非国民通信

ノーモア・コイズミ

日本人の方が安上がりになる日が来るかも

2010-01-31 22:38:18 | ニュース

中国調達:悲鳴をあげる対日輸出サプライヤー(サーチナ)

  リーマンショック以降、日本全体は不景気の闇の中から抜け出せず、一方、中国はV字回復を成し遂げている。もちろん作られた数字だという懐疑はあっても、日本より早く、確実に浮上していることは間違いないだろう。そのような経済環境の中で、専ら日本向けに特化した中国内の部品サプライヤーは、日本の顧客バイヤーからの厳しい要求と、中国内の売り手市場の雇用環境の中で悲鳴をあげている。

  需要より供給の上回る不景気な国から、供給より需要の上回る好景気な国への輸出が、本来の状態だろう。大雑把に言うと、そのようなバランスの上にグローバル調達というものが成り立つ訳である。ここで言う需要や供給の対象は、ものに限らず労働力など広く考えてのことである。ところが、現在の中国調達は好景気の中国から不景気の日本への物流であるから、当然に不自然さが歪みとなってきしみ音が出てくる訳だ。

  実際、今の中国では労働力の確保に各サプライヤーは苦労している。一言で言えば、労働力の売り手市場で、いわゆる民工たちが我がままになっているのだ。最近、上海のサプライヤーの総経理から聞いた話では、春節を前にして結婚式だ、なんだかんだと言って1ヵ月も前から帰省するものまでいる。以前だったら、そんな輩は二度と雇用されなくなってしまったが、今は内陸部に仕事が増えていることもあり、我がままが通ってしまうという。

 「中国は」と言うより「日本以外の国」は大筋で景気回復に向かっているような気がしますが、ともあれ日本と違ってちゃんと景気回復に向かっている中国では、必然的に労働者の立場が強くなっているようです。日本の政財界や「経済に詳しいフリをしている人」は往々にして経済成長に否定的だったりしますが、やはり景気が良くなって労働者側の立場が強くなるのが嫌なのでしょうかね。いかに世界で日本の地位が低下しようとも、国内における雇用側と労働者側の力関係を維持することの方が彼らにとっては重要なのでしょう。

 まぁ日本でも「バブル」と呼ばれた時代はそれなりに売り手市場で、雇用側が労働者側に気を遣う場面もあったと聞きます。日本であっても景気が良ければ多少は風向きも変わるのかも知れません。ただ日本において、「バブル」の時代とはあくまで反省の対象であって、決して「上手く回っていた時代」とは見なされていないのも事実です。企業側が求職者に頭を下げるような時代を誤りと見なし、その再来を避けようとするのもまた日本的な考え方と言えます。

 なにはともあれ、中国の労働者が「我が儘」になっているそうです。当然の反応ですね。それが市場原理というものですから。労働力需要が求職者数を上回っているなら、待遇を良くして労働力を惹きつけるしかありません。そうして会社の収益だけが伸びるのではなく、働く人の賃金も増えていく、それで消費も伸びて社会全体が豊かになっていくわけです。まだまだ途上であっても中国は順調に発展の道を歩んでいます。

 一方、労働力需要が求職者数を大きく下回るなど中国とは正反対の方向に向かっている我らが日本はどうでしょうか。中国でも繁忙期の1ヶ月前から帰省しようものなら「以前だったら、そんな輩は二度と雇用されなくなってしまった」そうです。あくまで「以前だったら」。翻って日本はどうでしょうか、繁忙期の1ヶ月前から休みを取ることが今の日本で許されるとはなかなか考えにくいのが現状です。代わりなどいくらでもいる、もっと会社に従順な人に置き換えられてしまう可能性が極めて高いです。う~ん、もしかすると日本人の方が扱いやすいのでは?

 どこの国でも景気の波がありますから、時には中国の景気が失速する次期も出てくるはずです。その時は中国でも雇用側の立場が強くなるでしょうし、なんだかんだ言っても当面は中国の方が人件費も安いでしょう。ただ、多少の波はあっても人件費は上がっていくわけで、緩やかに低下を続ける日本の人件費との差は確実に縮まっていきます。売り手市場で「我が儘」な中国人労働者を雇うより、永遠の買い手市場で調教済の日本人労働者を雇う方が遙かに経営側が楽を出来る、そんな日は決して遠いことではないのかも知れません。緩和の度が過ぎた労働規制を見直すと雇用が海外に流出すると脅しを掛ける「経済に詳しいフリをしている人」は枚挙にいとまがありませんけれど、実は労使の力関係が強力に固定されている日本国内に止まった方が低リスクで安く付く、そういう時代はすぐそこまで来ているような気がします。

 

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ホワイトカラーの派遣社員の話

2010-01-30 22:56:58 | 編集雑記

 一口に派遣社員と言っても、3段階くらいに分けられるような気がします。まず1つめは規制緩和以前の派遣社員で、専門的技能を有し、期間限定で働く代わりに時間あたりの給与は正社員より高いタイプで、非常にレアな存在です。2つめがかつての「一般職」の代替的な存在としての派遣社員で、特に専門性の高い業務を請け負うでもなく、給与も正社員よりは低めで雇用期間は企業の機嫌次第というタイプです。そして3つめが製造業派遣や日雇い派遣など、何かと問題として取り上げられる領域ですね、製造業派遣と日雇い派遣は別々の4段階ぐらいに分けて考えても良いでしょうか。で、私の場合は2つめの一般職の代替的な派遣社員だったわけです。そこで派遣労働の問題が問われる際には製造業派遣や日雇い派遣の世界が想定されがちですが、それよりは多少「緩い」ホワイトカラーの派遣の世界をご紹介したいと思います。

 派遣社員でもホワイトカラーの場合、総じて製造業派遣や日雇い派遣に比べれば給与や待遇はマシな方ですし、取り敢えず身体的な危険とは無縁の世界ですので、相対的には問題の少ない領域とも言えます。そして担当する業務は基本的に新入社員と同じくらいであることが多いでしょうか。平社員と同じ仕事を任されることはあっても、管理職と同じ仕事ということはまず無いはずです。平社員と同じ仕事はするけれど、そこから先の「上」への道は閉ざされている――その辺は昔年の「一般職」をイメージしていただければ、だいたい合致するような気がします。

 もちろん昨今の流行として派遣社員の求人にも即戦力志向は強いです。「そんな高度な専門的技能を有した人材が時給¥1,500で雇えると思ってるの?」と突っ込みたくなる求人が盛りだくさんです。おそらく派遣社員である限りは決して任されるはずがない中核業務の経験を条件としている求人も多いです。そんな経験のある派遣社員はいないだろうと言いたいところですが、元・正社員が派遣の求人に応募してくるケースも多いのでしょう。かつての「一般職」が任されていた範囲の業務経験しかない派遣社員が、ある程度まで中核業務に携わった経験のある元・正社員によって追われてゆくケースも今後は増えていくような気がします。この上、解雇規制が緩められて今以上に元・正社員が派遣の求人に目を向けるようになったらと思うと大変なことですね。

 ただ、それでも正社員中途採用の求人に比べれば派遣社員の求人は即戦力志向が弱いです。時給の相場は下がりますが、特別な業界経験が無くとも入れるところはあります。ただし、その場合は別のものが求められていると言えるでしょうか。「一般職」という言葉を思い出してください。一般職の社員は将来の管理職候補だったでしょうか? むしろ下手すりゃ「お嫁さん候補」に近いぐらいだったはずです。求められるのは若さであり、会社に長く居続けるのはあまり歓迎されない傾向にある――ホワイトカラーの派遣社員にはそういう傾向もあります。

 さて、あまり雇用形態にはこだわりがないので(何しろ私の場合、正社員として働いていた頃より派遣社員時代の方が手取りが多いですから)名ばかり正社員だけではなく相変わらず派遣社員の求人もチェックしているわけです。そこで見つけたある求人、時給は前職よりやや下がるけれど要求されるスキルや業務経験がぴったり私と合致するものがありました。職務内容も前職で経験したものに近く、これならすぐに仕事に馴染めるだろう、早速応募しようと思い至りました。しかし、求人内容をよく読んでみると、何かが引っかかるような――

 派遣会社によっては違うところもあると思いますが、私が登録している派遣会社では基本的に企業名が伏せられた形で求人広告が掲載されています。求人に申し込むと(派遣会社側で紹介の意思がある場合に限り)派遣会社の担当営業から連絡があり、その段階で企業名を告げられるという仕組みになっているわけです。ただ、勤務地や業務内容から何となく推測できる場合もあります、特に、自分がよく知っている会社のことであれば。

 私が見つけた求人なのですが、よくよく見ると勤務地の最寄り駅も前職と同じですし、職務内容も前職と全く同じ、あまりシェアが大きくないと思われる専用ソフトの使用経験があれば歓迎とのことでしたが、その専用ソフトもちょうど前職で使っていたものです。紹介されている職場環境も前職のそれと綺麗に一致します。これは間違いない、私が年末でクビになった会社の求人だと。ただし一つだけ違う点がありました。時給が、低いです。

 単純に即戦力を欲しがるなら、そのまま私を雇い続ければ済む話です。平社員の仕事なら何でも出来たわけですから。でも、私だと時給が高い。所詮は一般職の仕事、長い時間を掛けて人を育てていかずとも、半年ばかり目をつぶれば新人でも何とかこなせるようになる仕事です。新たに人を採用しても、遠からず私の代わりが務まるようになるでしょう。ならば、時給の高い年寄りはさっさと打ち切って、もっと安い時給で若い人を採用し直そう、会社側にそういう算段が働いたとしても不思議ではありません。

 その辺も、昔年の一般職に近いと思うわけです。定年までずっと働かせるのではなく、数年働いたら退社してもらう、そうして新しく若い子に入れ替える、この辺がホワイトカラーの派遣社員にはよくあることであり、往年の一般職に近いではないではないかと(ただし入れ替えのサイクルは派遣社員の方が短いです)。だから旧時代的な一般職の在り方に不満のない人からすれば(寿退社が人生設計の中に入っている人など)ホワイトカラーの派遣社員も特に問題のない働き方になるわけで、派遣社員としての働き方に満足している人がある程度まで存在するのはその辺に由来していると推測されます。ただ、それが時代に添うものかどうかは微妙です。ある意味、旧時代的な労働形態を形を変えて生き延びさせるという役割を、規制緩和によって可能になった派遣労働が担っているのではないかという気がします。製造業派遣や日雇い派遣の世界に比べれば緊急性は乏しいかも知れませんが、こっちの派遣の世界も再検討が必要でしょうね。

 

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全く期待できない

2010-01-29 22:55:19 | ニュース

政府・民主で小沢氏に距離置く動きが表面化 「擁護」は側近限定に?(産経新聞)

 焦りを隠せないのが小沢氏に近い中堅議員らだ。27日午前、民主党の衆参国会議員の国会事務所のポストには、「民主党衆参国会議員各位 これを読めば石川議員逮捕の背景が分かります!!」と書かれた森裕子参院議員のメモと検察を批判する記事を載せた日刊ゲンダイのコピーの束が投げ込まれた。党内でもあえて小沢氏擁護を声高に叫ばなければならないことが、親小沢派議員の苦しい立場を示している。

 政治家がタブロイド紙でお勉強とは、いやはや時代も変わりましたね。なんだか「ネットで真実に目覚めた」人みたいなノリを感じるのですがいかがでしょうか。森裕子といえば「全面戦争だ」と叫んで国民を戦争に駆り立てようと喚いていた人ですが(参考)、こんな人が国会議員であることに不安を感じてなりません。まぁ日刊ゲンダイといえば反権力志向が強く、自民党が与党だった頃にはガンガン噛みついて時には政府筋の痛いところを突くこともあったわけですけれど、しかし政治家が夕刊紙の書くことを真に受けても、と。それに政権交代後はむしろ無理筋を厭わぬ体制擁護の方が目立つ気もしますから。今や権力に噛みつく役柄は産経新聞に譲り渡してしまった感もあります。牙の抜けた日刊ゲンダイなど用済みでしょう。

首相施政方針演説、テーマは「いのち」 資金問題おわび(朝日新聞)

 鳩山由紀夫首相は29日午後、衆参両院の本会議で施政方針演説を行った。持論の「友愛社会」実現に向け、市民やNPOに活動の場を提供する「新しい公共」に道筋をつける考えを前面に掲げる理念先行型の内容だ。自らの政治資金問題について「国民に多大の迷惑と心配をおかけしたことをおわびする」と述べ、改めて謝罪した。

 首相は演説のテーマを「いのち」と位置づけた。2010年度予算案は公共事業費を削って社会保障費や文教科学費を増額したとして「『いのちを守る予算』に転換した」と主張した。

 「目指すべき日本」の項目では、インド独立の父、マハトマ・ガンジーの「七つの社会的大罪」を引用し、「労働なき富」や「道徳なき商業」などを制御していくとした。

 「これまで『官』が独占してきた領域を『公』に開く」として、「新しい公共」実現に向け、NPOなどが活動しやすい環境整備のため寄付税制の拡充などを検討すると表明。今年5月をめどに具体的な提言をまとめる方針を明らかにした。

 さて、施政方針演説があったそうです。随分と長かったとか。抽象的な内容でダラダラ話す人はロクなことを言わないと相場が決まっていますが、まぁ中身はいかがなものでしょうか。何でも「新しい公共」と称して「これまで『官』が独占してきた領域を『公』に開く」そうですが、「『官』が独占してきた領域」とは基本的に採算性の低い部門だと思うんですよね。それを民間任せにしては、介護業界のように従事者へ低賃金重労働を課さない限り維持できない領域が増えるばかりのような気がします。NPOが活動しやすい状況を作るのは大いに結構なことですが、日本のように公共サービスが極めて貧弱な社会では、まず「官」の拡大が先決であるはずです。それでも「官」がカバーしきれない隙間をNPOなどで補うのならともかく、「官」が不十分な状態を放置したままNPOなどに丸投げしてしまうのであれば、政府の責任放棄以外の何ものでもありません。

 それからガンジー云々の引用も、現代の状況に合ったものなのでしょうか? 「労働なき富」の否定は「働かざる者食うべからず」や製造業至上主義にも繋がります。経済成長を考えるなら国内の過当競争の抑制や製造業に偏りすぎた産業構造からの脱却が欠かせないはずですが、まぁ鳩山発言は国民感情には合致するものなのかも知れませんね。「労働なき富」がダメと言うなら、相応の税金を掛けていけば済む話だと私なんかは思いますけれど、道徳的な否定の方が好まれるのでしょう。

 ……で、「道徳なき商業」を抑制していくそうです。う~ん、「CSR(企業の社会的責任)」とか昨今の流行ですけれど、これもどうなのでしょうか。社会保障の不備を企業の福祉制度が補ってきたのが日本の特徴かも知れませんが、基本的には企業は道義ではなく営利を追求するもの、そして企業の儲けに対して課税し、それを原資として政府が社会保障を整備していくのがオーソドックスなやり方のはずです。ところが日本の場合、企業への課税を控える代わりに社会的責任やら何やらを要求する(口先だけ!)という、独自のスタイルを持っているように見えます。これが機能している間は継続も悪くない選択肢なのでしょうけれど、実際はとっくに破綻が見えていますよね?

 

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黒人の大統領は珍しいですか?

2010-01-28 22:57:23 | ニュース

「大統領に黒人選んでまで」=米政権交代で言及-小沢氏(時事通信)

 民主党の小沢一郎幹事長は27日夜、那覇市内で開かれた同党参院議員の集会であいさつし、「アメリカでもオバマさんという黒人を(大統領に)選んでまで、国を変えようという選択を国民がした」と述べた。

 選挙を通じた政権交代の意義を強調する文脈の中での発言だが、黒人への偏見、人種差別とも受け取られかねず、波紋を呼びそうだ。

 これも結構な問題発言だと思いますが、他に色々と問題があるせいか流されちゃうような気もしますね。何が何でも民主党を庇い立てしようとする人は少数派でも(極右層と同じでネット上で猛々しく振る舞っているだけ)、官僚悪玉論やマスメディア悪玉論は世間一般にもウケの良いところですから、政治資金関係の疑惑は小沢と検察の対立みたいな図式にすり替えられがちですし。それに比べれば話題性に乏しいであろう今回の発言など、大して取りざたされることもなく忘れ去られてしまうのかも知れません。

 で、「黒人を(大統領に)選んでまで~」だそうです。う~ん、確かに投票時に人種を考慮した人、「出来れば白人の大統領がの方がいい」と思っていた人もいたのでしょう。建前上は人種差別を否定しても、内心では克服できていない人も多かったであろうことは否定しません。ただ、政策的な要素ではなく人種的な要素を基準とすること、及びそうした基準を用いる人に目線を合わせるような発言は政治家としては大いに問題があるはずです。

 小沢からすれば「黒人を大統領に選ぶ」と言うことが、何か「特別なこと(=普通ではないこと)」に見えているのでしょう。白人を選んでおけば無難だが、国を変えようという選択のために敢えて黒人を選んだ、そういうニュアンスですよね。ただそれは、白人の大統領が「普通」であるという意識があって初めて可能になるもののはずです。オバマ以前の大統領が常に白人であったことを考えれば、そうした意識は自然と刷り込まれてゆくものなのかも知れませんが、そうした人種によって人を隔てる意識を克服していこうとする姿勢もまた、真っ当な政治家には求められるのではないでしょうか。大統領は白人、という刷り込みをそのまま追認している小沢にはその辺が欠けているのではないかと。

首相、外国人参政権「簡単ではない」(産経新聞)

 鳩山由紀夫首相は27日夜、永住外国人への参政権(選挙権)付与法案について、「連立与党のなかでまとまることが最低限必要だ。国民新党が強く反対しているので、簡単な話ではない」と述べ、現状では今国会への提出は困難との認識を示した。首相官邸で記者団の質問に答えた。

 同法案に関しては、国民新党代表の亀井静香郵政改革・金融相が22日の衆院予算委員会で、「国民新党は付与に反対だ」と答弁。この発言を受け平野博文官房長官は26日の記者会見で「閣内で合意した上で物事を進めなければならない」と慎重な姿勢を示した。

 永住外国人への参政権付与は民主党の小沢一郎幹事長の持論で、昨年12月に訪韓した際には「通常国会でそれが現実になるのではないか」と強調。今月11日の政府・民主党首脳会議では政府提案で成立を図る方針を決めていた。

 小沢も小沢なら鳩山も鳩山です。そして亀井も平野もどうしようもありません。外国人参政権に関しては、米軍基地問題や政治とカネの問題などに比べればあまり「ブレ」の大きくない分野かと思っていましたが、ここでも結局は態度を翻す兆しを見せつつあるようです。まぁ野党時代と与党になってからで主張を180°切り替えるのは民主党の得意技というより習性みたいなものですが、この先も似たようなことは続くのでしょう。

 合意を重視するのは結構なことなのですが、沖縄の基地問題などでは社民党との合意を重視しているとは思えないだけに、傍目にはどう見てもご都合主義ですよね。普段は「国民の支持」「民意」を自身の正当化のために使うくせに、いざ世論の風当たりが厳しくなると「国民は欺されている」みたいなことを言い出すようなものでしょうか。ともあれ本気で外国人参政権付与を目指すなら、与党内部の反対を口実にあっさりと先延ばしするのではなく、与党内部での調整、与党内部の反対者の説得という努力も必要でしょう。基地問題では社民党や沖縄住民を説得するとアメリカ側に約束していたようで社民との連立解消も辞さないとまで口にしたそうです(参考)。じゃぁ外国人参政権の方は?

 ただこの外国人参政権云々、あくまで地方参政権限定ですし、一口に永住外国人と言っても「朝鮮籍(≠北朝鮮国籍)」は排除されているなど甚だ不完全なものです。これがより広範な参政権拡大への第一歩としてなら評価できますが、逆にこの限定的な参政権付与で「手打ち」にされてしまうとしたら、むしろ大いに問題です。小沢の持論であるとも紹介されていますけれど、良くも悪くも打算的なタイプが「限定的な」外国人参政権の付与に賛成しているのは、たぶん後者の意図があるのだろうなと思えてなりません。

 

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自立支援という名の保護打ち切り計画でしょうか

2010-01-27 22:49:42 | ニュース

生活保護3~5年で打ち切り検討 大阪市長、国に提案へ(朝日新聞)

 全国市町村最多の生活保護受給者がいる大阪市の平松邦夫市長は25日、「働ける人が大阪市で生活保護を受ける場合は市の仕事をやってもらう」などと述べ、働ける受給者に仕事を提供する一方、一定期間内に市の仕事も就職活動もしない場合は保護を打ち切る「有期保護」の導入を検討していることを報道陣に明らかにした。

 一定期間は3~5年程度を検討しているが、打ち切るには生活保護法の改正が必要なため、専門家と協議して年内に市案を国に提出する。自立を促すための有期保護制度は2006年、全国知事会と全国市長会が提案しているが、生活保護は「最後のセーフティーネット」だけに、今後論議を呼びそうだ。

 市によると、働けない事情がなく、仕事が見つからない20~50代の受給者に放置自転車撤去などの仕事を提供する。現行法では、賃金の額に応じて受給者の保護費が減額されるが、賃金の一部は本人の実収入になる。

 また、業者が保護費の大半を家賃などとして吸い上げる「貧困ビジネス」に対抗するため、保護費として家賃分の住宅扶助を出す代わりに市営住宅の空室を提供することも検討しているという。

 大阪市では一昨年末ごろから生活保護の申請が急増。昨年11月現在の受給者は13万5507人で、市民の20人に1人の計算。保護費は10年度当初予算で過去最高の2888億円(うち市負担分722億円)となり、一般会計の歳出の17%を占める見通しだ。

 平松市長は「(働けるのに)たばこを吸いながら『この仕事は僕に合わないから』みたいな人は、大阪市から出て行ってくれ」と語った上で、「雇用創出は市の負担になる難しさがあるが、手をこまねいている時ではない。提案を次々突きつけないと、国が本当に生活保護行政を変える気にならない」と述べた。

 ちょっと大阪市側の意図を測りかねるところもある記事ですね。自治体による直接雇用や住居の提供はむしろ評価できる対応なのですが、それが「たばこを吸いながら『この仕事は僕に合わないから』みたいな人は、大阪市から出て行ってくれ」という動機に基づいているらしいのですから不思議です。まぁ、どういう意図であれ結果的に正しい政策が行われれば問題ないのですけれど、たぶんどこかに落とし穴があるのでしょう。仕事が見つからないから自転車撤去でもやらせてくれと応募者が殺到しても、実は仕事の枠が少なく、そこにあぶれた人は「働けるのに働いていない」として生活保護打ち切りの対象にされてしまうとか……

 以前にも述べたことですが、この「働ける」という定義が実は問題というか、実態に即していないところもあるはずです。担当区の窓口で「働ける」と判断されたからといって、企業の採用窓口で「働ける」と判断されるとは限りませんから。いかに自治体が「働ける」と判断したところで、それで収入が得られるわけでもない以上は意味のないことです。民間企業側が「(この人は)働けない」と判断しているにも関わらず自治体が「働ける」と言い張るのであれば、じゃぁ自治体で直接雇用しろよ、と。だから市が仕事を提供するのは理に適っていますし、しかも生活保護水準以下の仕事を押しつけるのではなく、生活保護手当+αとして給与を支給しようというのですから珍しくも真っ当なセーフティネットの拡充と言えます。市が用意するという仕事の枠が必要な数だけあれば、ですが(まさか市が「働ける」と太鼓判を押しておきながら、求職者に不採用を言い渡したりはしませんよね?)。

 まぁ「有期保護」の導入が主たる目的なのでしょう。規制緩和と同じで、ちょっと抜け道を造れば後はそこから雪崩を打つように新たな規制緩和が続いて雇用が崩壊したように、ここで「有期保護」が認められてしまうと、その次は保護打ち切りの要件緩和が待っているのかも知れません。現行法上では勝手な打ち切りが出来ないようですが、地方自治の拡大の流れの中で「有期保護」が認められれば、今後は自治体が独自の判断で生活保護を打ち切ることが出来るようになる、その辺が狙いなら「たばこを吸いながら~」発言にも納得がいきます。生活保護受給者を追い出したい自治体が、それを可能に出来るようにするための第一歩なのでしょう。

 ちなみに「保護費は10年度当初予算で過去最高の2888億円(うち市負担分722億円)となり、一般会計の歳出の17%を占める見通し」だそうです。う~ん、大阪市の10年度の一般会計の歳出っていくらなんでしょうか。市の発表によると平成21年度の一般会計歳出は1兆6,277億となっています。平成22年度もそう極端な違いはないでしょう。で、保護費2888億円ですから約17%ですね……って、何かおかしくないですか? 保護費2888億円とは総額であって、市が負担するのは722億円です。残りは国などの負担であって、市の財政とは無関係です。では市負担分722億円が市の一般会計歳出の何%を占めるかというと……4%です。う~ん、4%というのは無視できる値ではないかも知れませんが、17%と比べれば随分と軽いものでしょう。不適正な算定を用いてまで「一般会計の歳出の17%を占める」などと書くのは、生活保護受給者が市の財政の重みになっているかのように印象づけたいから、そういう意図を感じます。

 

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全然、逆襲になってないと思う

2010-01-26 22:57:22 | ニュース

地盤沈下の労働市場で始まった ワーキングプアの「静かなる逆襲」(週刊ダイヤモンド)

「働かざる者食うべからず」と言われたのも昔の話。今や働く者でも満足に食えない時代になった。そんな世相を象徴するのが「ワーキングプア問題」だ。ワーキングプアというキーワードがメディアを賑わすようになって久しいが、労働環境は一向に改善される気配を見せず、むしろ景気の低迷と共にますます深刻化していく懸念が強い。そんななか、企業や行政に頼らずに、“あの手この手”を講じて立ちあがる労働者が増え始めたのを、ご存知だろうか?

 さて、その馬鹿っぷりを前にしては産経新聞すら裸足で逃げ出す週刊ダイヤモンドの記事を取り上げます(産経新聞ならテレビ欄や天気予報欄など信頼できる記事も載っているのに対して、週刊ダイヤモンドに信頼できる記事が載ったことなど……)。まず「働かざる者食うべからず」と言われたのも昔の話と記事は始まっていますが、むしろ昨今の方が強く言われるようになった気がしませんか? まぁ私はそれほど昔の人ではありませんので、昔の方が寛容だったのかどうか実体験を以て知るところではありませんけれど、少なくとも「働かざる者食うべからず」とは今も盛んに言い立てられていることであり、決して克服済の過去ではないと思います。

 「ワーキングプア」と呼ばれる立場にある人を探すことが、これほど簡単だとは思わなかった――。

(中略)

 たとえば、国税庁の調査による「平成20年・給与階級別の給与所得者数・給与額」をひも解けば、全国の労働者のなかで、年収200万円以下の個人が全体の約31%を占めていることがわかる。

 数年前、格差社会を象徴した「年収300万円時代」という言葉が流行したが、現状はそれどころではない。昨今の大不況に追い討ちをかけられ、低収入に喘ぐワーキングプアが続出する段階に移っている。

 この辺の現状認識は間違ってはいません。何しろ週刊ダイヤモンドですから、「どこの国の話だよ」と言いたくなるような日本とはかけ離れた「設定」に基づいて社会/経済を語る論者が当たり前のように居並んでいるわけです。そのダイヤモンド社の水準からすれば今回の記事はかなりマシな方と言えるでしょう。しかるに見出しにはワーキングプアの「静かなる逆襲」とあります。ふむ、追い詰められたワーキングプアがいかに「逆襲」を始めたのか、見てみようではありませんか。

|発想を転換して人生をリセット? 自分の身は自分で守る時代が到来|

 正社員としての被雇用者が減少傾向にあるのは憂慮すべき現状だが、一方でこれを逆手に取る発想もある。これまでの生活をリセットし、物価が高い地域から低い地域へと、生活圏そのものを変えてしまう方法だ。

 故郷の兵庫県から2年前に沖縄県へ移住したSさん(46歳・男性)は、「正社員で職を得ようと考えなければ、中高年がやれるアルバイトは結構あります」と語る。

(中略)

 もちろん、将来に対する不安はつきまとうが、物価の高い本土で派遣社員やアルバイトをするのと比べれば、低賃金でも現時点での生活水準は安定しているという。

 これも週刊ダイヤモンドの言うワーキングプアの「静かなる逆襲」なのだそうです。いったい、誰に逆襲しているのでしょうか? そもそも日本国内でそんなに物価に差があるか疑わしい、家賃などはともかく電化製品や家財道具、通信料金や書籍代が安くなるはずもなく、食料品にしたって安売り店が軒を連ねる都会の方が実は安いのではないかと推測されるわけです。まぁ仮に地方に移住して生活費が安くなり生活が安定したのが事実だとしても、それで「逆襲」を受けた人など誰もいないでしょう。おかげで人件費が浮いたとほくそ笑む人はいるかも知れませんけれど……

 都会と地方で何よりも相場が違うのは、やはり人件費ではないでしょうか。都市部の方がビジネスには好都合ですが都会では人を安く買いたたきにくい、一方で顧客と直接接する必要がない部門は地方においても問題ないので地方に設置される傾向があります。例えば本社は東京なのにコールセンターは沖縄に設置したりするケース等ですね。本来なら田舎の住人にも都会の住人と同等の給料を要求する権利があるはずですが、なんとなく田舎は給料が安くて当たり前、物価だって安いのだから~と流されがちな部分もあるのかも知れません。ここに挙げられた「Sさん」のように、わざわざ都会から田舎に移って低賃金の仕事を請け負ってくれる人は、結局のところ低賃金の労働力を欲しがっている雇用主の需要を満たしているだけで、「逆襲」を果たしているどころか余計に貢いでいるだけにも見えます。

 最も「逆襲」という言葉が相応しい行動を挙げるとしたら、怠業でしょうかね。低賃金労働を拒否する、賃金に見合った範囲でしか労働力を提供しない、適正な賃金が支払われない限りは働かない、一方的に搾り取られてきた労働者が雇用側に一太刀浴びせてこその「逆襲」でしょう。そういう意味での「逆襲」が始まった、使い捨てにされるばかりの労働者が反旗を翻すようになったのであれば、ちょっとした希望とも言えます。特にツッコミどころもなかったので省略しましたが引用元の記事には「キャバクラユニオン」等も取り上げられており、これならば「逆襲」に繋がる動きではあります。しかるに、反旗を翻すどころかわざわざ地方に移ってまで、より低賃金の労働を受け入れるようになった人もいる、「逆襲」とは反対方向へ突き進む動きもまた活発のようです。

 

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社会人になるってのは

2010-01-25 22:59:39 | ニュース

駅前で大声でガナるスーツ姿の男性発見!(サーチナ)

  雲ひとつない晴天の1月のある昼下がり、JR身延線、富士宮駅前で雄大な富士山をバックに大声で男性が何か訴えている、いや、ガナっている。きちんとスーツを着込んでおり、他にも何人かの男性が並んでいるところからすると別に怪しい軍団ではないらしい。駅出口の高架橋上から眺めるともなく見ている男性に聞くと、近くにある管理者養成所の研修の一環だそう。

  管理者養成所とは社員教育、特に部門を担う管理者向けの研修所で、管理職に求められる基礎的能力を育成するのだそうだ。通称「地獄の訓練」とはあな恐ろしい。しかも13日間で30万以上もするからかなり高額。

  ガラガラ声で一本調子(失礼)で大声を出しているので演説かと思いきや、「セールスガラス」という歌を歌っているのだった。が、それにしても、全く歌には聞こえない。3分ほどの「歌」が終わると、男性は「ありがとうございまーす!」と深々と一礼。すると、向かい側にいた厳しい目付きの男性が両手を挙げて大きな丸を作った。歌手のオーディションなら落第だったろうが、研修では及第点をもらえたようだ。

  この駅では見慣れた光景らしく、駅のホームでは、電車を待つ年配の男性客が「あ、丸が出たな」「女には甘いからすぐ丸を出すんだよな」などと言いつつ見物している。かと思うと女子高生は「またやってる~」「あの人達って、エリートなんだって~」「あんなのやってまでエリートになりたくな~い」などとゆるいコメントを発していた。

  「これで研修は終了ですか」と歌い終えた男性に聞くと、まだまだ続くそうだ。しかし、駅前で大声を出すことは、迷惑防止条例にひっかからないのだろうか・・・・。また、これによって管理職に求められる基礎的能力が育成されるのだろうか。色々な意味で不思議な光景だった。

 これまた日本的と言うべきでしょうか。日本の職場の特徴として「仕事に関係ないことを要求したがる」点が挙げられると思いますが、まぁ他国の就業環境については聞いた限りの知識でしかないのでその辺は保留しておきます。ただこれが日本に特異なことではないとしても、「研修」の内容が職務と無関係というのはどうなんでしょうね。まぁ、研修する側及び研修を経て企業社会に順応した人からすれば、ちゃんと仕事に役立っているということになっているのかも知れませんけれど。

 企業研修先としては自衛隊など大人気ということですが(参考)、この辺も海外ではどうなのでしょうか。日本と似たような社会もないことはないと思いますが(お隣さんとか)、新人研修と称して軍隊に体験入隊させる、軍隊でビジネスに必要な知識や技量が得られると本気で信じているような社会って、やはり特異なのではないかという気がします。結局のところ、軍隊的な上意下達の精神を身につけること、会社の命令ならどんな馬鹿げたことでもためらいなく実行すること、この辺が求められているわけです。

 この程度で迷惑防止条例を適用する必要はないにしても、まぁ周囲を省みず声を張り上げるのは褒められたことではありません。でも、そういう訓練が役に立つ場面もあるのでしょう。例えば会社の利益のために不法行為を働かせようという場面を考えてください、真っ当な人だったら躊躇してしまうかも知れませんが、「周囲の迷惑を省みず命令されるがままに大声を出すこと」に慣れきっている人間だったらどうでしょうか? 不法行為だろうと気にせず会社の命令を躊躇なく実行できる、そんな人が育っている職場は珍しくないように思われます。

時給700円でどう生きるか 中学校、現実直視の授業(朝日新聞)

 出口が見えない不況、正社員にもなれない時代。そんな中でどうやって自分を守っていけばいいか――。こんな「現実直視」の授業を中学校で展開する教員が出始めた。行く手は厳しいが、教え子たちに何とか身を立ててほしいという思いからだ。実践例は日教組の教研集会で報告される。

 「だまされないで生きるため」

 宮城県柴田町立槻木中学校の高木克純教諭(53)は、3年生の社会科の授業でこう板書して生徒たちに示す。年間で約30時間かける「したたかに生きぬくための経済学習」の一つだ。

 授業では、若者の2人に1人が非正規雇用で働いている現実を伝える。例えば、時給700円だと月収は10万円ちょっと。中学生には大金だが、これで生活のすべてをまかなうとなるとどうか――。高木教諭は、こう順序立てて生徒たちに説く。アパートの家賃、食費、光熱費。一人暮らしの前提で家計簿をワークシート形式で書き込ませると、「毎日ご飯をファストフードで済ませても足りない!」「生活費以外を抑えないとやっていけない」という声が上がるという。

 ハローワークの情報誌を素材に、雇用条件を把握するためにどうやって求人票を読み取るかもみんなで考える。派遣切りやリーマン・ショックなども授業で取り上げる。最初はピンときていなかった生徒たちも、授業が進むと「労働者がレンタル品みたいになっている」「派遣という形で安い賃金で働かされている」といった感想を口にするようになるという。

 高木教諭は5年前からこうした授業を始めた。高校を卒業して就職できない教え子たちの姿をみて、中学の時から厳しい現実を伝え、乗り切るすべを考えさせねば、と考えたという。「子どもたちを取り巻く状況は暗い。しかし、その中で明るく元気に生きていく力を付けてほしい」

 この辺も、何かと世知辛いニュースです。まだ夢も希望も時間的余裕ある中学生相手なら、不況に対応した生き方ではなく不況でない世の中にしていくことを考えさせた方が良さそうですが、まぁこういうものなのでしょうね。社会を変えていくことより、社会に合わせて人間を変えていく方が簡単ですから。

 見出しの「時給700円でどう生きるか」よりも、もうちょっとマシなところに就職できるような方法論に授業の力点が置かれているのではないかとも推測されますけれど、椅子の数が決まっていることまでは教えているのでしょうか。たとえば体育会系の部活動に入って上意下達の精神や「コミュニケーション能力」を身につけさせておけば就職口は広まるかも知れません。しかし回りが同じように体育会系の部活動に所属していたら意味が無くなってしまいますよね?

 自分だけ大卒で回りが高卒だったら有利になるかも知れませんが、高卒では就職に不利だからと誰しもが頑張って大学を卒業するようになったら、その時点で大卒のアドバンテージなど消し飛んでしまうわけです。テストの上位20名まで合格で、後は時給700円ですよ――そんな教え方をするのが最も有効な「厳しい現実」の伝え方かたのような気がします。つまり、努力して上位20名以内に入れば自分は助かるけれど、入れ替わりで他の人が追い落とされる、どう頑張っても合格する人の数は変わらない、そこまで教えられれば意味のある教育になるのではないでしょうか。そこで「自分だけでも合格枠の中に」と考えるか、「枠を広げなければどうにもならない」と考えるか、その辺を意識させられればと思います。中学生には早いかも知れませんが、変に不況への適応方法を教えて「不況慣れ」させるよりはマシではないかと。

 

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自民か民主かで態度を変える人も目立ちますが

2010-01-24 23:02:21 | 編集雑記

 例えば日本の戦争責任が問われている場面で、熱心に欧米列強など他国の侵略について語り出す輩がいたらどう思いますか? 欧米諸国(あるいは戦勝国)にも戦争責任はあります。しかし、それを問うべき場面と、そうでない場面は当然あるはずです。日本の戦争責任を相対化する意図を持って他国の問題を持ち出す人がいたら、それは大いに軽蔑されるべきです。では、与党幹部の疑惑が追及されている場面で、突如として野党幹部の疑惑を持ち出す人がいたとしたらどうでしょうか?

 そうでなくとも権力を握っている人(=与党)には相応の監視が必要なわけで、各方面から常に厳しい目を注がれるのが当然と私なんかは思っているわけですが、その筋の人はいわば「裏の権力」みたいなものを信じているせいでしょうか(参考)、それとも長らく政権交代がなかった製で「野党ボケ」しているのでしょうか、自身(自身の支持政党)こそが権力であるという自覚に乏しいようです。無力な個人のプライバシーを重んじるような感覚で公権力まで保護せよと言わんばかりの論調には呆れるほかありません。

参考、権力に与えられるべきは自由ではなく監視

 あるいは「飛行機は墜落するから、飛行機に乗る人は欺されている」と言い出す人がいたらどうでしょうか? なるほど、飛行機は墜落する こ と も あ り ま す。とはいえ、当然のことながら墜落しないこともあって、その上で飛行機に乗るかどうかは個人の判断、飛行機が墜落することを前提とした議論には意味がありません。では「検察は誤っている、だから小沢が追求される謂われはない」とばかりに言い出す人がいたとしたらどうでしょうか? いやいや、検察が誤ることも当然ありますが、何の根拠もなく捜査の誤りを前提とする方がどうかしています。

 つい先日、平沼赳夫は事業仕分け関連で蓮舫を「もともと日本人じゃない」と否定の文脈で語りました(参考)。事業仕分けに関しては私も否定的ですが、しかし仕分け人が「日本人」であるかどうかは無関係です。むしろ仕分けの何が問題なのか、そこを論議することから逃げていると言っていいでしょう。では「検察官僚が悪だから」みたいな論調はどうでしょうか? たしかに相手を悪者に仕立て上げるというのは最も簡単であり、かつ効果的であることが実証された方法論です。抵抗勢力なりなんなり、相手を改革に反対する「敵」に見せかけることが出来れば、後は何でもやりたい放題でした。それだけに、こうした方法論を採ろうとする輩にこそ警戒が必要だと思うのですが……

 権力が隠していることを暴く上で、どこまで現行の法律は遵守されるべきなのでしょうか。政府与党が「存在しない」と言い張る密約文書を非正規のルートで暴いたら、それは○○の横暴として糾弾されるべきものだと思いますか? あるいは調査(自称)捕鯨団が秘密裏に鯨肉を横領していたとして、それを暴くのに非合法な手段を執った場合は不法行為として裁かれるべきなのでしょうか? 政府与党がひた隠しにする事実を官僚が漏らしたら、それはリークとして罪に問われるべきものなのでしょうか? 個人と公人、権力を持たない人間と権力者は同列に論じられるべきものではないはずです。

 よほど熱心な民主党支持層かファナティックな官僚嫌いでもなければ覚えていると思いますが、自民党議員も当然のことながら疑惑の追及を受けてきました。中には「不公平だ、日本ばかりが責められるのはおかしい」ならぬ「民主党ばかりが責められるのはおかしい」と言い出す歴史修正主義者の同類もいますが、実態はと言えば「与党(+次期与党)」の議員が追求を受けてきたと見ておくべきでしょう。とりわけ安倍内閣の後半期には毎月の定例のように金銭問題で辞任を迫られる大臣が続出していたわけです。そして私は今回の件で少しだけ反省しています。かつて自民党議員が疑惑を追及されていた時、私は追求する側の言い分にしか耳を傾けてこなかった、追求される側の弁明には耳を貸してこなかったな、と。

 かつて自民党議員の疑惑が追及され、その証拠がつかめなかった時、その自民党議員は白だとあなたは判断したでしょうか? なるほど個人なら話は別です。証拠もないのに誰かを有罪視することは許されません。しかし個人と公人、一市民と政治家とりわけ与党幹部は別です。権力を手にする者は相応の責任を負うべきものです。証拠さえつかませなければセーフで済まされるものではありません。「黒ではない」人が選良に相応しいとは言えないはずです(例えば官房機密費をどう使い込もうが有罪にはなりませんが、有罪でないのに批判されるのはおかしい、と思いますか?)。必要なのは、全てを明らかにすることであり、検察を悪玉に仕立て上げてこの場を乗り切ることではありません。「疚しいこと」がなければ全てを明らかにし周囲を納得させること(政府与党の政治家である以上、自分たちの主張を伝える機会は常に担保されているのですから)、これ以外に取るべき道はないでしょう。情報漏洩対策云々と与党内では喧しい人もいるようですが、むしろ必要なのは情報公開のはず、自民党が隠したものだけではなく、民主党が隠そうとしているものだって明らかであるべき、それが政治の理想のはずです。

 

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使っちゃう人に支給すればいいのです

2010-01-23 22:49:42 | ニュース

定額給付金、消費に回ったのは支給総額の3割(朝日新聞)

 内閣府が行った定額給付金の効果に関するアンケートで、支給総額約1.9兆円のうち、新たな消費につながったのは3割にあたる約6300億円分だったとみられることが明らかになった。貯蓄に回った分も多いとみられ、当初内閣府が試算した支給総額の4割、8000億円分を下回った。

 調査は昨年4月~9月末に行い、全国の約9200世帯が回答した。給付金をすべて消費に回した世帯は50.0%だったが、まったく使わなかった世帯は26.9%。世帯平均では支給額の64.5%を消費に回したことになる。

 「給付金がなければ購入しなかったもの」「給付金があったため支出を増やしたもの」を合わせた「新たな消費」は、給付金の支給額の32.8%で、これが実際の消費押し上げ効果となる。昨年9月末時点の支給額の1兆9159億円に当てはめて換算すると6284億円となる。

 1999年に実施した地域振興券でも、当時の経済企画庁(現内閣府)の調査では、新たな消費に回ったのは支給額の3割程度だった。「バラマキ政策」は、形を変えても予算額の3割程度の消費押し上げ効果しかないことが実証された形だ。

 高速1000円とか定額給付金とか、麻生内閣時代の政策は民主党の政策の参考になりそうなものも多いですけれど、子ども手当などはどうなるでしょうか。3割でも押し上げ効果があれば何もしないよりはマシなんじゃないかと私なんかは思うのですが、この定額給付金は自民党支持層からもバラマキと呼ばれたほど不評だったわけです。もちろん民主党支持層の大部分は自民党のやることなら評価しませんから、もう誰が応援しているんだと同情したくなるような空気の中で支給された給付金、結果は微妙なところのようで……

 お金ってのは使われることで初めて意味が出てくるものであって、それが貯蓄であれ内部留保であれ、貯め込まれることでお金が滞留してしまうと景気が悪くなるわけです。だからお金を貯め込ませない、いかに使わせるかが成功の鍵になるのですが、貰ったお金をどう使おうが個人の自由ですから計画通りには進みません。景気対策としての現金給付であれば「受け取った金をすぐに使ってしまう」人に集中的に資金を投入するのが理想ですけれど、公平性とか事務コストとかを考えると簡単には行かないのでしょうね。

 ……で、「公設」派遣村がらみでくだらないバッシングが起こっているそうです。なんでも就職活動費として給付されたお金を遊興費に使ってしまった人もいるとか。その辺は話に尾ひれが付いている節もあって真面目に受け取るほどのこともあるまいと思いますが、仮に「受け取った金をすぐに使ってしまう」人が続出しているとしたらどうでしょうか。定額給付金よりもずっと効率の良い、消費押し上げ効果が得られたことになるはずです。いくら給付しても貯蓄に回されたらアウトですが、すぐに消費に回されれば景気回復への力強い第一歩となりますから。

 一口に不景気と言っても、モノが不足して貧乏な場合と、お金が動かなくて貧乏な場合があって、日本は後者に該当するわけです。前者であれば生産力の向上が必要な対策になりますが、後者の場合はお金の流通量を増やすことが対策になります。ついでに後者の場合にモノの生産量を増やしてしまうと供給過剰になってものの価値が下がる、デフレが進みます。ですので極論すれば「働かずにお金を使う」ことが景気回復の鍵になってくるわけです。だから(本人が望もうと望むまいと)安定した職に就かず、かつ手に入ったお金はすぐに使ってしまうような人々、そういう人のためにこそお金をどんどん給付していくのが景気対策としては最も効率の良い支給方法なのではないかと思います。あんまり真面目な人は給付されても将来に備えて貯金に回してしまう(=消費押し上げ効果を損ねる)、そして低賃金でもしっかり働いて過当競争に拍車を掛けてしまう(=デフレ傾向を強める)可能性がありますから、むしろ不真面目な人を優遇しましょう。

 

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333 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2010/01/16(土) 07:46:26
ときは8月、黒海沿岸の町。雨にぬれる小さな町は活気がなく、すっかり寂れていた。
人々は借金を抱えて苦しい生活をしているのだ。

その町へ、一人の旅人がやってきた。そして町に一つしかないホテルに入ると、
受付のカウンターに100ユーロ紙幣を置き、部屋を選ぶために2階へ上がって行った。
ホテルの主人は100ユーロ紙幣をひっつかんで、借金返済のために肉屋へ走った。
肉屋は同じ紙幣を持って養豚業者へ走り、100ユーロの借金を返した。
養豚業者はその紙幣を握ると、つけにしてある餌代と燃料代を払うために販売業者に走った。

販売業者は100ユーロ紙幣を手にすると、この厳しいご時世にもかかわらず、つけでお相手をしてくれる
町の遊女に返そうと彼女のもとに走った。遊女は100ユーロ紙幣を懐にしてホテルに走り、
たびたびカモを連れこんだホテルに借りていた部屋代を返済した。

ホテルの主人は、その100ユーロを受け取ると、紙幣をカウンターの元の位置に置いた。
ちょうどそのとき、部屋をチェックして2階から降りてきた旅人が、どの部屋も気に入らないと云って
100ユーロ紙幣をポケットにしまいこみ、町を出て行った。

誰も稼いでないけど、町中の誰もが借金を返し終わり、町は活気を取り戻した。

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そもそも情報源の秘匿は民主党の方が得意では?

2010-01-22 22:55:58 | ニュース

TV報道「関係者」表現、総務相の批判に波紋(読売新聞)

 民主党の小沢一郎幹事長の資金管理団体「陸山会」を巡る政治資金規正法違反事件について、テレビの報道が情報源を「関係者によると」と表現しているのは、「不適だ」と批判した原口総務相。その発言に波紋が広がっている。

 テレビ各局は「取材源秘匿のため、関係者という表現を使うことはある」などとコメントする一方、放送免許を与える権限を持つ総務相が報道に注文を付けたことには、有識者から「報道規制と思われても仕方ない」と厳しい批判があがっている。

(中略)

 読売新聞は20日、原口総務相に取材を申し込んだが、原口総務相は同省を通じて「お答えする時間がない」と回答した。

 一方的に言いたいことだけ言って、いざメディア側から取材の申し込みをウケるや突っぱねる、この辺の姿勢はますます以て阿久根の竹原と民主党のスタイルが似通ってきたことを示しているような気がしますが、ともあれ今回の件も問題となる発言をしたのが民主党か自民党かで態度を翻す人ばっかりなのではないかと思います。取り敢えず、ネット上では。

 とりわけ安倍内閣時代には自民党閣僚が金銭問題で辞職を迫られるケースが頻発していましたが、その時に民主党、及び民主党支持層は何をしていたのでしょうか? 自民党議員が追求されていた時は容赦なく、かつ一方的に疑惑解明を要求しておきながら、いざ自分の党が追求される段になるや検察が悪い、マスコミが悪い云々では筋が通りません。しかし、そうしたダブルスタンダードに何の躊躇いがないのも民主党であり、(主としてネット上の)民主党支持層でもあるわけです。かつて総務省による報道機関への干渉には強い警戒感を持っていた人の中にも、民主党が与党になってからは掌を返して今回の総務相発言に喝采を送っている人は少なくないのではないでしょうか。私にはそういう有様こそが、最も雄弁に日本の政治の水準を物語っているように思われます。

参考、全面戦争ですって

 自民党議員の金銭問題が追及されていた時、自民党支持層は「カネの問題は重要なことではない」「マスゴミの偏向報道だ」と権力を擁護してきたものです。そして政権交代後、今度は反対に民主党議員が追求を受け、民主党支持層が同様の屁理屈で権力を擁護する、党の立場が入れ替わった他は何も変わっていません。かつて自民党議員が報道機関に介入した時、自民党と民主党、及びその支持層はどのような態度を取ったでしょうか? 私には現在の民主党支持層が昨年以前の自民党支持層と同じことを叫んでいるようにしか見えないのですが。

首相、可視化法案は提出せず 検察批判を懸念(共同通信)

 容疑者取り調べの全過程で録音・録画を義務付ける刑事訴訟法改正案(可視化法案)について、鳩山由紀夫首相は20日夕、今国会への提出は望ましくないとの認識を示した。小沢一郎民主党幹事長に絡む土地購入問題の捜査が本格化する中で、捜査当局が抵抗する法案を提出することは「検察批判と受け止められる」と説明。民主党内に検察側をけん制する言動が相次いでいることも含め「控えるべきだ」との考えも明らかにした。

 自分に累が及ぶと、漸く他人に思いやりがもてるようになる人もいます。例えば石原慎太郎など、花粉症などの比較的「新しい」病気に関しては精神論で一蹴してしまうような性格のはずですが、自分自身が花粉症なので、その辺は理解があります。聞くところによると共和党で辣腕を揮ったチェイニー副大統領も、ガチガチの保守派でありながら同性愛者を罰する類の法案を尽く握りつぶしていたそうです――自分の娘が同性愛者だったために。だから民主党も、身内に逮捕者が出ただけに可視化法案に本腰を入れるかとも思われたのですが、色々と躊躇しているようです。

 元より民主党がどれだけ可視化法案に本気だったかは推測するほかありません。民法改正案に関しては「これまでは野党だから(否決前提に)提出できた」と漏らす議員もいたそうです。可視化法案だって同じようなものだったのかも知れません。元より寄り合い所帯である民主党、賛成派の議員と反対派の議員の両方が在籍していて、党内のパワーバランス次第でどちらに転ぶかわからない、というのが実態だと思います。これを機会に可視化法案の早期成立を目指すか、それともこれを機会に可視化法案を棚上げするか、今がその岐路にあるのかも知れません。

 邪推すれば、可視化で逆に言い逃れできなくなってしまう可能性もあるんですよね。ちょっとイっちゃってる支持層によると今回も小沢関係の疑惑は検察の国策捜査だそうですが、もし従来通りの密室で小沢の不正が証言された場合、それは「検察が強要して言わせているだけだ」みたいに強弁する余地もあるはずです。つまり密室での取り調べであるだけに、本当のことが語られたのか、それとも取り調べ側の筋書きを無理強いされただけなのか、その辺までは明らかになりませんから逆に言い逃れしやすいところもあるわけです。それで国民が納得するはずもありませんが、コアな支持層(=極右層)の声を国民の声と勘違いした自民党のように、民主党もまたコアな支持層の声を国民の声と勘違いしているとすれば――言い逃れの余地がある方に賭ける可能性もありそうです。

 

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