非国民通信

ノーモア・コイズミ

個人的にSuicaを使いたくない理由

2018-01-28 23:35:04 | 編集雑記

「そっちの投票用紙に変えてくれないか?」

「・・・どうぞ。」

「いや、やっぱりやめだ。そっちの用紙をくれ。」

「どっちも同じですよ。」

「そんなことは分かってるさ、でも選挙なんだから、何か一つでも選びたいじゃないか!」

 

 今はなきソヴェト連邦では、選挙の投票先は共産党しかありませんでした。結果として、せめて投票用紙でも選ぼうとか、あるいは右手で用紙を箱に入れるか左手で入れるか悩む等々、ジョークが発展したわけです。現代でも選挙で選ぶものがない国が残存していたりもしますけれど、一部の国の選挙に限らず「選べない」ってのは本当は笑えない話でもあります。たとえば貧困によって人生の選択肢を奪われている人なんてのは日本でも珍しくない、というより21世紀に入って増加に転じてもいるぐらいですから。

 先週、日本では電子マネーの普及が進まない云々に言及しましたが、積極的に使いたい人と、無理に使いたいとも思わない人の比率って、どれくらいなのでしょうね。とりあえず薄利多売の飲食店「経営者」からすれば、僅かでも手数料を取られる電子決済は「使って欲しくない」と思っているところが多そうですが――薄給の飲食や小売りの「従業員」からすれば僅かでも手間の減る電子マネーを「使って欲しい」と思っているのかも知れません。

 「もう少し便利になれば」とか、「どこでも使えるようになれば」など、条件付きで使ってみたいと考えている人なら結構いそうですが、電子マネーも種類が多くて勝手が悪い、どれか一つは使えたとしても、「どこでも」「どれでも」使えるにはほど遠いのが現状です。ならば店舗を選ばない現金が便利と感じてしまう人も少なからず残る、やはり電子マネーの普及が進まないのも致し方ない、と思います。現金払いは遅れてる!迷惑!と意識の高い人が嘆息しても、何の意味もありません。

 今のところ、使える範囲が最も広いのはSuicaでしょうか。ウチの職場の自販機でも、唯一Suicaだけは使えます。ただ私は、なんとなくSuicaを使いたくなかったりします。電子マネーに抵抗はありませんが、Suicaは嫌です。その理由は、冒頭のジョークと同じです。

 ……私にとってJRって、「他に選択肢がないから」使わざるを得ない会社のイメージが強いです。まぁ転居なり転職なりすればJRを使わないという選択肢も視野に入るのですけれど、逆に言えば転居や転職をしない限りは「JRしか(通勤の)選択肢がない」わけです。毎日のように遅延に付き合わされるとしても、他に選ぶ余地はありません。どんなに不満があっても(亡命しない限り)共産党に投票するしかないソ連の有権者よろしく、どんなに不満があってもJRに乗るしかない――そういう日々を送っていると、Suicaを使うか使わないかという選択が唯一の「(JRのサービスを利用するかしないか)自分で決められること」に思えてしまいます。まぁ、小さな拘りですが、とりあえずSuica以外の電子マネー事業者には頑張って欲しいです。ただし競争万歳で乱立するのではなく、統合する方向で。

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マトモな賃金を払えない事業者が潰れていくのは正常

2018-01-21 23:24:26 | 雇用・経済

飲食店の倒産、2000年以降最多に 個人消費低迷など(朝日新聞)

 2017年の国内企業の倒産件数は8376件で、8年ぶりに前年を上回った。飲食店の倒産が2000年以降で最多となり、全体を押し上げた。長引く個人消費の低迷や人手不足による人件費の高騰が経営の重しになったようだ。

 帝国データバンクが16日公表した通年の全国企業倒産集計でわかった。

 景気の緩やかな回復に伴って倒産件数は7年連続で減少を続けていたが、17年は前年より2・6%増えた。特に、飲食店の倒産が増え、前年比約27%増の707件だった。焼き鳥、おでん、もつ焼き屋などの「酒場・ビアホール」の倒産が最も多かった。飲食店の倒産件数が最も多かったのは東京都、前年比で件数が最も伸びたのは大阪府だった。

 

 まぁ勤務先の近辺でも行列の絶えない人気店が普通に潰れていますので、飲食店とはそういうものなのではないかとも思います。昼時にどれだけ人が並んでいても、結局は夜に酒を飲んでくれる人がいないと利益なんて出ないものなのでしょう。それが世界的に見て普通のことなのか、あるいは日本固有の現象なのか、もしくは現政権下で突発的に発生するようになったことなのか――この辺は人それぞれの政治的立ち位置によって見解が割れそうですね。

 さて、報道では「個人消費の低迷」と「人件費の高騰」がなんの疑問もなく並べて書かれています。人件費が本当に高騰しているのなら相応に個人消費が増えていなければおかしいはず、人件費が高騰しているのに個人消費が伸びないのなら、せめて代わりに預貯金残高が急騰していなければおかしいでしょう。しかし、鰻登りなのは企業の内部留保だけです。人件費が高騰していると伝えられているにもかかわらず、消費も個人の預貯金も低迷を続けているのは何故なのやら。

 結局、ブルジョワ新聞の目から見た「人件費の高騰」なんてのは、都合良く奴隷を調達するのが昔より僅かに難しくなっただけのことでしかありません。働く人に払う賃金を惜しむ意識が強いからこそ、微々たる賃上げを「高騰」と呼び習わしているだけの話です。そもそも人件費が下がっていった時代の政権を熱烈に支持してきたネオリベ新聞社にとって、賃金の上昇とは企業の倒産を招く絶対悪なのでしょう。

 なお日本では今なお現金払いが圧倒的に強い、電子マネー普及が進んでいないとも言われます。評論家目線では消費者の意識が低いと嘆息してみれば済む話のようですが、実際のところはどうなのでしょうか。特にこの「飲食店」界隈では現金払いオンリー、カード支払いはお断りの店舗も目立つわけです。装置を導入するための資金にも不足している、あるいは決済の手数料を引いたら利益が出ない、そんなレベルの飲食店も多いのではと推測されます。じゃぁ、現金で払うしかないよな、と。

 ある意味、飲食業界はデフレ時代の花形でした。「人を安く長く働かせる」ことで利益を上げる事業者にとって、安倍政権登場前夜こそが黄金時代だったと言えます。その後は景気と反比例する形で浮き沈みしているところですが、こうした業界の「社会」への貢献って、果たしてどれほどのものなのでしょうね。「人を安く長く働かせる」ことでしか存続できない事業者なんてのは、それこそ社会の寄生虫でしかありません。駆除されることが、我々の社会への貢献です。

 よその国だと外食は高く付く、とよく聞きます。その辺は例外もあるでしょうけれど、確かに諸外国の飲食店の値段を日本円に換算してみると、ちょっと気軽には利用できない水準だったりすることは珍しくありません。高級店に限らず、街の食堂やチェーン店レベルですら、ですね。逆に言えば、日本は外食が安い国ということになります。では店で安く食べられる国であることが社会の繁栄をもたらしているかと言えば――むしろ随所で歪みをもたらしているわけです。日本の飲食業界の低価格競争は実に激しいですが、それは持続可能なのでしょうか。

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おばあちゃんの生きてきた時代

2018-01-14 22:33:46 | 社会

カトリーヌ・ドヌーブら仏女性100人、過剰なセクハラ告発に警鐘(映画.com ニュース)

 ハーベイ・ワインスタインの過去30年以上にわたるセクハラ行為が暴露されたのをきっかけに、大勢の女優や映画関係者が相次いで性的な被害を告白。「#MeToo(私も)」のハッシュタグと共に、SNSを中心としたセクハラや性的暴行の告発、性犯罪に対する抗議運動がますますヒートアップする中、フランスを代表する大女優カトリーヌ・ドヌーブを含む同国の女性100人が、過剰な抗議運動に警鐘を鳴らした。

 仏ル・モンド紙は1月9日(現地時間)、ドヌーブをはじめとする女優や作家、心理学者やジャーナリストなど、様々な分野で活躍するフランス人女性100人の連名による公開状を掲載。その中で、「女性への性的暴行・セクシャルハラスメントがあるまじき行為であるのは確かだが、告発を強制する風潮のせいで、沈黙を貫く人たちが裏切り者呼ばわりされるのはいかがなものか」と疑問を投げかけた彼女たちは、「#MeToo」キャンペーンを「行き過ぎ」と批判した。

 さらに、「弁明の機会も与えられないまま一方的かつ公に糾弾された結果、失職に追い込まれた男性たちも同じく被害者。その気がない女性に対して、ビジネスディナーの場で“親密”な言葉をささやいたり、性的な含みのあるテキストメッセージを送ったり、膝に軽く触れたりしただけで、性犯罪者扱いされてしまうのだから。レイプは間違いなく犯罪だけど、女性を口説こうとちょっかいを出すのは、犯罪じゃない」と、セクハラ容疑をかけられた男性陣を擁護するかのごとき一文もある。これは、掲載と同時に大きな物議を醸している。

 

 さて「#MeToo」の流行に、常識的な言動で定評のあるマリリン・マンソン氏は警察に相談したらどうかと述べたそうで、まぁ欧州サッカー界隈では「(有名選手に)レイプされた」と新聞社に駆け込む人が定期的に出てくるのを思い出したりもしました。性的被害の訴えにも、本当に深刻なものとそうでないものがあります。軽いノリで「#MeToo」とTwitterに書き込む人が増えるほど、本来の趣旨とは違った印象を第三者に与えるものになってしまう、そんなこともあるでしょう。

 一方フランスではカトリーヌ・ドヌーヴ氏が中心となって「警鐘を鳴らした」そうです。確かに反対意見の一つもあってしかるべきと思われますが、紹介されたところでは「ビジネスディナーの場で“親密”な言葉をささやいたり、性的な含みのあるテキストメッセージを送ったり、膝に軽く触れたりしただけで、性犯罪者扱いされてしまう」云々とのこと。これは現代では、完全にセクハラですよね。

 何ら利害関係の絡まない対等な人間関係において「女性を口説こうとちょっかいを出すのは、犯罪じゃない」とは、私も思います。しかし、仕事の場で性的な含みのあるテキスト等々や意図して体に触れるのは、現代人の目には非常識に映るのが一般的のはずです。とはいえ、おばあちゃんが生きてきた時代においてそれはセクハラではなかった、当然のこととして受忍すべきものだったであろうことは、この歴史の証人の言葉から理解できます。

 往々にして人は、自分が不愉快に感じたことを後世に受け継いでいくものです。典型的なのは体育会系社会の上下関係でしょうか。下級生が上級生の横暴さに不快感を覚えたとしても、自身が上級生になる頃には、自分が先輩にされたことを後輩に繰り返すわけです。あるいは虐待されて育った子供が親になったとき、残念ながら自身も子供を虐待してしまうことが多いとも聞きます。「普通の人」は、そういうものなのだと思います。

 カトリーヌ・ドヌーヴも大御所ですから、業界の若手女性にとっては「姑」みたいなものなのでしょう。セクハラを受ける立場だったのは遙か遠い昔の話です。むしろ自分が受けた仕打ちを嫁達が免れるのを見れば、なんとなく腹立たしく感じる年頃なのかも知れません。実の娘がセクハラに遭えば彼女も怒るでしょうけれど、ヨソから上がり込んできた娘なら話は違いますからね。

 恐らくは数え切れないセクハラを受け入れてキャリアを築いてきたであろう御大にしてみれば、今になって反対の声を上げれば過去の自分を否定することになってしまうところもあるのだと思います。「沈黙を貫く人たちが裏切り者呼ばわりされるのはいかがなものか」と疑問を投げかけたそうですが、「#MeToo」と連呼される数十年前から沈黙してきたのなら、じゃぁカトリーヌ・ドヌーヴはフランスを代表する大裏切り者か、と。誰しも自分の決断は間違っていなかったと信じたいもの、これまで沈黙してきた人ほど、それが正しかったと強弁せざるを得ないのでしょう。

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それは社会主義ではないので

2018-01-07 23:35:34 | 政治

石破氏「社会主義国じゃないので、賃上げと言っても…」(朝日新聞)

石破茂・自民党元幹事長(発言録)

 (アベノミクスについて)これから先やっていかなきゃいけないことは、物価が上昇することも大事だが、一人ひとりの賃金が上がっていくか、可処分所得が上がっていく方向に変えないと、アベノミクスでつくった明るい雰囲気が台無しになる。

 企業は豊かになってきたが、個人はその実感がない。社会主義国じゃないので、政府が企業に対してもっと賃金上げろと言っても、なかなかそうはならない。すぐにはならないし、難しい企業もある。どうやって所得を上げることができるのかという時に、財政規律も大切だから、個人と企業に対する課税のバランスをどうするかということも、もう1回考えていかねばならない。消費者が豊かにならないと、企業も豊かにならない。(TBSの番組収録で)

 

 社会主義や共産主義を掲げる国や組織が衰退しても、それを脅威と捉えたがる人は不思議と減る様子がありません。社会主義国が軒並み崩壊して、共産と名の付く政党がどれほど議席を減らしたところで、ある種の人々の頭の中では、それは永遠の脅威であり続けているようです。彼らの頭の中の社会主義/共産主義が、現実世界の社会主義/共産主義と全くリンクしていないから、とも言えるでしょうか。

 例えば一口に自信家と言っても、何らかの実績によって裏打ちされた自信家と、なんの根拠もなく自信満々な人とでは、実は全くの別物です。実績による裏付けを必要とする自信家は、その実績が失われれば意気消沈してしまうもの、しかるに根拠のない自信家は成功体験の有無に左右されませんから。反共主義者も然り、社会主義や共産主義を正しく理解していれば、社会主義国や共産政党の衰退に合わせて反共の不毛さを理解していくのが必然と言えます。しかし根拠を持たない反共主義者にとって、現実世界の社会主義国や共産政党がどうなろうと、共産主義は永遠の悪なのですね。

 そして今回の石破のように、何かしら気に入らない政策が行われると「それは社会主義だ」などと言い募る人が一定数いるわけです。彼らの語る「社会主義(あるいは共産主義)」が何を意味しているのか、それは彼らの頭の中のファンタジーでしかありませんので、あまり深く考える必要はないでしょう。ただ彼らにとっての悪の代名詞である「社会主義」というレッテルを貼ることで、自身の反対の意思を表している、それだけのことです。

 「一人ひとりの賃金が上がっていくか、可処分所得が上がっていく方向に変えないと、アベノミクスでつくった明るい雰囲気が台無しになる」云々に限れば(石破の主張にしては珍しく)真っ当だとは言えます。「政府が企業に対してもっと賃金上げろと言っても、なかなかそうはならない」云々も、まぁそうなのかも知れません。もっとも全てを企業の自由に任せてきた過去の政権や大手労組よりは、安倍政権の方がかけ声だけでもマシなところはあると私は思っていますが。

 まぁ相対的にはマシでも、十分か不十分かと問われれば、議論の余地なく不十分です。口先だけの賃上げ要請では、アリバイ作りレベルの微々たる賃上げしか達成できないことは首相本人だって流石に理解しているのではないでしょうか。本当に賃金水準を引き上げたいのなら、必要なのは対話ではなく圧力です。制裁を伴う強い態度で企業に賃上げを迫らなければ実効性などあり得ません。北朝鮮とのプロレスごっこなどやっている暇があったら、日本の富を滞留させている国内の癌にこそ切り込むべきなのです。

 日本の企業が賃上げを渋り、内部留保ばかりを空前絶後の水準へと積み上げ続けてきた結果、株価は上がっても消費は伸びず国内市場は沈滞したままというのが我が国の現状です。日本の企業に富を吐き出させない限り、日本の国内市場の消費が伸びることはあり得ません。今こそ政府が本当の意味で強硬姿勢を見せるべきなのであり、それを「社会主義だ」などと批判する人がいたら、「こんな人たちに負けるわけにはいかない」ぐらいの強い意志を見せて良いのではないでしょうかね。

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