非国民通信

ノーモア・コイズミ

選挙に行かない、という選択

2012-12-31 22:56:30 | 政治

小選挙区制おかしい! 若者がツイッターで呼びかけデモ(京都民報)

 「小選挙区制おかしいぞ!」――原発ゼロや消費税増税反対、TPP参加反対など、国民の民意を反映しない総選挙結果を受け、選挙制度に意義をとなえるデモが28日、京都市内で行われました。若者有志がツイッターやフェイスブックなどのソーシャルネットワークサービスを通じて呼びかけたもので、市民50人が集まりました。

 行進前の集会で立命館大学1回生の女子学生(18)が発言し、「16歳から婚姻を認められているのに、なぜ投票はできないのか。OECDのなかで18歳選挙権がないのは日本と韓国のみ。自分なりに政治を勉強したのに、応援もできないなんておかしい」とのべ、若者の呼びかけに応じて参加した立命館大学の南野泰義国際関係学部教授は、今回の総選挙では小選挙区制で約3700万票と全体の5割以上の死票が生まれたと指摘し、「自民党は有権者の2割の得票で8割の議席を得た。多様な民意をくみ取る制度にない」と批判しました。

 参加した男性(23)は、「まわりに『自民党がいい』という人がいないのに、あれだけの議席になっているのがおかしいと思っていた」と話していました。

 

 京都市内でデモが行われたと伝えられていますけれど、参加者は僅かに50人だとか。「50人しか集まらなかった」とは、むしろ「支持されていない」ことを示す証左であるように思えないでもありません。往々にして主催者発表は何倍にも水増しして参加人数を発表するものですが、そんな小細工ではどうしようもできないほど「人が集まらなかった」デモと言えます。敢えて50人という極小人数を包み隠さずに発表する辺り、その正直ぶりは賞賛されるべきなのでしょうか。どちらかと言えば「晒し者」的な格好になっているような気がしますけれど……

 ある参加者は18歳で選挙権がないことに異議を唱えているようです。まぁ、若い世代ほど右傾化も顕著で自民党支持が強いところもあるだけに、選挙権が18歳から始まっていれば自民党の圧勝ぶりに拍車がかかったであろうと推測されます。選挙権が20歳以上からであったおかげで、若者の投票率が低かったおかげで僅かながらもブレーキがかかったと考えられないでもありません。選挙権を18歳からにすべきか20歳のまま据え置くか、むしろ逆に30歳くらいに引き上げるべきか、考え方は人ぞれぞれですが、とりあえず今回の選挙が「18歳から」でなくて良かったなと私は思っています。

 一方で「参加した男性(23)」の発言はどうなのでしょう。これまた晒し者の印象が拭えません。今さら小選挙区制のカラクリに気づいたみたいな口ぶりもアレですが、この手のデモに参加する人の交友範囲に「自民党がいい」と明言する人がいないのは自然なことですし、私の周りにだって特にいませんけれど、では他の「○○党が良い」と言い切る人がどれだけいたのやら。自民党が良いという選択の結果ではなく、他の党があまりにも酷かったから自民党が残っただけ、むしろ対抗馬となるべき政党のダメさ加減に目を向けるべきなのではないでしょうかね。放射線の影響や電力需給の問題を歪曲する人が過去の歴史を歪曲する人よりマシってことはないですから。

 なお選挙直後にも書いたように、小選挙区のおかげで圧倒的勝利を収めた党より、比例に救われた党の方が小選挙区志向が強い、比例区削減に熱心だったりしたわけです。比例定数削減を掲げてきた党が敗れて、多少なりとも中選挙区制に未練を見せる党が勝った、小選挙区制に異議を唱える人々からすればこの政権交代はどう映るのでしょうか。私も小選挙区制には良い印象がありませんし、それだけに選挙制度の問題に関しては最低最悪の民主党が野に下って、率直に良かったと感じているところですけれど。

 なお立命館大の南野教授は「自民党は有権者の2割の得票で8割の議席を得た。多様な民意をくみ取る制度にない」と批判したそうです。まぁ、小選挙区とはそういう制度ですよね。勝者総取り、とにかく選挙区内で最多得票でありさえすれば議席が取れる、往々にして過半数未満の支持で当選できてしまう制度ですから。その点で小選挙区制度を「多様な民意をくみ取る制度にない」とするのは正しいと言えます。一方、「自民党は有権者の2割の得票で8割の議席を得た」云々はいかがでしょうか。

 自民党の得票数は小選挙区で2500万、比例で1600万程度、両者の算術平均を有権者数で割れば、おおよそ「2割の得票」と言えそうです。でもこの計算ですと「投票に行かなかった人」を勘定に入れていることになります。いかがですか? 「選挙に行かない」「投票しない」ことを一つの意思表示として尊重するのであれば、それもアリでしょう。しかし選挙前は専ら、投票することが義務であり、必ずそうしなければならないのだと言わんばかりの論調が主立っていたように記憶しています。投票「しない」という選択を認めないのであれば、自民党の得票率の分母に「選挙に行かなかった人」の意思を含めるべきではありませんよね。件の教授の場合は、どういう立場なのでしょう。「2割の得票」と言うからには「選挙に行かない」ことを投票することと同列の意思表示として認めなければならないはずです。

 

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誤解を広めてきたのは誰だ

2012-12-29 23:06:17 | 社会

牛タン風評被害、東電1300万円で和解 仙台の店と(朝日新聞)

 東京電力福島第一原発事故に伴う風評被害で客が減ったとする仙台市の牛タン飲食チェーン店に対し、東京電力が1300万円を支払う和解が、政府の原子力損害賠償紛争解決センター(原発ADR)の仲介で成立した。仙台牛タンの大半は外国産だが、地元産との誤解による風評被害が認められた。

 店側の代理人弁護士によると、客の7割は宮城県外の観光客で、牛に与える同県内の稲わらから放射性セシウムが検出された昨夏、売り上げが激減した。「地元産と思い込んでいる客が多く、風評被害は大きい」として1900万円の損害賠償を求め、昨年12月にセンターに申し立てていた。

 

 東京電力と仙台の牛タン飲食チェーン店との間で和解が成立したそうですが、風評被害を広めてきた人々やメディアは放っておいて良いのですかね? 朝日新聞出版とか中日新聞社など低俗な煽りメディアの出版元くらいは提訴しても罰は当たらないように思うのですが、やっぱり相手にするなら叩きやすいところを、というのはあるのかも知れません。

 賠償支払いを命じられたのは東京電力だけですが、原告の飲食企業に損害を与えたのは東京電力だけではないわけです。一つには牛肉が危険であるかのごとく誤解させ風評被害を広めてきた人々やメディアがあって、この辺は相手をに絞りきれないだけに訴訟の対象としては扱いにくいものではあるのでしょうけれど、明白な加害者が野放しにされていることには一抹の疑問を感じるところです。

 以前にも触れたことですが、原発事故もあって食品の「産地」を気にかけるようになった人もいるかと思います。そして気づくであろうことは、流通している食料品は国産ばかりだということです。あれだけ食糧自給率の低さを危機として伝えられているにも関わらず、店頭で見かけるのは日本産ばかりなのはなぜでしょうか。日本では食糧自給率をカロリーベースで計算するという独自の算出方式を採っているために誇張して伝えられているところもあります。それ以上に、日本の食糧自給率の「低さ」を支えているのは専ら「家畜の餌が輸入だから」なのですね。国産の牛や豚も鶏も、日本産ではなく国外から輸入した飼料を食べて育っている、故に日本の食糧自給率は低いと。

 その辺を理解していれば「地元」で取れた餌を主食としている家畜なんて相当な例外と分かりそうなところですが、まぁ何も学ばずに頭の中のイメージを膨らませる一方の人もいるのでしょう。そして、あたかも東北全域の農産物やガレキをも一緒くたに危険物、汚染物扱いするような、馬鹿馬鹿しくも深刻な風評被害をもたらす振る舞いを続けてきた人もいるわけです。そもそも健康被害を想定するには基準値越えの食品だけを一生涯にわたって食べ続ける必要があるわけで、なんとも現実味の無い話ではあるのですが……

 なお「仙台牛タンの大半は外国産だが、地元産との誤解による風評被害が認められた」とのことです。時事通信による別の報道では「提供しているのは外国産の牛タンだが、来店者の7割は観光客で、国産牛と思っている人も多い」と原告が主張していたそうです。これ、どうなんでしょうね。この「誤解」を広めた「犯人」は誰なのかと考えると、ちょっと印象が変わってくる気がします。

 とりあえず「仙台の名物」として牛タンは認知されており、そのイメージに乗じて売られてもいるわけです。そこで実際に供されているのは外国産の牛タンであるにも関わらず、仙台という特定地域のイメージによって付加価値を持たせてきた、そこから飲食企業は利益を得てきたはずです。今回こそ不当な風説の流布によって仙台を含めた東北地域産というものが悪いイメージを持たれるようになってしまいましたけれど、原発事故「前」までは逆だった、地元産というのがブランドだったと言えます。

 そんな地元「仙台」のブランドに乗じて外国産の牛タンを売ってきた事業者の側に問題はないのでしょうか。元より消費者の利益のため「当店で提供する牛タンは全てアメリカ産です」などと産地を明示してきたのならいざ知らず、しれっと「仙台名物」として売り込んできたのなら因果応報という気がしないでもありません。地元産との客の誤解に乗じて余分に収益を得てきた分までをも東京電力が損失補填を命じられるとすれば、流石に気の毒だと思いますね。

 

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若者の未来と未来の若者

2012-12-27 23:08:19 | 雇用・経済

不景気とはいうけれど...。サラリーマンの生活は本当に厳しいの?(マイナビスチューデント)

4月から社会に出て働く皆さんにとって、身近な先輩のお給料の額は自分の懐に入るお給料を知る上での貴重な参考。気になる人も多いのでは? 今年の11月に厚生労働省から発表された、『平成24年賃金構造基本統計調査結果』によると2012年6月の大卒社会人1年目平均給与の額(税引き前)は19万6500円だという。「不景気」と叫ばれて数十年ですが、この額って実際のところ高いの、低いの?

「新卒の給料平均だけで考えると、この額は悪くないといえるでしょう。意外に思うかもしれませんが、大卒男子の初任給が10万を超えるようになったのは1977年からで、1976年には9万4300円だったのです。それから倍以上お給料が伸びているのに対して、物の値段を相対的に図る消費者物価指数は当時と比べて58.8%の増加率とされています。つまり、物の値段に対して、倍以上お給料が増えているのが現代なのです」

と、教えてくれたのは『意外と知らない 給料のカラクリ』の著者で税理士の落合考裕さん。物価上昇率に対してお給料が倍以上に膨らんでいるのに、なぜここまで「不景気」とか「生活が厳しい」と言われてしまうのでしょうか?

「経済成長の伸びしろがあった高度成長期に比べて、成長が頭打ちとなった現在は、年齢を重ねても給料が伸びにくくなっていることが最たる理由として考えられます。また、厚生年金や健康保険といった社会保障の額が増え、新卒の場合は手取り額が13~14%減ってしまうというのも理由の1つとして考えられます。1977年当時の年収に対する社会保障負担額はおおよそ10%であったので、3~4%程度負担が増加したことになります。あるいは、派遣社員などのワーキングプア問題や大手会社のリストラ問題など、必ずしも大学を出て大手企業に就職したからといって、必ずしも一生安泰ではないことがメディアに大きく報じられていることも考えられますね」

 

 ……とまぁ長々と引用しましたが、とりあえず実態として日本全体の給与水準が下がり続ける中でも新卒時点での給与平均は概ね維持されてきたわけです。引用元では比較対象が1970年代と遠すぎてあまり意味のない議論になっているのが残念ですけれど、まぁ過去に比べて若者が貧しくなっているとは言えないと。ではなぜ「『不景気』とか『生活が厳しい』と言われてしまう」のか、その辺への回答が引用した最終段落に当たるようです。中には妥当な部分もあれば、誤魔化しを感じさせるところもありますかね。

 経済成長の伸びしろがあった云々は典型的なミスリーディングで、経済成長を止めたのは日本だけ、日本を置き去りにして世界経済は成長を続けているという現実に向き合って欲しいものですが、これを経済系の論者に望むのは木に縁りて魚を求むと言ったところでしょうか。社会保障費負担に関しても、給与の10%から13%程度に上がったくらいでは、所得の伸びに対しての影響を論じるにはあまりにも小さすぎます。あるいは「○○がメディアに大きく報じられていることも考えられます」云々の結びも怪しい、ではメディアが沈黙して何も伝えなければ良いのか、コンサルよろしく作り話を吹き込むことに専念しておけば問題は解決するのかと首を傾げるばかりです。

 ただ根幹である「年齢を重ねても給料が伸びにくくなっていることが最たる理由」との指摘は至って妥当と言えます。昨今は「将来にツケを残すな」と大騒ぎする人も多いですが、それでもローンを組んで大きな買い物をする人がいなくなったわけではありません。「現在」の手持ちのお金に不足があっても「将来」の収入を使って買い物をすることが可能であり、それが経済を膨らませるものでもあります。「今」あるいは「若い内」の収入は少なくとも、将来的に収入が増えることが確実視されていれば、使えるお金はずっと大きくなる、そういうものなのです。

 ところが今や会社に長く勤めても給与が上がる保証はなく(新人がすぐに辞めると不平を並べ立てておきながら、仕事を続けさせるためのニンジンを差し出すつもりは皆無というわけです!)、むしろ年齢が上がるにつれ会社からリストラされるリスクは高まるばかり、そして年を取ってしまえば再就職先など容易に見つかるものではありません。こうなると「将来の収入」を使うどころか、逆に「今の収入」を将来の備えとして残しておかなければならなくなってしまいます。故に、健康で扶養家族もおらず、給与削減の波から免れた額の初任給を受け取ってもなお自分の懐が寂しいと感じる人もいるのでしょう。

 新卒一括採用を批判する論者は珍しくありません。とりあえず日本の「これまで」の慣行とされるものをネガティヴに論じておけば改革派を気取れると、そんなノリもあるでしょうか。まぁ確かに、就業機会が新卒時に集中しすぎている、そのアンバランスさが我々の社会を歪ませているところはあるかも知れません。ならば同様に、真っ当な就業機会が若年時に集中していることにも疑問を抱いて欲しいところです。新卒一括採用にダメ出しをするなら、年齢差別の罷り通る若者優遇の採用姿勢を問題視するぐらいはできないと、とうてい筋が通っているとは言えませんから。

 このブログでも何度か指摘してきたように、問題なのは若年層の「今」と言うより「将来」であり、それは中高年層にとっての「今」でもあるわけです。新卒として採用された時点での給与が低いから若者に希望がないのではなく、「年齢を重ねても給料が伸びにくくなっていることが」未来を暗澹たるものにしているということを直視する必要があります。「若者のため」を掲げる論者は専ら若年層の「今」のための施策を呼びかけますが、これは根本的に誤っているどころか逆効果です。若者の雇用機会のためと称して今以上に中高年を会社から追い出すようになれば、なおさら将来不安は増すばかりなのですから。長く勤めていれば給料も上がると、そう信じられるようにならなければ若年層にとって会社を辞めずに働き続ける動機は弱まるばかりですし、将来の収入を当てにしたローンも組めない、むしろ「今」の収入を貯蓄に回すことを迫られます。これまでの若者中心の雇用政策が若者の将来を暗くするばかりであったことを省み、方針を改めるべき時がとっくに訪れているのではないでしょうかね。

参考、元・若者

 「未来の若者」のために「若者の未来」を犠牲にしているとも言えます。中高年層の「既得権」とやらを剥奪して「若者の雇用機会」を増やすとなると、確かに「若者」の雇用機会「だけ」は増えるでしょう。ところが10年、20年、30年と時が経つにつれて若者は中高年になる、それこそ若者の避けられない未来であり、この未来に「若者が」全く希望を見いだせなくなっているのが現状であるわけです。上記のリンク先では、いわゆる「氷河期世代」に若者であった人が既にリストラ対象者に含まれるようになってきた、「今」の若者に椅子を譲ることを迫られ始めているという事例を取り上げました。今後も若者の雇用機会を増やそうという取り組みは続く、その手の主張が支持を集めてゆくことでしょう。そして今以上に、若者の未来は暗いものとなっていくのです。

 

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両方よこせ

2012-12-25 22:57:52 | 雇用・経済

 経済成長は万能薬である、と敢えて掲げてみます。実際のところ、景気の良さは社会制度上の不備を覆い隠すものです。例えば誰もが就職先に困らない世界であれば失業者のための社会保障に不備があっても問題は顕在化しにくい、昔から日本の社会保障は穴だらけでしたが、経済成長が穴を埋めていたが故に貧困や福祉の欠落は現代に比べれば随分とレアなケースで、存在はしていても目立つことが少なかったと言えます。

 私の勤務先の場合に限ったことではないと思いますが、下請け会社と元請け会社の関係なんかでも、発注元から要求される仕事量次第で力関係は大きく揺れ動くようです。案件が少ないときは下請けから「何でも良いから仕事を回してください」と乞われる形になる一方で、逆に発注元から無茶な納期と案件を突きつけられているときには、逆に下請け会社に「スケジュールは厳しいと思いますが、何とか何日までに○○と○○をお願いします」と頭を下げることになったりと(下請けの全面的な協力がないと絶対に納期が間に合いませんので)、とかく問題になりがちな元請けと下請けの関係も景気次第で左右されるわけです。

 日本では「経済成長が格差を拡大させる」みたいな論調が極めて強いですけれど、実際のところはどうなのでしょう。確かに、経済成長と同時に貧富の格差が拡大している国もあります。しかし日本は、むしろ経済衰退と格差拡大が歩みを揃えてきたはずです。少なくとも経済成長を否定すれば格差を縮小できるものではない、その現実は受け入れるべきなのではと思います。

 経済的な豊かさと格差は連動するものではなく、相互に独立して動きうるものです。経済成長か格差是正か、という二者択一は全くのナンセンスで、経済成長と同時に格差を是正するという道もあれば、日本が選んできた経済衰退と格差拡大という道もあるのです。まぁ世界に目を向けても「貧しく格差の大きい国」というのは多いような気がしますね。経済成長と格差是正は共存しうるものですし、逆に片方を選べば片方が損なわれる、もしくは片方を否定すればもう片方を確保できるというものではないわけです。

 この十数年の日本の政治が経済成長を追い求めて失敗を重ねてきたのか、それとも雇用主優位の力関係の構築や格差拡大を意図して成功を続けてきたのか、まぁ解釈はお任せします(とはいえ、これまでの明白な「結果」を見てもなお前者と信じ続ける人は、ちょっと盲目的に過ぎるような……)。ともあれ次期内閣は現行の構造改革路線から金融緩和/財政出動路線へと重心を移す構えで、財界筋や経済系の論者の主張とは裏腹に市場の感触は悪くない様子です。私もまぁ、痛みを伴う何とやらよりは格段に良いと思いますが、構造改革/規制緩和路線に否定的な人でも金融緩和/財政出動路線に良い顔をしない人がいて、じゃぁどうしたらいいのでしょうかね。

 人間の体に例えるならば、経済成長とは体力の増進のようなものです。体力があれば病気への抵抗力も強まる、病気にならなければ薬もいらないで済む、と。反対に社会保障は治療薬に例えられそうです。何かあったときに役に立つ、個別の症例に力を発揮するわけです。そして健康な人に薬を服用させる意味がないように、重病人に体力を付けろと言っても順序が違う、経済成長と社会保障では対応できる範囲が異なります。そこで個別の症例に対応できないことを理由に経済成長を否定的に扱う人が目立つのですが、だから自民党に勝てないんだよ、と率直に思うところです。

 経済成長が止まれば社会保障の財源が不足するだけではなく社会保障を必要とする人が増えるばかり、そこで増税したところで根本的な問題を先送りするだけの話です。経済成長と社会保障は豊かな社会の両輪であって、二者択一のものではありません(現に経済成長と社会保障の両方を投げ出してきたのがこの十数年来の日本だったのですから!)。にもかかわらず、社会保障を軽視して経済成長側に重きを置く政策(人)を批判する中で、経済成長をも否定的に扱う論者が結構いるわけです。社会保障軽視と経済成長軽視のどちらかを選べと迫られたら、社会保障軽視の政党もアリに見えてしまうのですが。

 

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安倍晋三は6年前からそれほど変わっていない

2012-12-23 11:29:31 | 政治

竹島の日、政府式典見送り 安倍氏方針(朝日新聞)

 自民党の安倍晋三総裁は、竹島を日本に編入した日にあたる来年2月22日に政府主催の式典を開くのは見送る方針を固めた。自民党の衆院選の政策集では政府主催の式典実施を明記していたが、竹島問題で悪化した日韓関係の修復を重視し、首相就任早々に開催する必要はないと判断した。

 安倍氏はまた、韓国大統領選での朴槿恵(パククネ)氏の当選を受け、日韓議員連盟幹事長の額賀福志郎元財務相を総裁の特使として21日にも韓国に派遣する。額賀氏は朴氏に、「両国は戦略的利益を共有する」として早期の首脳会談を呼びかける安倍氏の親書を渡す予定。

 2月22日は島根県が「竹島の日」として毎年式典を開催。朴氏側は日本政府主催となるのを懸念し、実施されれば同月25日の大統領就任式への首相招待は困難との見方が強かった。

 

 さて、正式に首相へ就任する前から公約(政策集)に反する決断が下されました。まぁ結果的には良い判断だと思います。むしろ守られない方が国家にも国民にとっても好ましい公約もまた少なくありませんから。何かにつれ公約違反が目立った民主党は色々と非難されたものですけれど、非難していた人の中には元より民主党が掲げた公約に否定的だった人も多い、公約が「守られない」方が望ましいと考えていた人も多かったのではないでしょうか。原則論として選挙時に掲げた公約なり政策集なりから選挙後に距離を置くのは背信と言えますが、選挙に勝った党の公約だからと言って中身が真っ当なものとは限りませんし……

 民法改正(夫婦別姓)とか取り調べの可視化とか外国人地方参政権ですとか過去には色々あって、この辺は実現してくれてもいいのよと思われるの類なのですが、選挙を控えて公約から政策集へと「格下げ」した挙げ句に与党となった後はほぼ完全に放置など、民主党は全くの不実ぶりを披露してくれました。その辺は初めっから党の本気を疑ってかかるべきところだったのではという気もするだけに、何かを期待していた方がバカだったとも言えます。では今回の自民党の場合はどうなのでしょう。自民党/安倍晋三に日韓関係の悪化を期待した有権者もまたいるものと推測されますけれど、良くも悪くも期待を裏切る結果となっているわけです。

 もっとも、安倍が首相になるのは初めてではありません。そして過去に安倍が首相に就任したときに何をしたかを覚えていれば、取り立てて驚くようなことでもないでしょう。6年前、安倍は首相就任後真っ先に中国を訪問していたわけです。なんだかんだ言って、隣国と派手にやらかすつもりはない、そこまで愚かではないようです。もっと安倍が愚かしくも猛々しく振る舞ってくれることを期待した人には、まぁご愁傷様と。しかるに何があっても「自民党しかない」忠実な支持者は、特にネット上などで賑わしい人ほど多かったりするものです(民主党にも似たような傾向はありますが)。

 民主党が外交問題で理性的な対応をすれば、極右層が黙ってはいません。しかし自民党の場合は少し様相が異なる、自民党が今回のように現実的な対応をとれば不満を口にする人は多くとも、それでも自民党しかない、他の党は売国云々と最終的な支持を変えないわけです。むしろ自民党の方が国内の極右層に強く出られるとも言えるでしょうか。民主党は石原その他に煽られて尖閣問題では火に油を注ぐ形となりましたが、自民党であればどうだったのやら。少なくとも民主党よりは自民党の方が、石原などの突き上げを抑え込むことができたであろうという気がします。

 まぁ、専ら自民党/安倍晋三が強気に出るのは外国ではなく「国内」に向けてのことでしょう。その辺は、これから取り上げていく機会も増えてくことになりそうです(そうならなければ大いに結構ではありますが)。自民党の世界観に合致しない人々(日本人)を異端者として糾弾するときにこそ、次なる政権は「強さ」を見せることになるかと。しかるに、どのような人々を排すべき「異端」と位置づけるかが異なるだけで、自民党「以外」の政党も、むしろ自民党に批判的な風を装っている人も、その根本的な考え方に大きな違いがなさそうに思えるケースが昨今は急増しています(重大事故を起こしたわけでもない電力会社従業員の待遇引き下げに熱心な人々や騒音の苦情を申し立てる住民を片っ端からクレーマー呼ばわりする世田谷の区長等々)。特別に自民党だけが危なっかしいわけではなくなっていると、そう言わざるを得ないのがなんとも。

 

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選挙は終わりましたが

2012-12-21 00:05:31 | 政治

 さて、事前の予想通りに衆院選は自民党の圧勝となりました。自民党からすれば、これほどまでに「相手が弱かった」選挙というのも空前絶後なんじゃないかという気がします。ちなみに同日に行われた東京都知事選挙では猪瀬直樹が史上最多得票を記録したとか。猪瀬が継ぐくらいなら石原のままでいいよと言いたくなるところですが、それ以上に対抗馬が貧弱でしたね。まぁ、落選した顔ぶれを見れば「良かった」と思えないでもない結果でしょうか。一日も早く政界から退いて欲しい人もいましたから。

 

「橋下さんと共同行動、十分にある」嘉田・未来代表(朝日新聞)

■嘉田由紀子・日本未来の党代表

 知事と国会議員を兼務できないのは戦後、地方自治法をアメリカから輸入したから。フランスはもともと兼務が大前提。ドイツも(含め)ヨーロッパ型は地方の知事や市長が参議院を兼務するのは当然です。地方の声があがるから、政策も実行力のあるものができる。

 今回、(日本維新の会代表代行の)橋下(徹)さんが「参議院との兼務を法律改正せえ」と(言った)。橋下さんと一緒に訴えていきたい。滋賀県民のみなさんに理解してほしいのは、県をおざなりにしているのではなく、よりよい県政をやるために提案をする。無駄遣い、縦割り、効率の悪い行政を押しつけられている。(橋下さんとは)今までも関西広域連合でずっと一緒にやってきた。(国政でも)共同行動をとることは十分にある。(東京都内で取材に)

 

 ……で、国民の生活が第一ならぬ日本未来の党は公示前の61議席から9議席へと比率的には民主以上に大きく議席を減らしたわけです。キワモノ色なら維新とも大差ないように見えたのですが、維新にはあって未来にはないものこそ有権者にとっての争点だったのでしょう。ともあれ、原発問題はその筋の人々が期待したほどには選挙で問われるものではなかったと言えます。その辺は十分に予測できたようにも思うのですけれど、脱原発を最前列に掲げては敗北を重ねた政党の関係者は違うのでしょうか。まぁ、周りの声など意に介さず自分の世界に酔えるようでないと政治家など務まらないのかも知れません。

 脱原発云々は、沖縄の米軍基地問題に似ているところもあるのかなと思います。沖縄であれば保守系とされる候補だって県内の基地には必ずしも良い顔をしているわけではない、ただ基地問題を最重要課題として持ち出すか、それとも経済面など「それ以外」の課題との重要度を測るかが違いになっているのではないでしょうか。原発対応も然り、何が何でも脱原発が第一なのか、他の問題との優先順位を考えながら行動するのか――とりあえず前者が有権者の支持を得ることなく終わったのが今回の選挙ですね。

 脱原発と並んで、争点に「ならなかった」ものとして「極右」が挙げられます。脱原発を第一に掲げているか否かで投票先を決める有権者が少なかったのと同様に、極右が居並ぶ党であることを懸念して投票を躊躇う有権者もまた少なかったものと考えられます。どれほど暴言、妄言を重ねても石原慎太郎が当選を続けたように、一部の人には重大な問題に見えても大半の人は気にしていない、そういうものがあるのでしょう。そして引用した未来の党の嘉田代表の発言です。この人もまた、極右と手を組むことに全く抵抗を感じていないことが分かります。その辺は、良くも悪くも有権者と感覚を共有しているようです。

 民主党は野田が代表を降りることが確定的で、少しは自民への協力姿勢も和らぐでしょうか。とはいえ、選挙直後の所属政党に縛られる人ばかりではありません。民主党は党執行部の締め出し方針もあって離党者が相次ぎましたが、同様に今回の選挙で当選した自民党「以外」の政党から新たな離反者が生まれる、それが閣外から自民党に協力することもありそうな気がします。維新と組みたがる未来の党をも含めて、潜在的な自民党の味方は二大政党制が叫ばれた時代よりもずっと多い、自民と公明を合わせた議席数以上の支配力を持ちうると予測されます。

 

民主の「政治主導」に幕=功罪相半ば、復権狙う官僚―族議員には警戒【12衆院選】(時事通信)

 自民党の衆院選勝利で、「政治主導」を掲げた民主党政権の幕が下りる。脱官僚に揺れた東京・霞が関の省庁では、自民の返り咲きに愁眉を開きつつも、複雑な心境を明かす幹部もいる。

 厚生労働省のキャリア幹部には忘れられない光景がある。長妻昭厚労相(当時)の執務室前で、決裁を求める職員が列を作っていた。役職は関係なく先着順。案件の軽重が無視されていたのに驚いた。

 政権交代の熱気は役所にも及んでいたが、期待はしぼんだ。「大臣はすぐ怒鳴り、指摘は枝葉末節ばかり。政治主導に名を借りたパフォーマンスにしか見えなかった」

(中略)

 民主政権では八ツ場ダム建設をめぐる方針転換などに振り回された。「政務三役と意思疎通が図れていれば少しは違う道を進んだかも」

 

 民主党の「政治主導」に功があるとするなら、それは官僚への憎悪を民主党と共有する人々に精神的な満足感を与えたことぐらいではないかと思うのですけれど、いかがなものでしょう。どちらかと言えば、自民党内の派閥や公明党、そして野党議員よりも官僚こそが自民党の暴走に歯止めをかける役割を期待できそうな気がしないでもありません。官僚に加えて族議員なり業界団体や宗教法人など組織票が見込める支持母体なり、そういうところとの「しがらみ=絆」による縛りが存在しているがゆえに、無茶を押しとどめる力も働くというものです。

 これが民主党の場合となると財務省以外の官僚は敵視するばかり、支持母体の利益を蔑ろにすることに躊躇がなかったわけで、自民ほど右を向いているわけではないながらも自民党以上にブレーキが壊れていた印象があります。小選挙区制度の恩恵を最大限に受けて大勝する政党がある一方、比例区によって命脈を保った議員も多い、しかるに今回の選挙では比例によって救われた党の方が比例区の削減に熱心で、小選挙区のおかげで圧倒的大差を付けた党は中選挙区制に未練あり等々、この辺に自民党と民主党の性格の違いを感じるところです。

 

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では朝に三つ、暮れに四つやるとしよう

2012-12-18 22:49:28 | 雇用・経済

現役世代の賃金抑制、65歳まで雇用…NTT(読売新聞)

 NTTグループは、社員を65歳まで継続して雇用するため、40~50歳代を中心とする現役世代の賃金上昇率を抑える新賃金制度を2013年10月から導入することで、労使間で大筋で合意した。

 企業に雇用延長を義務づける改正高年齢者雇用安定法に伴うもので、今後、他の大手企業でも同様の動きが広がる可能性がありそうだ。

 新賃金制度では、成果に応じた賃金部分を増やすことで、40歳代からの平均賃金の上昇を緩やかにする。成果を出している社員は収入が増える可能性もある。現役世代の賃金を抑えることで、60歳以上の社員に働きがいのある賃金を支払うようにする。

 従来の制度では200万円台前半だった60歳超の年収を、新制度では技術の熟練度などに応じ、300万~400万円まで引き上げる方針だ。

 

 年金支給開始年齢が加入者の同意なく65歳まで引き上げられて久しいわけで、では従来の一般的な定年退職時期であった60歳から65歳までの空白の5年間をどうすべきなのか、一応の答えとして企業への雇用延長の義務づけが法制化されることになったものの、完全にお門違いの筋違いの批判も少なくありません。先日の記事でも、我が国では代替的な補償を特権と呼ぶと書きましたけれど、この雇用延長への取り組みもまた例外ではなさそうです。60歳以上の雇用が延長されるために若者の雇用機会が脅かされる云々と、この年金支給開始年齢引き上げの代替策に噛みつく人もまた目立つところです。じゃぁ、定年で失職したのに年金ももらえない無収入の親を子供が働いて養う社会になれば良いとでも言うのでしょうかね(まぁ自己責任教の信者なら、当然そうだと答えることと思いますが)。

 実際に働いたことがある人なら、若年層と60歳以上の雇用延長対象者とでは任される仕事の範囲が全く異なる、ほとんど競合しないことは理解していると思います。それより問題なのは、60歳以上の賃金を引き上げる代わりに、40~50歳時代の賃金を抑え込んでおくことの方です。そりゃ雇用延長期間だからと行って非正規雇用並の年収200万円台前半(その辺の零歳企業ではなく天下のNTTですよ!)というのも酷な話ですが、40~50歳の内の取り分を減らして減らした分の支給時期を60台に遅らせるだけ、これぞ朝三暮四というものでしょう。雇用側からすれば、賃金の支給を後回しにしているだけです。年金受給開始年齢まで働いた場合の生涯賃金に差はなくとも、雇用延長を望まず60歳前後で会社を退いた人の取り分は少なくなる、この色々と微妙な新制度が「他の大手企業でも同様の動きが広がる可能性」云々と示唆されていますけれど、働く人にとってはあまり利のあることではなさそうに見えます。

 

「夫は働き、妻は家庭」20歳代男女で大幅増(読売新聞)

 内閣府は15日、「男女共同参画社会に関する世論調査」結果を発表した。
 
 「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきだ」と考える人が、2009年の前回調査に比べ、10・3ポイント増の51・6%となった。世代別では、20歳代が19・3ポイントの増加で、伸び率が最も高かった。1992年の調査から一貫して賛成派が減り、反対派が増え続けていた傾向が、今回初めて反転した。
 
 20歳代を男女別で見ると、「妻は家庭を守るべきだ」と考える男性は55・7%(前回比21・4ポイント増)、女性は43・7%(同15・9ポイント増)に上った。宮田加久子明治学院大教授(社会心理学)は、「長引く就職難や景気低迷で、若者たちは先行きに強い不安を抱き、家庭をよりどころにしようとしているのでは。東日本大震災の後、家庭を大事にする意識が強まったことも要因として考えられる」と分析する。

 

 ……で、これまた先日の記事では「選挙で若者の意思を~」的な主張を取り上げたものですが、実際のところ若者が何を望んでいるのか、それは中高年層とどこまでかけ離れているのかは先に考えられるべきでしょう。例えば、この家族観と言いますか男女の役割意識です。「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきだ」と回答したのが全体では51.6%、一方で20台は男性55.7%、女性は43.7%と平均すれば全体よりも僅かに少ないですが、概ね先行世代と若年層の意識の差はなくなっていると言えます。老人と子供は嗜好が似るとも聞くところ、この頃は若い人も中高年層も、あんまり考えることや好むことが変わらなくなっているフシもあるのかも知れません。

 希少性は価値を生みます。どれほど有用な物質でも世に溢れていればそう高価にはならない、しかし単なる装飾品にしかならない代物でも数量が限られ入手が困難なものであれば高値が付くものです。今なお男性よりは不利な扱いはあるにせよ、昔年に比べれば女性がバリバリ働いて会社でのし上がるのは容易になった、その一方で甲斐性のある男性を捕まえて夫の稼ぎで暮らすというのは格段に難しくなったのがこの十数年であったと言えます。そこで、より難易度の高い方に希少価値を見出す女性が増えたとしても何ら驚くには値しないでしょう。

 ただ、女性はともかく男性側は「女も働け」という方向に意識がシフトしてきた印象が強かっただけに、20代の男性の回答結果は少し意外に感じました。むしろ「会社で」働かない専業主婦層を不当な受益者のごとくバッシングの対象に捉える人が多いのではと思っていましたが、それはたぶん私がネットを見過ぎなのかも知れません。女も働け(ただし男の邪魔をしない範囲でな!)、といった風情のミソジニーはネット上でこそ勢いがあっても、現実の若い牡たちは意外に昔(=実は割と最近)気質で「妻を養う」という意識に溢れているものなのでしょうか。何とも、ご立派なことです。農家のヨメなんかを思い浮かべてみれば分かるように、元始、女性は太陽である以前に労働力でしたが、そんな古い時代までさかのぼるのではなく、謂わば自民党全盛時代(現代とは異なる意味で「保守」という言葉が使われていた時代!)の気質を見せているとも言えそうです。まぁ、会社で働きたくない気持ちは分かりますし、最愛の人に会社で働くという苦痛を与えたくない気持ちなら理解できます。

 

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今から投票してきます

2012-12-16 10:57:03 | 政治

千葉県、全国最低の投票率 汚名返上へ若者に呼びかけ(産経新聞)

 衆院選の投開票を控え、千葉県選挙管理委員会は13日、JR海浜幕張駅前で啓発活動を実施した。前回の衆院選で県内は全国最低の投票率を記録。近年は特に20代や30代の投票率低迷が続いており、選管は若年層をターゲットに投票を呼びかけ、不名誉な記録の返上を目指している。

 この日夕、駅前には選管のマスコットキャラクターやトナカイに扮(ふん)したアルパカ、サンタクロース姿の大道芸人が登場。投票を呼びかけた。選管職員がティッシュなどの啓発グッズを配布したほか、アルパカとの撮影会も行われ、多くの若い女性が携帯電話のカメラを向けていた。

 前回衆院選(平成21年)で県内の投票率は64・87%(小選挙区)と全国で最も低かった。特に深刻なのは若年層で、選管の調査によると20代の投票率は43・1%(30代は55・98%)と、60代と比べると36・93ポイントの差があった。

 若年層には、県内から東京都内の職場へ通う「千葉都民」が多いとされる。特に他県出身者は地域への愛着が薄いため「投票を棄権するケースが多いのではないか」(選管関係者)とみられている。

 若年層の投票率が低く高齢者が高ければ、子育て世代などを対象とした政策よりも高齢者向けの政策が重視され、世代間の不公平感を助長することになりかねない。選管は「国民一人ひとりに直結した選挙に若い人たちも関心を持ってもらいたい」と呼びかけている。

 

 この記事が読まれる頃には、既に投票日が終わっていることも多いでしょうか。とりあえず私は、これから投票に行くところです。さて、報道によると千葉県は全国最低の投票率を記録するなど低迷が続くとかで着ぐるみや芸人を投じて投票を呼びかけているとか。一応、投票は「すべき」ものとして位置づけられているわけですけれど、こういう投票キャンペーンはどうなのでしょう、ある意味でこれこそ「税金の無駄遣い」というイメージがないでもありません。マスコットキャラや大道芸人に惹かれて投票に行くことにした人って、どれくらいいるのでしょうね。

 ちなみに私も上述の「千葉都民」ですが、選管関係者が推測するという低投票率の要因が妥当なものなのかどうか、今一つ分かりません。とにかく選挙には投票しなければならないのだ、と世間的にはそれが正論とされていますけれど、この投票率の低さも一種の社会的メッセージとして、真摯に向き合う必要も出てきているのではないでしょうかね。投票「しない」という選択も意思表示の一つであって、それを頭から否定して「とにかく投票に行け」「投票に行かない奴はダメだ」云々とか、芸人を動員してのキャンペーンとか、こういう対応が何かを変えられるとも思えないところです。

 ちなみに某有名人が「ひとつだけ『絶対にイヤ』な政党があります」等と宣ってネット上で話題を攫ったとか。「絶対にイヤ」な政党があると言いつつ名前を挙げないところに嫌らしさを感じる発言でもあったのですが、ともあれ私にも「絶対に嫌」な党が複数あります。そこから強いて一つを挙げるなら、民主党ですね。民主を含め、どこの政党に入れても自分の首を絞めることになりそうな今回の選挙ですけれど、とりあえずこの3年半の政権を信任するかそれとも不信任とするか、その意思は示したいと思います。最高裁判事の国民審査のように、何も言わずに承認するかそれとも「×」を付けるのか、そういう気構えで今から投票に向かいます。

 

 ……で、冒頭に引用した記事でも、ここに載せた実に浅はかなツィートでも、ある種の世界観が共有されているわけです。こうした世代間対立への落とし込みを計る言説は近年、急速に普及しつつありますが、しかし現実と比べるとどうなのでしょうか。どうにも我々の社会は被害者意識に浸るのが好きなようです。外国/外国人なり、公務員/官僚や電力会社社員なり、あるいは社会保障受給者や中高年正規雇用者に教職員組合等々、こうした諸々のせいで「我々」が蝕まれていると、そういう被害妄想を楽しんでいる人が多い、それを焚きつけることで支持を訴えている政党や論者も多いように思います。その中でも幅広い層から無批判に受け入れられがちなのが、高齢者を不当な受益者として若者はその犠牲者であるかのごとくに見せかける類ですね。

 もっとも、その世界観は最初から疑わしい。何でも高齢者の方が投票率が高いせいで高齢者向けの政策が重視されているのだとか。いったい、どこの国の話でしょう。日本で高齢者向けの政策が重視されているなど、少しでも政治に関心がある人にとっては鼻で笑う話のはずです。年金支給開始年齢は引き上げられ、後期高齢者医療制度など高齢者向けの社会保障費を削る動きは決して止まらない、子ども手当という無計画な花火が打ち上げられた一方で高齢者向けの政策で何か好転の一つもあったでしょうか。強いて言えば、長年のデフレ放置は「今まで稼いできた人」に優しく「これから稼ごうという人」には厳しいものですが、それは高齢者の投票率が高いせいで続けられてきたものなのでしょうか?

 我々の社会では代替的な補償を特権と呼びます。日本人と同等の公的保護を受けられない永住外国人向けに自治体が独自の代替措置を執ったり、あるいは争議権など諸々の権利が認められていない代わりに公務員へ一定の身分保障を約束したり、あるいは安定供給の義務を課す代わりに他社の参入に一定の制限を加えたり等々、ともあれこうした類を我々の社会では「特権」と呼んでいるわけです。そうした考え方が行き着く先として、官民の雇用から排除された世代の人間への年金支給や、身体的に衰える年代への医療支援といった類もまた特権として、その「特権」の外にいる人間からの収奪として理解されるのかも知れません。

 それ以前に高齢者からの票で占められている政党って、どこがあるのでしょうね。自民党は高齢者にも人気がありますが、「高齢者向けの政策」を重視しているとは思えません。若年層に媚びているイメージが強いのはダイヤモンドなどに代表される自称経済誌の類(政党としては維新とみんなが近い)ですけれど、ともすると「若者のため」と称して繰り出される主張は常に「若くなくなった人」の排除だったりするわけです。中高年をもっと簡単に解雇できるようにして、若者の雇用機会を云々みたいな言説が白面で垂れ流され続ける一方、その結果はどうなのやら。増えたのは、若い内だけ働かせて中高年にさしかかる頃には辞めさせられる、若者を使い捨てにするブラック企業の増大です。実際に中途で就職活動をしてみれば、そういう「若くなくなった人」をどんどん会社から追い出すブラック企業が若者に雇用機会を提供していることはよく分かりますが、しかし若者は自分が中高年になっても働けそうな職場を求めるもの、では何が「若者のため」になるのやら。

参考、若者優遇はもう終わりにしよう

 中高年になっても働けそうな職場を求める若者のニーズに応えるには、中高年になっても安易に会社から追い出されないよう、雇用側をしっかりと規制、牽制していく必要があります。つまり、「今」の中高年を守ることが若年層の未来を守ることになるのですが、それを厭う人も多いのですね。なんとしても若年層の不満の矛先を、中高年社員なり高齢者に向けたがる人がいる、と。そして高齢者向けの社会保障が削られれば、負担が増えるのは親を養う子世代でもあります。まぁ、爺様と婆様の面倒を見るのはパパとママの役目と、そう思っていられるお子様世代には高齢者向けの政策が自分のお小遣いを奪うものに見えてしまうのかも知れません。でも、いずれ老親を支えなければならない時が「今」の若者にも訪れる、そのことは覚えておくべきでしょう。「若者のため」を装って中高年世代、高齢者層を若者の利益を損なう存在であるかのごとくに見せかけようとする人々にこそ、警戒が必要と言えます。

 

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経団連は経済に疎く、安倍は北朝鮮外交に無策で……

2012-12-14 00:07:08 | 政治

安倍氏の増税慎重姿勢「ふさわしくない」 経団連会長(朝日新聞)

 経団連の米倉弘昌会長(住友化学会長)は10日の記者会見で、自民党の安倍晋三総裁がテレビ番組で消費増税に慎重な姿勢をみせたことについて「今の段階で景気の成り行きを見てからというのは、ちょっと自民党総裁としては、ふさわしい発言だったのかなと思う」と苦言を呈した。

 安倍総裁は9日のフジテレビの党首討論で、「(デフレ下の)景気状況でも消費増税すべきか」という問いに、各党首が○か×の札を上げるなか、応じなかった。「単純には言えない。デフレ傾向がさらに強まっていくようであればできない」と説明した。 

 米倉会長は「もっと力強く、消費税を上げて経済も活性化するんだという意気込みをみせてほしい」と注文した。

  

経団連会長「マイナス成長での増税は厳しい」(読売新聞)

 経団連の米倉弘昌会長は10日の定例記者会見で、内閣府が同日発表した7~9月期の国内総生産(GDP)の改定値が実質で2四半期連続のマイナス成長となったことに関連し、2014年4月の消費増税について「経済成長に見通しがつけばやるべきだが、(今後も継続して)マイナス成長だったら、やるのは厳しい状況だ。綱渡り的で大変な状況にきている」との認識を示した。

 

 同じ人物による同じ日の発言のはずですが、どうにも言っていることが全く異なるように伝えられていますね。朝令暮改が得意技と言いますか、場当たり的にデタラメを並べるだけの枝野経産相だったらこれくらいは平常運転かも知れませんが、この経団連会長の場合はどうなのでしょう。どちらかと言えば、悪い方向なりに一貫性を持っているような印象もあります。下段の読売報道「以外」では概ね「状況の如何に関わらず断固として消費税増税を!」という趣旨の発言が伝えられているだけに、読売が発言を変な風にトリミングしてしまった結果なのでしょうか。

 実際のところ、経済を考えるなら経団連や野田の考えより安倍の方が希望の持てるところです。あろう事かマイナス成長下で消費税増税など自殺行為以外の何物でもなく、消費税増税の条件に景気回復を含めるのは当然のこと、これが「ふさわしくない」というのなら、自民党の総裁には日本経済を滅ぼしたいという破滅願望を抑えられない狂人だけがふさわしいということになってしまいますね。まぁ、橋本龍太郎や小泉純一郎はそうだったかも知れませんし、野田にも自民党総裁の適性はありそうです。

 役割を交換した方がむしろ上手く事が運ぶのではないかと、そんな気がしてきます。安倍が経団連会長をやって、米倉には外交でもやらせておけば、今に比べれば状況は明るくなるのではないでしょうか。どうにも昨今、その人物が熱意を傾けている分野、支持層から期待されている分野にこそ、致命的な欠陥を抱えているタイプが目立つように思います。経団連は日本経済を衰退させるような提言しかできないものですし、安倍は北朝鮮との拉致問題で「相手の悪口を言った」以外の実績が皆無、脱原発が第一な人は原発や放射線について何一つ学ぼうとしない、菅はエネルギー政策で今なお尾を引く惨憺たる事態を招きました。その人が専門家ぶっている分野ほど、実は勘違いが甚だしいだけ、大いに危ういもののようです。

 

民・維vs自・公…トンネル崩落で公共事業論戦(読売新聞)

 山梨県の中央自動車道・笹子トンネル崩落事故を受け、衆院選(16日投開票)の争点として、公共事業を巡る論戦が活発になってきた。

 東日本大震災の教訓も踏まえ、自民党は首都直下地震などに備える「事前防災」のため10年間で200兆円を投資する「国土強靱化」を主張しているが、民主党や日本維新の会は「バラマキ」との批判を強めている。

 「10年間で200兆円公共事業をばらまく。バケツの水をザルに流し込むようなもので、そんな古いやり方に戻っても意味がない」

 野田首相は7日、東京都豊島区での街頭演説で、自民党の公共事業推進方針を批判した。首相は、公共事業を「2・5兆円減らし、35%カットした」として民主党政権の成果を強調。自民党の「国土強靱化」に対する批判を強めている。

 

 で、こちらは民主&維新と自民&公明とで論戦が活発とのことですが、国土強靱化計画云々はさておき野田の「バケツの水をザルに流し込むようなもの」発言はいかがなものでしょう。それが「(金の)ムダ」であると印象づけたい意図はわかります。もっとも、金は底のある器に「溜める」べきものであるなら野田の批判も成り立つのですけれど、ここに根本的にして致命的な誤りがあるのではないかと私などは思うわけです。バケツの水を他のバケツに移し替えるなら、水はこぼれません。でも、それは水が「行き渡らない」ことを意味します。特定の人が水を独り占めするだけ、水は溜め込まれて市場に出回らず、死に金となってしまうだけです。

 むしろ、ザルの編み目を通して幾筋もに分かれ落ちてこそ、社会(経済)を活性化するための金の使い方としては正しいような気はしないでしょうか。どんなに金を使おうと、金の持ち主が変わるだけで金がなくなったりはしません。金がなくなるのは、「どうだ明るくなったろう?」と成金が紙幣を燃やして明かりに使った時ぐらいのものですから。しかし金がどこかに貯め込まれてしまえば、世間に出回る金が減ってしまう、極論すれば30万円の収入と30万円の支出であったものを、20万円の収入と20万円の支出に減らさなければ成り立たなくなってしまうことにも繋がります。ザルに流し込むのではなく底のある容器に流し込むことこそが金を殺すのです。

 まぁ、消費税増税に固執する野田のようなタイプにとって、金が土建屋や庶民の間にも流通するのを好ましく思わないのかも知れません。むしろ企業や富裕層がガッチリ金を貯め込み、政府は支出を引き締めることに道徳的な「正しさ」を感じているのでしょう。消費を浪費とみなして貯蓄に励むことこそ野田やその同類にとってはあるべき姿であり、その道徳的理想のために法人税を減らす、累進課税には手を付けない、代わりに消費税を増やして金が流通することに制限をかけたい、と。これはこれで一貫性があるとも言えますけれど、今後とも日本経済を衰退させ続けること必至です。経団連的には、総裁にふさわしい振る舞いになるようですが!

 

公明・山口氏「9条改正なら慎重に」 改憲論議にクギ(朝日新聞)

 公明党の山口那津男代表は8日、広島市で街頭演説し、日本維新の会の石原慎太郎代表が「核兵器に関するシミュレーションぐらいやったらいい」と発言したことについて、「広島も長崎も世界から核兵器をなくそうとがんばってきた。その広島の心を踏みにじるような政党は許すことができない」と厳しく批判した。

 また、山口氏は自民党が憲法改正の発議を定める96条の改正を主張していることについて「9条改正にストレートに結びつくのであれば慎重に考えなければならない」と記者団に語り、否定的な見解を示した。

 

 自民党も色々と危ういところがある、かつて与党であった頃よりもタチが悪くなっている部分も多々あるのですけれど、にも関わらず他の政党が自民よりもマシかと問われれば「そうでもない」と答えざるを得ない状況です。自民と同質の危険性を抱えている党もあれば、自民とは別の面で明白に有害と言える党もある、表面的な装いは違うようでいながら根幹では似ている党もある、率直に言って今回の選挙で「自民がマシ」と判断する人が圧倒的多数派を占めたとしても仕方がないと感じるところでもあります。そして自民党の危うい部分へのブレーキ役を期待されるのが公明党なのですが、実際はどれほどのものでしょう。

 まず実績として、かつて自民と連立与党を組んでいた頃の公明党がブレーキ役として有能であったかどうかは微妙な気がしますし、自民党の単独過半数が十分あり得る中では「公明党を切り捨てる」という選択肢を新首相が手にすることもあるわけです。あるいは公明が自民党に釘を刺そうとしても、今度は維新なり民主なりが自民に手を差し出すこともあるでしょう。維新は党首脳部のプライドが邪魔をするにせよ表面的にも内面的にも自民党と負の側面を幅広く共有していますし、地方議会と違って国会では民主と対立するフリを続けるのが自民党の既定路線でありつつも、現・民主党代表は自民党への協力姿勢が際立つところです。改憲論議は低調とも伝えられますし、自民への支持は改憲やタカ派色への期待から来ているものではなさそうですが、自分の党が何によって支持を得たのか次期首相が勘違いしそうな気配もあります。選挙前はともかく、選挙後はこうした「勘違い」が許されがちですし……

 

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金と命

2012-12-11 23:03:39 | 社会

生鮮食品「高いから買わない」3割 厚労省が調査(朝日新聞)

 高いから食べません。生鮮食品を買わなかった理由に価格の高さを挙げる人が3割にのぼることが厚生労働省が6日公表した2011年国民健康・栄養調査で明らかになった。年収の低い人ほど食べる量が少ない傾向もみられ、経済的な理由で必要な栄養を取れていない可能性が浮かび上がった。災害に備え飲料や食料を備蓄している世帯は47.4%だった。

 昨年11月、全国3412世帯について食品の摂取量や健康状態を直接調べ、生活習慣を尋ねた。生鮮食品の入手状況や災害時の備蓄は初めて調べた。

 野菜、果物、魚、肉などの生鮮食品の入手を控えた理由は「価格が高い」が30.4%。店までの距離が遠い(6.7%)や交通の便が悪い(2.7%)などを引き離し、特に20~40代では4割を超えた。

 

 アメリカでは貧しい人ほど太っていると言いますね。ヘルシーな食事とフィットネスは有閑階級のもの、一方で貧乏人は高カロリーなジャンクフードを囓りながら仕事に縛り付けられる日々ですから、どちらが肥え太るかは考えるまでもないことなのかも知れません。もっとも、それはアメリカに限ったことではないのでしょう。肥満先進国だからこそ顕著な形で表れていると言うだけの話、他所の国でも経済的に恵まれていない人ほど不健康な食事をしているフシはあるわけです。そして今回の調査によって、生鮮食品は「年収の低い人ほど食べる量が少ない傾向」が確認されたようです。

 そりゃもう、安価な生鮮食品となると限られてくるところがありますからね。もっと安価で空腹を満たせる食品は他にある、食費を切り詰めざるを得ない中では生鮮食品の購入量が減るのは当然のことでしょう。地産地消だのスローフード云々といった金持ちの道楽には付き合っていられない、なるべく安いものを選んで食いつないでいる人も少なくないはずです。残念ながら安くても栄養のあるものばかりとは限らない、むしろ栄養に偏りがある(カロリーが高いだけ)の食品も多いわけで、ゆえに「経済的な理由で必要な栄養を取れていない可能性」が懸念されますし、経済格差が栄養格差、ひいては健康格差すなわち「命の格差」にも繋がっていると言えます。

参考、少年よ大企業を目指せ

 上記リンク先では、中小企業従業員と大企業従業員の健康(医療)格差を取り上げました。企業規模が小さいほど従業員に占める糖尿病の患者割合は高く、大企業の約6割が定期健診で経過観察が必要になった従業員に定期的な検査や指導をすると答えた一方、中小企業の約7割は「何もしない」と回答したわけでもあります。企業規模で異なるのは単に給与だけではない、従業員の健康管理もまた然りと言うことです。この辺は自身の意思に委ねられた場合でも同様で、収入の低い人ほど受診を躊躇ったり諦めたり、健康上の問題をやむなく放置する傾向は何度となく指摘されてきました。金を持っているかは、その人の生命をも大きく左右するということなのでしょう。

 経済的な要因から、即ち金に困って自殺する人が万を超えるようになったのが近年の日本です。そして自ら死を選ぶまで追い詰められずとも、生鮮食品を控えて安いだけの食材で凌がざるを得ない人、健康不安を抱えたまま働き続けるしかない人が数多いるわけです。日本の社会保障制度に欠陥が多いのは昔から、それなのに問題視されることが増えたのは、経済的な豊かさが社会保障の不備を補っていた時代が過去のものとなり、セーフティネットの世話になるほかない人が増えたからでもあります。経済の衰退は、まさに我々の社会を蝕み個人の生命をも危うくする万病の元なのです。

 その一方で、経済的な豊かさを敵視する人もまた少なくありません。例えば、経済的な豊かさを「精神的な」豊かさを損なうものであるかのごとく位置づけたがる道徳論者など。日本社会をいつでも「経済的な利益を追求してきた」ものと堅く信じ、その転換を唱えたりする人々ですね。この手合いは右と左の双方に巣くっていると言えますが、もう20年ばかり日本は経済面での衰退を続けてきた、とりわけ日本で働く人は一貫して所得を減らしてきたわけです。ならば、経済的に貧しくなった分だけ我々の社会が精神的に豊かになっていても良さそうなものですよね?

 あるいは、経済的な豊かさを「生命」や「人間性」といった類を蔑ろにするものとして、やはり否定する人の動きが昨今は活発でもあります。よく「命を守れ、子供を守れ」とか唱えている人が、見解の異なる主張に対して「経済優先だ!」と非難めいた口調で語るものですが、どうにもその筋の人の頭の中では経済と「命」は相容れないもののようです。ゆえに「経済がどうこうと言ってる場合じゃない」などと宣っては、経済に配慮する論者や政治家を「人の命を蔑ろにしている!」などと咎め立てる、それが飽きもせず繰り返されてきました。

 しかるに冒頭の引用からも分かる通り、経済面での衰退は人間の健康=生命にも密接に関わっています。経済的に恵まれないが故に生鮮食品を買い控える、栄養面で偏った食事で健康を損なうこともあれば、体の具合が悪くなっても医療のサポートを受けられるかどうかは、やはり当人の経済状況に左右されるところが大きいわけです。そして経済面での苦境から自殺してしまう人もいる、と。端的に言えば経済軽視=人命軽視でもあるのですが、これを直視できない人もまたいて、そういう人々が一定の影響力を持っている、それに媚びる政治家もまた少なくないのが現状でしょうか。

 

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