丼業界もあれば、デフレ不況の中でも価格の維持に概ね成功した宅配ピザ業界など、この辺は「立ち回りの巧みさ」が問われるところです。昨今だけではなく高度経済成長期の頃から値上げの波に乗れなかった酪農業界にはコスト削減などとは正反対の方向での努力が求められるのかも知れません。

 

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不当解雇は防げない

2015-03-28 23:04:47 | 雇用・経済

不当解雇に解決金制度 規制改革会議が意見書(日本経済新聞)

 政府の規制改革会議は25日、すでに裁判で不当と認められた解雇を、金銭補償で解決する制度の導入をめざす意見書をまとめた。解雇された労働者から申し立てがある場合だけに適用する制度とする。不当解雇をめぐるルールを明確にし、労働者が泣き寝入りを迫られる事態を防ぐ。経営者側も労働紛争の決着を見通しやすくなる。

 6月をメドに政府が閣議決定する規制改革実施計画にこうした方針を反映する。法整備に向けた議論が動き出すが、曲折も予想される。

 解決金制度は裁判で不当解雇と認められたとき、労働者が職場に戻るかわりに、法律で定められた一定額の補償金を使用者から払い、雇用関係を解消する仕組み。

 規制改革会議は意見書で「金銭解決の選択肢を労働者に明示的に付与し、選択肢の多様化を検討すべきだ」と提起した。ただ、不当解雇と認められたなら職場に復帰したい、という労働者もいる。あくまで「労働者側からの申し立てのみ認めるべきだ」と強調した。

 

 例えば某A新聞ですとか、主張の中身とは裏腹に現政府への評価という点では終始一貫しているメディアだったりしますと随分と印象の異なる伝え方がされていたりもするのですが、とりあえず規制改革会議の提言内容としてはここで引用した日経の記事が概ね適切でしょうか。引用元リンク先に掲載されている図は今一つ実態を正しく反映していないフシもありますけれど、「金銭を払って解雇する」という事前型の金銭解決を政府は検討して「いない」とも伝えられています。

 そもそもが金銭の支払いなど行われないまま一方的に解雇されるケースが普通なのですから、逆に解雇に際して雇用主に金銭支払いの義務など課してしまえば、それは――制度が遵守されるという前提において――実質的に規制強化でもあるわけです。実際問題として日本は解雇自由が現状なのに、解雇するなら金を払えということになれば、政府与党は元より野党第一党、第二党などが大切にしてきた層からの反発は避けられません。雇用主寄りの政党、政治家であるほど変更がない方が好ましいと内心では考えているものなのではないでしょうか。

 ここで問題となっているような労働契約法の他、労働基準法など労働者を守るべき法律は実態が完全な親告罪ともなっているわけです。法律の違反を取り締まる権限を有している人々が、自主的に違反者を取り締まってくれるものではありません。あくまで被害者が裁判に訴えるなどして初めて法律を適用すべきかどうかが検討される、それが現実の運用です。上で伝えられている内容も然り、「すでに裁判で不当と認められた解雇」に対して金銭による解決という選択肢を設けようとしているだけの話です。

 しかし裁判所が企業の味方をした場合や、不当解雇の被害に遭った元従業員が法廷に出て行かずに泣き寝入りしている場合はどうでしょう? 労働契約法に違反した企業は法の裁きを受けることなく、平然と不法行為を続けるばかりです。日本における歪な労使関係を是正するために本当に行われるべきは、「すでに裁判で不当と認められた解雇」の扱いなどではなく、労働契約法・労働基準法を非親告罪として運用することです。告訴されることもなければ当然ながら取り締まられることもないまま安穏としている、そんな違法企業の犇めく日本の財界を主体的に浄化しようとすることが権限のある人々には求められます。

 

維新の党:足立衆院議員、秘書の残業代不払い宣言(毎日新聞)

 維新の党の足立康史衆院議員(比例近畿)は25日の衆院厚生労働委員会で質問に立ち、元私設秘書から未払いの残業代700万円を請求されたことを明かし「払うことはできない。私たち政治家の事務所は、残業代をきっちりと労働基準法に沿って払えるような態勢かと問題提起したい」と述べ、未払いを正当化した。

 足立氏は「私は24時間365日仕事をする。そういう中、秘書だけ法に沿って残業代を支払うことはできない」と持論を展開。元秘書からの請求に対しては「ふざけるなと思う」と強弁した。

 足立氏は経済産業省の元キャリア官僚。取材に対し「労働基準法は現実に合っておらず、見直しが必要だ。議論を喚起するために発言した」と述べた。

 

 尚この議員は「元キャリア官僚」だそうで、なんと言いますか「官僚を辞めた」という肩書きで活動している人々の言動を聞く都度、官僚機構ってのは意外に自浄作用を持っているんだなと感じたりします。それはさておき未払いの残業代を踏み倒そうとしている国会議員の存在が伝えられているわけです。自身が会長を務めるキヤノンの違法行為を咎められて法律が悪いのだと言い放った元・経団連会長を思い出すところでもあるでしょうか。ともあれ日本では、労働に関する法律を破っても処罰されないのが普通なのですから、こういう人が出てくるのは避けられません。

 「私は24時間365日仕事をする。そういう中、秘書だけ法に沿って残業代を支払うことはできない」というのが持論なのだそうです。ならば深夜や正月にでも足立議員に陳情しても受けてくれるのでしょうか。ともあれ歳費や各種手当てで年に2,000万以上の給付を受け取り、不逮捕特権など普通の国民にはない権利と権力を有する国会議員と、単なる私設秘書とでは残業代の扱いも違うだろうと考える人も多そうなものですが、野党側もとい「雇う側」の人間にとっては違うのかも知れません。人を働かせる立場の人は、自分よりもずっと薄給で権限も持たない人にまで多くを求めるものです。何の身分保障もない非正規社員にすら全人格的な奉仕を求め、ヒラ社員にも経営者意識を持てと平然と言ってのけるのが日本の会社です。この議員の発言は日本における雇用の在り方を端的に表わしているように思いますね。

 

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同じ調査に基づく報道

2015-03-25 22:53:06 | 政治

地域格差が悪化、6年ぶり高水準 景気回復実感広がらず(朝日新聞)

 地域格差が悪化していると感じる人の割合が6年ぶりの高水準になったことが、内閣府が21日付で公表した「社会意識に関する世論調査」でわかった。景気悪化を感じる人の割合も1年前より大幅に増えた。アベノミクスによる景気回復の実感が広がらず、格差の拡大を感じる人が増えている実情が浮かび上がった。

(中略)

 「悪い方向に向かっている分野」(複数回答)との質問では、「景気」を挙げる人の割合が30・3%と昨年同期の調査より11・3ポイント増えた。「地域格差」は29・6%と5・9ポイント増で、2009年の調査の31・3%に次ぐ6年ぶりの高い水準となった。

 

 さて内閣府の世論調査が公表されまして、それを新聞各社が報道しているわけです。まずは偏向報道のチャンピオン・朝日新聞ですが、「地域格差が悪化」と見出しに掲げています。しかし、地域格差が悪化していると「回答した人」が「29.6%」であることが伝えられこそすれ、実際に地域格差が広がっているかどうかを判断できるようなデータは提示されていません。まぁ、そういうメディアなのでしょう。しかし29.6%と言うのも微妙な数字ですね。反対に地域格差が広がって「いない」と感じている人が果たして何%いるのか、気になるところでもあります。

 

内閣府調査:「アベノミクス」恩恵実感できず(毎日新聞)

 内閣府は21日、「社会意識に関する世論調査」の結果を発表した。現在の日本の状況について「悪い方向に向かっている」と思う分野を複数回答で尋ねたところ、「景気」が30.3%で、昨年1月の前回調査から11.3ポイント増えた。「良い方向に向かっている」分野では「景気」は同11.6ポイント減の10.4%にとどまり、安倍政権の経済政策「アベノミクス」の恩恵を国民が実感できていないことがうかがえる。

 

 次は毎日新聞です。これも意図的なチョイスを感じないでもない見出しですけれど、あまり突っ込む要素はないでしょうか。実際のデータではなく感覚論に根ざした景気判断という点では朝日新聞と同等ですが、大元が世論調査であることを差し引いても、新聞なんてのは概ねそういうものですから。

 

内閣府世論調査 75%が「愛国心を育てる必要あり」…否定的な回答を大きく上回る(産経新聞)

 内閣府が21日付で発表した「社会意識に関する世論調査」で、「国民の間に『国を愛する』気持ちをもっと育てる必要があるかどうか」を尋ねたところ、75.8%が「そう思う」と回答した。平成26年の前回調査比で0.5ポイントの微減だが「そうは思わない」(12.5%)との否定的な回答を大きく上回った。教育現場などで愛国心を養う機会を増やすべきだという意見が大勢を占めた格好だ。

 他の人と比べて愛国心が強いかを聞いたところ、55.4%が「強い」と答え、「弱い」と回答したのは6.6%、「どちらともいえない」は37.9%だった。

 国民が「個人の利益」と「国民全体の利益」のどちらを大切にすべきかを尋ねた質問では、「国民全体の利益」が50.6%と、20年の調査から8年連続で半数を超えた。「個人の利益」との回答は31.4%だった。

 

 ネタ的に面白みのない毎日新聞とは対照的なのが産経新聞で、朝日新聞には政治色を隠して中立ぶる嫌らしさを感じるところなのですが、産経新聞には一種の突き抜けた潔さを感じないでもありません。引用した記事もとても同じ世論調査に基づいた報道とは思えないところ、でもまぁ探せばそういう項目もあるのでしょう。しかし産経新聞的には好ましい結果なのか嘆かわしい結果なのか微妙にも思えますね。例えば「他の人と比べて愛国心が強いかを聞いたところ、55.4%が『強い』と答え、『弱い』と回答したのは6.6%」とのこと、産経新聞としては愛国心の不足を訴えたいものと推測されますが、この世論調査を見る限り日本人の愛国意識は既に高めと言えそうです。

 あるいは「国民が『個人の利益』と『国民全体の利益』のどちらを大切にすべきかを尋ねた質問では、『国民全体の利益』が50.6%と、20年の調査から8年連続で半数を超えた」云々もどうでしょう。産経新聞は総じて個人主義に否定的、「公」という名の下に国家の利益を重視させたがっていたはずですが、やはり世論調査から見る限り、日本人は一貫して全体主義的、個人の利益よりも「全体」の利益を大切にすべきものと考えていることが明らかです。産経新聞が批判してきたような個人主義の横行など微塵も存在していません。

 そして「愛国心を育てる必要あり」云々も、やはり産経新聞が危惧するような愛国心の希薄化などとはほど遠い現状を窺わせる結果と言えます。日本人の愛国心は至って高いのが現実ですね。ただまぁ、「『国を愛する』気持ちをもっと育てる」という日本人の75%の考え方に私は疑問があります。国民に国を愛しなさいと教えるよりも、国が国民に愛されるよう努めることを求めるのが先というものでしょう。まぁ、個人の利益よりも全体の利益を尊ぶような社会においては、国ではなく国民の側が変わることを求められるものなのかも知れません。

 

悪い方向に向かう分野…「国の財政」最多39%(読売新聞)

 内閣府は21日、「社会意識に関する世論調査」の結果を発表した。

 現在の日本の状況で「悪い方向に向かっている分野」(複数回答)を尋ねたところ、「国の財政」を挙げた人が39・0%(前年比6・2ポイント増)で最も多かった。

 次いで、「物価」が31・3%(同5・6ポイント増)、「景気」が30・3%(同11・3ポイント増)だった。「景気」を挙げた人が急増したのは、昨年4月の消費増税後に個人消費が落ち込んだことなどが影響したとみられる。「良い方向に向かっている分野」(複数回答)でも、「景気」は前年の22・0%から10・4%に半減した。

 「悪い方向」で「外交」を挙げた人は25・2%で、前回38・4%から大幅に減少した。良好な日米関係に加え、昨年11月に日中首脳会談が行われるなど冷却化した日中関係に改善の兆しが見られることが背景にあるようだ。

 

 ……で、大手新聞社のトリは読売新聞を。これはまぁ他紙に比べると概ね客観的な報道ですね。景気が悪い方向に向かっている云々との項目で消費税に言及しているのは、ここで引用した4紙の中で読売新聞だけです。朝日新聞や毎日新聞としては「悪いのはアベノミクス」という方向に持っていきたい、そのためには民主党政権時代に決定された消費税増税のことなど言及したくもないのでしょう。それに比べると、疑いようもなく回復へと向かっていた景気の腰を容赦なくへし折った消費税増税の存在に僅かながらも触れている読売の報道は、随分と良心的に見えます。

 なお「外交」に関しては前回調査に比べて「悪い方向」に向かっていると回答した人が大幅に減少したことも伝えられています。安倍内閣のタカ派色を警戒する人も喧しい昨今ですが、確かに政権交代直後に比べれば箍が緩んできたようにも思えるフシはあるものの、世論調査上はむしろ昨今の方が外交面での改善が見られると、そう考えている人が多いようです。懸念材料が少なくないのとは裏腹に、意外や実際に衝突している場面が目立つようなこともない、その辺を感じ取っている人も多いのでしょうか。

 

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戦争ができなくなるのは良いことだ

2015-03-22 22:53:51 | 政治

食料輸入止まっても、イモ中心なら供給可能 農水省指標(朝日新聞)

 農林水産省は17日に原案をまとめた「食料・農業・農村基本計画」で食料自給率目標(カロリーベース)を50%から45%に下げる一方、日本の食料生産力を示す新たな指標を示した。もし食料の輸入が止まっても、国内農業をイモ中心に切り替えれば必要なカロリーを確保できるという。

(中略)

 新たな指標は、いざという時に国産でどれだけの食料を供給できるかを示す「食料自給力」だ。戦争などで輸入が止まった場合に、国内で国民1人に対して1日にどれだけのカロリーを提供できるかを示す。

(中略)

 一方で、生産額ベースの食料自給率目標は70%から73%に上げる。この指標だと、肉類や果物など価格が高く、消費者の需要が多い農産物の実態が反映されるため、「もうかる農業」を後押しするねらいだ。

 

 この「イモ中心に切り替えれば~」云々というファンタジー溢れる推計は以前から農水省が出していたもので今に始まったことではないらしいのですが、それを朝日新聞が「戦争などで輸入が止まった場合に~」と煽りを込めて伝えたことで結構な話題にもなっているようです。まぁ、食料輸入が止まるような情勢であれば先に化石燃料など必需品の輸入も途絶えていることでしょう。農業機械を動かすエネルギー無しに、どうやってイモを生産するつもりでいるのか、その辺は見所ですね。

 なお「食」の領域に関しては左派を装っているような人でもタカ派としての本性を現すと言いますか、諸外国をパートナーではなく侵略者であるかのように位置づけたがる、外交的な破綻(つまり食料が輸入できなくなる事態)を自明の前提として論を進めたがる人が目立つように思います。話し合いで戦争は回避できると言いながら、食糧問題に関しては国際的な枠組み作りへの関与という「話し合い」に反対し、逆に防壁を高くするような主張を繰り広げていたりする人も目立つだけに、いやはや自家撞着もいいところです。

 一方で現行の政府案は伝統のカロリーベースでの自給率目標を引き下げ、反対に生産額ベースでの自給率を重視する方向性が伝えられています。これは概ね、良いことなのではないでしょうか――戦争でもするつもりの人にとっては、話は別ですが。例えば農産物の輸出大国としてはオランダなどが挙げられますが、これは徹底して「売れる農産物」を追求した結果であり「食糧自給」を放棄することで成し遂げられたものです。オランダは農産物の輸出大国ですが、全く自給自足できていません。食べるためには、どこから食料を売ってくれる国との友好関係が不可欠です。

 でも、それで良いと思いますね。我が国にしても然り、自給自足なんて糞食らえです。自給自足できれば戦争で食料輸入が途絶えても竹槍を持って戦えるのかも知れませんが、そんな国になる必要はありません。むしろ食料を売ってくれる国との友好関係が必須となる国であるべきです。ハト派ならなおさら、そう考えるべきではないでしょうか。カロリーベースの自給率が下がれば、それだけ諸外国との安定した平和的な関係が重要になることを意味します。それは良い意味で自民党政権へのブレーキともなる、歓迎されるべきことです。

 

「安倍自民党は弱肉強食の競争政策」民主・枝野幹事長(朝日新聞)

■枝野幸男・民主党幹事長

 安倍自民党の政策は基本的には競争政策だ。競争を加速すれば良くなるという、非常に時代遅れの古い経済政策だ。競争政策というのは、要するに弱肉強食の弱い者は切り捨てるという政策だ。第1次産業は、競争原理で弱い者を切り捨てるということでは社会は成り立たないというのが我々の明確な立ち位置だ。弱肉強食の自民党農政か、それとも金目だけではない一次産業の価値というものをしっかりと支える民主党かという非常に明確な対立軸。これは今に始まったものではなく、一貫していると自負している。(福井県敦賀市で記者団に)

 

 さて確実に外れる天気予報というのは的中率が五分五分の天気予報よりも当てになるわけですが、そういう意味では存在意義の認められる民主党側の主張はどうしたものでしょう。これは冒頭の政府方針へと直接に言及したものではありませんが、みっともないシャドーボクシングといった風情ですかね。民主党こそ与党時代は旧態依然たる構造改革路線を微塵も修正せず弱肉強食の経済政策だったではないかとツッコミたくもなりますが、枝野ではこの辺が限界なのだと思います。加えて、ここで語られている「第1次産業」に限ればなおさら、やっぱり民主党はダメだなという思いが強くなります。

 果たして「弱肉強食の自民党農政」「金目だけではない一次産業の価値というものをしっかりと支える民主党」という対立軸は現実に存在するのではないでしょうか。元より「金目だけではない一次産業の価値」などと言ってしまう党には議席を持って欲しくないなと感じるところでもあります。農家だって理想と霞を食べて暮らしているわけではない、金を稼げない産業に従事したがるのは一握りの変人だけ、枝野路線では農業の先細りが加速するのは不可避と確信が深まるばかりです。では自民党は?

 むしろ自民党の伝統的な農政は、農家の保護を優先して産業としての農業を競争から隔離してきた、そうやって農村部の票を集めてきたわけです。この辺から転換しようとしているのを指して「弱肉強食の自民党農政」などと枝野は言ってみたのかも知れません。しかし「じゃぁ昔ながらの自民党農政で農家の保護に努めれば良いのか?」と問われれば、それに頷ける人は至って少数派でしょう。何でも変えれば上手く行くものではない、下手な改革よりは現状維持の方がマシなケースは多々ありますけれど、第一次産業に関しては明らかに「保護」に偏りすぎていた、この分野に限っては競争原理を少しばかり加えた方がバランスが良いのではないかと思いますね。

 

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強制という事実はなかった

2015-03-19 22:53:34 | 社会

「殴られても構いません」野球部員に書かせ体罰 和歌山(朝日新聞)

 上富田町立上富田中学校(同町岩田、小森弘二校長)で、野球部顧問の男性教諭(35)が昨年8月から今年2月ごろにかけて、2年生の複数の部員に体罰をしていたことが12日、同校などへの取材でわかった。町教委によると、「『野球部のルールが守れなければ殴られても構いません』という文書を書かされた」と話す部員が複数いたという。県教委は男性教諭の処分を検討している。

 

 どこの会社でも似たようなことはあると思いますけれど、上の人達が下らないことを思いついて、その実作業を振ってくるわけです。「そんなこと絶対に上手く行きませんよ」と説明してやるのですが、決める権限を持っているのは向こうですから、どうにもなりません。ここで素直に「やります」「できます」「努力します」と即答しつつ、失敗に終わった後は巧みに責任を回避できるようであれば出世コースに乗れるのでしょうけれど、どうしても私は成功の見込みがないことを忠言してしまうので、嫌がられますね。

 それはさておき、実務担当者レベルで何を説明しようが、決める権限を持っている人が思いついたことは動かせません。日本では末端の非正規社員にも経営者意識が求められるものですが、決定権は常に偏在しているわけです。だからトップの思いついた馬鹿馬鹿しい改革案が強行され現場の負担ばかりが増えては会社が傾いていく、そんなこともよくあります。まぁ、会社の業績は落としても自分の評価は落とさない、そうした振る舞いこそ経営者の腕の見せ所ですから。

 ……で、社内のお偉いさんなり親会社の人間なりが、しょっちゅう馬鹿げた提案をしてくるわけです。提案と言っても名ばかりで、実際は決める権限のある人の頭の中で出た結論ですから、こちらの回答とは無関係に断行されることが決まっています。成功するはずがない理由をどれだけ説明しようと聞く耳など持たれることはなく、実際の作業者が「はい」と言うまで話は終わりません。物わかりの良い社会人は素直に「上」の言うことを聞いては無茶なプランを前に悪あがきするものですが、私なんかは「仕方が無いからやりますけれど、賛成はしていませんので」と言っちゃいますね。

 意見を聞く風を装いつつ、その実は相手(部下)の同意しか求めていない、そんな人も多いと思います。上の人々の頭の中ではとっくに結論が出ていて、それは決して覆ることがない、にも関わらず実務者の意見を聞く「フリをする」そんな人を頻繁に見かけるところです。だったら率直に「やれ」と命令すれば良いのにという気もしますが、実務者から「同意」を得るまで延々と話し合いを重ねる、そんなプロセスが繰り返されているわけです。お前らは話を聞くフリをしているだけだ、実務者の話を聞いて意見を改めたことが一度でもあったのか――そんな風に言いたくもなります。

 ある意味、日本では「強制している」という事実を取り繕いたがる人が多いのかも知れません。本当は無理強いしている、選択の余地など与えていないのに、同意あるいは合意の上だと装って自らの行動を正当化したがる人が目立つ気がしますね。冒頭の事例も然り、実際のところ生徒側の自発的な意志などあろうはずもないのですが、それでも部員側に「自ら」念書を書かせるというプロセスを経由することで、事実上の強制に対する言い訳を作っているわけです。一方的に暴行を加えたのではない、生徒の同意を得ての行為だ、と。

 会社でもやはり、結局は上が思いついたことを強制されるという結論は変わらないのですけれど、それでも「同意を得た」というプロセスだけは経由したがる人が多いと言えます。「意見など聞かずに無理にやらせた」ということにはしたくない、「下」に説明をしてお互いに納得の上でやらせたのだと、そういう体裁を整えるために膨大な時間を費やしている人は多いです。全く、これ以上無いほどの無駄です。素直に強制している、強制してきたという実態を受け入れれば良いのにと思いますが、それだけの度量がないんでしょうね。

 

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計算の上での行動、ではないのだろうな

2015-03-16 23:04:29 | 政治

民主・枝野氏、クリミア訪問計画の鳩山元首相を「元自民」と突き放し 「今は民主にも属していない」(産経新聞)

 民主党の枝野幸男幹事長は6日、鳩山由紀夫元首相がウクライナ南部クリミア半島への訪問を計画していることに関し「その方は元自民党の議員でもあり、元民主党の議員でもある。今は少なくとも民主党に属している方ではない」と述べ、不快感をあらわにした。国会内で記者団に語った。

 ロシアは昨年3月、クリミア半島の併合を一方的に宣言したが、日本を含め先進7カ国(G7)は承認していない。政府は鳩山氏に訪問を自粛するよう求めている。

 

 「好き」の反対は「無関心」なのだと主張する人もいて、その辺は今一つ納得できなかったりもするのですが、とりあえず大手新聞社の中でロシア関係の報道が最も多い印象のある産経新聞は、他紙に比べればロシアが「好き」に近いのでしょうか。それはさておき鳩山元首相が自粛要請を振り切ってクリミアを訪問したことが伝えられています。いったい何を意図しての行動なのか読みづらいところ、これといった支持も得られていないようですけれど……

 自民党からも民主党からも歓迎する声が聞こえてくる様子はないのですが、枝野の言う「その方は元自民党の議員でもあり~」みたいな切り捨て方はどうなんでしょうね。確かに民主党議員の中には元・自民党の政治家も多く、鳩山もその一人ではありますけれど、ここで自民党への所属歴を持ち出す辺りは枝野の得意の責任転嫁という印象を拭えないところです。まぁ、枝野も今は少なくとも政府与党に属している方ではないので、もうどうでもいいです。

 それはさておき「バカとハサミは使いよう」とも言います。アントニオ猪木とか北朝鮮訪問を強行したりと政府方針を無視して行動したわけですが、そうした暴走によって「ちょっと普通ではない人脈」を持った人は、起用法次第では役に立つこともあるでしょう。例えばどこぞやの紛争地帯で日本人が捕まった場合とか、真っ当なルートでは交渉のツテがないような場合でも日陰のルートを当たれる人がいれば、また話は違ったりしますから。鳩山の奇妙なクリミア訪問も、何かの機会に使い道が見つかることもあるかも知れません。本人がそれを意図しているかは別ですが。

 かつて保守本流と呼ばれ、今は左翼と産経新聞などからは呼ばれているような人々が主流であった頃の自民党は、言うなれば「汚い大人」みたいな喩えがシックリ来るように思います。逆に今は「正義を振りかざす子供」ですね、与党も野党も。クリーンな政府ではなかったけれど、今よりはずっと大人であったろうなと昔の自民党を私は評価していますが、そうした時代には国際的な孤立を深めていた南アフリカと親しく付き合っては「名誉白人」との称号をもらったり、インドネシアの独裁者に日本人ホステスを差し出して懐柔を計ったりと、まぁ「汚い付き合い」で利を得ようとするケースも多かったわけです。そうした「搦め手」が見られなくなった近年の日本の外交に拙さを感じる身としては、ロシアに接近してみせる鳩山流を「面白いかな」と感じないでもありません。

 

鳩山元首相、クリミア併合を「対話解決の実例示した」と称賛 住民投票も「民主的」 プーチン側近と会談(産経新聞)

 鳩山由紀夫元首相は13日、訪問先のモスクワで、ロシアのプーチン大統領の側近ナルイシキン下院議長と会談し、ロシアがウクライナから一方的に併合したクリミアをめぐり「武力行使や戦争ではなく対話で問題解決できる実例を示した」と述べた。

 

 そしてまぁ、このように述べているわけです。どうなんでしょうね、曰く「対話で問題解決できる実例」とのこと、真面目に言っているのならやはり鳩山は頭が悪いなと言うほかありません――そんな鳩山を代表に据えた党があったとか、あろう事か首相まで務めたことがあるというのは、それ以上に頭の痛くなる事態ですが。

 ロシアがクリミアでやっているのと似たようなことをアメリカがやったのであれば、決して国際的な非難は浴びなかったことでしょう。どこかの政情不安国で反米を掲げる武装勢力が政権を掌握し、親米派の住民が多い地域に圧力をかけている、そこにアメリカ軍が「保護」へと乗り出したとしたら、概ね国際社会の承認は得られる、日本だって積極的に後方支援に名乗りを上げたはずです。アメリカがやるならば是認されることをロシアがやった時は非難される、というのもアンフェアな話だなと感じるところはあります。

 西側諸国の承認を得ている現・ウクライナ政府だって別に民主的かつ平和的に政権を掌握したわけではなく、根本的には反ロシア派武装勢力が闘争に勝利しただけです。分離独立前から新ロシア派の占める地域への締め付けは見られたところ、本当に「民主的に」投票が行われたとしても僅差で独立派が勝つぐらいのことはあっただろうという気がしますが、まぁ実際にはウクライナとロシア双方の圧力下の独立投票ではありましたね。これを「対話で問題解決できる実例」として挙げるのはどうなのかと。

 そもそも、このレベルの「対話で問題解決」はアメリカの得意技です。今回は珍しく、アメリカではなくロシアがやったというだけのことです。アメリカが当たり前のように繰り返してきた軍事介入を全面的に肯定してきた人がロシアによる同様の行為もまた「対話で問題解決できる実例」と賞賛するなら、それは筋が通ります。逆にアメリカの行為を批判的に見ているのであれば、ロシアの今回の行為も批判的に見る必要があるでしょう。しかしアメリカならばOK、ロシアはNGと判断する、あるいは逆にアメリカの行為に否定的でロシアの行為を肯定するのであれば――それはある意味で大いに政治的な発言だなと思いますね。

 

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except Japan

2015-03-14 21:17:54 | 編集雑記

PC版『DOA5 Last Round』はモラルとマナーを守って遊んで―Team NinjaがModを不安視(Game*Spark)

コンソールに加え、Steamを介してシリーズ初のPCプラットフォーム進出を果たす、コーエーテクモの対戦格闘ゲーム最新作『DEAD OR ALIVE 5 Last Round』。本作の開発を指揮するTeam Ninjaディレクター新堀洋平氏とプロデューサー早矢仕洋介氏が、英国メディアMCVの取材を受け、PC版リリースの経緯を語っています。

(中略)

 一方で、版権所有者の観点から、海外のMod文化に対して懸念の声も。同氏は、PCユーザーには道徳心とマナーをもってゲームを遊んでほしい、そうでなければ今後PC向けにゲームをリリースするのは難しいなどと意向を伝えています。

 

 別に洋ゲー(海外製のゲーム)を持ち上げて日本製のゲームを貶めるような趣味があるわけではないのですが、それでもやはり日本のゲームは絶対的にダメだなと感じるシーンは少なくありません。日本メーカーの制作能力は海外のそれに大きく後れを取ったな、と。そもそもスマートフォンや携帯機でしか遊ばない人ならいざ知らず、PCでゲームをやっているとどうしても日本メーカーの「悪意」にぶつかるもの、なかなか日本でゲームを制作あるいは販売している会社に好意的にはなれないところがあったりするのです。

 

Steam コミュニティ :: グループへのお知らせ :: Platformines

Independant video game publisher Magiko Gaming and leading video game developer and publisher NAMCO BANDAI Games today released PLATFORMINES for STEAM® on a Worldwide scale (except Japan).

 

 たとえばこれ、日本の大手メーカー、バンダイナムコがSTEAM(ゲームなどのDL販売サイト大手)で"Worldwide"に販売を始めますよと言うことなのですが――最後に断りが気がついているわけです。"except Japan"と。これは酷い日本差別ですけれど、この手の日本差別は専ら日本メーカーが行っていることなのですから救いようがありません。そしてバンダイナムコに限らず日本メーカーの多くは、海外向けには販売するけれども日本国内への販売を制限しているケースが多かったりします。

 昨今は海外メーカーでも日本展開に積極的で、インディーズ作品でも日本語対応していたりと感心させられるのですが、逆に日本メーカーは日本向けへの販売を阻んだり、日本製なのに日本語データを削除してくれたりと、何かに付けては日本のゲーマーに嫌がらせをしてくれるのです。海外向けにはPC版も販売するけれど、日本国内向けにはプレステ用しか販売しません、なんてメーカーも多いですね。PCでゲームをやっていれば、自然と日本のメーカーが嫌いになれます。

 ……で、こういう日本のゲーム制作者の偏狭さが、海外のゲームに後れを取る要因の一つにもなっているのかなと思ったりもするところです。そして冒頭に引用したDEAD OR ALIVE 5 のPC版――海外向け価格39.99ドル/日本向け価格7,344円――ですけれど、制作側から「海外のMod文化に対して懸念の声」が上がっています。そうなんですよね、海外のゲームだとMod制作が盛んで、これは要するにユーザー側でデータを追加したり改造したりするものなのですが、日本メーカーは及び腰と言いますか、むしろ否定的なところが多かったりするのです。

 このMod制作によって、メーカーではなくユーザーがコンテンツを創り出す、それによってユーザーのコミュニティが盛り上がることも多いわけです。メーカーが用意したコンテンツだけではすぐに遊び尽くされてしまっても、有志が制作したModのおかげで遊び方が増える、ファン層が広がることも多々あります。もちろん例外もありますけれど、総じてメーカーだけではなくユーザーがコンテンツを創り出す、つまりMod制作の盛んなゲームは名作として名を残し、反対にMod制作がなくメーカーが用意しただけのコンテンツでしか遊べないゲームは、比較的短命に終わってしまうものです。

 そして海外のゲームはMod制作が盛んである以前に、メーカー側がMod制作に好意的である、ユーザー側でコンテンツを創って遊ぶことに肯定的であることが多いです。一方で日本メーカーは冒頭で挙げたように総じて否定的、メーカーが用意したままの形で遊ばれるべきだと考えているようです。しかし、作り手の思惑通りにしか遊べないゲームとユーザー側で色々と遊び方を工夫できるゲーム、どっちが面白いのでしょうかね。どのみち、開発コストを考えればメーカー側だけで制作できるコンテンツの量には限りがある、逆にファンが勝手にコンテンツを作ってくれるような仕組みができればメーカー側は舞台を提供するだけでファンを長く楽しませることができるとは言えます。いろいろとModを使って「好きな遊び方」を選べることの多いゲームと制作側の用意したような形での遊び方しかできないゲームとでは、私は明らかに前者の方に魅力を感じるのですけれど、日本メーカーは専ら後者に属しているんですよね、それじゃぁ世界に後れを取るのも当然だろうと。

 

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日本で通用する人材になるために

2015-03-11 22:40:20 | 雇用・経済

体育会学生が就活に強い4つの理由(DIAMOND online)

 「全国の大学生のなかで体育会系の部活に所属している学生はわずか7~8%。しかし、新卒採用のうち3~4割を体育会学生が占める大手人気企業は少なくありません」

(中略)

 昨年、アスリートプランニングが東京六大学(東京大学、慶應義塾大学、早稲田大学、立教大学、法政大学、明治大学)の体育会学生のみを対象に行った就職イベントに参加した企業は、サントリー、ドコモ、三井住友銀行、伊藤忠商事、JR東海など人気の高い大手企業ばかり。

(中略)

 続いて体育会系学生の魅力と言えるのが、「礼儀正しさ」だろう。多くの部活は主将を頂点としたピラミッド構造の組織になっており、「先輩の言うことは絶対!」という厳しい規律の下で学生時代を過ごす。さらに、大学や部活によっては共同生活を行うこともあり、組織への帰属意識も高い人が多いため、こうした点も企業には魅力的に映るはずだ。

 大学時代、ラクロス部に所属していたという大手メーカーの女性社員は体育会学生とそのほかの学生をこう比較する。

 「最近の子は私たちが指示をすると、『なぜこれをやらなければならないのか』『理由が曖昧だとやりたくない』などと言ってくる。ただ、体育会では先輩の指示に“素直”に動くのが当たり前。そういう意味でも、体育会出身の学生は魅力的」

 組織としても、上司の言うことに従順に従い、自社の色に染まってくれる可能性が高い体育会学生はやはり魅力が高いはずだ。

(中略)

 「当然ですが学歴の高い体育会学生はより人気があります。一方、そうではない大学で特にスポーツ推薦で入学した学生は、十分な対策が必要です。大学にかかわらず、『スポーツしかない』と思われたら内定は取りづらいですね」

 

 体育会系が就職に強いとは昔から言われてきたものですが、そうした傾向はむしろ近年に入って強まっているところもあるでしょうか。日本の企業が好むのは大学でよく勉強した学生ではなく、体育会系の組織の中で上意下達の精神を体得している人の方なんですよね。ただし、スポーツ面で強い大学のトップアスリートならば就職に有利かと言えば、それこそプロからスカウトされるような例外を除けば話は別、より入試の難易度が高い大学の体育会系の方がスポーツ面では弱小でも就職には秀でるわけです。体育会系は有利だけれど、アスリートとしての能力が問われているものではない、と。

 学歴社会、みたいな言葉もあります。ただ、これは現状を正しく表わしていない、より厳密には「学校歴」社会と呼ぶべきではないかと私は思っています。大学院まで行って専門分野に精通した人なんて日本じゃ需要はない、求められるのはネームバリューのある大学を出ていることと新卒であることの方です。学部卒か修士か博士か、そんなことではなく「どこの大学を出たか」が見られるのですから。大切なのは卒業した大学の名前の方、学歴ではなく「学校歴」こそがモノを言います。それは体育会系においても然り、スポーツの強豪であることよりも、大学のネームバリューの方が重要になるわけですね、やれやれ。

 

大学で「職業人」育成を 教育再生実行会議が提言(日本経済新聞)

 政府の教育再生実行会議(座長・鎌田薫早稲田大総長)は4日、職業に結びつく知識や技能を高める実践的なプログラムを大学に設けるとの提言を安倍晋三首相に提出した。アカデミックな教育課程に偏りがちな大学を変革し、産業界が求める「即戦力」となる人材を育てるのが狙い。社会人の学び直しを後押しするとの期待もある。

 

 京都大学の前・総長も酷い人でしたけれど、早稲田の現・総長も随分な人のようです。まぁ、真っ当な人なら教育再生実行会議なんて場には呼ばれないものなのではないかと思います。教育再生会議の座長に指名されるような人を総長に据えているから、就職時のネームバリューで慶応に後れを取っているんじゃないのかと言ったら言い過ぎかも知れませんが、ともあれ日本有数の名門である早稲田の総長にして、「アカデミックな教育課程に偏りがちな大学を変革」みたいな見解を白面でまとめているわけです。日本における「知」の在り方がどう捉えられているのか、その辺を端的に表わしているのではないでしょうか。

 しかし産業界が求める「即戦力」とは、いったい何なのでしょうね。私のように就職活動には不熱心で勉強ばかりしていたボンクラ学生ならいざ知らず、就職活動に全身全霊で打ち込んできた真面目な学生は、ちゃんと採用側が何を求めているか研究して、その答えを追い求めているように思います。そして企業側の欲するものを満たした人が、内定を勝ち得てきたわけです。就職に強い学生こそ産業界が求めるという「即戦力」に近いものと推測されるところ、例えば冒頭で上げたような「有名大学の体育会系出身者」とかが即戦力に該当すると言うことなのでしょう、きっと。

 「目的に向け周囲と協調し、かつ主体的に挑戦できる方」に入社頂きたいと考えています――みたいなことが、企業の採用ページには書かれています。いったい何が求められているのか、私にはさっぱり分かりません。でも、それを理解できた人がめでたく採用されているものなのだと思います。日本において企業側が求めているものを理解するのは実に難しいですね。もっと具体的に、○○の知識とか○○の技術とか、何を習得していれば採用条件を満たすのか明示されていれば大学側も産業界の要請に応じることが容易になるのでしょうけれど、そう簡単にはいかないようです。

 大前提として日本の会社社会には「学校で学んだこと」を否定したがる伝統があります。大学での専攻が就業に直結しているのはせいぜい、医療・介護分野くらいのものでしょう。そして、より会社での業務に近いことを学んでいるはずの専門学校出身者と、「アカデミックな教育」の大学出身者のどちらが就職後にエリートコースを歩むのか、商業科、工業科、普通科とある中でキャリアに近いのはどれなのか、それを思えば大学でどれほど「会社でやりそうなこと」を学ばせたところで、当の学生の将来を約束しているとは考えられないところでもあります。

 大学で実務に近いことを学んでいたからと言って就職に強くなるのなら、実質的に就職予備校化している大学の多くは、そうすることでしょう。しかし、そうしないのは何故なのか。もっと他のことに力を注いだ方が就職に強いことを理解しているからこそ、より有利な道を選んでいるのではないかと私には思われます。就職後の実務とは無関係であろうと、偏差値の高い大学に入学すること、体育会系の部活動に所属すること、TOEICで高い点数を取るコツを身につけること、運転免許を取得すること、面接で巧みに話を盛ること、履歴書を綺麗に手書きすること、ヘアメイクでもフォトショップでも構わないので貼り付ける写真を綺麗に飾ること――こういうことの方が就職に直結するからこそ、真面目に就職を考えている学生は勉強以上に力を入れる、大学もまた実務よりも優先して教えようとする、そういうもののはずです。

 

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間違っているのは民主党の方

2015-03-08 10:55:51 | 政治

厚労省幹部「派遣は使い捨て、モノ扱い」 民主党が追及(朝日新聞)

 「派遣労働はモノ扱いだった」。政府が今国会に提出する予定の労働者派遣法改正案をめぐり、厚生労働省幹部がこんな発言をしていたことを、民主党の西村智奈美氏が2日の衆院予算委員会で明らかにした。厚労省は発言について調べる方針だが、今後の改正案の審議に影響しそうだ。

 発言したのは、派遣法を所管する厚労省需給調整事業課の富田望課長。1月末、派遣の業界団体の会合で「派遣労働は期間がきたら使い捨て、モノ扱いだった」と語り、派遣法改正案について「ようやく人間扱いするような法律になってきた」と述べたという。

 西村氏が「モノ扱いという認識で法案の議論をしているのか」と迫ったのに対し、塩崎恭久厚労相は「発言の真偽をしっかり調べたい」と答弁した。

 

 この厚労省課長の発言は現実への正しい認識に沿ったものであり、実際に派遣社員は大半の職場で使い捨て、モノ扱いされているわけです。感覚論ではなく制度的にも派遣社員の給与は人件費として支払われるのではなく、仕入れ費用みたいな形で派遣会社に料金が振り込まれる仕組みでもあります。また派遣社員に限りませんが役所での非正規雇用の給与は、やはり人件費ではなく物品費などの形で処理されているケースが目立つところですから。派遣労働に代表される非正規雇用はまさしく、厚労省が正しく認識する通り「モノ扱い」なのです。

 ところが、そうした厚労省の認識は労働者の敵・民主党には我慢ならないようです。そして民主党の抗議によって厚労相が陳謝、発言した課長は厳重注意処分となったことが後日の記事で伝えられています。しかし、民主党の圧力に屈して正しいことが歪められてしまうというのも、どうしたものでしょうかね。

 たとえば「戦中に日本が朝鮮半島などから、あの手この手で連れてきた女性は奴隷扱いだった」という発言をしたとして、これを問題視して謝罪・撤回させようとする人がいたとしたら、どういう立場の人かは分かりますよね。今回のモノ扱い発言と民主党の噛みつきは、まさにそれです。修正主義者である民主党にとって、派遣社員をモノ扱いしてきたという事実は受け入れられない、その様な現実を都合良く塗り替えたいわけです。ここは自民党も官僚サイドも屈するべきではない、民主党の修正主義に対して毅然として立ち向かうべきではないのかと、私はそう思います。

 実際のところ、派遣法の直近の改正者は民主党であるわけです。近年の派遣社員は民主党の改正した法律に基づいて処遇されてきました。そして民主党の改正した派遣法の下で、派遣社員はモノ扱いされてきました。それが紛れもない現実です。しかし、民主党はこの現実を認めようとしません。70年前の史実を修正しようとする人々も大概ですが、まさに「今」起こっている事実をねじ曲げようとする民主党の振る舞いもまた最低最悪の卑劣さと糾弾されてしかるべきものでしょう。

 

安倍首相・岡田氏にも献金=補助金交付企業側から(時事通信)

 安倍晋三首相と民主党の岡田克也代表がそれぞれ代表を務める政党支部が、国の補助金交付が決定した企業側から献金を受けていたことが3日、分かった。補助金交付企業から閣僚への献金が相次いで表面化し、国会で野党が追及する中、同様の「政治とカネ」の問題が首相と野党第1党の党首にも波及した。

(中略)

 一方、岡田氏が代表を務める民主党三重県第3区総支部は、11~13年に「日清製粉グループ本社」(東京都千代田区)から各24万円の献金を受けた。子会社の「日清製粉」には農水省からの補助金交付が決定していた。

 これに関し、岡田氏の事務所は3日午前、コメントを発表し、「日清製粉グループ本社と日清製粉は別法人だ。グループ本社から支部への寄付が政治資金規正法に違反しているとは認識していない」と説明。「政治資金規正法は、『性質上、利益を伴わない』補助金は適用除外としている」とも指摘した。

 

 なお政治資金問題が俎上に上る機会の増えた昨今ですが民主党の岡田代表にも同様の問題が指摘されています。権限の強い与党側にこそ厳しく襟を正す姿勢が求められるところではありますが、この岡田の言い訳はどうでしょうか? 曰く「日清製粉グループ本社と日清製粉は別法人だ」とのこと。法人名義を分け、グループ会社を悪用した迂回献金であれば問題のない献金である――それが民主党の代表者の見解です。まったく、これでは自民党閣僚の政治資金問題も、そんなに悪質なものに見えなくなってしまいますね。

 

民主の国対幹部「もうやめましょう」自民幹部に(読売新聞)

 国の補助金交付が決まった企業などからの寄付を、与野党双方の議員らが受けていたと判明したことで、政府・与党に対する野党の追及は収束に向かいそうだ。

 政治資金規正法の曖昧さなどを指摘する声は与野党に共通しており、焦点は規制の明確化など制度改正のあり方に移った。

 「もうやめましょう」

 自民党の佐藤勉国会対策委員長は3日朝、民主党の国対幹部から電話で、こう呼びかけられた。

 

 ……そして、こんな結末に辿り着いたわけです。自分からけしかけてきた争いなのに、ちょっと旗色が悪くなれば「もうやめましょう」と。やれやれ、そもそも民主党は国政選挙や東京都知事選など全国区の注目が集まるところでこそ「野党でござい」と自民党への批判票の掠め取り続けてきましたけれど、地方自治体の首長選挙では仲良く手を携えて共産党の候補と戦う同盟者でもある、地方議会では相乗りで当選させた主張を支える与党の同志でもあります。民主党とは、下らない茶番で政治を混乱させる害悪でしかありません。民主党さん(存在することを)もうやめましょう。

 

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就活生は社会を写す鏡

2015-03-04 23:48:06 | 雇用・経済

1次面接に進める確率が3倍違う「証明写真」 見た目の違いは歴然(SankeiBiz)

 そうしたなか、第一志望の会社に就職するためのアイテムとして人気を集めているのが、「ヘアメイク付き証明写真」だ。

(中略)

 「就職活動に臨む大学生の間では『証明用の写真を撮るのなら、ヘアメイク付きの証明写真』が合言葉になっています。大学の就職活動のセミナーでも、そのように指導され、『エントリーシートを出してから1次面接に進める確率が3倍にアップする』という話も聞きます。もしも自分が企業の採用担当で、最後にどの人を残そうかと迷った場合、やっぱり写真の見た目で決める気がします。自分の一生がかかっているわけですし、多少のお金がかってもヘアメイク付きのプロのカメラマンに撮影を頼みたいという友人が大勢います」

 

 「人は見た目が9割」なんて本が、ちょっと売れたこともありました。研修屋が好むヨタ話の一つに、「メラビアンの法則」なんてものがありまして、これも「見た目が9割」みたいなことを言っています。もちろん根拠の無い話ではあるのですが、まぁ根拠なんて必要としないのが日本のビジネスの常識でもあるでしょうか。世界に名をとどろかすような日本の一流メーカーでも、やれマイナスイオンだのプラズマクラスターだの、コラーゲンだの空間除菌だのと、実にいかがわしい製品を盛んに売り込んでいるわけです。中には消費者庁からダメ出しを食らうケースもありますが、それを意に介さないのが日本におけるビジネスの慣例というものですから。

 ……ただ見た目で9割が決まるかというのは根拠の無い話でも、日本の人事担当者が見た目でしか人を判断できていないかと問われれば、それはそうなのかも知れないな、と頷ける話です。いつぞやのテレビの企画では、本物の大学生と無名の俳優やモデルの写真を企業に送りつけたところ、書類選考を通ったのは専ら俳優/モデルの方だったそうです。少なくとも日本の人事担当者は、見た目で人を判断するものなのでしょう。だからこそ、上に引用したような見た目を飾り立てるビジネスも栄えるわけです。その結果として日本の経済もまた栄えるのなら日本的採用も一理あると言えますが――逆に衰退しているのは、いったい何故でしょうね?

 前に勤めていた会社で契約を打ち切られる前、同じ部署の人の昇進祝いで役員の人と隣になりました。その人は面接を担当することも多いのですが、「みんな送られてきた写真と顔が全然違うんだよ」と笑っていたものです。ヘアメイク云々よりも、もっと手っ取り早くフォトショップで加工した写真を履歴書に貼り付けて送ってきた人だって多いのでしょう。ただ、写真と顔が違うという理由で落としますかと尋ねたところ、そこは言葉を濁されました。ならば全く飾っていない写真の人と綺麗な写真の人、書類選考を通すのはどっちですかとも聞いてみましたけれど、苦笑されるばかりでしたね。まぁ、そういうものです。

 どこの国でも、純粋に「勉強するために」大学へ進学する人は多くないはずです。勉強して大学へ行くのは、学校を出た先で機会をつかむため、その大半は「より良い仕事に就くため」でしょう。勉強するために勉強するような勉強好きは、どこの国にだって多くはいません。そして日本の大学生は勉強しない云々と言われるところですけれど、でも根本的には「よく勉強する」国の学生と同じではないかと私は思います。つまり、勉強をするのもしないのも結局は「大学を出た後」を考えた上での最善手なのではないか、と。

 どこの国の人でも普通は、より良い仕事に就くために大学に入るわけです。しかし、入った先はどうでしょう。大学での成績を厳しく問うような文化圏であれば、単純な向学心からではなく「就職のために」大学での勉強に励むことになります。しかし大学での成績は不問で、ただ卒業した大学のネームバリューだけしか見られないような国(つまり我が国のことですが!)では何が「就職のために」最良でしょうか。名高い大学に入ることは就職を考える上で重要です。しかし大学で勉強することは? より好待遇の職を得るために日本で必要なのは何なのか、大学の成績と容姿のどちらを見られるのか――それが理解された結果として昨今の日本の大学生の姿があると考えられるべきです。

 

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