いわゆる「主人のジレンマ」は有名な話ですので今更ともなりますが、モデルケースとして囚人2名が自白を迫られているわけです。
・両方の囚人が共に黙秘を貫けば、証拠不十分なため2名とも懲役1年
・両方の囚人が共に自白すれば、2名とも懲役5年
・片方の囚人が自白して片方の囚人が黙秘した場合、
自白した囚人は司法取引により釈放、黙秘した囚人は罪を一身に負わされ懲役10年
……と。
この辺はゲーム理論云々とも呼ばれて広く知られるところでもあり、双方の利益のためには共に黙秘した方が良い、ただし個人として最大の利益を得るためには自白した方が良い、しかし両者が揃って自白してしまうと共に黙秘した場合よりも悪い結果に繋がる、そうしたシチュエーションが想定されているのですね。
囚人のジレンマは色々と応用されるものですが、では会社組織に当てはめて考えてみましょう。「社員が共に協力して仕事をこなせば業績向上」「社員がお互いに足を引っ張り合えば業績低迷」、これは自然な流れです。では「片方の社員が協力して片方の社員が足を引っ張れば」? このパターンは「囚人のジレンマ」で言えば2人合計で懲役10年と、両者が自白した場合と同じですから、お互いに足を引っ張り合った場合と同様に業績低迷であろうとは言えます。しかし個人が得るものは?
先週は「年功序列ならば有能も無能も等しく出世するが、能力主義は無能を選りすぐって昇進させる」みたいなことを書きました。この辺も、囚人のジレンマのモデルが綺麗に当てはまるような気がします。まぁ営業のように明白な数値が出る職種であればいざ知らず(とはいえ名選手が名監督になるとは限らないように、売れる営業マンが良き管理職になるかと言えば完全にバクチですが)、そうでない部門の人事評価ともなると色々と怪しいものですから。
社員が共に協力して仕事をこなせば――業績は向上するかも知れませんけれど、これだと社員間の評価には差が付きにくいわけです。同様に社員がお互いに足を引っ張り合えば――業績悪化が予測されますけれど、これもまた社員間の評価には差が付きにくいと言えます。しかるに片方の社員が協力して片方の社員が足を引っ張った場合を想定してみましょう。果たして高い評価を得るのはどちらなのか?
他人の足を引っ張る同僚と仕事をしていれば、当然ながら自身のパフォーマンスにも悪影響は及びます。逆に協力的な同僚と仕事をしているのなら、自身のパフォーマンスには好ましい影響が期待できます。そこで「足を引っ張る同僚と仕事をしている協力的な従業員」と、「協力的な同僚と仕事をしている足を引っ張る従業員」がいた場合に、個人として高いパフォーマンスを発揮できるのはどちらになるでしょうか?
もしここで「同僚に足を引っ張られている人」の評価が低くなり、「同僚の協力を得ている人」の評価が高くなるようであれば、昇進するのは即ち「他人の足を引っ張る社員」の方です。囚人のジレンマにおいて自白した囚人が黙秘した囚人よりも相対的に利益を得るように、会社組織においては足を引っ張る社員が協力した社員よりも高い評価を得がちではないでしょうか。かくして他人の足を引っ張る行動特性が称揚され、社員が互いに足を引っ張り合う組織が作り上げられる、そんな会社を何度となく目にしてきました。まぁ人事権を持つ人は、目の付け所が違いますからね……