非国民通信

ノーモア・コイズミ

公務員でも当たり前

2008-09-30 23:11:19 | ニュース

自治体職員の28%は非正規 ワーキングプア7割近く(共同通信)

 自治労が29日発表した地方自治体職員の勤務実態調査で、臨時雇いや非常勤などの非正規職員が全体の27・8%を占めることが分かった。非正規職員の少なくとも67%は「年収200万円以下の官製ワーキングプア(働く貧困層)に該当する」とみられる。地方財政の悪化を背景に「職員定数や人件費が削減され、安価で入手しやすい労働力で補わなければならなかったから」と自治労は指摘している。

 公務員と民間企業の給与比較の際に、決まって除外されている人々がいます。人事院勧告の基になる資料だけは例外のようですが、それ以外の場面では一部の正規職員の平均が公務員の平均として、非正規とパートタイム含め職種問わずの平均が民間企業の平均として提示されるのが常ですから。公務員は好待遇だと印象づけたい人々が目を背けようとしてきた人々が、ここでニュースになっている非正規職員、官製ワーキングプアなのです。

 まぁこれも「民間では当たり前」と言えば当たり前なのですが、それが歓迎されているか否か、どこから要請されたものであり、どこから支持されているか、そこに違いがあります。民間企業における非正規化の推進、低賃金労働者の使い捨ては、基本的に財界側、経営側が望んでいるものであり、そうでない人からは歓迎されていない、好ましくないと見なされているわけです。ところがこれが公務員の世界となりますと、単純に経営側=行政側の都合によるものばかりではなく、しばしば住民/国民の支持の元で非正規化が進められて来た、そこは念頭に置くべきでしょう。

 民主党と自民党の公約を見比べますと、まぁ比べる相手が悪いと言いますか自民党に比べれば民主党の方がマシなのですけれど、問題のあるものも多いなぁ、と。どの党でも有権者の歓心を買おうと世論に媚びるところが少なからずあるわけですが、しばしば支持層の「思いこみ」に阿るような政策も出てくるものです。例えば中山元国交相の日教組云々の発言も傍目には事実無根の妄言ですが、同じ「思いこみ」を共有している支持層にとっては共感を覚える発言でもあります。それが彼を勢いづけてもいるわけです。

 そこで民主党ですが、財源確保として「国家公務員人件費総額の20%削減」などというプランがあるそうです。この辺は支持層の「公務員は働いていないので人を減らしても問題ない」「公務員の給与は民間より高い」という思いこみに則った提案なのでしょう。その辺では橋下と同じ路線です。確かに公務員叩きに乗じることは、有権者の支持を取り付ける上でプラスです。国民の誤解を解くよりも、国民の信じているものを一緒になって信じること、それが「国民の目線に立った政治」ですから。とにかく支持を拡大させるためには目的に適った方針でしょう。

 しかるに、「無駄をなくす」「財政改革」というスローガンの元で実際に起こっているのは、冒頭に引用したような官製ワーキングプアの増大です。民間でも公務員でも人件費を減らす方法は同じ、正規雇用を非正規雇用に切り替え、働く人を使い捨てにすることなのです。白人の権利は守らなければならないが、黒人は下僕だから酷使しても構わないとするならいざ知らず、労働者の権利を等しく守ろうと言うのなら、自ら率先してワーキングプアを作ろうとする政策は、あってはならないはずですね。

 

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人はパンのみに生きるにあらず

2008-09-29 23:02:46 | ニュース

「食料自給率40%」の虚構さえ見抜けぬマスメディアの不勉強【野口悠紀雄コラム】(ダイヤモンド・オンライン)

(1)食料自給率の引上げが必要?

 まず、通常使われる「カロリーベース自給率」という指標に問題がある(「自給率が40%を下回った」というのは、この指標で見た場合である)。たとえば、鶏卵の96%は国内で生産されるが、飼料を輸入しているために自給率は5%とカウントされている(食生活情報サービスセンターのウェブサイトにある「食料自給率とは何ですか」を参照のこと)。生産額ベースでの日本の自給率は、現在70%程度である。

 自給率の引上げだけが目的なら、パン食をやめて米だけを食べ、飼料を国産すればよい。しかし、そうすれば、食生活は貧しくなり、肉や牛乳のコストは著しく上がる。自給率が低いのは、日本人が豊かな食生活を実現している証拠である。

 穀物価格の高騰が続くと、「食べものが手に入らなくなる」と脅す人がいる。しかし、現在の主要な穀物輸出国では、自由主義経済体制の下で農民がコマーシャルベースで生産を行なっている。だから、仮に輸出国の政府が戦略的輸出制限を長期にわたって続ければ、困るのは輸出国の農民である。

 「自給率引上げが必要」というプロパガンダは、米をはじめとする一部の農産物に対する非常識なほど高い関税率を正当化する社会的雰囲気を作るためのものなのに、日本の消費者はまんまとだまされている。

 野口悠紀雄にはあまり良いイメージがありませんでしたが、今回のコラムはなかなか面白いですね。その中からピックアップしたいのは、表題にも掲げられた食糧自給率の話です。まず指標に問題があると指摘しています。なんでもカロリーベースだと40%を切るようですが、生産額ベースでは70%程度だとか。世に膾炙しているのはカロリーベースの数値ですね、低い方が「採用」されているわけです。悲観的な数値で危機を煽った方が、日本では何かとウケがいいからでしょうか。

 ダイエットと言えば単純に減量を意味し、ヘルシーと言えば低カロリーを指す、むしろカロリーを「悪」と捉えるような社会である日本で、カロリーを基準とするのも考えてみれば不思議な話です。栄養がある=高カロリーの餓えた国家ならいざ知らず、できるだけカロリーを押えようとしている社会なのに。まぁ、それでもカロリーベースが採用されるのは、できるだけ低く数値を算出したい思惑があってのことなのかも知れません。生産額をベースにして「日本の食糧自給率は70%」と語るよりも、カロリーをベースに「自給率が40%を切った」と訴えかけたい、安心よりも不安にこそ需要がある社会ですから(殺人事件が戦後最低を記録したと発表するよりも、刑務所が一杯だと語ることが好まれるように!)。

 まぁ文明から見放された閉ざされた国家、あるいは頑なに殻に籠もった独裁国家ならいざしらず、現代において自国だけで何もかも賄おうなどと考えるのは非現実的です。いかなる商品も、必ずどこかで外国が関わってくる、提携もあれば依存や搾取もあり、いずれにせよ他国との関係を抜きにして存在しうるものではありません。食料だけがその例外であろうはずもないわけですが、不思議と食に関しては時代錯誤の一国主義的な発想、排他的なナショナリズムが横行しやすいところでもありますね。(参考

 自民党議員(及びその支持層)が「国際社会への貢献」と言ったとき、その「国際社会」とは日米関係を指すわけですが、普段はこうした言動に否定的な人でも、食糧問題を語り出すと「国際社会」=「日米関係」になってしまう人もいますし、そこから「隣国に脅かされる日本」像を創り出してしまう人もいます。そうでなくとも、「日本人は(他の国民より)優れている」なんて言説には眉をひそめる人が、「日本食は(他の文化圏の食事より)優れている」などのヨタ話には驚くほど鈍感であるばかりか鵜呑みにしているケースも少なからずあるわけです。(参考

 私のようなグルメ……とは言わないまでも、コスモポリタン的な好みの持ち主からすれば、その国の食材、その地域の食材しか食べられなくなること、地産地消など悪夢でしかないのですが、「日本食さえあればいい」「日本食を食べればいい」的な価値観の押しつけも少なからずあるような気がします。

 あるいは、日本社会の自立志向の強さもあるでしょうか。「自立しているかどうか」で人間を選別する社会ですから、そうした人間観がそのまま拡大して国家観になると、「自国だけで賄うのが理想」とする一国主義的な発想に辿り着くのかも知れません。お互いに弱いところを補って、支え合う、頼り遭う関係で良いじゃないかと、そういう考え方が私の場合は根底にあるのですが(個人に対しても国家に対しても)、「何でも自分で出来なければいけない」という発想が圧倒的ですね。それが高じて徒に門戸を閉じよと主張するばかりの食糧政策になる、それが現実的とはとても思えないのですが、仮にそれが有効であったとしても、食料だけ自立してどうするのでしょう。その他は全て外国との関係があって成り立っているのに、唯一の例外として食料だけを自給にしたとして、それは自己満足以上の何なのか?

 

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お幸せに!

2008-09-28 22:41:28 | ニュース

 中山国交相は辞任だそうですね。在任5日間、最短記録の更新かと思いきや、過去には4日でクビが飛んだ人がいたようで、歴史に名を残し損ねたとも言えるでしょうか。本人は全く反省していないどころか、自身の同類から賞賛されたことを引き合いに出して居直るばかりです。同じフィクションを信じているカルトの内部でしか通用しない考えなのに、それがわかっていない、こういうのを「内向き」と言うのですが、「日本はずいぶん内向きな~」と語った当人は意味がわかっていないようです。

自分は「幸福だ」88%、現状を肯定的受け止め…読売調査(読売新聞)

 今の自分を「幸福だ」と感じている人は88%に上り、「不幸だ」という人は10%にとどまることが、読売新聞社の年間連続調査でわかった。

(中略)

 今の日本人については、「自分が幸せかどうかを他人と比べて判断する人が多いと思う」と答えた人は76%、「そうは思わない」は21%だった。「自分だけが幸せならばよいと考える人が多い」との指摘にも、「そう思う」との答えは72%に上り、「そうは思わない」は25%だった。

 幸福とは何かを二つまで選んでもらったところ、「健康なこと」が69%で最も多く、「しあわせな家庭生活」41%、「良い友人をもったり、人々と仲よく暮らしたりすること」27%などが続いた。79年以降の調査でトップ3はいずれも同じだった。

 ただ、今回と79年を比べると、「健康」は3ポイント減、「家庭生活」は4ポイント減となり、「良い友人」は5ポイント増えた。

 読売新聞の紙面には掲載されているのでしょうか、調査結果の年度別の統計が欲しいところですが、とりあえず今年の調査結果が発表されています。意外や自分を「幸福だ」と感じている人は88%に上るとか。もう少し不満を抱えている人が多いように思っていましたが、非常にポジティヴな結果です。まぁ、設問の工夫次第で結果は大きく変わりますから、むしろ注目すべきは単年の結果ではなく、その推移でしょうね。なんでも幸福の要因は30年前と比べると「健康」は3ポイント減、「家庭生活」は4ポイント減、「良い友人」が5ポイント増だそうで。

「健康」72→69%
「家庭」45→41%
「友人」22→27%

 ふ~む、それほど大きな変化ではありませんが、私的なものよりも他人との関係を重視する方向への推移が感じられますね。自身に立脚していた「幸福」が、より社会関係に左右されるようにシフトしつつあるのかもしれません。この辺はもうちょっと細かい統計がない限り推測の域を出ませんが、「友達を持つこと」への強迫観念は30年前よりも今の方が強いと思いませんか?

 「自分だけが幸せならばよいと考える人が多い」と思う人が72%、これも推移の方を見たいところですが、いかがなものでしょう。何となく、増えているような気がしますね。「自分だけが幸せならばよいと考える人」ではなく、「自分だけが幸せならばよいと考える人が多いと思う人」がです。ほら、個人として幸せになることを悪いことだと考える人が増えていると思いませんか? 個人として幸せになろうとしている人を見て「あいつは自分だけ幸せならばよいと考えている、けしからん」と、そう咎め立てする人ならば確実に増えているのではないでしょうか。

 先日の中山国交相の「ごね得」発言も似たようなところから来ているはずです。「公」と「私」の利害が対立したとき、「私」の権利を主張することを「ごね得」と呼び、悪いことと考えているわけですが、こうした人なら間違いなく「自分だけが幸せならばよいと考える人が多い(けしからん!)」と回答するでしょう。「私」よりも「公」、個人よりも国家の利益を優先するからこそ「自分だけが幸せならばよいと考える」ことに苛立ちを感じるのです。最もタチが悪いのは、世のため人のため、美辞麗句を掲げつつ、他人の欲望を抑え込もうとする人々なのですが、そうした考え方を持つ人々が増えているなら懸念すべきですね。これも戦後教育の結果かもしれませんが。

 

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救いようがない

2008-09-27 22:51:49 | ニュース

 昨日の続きです。まさか続くとは思いませんでした。私が麻生の立場だったら「頼むから黙っていてくれ」と言いたいところですが、本人はどう思っているのでしょう? 総裁交代で一時的に回復した支持率ですが、野党支持層の希望的観測すら上回る勢いが見られるかも知れません。

「大臣にしがみつかない」=日教組は「日本のガン」-中山国交相(時事通信)

 中山成彬国土交通相は27日午後、一連の問題発言をめぐり、自らの辞任を求める声が与党内でも出ていることについて「国会審議に影響があれば、(ポストに)きゅうきゅうとしているわけではないが、教育改革、地方の高速道路(の整備)とかをやりたいなという思いがある。しがみつくつもりはないが、(今後の)推移を見守りたい」との考えを示した。宮崎市内で記者団に語った。

 発言に対する野党や世論の反応については「わたしの失言というか、舌足らずというか、言葉狩りに合わないように気を付けんといかん」と述べた。その上で、「日教組が強いところは学力が低い」との発言について「撤回はしない。わたしは日本の教育のガンは日教組だと思っている。ぶっ壊すために火の玉になる」と強調した。 

 さて、中山国交相です。昨日は陳謝、撤回したものと思っていましたが、どうやら何の反省もないようで、類似の発言を繰り返しています。例によってツッコミどころが多すぎて困ります。まずは国交相のポストにありながら、道路整備云々よりも前に教育改革を口にする辺りを問うべきでしょうか。別に担当外の分野に口を出してはいけないとかそういうものではありませんけれど、自身が責任を負うべき分野を差し置いて教育分野に言及する、どうも「自分の好きなことをやる」発想に見えます。

 安倍元首相も党閣僚から随分と甘く見られていたわけですが、麻生も同じですね。いかにトップが指示を出しても、部下が好き勝手に動く、自分のやりたいように行動されてしまう、暴走する党閣僚を制御できない、そんなイメージが浮かびます。きっと石破辺りも、割り当てられた役割である農政を語るよりも、自分の大好きな軍事のことばっかり口にするのではないでしょうかね。

国交相発言「本質ついてる」 橋下知事は擁護論(朝日新聞)

 中山国交相の発言に対し、学力調査の結果公開を求めて市町村教委とバトルを繰り広げている橋下徹・大阪府知事は26日、報道陣に「表現方法は賛否両論あると思うが、本質をついているような発言なんじゃないですか」と話した。橋下知事は「(公開には)教員が大騒ぎして大反対している。教員組合が強いかどうかはわからないが、教員が教育の中立性の名の下に府民の声を聞かなかった」などと述べた。

 何でも橋下知事は、大阪府の教員組合が強いかどうかすらわからないそうです(大阪府の日教組組織率は3割弱と、かなり低いです)。よくわかっていないことを、思いつき、思いこみだけで語る政治家や評論家には事欠きませんが、曲がりなりにでも問題の当事者である以上、「わからない」では困りますね。状況が「わからない」人は、まず実態をよく勉強してから語って欲しいところですが、そこを居直る人が多いのですな、これが。

 ………

 「日教組が強いところは学力が低い」との発言は撤回しないと中山国交相は断言しているわけですが、とりあえず日教組組織率と学力テストの結果に相関関係がないことは、朝日新聞の報道を待たずとも産経新聞のあびるんが認めているところです。日教組の組織率が低い大阪府の学力テストの結果はどうなのか、その辺は橋下知事にでも問い合わせてくださいとしか言いようがありません。それでも発言を撤回しないと言い切る中山国交相、「(実際に)そうである」ことと「そうあってほしい」ことの区別が付いていないようです。「日教組が強いところは学力が低い」なんてのは、中山氏及びその同類の願望ではあっても現実ではないのですが、虚構と現実の区別が付かない人が出世するのは美しい国の伝統なのでしょうか? まぁ、陽系規模で調査すれば、相関関係がなくもないようなのですが。

 それよりも問題なのは「言葉狩りに合わないように気を付けんといかん」です。要するに中山氏としては、自分の発言に問題はないが、問題視する人がいるから、それに気をつけなければならない、そんな認識なのでしょう。喩えるなら「警察に捕まらないように飲酒運転を控えんといかん」と言うようなものですね。それが何故取り沙汰されるのか、その辺りへの自覚が皆無であり、何が問題なのか全く近い出来ていないことを示しています。せいぜいが「叱られるから親の言うことを聞く」、その程度のレベルでしかない、自分で物事の善し悪しを判断できない未熟な人間だということです。

 

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類は友を呼ぶ

2008-09-26 22:52:49 | ニュース

 「類は友を呼ぶ」と言いますが、皆さん実体験としてはどうですか? 私の友人にはヘビーメタルの愛好家もいなければ、政治的にリベラルな人もいないわけですが、その代わりほぼ全員が非正規雇用だったり、正社員でも時給に直すとバイト以下のブラック企業勤務だったりと、社会人としては落ちこぼれた人ばっかりです。この点では確かに、類は友を呼びますね。さて、今をときめく麻生内閣はどうでしょうか。

中山国交相が「誤解を招く表現」を連発、撤回(朝日新聞)

 中山国土交通相は25日、報道各社のインタビューで問題発言を連発した。「誤解を招く表現があった」として撤回したが、今後、波紋を呼びそうだ。

 住民の根強い反対もあり整備が遅れる成田空港。今後の施策、整備の考え方を問われ「ごね得というか戦後教育が悪かったと思いますが、公共の精神というか公のためにはある程度は自分を犠牲にしてでも捨ててもというのが無くて、なかなか空港拡張もできなかった」と、住民の対応を批判した。

 あの麻生の同類なら何を言っても不思議ではありませんが、先人の失敗に学ぶ姿勢はないのでしょうか。安倍元首相も、自ら任命した閣僚の妄言連発で次々と支持を失っていったわけですが、麻生体制でも前任者の轍は継承する模様です。しかしまぁ、自身が持つ不可侵の権利を行使しようとすることを「ごね得」と呼ぶ習慣は相変わらずですな。

第29条 財産権は、これを侵してはならない。
第98条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。

 来月1日に観光庁が発足するなど注目を集める観光行政。訪日観光客を増やすには閉鎖的な国民性の克服が必要ではないかとの質問に「日本はずいぶん内向きな、単一民族といいますか……」と答えた。86年、当時の中曽根首相は、「日本は単一民族」と発言し、アイヌ民族から抗議を受けた。

 こちらはまた、今さらながらの単一民族神話です。しかしこの単一民族神話、中山国交相が論難する戦後教育の賜物だということを知るべきですね。戦前の教科書では日本は他民族帝国と明記されていました。それがアジア支配を正当化するためのロジックであったとしても、公式見解としてそうであったわけです。単に無知であるだけに止まりませんねぇ……

 ちなみに日本が内向きであることには異論がありません。とりわけ外交政策など、政府自民党率いる日本は紛れもなく「内向き」です。これは同意ですね。近現代史には疎そうな中山国交相ですが、ちゃんと現状を理解している部分もあるようです。

 文部科学相を経験している中山国交相は、教育問題にも言及。大分県教委の汚職事件について「日教組(日本教職員組合)の子供は成績が悪くても先生になる。だから大分県の学力は低い」と主張した。自ら提唱した全国学力調査については「日教組の強いところは学力が低いんじゃないかと思ったから」と実施の背景を説明。その仮説が証明されたとして「テストの役目は終わった」とも述べた。

 野球ではごく稀に、わずか1球で3つのアウトを奪うシーンもあるわけですが、1日で3つもの妄言を吐き散らす大臣とどっちが稀少でしょうか。とりあえず一瞬で3アウト、更迭最短記録でも狙っているかのような劣悪ぶりです。ちなみに日教組組織率と学力調査の関係ですが、あびるんこと産経新聞の阿比留記者がご丁寧に調べたと、黙然日記さん経由で知りました。結果は、あびるんの贔屓目をもってしても日教組と学力の有意な関係は見いだせなかったようです。中山国交相は調査結果ではなく思いこみに基づいてしゃべっていたわけですね。まぁ日本の政治ではよくあることです。

 それより、「日本は内向き」と自覚できるならば、ここでももっと他に気付くべき点があるでしょう。例えば「政治家の子供は資質に欠けても政治家になる。だから自民党政府の政治力は低い」とか、その辺を語るべきでもあります。やれやれ、見てられないな。

 ………

 ………

 ………

 しかしまぁ、撤回の理由「誤解を招く表現があった」というのも理解に苦しみます。何が誤解だというのでしょうか。「それがお前の日頃から考えていることだろうが!」としか言いようがありません。そして別の記事に拠りますと、こんなのもあるそうです。

国交相「申し訳ない」「所管でない」「文科省に聞いて」(朝日新聞)

 中山国交相は、成田空港に関する発言と、海外からの観光客の誘致をめぐって日本人を「内向きな単一民族」と表現した発言については「国交省の所管事項にかかわること」として、事務方が用意した書類を読み上げながら空港整備とアイヌ民族の歴史的経緯について説明。その上で、「国交省の中で仕事をするのが初めてだったのでよくわからない点があった」「誤解を招く表現だった」と述べた。

 「初めてだったのでよくわからない」そうです。まぁ新人なら仕方がありません。1から仕事を教え込んで、何とか役に立つようにするのも先輩社員の仕事です。仕事ですが……この人は新入社員じゃなくて大臣です。その分野の最高責任者にしてこの台詞、自身に課せられた責任を全く理解していません。それに「国交省の中で仕事をするのが初めて」と宣うようなド素人を起用するダメ上司もダメ上司です(まぁこれも「民間では当たり前」かも知れませんが)。まさか御年65歳の爺様に「今は未熟でも経験を積めば大成するだろう」と、将来性に期待でもするつもりでしょうか?

 

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大人になってもそうですから

2008-09-25 23:06:41 | ニュース

goo注目ワード ピックアップ・・・内定者研修(goo注目ワード)

 来年入社予定の新卒生を対象に、この時期から盛んに行われている「内定者研修」。早期に内定を獲得した学生の中には、就職への不安や疑問を抱える「内定ブルー」を経験するケースも多く、こうした学生へのフォローアップとして取り入れる企業が増えているようです。

 その主な内容は、社会人としてのマナーを身につける「ビジネスマナー研修」を始め、ビジネスメールの書き方を学ぶ「メール研修」、「電話応対研修」といった基本的なものから、グループで企画からプレゼンまでを行う「グループワーク」体験、推薦図書の読書、TOEIC受験など多岐にわたります。その他に、心の知能指数とも言われる「EQ」の能力を伸ばす「エモーショナル・リテラシー・プログラム」なども行われているのだとか。

 また、内定者のフォローツールとして注目されているのが「内定者フォローSNS」。内定者のモチベーションを維持するためのツールとして、企業との信頼関係を築くことで内定辞退の防止に一役買っているようです。

 社会人生活のスタートラインは、今や入社日の半年前に繰り上がっています。企業側にも学生側にも、早期の心構えが求められる時代。残りの学生生活を謳歌している学生のみなさん、内定後は社会人への準備体操を初めて行きたいところですね。

 この「内定者研修」のせいで「内定ブルー」に陥る可能性の方が高いのではないかという気がしますが、どうなんでしょう。企業側からすれば事前の研修で内定者をさらなる篩にかけておく、会社の価値観に順応できる人を選別し、不適格者を辞退に追い込もうとか、そういう意図もありそうです。

 しかしまぁ、ツッコミどころが多すぎて迷います。とりあえず今さらながらに指摘すべきは、「社会人」と「学生」が対立するものとして扱われている点ですね。とにかく日本において「社会人になる」とは「学生を否定する」ことを伴うものであり、両者は相容れないもの、そして「社会人」が上位として位置づけられているわけです。

 だいたいにおいて企業側から好まれるの大学生とは、最初の2年くらいで単位を取って3年目は就職活動、4年目は事前研修といったところでしょうか。とりあえず4年生になっても勉強しているような学生は社会不適合者として排除されますね。「いつまでも学生気分じゃ困るよ」とばかりに。大学の価値を否定することが良き社会人の条件でもあります。

 なんでも小林製薬では入社式の前に、予行演習として入場、整列、挨拶、社歌斉唱などのリハーサルを念入りに行うとか。なるほど、これは確かに大学生の感覚からすれば付いていけないこと、普段はやらないことかも知れません。でも、中学生くらいなら当たり前のことですよね? 「社会人」に求められることと「大学生」に求められることは大体において正反対ですが、「社会人」のそれと「中学生」のそれは、非常に似通っているのではないかと常々思います。

 「エモーショナル・リテラシー・プログラム」なんて怪しげな横文字も、中学生が授業中に考えた必殺技の名前と大差ないと思いませんか? 「エターナル・フォース・ブリザード」辺りと区別が付きません。そうでなくとも毎日の朝礼、終礼、チャイムとともに始業、昼休み、就業、いつも名札をぶら下げて、各種当番は持ち回り、大学にはないけれども会社と中学校にはある、そんな例は枚挙に暇がありません。

 推薦図書の読書=読書感想文もさることながら(ここで推薦されるであろうビジネス本の水準がどの程度かというと?)、「EQ」もまたなんともスピリチュアルな香りが漂っています。完全に情操教育のノリですが、社会人向けの教育なんてこんなものです。かの名高い「水からの伝言」が性懲りもなく教育現場に導入されようとしているようですが(参考としてはこちらとかこちらとか)、会社の研修ではどうなのでしょうか? 報道はされていないようですが、会社の研修にエセ科学は定番ですから、有り得ない話ではありません。

 定番中の定番は「バルキスの定理」ならぬ「メラビアンの法則」でしょうか。まぁこれはエセ科学というより歪曲とも言えますが、ともあれ何ら科学的な根拠もない、実証的な裏付けのないことを、疑う余地のない「ありがたいお言葉」として教え込まれるわけです。往々にして後で感想文の提出が求められまして「感動しました」に類するようなおべんちゃらを書かないといけないわけでもありますね。ここでは理性的な批判ではなく、(大人の想定する)子供のように目をキラキラさせて先生のお話によって感化されることが求められるのです。

 「水からの伝言」みたいなエセ科学で道徳教育を行おうとする学校も問題なのですが、実はそれが会社社会に通じるものでもあって、「立派な社会人」を育成する上では、科学的な態度や自分の頭で考えることを教えるよりも、より目的に適った手口であると言えるのかも知れません。企業が否定する「学生的なるもの」を子供達に教えるよりも、企業が実践する情操教育と似たようなものを早い段階から刷り込んでおく、後者の方が会社に適合した人間形成には向いているのでしょう。「メラビアンの法則」をしたり顔で新入社員に披露する企業研修と、「水からの伝言」を子供達に広めようとする教育関係者、どっちも似たようなもの、そういう社会なのです。

 

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「日本とは違う」「日本も同じ」

2008-09-24 22:40:44 | ニュース

「人生は戦争」と書き込み フィンランド、発砲の学生(共同通信)

 フィンランドの職業訓練学校で銃を発砲し学生ら10人を殺害した男子学生が、会員制サイトに「人生は戦争だ、苦痛だ。自分の戦争を1人で戦わなければならない」との書き込みを残していたことが分かった。ロイター通信が23日報じた。事件を受け、バンハネン首相は同日、地元テレビで「民間人に拳銃の所持を認めるかどうか議論しなければならない」と述べた。

 これが日本だったらどうなのでしょう? 「人生は戦争だ」と書き込むことへの評価は? とりあえずこのフィンランドの事件では問題発言、危険な発言として取り沙汰されているようです。しかるに日本では「サッカーは戦争だ」「選挙は戦争だ」などという発言が公然と繰り返されていますし、それが危険な兆候として扱われることはありません。ならば「人生は戦争だ」と言い切ったところで、それが問題視されることは考えにくいでしょう。

 「戦争」という言葉を、避けるべきもの、忌まわしいものの比喩として用いる文化圏では「人生は戦争だ」などと語る人は危険視されるのかも知れません。一方、「戦争」という言葉をヒロイックなものとして肯定的な意味合いで使う文化圏では、むしろ健全さとして解釈されます。「選挙は戦争だ」という発言がポジティヴな発言として通るように、「人生は戦争だ」という発言も、舞台が日本であればポジティヴな意味合いで受け取られたのではないでしょうか。その人は人生に対して積極的でチャレンジ精神に溢れている、ぐらいの意味合いになりますね、日本であれば。

中国で役人解任の嵐、切り捨てて党中央の権威守る?(読売新聞)

 粉ミルク汚染など重大な事件・事故を巡り、中国の政府高官、地方幹部が続々解任されている。

 9月中旬以降、4件に絡んで約20人が更迭され、中国メディアはその激しさを「未曽有の嵐」と形容する。北京五輪終了後、社会問題が再び噴き出した中国。胡錦濤政権は、民衆の怒りを集めた役人を切り捨てる“正義の味方”役を演じ始めた。共産党中央の権威を守るためだ。

(中略)

 都市部、農村部を問わず、社会に不満を抱く民衆の多くが、「庶民の苦しみを分かってくれる胡主席や温家宝首相はとても尊敬できる。だが、現場の腐敗役人は最悪だ」と話す。北京に来る直訴者をはじめ、胡氏らが腐敗役人を「懲らしめる」のを待つ人々は、全国に広く存在している。

 官民衝突に詳しい党関係者は、「“皇帝の善政”を待ち望む大衆心理は強い。党中央の権威が維持されていれば、各地の民衆の怒りは孤立したままであり、反政府で一体化することはない」と指摘する。「中央の権威維持」とは、メンツだけの問題ではない。

 政権の思惑を裏付けるように、中国での解任報道には、「中央が粉ミルク事件の責任者を厳しく処分」など、勧善懲悪的な表現が目立つ。解任の嵐もまた、一種の政治宣伝といえる。同時に、そうした手法に頼らなくてはならない党の苦境を示すものともいえる。

 冒頭は「日本とは違う」事例ですが、こちらは「日本も同じ」事例です。読売の記者にその自覚があるかどうかは不明ですけれど。「“皇帝の善政”を待ち望む大衆心理」をロシア史ではツァリズムと呼び、高校の教科書ぐらいではロシアに特徴的なものとして教えることになっているようですが、少なくとも中国と日本には同様のものが存在しますね。

 この場合、「共産党」を「自民党」に、「胡錦濤」や「温家宝」を「小泉」や「舛添」「橋下」辺りに入れ替えれば、やっていることは日本でも中国でも同じです。やろうとしたことが同じでも実力不足で失敗した「安倍」なんてのもいましたが、ともあれ手法は共通、悪者を作っては切り捨てることで「正義の味方」を演じる、悪い役人を「懲らしめる」のを待つ人々に媚びることで「民衆の側に立っている」かのごとき錯覚を作り出すわけです。「府民の苦しみを分かってくれる橋下知事はとても尊敬できる。だが、現場の腐敗役人は最悪だ」と日本でもよく聞かされますよね? 私はもう、日本と中国の深い繋がりを感じないではいられません。

 それはさておき、中国政府の人権弾圧には非難の声を上げるが、日本政府による人権侵害は擁護する、そんな素晴らしいダブルスタンダードの持ち主が多いわけです。今回の件はどうなのでしょう。日本政府によるそれを強く支持する一方で、中国政府による勧善懲悪的な手法は姑息とでも非難するのでしょうか? 試しにブログ検索などしてみたわけですが、う~ん、中国政府の手法を賞賛するばかりか、日本も見習えとばかりの論調も散見されますね…… 読売記者は批判的な事例として中国政府の手法を取り上げたようですが、当てが外れたようです。何しろ、日本人が大好きな手口ですから。

 

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農水相に注目!

2008-09-23 22:23:24 | ニュース

財務相・中川昭一氏が有力=河村官房長官固まる-麻生内閣24日発足(時事通信)

 自民党の麻生太郎総裁は23日午後、新政権発足に向けて閣僚人事の調整を続けた。政権の要である官房長官には河村建夫元文部科学相(伊吹派)の起用が固まった。また、財務相には中川昭一元政調会長(同)の起用が有力。総裁選で争った石破茂前防衛相(津島派)は農水相を軸に調整している。

 いまさら閣僚人事がどうなろうとダメなものはダメだろう、そんな気がしないでもありませんが、官房長官には河村建夫、財務相には中川昭一、そして農水相には石破茂といった線で調整が進められているとか。農水相はちょっと注目すべきところかも知れませんね。何しろ疑惑のデパート、不祥事の総合商社です。そこに問題が発生しないときはなく、大臣が難局を切り抜けられた試しもない、まさに「死地」と化しているポストですから。

 麻生氏に限らず、農水相/農水省に足を引っ張られるのはもう御免でしょうから、そこは人選に気を使うはず。これ以上の問題を起こさないようにしたいはずです。しかるに、麻生の人選は石破? 軍隊が大好きで、極めて情緒的な人という印象ですが、さて農水相に相応しいのかというと?

 自らの不祥事で内閣全体のイメージダウンを招くような汚職政治家はまず除外したいでしょうね。訳の分からない疑惑を追求されては何も説明できず、挙句の果てには顔中に絆創膏を貼り付けて不審なイメージを日本中にばらまくような人選は完全な愚策です。その点、石破だとどうなのでしょうか? 別にクリーンな政治家という印象もないですが、とりあえず今のところは巧く免れている、のかな?

 そしてもう一つ、事故米やメラミン混入など、農水分野での問題が相継いでいます。これをいかに乗り切るか、手腕が問われる時期にあるわけです。言うまでもなく最悪なのは「大した問題ではない」「自分に責任はない」と居直るタイプですが、これを避けるにしても、ではどういう人物を選ばなければならないのか。正道としては「問題解決能力の高い人」なのでしょうけれど、今の自民党にそれを期待しても無駄です。そこで取って代わるのが「責任転嫁能力の高い人」ですね……

 この「責任転嫁能力」の№1は言うまでもなく小泉純一郎ですが、とにかく問題が起こってもそれを他人のせいにすることで批判の矛先が自分達に向かわないようにしてしまう、こうした能力は国民にとっては無益ですが、政権を維持しようとする人々から見れば非常に重要なのです。今の閣僚クラスでこの能力に秀でているのは、やはり舛添でしょうか? 問題相継ぐ厚労省の責任者でありながら、実に巧みに自らのクビを守っています。彼ならば農水相を任せても、上手いこと非難を他所に振り向けることで政権の命脈を保ってくれそうです。しかるに石破はその辺り、どうなのでしょう?

 まぁ日本の閣僚人事にはよくあることですが、石破茂と農水省、どうしてもミスマッチな印象が拭えませんね。経歴を見れば農林水産政務次官を務めていたりもするわけですが、専門性よりも人物とばかりに、その分野の素人を適当に配置していないか、と。この辺は日本の会社人事でも同じで、その人の専門性を考慮するよりも、分野を問わず「良さそうな人」を起用するのが通例ではありますけれど。

 

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きっとネッシーだよ

2008-09-22 22:36:39 | ニュース

潜水艦確認できず 不明艦の捜索終了(産経新聞)

 高知県沖で領海侵犯の可能性があるとされた国籍不明の潜水艦について、海上自衛隊の赤星慶治海幕長は16日、「確実に潜水艦とのデータはなく、潜水艦と確実に言えない」と、潜水艦ではない可能性があることを明らかにした。

 記者会見で赤星海幕長は「逆に潜水艦でないとのデータもない」と、潜水艦説を全面否定はしなかった。防衛省幹部によると、「正体不明のものが領海内で発見され、それが何か判断できないのが現実」という。

 国籍不明の潜水艦に対する捜索活動は同日午後3時で終了。海自は「潜望鏡や潜水艦らしきものを発見したら徹底捜索するのが任務だ」と捜索を続けたが、「漂流する漁具や流木、クジラや魚群、潮目と勘違いすることは護衛艦のソナーの能力上否定できないこと」としている。

 他に話題もあったせいかそれほど盛り上がりませんでしたが、足摺岬沖で国籍不明の潜水艦が領海侵犯したとされる事件で進展がありました。曰く「確実に潜水艦とのデータはなく、潜水艦と確実に言えない」そうです。まぁ実績から考えますと、漁船の接近に気付けないレベルの海上自衛隊ですから、事実誤認の一つや二つあったところで何の不思議もありません。当初は「潜水艦」と力強く断言していたわけですが、それを裏付けるデータはなく、どうやら「潜水艦」とは希望的観測だったようです。「何やらそれっぽいもの」を見て「潜水艦だ!」と思いこんでしまったわけですね。

 かつて北朝鮮がミサイル実験を強行した際に、「金正日に感謝しないといかんな」と語ったのは麻生氏です(本日めでたく総裁就任が決まった記念に、ここで繰り返しておきます)。このミサイル実験によって当時の安倍政権の支持率はピークに達したわけで、まさに自民党からすれば金正日様々だったのでしょう。これに限らず、周辺諸国との関係悪化は政府与党の支持を強めるのが常でした。被害妄想を鼓舞してくれるような、そういう事例に餓えているわけです(参考)。ならば今回の足摺岬沖の一件も同様、何かを期待するところがあって、その期待の故にこそ、確たる裏付けのない断言に至ったのではないでしょうか。潜水艦であって欲しい、そう思っていたから潜水艦が見えたのです。

足摺岬沖の潜水艦はクジラ? 防衛省、結論迷宮入り(共同通信)

 高知県・足摺岬沖で国籍不明の潜水艦が領海侵犯したとされる問題で、防衛省・自衛隊はクジラを潜水艦と見誤った公算が大きいとの見方を固めた。ただクジラと断定できる「証拠」もなく、結論は迷宮入りになりそうだ。防衛省は、中国などの潜水艦に関する情報を収集、米軍にも協力を要請した。その結果、この海域に潜水艦がいた可能性はほとんどなく、クジラのヒレなどを誤認したのではないかとの判断に傾いた。

 記者会見の全貌を聞くことは出来ませんが、結局のところは鯨である可能性が高いとか。やれやれ、わざわざ南極海まで遠征して、売れもしない鯨を「調査」してくる割には、自国沿岸の鯨の把握はお粗末なようです。まぁ自称調査捕鯨にしたところで、諸外国との関係を適度の緊張させて被害者意識を煽る、それによって現体制の元での結束を促す、そういう意図があるなら一貫性はあるのでしょうけれど。

 

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何故「ねんきん」は平仮名なのだろう

2008-09-21 22:54:25 | 編集雑記

 「ねんきん特別便」が届きました。本当に加入者全員に送られているみたいですね。届いて初めて実感できました。私の場合は職を転々としているので自分でも把握できているかどうか、多少の不安がないでもありませんでしたが、とりあえず加入期間については正確に記録されておりました。それはいいのですが、「納付・未納の詳細などはお示しできていません」だそうで、払ったものがちゃんと管理されているのかどうか、そこが不安です。「納付済月数」「全額免除月数」の合計を足せばピッタリなのですが、払っていなかった時期もあるはずなので。職員が気を利かせて未払いの分を全額免除として処理してくれたのなら、まぁありがたいことなのですけれど。

 それはさておき、冒頭の「本当に加入者全員に送られている」というのは実は嘘らしいです。というのも、転勤族でありますダディに聞いてみましたところ、ねんきん特別便発行時の居住地が海外の場合は発送の対象外なのだとか。へー。それでダディはわざわざ役所まで自分の年金記録を確かめに行ったそうです。ダディの場合はずっと同じ会社で働いてきたので、私の年金記録なんかよりは遥かにシンプル、心配はなさそうですが。問題は支給開始年齢に到達するまでに、また支給開始年齢が引き上げられはしないかとか、そういうところですね。

 ママンのところには、だいぶ前に届いたみたいです。聞いてみると「4月入社なのに5月からの加入になっている!」とか。おやおや。ちなみにママンは嘱託社員でした。嘱託社員――昨今は耳にしない言葉でしょうか? 働かせ方が多様化する中で派遣社員とか契約社員とかアルバイトとかが増えているわけですが、いつのまにか嘱託社員という言葉が消えつつあるような気がします。まぁとりあえず、正社員ではなかったわけです。昔からこういう雇い方はあったのですが、今ほど雇用側に都合よく制度化されていたわけでもなければ、「(女性なら)結婚すればいい」ということで問題が大きくはならなかったのですな。

 さて派遣社員の場合ですと、最初から各種保険に加入するケースは滅多にありません。私の場合も概ね1ヶ月以上勤務してから、中長期的な雇用の継続が見込まれるようになって初めて、保険加入となるわけです。そうした例をママンにも説明しました。ママンも非正規だから、最初は保険未加入で様子見だったんじゃないの? とりあえずママンは昔の給与明細を探して確認してみるそうです。

 ちなみに派遣社員の間でも、保険に入りたがる人と入りたがらない人がいますね。何しろ保険料のために手取りの15%程は飛びますから、薄給の身には非常に重い負担です。失業してもなんやかやと理由をつけて失業給付を拒まれるので失業保険は役立たず、就業中は多忙で昼間から病院に行く暇などあろうはずもなく健康保険を使う機会もない、明日の100より今日の50、泥船のごとき年金保険に投資など出来ない、そういう人にとって保険料とは少なからず疎ましいものです。

 そこにつけ込んで「保険に入らなくてもいいですよ」と持ちかける派遣会社もあるわけです。知人の中には「羨ましい、○○社もそうすべきだ」と言っていました。いやいや、確かに保険未加入によって増加する手取りは大きいですが、だからと言って保険未加入を勧めるような派遣会社は危ない、それは被保険者のことを思いやっての提案ではなく、派遣会社側の利益を取るための提案だと知っておくべきです。

 まともな派遣会社なら、取り分は7:3です。ここから労使折半の保険料を差し引くとどうなるか? 派遣先の支払い10に対して、それぞれの取り分が6:2ぐらいになります。比率だけでなく絶対量も7:3から6:2程度になるわけですね。消えた「2」は保険料です。そして派遣社員から見た場合、保険料負担は給与の15%程ですが、派遣会社から見た場合、保険料負担は収益の3割を超えます。派遣社員を保険に加入させることで派遣会社の取り分は3割以上、減ってしまうわけです。これは派遣会社としては何としても避けたいはず、逆に見れば派遣社員を保険加入から外すことで収入が5割増(2→3)になるのですから、何とも美味しい話です。

 保険料負担は派遣社員にとっても非常に重い負担ですが、実は派遣会社にとっても非常に重い。そこで派遣社員の負担感にかこつけて「保険未加入」をちらつかせる派遣会社もあるわけですが、そういう派遣会社は遵法意識もさることながら、派遣社員のためと称して、それ以上に自社の利益をとるタイプと言えます。そういう派遣会社に関わりを持つと、いつか必ず痛い目を見るよと友人を説得するわけですが、いやはや友人は相変わらず保険未加入OKの派遣会社に移りたいようです。人の思いを変えることは難しいですね。ブログの外でも痛感します。

 

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