非国民通信

ノーモア・コイズミ

シリーズ・バブル以降 第一章

2009-10-31 10:48:22 | 非国民通信社社説

 民主党の経済政策への批判として、分配のパイを増やすという発想に欠けるというものがあります。これは外れていないと思いますが、しかるに相対する自民党はと言えば、新総裁である谷垣氏が「右肩上がりの社会ではないから~」と言明するなど、やはりパイを大きくする発想には乏しいようです。両党とも限られた予算枠内で「いかに」分配するかを争う一方で、原資となるものを増大させていくことには熱心でない、それが結果的なものであれ必然的なものであれ、向いている方向にそう大きな違いはないようにも見えます。したり顔の自称エコノミストもまた緊縮財政による財政再建を求めるばかりですから、日本経済の向かおうとする方向性は既に定まっているのでしょうか。

 経済そのものが好調ですと、諸々の問題が自然と覆い隠されてゆくものです。働き口に事欠かず、時代とともに給与水準も上がっていくような状況下では、セーフティネットの欠落や給与格差といった問題はなかなか表に出てこなくなりますから。だからといってセーフティネットや格差の問題を放置したままにしておくと、いざ不況になったときに右往左往することになるわけですが、とにかく好景気はそれ自体が住民の生活を支えるもの、経済成長もまた社会保障と同様に国民の生活を支える重要なファクターだったのです。

 「古い自民党」が曲がりなりにも一定の成果を上げてこられたのは、すなわち経済成長のおかげだったはずです。今となっては明らかなように欠陥だらけの社会システムであっても、国全体の経済水準が順調に上がっていく中では、その欠陥に嵌ってもがき苦しむ人は少数派であり、多くの人にとっては意識せずに済むレベルだったのではないでしょうか。ところが、何事も壁に突き当たる時が訪れます、いわゆるバブル崩壊後は経済成長がすっかり止まり、放置され続けてきた社会的な欠陥が誰の目にも顕在化したのが今日です。では、どうすればよいのでしょうか。

 もちろんセーフティネットの不備は是正されなければならないわけですが、片方の車輪だけで走るよりも両輪で走った方が好ましいはず、分配の在り方を見直すことと分配のパイそのものを増やすこと、両方とも必要なのです。ところが後者にはこぞって否定的に見えるのが昨今です、どうして? 元より日本の左派には経済的な豊かさを否定するところがあるような気もします。「古い自民党」への反動もあるでしょうか、経済的/物質的な豊かさを道徳的に批判し、精神的な豊かさの方を好むところがあって、その帰結が清く貧しくという方向に進んでしまうのかも知れません。貧困は問題視するけれども、かといって経済的な豊かさを肯定しきれない人もいるのではないかと。

 精神的な豊かさを語ることで経済的な豊かさを否定する傾向は極右サイドも有してきたところで、その辺も急激に伸張してきた気がします。ただ貧困を問題視する視点が抜け落ちているという違いはありますが、道徳論で社会を語りがちなところは変わりません。ある意味では右も左も「道徳家」は経済成長を好まない、限られたパイを譲り合う、助け合うことで問題を解決させようとするところがあると思います。その際に政府(自治体)が役割を果たすべきとするか、個人個人の責任でどうにかすべきと考えるか、そうした違いはあるにせよ両者に共通する部分もあり、これが世論を形成してきたフシもあるはずです。

 あるいは、経験から学んでしまったのかも知れません。つい最近まで「戦後最長の景気回復」が続いていたわけですが、この結果はどれほどのものだったでしょうか。どれほど長く景気回復が続いても、その恩恵にあずかれる人はごく一部に限られていました。その筋の人が語る「トリクルダウン効果」など机上の空論に過ぎず、景気回復は国民に何ももたらさなかったわけです。だから、国民が景気回復/経済成長の意味を忘れたところで仕方がないとすら言えます。景気が回復しても暮らしは良くならない、それは紛れもない実体験であり、真実だったのですから。

 この辺は財政再建論者にとっても同じなのかも知れません。自分の生活よりも政府や自治体の財政を心配する殊勝な人ばかりが目立つわけですが、「戦後最長の景気回復」の前後で政府/自治体の財政はどうなったかを考えてみましょう。赤字国債の額は――膨らむばかりでしたよね? この辺は取れる時に取るべきものを取らなかった政府の責任が大きいですが、ともあれ経済成長は財政再建に結びついてはこなかったわけです。この経験だけから学ぶと結論はどこに至るでしょうか、経済成長では赤字は減らせない――ならば「ムダを削る」しかない、と。

 ただこの「戦後最長の景気回復」にしても、期間こそ長かった一方で「微増」ばかりが続いた感も否めません。しかも国内に限ってみれば死屍累々だったわけです。景気回復をもたらしたのは輸出企業の好業績で、それは海外の「お客様」が日本製品を買ってくれたから、すなわち日本以外の国の経済成長に支えられ、そのおこぼれに預かる形で記録したのが「戦後最長の景気回復」でした。当然、景気回復の上げ幅は小さく、世界経済の中で地盤沈下の著しいのが日本経済、相変わらず先は暗いです。

 「戦後最長の景気回復」期間を支えた小泉カイカク路線を「結果」から考察すると、それは経済成長ではなく「分配」の戦略であったように見えてきます。分配のパイを増やすのではなく、限られたパイをいかに分配するか、向いていた方向はそっちではなかったのかと。なにしろ景気回復は中国やアメリカの経済成長のおかげであり、国内市場に目を移せばデフレ一直線だったわけですから。これでもし、外的な要因(日本以外の国の経済成長)が無かったとしたら……

 分配のパイは増えない、増やそうという気にもならない、後はどのように分配するか――これが小泉以降の日本の経済方針なのかも知れません。そして小泉の場合は、分配のパイが増えない中でいかに企業や富裕層の取り分を増やすかを考えた結果なのでしょう。諸々の規制緩和で労働者側の地位を弱め、中間層以下の取り分を減らすことで企業や富裕層の取り分を確保する、これもまた分配の在り方の1つです。政府の本来の役目からすれば、「負の分配」とでも呼ぶべきものでしょうけれど。

 持てるものから持たざるものへ、これが所得の再分配の基本です。小泉/竹中の場合はこれが逆だっただけです。では民主党の場合はどうでしょうか、子ども手当がその象徴とも言えますが、給付は持てるものも持たざるものも平等で、その財源となると「ムダを削る」であり、決して累進課税ではないわけです。もし財源が不足すれば国債発行、将来的な消費税増税という逆進課税が計画されていますが、これでは「持てるものと持たざるもの」から「持てるものと持たざるもの」への分配にしかなりません。小泉路線とは、せいぜい90度くらいしか違わないわけで、まだまだ別の道を探る必要がありそうです。

 

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労働者を犠牲にして会社を守るということ

2009-10-29 22:46:35 | ニュース

日航の年金減額、特別立法で 再建計画案、午後提出へ(朝日新聞)

 経営再建中の日本航空は29日、官民による企業再生ファンド「企業再生支援機構」への支援要請を決める。前原誠司国土交通相が選任した専門家チーム「JAL再生タスクフォース」は同日午後、再建計画案を国交相に提出。政府は日航再建の対策本部を設置し、公的管理下で日航を支援することを表明する。日航支援のため、特別立法の成立も目指す。

 日航の経営再建で課題となる企業年金債務(約8千億円)の削減を巡っては、現行法では退職者の給付水準を引き下げるのが困難で、政府は日航の年金を減額できる内容を盛り込んだ特別立法を検討する。政府内には「企業年金を削減しなければ、税金の活用に国民の理解が得られない」との意見が根強いためだ。国土交通省と厚生労働省は、日航を「実質的な破綻(はたん)企業」とみなして強制的に年金減額できないか、協議に入った。

 この他には9000人の人員削減プランもあるそうですが、まぁアメリカのGM救済時と似たようなものですね。再生支援の条件として人員削減や企業年金などの労働者の取り分がカットされるわけで、この辺は半ば「常識」なのでしょう。そうしないと「国民の理解が得られない」そうですから。

 しかし私には思われるのですが、人員削減や給与カットにこそ「理解が得られない」と、そういう考えが少しくらいはあってもいいのではないでしょうか。勿論JALの従業員及び退職者は、こうした待遇切り下げに安易に頷きはしないかも知れませんが、JALとは無関係な人々であっても現状の再建計画に反対の声を上げたっていいはずです。人員削減反対、契約通りの給与(年金)を支払え、と…… 少しでも労働者の立場に立って考えるのなら、そういう声があってもおかしくないでしょう?

 労働者の雇用を守れない、契約通りの給与(年金)を支払えない、そういう企業こそ見捨てられるべきではないかと思うわけですが、現状は全く逆です。積極的に従業員のクビを切り、一方的に契約を破棄して年金支給額を引き下げないと「国民の理解が得られない」と言うのですから。結局のところ会社の業績が悪くなれば躊躇なく労働者を解雇し(雇い止め、退職強要等々)、残業代を払わないなど労働法制を無視した企業が蔓延っているのも、こうした「国民の理解」に支えられた結果のような気がします。雇用を保障し契約を遵守するような会社は「国民の理解が得られない」以上、生き残るのはその反対を実行してきた会社だけです。

 経営が苦しいのだから? 雇用主であれば誰もが使う合言葉ですね。経営が苦しいのだから、人員を削減する、給付水準を引き下げる、そうしないと出資者の理解が得られない――と。そこでこの場合の「出資者」とは、一般的な企業であれば株主/投資家を指しますが、JALのように公的資金の投入を受ける企業や官公庁の場合は納税者すなわち「国民」を指すわけです。そして投資家が従業員の待遇など気に掛けずに自らの資金が回収できる可能性ばかりを意識するように、国民もまたJAL従業員や公務員の待遇など屁とも思わない、自分のカネのことばっかり考えているのではないでしょうか。労働者の雇用を支えるためではなく、会社の経営再建のことしか考えていないのですから。

 決められたとおりの賃金を支払わなければならないのと同様に、決められたとおりの年金もまた支払われなければならない、当たり前のことです。それを怠るのは違法な不払いでしかありません。しかし、約束された額の年金を支払うことには「国民の理解が得られない」わけです。その反対に、労働者(退職者)の合意なく一方的に年金支給額を引き下げることには国民の理解がある、そう考えられているのでしょうか。しかも、この一方的な切り下げ(=違法行為)を、法律を歪めることで可能にしようというのですから大問題のはず、それを国民が許容するとしたら、やはりこの美しい国の住民は投資家の目線や経営者の目線でしか物事を考えられない、労働者の目線では決して物事を考えられないのかも知れません。

 

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貯金しない人は偉いと思う

2009-10-27 22:41:54 | 編集雑記

 先日の記事との絡みですが、結局のところ皆様お金を使うことに肯定的でしょうか、否定的でしょうか。肯定的なつもりでも実は否定的だったりするケースもあるような気がします。例えば中小企業に同情的な割には、経営体力のある大手企業の安売り商品ばっかり買ってる人もいるでしょう? そこで考えてみてください、「贅沢三昧の大金持ち」と「庶民と同じように生活する大金持ち」のどちらに反感を、あるいは共感を感じますか?

 まぁテレビなんかですと金持ちの優雅な生活を持て囃していたりもしますので一概には言えないかも知れませんが、前者に反感を感じ、後者であることを求めるような機運も少なからずあるような気がします。金持ちだからって贅沢するな、(我々と同じように)慎ましく生きよと、そんな風に考えている人もいるのではないでしょうか。でも、この辺が落とし穴と言うべきで、金持ちが財を吐き出さないとお金は一箇所に留まったままになってしまうわけです。

 じゃぁ今度は逆の場合、貧乏人の場合を考えてみましょうか。受け取った生活保護費を全て使い切ってしまう人と、生活を極限まで切り詰めてお金を貯める人、どちらが肯定的な評価を受けるでしょう? 昨今では社会保障受給者が(ほんのささやかな)贅沢でもすればたちまち非難囂々となるわけですけれど、その辺は本人の自由です。そして何より、受け取った社会保障費を懐に貯め込むよりも、どういう形であれ社会に対して吐き出す方が、より有意義にお金を使っている気がしませんか?

 戦国時代に豊臣政権の奉行として辣腕を揮った石田三成という人物がいます。関ヶ原合戦の西軍側の仕掛け人として知られる彼ですが、まだ秀吉配下だった頃はもらった俸禄をほとんど手元に残さず、いつも使い切っていたそうです。有事に備えて手元に貯めておかないのかと同僚が訪ねたところ、三成は答えて曰く「主君から頂いた禄を蓄財に回すなど言語道断、受け取ったものは余すところ無く活用するのが道理だ」と。この辺は史実かどうか怪しいものですが、そういうエピソードがあるわけです。使うカネを減らすことばっかり考えている今の国民からすれば、三成みたいな政治家はどう評価されるんでしょうね。

 昨年末辺りから注目の高まった派遣切りや派遣村云々では、貯金のない人々が叩かれていたわけです。どうして失業に備えて貯金しておかなかったのか、と。失業への備えとしては失業保険があるはずですので、それが機能していないことの方に第一の問題があるわけですが、そうでなくとも貯金のない失業者を責めるべきではありません。乏しい収入でありながらも、精一杯お金を使って生きてきた人がいるからこそ、国内経済は支えられているのですから。こういう人たちまで節約と貯蓄に励んだら、ますます国内市場は冷え込みますって!

 いざというときのために貯金しておけとか、収入に合わせて生活レベルを下げろとか、したり顔で言う人がいるわけです。でもこの辺の人の主張していることを国民がこぞって実践すれば、国内消費はどん底、デフレは今以上の勢いで進行してしまいます。まぁ個人レベルで不況に対応するには節約と貯蓄に励むのが簡単に違いありませんが、そういう自助努力が社会全体の首を絞めてもいるのです。個人の自由ですから自分のカネをどうしようと自由、他人からとやかく言われる筋合いはない、貯金したくらいで咎め立てされる謂われはないでしょうけれど、せめてガンガンお金を使った人=経済活性化に貢献している人を称賛するくらいの社会であるべきなんじゃないかという気がします。現状はその正反対ですから。

 

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所信表明演説がありました

2009-10-26 22:56:47 | ニュース

政治主導で「国政を変革」=対等な日米同盟目指す-鳩山首相が初の所信表明(時事通信)

 鳩山由紀夫首相は26日午後の衆院本会議で、就任後初の所信表明演説を行った。首相は冒頭、先の衆院選で政権交代を選択した国民一人一人の期待に応えるため「国政の変革に取り組む」と決意を表明し、「官僚依存の仕組みを排し、政治主導・国民主導の新しい政治へと180度転換」させると宣言した。外交では「緊密かつ対等な日米同盟」の構築を目指す方針を強調。自身の政治資金管理団体の偽装献金問題にも触れ「政治への不信を持たれた。誠に申し訳ない」と陳謝し、捜査への全面協力を約束した。

 さて所信表明演説があったそうです。随分と長かったようですが、それほど目新しいこともなかったと見て良いでしょうか。そんなわけで突っ込みどころもだいたい同じです。つまりはこの辺、「官僚依存の仕組みを排し、政治主導・国民主導の新しい政治へと180度転換」とのことですが、どうも小泉路線の継承を濃密に感じさせるんですよね。

 まず「敵の敵は味方」みたいな感覚と、「官僚/公務員=国民の敵」とするイメージがあって、その官僚/公務員を排除しようとする自分たちはすなわち国民の側に立つものである、自らをそんな風に位置づけようとする手口は、何がやりたいんだかよくわからなくなってきた麻生内閣時代よりもずっと明瞭な小泉路線と言えます。一概に「政治主導=国民主導」とは言えないはずなんですが、「官僚/公務員の敵」=「国民の見方」みたいな捉え方がやっぱり幅広く通用するのでしょう。

 首相は、国政変革へ「まず行うべきこと」として、(1)税金の無駄排除のための組織や事業(2)税金の使い道と予算編成の在り方-をそれぞれ徹底的に見直す「戦後行政の大掃除」に取り掛かる考えを表明。ダム建設や道路整備などの大規模公共事業について「本当に必要なものかどうかもう一度見極めることからやり直す」と力説した。

 「戦後」の否定とは安倍晋三を彷彿とさせますが、まぁ否定の対象も半分くらいは異なるでしょうから良いとしましょう。ただ第一に掲げられているのが「無駄排除」という辺りに鳩山内閣の性質が表れていると思います。結局のところは「古い自民党」への否定を原動力として勢力を伸ばした内閣として、やはり小泉内閣と性質を似通わせる部分が少なくないのではないかと。後ろの方に追いやられた政策の中には評価できるものもある民主党ですが、最前面に掲げたものは懸念を感じさせるものばかりです。

 その上で、衆院選のマニフェスト(政権公約)に明記した重要政策に言及。「財源をきちんと確保しながら」子ども手当の創設や高校授業料の実質無償化、ガソリン税の暫定税率の廃止、高速道路の原則無料化など「家計を直接応援する」施策の推進を約束した。経済政策では「国民の暮らしを犠牲にしても経済合理性を追求する発想はもはや成り立たない」と小泉構造改革路線を明確に否定した。

 それでまぁ、この辺は半分くらいは評価できるわけですが、本当に小泉改革路線を否定できているのかが怪しい、自民党の谷垣と同様、口先だけの否定ではないかという気もします。「官」の反対=国民の側に立つポーズを取り、まず先にムダの排除ありきという姿勢は小泉路線を踏襲しているわけですから、いったい小泉改革をどうとらえているのでしょうか? ただ適当に否定しておけばいい? 「国民の暮らしを犠牲に」という部分は正しい認識かも知れませんが、「経済合理性を追求」というのは正しいのでしょうか? 国外の景気回復の「おこぼれ」に預かっただけで国内経済はガタガタだったことを考えれば、小泉時代が経済合理性を高めた時代であったとはとうてい思えないのですけれど。

「変革」強調、民主議員が大きな拍手…首相所信表明(読売新聞)

 首相は今回の政権交代を「無血の平成維新」と表現し、「官僚依存から、国民への大政奉還で、中央集権から地域・現場主権へ、島国から開かれた海洋国家への、国のかたちの変革の試み」と位置づけた。衆院でも参院でも、演説が終わると与党議員が立ち上がっていつまでも拍手を送った。

 大政奉還以降は中央集権体制へと突き進んだのが日本史の常識だと思いますが、どうも逆を想定しているみたいですね。今回の「大政奉還」の後は中央集権(=大きな政府?)から地域ごとに治外法権的な独裁者(橋下とか河村とか)に権限を持たせる方向に進むつもりでしょうか。それはさておくにしても「官僚依存から、国民へ」だそうです。自民党はどこへ行ったのでしょうか? これだと「官僚」が「主犯」であり、自民党はおまけみたいな扱いです。民主党は自民党や小泉改革の対極に立つものであるよりも、まず第一に官僚と戦うものようです。本気で小泉改革路線を明確に否定するつもりなら「官邸主導から国民へ」でも良いじゃないかと思うのですが。

 首相は演説後、首相官邸で「私が行いたい政治を国民に伝えたかったという意味では、それなりの反響があった」と記者団に述べた。一方、自民党の谷垣総裁は国会内で記者団に「やや冗長で感傷的だ。(首相への拍手歓声は)ヒトラーの演説に賛成しているような印象を受けた」と語った。

 他にも谷垣は「具体性がない」「かけ声ばかり」みたいなことを述べていました。どうなんでしょう、谷垣自身が小泉内閣の重鎮だった頃に外から投げかけられた言葉を、そのまま民主党に投げ返しているような印象を受けます。鳩山内閣の性格を考えれば小泉内閣へ向けられた批判を「再利用」することは的外れでもないとは思いますが、「おまえが言うな」的な部分もありますよね。自分が言われて悔しかったものを逆に言い返してやった、ぐらいのつもりなんでしょうか。こんなのでも自民党ではマシな部類に入るわけですから、民主党は当面ライバル不在かも知れません。

 

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誰にでもできる仕事じゃないだろうし

2009-10-25 11:21:31 | ニュース

貧困、新卒者を最優先 政府の緊急雇用対策(共同通信)

 鳩山内閣がまとめた「緊急雇用対策」の概要が22日、明らかになった。「貧困・困窮者、新卒者への支援を最優先する」として、求職者への支援窓口を一本化する「ワンストップサービス」の実現などを列挙。鳩山由紀夫首相の下に労働界や産業界など各界代表や有識者が参加する「雇用戦略対話(仮称)」を新設し、施策を強力に推進するとしている。23日の緊急雇用対策本部(本部長・鳩山首相)で決定する。

 「緊急雇用対策」の概要が明らかになったそうですが、これだけではどうにも理解に苦しむ部分もあります。「貧困/困窮者」が優先されるのはわかりますよね? 現に困窮している人が最優先になるのは考えるまでもないでしょう。しかるに、それと並べられるのが「新卒者」とはどういう狙いがあってのことなのでしょうか。この辺は色々と推測する余地がありそうです。

 日本では学歴による差もさることながら、新卒/既卒の格差もまた著しいわけです。新卒で就職する機会を逃したら後はチャンスがないと言っても過言ではないくらい、それぐらいの徹底した新卒至上主義ですから。就職に失敗したり内定を取り消しにされた学生は、「就職のために留年する」ほどです。まともな会社に入るためには新卒で就職を決めるしかない、卒業してしまったら企業は軒並み門戸を閉ざしてしまいます(しかるに社員が続々と辞めていくブラック企業は中途採用に積極的だったりしますけれど)。こうした中では新卒者と既卒者、どちらが困窮者に近いと言えるでしょうか。

 まぁ、新卒者を取り巻く状況が急激に厳しくなっているのは疑いようのないところです。元から厳しい既卒者の場合よりも、変化の程度は激しいのでしょう。新卒時こそが唯一の就業機会なら、そこにリソースを集中させるという考えもありなのかも知れません。しかし第二の「ロスト・ジェネレーション」をつくらないようにすると、相官邸のページでは掲げられているわけですが、当のロスジェネ層への対策はどうなんでしょうか。最優先の支援対象からは外れているようですけれど、まさか手遅れだと思っているとか、あるいはロスジェネ層はとりわけ自民党支持の強かった世代だから民主党としては気に入らないとか、そんな風に思ってはいないですよね?

雇用下支え・創出で「10万人」…政府対策素案(読売新聞)

 「介護」「グリーン」「地域社会」の3分野での雇用創出などが柱で、雇用の下支え・創出効果は「2010年3月末までに10万人程度」と見積もった。23日の同本部で正式決定する。

 働きながら職業能力を高める「緊急雇用創造プログラム」では〈1〉介護分野で、施設で研修勤務しながら介護福祉士などの資格試験を受ける場合、特例として実習を免除〈2〉農林、環境、観光の「グリーン」分野で、建設業などからの転職支援や人材育成〈3〉「地域社会」分野で、若者やフリーターの雇用支援を行うNPOなどを活用――などとした。

 さて、こちらはどうも「綺麗事」という印象が拭えません。3番目は具体的なイメージが浮かばないのですが、取りあえず介護や農林分野となるとどうでしょうか。政府としては「就業させたい」分野なのでしょうけれど、求職者側が「就業したい」と思っている分野なのかは甚だ微妙です。給与水準が現在の倍くらいに跳ね上がれば話は違うのかも知れませんが、現状では割に合わない仕事ばっかりではないかという気がします。「志」のある人なら薄給でも頑張れるのかも知れませんが、生活の糧を得る手段として仕事を探している人からすれば魅力に乏しい就職先ですよね。そもそもこの辺り、派遣切りにあった人に対して自民党政府が提示してきた就業先と全く変わらないように見えるのですが。

 実際問題、農業だけでは食っていけないから出稼ぎで建設業や製造業に携わっている人も少なくない中で、雇用対策に農業とはふざけるのもいい加減にしろよと、昨年の段階から既に方々で指摘されていたはずです。「グリーン」などと新たに看板を掛け替えただけで中身は大差ない、政権与党が変わっても新たに創出されようとする雇用の質が変わらない、徴農と下放の発想から抜け出せていないのはどうしてでしょうか。結局、巧拙の差はあれども目指すところは何も変わっていないのかも知れません。

 ちなみに日本の林業作業者は5万人で、1年に50人程度が作業中に死亡するそうです。こういう分野に「仕事にあぶれているだけの普通の人」を安易に送り込んでも大丈夫なのでしょうか? そもそも介護だって農業だって、断じて「誰にでもできる仕事」ではないはずです。誰だって初めは素人、訓練を積んで一人前になっていくものかも知れませんが、人手不足だからと求職者を放り込めばいいと思っていると、とんでもない惨禍を招くような気がします。危険な林業に失業者を放り込んだ挙句、労災死者○十人とかなっても知りませんよ……

 

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お金を使おう

2009-10-23 22:57:22 | 編集雑記

 ここの後半部分でもちらっと触れたことですが、赤字国債発行への批判が強まれば公約の見送りもあり得ると鳩山首相が語っていました。マニフェストも「民意」には勝てないと言うことなんでしょうかね。民主党の公約の中には実現させて欲しくないものも少なからず含まれているだけに、何が何でも公約実現という姿勢では困る、状況に応じて修正するのも許されてしかるべきですが、政策の必要性そのものよりも世論が重視されるようでは、また雲行きも怪しくなってくるような気がします。

 さて民主党政権の公約を実現するためには財源が必要になる、取りあえず不足分は赤字国債発行で補うという流れであり、これに少なからぬ批判があるようです。そこで世論に敏感なのか鳩山首相は公約の実現よりも国債発行額の抑制を選ぶ可能性を示唆しました。この辺はまだ具体的な数値があるわけでもないので推測するほかありませんが、国民が鳩山内閣に望んでいるのはどちらなのでしょう、公約の実現なのか、それとも財政再建なのか、どちらを優先すべきと国民は考えているのでしょうか? 鳩山が世論を見誤っているのでないのなら、たぶん後者ではないかと……

 こっちで触れたことですが、鳩山内閣そのものへの支持が高い割には、個々の政策への支持は伸びが悪いわけです。たしかに、国民の多くが民主党政権に望んでいるのは選挙公約の実現ではなく、もっと別のものと見た方が良さそうです。そして民主党と同様に有権者の熱い支持を集めた諸候補の傾向を鑑みるなら――財政再建を掲げる自治体首長の人気ぶりを考慮するなら――やはり期待されているのは財政再建の方なのかも知れません。好況期には減税で赤字を増やし、不況期には財政再建を望む、なんとも無茶な話です。

 政府の財政と個人の「家計」を取り違えているからこういうことになるのでしょうか。不況だからこそ財布の紐を締めるみたいな発想が根底にありそうです。この辺の考え方を変えるにはどうしたらいいのでしょう。例えば、こんな風に考えてみるとか――

・視点を変える/国ではなく国民の視点で国債を考えよう

 ほら、国債とはすなわち「国の借金」みたいな言い方をされるわけです。でもこれは「国家」を主体とした考えですよね。国「が」借りているという見方です。そうではなく国民の側から国債を位置づけてみましょう、すなわち国民が国に「融資している」と。借金が増えるとばかり思えば否定的な面しか見えてきませんが、どんどん融資してやってると思えば景気のいい話……かな?

・お金は使ってもなくなりません

 嘘だと思うなら、何か商品を買ってみてください。お金はなくなりましたか? お金はなくなっていないはずです、ただ他の人の手に渡っただけで。政府がお金を使うのだって同じこと、別にお金が消えて無くなるわけではないのです。人から人の手に渡るだけ、金は天下の回りものですから。懐に貯めておこうが何かのために使おうが、別にお金はなくなったりしません。

・能力を発揮させないことこそムダである

 才能ある人間を閑職に追いやっているとしたら、それはムダですよね? まぁムダにも一定の存在価値はあると思うのですが、ともかく能力を発揮できない状態にしてしまうのはムダです。そこで「カネ」の能力を考えてください。カネは貯め込まれている限りはただの紙切れであり、金属片であり、通帳上のインクのシミに過ぎません。カネが有している「能力」を発揮させないことこそ最大のムダなのです。そうではなく、カネという強力なツールを積極的に活用することこそ、ムダを省くというモノではないでしょうか。

 ……まぁ別に、カネは使えば使うほど良い、国債でも何でもジャンジャン発行すれば良いと主張するわけではありませんけれど、「お金を動かす」ことにもう少し肯定的になっても良いのではないかと思いますね。沈滞した社会を目指すのなら話は別ですが。

 

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有権者の支持があるのはわかってるけどさ

2009-10-22 22:46:15 | ニュース

名古屋市:市政、深まる感情対立 議会文書に河村市長激怒(毎日新聞)

 名古屋市政は、河村たかし市長と議会が感情的な対立を深め、市の将来について議論できる環境ではなくなりつつある。市長は議員定数を半減させる条例案の準備に入ったが、ブラフ(脅し)ととらえる議員も多い。このまま進めば、市長の市民税10%減税案は議会でたなざらしにされ続け、局面転換を図るため市長が議会解散を仕掛けるという政争に発展しかねない。

(中略)

 市長は19日の記者会見で「選挙で51万人の負託を受けても(2大公約の)減税も地域委員会も、市民3分間演説制度も受け入れられない。これが市民の縮図といえるのか」と議会を非難。その後の議会各会派幹部との定例昼食会でも、問題のペーパーの説明を求めた以外は「無口だった」(出席議員)という。

 来年度から減税を実施するには、タイムリミットが近づきつつある。市長は11月議会を「関ケ原」ととらえ、強い姿勢で臨もうとしており、議会定数削減をちらつかせ始めたのもそれに向けたポーズと言える。一方、議会には「いつもの市民向けパフォーマンス」「(国内を混乱させた)ルイ14世が勝手にものを言って暴れているだけ」など冷めた見方がほとんどだ。

 11月議会を見据え、市長は「51万票」を大義名分に議会攻撃への政略を描いているとの観測もある。議会側の出方次第で、11月定例会が混乱の舞台になりかねない。

 まぁ議論が成り立つ市長でないことは元からわかっていたので、何を今さらという感がないでもありません。困ったことに、名古屋だけに限ったことでもないわけですし。それでも河村市長の支持率は高水準を維持しているらしく、冒頭に書かれているように市長側から議会解散を仕掛けられるとなると、議論ができる環境を破壊している人の権限が強まる可能性が高い、自体はなおさら混迷の度を深めることになりそうです。

 さて最大の争点になっているのは「市民税10%減税案」のようですが、これはいかがなものなのでしょうか。不況に応じた景気対策の一環としての減税であれば理がないわけでもないと思いますが、単なる有権者向けの人気取りであるなら関心はできませんね。むしろ人気があるのなら、市民に理解されにくい部分にこそ手を当てて欲しいところです。減税する原資があるなら、それをセーフティネットの拡充に当てたっていいじゃないですか。

 公務員削減/人件費カットにせよ、議会定数/比例定数削減にせよ「ムダを省く」にせよ、根底にあるのは「官」の領域をことごとく害悪と見なす発想です。そして公共サービスを担い手もろともカットすることに有権者が好意的だったからこそ今があるのでしょう。まぁ普段は空気のありがたみなど感じないのと同様、国民/市民は公共サービスや社会保障の価値など考えたこともないのかも知れません。一方でそのためのコストである「税」については負担に感じているとしたら――とにかく減税を訴える候補に支持が集まるのでしょう。その代償にまでは思いが及ばないわけですから、減税のメリットの部分にしか目が向かないわけです。

 減税の是非はさておくにしても、この河村市長の政治姿勢には大いに問題があるように感じます。つまるところ河村市長が持ち出すのは「選挙で51万人の負託を受け」であって、減税の財源や効用ではないわけですから。財源を問題視する人に財源を明示するでもなく、減税の必要性を疑問視する人にその意義を説くわけでもない、結局は「民意(=自分)」に従えとしか語っていません。しかし政策の妥当性は理非ではなく、有権者の支持で全てが決まるものと考えているのでしょうけれど、これでは議論など成り立たないのが当たり前です。

 しかるに、この辺は河村市長に限らない時代の流れでもあります。「民意を得ているかどうか」、これが唯一にして絶対の基準となっていないでしょうか。どんなに支離滅裂な政策でも民意を得ていれば問題ない、どれほど必要な政策でも民意を得ていないのなら議論の対象にすらしない、そういう時代です。小泉改革だって、改革の中身の妥当性よりも「国民の支持を得ているかどうか」によって正当性を担保しようとしていたでしょう? そして名古屋の河村然り、カイカク直系である民主党然りです。

 民意原理主義者にしてみれば、ユダヤ人を殺すのも他国を占領するのも国民の信任を得ていれば許されるのかも知れませんが、それがどういう結末に至ったかは頭の隅にでも置いておくべきです。何でも民意に従っておけば済むというものではありません。選挙で票が集まったからと言って、その票を集めた政治家の訴えたことが全て正しいとは限らないわけです。有権者の支持自体は尊重すべきなのでしょうけれど、政策の理非はまた別に考えられるべきものであり、その段階を無視しようとする、民意によって強行突破を計ろうとするのは民主主義の名を借りた反知性主義であり、衆愚政治とも呼ばれるべきものです。

 

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より深刻なもの

2009-10-21 22:53:27 | ニュース

ソマリアのイスラム組織、ブラジャー着用女性をむち打ち(ロイター)

 ソマリアのイスラム系過激派組織「アルシャバブ」が、ブラジャーを着用していた女性を公開でむち打ちした。イスラムの教えに反するというのが理由だという。地元住民が16日語った。

 イスラム聖法の厳格な適用を求めるアルシャバブは、映画観賞や結婚式でのダンス、サッカーも禁止しており、今月に入ってからは、強盗を働いたとして若い男性2人の手と足を切断していた。

 地元住民の話によると、銃を持った男たちがブラジャーを着用していたと思われる女性たちを集め、公開でむち打ちした。その後、女性たちはブラジャーを外して胸を揺らすよう命じられたという。

 また、身内がブラジャーを外すよう命じられたことに抗議した男性が、刑務所に入れられたという情報もある。

 「ブラジャーを外して胸を揺らすよう命じ」って、たいていの文化圏では強制猥褻の範疇で扱われるのでしょうけれど、厳格なるイスラム文化圏では話が違うようです。なぜブラジャーを着用してはいけないのか、その辺までは伝えられていないわけですが、まぁ純血カルトっぽい理由と見て間違いないと思います。女性の性を匂わせるものが表に出てはいけない、そう信じている人々も多い(イスラム圏の外でも!)ものでして、だからブラジャーのような女性用下着なんてのもNGなのでしょう。日本じゃノーブラの方がエロいイメージがありますが……

 さて「身内がブラジャーを外すよう命じられたことに抗議した男性が、刑務所に入れられたという情報もある」そうです。これが事実だとすると、これまた我々の常識では計れないところがありますね。まぁ唯我独尊の権力者に抗議して不利益な取り扱いをされる辺りは日本でもあり得ないことではないと思いますが、「身内がブラジャーを外すよう命じられたことに抗議」というのはどうでしょうか? 当たり前の抗議? たしかに、身内が「ブラジャーを外せ」などと命じられていたら抗議の1つくらいはするものでしょう。しかし状況をよく考えてください。該当箇所をもう一度引用しますので。

 “銃を持った男たちがブラジャーを着用していたと思われる女性たちを集め、公開でむち打ちした。その後、女性たちはブラジャーを外して胸を揺らすよう命じられた”

 ……いかがでしょう? 「普通の」感覚であれば、まず鞭打ちに対して抗議するものではないでしょうか? 鞭打ちが終わった後に、女性達は「ブラジャーを外せ」と命じられ、その時になって身内が抗議したとしたら、この「身内」の感覚にも少なからぬ問題があるような気がします。鞭打ちは受け入れるけれど、胸を露出して揺らすなどの性的なニュアンスを伴う見せしめ行為は受け入れられない、そんな感覚が被害者の身内にあったのではないかと推測されます。

 で、こういう性的なものへのタブー視が強い社会を我々の社会はどう評価するのでしょうか? 夏頃に何度か取り上げた成人向けPCゲーム(エロゲー)規制問題では、事実確認を怠りつつも良識家ぶった人々が自身の思い込みのままに規制論を高らかに歌い上げていたわけですが、私にしてみればそうした性的なものを忌避する感情こそが(主として女性の性に対する)抑圧を生み出しているように思われてなりません。規制論者に言わせれば日本は各種ポルノが氾濫していることになっているわけですけれど、むしろポルノが厳格に排除されている社会の方が、よっぽど問題がありますよね?

 ポルノも聖書もコーランも似たようなものではないでしょうか。ポルノを見ても問題など何も起こさない人が圧倒的多数だけれど、中には問題を起こす人もいる、同様に聖書やコーランの教えに触れた人でも、たいていの人は問題を起こしたりはしないものですが、中には今回取り上げたような行為に走る人もいるわけです。そして世界に蔓延している「規模」すなわち影響力を鑑みるなら、まず何よりも有害なものとして規制されるべきは聖書やコーランの方であるべきではないかという気がします。叩きやすいところから叩く、というのならニッチな業界の方を槍玉に挙げるのが簡単なんでしょうけど。

 

 ( ゜∀゜)o彡゜

 

9歳少女に中絶手術、医師を大司教が「破門」…ブラジル(読売新聞)

 世界最大のカトリック人口を抱えるブラジルの北東部ペルナンブコ州で、義父に強姦(ごうかん)され妊娠した少女(9)が今月初旬、中絶手術を受けたところ、カトリックの大司教が、中絶に同意した少女の母親と担当医らを破門した。

(中略)

 ブラジルでは、強姦による妊娠と、母体に危険がある場合、中絶は合法だが、ジョゼ・カルドーゾ・ソブリーニョ大司教は「強姦は大罪だが、中絶はそれ以上の大罪」と述べ、教会法に基づいて医師らを破門。これに対し、ルラ大統領は「医学の方が正しい判断をした。信者の一人としてこのように保守的な判断は残念」と大司教を批判した。

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今のウチに通しておいた方が良いかも

2009-10-20 12:01:15 | ニュース

亀井氏VS.千葉氏 夫婦別姓めぐりバトル(産経新聞)

 別々の姓のまま婚姻関係を持つことができる「選択的夫婦別姓制度」をめぐり、推進派の千葉景子法相と慎重派の亀井静香郵政改革・金融相がさや当てを演じている。千葉氏はあくまで来年1月召集の通常国会で民法改正案提出を目指す構えだが、早くも閣内不一致が露呈している。

 発端は、亀井氏が14日に行った記者会見。夫婦別姓について亀井氏が「姓が別でなければならないという心理がよく分からない」と疑問をはさんだのに対し、千葉氏は16日の記者会見で「逆に、そっちの心理が分からないという方もいる」と反撃してみせた。

 千葉氏には福島瑞穂消費者・少子化担当相が同調している。一方、平野博文官房長官も16日の記者会見で「広く国民が議論するプロセスを経て決めなければならない」と述べ、民法改正案の国会提出までには時間がかかるとの認識を示すなど、閣内の意見はバラバラのようだ。

 基本的には合意形成を重視する立場ですから、反対を押し切って物事を決定するようなやり方には内容の如何に関わらず賛成できないわけです。しかるに担い手が自民党であるか民主党であるかで態度が変わる人もいるもので、例えば八ツ場ダムを巡るネット世論にはその辺が顕在化しているような気がしないでもありません。自民党が反対派の意見を全く省みなかった時は憤りを露わにしていた一方で、立場が変わって自分の支持政党が反対の声に晒される段になると、その反対派の声は聞くに値しないとばかりに切り捨てようとする、こういう立場を取る人も決して珍しくないですから。

 ただ私にしても常に首尾一貫としていられるわけでもなくて、中には異論があっても先に進めるべきではないかと思う場合はあります。死刑廃止とか、冒頭の引用で問われている「選択的夫婦別姓制度」等がそうですね。この辺は法案が可決されたとしても、誰かが傷つくわけではありませんし(勝手に傷つく人はいるでしょうけれど!)。世論の支持は得られなくとも内閣そのものの支持率が高い内に、政策単位で見れば支持率の低いものを成立させてしまうのも1つの方法ではないかと思うわけです。まぁ、気に入らない法案が内閣への支持(議席数)を背景に成立させられるとなると反対するわけですから、我ながら矛盾した願望ではあるのですが。

 ……で、夫婦別姓について亀井氏が「姓が別でなければならないという心理がよく分からない」と疑問をはさんだそうです。じゃぁ逆に「姓が同じでなければならないという心理」を説明してくれとしか言いようがありません。ほら、北条政子とか日野富子とかを思い起こしてください、彼女たちは源政子でもなければ足利富子でもないわけです。夫婦別姓なんてのは近代になってから作られた伝統であって、せいぜいが万世一系神話よりちょっと長い程度の歴史しかありません。夫婦同姓でなくとも何ら問題がない時代の方がずっと長かったのですから、選択的夫婦別姓なんて大したことはないですって。

 そう言えば現代では女性が男性の姓に合わせるのが圧倒的多数を占めるわけですが、昔(真性保守な人にとって理想の時代である戦前辺り)はどうだったんでしょうね。例えば湯川秀樹のお兄さんは小川芳樹とか貝塚茂樹とか兄弟で姓が違うわけですが、この辺は秀樹と茂樹が婿入りして女性側の姓に合わせたからです。この辺は「家を継ぐ」意識の強い上流階級に限られたことだったのでしょうか、昨今では田中直紀参院議員くらいしか思い当たらないのですが、ともあれ女性の方の姓を名乗るケースは減っているような気がします。夫婦別姓の問題が何となく女性の問題に見えるようになっているのは、その辺の絡みもあるでしょうか。

 引用記事でも触れられているように閣内の意見はバラバラ、国民新党との間だけではなく、民主党内でも必ずしも意思統一ができているものでは無いわけです。実際、選挙前には夫婦別姓の見送りという動きもありました(参考)。幸いにして選択的夫婦別姓もマニフェストに載せる結果に落ち着いたようですが、党の勢いがある内に可決させておかないと「民意」によってお流れになってしまう可能性も高いような気がします。例えばほら……

赤字国債批判強まれば「公約一部見送りも」…首相(読売新聞)

 鳩山首相は15日夕、民主党の衆院選のマニフェスト(政権公約)の実現とその財源としての赤字国債増発について、「『マニフェストの実現より、国債をこれ以上発行してはいけない』と国民の意思として伝えられたら、そういう(公約を見送る)方向もある」と述べた。

 赤字国債発行への批判が強まれば、一部の公約の実現を見送ることもあり得るとする考えを示したものだ。首相官邸で記者団の質問に答えた。

 民主党の公約の中には実現して欲しくないものも多々ありますので、公約だからと言って何が何でも実行に移されたら困る側面も否定はしません。内容次第で「公約を守れ」と要求したり「公約に縛られるな」と批判したり、良く言えば是々非々、悪く言えばダブスタの態度を私も取ることが出てくるような気がします。その辺はさておくにせよ、鳩山首相曰く「国民の意思として伝えられたら、そういう(公約を見送る)方向もある」と。う~ん、これは国債発行が必要な場合に限ったことなのでしょうか。

 何が何でも公約を実現するべきとは思いませんが、かと言って揺れ動く民意に振り回されて二転三転するのも好ましくありません。時には政策を修正するのが好ましいこともありますが、最近は民意に今ひとつ信頼が置けませんからね。そこで選択的夫婦別姓はどうなるのでしょうか、もたもたしていると反対の世論の方が盛り上がってくる、その時に民主党の支持率が低下傾向なら「国民の意思として伝えられたら、民法改正を見送る方向もある」みたいなことを言い出しても、何ら不思議ではないわけです。一部の民主党原理主義者の希望的観測とは裏腹に、「ぶれる」実績には事欠きませんし。

 

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国民が民主党に期待するもの

2009-10-18 22:51:52 | ニュース

高速無料化、半数が反対=民主支持層にも異論-時事調査(時事通信)

 時事通信社が17日まとめた世論調査によると、民主党が衆院選マニフェスト(政権公約)に掲げた主要政策のうち、賛成が最も多かったのは「公務員の天下り根絶」の73.0%。反対が最も多数を占めたのは「高速道路の無料化」の50.3%だった。

 調査は9~12日に全国の成人男女2000人を対象に個別面接方式で実施。九つの政策の中から、「賛成」、「反対」の政策を自由に挙げてもらう方法で行った。回収率は67.4%。

 それによると、「天下り根絶」に次いで賛成が多数だったのが「子ども手当創設」(44.4%)で、「ガソリン税などの暫定税率廃止」(43.1%)、「温室効果ガスの25%削減」(40.0%)が続いた。反対の政策では、「高速無料化」のほか、「八ツ場ダム、川辺川ダム建設中止」(24.6%)や「子ども手当創設」(21.1%)を挙げた人が多かった。

 それぞれの政策を支持政党別にみると、「天下り根絶」は民主党支持の80.1%、自民党支持の67.2%がそれぞれ賛成するなど、支持政党にかかわらず高い評価を受けている。一方、「高速道路無料化」については社民党支持の66.7%、民主党支持の50.0%が反対だった。同党支持の中で次に反対が多かったのが「子ども手当」の18.4%だったことをみても、高速無料化の不評ぶりが浮き彫りになった形だ。 

 時事通信の別記事では内閣支持率が上げられていますが、それに寄りますと鳩山内閣自体の支持率は歴代3位の60.6%だそうです。一方で上に引用した個々の政策への支持を見ますと、「天下り根絶」が内閣支持率を上回る73.0%もの支持を集めた一方で、2番目に賛成が多かったとされる「子ども手当創設」ですら44.4%と、歴然たる差が開いています。う~ん、やはり公務員叩きが奏功したのでしょうか。天下りが好ましいものではないにせよ、それほど優先順位の高い問題、国民の生活に影響のある問題とも思えないのですがねぇ。

 内閣そのものの支持を上回るのは「天下り根絶」だけで、その他の政策に関しては必ずしも十分な賛意が集まっているわけではなさそうです。内閣は支持するけれど「八ツ場ダム、川辺川ダム建設中止」には反対、「天下り根絶」には諸手を挙げて大賛成だけれど、「子ども手当創設」には反対、そういう人が多いのでしょう。ただこの辺は小泉旋風の時と同じこと、支持者は構造改革や郵政民営化に賛成するつもりで票を投じたのであったかもしれませんが、とにかく選挙に勝ってしまえば、あとは「民意を得た」ものとして議席数にものを言わせられるようになるわけです。鳩山内閣だって同様、政策単位で見れば反対の声が強いものであっても、内閣そのものへの支持を背景にごり押しできる状況が整っています。さて、どうなることやら。

 ちなみに「「天下り根絶」は民主党支持の80.1%、自民党支持の67.2%がそれぞれ賛成」だそうです。この結果を時事通信は「支持政党にかかわらず高い評価を受けている」とまとめていますが、もうちょっと邪推できそうな気がします。より強く天下り根絶を支持しているのは民主党支持層ですが、それは民主党支持層が元から持っていた傾向と言うより、天下り根絶を支持する人が民主党も支持するようになった結果ではないかと、そうも考えられないでしょうか。「官」を敵に見立てたカイカクは既に小泉時代から始まったものの、能力不足の際だつ麻生内閣時代に頓挫しつつあった、麻生内閣では期待したような天下り根絶が実現不可能と見た人々が、今度は民主党にカイカクの夢を託すようになった、その結果が今に繋がっているのではないかと。

阪九フェリー、大型船2隻売却へ 千円高速で減便(朝日新聞)

 北九州―阪神間で長距離フェリーを運航する阪九フェリー(北九州市)は17日、大型フェリー6隻のうち2隻を収支改善のために売却することを明らかにした。昨秋来の不況や高速道路料金を大幅に割り引いた「千円高速」の影響で利用が落ち込み、10月から一部路線を減便し、船員らのリストラにも踏み切った。

 売却するのは、減便で使わなくなった大型フェリー(約1万5千トン)の2隻。すでに海外企業との価格交渉に入っている。同社幹部は「不況と高速道路料金の値下げのダブルパンチで客を奪われた。政府が高速を無料化するなら、さらに厳しくなる」と理由を説明する。

 同社によると、毎年の旅客数は四十数万人、乗船するトラックも20万台強あったが、現在はその7割程度に落ち込んでいる。売上高もピークの07年度の110億円から、今年度は70億~80億円程度に減る見通しという。

 このため、1日2便運航していた北九州・新門司―大阪・泉大津間を今月から1便に減便。9月末には約340人いた従業員のうち、船員約30人をグループ会社などに出向、派遣させ、発券や予約業務に携わっていた派遣社員やパートの計約50人との契約も打ち切った。

 さて、民主党の目玉政策の中でも際だって反対が多いのが「高速道路無料化」です。まぁ自分で車にならずとも、日常生活の中で普通に購入する商品の大半はトラックで運ばれてきたものです。だから誰しも間接的に高速道路を利用している、その点では高速道路料金の値下げ、無料化の恩恵とも無縁ではないのでしょうけれど、やっぱり弊害も大きいような気がします。上の例は不況の影響もあって純粋に高速料金値下げの影響だけではないようですが、それでも「千円高速」が自動車以外の交通機関に与える影響は無視できるものではなさそうです。「千円高速」でもごらんの有様なら、無料化した場合はどうなるのでしょうか。

 まぁ時代とともに交通機関だって移り変わるもの、馬車や人力車のように、いつの間にか不要になっていくものもあるわけです。だから何が何でも既存の公共交通機関を存続させなければならないとは言いませんが――フェリーの場合はどうなんでしょう? 高速料金の値下げ/無料化にもプラスの側面はありますが、「温室効果ガスの25%削減」を掲げる以上は自家用車の利用が増えすぎるのも困りもののはず、しかしフェリー路線が不採算で廃止になってしまえば猶更、車を走らせるしかないですよね。そして引用記事で紹介されている阪九フェリーでは「派遣社員やパートの計約50人との契約も打ち切った」そうですが……

 

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