昔は反ソヴィエト、現代は反ロシアが西側諸国における一種のステータスであり、とりわけノーベル賞選考などでは非常に大きな加点ポイントであり続けています。ノーベル反ソヴィエト賞の受賞者ではなくとも、「ソヴィエト政権に弾圧された」という肩書きで華々しい西側デビューを飾った人は少なくありませんが、それが変わる時代はいつか訪れるのでしょうか。
「ロシア語の本、処分したい」 脱ロシア意識するウクライナ市民増加(AFP BB)
【10月23日 AFP】ウクライナの首都キーウの書店で、ユリア・シドレンコさん(33)は古本をまとめて処分していた。中には幼なじみにもらった本もあったが、最近になって魅力がなくなってしまったという。
理由は、ロシア語で書かれた本だからだ。
「2月24日以降、わが家にロシア語の本を置いておくスペースはもうありません」と、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がウクライナ侵攻を開始した日を挙げた。
大切にしていた本もある。「20歳の誕生日に友人たちから寄せ書き入りでもらった本です。(思い出として)写真を撮りました」。さらに児童書を手にし、自分の子どもたちは「ロシア語の物語は絶対に読まないはず」だと話した。
この書店には、シドレンコさん以外にもたくさんの本を運び込む人が次々と訪れていた。スーツケースを携えて来る人や、車に積んで来る人もいる。
同書店は自宅で要らなくなった蔵書を処分したいという顧客の要望にヒントを得て、ロシア語の本を古紙としてリサイクルに回すキャンペーンを始めた。
2014年2月、キエフでの暴動によって大統領を追放し政権を掌握した反ロシア派武装勢力はウクライナ語を「唯一の」公用語に定めると宣言しました。こうした姿勢は当然ながらロシア系住民が多数を占める地域の離反を招くことになったわけですが、一部地域での反ロシア主義は依然として強まっていることが分かります。ロシア語はいわば「敵性語」で、日本にも同様の動きが見えないでもありませんでしたが、ウクライナのそれは専ら無批判に受け入れられているようです。
先週(参考、ウクライナ拡張の歴史)書きましたとおり、現在のウクライナは歴史的にはロシア(及びポーランド)と見なされる地域をソヴィエト体制下で版図へ組み込み大国化を果たしました。そうであるからには国境内の異文化を尊重することなしに国家を統合することなど出来るはずがないのですが、旧ユーゴスラヴィアのように国内の排他的ナショナリズムを押さえ込めなかったことで分裂を招いたと言えます。そして、この結果を全く反省していないこともまた窺われるところです。
西側諸国としては、全てをロシアのせいにする心の準備が出来ているのかも知れません。どのような非道が行われようともまずはロシア側を犯人と断定する、根拠が覆されても一切気にしない(参考、西側諸国は証拠なんて求めていませんでしたが)、そしてウクライナ側の問題であることが明白になったとしても、そもそもロシアの侵攻が悪いのだと論をすり替えることでしょう。こうした人々は自国の戦争報道に関しても同じような反応をするであろうと私は確信するところですが、いずれにせよ現代のウクライナで行われている時代錯誤の焚書や敵性語認定を容認することは、それこそ社会の健全性を損なうものであると思います。
キーウ生まれで、小説「巨匠とマルガリータ」などで知られるロシア人の著名作家ミハイル・ブルガーコフの博物館は圧力にさらされ、ウクライナ全国作家同盟が閉鎖を検討している。
ブルガーコフは帝国主義者で反ウクライナ的だと非難されている。特にやり玉に挙げられているのが、博物館の目玉になっている「白衛軍」という小説だ。
引用したニュースの後半では、ブルガーコフの博物館が閉鎖の圧力に晒されていることが伝えられています。ここでブルガーコフは「ロシア人」と書かれていますけれど、キエフ生まれのキエフ育ちでロシア人と認定される条件、あるいはウクライナ人と認定「されない」条件って何なのでしょうね。ブルガーコフが誕生した1891年の時点では国家としてのウクライナは存在しませんので、ウクライナ国籍など誰も持ち得ないわけですが、しかし同時代の人間でも後世に「ウクライナ人」と認定された人はいくらでもいます。
まぁ我が国でも父親が外国籍であると言うだけで非・日本人扱いされる政治家もいれば、アメリカ国籍のノーベル賞受賞者を「日本人」と呼んだり、大相撲を筆頭に「日本出身」という言葉で同じ日本国籍保有者を日本人と「そうでない人」に分ける意識が根付いているわけです。ウクライナでは元・グルジア大統領であるサアカシュヴィリ等の外国人政治家に「ウクライナ国籍を付与」して閣僚起用するなどの例があり、誰をウクライナ人として誰をウクライナ人としないかは、いわゆる「ユダヤ人」認定と同じく至って恣意的なものなのかも知れません。
それはさておき「ブルガーコフは帝国主義者で反ウクライナ的だと非難されている」そうです。これについては全くの初耳でした。ブルガーコフといえば、(ソ連側と争った)白衛軍へのノスタルジーを抱いている、体制を否定的に描いているとしてソヴィエト政権下で強く批判され、表舞台からは長らく遠ざけられていた人です。むしろそれだけに西側からは反ソヴィエトの英雄として称揚されてもおかしくないのですが──西側の傀儡国家においてソ連時代と似たような扱いが続いている状況は意外に思います。
先日も書きましたが(参考、反米と親欧米)、私がブログを書き始めた頃はいわゆるネット右翼の最盛期で、よく「反日」という言葉が使われていました。その適用範囲は無限大で、要するにレイシストの意向に沿わないものは何でも「反日」と認定されたものです。たぶん、ウクライナの現在が似たような状況なのでしょう。ゼレンスキー翼賛体制の信奉者だけが真のウクライナ人で、彼らのお眼鏡にかなわない人はブルガーコフのように「反ウクライナ」認定されてしまう、そんな時代なのだと言えます。