非国民通信

ノーモア・コイズミ

工事の騒音に悔し涙を流しても共感は得られないよね

2021-10-31 22:26:21 | 社会

「やっと寝てくれたのに…」選挙カーの爆音に悔し涙するママに共感殺到「これで『子育て支援』と言われても」(まいどなニュース)

やっと思いで寝かしつけたのに、選挙カーの大音量でぐずり始めたわが子はやがて大泣き。感情があふれそうになった母は窓を開け、選挙カーに向かってー。日曜日に衆院選の投開票が迫り、候補者の訴えも熱さを増す今、「まさに昨日それでした」「今日のお昼寝まさにこれだった。窓開けてうるさい!って叫びたくなる」とSNSで読まれている漫画があります。みんなの代表を選ぶ選挙、大事です。大事だとはわかっていますが、選挙カーの爆音、何とかなりませんか。

保育園に通うはるちゃん(2歳)とちーちゃん(4歳)姉妹のママとして、姉妹の発言や行動を優しいタッチで表現している、やまぎし みゆき(@yukiyama_27)さん。「選挙の時期に思い出すこと。」と題した漫画をSNSに公開すると、2万超のいいねが付きました。

 

 選挙カーがうるさい……と言う声は選挙の都度に聞かれるものでもあります。私なんかは生まれてこの方ずっと近隣で工事が繰り返される人生を送っており、今さら選挙カーごときで心を掻き乱されることはないのですが、普段は静かな環境で暮らしている恵まれた人にとっては感じ方も違うのでしょう。私からすれば、なんとも羨ましい悩みです。

 自分の身の周りで言えば、まず第一の騒音源は人生の伴侶となりつつある工事ですけれど、その次は子供でしょうか。通学児童もそうですし、隣の家から子供の泣き叫ぶ声と母親と思われる女性の怒り狂う声を聞く日々も10年以上続いています。子供が育つには十分な年月が経過しているはずですが、継続して幼児の声が聞こえるあたり、定期的に新しい子供が生まれているようです。

 あるいは犬の鳴き声であったり、深夜に徘徊する人々の奇声、信号待ちの暴走族等々、身近な騒音は多岐にわたります。立地によっては保育園であったりエコキュートや風力発電施設であったり、あるいは商業施設に屯する人々や基地から飛び立つ軍用機であったり、そして集合住宅であればマナーのない上下左右の隣人等々、騒音によって日常生活を脅かされている人は多いことでしょう。それを思えば選挙カーごとき、可愛いものです。

 

四十住さくらの母、夢支えるため赤ちゃん誕生の隣人に手紙「どうか滑らしてもらえないでしょうか」(スポーツ報知)

 自宅の庭にコンクリートを敷き詰めて練習場を作ったときのことだ。隣人に赤ちゃんが生まれ「新生児の間は練習しないでもらえないか」と頼まれた。練習の音がどうしても響くからだ。清美さんは手紙を丁重にしたため、理解を得た。「うちの子は、日本一を目指すと言っています。決めた時間や赤ちゃんが起きている時間にだけ滑らせてもらうので、どうか滑らしてもらえないでしょうか」

 

 こちらは東京五輪のスケートボードで金メダルに輝いた四十住さくら選手のエピソードです。栄えあるメダリストの故事に倣って各政党も「うちの候補は、当選を目指すと言っています。決めた時間や赤ちゃんが起きている時間にだけ(選挙カーを)走らせてもらうので、どうか走らしてもらえないでしょうか」と手紙を丁重にしたため、理解を得るのが良いのではないかと思います。

 まぁ騒音を巡るトラブルは色々とあるわけですが、総じて騒音を発する側と被害を被る側の力関係によるところが多いようです。無職が音楽を流していてうるさいという事案では無職が逮捕されたかと思いきや、法廷で国が定める環境基準を超えていることが認定されたにもかかわらず「(子供の声には)健全な発育を感じてほほえましいと言う人もいる」との理由で原告の訴えが退けられるなど、騒音の度合いよりも別の要因が重要であることが分かります。

 では選挙カーはどうでしょうか。一般に政治家は嫌われがちですから、選挙カーをうるさいという声も一定の共感を呼ぶわけです。その一方で政治家はまた力を持った存在でもあります。政治家が有権者に向けて自分をアピールする行為は公共性があるとして、裁判所からも尊重されるであろうことは想像に難くありません。

 そもそも選挙カーで住宅地を回って反感を買うことがあるとしても、このやり方で当選を重ねてきた議員がいることもまた確かなのです。嫌われることはあっても名前を売るメリットの方が大きい、そう選挙のプロが認めているからこそ選挙カーは走り回っていると言えます。敗戦やコロナのような大きな転機が選挙の世界にも起こらない限り、このスタイルは長く続くことでしょう。

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若者が選挙に行くことで何が変わるのか

2021-10-24 21:41:28 | 政治

「衆議院選挙」とは?超基本情報をわかりやすく説明(All About)

日本は2007年に超高齢社会に突入し、さらに勢いを増してますます高齢化が進んでいます。そうなると、選挙に立候補した人は、人口の割合が大きい高齢者に選んでもらうために、高齢者が喜びそうな政策を掲げます。実際、高齢者の年金や介護の予算は年々増えています。するとその予算を確保するため、働く人が負担する税金が高くなっていきます。

 

 さて来週には早くも衆院総選挙が行われるわけです。そして選挙が近くなる度に目にする定型文が上記の引用ですが、いかがなものでしょうか。こういう言説を無批判に信じている人もいるのかも知れません。しかし本当に今の日本の政策は高齢者寄りなのか、各政党は高齢者の方を向いているのか、少しくらいは考えてみる必要があるように思います。

出典:2021年 衆議院選挙に関する調査 株式会社グリーン・シップ

 こちらはリサーチ会社による世論調査結果です。これを見ると自民党は年代の上昇に伴い支持が落ちていく一方、公明党も含めた他党の支持が概ね伸びていくことが分かります。どの政党も世代による差は見られるのですが、特に立憲民主党は顕著で18/19/20代の投票先として僅かに7.9%しか挙らないにもかかわらず、70歳以上ともなると24.1%と、3倍を超える開きを確認できます。

 もちろん世論調査で「選挙に行く」と回答しても実際には投票しない人が多いように、回答と投票先が一致する保証はありません。とはいえ真逆の結果になるとも考えづらいところで、世論調査結果をベースに見るのであれば、若年層の低い投票率の結果として得をしている政党(立憲民主党)と、損をしている政党(自民党)があることは推測できます。

 ただ「若者が選挙に行かないから高齢者寄りの政治になっている」と主張している人は、与党支持者と野党支持者の双方に偏ることなく存在している印象です。若年層の投票率向上によって自民の票は増え、立憲民主の票は相対的に目減りすると予想されますが、不思議とどちらの党の支持者も若年層の投票率が上がることで自分の思想信条に近い方に世の中が動くと夢見ている節が見受けられるところだったりします。

 こちらも同じリサーチ会社による調査結果ですが、総じて若い世代は「経済政策」への関心が高く、高齢層になると「年金などの社会保障」への期待が高まっていることが分かります。この辺りは世間一般の感覚と一致するところでしょうか。ただ、だからといって投票率が高く人数の多い世代の関心事に各政党がフォーカスしているかと言えば、そこは別問題に見えます。

 もちろん社会保障関連を全くスルーしている主要政党はありませんが、同様に経済政策を語らない主要政党もまた存在しないわけです。各政党が高齢者に選んでもらうために、高齢者が喜びそうな政策を掲げていると、そう信じている人はより大胆な高齢層向けの福祉の切り捨てを政治に期待しているのかも知れません。ただ客観的に見れば、主立った党はどれも若者の関心事に一定の重きは置いていると言えます。

 仮に有権者に占める若者の比率と投票率の双方が高かったとして、それで主要政党が軒並み年金政策は脇に置いて経済政策をメインに語ったとしましょう。しかし現実問題として社会保障費の増額は高齢者の票を目当てに年金を手厚くしたからではなく、単に年金受給者が増えただけ、純然たる自然増の結果でしかありません。むしろ無関心であればこそ、増額が続くことにも繋がります。

 そもそも社会保障政策や経済政策と言っても方向性は様々です。より高所得層の負担を減らす方向の社会保障政策や、ひたすら企業が内部留保を積み増す方向の経済政策だってあるわけです。むしろ高齢者にも、自分が受け取る年金額より年金の財源を気にする人は多い、未就労の若年層だからこそ、労働者側ではなく経営側の利益に感情移入している人もまた多いことでしょう。

 結局のところ、今の政治が高齢者の方を向いている──と言い募るのは、自身の思想信条と政府与党のやることが一致しないことへの苛立ちを、高齢者を犯人に仕立て上げることで晴らそうとしているだけでしかありません。自分が異性にモテないのは異性の側に問題があるからだ、そう考えるような類と似たようなものです。

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政界の与党と労組の与党

2021-10-17 21:51:24 | 政治

 さて先月末には政界の与党である自民党の新総裁が誕生したわけですが、今月の初めには労組の世界の与党である連合でも新会長が選ばれました。自民党総裁選の場合、多少なりとも主張の異なる候補者が政策を訴え、比重は低いながらも党員の投票まで行われたのは周知の通りです。一方で連合会長は、候補者が政策を競うこともなければ組合員に投票させることもなく代表者が決められるものだったりします。

 まぁ(連合からはじき出されている少数派組合は知りませんが)労組の世界は基本的に無謬説で成り立っており、トップの政策は無条件で正しく議論の余地などないことになっています。ゆえに組織内の選挙で争う必要も投票で当落を決める必要もありません。そして参加の労組は「上」の労組が決めた指令に粛々と従っていれば正しい道を歩める、と。

 こう書くと労組が悪者のように見えますが、普通の民間企業も同じです。会社の代表取締役を選ぶのに複数候補者が経営方針を競い合って、それで従業員からも票を募って当落を決めたりはしません。会社も労組も上に立つ人間を決める方法は同じ、誰がトップになるかは偉い人の間で決め、上長が決めたことに部下は従うことが求められる、そういうものです。

 ただ労組のあり方として、企業に近い方が良いのか政党に近い方が良いのか、という議論はあってもおかしくない気がします。事実上の総理大臣を決める自民党総裁選の行方が日本国内の居住者の命運を左右するように、労組の世界の長が誰になるかも労働者にとって決して無関係ではありません。連合が、せめて自民党くらいに民主的な形で会長を決めるような組織であってくれたらな、と思うところです。

 

連合新会長の芳野氏 「共産の閣外協力あり得ない」 立憲に不快感(毎日新聞)

 新たに就任した連合の芳野友子会長は7日、東京都内で記者会見し、立憲民主、共産両党が政権交代時に共産による「限定的な閣外からの協力」で合意したことに対し、「連合はこれまでも共産の閣外協力はあり得ないと主張している」と述べ、共産と協力する立憲に不快感を示した。連合は労働運動を巡り、歴史的に共産と対立しており、立憲は次期衆院選に向けて最大の支持団体との連携に不安を抱えることになる。

 芳野氏は連合が推薦する立憲の候補予定者の活動について、「現場では選対にも共産党(関係者)が入り込んで、立憲、共産両党の合意をたてに、さらなる共産党政策をねじ込もうとする動きがある。立憲には混乱がないよう選対をしっかりコントロールしてほしい」とも指摘。今後、立憲の枝野幸男代表と初めて面会した際に直接申し入れる考えも示した。

 

 ともあれ新たに就任した連合会長ですが、主張に関しては従来の連合の路線を堅持するであろうことが窺われます。昔から政治に疎い人ほど、共産党が民主党に選挙協力すれば自民党に勝てる!みたいな妄想を抱きがちだったわけですが、そもそも連合とは労使協調の邪魔になる共産党系の労組を排除する形で結成されたものであり、これを支持母体とする民主党系諸派と共産党との連携が一筋縄でいかないことくらいは理解しておくべきでしょう。

 ただ民進党時代までは旧民主系勢力も反共が基調であったものの、それが合流を目指した小池百合子グループに拒絶されたあたりで潮目が変わったところはあると言えます。小池百合子が作った「希望の党」に合流し政策的に距離の近い支持層の獲得を目論んだ民進党議員の多くが排除され行き場を失う中、共産党から票を受け取ることに否定的ではない枝野一派が巻き返しを図り、政策はさておき選挙戦略には大きな変化が生まれたわけです。

 立憲民主党にとって、共産党に道を譲らせるメリットと、民主支持層の中にも少なくない反共主義者や支持母体である連合との間に溝が出来るデメリット、どちらが大きいかは一概に言えないところです。一方の共産党からすれば、専ら民主のために候補を取り下げるばかりであって、これを続けていけばいずれは社民党と同様に滅びへの道を進むほかないことは明白でしょう。

 もっとも共産党からすれば、自分たちは社民党とは違う、社民党のようにはならない、社民党と違って賢く立ち回れると、そんな驕りもあるのかも知れません。まぁ、社民党よりもアンチが多い分だけ存在感は残せるような気はします。あるいは外敵の存在が内部の結束を高めるようなもので、「自民憎し」のあまり党の利益よりも自民党の不利益を追及した結果の可能性も考えられます。

 ただもう一つの可能性として、自民党だけではなく連合もまた共産党のターゲットなのかも知れません。今までは無条件に近かった民主系勢力と連合の支援関係が共産党の侵入によって崩されるのなら、それは一定の意義があるように思います。そもそも共産党が対立してきたのは自民党だけではなく労使協調路線の連合でもあるわけで、ここに揺さぶりをかけるのは党の戦略として正しいですから。

 民主党政権が終わって第二次安倍内閣が始まると、政府による春闘への口出しが始まりました。結果は胸を張れるほどではないながら、前政権時代よりも少しだけ多めに賃金が上がるようになったわけです。これに対する連合のコメントとしては「政権への親和性が強い企業の動きだ」「労働条件の改善は労使自治で決めるのが基本だ」云々が伝えられています。

 民主党政権の経済政策は、政府による介入の少ない──つまりは市場原理主義的なものでした。こうなった理由の一つとして、支持母体である連合への配慮もあったのではないでしょうか。「労使自治」による決定を連合が求めている以上、民主党政権は(安倍政権のような)介入は行わないのが基本姿勢になる、政府として賃上げは求めず、あくまで連合の「自治」に任せる形となったわけです。

 こうした連合との間に距離が出来るのであれば、それは民主党の政策面にも良い影響を与えることでしょう。政治の世界は自民一強と言われながらも稀に与党が変わることもありますし、自民党支配の中でも路線の異なる政治家が台頭することもあります。一方で労組の世界には政権交代も路線変更もありません。しかし共産党がくさびとなって労組の世界を揺るがすならば、それは停滞する現状を変える要素になるのではないでしょうかね。

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日本人の条件

2021-10-10 22:53:34 | 社会

真鍋氏にノーベル物理学賞 地球温暖化予測に貢献―「気候モデル」確立(時事通信)

 スウェーデン王立科学アカデミーは5日、2021年のノーベル物理学賞を、コンピューターを使った地球温暖化などの予測手法を確立した米プリンストン大の真鍋淑郎上席研究員(90)ら3氏に授与すると発表した。

 真鍋氏は愛媛県出身。1958年に渡米し、米海洋大気局などで研究を続け、75年に米国籍を取得した。

(中略)

 日本人のノーベル賞は2019年に吉野彰・旭化成名誉フェロー(73)が化学賞を受賞して以来で計28人目(米国籍取得者を含む)。物理学賞は15年の梶田隆章・東京大宇宙線研究所長(62)以来で6年ぶり、12人目となる。

 

 さて今年も終身名誉ノーベル賞候補である村上春樹氏の落選を聞く季節がやってきました。文学賞はさておき物理学賞に関してはアメリカで活動するアメリカ国籍の真鍋淑郎氏等が選出されたそうです。曰く「日本人のノーベル賞は2019年に吉野彰・旭化成名誉フェロー(73)が化学賞を受賞して以来で計28人目(米国籍取得者を含む)」とのこと。

 言うまでもなく日本は現代もなお成年の二重国籍を認めていませんので、アメリカ国籍を選択した以上、今回の真鍋氏を含む一部のノーベル賞受賞者は日本国籍ではないことになります。ただ日本国籍であろうとなかろうと、「日本人」のノーベル賞受賞者としてカウントされることには特に異論は出ていません。国籍の有無は、日本人の要件とは関係がないのでしょう。

 栄えある国民栄誉賞の第一号受賞者である王貞治氏もまた日本国籍ではありません。そんな王氏はかつてWBCでのインタビューで自身について問われた際、「私は生まれたときより日本で育ち、日本の教育を受け、日本のプロ野球人として人生を送ってきました。疑うことなく日本人です」と答えたことが伝えられています。

 似たような境遇としては同様に中華民国籍の父親を持ち、生まれたときより日本で育ち、日本の教育を受け、日本の芸能人を経て日本の政治家として人生を送ってきた蓮舫氏が挙げられるところです。まぁ蓮舫にもまた「疑うことなく日本人」と言い切るだけの資格はありますよね。ではアメリカの研究者として人生を送ってきた人はどうなんだ、と思わないでもありませんが。

 外国籍を取得すると日本国籍を失う国籍法の規定は憲法違反だとして、海外在住の原告が日本国籍を維持していることの確認などを国に求めた訴訟もありましたが、これは今年の1月に合憲として訴えを退ける判決が地裁から出ています。今回の真鍋氏も日本の法律に違反していない限り、日本国籍の剥奪からは逃れられないわけですね。

 一方、大相撲では白鵬や武蔵丸、旭天鵬など日本国籍の力士が優勝したり横綱として活躍したりしてきました。しかるに「日本出身」という用語が好んで使われ、同じ日本国籍でも外国出身とそうでない力士を区別してきたのは広く知られるところで、この辺りからも日本国籍の有無は「日本人」であることの要件にはならないことが分かります。

 現実問題として「日本人」であるかどうかによって社会における扱いは大きく変わってきます。しかし外国出身者は日本国籍を取得しても日本人とは認められない、他国の国籍を取得しても「日本人」として扱われる、かと思えば日本国籍を維持していることの確認を裁判に訴えれば退けられる等々、日本人の条件は時と場合によって都合良く使い分けられるのだろうな、と思うばかりです。

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白鵬と日本人

2021-10-03 22:33:51 | 社会

白鵬の引退と「間垣」襲名承認 異例の条件付き、誓約書にサイン―相撲協会(時事通信)

 日本相撲協会は30日、東京・両国国技館で理事会を開き、横綱白鵬(36)=本名白鵬翔、モンゴル出身、宮城野部屋=の引退と年寄「間垣」襲名を承認した。白鵬は10月1日午後3時から両国国技館で記者会見を開き、引退を決断した理由などを説明する。

 理事会では白鵬の間垣襲名を認めるに当たり、年寄として当然守るべき事項を誓約することを条件とした。白鵬は両国国技館を訪れ、師匠の宮城野親方(元幕内竹葉山)が同席した上で誓約書にサイン。5月に年寄名跡を取得したが、その際に年寄資格審査委員会から受けた忠告がその後守られなかったため、条件付きという異例の襲名となった。

 相撲協会によると、白鵬が誓約した事項は「新人の親方として、理事長をはじめ先輩親方の指揮命令、指導をよく聞き、本場所等、与えられた業務を誠実に行うこと」「大相撲の伝統文化や相撲道の精神、協会の規則、ルールやマナー、相撲界の習わし、しきたりを守り、そこから逸脱した言動を行わないこと」。

 

 さて通算勝ち星を筆頭に大相撲史上の数限りない「歴代1位」の記録を持つ白鵬がついに引退することとなりました。現役としては最後まで強さを見せたわけですが、土俵の外では負けてなるものかと日本相撲協会の理事会が息巻いていることが伝えられています。旧態依然たる相撲界には変革が求められるところですけれど、ここで突きつけられた誓約書に従っている限り、白鵬という歴代最高力士による改革は難しそうです。

 この処遇が公平なものであるかは、もう少し問われるべきではとも思います。白鵬の実績を鑑みれば、逆に特権を付与するという方がまだしも理解できるのですが、「条件付きという異例の襲名」にどれほどの正当性があるのでしょうか。かつて相撲協会から解雇された蒼国来が地位確認を求めて訴訟を起こし、解雇無効の判決を下されたことがあります。白鵬も裁判に出れば、土俵の外でも勝てそうな気がしますね。

 相撲界隈の報道では「日本出身」という言葉がよく使われます。「日本出身力士が10年ぶりに優勝」ですとか、「19年ぶりの日本出身横綱の誕生」等々。これは要するに同じ日本国籍でも、モンゴルやハワイなど海外出身の力士と出身も日本である力士を区別するための表現で、典型的な「差別ではなく区別!」と言った感じですが、この「日本出身の○○」が登場する都度メディアを大いに賑わせてきたわけです。

 日本国籍の力士の優勝は、珍しいことではありません。ただ出身地が日本国内ではなくモンゴルだったりするだけです。日本国籍の横綱も大いに活躍していますが、やはり日本ではなくモンゴルの出身だったりします。そうした中で相撲界隈では「日本出身」に特別な期待を抱き続けてきました。結局のところ、日本国籍を取得しようと国外の出身者は日本人とは違う───そんなメッセージを発信し続けてきたと言えます。

 「(安倍内閣は)白鵬の取り口に似ている。左手で張り手、右からひじ打ちを顔面に入れる。白鵬は覇道、邪道の相撲になっている。安倍政権も覇道、邪道、外道の政治だ」とは、現在は立憲民主党の最高顧問を務める野田佳彦の2016年の街頭演説における発言です。白鵬に準えられるのは名誉なことと言えなくもありませんが、野田に言わせれば覇道、邪道、外道を象徴するもののようです。

 外国出身者に向けたこうした視線が、排外主義者としてしかるべく白眼視されている人々からではなく、むしろ差別主義者からは毛嫌いされているメディアや政党関係者から飛び出してくるあたりに、我々の社会の地金を窺うことが出来るように思います。ともするとレイシズムとは距離があるように見える人々でも、こうした外国出身者への姿勢を見ればお里が知れると言ったところではないでしょうか。

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