【企業探訪】 “挫折”を経験させるために「強い負荷」をかける -モミアンドトイ・エンターテイメント(戦略経営者)
クレープショップ『MOMI&TOY'S』(モミアンドトイズ)の新店として、今年6月末にオープンした城山トラストタワー店。ここの店長は、新入社員として入社したばかりのAさん(23)。都内の私立大学を卒業してまだ間もないAさんにとっては、この新店での店長の仕事はかなり荷が重い。それでも「早期に失敗をさせることで成長を促す」という方針のもと、運営会社であるモミアンドトイ・エンターテイメントはあえて新入社員にこうした試練を与えている。
「打たれ弱い傾向があるイマドキの新入社員だからこそ、まず始めに強い負荷をかけることが必要だと思っています」
こう話すのは、新卒採用や経営管理を担当する小松克行取締役(31)。日次の売上目標が未達に終わることもたびたびあり、失敗の連続だが、Aさんはそれをバネに店長として必要なスキルをどんどん身につけている。アルバイト従業員を手際よく動かすリーダーとしての仕事ぶりも板に付いてきた。
(中略)
そんな同社では、毎年5~6人の新卒を採用してきた。彼らが「ゆとり世代」であることは百も承知。小松取締役は近ごろの新入社員の特徴をこう分析する。
「彼らの長所は、SNSやブログなどインターネットを通じて自分が考えていることを発信するのが得意なところ。そこが、それ以前の世代とは大きく異なる点です。
ただその半面、リアルなコミュニケーションはあまり得意ではないといえます。店長としてお店をまとめていくには、アルバイトスタッフとの深いコミュニケーションが欠かせませんが、ここが苦手な印象を受けます」
さらに、「責任感」の物足りなさについても小松取締役は指摘する。
「だれもが周りの空気を読んで同調ばかりしていたら、リーダーシップなど育つわけがありません。要するに彼らは、『みんなでやることが美しい』みたいな発想で学生時代を送ってきていて、『お前のせいだ』と言い合うような他人との付き合い方をあまり経験してこなかった。責任感という点において物足りなさを感じるのは、この辺に要因があるような気がします」
こうした傾向を踏まえて、同社が新入社員をどう教育し、戦力化しているかというと、その一つが「強い負荷を与えて、失敗させること」なのである。新入社員は入社して1カ月もすると、わりと大きめの店舗や新店の店長として配属され、挫折することが期待される。冒頭のAさんも、まさにこのパターンだ。
「自分の責任で失敗が起きて『これだけの損失を会社に負わせてしまった』という挫折を実体験させると、仕事への向き合い方がまるで違ってきます」
いわゆる「ブラック」企業が目立つのが飲食業界ですけれど、ワタミのようなトップランナーならずとも、小粒ながらにクォリティの高いブラック企業は存在するものだと感心させられる記事ですね。まぁ有名税ということでメディアを賑わすのは専ら大手の問題ですけれど、ここで挙げられたような中小企業でもタチの悪い事例は多い、むしろ中小企業にこそ最悪の雇用主は存在するわけです。
例によってツッコミどころには事欠きません。まぁどうなんでしょう、往々にして経済誌とは若者に媚びる感じの論説が目立つ、謂わば大人の厨二病とでも呼ぶべきなのか、ちょっと勘違いした気分だけはエグゼクティブな人向けに編集されている印象が強いですが、上記引用元の掲載誌も例外ではなさそうな印象を受けます。大真面目に経済誌を読むような人なら、小松克行取締役(31)の方に感情移入してしまう人が多いのかも知れませんね。引用記事を書いた雑誌編集部員も、その類であろうと推測されます。
ただ、いい年した大人からすれば小松克行取締役(31)も新入社員として入社したばかりのAさん(23)も、そんなに大きな違いはないのではないでしょうか。ある意味、たった1学年の違いなのに大きな意味を持つ体育会系の上下関係のごときもの、その小さな組織の中では絶対的に見えるものでも傍目には大差がない、そういうレベルかと思います。しかるに外の世界を知らない、閉ざされた世界の中で頭を抑えられることもない人は、色々と勘違いしてしまうのでしょう。後輩や自社従業員の前では神のごとく絶対の存在を気取っていても、それは「外」では通用しないのですが、それを理解できないわけです。
おそらく社会を学ぶ必要があるのは小松克行取締役(31)の方と思われますが、社内で偉くなってしまうと周りに諫める人もいなくなる、ますます勘違いが酷くなるのが常です。そして、他人を咎め立てするのにばかり熱心な、仕事の邪魔をする上司ができあがると言えます。もうちょっと色々と挫折を知った上で、会社で偉くなっても自分が井の中の蛙に過ぎないと自覚できるだけの経験を積んだ上での出世ならまだしも、若い内に偉くなってしまうと(いわゆるブラック企業にはこれが多い)自分は特別な存在だと勘違いに拍車がかかるような気がしますね。
小松克行取締役(31)だってほぼ同世代というのはさておき、引用記事では新卒者を「ゆとり世代」として、いかにも経済誌の受け売りといった感じの紋切り型が披露されています。ただ例えば「『お前のせいだ』と言い合うような他人との付き合い方をあまり経験してこなかった」云々という行はいかがなものでしょう。発信の手段が容易になったというバイアスはありますけれど、今の若い世代は「団塊のせいだ」「既得権益を手放さない正社員のせいだ」「韓国のせいだ」等々と被害者意識を擦り込まれた世代であり、他者を咎め立てすることに割と熱心な世代でもあるように思います。もちろんネット上で猛々しい人ばかりではなく、リアル「では」おとなしい人、リアル「でも」おとなしい人もいて千差万別ですから、この取締役のように世代論のステレオタイプを繰り返したところで意味はないと言えますが。
それはさておき、ブラック企業のブラックたるゆえんは「支配」関係にあるというのが私の考えです。つまり会社が従業員を支配したがる、時には公私にわたって、時には価値観などの内面をも含めて社員を「支配」したがるのがブラック企業の特徴である、と。だからブラックとして有名な企業は、人件費を惜しむ一方で研修には力を入れていたりする、その研修で行われるのは実務上の訓練ではなく専ら社員に「心構え」を植え付けようとする精神論であるケースが目立つわけです。そして今回のクレープ屋の場合は「自分の責任で失敗が起きて『これだけの損失を会社に負わせてしまった』という挫折を実体験させる」と豪語しています。
負い目につけ込む、というのも我が国の文化なのでしょうか(負い目のある人や組織を前にした時、ここぞとばかりに責め立てるのは今回のクレープ屋に限ったことではないように思います)。ともあれ、人は何らかの負い目があると強くは出られなくなってしまうものです。普段はサービス残業など御免という人でも、自分のミスで仕事が滞ってしまったとあらば、その分を片付けるまでは何とかしようと考えるところでしょう。自分の失敗が響いている間は、待遇改善を求めるのは烏滸がましいと引け目を感じてしまう人も多いと思います。そしてここに、つけ込む余地があると判断する経営側も存在するわけです。負い目があるから自己主張しづらい、会社の命令にNOとは言いにくい、それは社員を支配したがる経営者にとっては絶好のシチュエーションに他なりません。ならば、狙ってそういう状況を作り出してやろうと考える人もいるでしょう。社員に負い目を感じさせておけば、会社の言うことを聞かせるのも簡単になる、それを責任感云々と飾り立てて正当化する、典型的なブラックの手法と呼ぶにふさわしいと言えます。